四季の彩り

季節の移ろい。その四季折々の彩りを、
写真とエッセーでつづって参ります。
お立ち寄り頂ければ嬉しいです。

「口語短歌・水曜サロンの会」(その50)

2022年08月31日 05時04分42秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その50)   短歌の投稿を歓迎します!!

 ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
 ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
 ☆☆☆ 先週は、短歌の早期締め切りにご協力賜り感謝申し上げます。     ☆☆☆

 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた
 短歌を掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を
 投稿し、鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。


     「二度目の 月下美人」


「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】8月19日は久しぶりの快晴で嫁さんと軽井沢・村民食堂、浅間山
    ウオッチング、散歩と楽しみました。そしてその都度短歌3首を詠んで
    見ました。19日は言わば短歌紀行のようでした(笑)
☆夏の午後 三度変わる味 美味しくて 二人で食べる 牛ひつまぶし
☆晴れ渡る 浅間の山は 稜線が くっきり見えて 秋忍び寄る
☆千曲川 さくらさく小径 散歩する 風が運ぶよ 秋の気配を

                    浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん

【解説】
 快晴の空のもと、奥様と軽井沢・村民食堂、浅間山ウオッチング、さらに散歩を
 楽しまれる様子が、それぞれ楽しく明るく詠まれ好感の持てる詠歌と考えます。
 特に一首目は「三度変わる味 牛ひつまぶし」は、楽しさ、美味しさが程よく
 伝わってきます。
 三首目の「さくらさく小径」を少し添削してみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★千曲川 桜もみじの散歩みち 風にまぎれる 秋の気配よ


【詞書】戦士の墓標 防人の詩 ナターシャ・グジーを聴いて
☆愛するものために死んだ者達
       今は墓標がならんでいるだけ

                      自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 ナターシャ・グジーさんは、ウクライナ出身で、ウクライナの民族楽器の
 バンドゥーラ奏者。6歳の時、チェルノブイリ近郊に住み被爆。2000年
 から日本に住み音楽活動を行い、日本とウクライナの相互理解の促進に努めて
 いました。今年のロシアのウクライナ進攻以降、全国で、チャリティー
 コンサートを行っています。
 さて、「防人の詩」は、日露戦争を描いた映画「二百三高地」の主題歌で
 さだまさしが歌った歌です。蛇足ですが、この歌は、万葉集巻第十六
 「鯨魚取 海哉死為流  山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼」
 (鯨魚取り、海や死にする、山や死にする、死ぬれこそ、海は潮干て、
 山は枯れすれ よみ人知らず)に依るとの事。
 ロシアウクライナ戦争から半年。多くの新たな墓標が作られているとの報道。
 先の見えない戦況ですが、一刻も早い平和が訪れますよう祈念しております。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/3ec2c73faa1714505f1937b143c52e95
【投稿外コメント】自閑(jikan314)さんご自身のコメントです。
 新古今和歌集のうち、たぶん誰も知らないマイナーな源具親の歌を紹介します。
 具親は、源師光の次男で、先日紹介した宮内卿の兄です。ただ、妻は超有名な
 「姫の前」です。と言っても誰?😁ですね😃
 姫の前は、比企朝宗の娘、前夫は北条義時!!鎌倉殿の13人で、堀田真由さんが
 演じていた絶世の美女の比奈です( ´゚д゚`)エー
  難波潟 かすまぬ浪も かすみけり うつるもくもる おぼろ月夜に(春歌上)
  時しもあれ たのむの雁の わかれさへ 花散るころの み吉野の里(春歌下)
  しきたへの 枕のうへに 過ぎぬなり 露を尋ぬる 秋のはつかぜ(秋歌上)
  今よりは 木の葉がくれも なけれども 時雨に残る むら雲の月(冬歌)

 具親について、寂蓮は、「歌の精進もせず、蹴鞠ばかりしおって」と、鴨長明の
 無名抄で愚痴をこぼしていたと記されております。一応新三十六歌仙の一人に
 数えられていますが、天才少女の宮内卿の前には霞んでしまいます。
 22日の放送でも、離縁させられた比奈については、四年後の承元元年(1207年)
 に死去とだけ、ナレーション死でした。具親との再婚はドラマとの関係は無いので、
 カット?

【解説】
 「美しく透明な水晶のような歌声」と形容される、ウクライナの歌姫ナターシャ・
 グジーさんの歌う「防人の歌」をユーチューブで視聴させて頂きました。
 「海は死にますか 山は死にますか」さらに「わずかな命のきらめきを信じて
 いいですか」のフレーズが、バンドゥーラの響きと共に、ウクライナの惨状と
 重なって胸に迫ってきます。
 詠歌の下の句の「今は墓標がならんでいるだけ」に込められた自閑さんの想いを
 胸に刻んで参りたいと思います。墓標の下に眠るそれぞれの方の無念と、それを
 諾わざるを得なかった多くの方の「もう一つの戦場」を思いつつ…。

 源具親の詠歌を紹介いただきありがとうございました。彼は後鳥羽上皇の院政の
 もとで活躍した公家で、新三十六歌仙の1人だったと言われていますね。
 紹介頂いたいずれの歌も優れた写実詠ですが、「露を尋ぬる 秋のはつかぜ」等は
 学びたい表現ですね。



     「芙蓉 淡紅」

【詞書】ヤハリ水鳥にもこの涼しさが気持ち良いのでしょうか?イキイキと
    大潮湖の湖面を駆け巡っているようです~🎵こんな様子を詠んでみました。
☆高原の 朝を思わす 大潮湖
        水面を走る 水鳥の群れ

                  クロママさん

【解説】
 涼しさが訪れ少しホッとしているところですが、水鳥が水面を滑るように
 奔る様を 的確に捉えた素敵な詠歌と思います。
 涼しい湖の様子を「高原の 朝を思わす」と表現して、良く分かる詠歌と
 なっています。このような的を射た表現が歌を引き締めています。


☆たのしみは 本など開き微睡みて 心身緩やぐ至福のひととき
☆たのしみは 庭に植えたるジンジャーの かほり漂う花をみるとき
☆たのしみは 虫の声きく日暮れ時 うだる暑さも忘れるひととき

                       shima-千恵子さん

【解説】
 今回の独樂吟も、私たちの日常で良く経験する一齣を詠み、誰しもが納得し、
 共感を呼ぶ詠歌となっております。
 日々の生活の中で、その一齣一齣に温かな眼差しを注ぐ作者の観察眼の
 的確さには学ぶもの大です。
 なお、三首目の「日暮れ時」と「ひととき」の「とき」の重なり、および
 下の句の字余りを少し整理してみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★たのしみは 虫の声きく夕暮れに うだる暑さも 忘れさるとき


☆箱根路をわたる風にも紛れるや ススキ穂揺らす ひそかな秋は
                         ポエット・M

【解説】
 真夏の箱根路、仙石原を散策してみました。ススキの原は未だ青々とした様相を
 呈していましたが、穂波は太陽の光を跳ねながら微かな風に揺れていました。
 その風も真夏の熱風ではなく、心地よい涼やかさが紛れ込み微かな秋の気配が
 感じられました。そんな情景を詠ってみました。


    「箱根路」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (51)
 13.悪夢のアウシュヴィッツ(2)


   ああ! 我れは深き淵より
           (『詩篇』)

  火のごとき
    口づけ交わす
       刹那にも
     罪をささやく
        水の洗礼

      魂よ
       汝(な)が愛刀で
           ぶった切れ
        哀しき夜の
          夢の彼女を

       生きたまま
         君を葬る
           この我を
          許せ短歌の
            形而上夢と

      殺害の
        ジャックナイフは
            血に錆びて
         夢の闇夜に
           浮かんで消えた

    神仏(かみほとけ)
      なにするものぞ
          どぶ川に
        少女の死体
         浮かぶというは



     「宗旦むくげ」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、質問、諸々の疑問点、さらにご意見等について触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【サロン参加者からの和泉式部の歌の紹介】前週に引き続き掲載致します。
 自閑 (jikan314)さんからの詠歌の紹介ですが、学びとして掲載します。

 和泉式部について、御関心が有ると言う事で、今週は和泉式部を数首紹介します。
 恋多き歌人として有名ですが、当時一番有名な歌は、
 ★冥きより 冥き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月(拾遺集)
   姫路の書写山の性空上人に送った歌です。娘小式部内侍と死に別れて、
   心が暗く塞ぎ込んでいた時期かと。
 ★置くと見し露もありけりはかなくて 消えにし人を何に例へむ(新古今 哀傷)
   小式部内侍が死んで、上東門院が小式部内侍の衣をお経を表紙にすると
   言うので、差し上げる時。
 ★ねざめする身を吹きとほす風の音を 昔は袖のよそに聞きけむ(新古今 哀傷)
   恋人の為尊親王、敦道親王が相次いで亡くなり、ふと真夜中に寝覚め、恋人が
   いない現実を思う歌です。
 ★たらちねのいさめし物をつれづれと 眺むるをだに問ふ人もなし(新古今 雑歌下)
   たらちねは、親を導く枕詞ですが、この時代名詞化しております。うたた寝や
   物思いは良くないと親から注意されていたのに、今は物思いしても誰も心配も
   してくれない。
   和泉式部には、赤染衛門、紫式部、清少納言など多くの女流歌人と交流が有り、
   夫の橘道貞と疎遠となり、敦道親王と交際しているとの噂に、赤染衛門が、
    うつろはでしばし信太の森を見よかへりもぞする葛のうら風
      かへし 和泉式部
    秋風はすごく吹けども葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ
                           (新古今 雑歌下)
   安倍晴明の母、葛の葉伝説の大阪の和泉市の信太森葛葉稲荷神社には、歌碑が
   有ります。その他、多数撰集に撰ばれているのは、彼女の才能が非凡ならざる
   所以かと思います。
【suisenさんの関連コメント】
 自閑さん、和泉式部の歌をご紹介くださいましてありがとうございます。
 私は常々和泉式部の歌にも生き様にも憧れておりまして、今回、好きな歌をご紹介して
 いただき、改めて味わわせていただくことができました。が、歌が巧く、恋多き歌人で
 あった和泉式部も、娘の小式部内侍を失うという悲哀を味わったのですね。
 小式部内侍も母親の和泉式部に負けない才能豊かな歌人であったらしいですが、
 早死したのは惜しかったですね。小泉式部が時の中納言、藤原定頼に「お母さんに
 代作してもらう手紙はまだ着かないだろうね」と誂われた時、
   大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立
 と、やり返した歌は有名ですね。私も、こんな歌が即座に詠めるような歌人に
 なりたいです。小式部内侍も、母親に負けない恋多き女性だったらしいから、
 血は争えないということだったのでしょうね。
【チョウキチさんの関連コメント】
 赤染衛門
  うつろはでしばし信太の森を見よかへりもぞする葛のうら風
 和泉式部よりやや大人の女性の感じがしますね。
【チョウキチさんへの返答】ポエット・M
 おっしゃるように、赤染衛門は気の良い、面倒見の良い女性だったようですね。
 その意味では、まさに「大人の女性」であったと思っています。
 恋多き歌人であった和泉式部に、
  「心がわりしないでしばらく和泉の信太(しのだ)の森を見ていなさい
   葛の葉が風にひるがえるように、あの人が帰ってくるかもしれないのだから」
 と、詠い諭していますので・・・。
 この場合「和泉の信太の森」は和泉守に任じられていた夫の橘道貞を指して
 いますね。歌と共に、その背景も読み解くと歌の面白さが増しますね。


     「酔芙蓉 一重」

【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
 (8) 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
    誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。
 (9) 投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
    ニックネームのみでIDのない方、あるいは匿名の投稿は内容により掲載
    できない場合もありますのでご了承願います。
                     了
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箱根に

2022年08月27日 14時18分35秒 | お出かけ
過日、箱根の山荘が使えるので行かないかと長男から誘いがありました。
新型コロナ感染症第七波の感染拡大の中で、墓参を兼ねた郷里への夏の旅行を取りやめた
事もあり、誘いに乗ることにしました。
箱根の山荘は長男の会社の施設ですが、天然温泉の露天風呂付でもあり、家族だけで
あれば密にもならず、県内移動ですので少し安心とのことで長男家族、次男家族との
三家族で行くことになりました。三男家族はウイークデーで仕事もあり、また先月
横浜へのプチ旅行も行ったこともあり、今回はパスすることにしました。

     「酔芙蓉 八重」

長男のお嫁さんは現在勤務についていて午後2時過ぎまで仕事なので、次男夫婦と
私たちが先に行くことになり、カギの預かりと孫娘を迎えにまずは朝早めに川崎の
長男宅へ向かいました。
孫を載せて箱根に向かい、朝も早かったので朝食抜きでしたので芦ノ湖に到着次第、
即朝食兼の昼食になりました。

昼食後、山荘に向い荷物を下して・・・、長男夫婦が着くのは4時頃とのことで、
それまで観光しようとのことになり、大涌谷に行くことになりました。
なお、孫は久しぶりにロープウエイに乗りたいとの要望もあり、早雲山の駐車場に
車を停め大涌谷迄上りました。孫や私たちは何回か乗っていますが次男夫婦は初めて
だったようで楽しそうでした。正に硫黄の噴煙とともに、マグマの鼓動を真上から
見下ろす迫力のある光景は、何度見ても見飽きないのですが、次男夫婦にとっても
感動的だったようです。



ロープウエーの大涌谷駅に着くと、ウイークデーにも関わらず土産物売り場は
ものすごい人だがりで、かなりの密状態で怖さを感じました。私たちは外で待つ
事にして、次男夫婦は孫娘を連れて、お店でお土産を買ったりソフトクリームを
食べたりして戻ってきました。



周辺の噴煙の様子や、土産物売り場の景観等を写真に収めながら「クロたまご」を
頂き時を過ごし、程よい疲れも感じながらロープウエーで、早雲山駅に戻りました。
なお、最近評判になっている早雲山駅の足湯は設備のメンテナンス中で使えないため
パスすることになりました。細君は期待していた故少し残念がっていました。

その後、山荘に帰り、軽くお掃除をしているうちに長男夫婦が到着しました。
皆でテラスでコーヒーを飲み少しくつろいだ後、露天風呂に順番に入りました。
露天風呂は硫黄の「湯の花」が沈殿して、肌には少し刺激的ですが湯冷めも
しない、しっとり感が続く効能の良さを実感しました。
風呂には男性陣が一緒に入りましたが、久しぶりに長男、次男と湯につかりながら
ゆったりとした会話を楽しむことが出来ました。

風呂から上がりテラスで、皆でビールやソフトドリンク等で軽く乾杯した後、
長男夫婦が夕食の、いろり焼きの準備を甲斐甲斐しくやってくれホスト役を
しっかり務めてくれました。
流石箱根はエアコンなしでも涼しくて夕方からはぐっと冷え込みます。
いよいよ囲炉裏のある部屋で夕食になりました。

囲炉裏の炭火で焼くと、どんな食材もとても美味しくなるのは不思議ですが、
遠赤外線のなせる業とのことで、少し理解できます。
材料はサーロイン、地鶏肉、そして海老、イカ、厚揚げ、夏野菜の数々そして皆の
一番楽しみな焼きおにぎりでした。
細君と孫は炭酸水で、他のメンバーはいろいろなアルコールでまずは「かんぱ~い」。
次々焼きあがる囲炉裏焼き料理を頂き、夕餉を楽しみました。

お肉以外は、ごく普通のものだと長男は言ってましたが本当に美味しかったですね。
細君は体調を考えて少なめでしたが、最後の焼きおにぎりが〆になりました。
その後、皆でテラスに移り、ビールを味わいながら心地よい風と星空を眺めながら
ゆったりとした時間を過ごしました。星は流石に箱根でかなりの数が瞬いて見えました。
このまま寝るのがもったいなくて頑張っていましたが、お酒の酔いもあり10時過ぎ頃
少しぽつりと来たので、それぞれの部屋に引き上げ、その日は就寝となりました。

翌朝は、ぐっすりと寝たせいかぱっと目が覚め、時計を見たら5時過ぎだったので
そのまま起きました。細君は既に起きていましたので、孫と共にちょっとだけ散歩に
出ました。孫はパパから最近イノシシ、鹿やたぬき、イタチなどが頻繁に出て来るので
気を付けるように言われていたこともあり、あまり森の方には行かないことにしました。

朝食は長男特製のコーンスープとたまごサンドでしたが、胃に優しく美味しかったです。
そして食後のコーヒーはテラスでいただき、山荘を出るまでゆっくり過ごしました。
お世話になったお礼を込めて山荘を隅々までお掃除をし、私は玄関に通じる道や階段に
たまった落ち葉等をかたずけを担当しましたが、それなりの重労働になりました。
細君たちは使ったバスタオルなどを洗濯し、干した後戸締りをしっかりしてお昼ごろ
出発しました。

帰りがけに大涌谷の噴煙の影響で、すっかり山の木が枯れて硫黄が噴出している場所を
見てきました。改めて火山の上で暮らすことの現実を見た想いがしました。
お昼は小田原の「だるま屋」さんで天丼を頂いてから、小田原の街を散策後、それぞれ
自宅に帰りました。


短歌を一首即興で詠んでみました。
 ☆まざまざとマグマの上に住むことを 滾り示すや大涌谷は
コメント (15)
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「口語短歌・水曜サロンの会」(その49)

2022年08月23日 05時06分02秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その49)   短歌の投稿を歓迎します!!

 ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
 ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
 ☆☆☆ 短歌の早期締め切りにご協力賜り感謝申し上げます。         ☆☆☆

 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた
 短歌を掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を
 投稿し、鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。


     「酔芙蓉 八重」


「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】8月16日BSNHK「京都五山送り火2022」を3年ぶりに生中継やっていました。
    中継が始まった7時半過ぎから雨・風が凄くて出来るのかとも不安でしたが、
    信じられないことに開始時刻の8時過ぎには雨も止み全て五山の送り火が灯り
    ました。私の父母も西本願寺に分骨されていますので両親には最高の送り火に
    なりました。
☆我が胸の 京都五山の 送り火は 父母の御霊を 安らか祈る
☆大文字 五山全部の 送り火は 千年続く 夏の風物詩
☆盂蘭盆会(うらぼんえ) 五山送り火 お精霊(しょらい)を 
                    あの世へ送る 京都の行事

                         浅間山明鏡止水(knsw0805)さん

【解説】
 3年ぶりに実施された「京都五山送り火2022」は、五山の全てに送り火が灯り圧巻で
 したね。故人の御霊を送るにふさわしい荘厳な「送り火」は、三年にわたるコロナ禍や、
 ウクライナの惨状の中で命を落とされた数多の御霊をもおくる祈りの焔となっていました。
 晩夏の彩りに欠かせない風物詩とも考えますが、作者のご両親も京都に分骨され、
 五山の送り火で、迷うことなく天国へ還られたことと思います。
 そんな想いの滲む三首は、ご両親への追慕と、祈りが込められた詠歌となっています。
 一首目を少し添削させて頂きましたが、いかがでしょうか。
【添削】
★我が胸に 京都五山の 送り火を 灯して父母の 御霊をおくる


☆たのしみは 猛暑振り切りフェアメール 焦がれし少女の前に立つとき
☆たのしみは 赤い実一つ追いかけて 藪の端に見つけしとき
☆たのしみは 「ふるさと」唄い涙する あの山川と回顧するとき

                         shima-千恵子さん
【短歌説明】fumiel-shimaさんご自身の説明です。
 一首目は連日の暑さの中で絵手紙を描きながらかつてフェアメール展を観た日の
 暑かったことを思い出し詠んだものです。
 二首目は本人が大好きな少し不思議な木「シロダモ」を時々観察に出かけたときの
 様子を詠んだものです。

【解説】
 三首の独樂吟はいずれも状況が明確に表現され、良く分かる詠歌と思います。
 一首目、フェアメール展で、憧れ思いこがれた「真珠の耳飾りの少女」に出会った
 感動が素直に詠まれていて、好感が持てます。
 なお、三首目の下の句「あの山川と回顧するとき」を「あの山川を回顧するとき」と
 されたらいかがでしょうか。検討して頂ければ幸いです。



     「酔芙蓉 一重」

【詞書】二学期の恋 AKB48「言い訳Maybe」を聴いて
☆日焼けした君の笑顔を確かにね気にしないとは言えない気分
                         自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 AKB48「言い訳Maybe」 の作詞家の秋元康氏は、私より歳が上です。AKB48、
 乃木坂46、櫻坂46、日向坂46を立ち上げ、アイドルグループ路線を進んでおります。
 そんな彼に対抗?意識で、女子高生の気持ちを五七五七七の定律で作ってみました。
 ドラマ仕立のYouTubeを貼付しておりますので笑って御覧いただければ。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/42db00c1d06d6ce9931749ffa8203aad
【投稿外コメント】自閑(jikan314)さんご自身のコメントです。
 新古今和歌集には、変わった作者が撰歌されております。今回は、神仏が詠んだと
 される歌の一部を紹介致します。
  夜や寒き 衣や薄き かたそぎの 行きあひの間より霜やおくらむ(住吉御歌)
  むつまじと 君はしらなみ 瑞垣の 久しき世より 祝ひ初めてき(住吉御歌)
 住吉大社の神は歌の神としても信仰を集めていました。
  なさけなく 折る人つらし わが宿の あるじ忘れぬ梅の立枝を(天満宮御歌)
 平家物語では、枝を折った者は祟りで頓死したとか。
  われ頼む 人いたずらに なしはてば また雲わけて昇るばかりぞ(賀茂御歌)
 賀茂別雷命の力強い歌ですね。
  西の海 立つ白波の 上にして なに過ぐすらむ かりのこの世を(八幡宮)
 和気清麻呂が、道鏡の帝位簒奪を防いだ御託宣の歌。歴史の授業でも習ったですね。
  何かおもふ 何かはなげく 世の中はただ朝顏の花のうへの露(清水観音御歌)
  しるべある 時にだに行け 極楽の道にまどへる 世の中の人(虫?)
 最後は、京都亀岡市穴太寺の柱の虫喰の跡とか。西国三十三観音霊場だそうです。
 皆様も参詣の際、短歌を奉納しては?御利益ありますよ😃

【解説】
 作詞家の秋元康氏は、おっしゃるようにAKB48をはじめ坂道シリーズを次々立ち上げ、
 それぞれ成功させてきていますね。
 「言い訳Maybe」も夏休みで会えずにいた「ただの友」を気になったという、女子高生の
 誰もが共感できる歌詞が展開されています。
 そんな歌詞の想いを掬い取り、定律で詠まれた作者の詠歌は歌詞の核心部分をついていると
 考えます。歌詞には「ただの友達と思っていたのに今すぐにでも君に会いたい」との
 フレーズがあり、出詠歌と響きあっていると考えます。
 なお、新古今和歌集の「神仏が詠んだとされる歌」を紹介頂きありがとうございました。
 また、神仏参詣の際、短歌を奉納するとの営みにも挑戦してみたいですね。


【詞書】我が家の庭にあるシマトネリコの木が朝起きると、ゆさゆさと風で揺れるのが
    窓から見えて、あの暑い時とは違う風の流れに涼しさを感じています😆
☆立秋の 日射し和らぐ 朝の庭
      シマトネリコを 揺らす西風

                         くろママさん

【解説】
 お庭にあるシマトネリコの木を揺らす風の音に、かすかな秋の訪れを感じて詠まれた
 詠歌。季節の移ろいを的確にとらえて表現され、素敵な歌に仕上がっています。
 上の句の「日射し和らぐ 朝の庭」が、調べも良く季節の移ろいを適切に表現しています。
 最近の作者の歌の進化に頼もしさを感じます。益々のご健詠を期待しています。

☆空蝉は世に出た証し 密やかに 樹につながれてせみ時雨聴く
                         ポエット・M

【解説】
 今年のせみ時雨はだいぶ遅れて始まりましたが、立秋を過ぎなおにぎやかに続いております。
 大木の幹に幾つかの空蝉がひっそりと留まっていましたが、今、命の絶唱とも言える
 蝉時雨を賑やかに奏で続けている主かも知れません。
 長い歳月を土の中で過ごした彼らが、わずか七日間の生命を全うする、その出発点とも
 言える空蝉に、厳粛な思いにさせられ、詠んでみました。



    「鉄砲百合」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (50)
 13.悪夢のアウシュヴィッツ(1)

   ああ! 我れは深き淵より
           (『詩篇』)

  魂よ
   この際はっきり
      言っておく
     嫌ならいつでも
       出ていってくれ

      魂よ
       私と共に
         滅ぶより
        君だけ神の
          御許(みもと)に帰れ

       魂に
        望みを聞けば
            夜は闇
          御前(みまえ)も
            同じ心か

      ふきとれば
        ふき取るほどに
           にじみ出る
         哀しき夢の
            恋のシミかな

    ドラキュラの
       ごとく真白き
         首筋を
        吸えど哀しき
         胸の十字架



     「西洋朝顔」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、質問、諸々の疑問点、さらにご意見等について触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【サロン参加者からの和泉式部の歌の紹介】
 自閑 (jikan314)さんからの詠歌の紹介ですが、学びとして掲載します。

 和泉式部について、御関心が有ると言う事で、今週は和泉式部を数首紹介します。
 恋多き歌人として有名ですが、当時一番有名な歌は、
 ★冥きより 冥き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月(拾遺集)
   姫路の書写山の性空上人に送った歌です。娘小式部内侍と死に別れて、
   心が暗く塞ぎ込んでいた時期かと。
 ★置くと見し露もありけりはかなくて 消えにし人を何に例へむ(新古今 哀傷)
   小式部内侍が死んで、上東門院が小式部内侍の衣をお経を表紙にすると
   言うので、差し上げる時。
 ★ねざめする身を吹きとほす風の音を 昔は袖のよそに聞きけむ(新古今 哀傷)
   恋人の為尊親王、敦道親王が相次いで亡くなり、ふと真夜中に寝覚め、恋人が
   いない現実を思う歌です。
 ★たらちねのいさめし物をつれづれと 眺むるをだに問ふ人もなし(新古今 雑歌下)
   たらちねは、親を導く枕詞ですが、この時代名詞化しております。うたた寝や
   物思いは良くないと親から注意されていたのに、今は物思いしても誰も心配も
   してくれない。
   和泉式部には、赤染衛門、紫式部、清少納言など多くの女流歌人と交流が有り、
   夫の橘道貞と疎遠となり、敦道親王と交際しているとの噂に、赤染衛門が、
    うつろはでしばし信太の森を見よかへりもぞする葛のうら風
      かへし 和泉式部
    秋風はすごく吹けども葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ
                           (新古今 雑歌下)
   安倍晴明の母、葛の葉伝説の大阪の和泉市の信太森葛葉稲荷神社には、歌碑が
   有ります。その他、多数撰集に撰ばれているのは、彼女の才能が非凡ならざる
   所以かと思います。
【suisenさんの関連コメント】
 自閑さん、和泉式部の歌をご紹介くださいましてありがとうございます。
 私は常々和泉式部の歌にも生き様にも憧れておりまして、今回、好きな歌をご紹介して
 いただき、改めて味わわせていただくことができました。が、歌が巧く、恋多き歌人で
 あった和泉式部も、娘の小式部内侍を失うという悲哀を味わったのですね。
 小式部内侍も母親の和泉式部に負けない才能豊かな歌人であったらしいですが、
 早死したのは惜しかったですね。小泉式部が時の中納言、藤原定頼に「お母さんに
 代作してもらう手紙はまだ着かないだろうね」と誂われた時、
   大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立
 と、やり返した歌は有名ですね。私も、こんな歌が即座に詠めるような歌人になりたいです。
 小式部内侍も、母親に負けない恋多き女性だったらしいから、血は争えないということ
 だったのでしょうね。
【チョウキチさんの関連コメント】
 赤染衛門
  うつろはでしばし信太の森を見よかへりもぞする葛のうら風
 和泉式部よりやや大人の女性の感じがしますね。
【チョウキチさんへの返答】ポエット・M
 おっしゃるように、赤染衛門は気の良い、面倒見の良い女性だったようですね。
 その意味では、まさに「大人の女性」であったと思っています。
 恋多き歌人であった和泉式部に、
  「心がわりしないでしばらく和泉の信太(しのだ)の森を見ていなさい
   葛の葉が風にひるがえるように、あの人が帰ってくるかもしれないのだから」と、
 詠い諭していますので・・・。
 この場合「和泉の信太の森」は和泉守に任じられていた夫の橘道貞を指していますね。
 歌と共に、その背景も読み解くと歌の面白さが増しますね。


     「宗旦むくげ」

【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
 (8) 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
    誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。
 (9) 投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
    ニックネームのみでIDのない方、あるいは匿名の投稿は内容により掲載
    できない場合もありますのでご了承願います。
                     了
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観音崎で海水浴

2022年08月20日 09時50分29秒 | 日々の歩み
 過日、孫娘が「海で泳ぎたい」と言っているとのことで、長男家族がお盆休暇を調整し
やってきました。次男家族も休暇が合い、一緒に観音崎海岸へ海水浴に行ってきました。
休日には、海岸にテントが立錐の余地なくびっしり並び、コロナ禍のおり怖い状況ですが、
当日は、曇り空で会ったこともあり、少し空きもありそれほどの混雑状況では
ありませんでした。

 当日は、当初曇りの予報でしたが、海に着いてしばらくすると雲が切れ、晴天となり
絶好の海水浴日和となりました。
早速、簡易テントの設営を行い、孫娘を中心に海に繰り出しました。
孫娘は、かつて細君から泳ぎの手ほどきを受けクロール、バタフライ、平泳ぎ等の
泳法は身につけていましたので、海でも結構泳ぎ「楽しみ」にしていたとのこと。

 細君は、眼を痛めていて眼科医から止められていましたので、陸でもっぱらお留守番を
していてくれました。
私も最初は、遠慮していましたが、折からの暑さの中、海にダイビングしていました。
海水浴場は、水深の深い危険地域に行かないようブイで区切られ、子供たちも安心して
泳げるように配慮されていました。
ただ、いつもは飛び込み台で使っていた場所は、海水の浸食と老朽化により立ち入り禁止と
なっていました。コロナ禍前にそこから飛び込んだ記憶のある孫娘は、少し残念そうに
していましたが、パパ、ママ、そしておじさん達と一緒に泳ぎ、またシュノーケリング等で
回遊する魚たちも眺めて、心行くまで海を楽しんでいたようです。



 途中、昼食は近所のスーパーまで買い出しに出かけ、思い思いのお弁当や、デザート等を
購入し、オードブル、サラダやスイーツ付の結構豪華な「野外昼食」となりました。
細君も、テントや日陰に避難していましたが、あまりの暑さに足だけでもと海につかり
冷たい海水で気持ちよさそうでした。目の炎症が無ければ、真っ先に泳ぎたい細君でしたが
やむを得ず我慢したようでした。

 周辺のテントでは、本格的な機材を持ち込んで、何軒かはバーべキュウを楽しんでいました。
この海岸は、バーベキューの可能エリアとなっているため、夏はもとより四季折々に
バーベキューを楽しむ人たちで賑わっています。なお、皆さん比較的マナーも良く
私の知る限り、トラブルはないようでした。

 陽が傾き始めた午後3時過ぎに、「もう少し泳ぎたい」との孫娘の願いもありましたが、
日焼けや、それぞれの体調・体力を考慮し、観音崎を後にしました。
家に戻り、皆でシャワーを浴びて男性陣で夕食の買い出しに出かけました。
買い出し後、通常は料理も男性陣で行うのですが、今回は孫娘がシェフとなってメインの
お料理に腕を振るってくれました。

 ただ、軽い熱中症的な症状が出た細君はシャンパンの乾杯の後、体調を崩し横になって
しまったため、孫娘の料理は細君用に確保して翌日味わってもらうことにしました。
孫娘の料理は、「地鶏のささみ梅シソ巻き」をはじめ、かなり丁寧に作られ、私たちも
その味の良さを堪能しました。
そのほか、焼き肉やトマトパスタ、サラダ等は男性陣が担当し、女性陣は情報交換と
おしゃべりを楽しんでいました。

 出来上がった料理を囲んで、杯を傾けながら日ごろの交流不足を埋めるかのように話は
尽きませんでした。細君は、朝まで寝入ってしまいましたので、翌朝孫娘のつくった料理を
改めて味わいその美味しさに感激したようでした。
翌日は雨模様となり、昨日の天気の幸運を皆で喜びました。

 孫娘としては、コロナ禍でなかなかできなかった「海で泳ぎたい」との希望が叶い、
夏休みの良い思い出となったことと思っています。また、料理等に腕を振るう等一段と
成長した姿が見れて私たちも嬉しかったです。
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「口語短歌・水曜サロンの会」(その48)

2022年08月17日 05時22分55秒 | 短歌
口語短歌・水曜サロンの会」(その48)   短歌の投稿を歓迎します!!

 ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
 ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆

 ☆☆☆ 緊急連絡!! 次週の詠草の締め切りを8月22日(月)17:00、
       掲載は8月23日(火)とさせて頂きたく宜しくお願い致します。所用で
       出かけますが、皆様にはご迷惑と、お手数をお掛けし申し訳ありません。

 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた
 短歌を掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を
 投稿し、鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。



     「酔芙蓉 一重」

「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】8月5日75歳になりました。晴れて自動車の老人マークが使えます。そして
    モールやスーパーマーケットでは優先駐車場にも入れることが出来ます。
    狭苦しい駐車場より断然優先駐車場が楽で好きです(笑)高速を走る時は
    マグネット式ですので外して飛すこともできます(爆)
☆誕生日 老人マーク 自動車の 入れる喜び 優先駐車場
☆手に入れた 老人マーク 使い勝手 誰も分からぬ 爽快感も

                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)
【詞書】BSNHK8月6日「追跡!幻の大陸と白い大蛇〜モンテネグロ〜」をやって
    いました。欧州最深の大渓谷に現れる「白い大蛇」の絶景に魅了しました。
☆怪現象 大渓谷に 白大蛇 水蒸気生む 奇跡の絶景
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)

【解説】
 遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます。晴れて「自動車の老人マーク
 が使え」るようになったとのこと。
 難しくなった検定試験等々、マイナス面ばかりでなく優先駐車場等、プラス面も
 多々ありますね。年齢を意識しながらも前向きにとらえて行きたいものですね。
 一首目、二首目の合作となりますが、少し添削してみました。いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★手に入れた老人マークも使いかた 優先駐車 楽々できる


【詞書】ひぐらし
☆かなかな、かなかな、
   ひぐらし悲しいかな

     ゆふぐれ時は悲しいかな

                         自閑 (jikan314)さん
【短歌説明】自閑 (jikan314)さんご自身の説明です。
 明星と言うより赤い鳥北原白秋風に作ってみました。
 こんなくだらないのは、短歌じゃ無いと皆さん思われたかと。
 誰も作らないものも個性だと、天邪鬼的愚詠ですが、連日の猛暑日の中、下記URLに
 ひぐらしの音だけでもお聴きになり、涼んで頂ければ幸いです😵💧。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/9d68ff9416dcf8cb36c7ff1db4e4a90a
【投稿外コメント】自閑 (jikan314)さんご自身のコメントです。
 和泉式部について、御関心が有ると言う事で、今週は和泉式部を数首紹介します。
 恋多き歌人として有名ですが、当時一番有名な歌は、
 ★冥きより 冥き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月(拾遺集)
    姫路の書写山の性空上人に送った歌です。娘小式部内侍と死に別れて、
    心が暗く塞ぎ込んでいた時期かと。
 ★置くと見し露もありけりはかなくて 消えにし人を何に例へむ(新古今 哀傷)
    小式部内侍が死んで、上東門院が小式部内侍の衣をお経を表紙にすると
    言うので、差し上げる時。
 ★ねざめする身を吹きとほす風の音を 昔は袖のよそに聞きけむ(新古今 哀傷)
    恋人の為尊親王、敦道親王が相次いで亡くなり、ふと真夜中に寝覚め、恋人が
    いない現実を思う歌です。
 ★たらちねのいさめし物をつれづれと 眺むるをだに問ふ人もなし(新古今 雑歌下)
    たらちねは、親を導く枕詞ですが、この時代名詞化しております。うたた寝や
    物思いは良くないと親から注意されていたのに、今は物思いしても誰も心配も
    してくれない。
    和泉式部には、赤染衛門、紫式部、清少納言など多くの女流歌人と交流が有り、
    夫の橘道貞と疎遠となり、敦道親王と交際しているとの噂に、赤染衛門が、
    うつろはでしばし信太の森を見よかへりもぞする葛のうら風
       かへし 和泉式部
    秋風はすごく吹けども葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ(新古今 雑歌下)
    安倍晴明の母、葛の葉伝説の大阪の和泉市の信太森葛葉稲荷神社には、歌碑が
    有ります。その他、多数撰集に撰ばれているのは、彼女の才能が非凡ならざる
    所以かと思います。

【解説】
 ブログで「ひぐらし」の音声も聴かせて頂きました。
 ひぐらしは晩夏の夕暮れ時に聴くと、なぜか哀しさや淋しさを誘いますね。
 そんな雰囲気を詠った詠歌は、しみじみとした思いになります。
 「かなかな、かなかな」の導入部から、「ゆふぐれ時は悲しいかな」に至る
 展開は、おっしゃるように「個性的」な詠歌ですが、溢れる深い詩情も感じます。

 なお、和泉式部の歌を数首紹介頂きありがとうございます。今週は「投稿外コメント」
 として掲載させて頂きます。一週のみの掲載で終了するのはもったいないので、
 ご了解いただけましたら、翌週の【短歌入門・質問・提案コーナー】の欄に
 再度掲載させて頂けましたら幸いです。宜しくお願い致します。



     「オクラの花」

【詞書】8月10日から11日まで開催された、よさこい祭りを見に行きました。
    その帰途、大豊町で、日本一の大杉を見た後、讃岐うどんを食べに行こうと
    カーナビを頼りに車を走らすのですが、元の大豊に戻ってきてしまいます。
    原因は、大豊、川之江間に土砂崩れがあったためカーナビが大豊インターに
    誘導していたのでした。最近のカーナビの賢さに感嘆するとともに知らずに
    大豊町の吉野川沿いの道をぐるぐる走り回っていた間抜けな様子を歌に
    しました。笑ってやっていただけますと、嬉しく思います。
☆吉野川左に見たり右に見てぐるぐるぐるぐる周りてゐたり
☆カーナビの賢さ感心してゐたり土砂崩れあることを教へて
☆香川へは高速道路で行けと言ふ指示をしてゐたカーナビと知る

                         suisenさん

【解説】
 今年の「よさこい祭り」は8月10日・11日に「2022よさこい鳴子踊り特別演舞」
 として開催されたとのこと。
 コロナ禍での開催は、主催される方々も大変な想いをされたことと思いますが、
 盛大に催され見物された方々にも勇気を与えたことと思います。
 ご存知のことと思いますが、カーナビの設定には「一般道優先」と「高速道優先」の
 二通りがあります。「大豊インター」へ誘導されたとすれば、「高速道優先」の設定が
 されていたことと思います。さらに、土砂崩れが重なり大変な想いをされましたね。
 そんな思いを率直に詠まれた詠歌には、ユーモアとゆとりも滲み作者が新たな境地を
 拓かれた思いがします。引き続きご健詠をお祈りいたします。


      「鹿の子百合」

☆たのしみは 「どうしよう 描けない」って弱音をポツリ
          「描けた」とあなたの笑顔を目にするとき
☆たのしみは 拙い絵や字かきながら 恩師の言葉 深く読むとき
☆たのしみは ハガキ一枚ポストに入れて
          「明日 のつぎのつぎの日」と思い描くとき

                         shima-千恵子さん
【短歌説明】fumiel-shimaさんご自身の説明です。
 今回の三首は先週に続きいずれも絵手紙教室内の光景や気持ちを詠ったものです。
 一首目はなかなか自信を持てない控えめな生徒さんとの対話の中で・・・
 二首目はかつての恩師から受けた言葉を思い出し・・・
 三首目は絵手紙仲間との交流に気持ちが高揚する様子を・・・

【解説】
 作者にとって絵手紙が日々の生活の潤いであり、励みであり、生きがいとなって
 いる様子が、独樂吟からも、ブログ掲載の画像からも伝わってきます。
 そんな心情の高まりを、そのまま詠まれた詠歌にはワクワク感が溢れており、
 私たちをも幸せにしてくれます。
 なお、一首目の詠歌の語句を少し整理させて頂きましたが、参考として見て
 頂けましたら幸いです。
【ご参考】
 ★たのしみは ポツリと弱音はく君の 「描けた」と笑顔 目にとめるとき


【詞書】7月の山陰自転車旅で鳥取の海岸を通り掛かった時のこと、民謡「貝殻節」の
    説明板がありました。櫓を漕ぐ労働の辛さを紛らわすい労働歌とありました。
    大学の寮の先輩が飲むと切々と歌う姿が懐かしく浮かびました。
☆穏やかに寄せては返す鳥取の貝殻節の海に佇む
                         I.SATO(楕円と円)さん

【解説】
 自転車旅で全国を巡る作者の行動力と、エネルギーにはいつも憧れと共に、
 感服しております。体調に気を付けながら元気に旅をされる事を祈っています。
 なお、貝殻節はおっしゃるように「櫓を漕ぐ労働の辛さを紛らわすい労働歌」との
 事ですね。事実、帆立貝の漁の際の櫓こぎはつらい重労働であったようですね。
 多くの民謡がそうであるように、民謡は日々の生活や労働の厳しさを紛らわし、
 乗り越える民衆の叫びから生まれたと思っています。
 従って元気づけの掛け声の裏に響く、一種の哀愁が時代を越えて私たちの琴線を
 震わすのだとも思います。先輩の切々と歌う姿にはそんな思いも滲んでいたのでは
 無いでしょうか。
 「貝殻節の海に佇む」の下の句の表現が秀逸です。自転車旅の途上、その味わい深い
 物語を聞かせて頂きありがとうございました。


☆「人間を 返せ」との声 響きいる 丸木夫妻の「原爆の図」よ
                         ポエット・M

【解説】
 過日HNK TVで埼玉県東松山市の「原爆の図 丸木美術館」に展示されている「原爆の図」
 1部から15部までを拝見しました。かつて美術図鑑等では、その一部を拝見したことは
 ありましたが、改めて映像によって見た「原爆の図」は衝撃でもありました。
 その時、峠三吉「原爆詩集」の「にんげんをかえせ」の詩の一節が甦って参りました。
 「にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ」で
 結ばれている詩でもあります。
 ロシアのウクライナ侵略戦争の中で、核兵器の使用が現実的な問題となる中で、
 丸木夫妻が生涯をかけて、この絵に込めた訴えを、もう一度かみしめる必要がある
 との想いで詠ってみました。


     「高砂百合」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (49)
 12.白い恋人(3)


   白い雪が ただ降るばかり
      (アダモの『雪が降る』の一節)

  ゆえありて
    君の憎しみ
       買わんため
     今日より愛の
       裏道をゆく

      身をはすに
        構えて叫ぶ
          君の目の
         怒り哀しみ
           別れの夕べ

       うなだれて
         雪降る道の
            彼方へと
          君は去りゆく
             君は消えゆく

    哀しみの
      囚人なりし
         我が心
        ああ純白の
           恋人あわれ



     「芙蓉 淡紅」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、質問、諸々の疑問点、さらにご意見等について触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【サロン参加者からのご意見】チョウキチさんからのコメントです。
 「思ひあれば 袖に蛍をつつみても 言はばや物を とふ人はなし」
  寂蓮法師は、身分の高い家の子弟で家を継げないから見かけ上出家したのでしょうか。
  心から出家したのでしょうか。心を隠しながらも、つい本音を漏らす。
  昔の人はある意味あけっぴろげで、気持ちを直に表現するのですね。
【コメントへのお答え】
 寂蓮法師は、僧俊海の子として生まれ、叔父である藤原俊成の養子となった後、長じて
 中務少輔になり、30歳代で出家されたとのことですね。
 その後、歌道に精進し三夕の歌をはじめ、叔父の目指した「幽玄」を表出する多くの
 優れた歌を詠っていますね。
 例として引かれた、
  ★思ひあれば 袖に蛍をつつみても 言はばや物を とふ人はなし

 この歌は、歌合せの際に詠まれ「夏の恋の心」として扱われた作品ですが、
 「宮仕えをする女性が、身分の高い男に淡い恋心を抱くが、人には告げられない」
 想いを詠んだと伝えられています。
 つまり、寂蓮法師が自らの想いではなく「宮仕えの女性」に替わって詠んだとの
 ことです。しかし、「私の恋心は包んでも隠し切れない蛍の光です」との想いは、
 寂蓮法師にも経験としてあったのではないかと思っています。この歌には、
 少なからぬ切迫感もありますので…。こんな想像をするのも、楽しいですね。


     「宗旦むくげ」

【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
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 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
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    誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。
 (9) 投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
    ニックネームのみでIDのない方、あるいは匿名の投稿は内容により掲載
    できない場合もありますのでご了承願います。

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「生きてる限り」

2022年08月13日 16時29分22秒 | 作詞、ユーチューブ
「若い友人たちへのエール」

 ロシアのウクライナ侵略戦争やコロナ禍、さらに物価高、それらに伴う倒産件数の
増大等々私達庶民をめぐる状況は「厳しい」の一語となります。なお「新自由主義」を
掲げる政権の政策も、内容がいまひとつ明確にされないもどかしさがあります。
また、若者たちの自殺者も増大しつつあり、日ごろボランティア等々様々な場面で
接する彼らの、ひっ迫状況を見聞きする中で、私達が経験した閉塞感を上回る厳しい
現状を感じた次第です。

 かつて、森山直太朗さんの「いっそ小さく死ねばいい」の曲が、一時話題を呼んだ事が
ありましたが、人の死に大小は無いと思っています。いのちを二つ持つことの出来ない
私たち。一つしかない、このかけがえの無い命を抱えて、これら状況下の重苦しい
暗闇にも似た今の時代を凌いでいかなければと思っています。

 淋しさや、哀しさに打ちのめされながらも、眠れぬ夜を凌いで懸命に 今を生きている
若い友人達。私にとっても大切な君達へ、ささやかなりとも エールになればとの思いから、
拙いけれど心こめてこの詞を贈りたいと 思います。
なお、この詞は皆さんのご意見を頂きながらブラッシュアップし、曲作りに繋げて
いければと思っています。
Kenさんをはじめ皆様のご意見を賜りたいと思います。


「生きてる限り」
  1. 淋しさに打ちのめされて
    眠れぬ夜を
    いくつ重ねて来たのだろう
    信じたやつに裏切られ
    愛した人とも 泣く泣く別れ
    この街に
    とけ込みきれない哀しさと
    出口の見えない暗闇で
    もがき苦しみ 沈んだ日々よ
    でも、今日会った君に
    微かなぬくもり見てからは
    出口を探す勇気も湧いた
    一度の出会いがこんなにも
    力をくれるものならば
    生きてくことも捨てたもんじゃない

  2. 苦しさにのたうちまわり
    眠れぬ夜を
    いくつ重ねて来たのだろう
    信じたやつに騙されて
    愛した人とも 泣く泣く別れ
    この街に
    とけ込みきれない哀しさと
    出口の見えない暗闇で
    淋しさかかえて 沈んだ日々よ
    でも、今日会った君に
    心をとかす温もりと
    人を信じる清しさをみた
    一度の出会いがこんなにも
    力をくれるものならば
    生きてくことも捨てたもんじゃない

  3. 切なさに押しつぶされて
    眠れぬ夜を
    いくつ重ねて来たのだろう
    信じたやつに逃げられて
    愛した人とも 泣く泣く別れ
    この街に
    とけ込みきれない哀しさと
    出口の見えない暗闇で
    心閉ざして 沈んだ日々よ
    でも、今日会った君に
    心ふるわす楽しさと
    挑む力と勇気をもらう
    一度の出会いがこんなにも
    力をくれるものならば
    生きてくことも捨てたもんじゃない
    
    生きてくことも捨てたもんじゃない


        了 
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「口語短歌・水曜サロンの会」(その47)

2022年08月10日 05時32分56秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その47)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆

 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた短歌を
 掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を投稿し、
 鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。


     「夾竹桃 白色」


「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】8月2日午後7時BSNHK「長岡花火大会」の生中継がありました。2004年の
    中越大震災や20・21年コロナ禍での中止、ウクライナ避難民受け入れ等々
    長岡市民の花火大会に賭ける熱烈なる想いを切に感じました。
    なお、フェニックスは2005年平原綾香のデビュー曲「Jupiter」に合わせて
    打ち上げられ、現在も続いています。
☆大迫力 夏の風物詩 フェニックス 金色花火 夜空を焦がす
☆ジュピターの 曲に合わせて 上がる花火 感動的で 涙流れる
☆フェニックス 光と音の スぺクタル 想いを乗せて 平和を祈る

                         浅間山明鏡止水(knsw0805)さん

【解説】
 BSNHK「長岡花火大会」の生中継は、私もテレビで拝見しました。
 三年ぶりの花火は、長岡市民と、花火師さんたちの技と心意気を感じさせ、最後には
 観客がスマホを振り、花火師さんたちにお礼を伝えると言った一体感が、イベントの
 感動を一層盛り上げていましたね。
 三首の詠歌には、その観客の一員となった作者の想いも投影され、臨場感を感じさせる
 歌になっていると感じます。
 『Jupiter』(ジュピター)は、2003年に発売された平原綾香のデビュー曲であり1枚目の
 シングルでしたね。この曲は、イギリスの作曲家ホルストの管弦楽組曲『惑星』に、
 吉元由美が歌詞を付けたものですが、壮大華麗な曲は、おっしゃるように花火に合って
 いると感じます。
 二首目の「感動的で」の内容を補い、少し添削させて頂きましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★ジュピターの曲と花火の交歓か 夜空に響くドラマに酔うや 


【詞書】蛍の儚い光は魂を喩えるのにうってつけの歌材と思いますが、現代では
    殆ど見ることもなくなり、こうした和歌を読ませてもらって懐かしむのみに
    なったことを残念に思います。「和泉式部の短歌に寄せて」
☆魂を蛍に喩へて歌詠みし昔の人の歌を読むかな
                         suisenさん

【解説】
 「物おもへば沢の蛍も・・・」の歌は、才女でもあり、恋多き女性といわれた和泉式部が、
 貴船神社に参詣した際に御手洗川に蛍が飛ぶのを見て詠んだと言われる歌ですね。
 「あなたが恋しくて思い悩んでいると、沢に飛んでいる蛍も、自分の身体からさ迷い出て
 来た魂なんじゃないかと思うの」と、切々と訴える歌になっていますね。
 この歌に寄せて詠まれた作者。命火にも似た蛍の儚い光を魂に見立て、そこに自らの想いを
 投影した詠歌となっています。「私の魂も、あの蛍のように彷徨いいずるかも…」と。

 
【詞書】山下達郎「さよなら夏日」を聴いて
☆どこかに忘れて来てしまった夏の日
        もうそこには私はいない

                         自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 山下達郎「さよなら夏日」の発売された1991年(平成3年)を調べると「東京都港区
 芝浦にジュリアナ東京オープン」とあったバブル時代真っ盛り。この曲が流行って居た頃、
 甲子園の最後のバッターの映像と共にニュースで流れていました。
 今年の高校野球は、8月6日から開始しております。コロナや熱中症の心配が有りますが、
 自分たちの夏を楽しんで欲しいものです。
 どうぞ、変わらないで~どんな未来、訪れたとしても~♪
 と歌いながら、バブル崩壊、失われた20年、大震災の平成、コロナの令和の30年。
 時代と共に変わって来ました。
 下記URLにさよなら夏日を貼付しておりますので、高校時代の自分たちを思い出して
 頂ければ幸いです。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/a3d2d2def38eb43efb1db281987e92e7
【投稿外コメント】自閑(jikan314)さんご自身のコメントです。
 今週は、新古今和歌集で、余り知られていない天才少女宮内卿を紹介します。
  薄く濃き 野邊のみどりの 若草に あとまで見ゆる 雪のむらぎえ
  花さそふ 比良の山風 ふきにけり 漕ぎ行く舟の あと見ゆるまで
  聞くやいかに うはの空なる 風だにも まつに音する 習ありとは

 宮内卿は、15~6才で後鳥羽院に見出だされ、各歌会、歌合に引っ張り出され、俊成、
 定家、寂蓮ら後鳥羽院歌壇の重鎮を破って世間の注目を集めました。有る歌合では、俊成と
 番組し、勝敗判定は俊成自身で敗けを認めたのに、敵味方とも反対しているので自身の勝と
 したと言う辛うじて面目を保ったような事もありました。
 しかし、宮内卿は苦吟型で、後鳥羽院の期待にこたえようと思い詰めて血を吐き、20才
 前後で亡くなってしまいます。
 宮内卿の歌は、印象派の絵画を見るような、イメージが有ります。

【解説】
 自閑さんのブログと、ユーチューブの曲も再度拝聴させて頂きました。
 山下達郎の「さよなら夏日」は、山下が夏の終わりにガール・フレンドと遊園地
 「としまえん」のプールに行った時に夕立に会い、雨上がりの虹を見たという
 高校生の時の思い出を元に作った曲とのこと『ウィキペディア(Wikipedia)』。
 曲の「雨に濡れながら おとなになってゆく」のフレーズが心に響きます。
 そして、「どうぞ変わらないで・・・」も。
 自閑さんの「どこかに忘れて来てしまった夏の日」の句が、切なく心に沁みます。
 私たちの世代は、土砂降りの雨と風を浴びながら、大人になってきたとの想いも
 あります。時代の汚濁を、それによって洗い流しながら…。と申し上げたら綺麗
 ごと過ぎますね。
 なお、新古今和歌集で、余り知られていない天才少女宮内卿の歌三首を紹介頂き
 ありがとうございました。「印象派の絵画を見るような、イメージ」は名言ですね。



     「むくげ 八重」

【詞書】私の父は職業軍人でした。今や軍隊の無い我が国では『死語』ですね?
    父は技術屋だったそうで戦地には行かなかったようですが悲惨な戦争の話は
    子供達にする事は無かったような気がします。敗戦になり軍人は軍人なりに
    かなり苦労をして市井に復帰。あれから76年経ち~、しかし権力を欲する国や
    人は後を絶ちません。悲しいことです。残念です!?
    私も高齢者…勝手な言い分ですがこのまま、この際平和ボケの母国と共に
    戦争の無いまま終われれば良いと願う自己中心の一人になっています。
    珍しく難しい事を考えました(笑)。雷鳴と、断捨離について詠みました。
☆雷鳴に あわてふためき クロ駆ける
         夏の終わりを 告げる黒雲
☆断捨離を 思い立ったは 自粛の日
         懐かし品に はたと止まる手

                         クロママさん

【解説】
 戦時中、航空機の製造・整備、軍艦の造船・保守をはじめ戦争を遂行するため機材の
 製作を担った技術者たちは数多存在しました。物語にも、歴史的にはあまり光を
 当てられて来ませんでしたが、それも「一つの戦場」であったと思っています。
 その一遇にクロママさんの御父上もおられたこととと思いますし、並々ならぬ
 ご苦労をされたことと思います。それゆえ子供達には「多くを語らぬ」を貫いた
 のではないかと思います。
 「平和ボケ」と言われましょうが、77年にわたり平和を貫いたことは歴史的にも
 稀有のことと思いますし、国民として誇っていい事と思います。そこに憲法九条の
 存在があったことは事実であり、心したいと思います。
 二首目の「懐かし品に はたと止まる手」の状況が目に浮かびます。読みての
 「そうそう」との頷きをさそう、素直な詠歌と考えます。

【詞書】絵手紙教室内での光景を詠ったものです。
☆たのしみは 息つめて引く一本の 刻んだ思い通じ合うとき
☆たのしみは 固い顔した生徒らが 弾けて描いた一枚見るとき
☆たのしみは 明日の教室思いつつ 木の実を拾うババであるとき

                         shima-千恵子さん

【解説】
 絵手紙教室は千恵子奥様の、大切な「人生のよりどころ」となっているのだと思います。
 その「教室」の生徒さん一人一人の顔を思い浮かべ、準備を怠らない「誠実な教師」の
 姿が詠歌から浮かんできます。このような充実感に満ちた大切なひと時を、継続的に
 持っている方は幸せな方と思っています。
 それを理解し傍らで支えてきたshimaさんの存在も大きなものであったと拝察して
 おります。そのような教室の状況を、大いに独樂吟で表現して頂ければ、「サロン友」
 も、私達も嬉しい限りです。「弾けて描いた一枚」の表現がいいですね。


☆ナガサキの背負いきれない悲しみを 抱きしままに君は旅だつ
                         ポエット・M

【短歌説明】
 熱波を伴う炎暑の下、夾竹桃が濃い紅の花を揺らしています。この花に 「美しいけれど、
 たまらなく嫌いな花。なぜって、生きることを強いるから…」と、 遥かな青春の日の
 友の呟きが甦ってきます。長崎で、体内被曝と言う重い十字架を背負った女性の友は、
  「核廃絶」を生涯のテーマとして取り組む、行動するキリスト者でした。重い血液の
 病との死闘の果て、夾竹桃の咲く八月に23歳にも満たない生涯を閉じました。
 「何十万もの多くの方の死の代償として、この世に生を受けた私はその人達の分も含めて
 一分でも長く生きなければ…。生きることが辛いなんて言ったら、天国へ行ったあの人達に
 申し訳ないわよね」との言葉を呟きながら…。その友への挽歌として詠んだ8月9日の歌です



     「夾竹桃 紅色」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (48)
 12.白い恋人(2)


   白い雪が ただ降るばかり
      (アダモの『雪が降る』の一節)

  ふりむけば
    寄り添いきたる
        くれないの
     傘に牡丹の
       春の雪舞う

      寄り添いて
        哀しき君の
          背をさすり
         湖水にそそぐ
           白雪を見る

       「お休みの
         キスなど嫌っ」と
             拗ねてゆく
          君の背に舞う
             春の淡雪

     「お休みの
        キスをして」と
           立ちどまる
         君のまつ毛に
            ひとひらの雪
    もうなにも
      聞こえませぬと
         言うように
       黙して四、五歩
         前を行く君



     「ブーゲンビリア」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、質問、諸々の疑問点、さらにご意見等について触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【サロン参加者からのご意見】チョウキチさんからのコメントです。
 「思ひあれば 袖に蛍をつつみても 言はばや物を とふ人はなし」
  寂蓮法師は、身分の高い家の子弟で家を継げないから見かけ上出家したのでしょうか。
  心から出家したのでしょうか。心を隠しながらも、つい本音を漏らす。
  昔の人はある意味あけっぴろげで、気持ちを直に表現するのですね。
【コメントへのお答え】
 寂蓮法師は、僧俊海の子として生まれ、叔父である藤原俊成の養子となった後、長じて
 中務少輔になり、30歳代で出家されたとのことですね。
 その後、歌道に精進し三夕の歌をはじめ、叔父の目指した「幽玄」を表出する多くの
 優れた歌を詠っていますね。
 例として引かれた、
  ★思ひあれば 袖に蛍をつつみても 言はばや物を とふ人はなし

 この歌は、歌合せの際に詠まれ「夏の恋の心」として扱われた作品ですが、
 「宮仕えをする女性が、身分の高い男に淡い恋心を抱くが、人には告げられない」
 想いを詠んだと伝えられています。
 つまり、寂蓮法師が自らの想いではなく「宮仕えの女性」に替わって詠んだとの
 ことです。しかし、「私の恋心は包んでも隠し切れない蛍の光です」との想いは、
 寂蓮法師にも経験としてあったのではないかと思っています。この歌には、
 少なからぬ切迫感もありますので…。こんな想像をするのも、楽しいですね。


     「タチアオイ」

【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
 (8) 投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
   ニックネームのみでIDのない方、あるいは匿名の投稿は内容により掲載
   できない場合もありますのでご了承願います。

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「春秋」(「綜合詩歌」改題)誌鑑賞(12) 「槿花一朝の夢」

2022年08月05日 15時11分02秒 | 短歌

-戦時下、空白の短歌史を掘り起こす その12-
    「槿花一朝の夢」


 鎌倉の北東に位置する大倉山は夏の夕映えの中でなお濃い樹影を地に落としている。武士政権の創設者、源頼朝の墓は、その大倉山の南麓中腹に立っている。源頼朝の生涯については、現在進行形の大河ドラマで既に詳細に描かれているが、伊豆配流から身を興した源頼朝。平氏追討の後、鎌倉幕府を開き征夷大将軍となり、その後、わずか七年後の正治元年(1199年)53歳で落馬により身罷った。

 短いながら、正に波乱万丈の生涯を送ったもののふの生涯を、象徴的に刻む多層塔の墓は苔むし、夕映えに染まりながら質素なたたずまいを見せている。墓の入り口近くに槿(むくげ)の群生が萎む寸前の五弁の花びらを、あるか無しかの風の中で揺らしている。純白の花びらに底紅をもつ宗旦むくげは華やかな花姿に似ぬ、妙なる寂しさをまとっている。
それは「朝開暮落」の花名が示すとおり、朝に花開き夕べに散る「ひと日花」の宿命から来る哀しみゆえだろうか。夏の夕べ、ひと日という短い生涯を全うし散っていく花の風姿。それは苔むした頼朝の墓のたたずまいと共に、「槿花一朝の夢」を語るにふさわしい、儚さと気品に満ちている。


     「宗旦むくげ」

     「源頼朝の墓(と言われています)」 (ネットから借用しました)

 短く儚いゆえに、生の限りを懸命に燃やした若者達の真摯な思い。その思いは争乱に明け暮れた源平の昔より、どんな時代の闇の中でも、それぞれに光彩を放ちながら時代の青春を貫いてきた。そんな若者達の思いと、強いられた「もう一つの戦さ場」で闘うおみな達の「生への燃焼」を、戦局悪化の極みに向かいつつあった大戦末期の詩歌の世界から探ってみたい。

 「春秋」は「綜合詩歌」を改題し創刊され、昭和十九年八月に第二号の発刊となった。この巻頭には金井章次博士の随筆「続行政鎖談」が、「綜合詩歌」に引続き掲載されている。また、巻頭の囲み作品には尾上紫舟、川田順、河野慎吾の三氏が、それぞれ力作を寄せている。この作品の中から歴史的にも貴重な、吉井勇について詠った川田順氏の歌を抄出してみたい。


吉井勇                       川田順
 さすらいの風流士(みやびお)いまはおちつきて古き京に庵せりける
 人間(ひと)よりは石が親しといひながらさびしかるらし今日も訪ひ来る
 国を憂へ談らひ尽きぬ吾が友を送り出づれば雪ふりみだる


 これらの方の他に本誌に作品を寄せた代表的な歌人は、高木一夫、武藤宏樹、村田保定、田島とう子、桑山良の各氏を始め、三十二名の方々であった。


     「カサブランカ」

 昭和十九年七月。サイパン島「玉砕」を契機に東条内閣は倒壊し、小磯内閣が発足した。八月には「国民総武装」を閣議決定し戦局の建て直しを図ったが、事態は好転せず悪化の一途を辿っていった。

 一方、六月六日300万人近い兵員を動員し「史上最大の作戦」で臨んだ連合国軍は、ドイツ軍の眼前でノルマンディー上陸を果たし、八月にはフランスシェルブール港を確保した。この作戦にはヴェルレーヌの「秋の歌」の前半分、すなわち「秋の日の ヴィオロンの ためいきの ひたぶるにうら悲し」が暗号として使用された。ここにも、連合軍のゆとりが汲み取れる。


     「オリエンタルリリー」

 戦局の悪化は、詠草の投稿を官製はがきに変えるという瑣末な状況変化も含めて、国民生活を経済的にも、文化的にも壊滅的に圧迫しつつあった。これらの情況は代表的歌人の作品にも色濃く反映し、深い影を落としている。この時代への想いを直裁に詠った歌。それは単なる時局詠を越えて歴史への貴重な伝言とも言える。そんな「伝言」の数々を抄出させて頂いた。


海戦                       甘楽 武
 海岸に焼けそぼれたつ椰子の木のをびただしきは何か哀れなり
 痺れたる足をさすりて居りしとき対空戦闘の号音鳴りぬ
 故も無く涙流れぬ赤道をいましすぎると聞きたる時に

近詠                       堀内 雄平
 人波の後ろに高く伸び上がり見つつしをりし白き面輪を
 暮れそめし水平線に吾が本土一点となりて軈て見えずも
 潜水艦に尾行されゐし幾日をかへり見るさへ身に響くあり

山住み                      高橋 静生
 病める身は草しき仰ぐ青空のひかりを見つつ涙ながれき
 あわれなる生きの生命をみ戦につなぎては思へ慰まなくに
 日に日々に瞼に熱きことのみぞ生けらく物に乏しさはなく


戦線風景                     佐藤 力雄
 トーチカのまはり乾ける土の上に一かたまりの芒映りぬ
 猛りたる機銃掃射のとどろきが河谷ふかく山にこだます
 雪の降る清き月夜を移動して牡丹江にわが兄は征きたり

初夏                       杉本 糸子
 兵はただ兵たれと書きて賜りし日のみ旗負ひて君出で征たい
 をとめらのそこはかとなき匂ひ満ち夏季練成講習会いま開かるる
 戦時農園見なれし我れかこの家の朝顔の藍いたくしすずし

花々                       田島 とう子
 なにごとか心にかへるものありて切なくぞきく梔子
 苜蓿(うまごやし)咲く河原のみちにして遠き乙女を言い出でにけり
 みちのへの未央柳の黄の乱れ心みだれてありといはなくに


「坑道のカナリヤ」という痛ましい存在がある。坑道に満ちる有毒ガスの濃度を自らの生命を賭して人間に知らせると言う、哀しくも崇高な使命を担わされたカナリヤである。詩人や歌人の果たすべき役割は、このカナリヤに似た側面を持っていると言える。時代の闇の中で、その潮流を敏感に感じ取り、自己の全存在を賭けて身に迫る危機を詠っていく。そんな熱い使命感と志を秘めた作品のみが時代を越えて人々の心を打ち、時代の潮流すら変えていく力を持つのではないだろうか。

 そんな想いを抱かせる作品が、これら歌人の歌群に少なからず存在し深く学ばされた。また、抑制の効いた表現のもつ凄さと、風韻とも言える響きを改めて味わうことが出来た。とりわけ「朝顔の藍いたくしすずし」と詠った杉本糸子氏の「初夏」一連の淡々とした声調、さりげない表現にこめられた想いの深さを心に刻んでいきたい。


     「鹿の子百合」

 本誌では、これら短歌作品の他に先にあげた金井博士の随筆を初め、高木一夫、鈴木一念、中井克比古、佐藤きよしの各氏が論文、評論、歌論等の力作を寄せている。これらの中から鈴木一念氏の歌評、解説を一部抜粋し私たちの学びの手引きとしたい。

 ○かぎろひの日は照らせどみずうみの浪うちぎはに雪ぞのこれる  斉藤茂吉
 【歌意】蔭り易い冬の陽がいま此処を照らしているけれども、この湖の寒々とした
     浪打ち際には雪が消え残って凝ごって居る
 【歌評】人間の匂いも音も感じさせぬ大自然の奥や外側の寂しさ厳しさ、
     寄り付き難さを深く思わせる。―それは上句の「かぎろひの日は照らせど」
     の否定語の圧迫力から醸成されて来ていると想う。

 この歌評と歌から、「否定語の圧迫力」を学んでいきたい。

 本誌では「春秋」と改題して以降、会員からの投稿歌を中井克比古、高木一夫、泉四郎の各氏が選者となって三部立ての選歌を行なっている。 これら選歌作品の中から、戦局悪化の下で、なお生への限りない燃焼を秘めた歌、そして詠うどころでない情況の中で、魂の奥からの抑え切れない叫びを表出させた作品を抄出させて頂いた。


 ○わが想ひ言はむ術なき旗ふりてならひの如く夫を送りぬ       平野 良枝
 ○明日はなき生命と三度書きし我れ尚ながらへて祖国に着きぬ     池田 喜多郎
 ○もののふは戦死するもの常あれどその今日死にきと聞ける悲しさ   外城 柚雄
 ○三平戦死信じかねたり公電を手にすれば浮かぶ太き眉大き声     井上 栄二
 ○花は開き陽はうらうらにてらせども還らぬ友のありて慎む      松本 みさを
 ○熄みがたく烈しき思ひ警報の夕べ真白きコデマリの花        鈴木 實
 ○今日もまた庭に咲きけりぼたん花は戦死の兄のかたみなりけり    星野 芳子
 ○快く晴れたる今朝を芍薬の露をたもちて咲き初めにけり       河本 文子
 ○空襲のま闇の中に名を呼ばひ吾等親子を師は気遣はす        杉江 秀子
 ○海の絵を描きしと吾に示したる君の生命を恋ひつつぞをり      大木 平
 ○山寺に夕桜花散りゐつつ戦へる世のここにしづけし         松田 弘吉
 ○うつつなき目にも映りて飛行機に叫びをあぐるかなし背の児が    原  恵子
 ○丸顔のほほえみし時汝が父のうつしゑに似て吾子はかなしき     土井 博子
 ○ともどもに堪えてしゆかな乏しくも配給米に命やしなふ       小笠原一二三
 ○幾枚のわが写真より頬の痩せ目立たぬを選りて母に送りぬ      岡本 武義
 ○たらちねの一生思へば涙落つはこべ花咲くおくつきどころ      菅沼 稷彦


 幾度かの慟哭の夜を重ね、吾子を抱え死と隣り合わせの生を、懸命に生きたであろうおみな達の想いが、また、わが子の戦死の報を涙を呑み込み受けとめざるを得なかった親達の想いが、これらの歌群の底から響いてくる。
諦念と呼ぶにはあまりに生々しく、重く烈しい魂の叫びが・・・。再びは還れぬであろう遠い戦場へ愛してやまない夫を、恋人を、わが子を送り出さねばならなかった女性たちと、親達の無念の思いが、その叫びと重なる。


     「夾竹桃」

 大倉山から眺める鎌倉の街並みは、夏の夕映えの中で淡いセピア色に染まっている。七里ガ浜からの潮騒が聞こえてきそうな静寂の中で、むくげの花は今その花弁を閉じようとしている。一日と言う短くも、かくも典雅さに溢れた花の一世。それは、幾多の曲折を経て武家政権を打ち立てた後、わずか七年で没した源頼朝の無念に尽きる一世に重なる。さらに、人生の開花も知らず、蕾のままに散ることを強いられた大戦下の若者達の無念さを思い起こさせる。そして、その思いを上回る残されたおみな達と、親達のさらなる無念の想いが・・・。


     「むくげ 八重」

 夏の夕映えの中で静かにその花弁を閉じるむくげの花は、そんな無念の思いを、そして叫びを押し包むように萎んでいく。朝に開き、夕べに散る槿花の紡いだ夢は、儚さの象徴かもしれない。しかし、それは戦乱の世も含めて、死と隣り合わせの生を懸命に、健気に生きた人々の燃焼の証でもあり、一瞬を永遠命に重ねることを悟った凛とした気品と志の証でもあった。
 あの8月6日が巡ってくる。今日の日を再び「戦前」にしてはいけない。そして、「ヒロシマ、ナガサキの心」が世界の人々の心に届く日が来ることを。ロシアのウクライナ侵略により原爆の脅威が具体的になる中で、そんな確かな、そして重い「一朝」ではない夢を紡いでいきたい。
                                 了

         初稿掲載  2008年8月6日
注)現下の情勢に合わせて、初稿に最小限の加筆を行いました

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「口語短歌・水曜サロンの会」(その46)

2022年08月03日 05時04分48秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その46)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆

 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた短歌を
 掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を投稿し、
 鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。


     「アサガオ」


「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】7月23日土曜日星野温泉トンボの湯近くの村民食堂に行って来ました。
    目の前にはハルニレテラス遊歩道があり、夏の雑木林の緑は格別です。
☆景勝は 川のせせらぎ 渓流と 鳥のさえずり 溢れる緑
☆やわらかな こぼれ日受けた 雑木林 風が吹き抜け 一服の清涼

                         浅間山明鏡止水(knsw0805)さん
【詞書】7月26日BSフジが生中継で午後7時より「新潟県柏崎市・海中空花火大会」を
    やっていました。次から次へとあがるスターマインは圧巻でした。中でも堤防
    1500m長さに台座を作り100発一斉打ち上げ2回は国内初めての試みで凄かったです。
☆日本一 前代未聞の 尺玉が 水中花火で 一斉打ちも
                         浅間山明鏡止水(knsw0805)さん

【解説】
 ハルニレテラス遊歩道は、これから緑あふれる最高とも言える季節を迎えますね。
 一首目、二首目はそんな遊歩道の景観を、余すことなく詠んでいて好感が持てます。
 三首目も、「100発一斉打ち上げ2回」の花火の凄さを詠っていて、その感動が
 伝わってきます。
 なお、一首目の「川のせせらぎ 渓流」の意味の重なりが少し気になりますので、
 整理してみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★せせらぎに鳥のさえずり響きいる ハルニレテラス緑溢れて


【詞書】今日の日も ルイ・アーム・ストロング 「What A Wonderful World 」を
☆今、日が沈む
  なんて世界は美しいんだろう?
      ありがとう

                         自閑(jikan314)さん
【短歌説明】
 昔、金沢の海岸に住んでいた時、近くの海水浴場にビールを飲みに行っていました。
 泳ぐ気は全く無かったです。
 夕日が日本海に沈む時、ルイ・アーム・ストロング 「What A Wonderful World 」が
 掛かり、とても素敵な気分になっていました。
 短歌としては、字足らずですが、一字も足すことが出来ませんでした。自分が生かされ、
 この美しい風景に出会えたので。
 下記URLに「What A Wonderful World 」を貼付しておりますので、夏の夕陽をイメージ
 していただければ幸いです。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/a44f0b0e285bc35f63be68b2bf65dad7
【投稿外コメント】
 今週も新古今和歌集で鴨長明を紹介します。
 鴨長明と言うと「ゆく川の流れは絶えずして~」の方丈記で有名ですが、新古今和歌集の
 編纂にも和歌所寄人として関与しております。
  ながむれば 千々に物思ふ 月に又 我身ひとつの 嶺の松かぜ(秋歌上)
 鴨長明は、師匠の俊恵の教えなどの歌論を「無名抄」として書いています。その俊恵と
 源頼政のやりとりの中で、とても有名な歌に酷似した頼政の歌を
 「これはいでばへすべき哥なり」と出来映えが良ければ良いと俊恵は褒めたそうです。
 この歌も
  月みれば千々にものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど(大江千里 古今集)
 酷似と言うよりパクりじゃないかと思われたかも知れません。しかし、この歌を、
 撰者の藤原有家、藤原定家、藤原家隆、藤原雅経が撰歌し、後鳥羽上皇も気に入っていました。
  石川や せみの小川の 清ければ 月もながれを 尋ねてぞすむ(神祇歌)
 この歌が、新古今和歌集に撰歌され、鴨長明は滅茶苦茶喜んだと無名抄に書いております。
 仕事(神職)もせず、親の財産を食い潰し、歌(和歌)と楽器(琵琶)ばかりしていた
 引き籠もりニートオタクの到達点が、方丈の庵と言う事ですね。
 私もバエる短歌を作ってみたいです。

【解説】
 改めて、ルイ・アーム・ストロングの「What A Wonderful World 」を拝聴致しました。
 1920年代のディキシーランド・スタイルのジャズの先駆者の一人として知られる
 アームストロングですが、グラミー賞を受賞した1964年のシングル「Hello Dolly」で
 ザ・ビートルズの「Can’t Buy Me Love」を蹴落として全米シングルチャート1位を記録し、
 ジャズ以外のポップ・チャート・ファンでも知らない人はいませんでしたね。
 オリジナル曲のリリースから50年以上経過した今でも、ルイ・アームストロングの
 「What A Wonderful World」は、愛、平和、調和という時代を超えたメッセージを通して
 インスピレーションを与え続けていると考えます。
 とくにロシアのウクライナ侵略戦争が長期化する中で、改めて見直される曲とも思っています。
 短歌説明の「自分が生かされ、この美しい風景に出会えたので」は「What A Wonderful World」
 の曲の真髄を言い表していますね。短歌の表現としても結句の「ありがとう」が効いています。
 
 なお、新古今和歌集での鴨長明を紹介して頂きありがとうございました。
 「出来映えが良ければ良いと俊恵は褒めた」との下りは、当時の歌人のおおらかさと、本物を
 見抜く眼の確かさ、さらにはそれへの自負を感じ、学びになりました。




【詞書】コロナ旋風は止まる気配も見せず政府も「どうしたらいいのかわからない」のかな?
    世界一の不名誉なコロナ感染数は本当に怖いですね?
    私もクロと朝散歩していますが、田舎の公園とはいえマスクをしてない方が殆んど~😢
    なんなんだろう⁉️と不思議です。まぁ~そんな人ごみのない今朝の大塩湖の朝散歩で~
☆朝散歩 そよと吹く風 心地よく
       ナツスイセンの 揺れる湖

                         クロママさん

【解説】
 おっしゃる通りですね。日本の新型コロナウイルスの新規感染者数が1週間で約97万人に
 上り、世界で最多だったとのWHOの発表は、感染症対策を誇る日本としては「不名誉」な
 数値でしたね。いずれにしても私たちは、感染症対策の基本をしっかりやって自衛に心がけ
 たいと思っています。
 風に揺れ、今は盛りと咲く淡い紅色のナツズイセンは、爽やかな思いにさせてくれますね。
 愛犬クロちゃんとの朝散歩の微笑ましい様子が、あますところ無く表現され、詠まれていて
 好感の持てる詠歌と思います。このままの表現で十分と思います。

☆たのしみは 準備ととのえ教室に 仕上がり上々笑顔みるとき
☆たのしみは 良い日だったと語り合い 心やすらぎ乾杯するとき
☆たのしみは テレビが教える惣菜に 我流を足して「よし」とするとき

                         shima-千恵子さん

【短歌説明】fumiel-shimaさん ご自身の説明です。
 一首目は絵手紙の教室でちょっと難しい題材に取り組んだ時の、生徒さんたちの笑顔と
 安堵の様子を詠ったものらしい。
 三首目はレシピをちゃっかり自己流に変えて最高の出来上がりだと自己満足している姿…。

【解説】
 一首目は、絵手紙教室で生徒さんたちと難しい課題に取り組み、期待通りの作品に
 仕上がった際の教師としての安堵感と、生徒さんたちの満足感に満ちた笑顔、それは
 なにものにも代えがたい達成感に、満たされていたことと思います。
 それらの想いを「仕上がり上々笑顔みるとき」と14文字で描き切ったお手並みはさすがと
 思います。
 三首目、テレビのレシピに「我流を足して」との語に、主婦の矜持が滲み出て良い詠歌に 
 仕上がっていると考えます。


☆落日に手を振るような浜木綿(はまゆう)の ほのかな香り浜に満ちゆく
                         ポエット・M

【解説】
 焦がすように照り付けた真夏の太陽も西に傾き、落日の時を迎えています。浜辺に咲く
 浜木綿(はまゆう)は、女性の白い指にも似た花弁を落日に向け振っているかに見えました。
 そんな時、今まで感じなかった浜木綿の甘やかな香りが微かに漂い、日暮れ時に香りが増すと
 言われた、この花の特性を改めて感じました。そんな思いを詠んでみました。


     「浜木綿(はまゆう)」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (47)
 12.白い恋人(1)


   白い雪が ただ降るばかり
      (アダモの『雪が降る』の一節)

  あまりにも
    面影人に
      良く似たる
     君と出会いし
        日の哀しさよ

    それとなく
      『ダブリン市民』の
         「痛ましき
        事件」の話
          われにする君

      さりげなく
        語る言葉を
           さりげなく
         聞きつつ夕陽が
            丘の道ゆく

     目を伏せて
       君を泣かせる
         哀しみに
        我れもついには
           声にして泣く

    いつわりと
      知りつつ君に
        むせび泣く
       愛にこごえて
         愚かな我れよ



     「桔梗 白色」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、質問、諸々の疑問点、さらにご意見等について触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【サロン参加者からのご意見】チョウキチさんからのコメントです。
 「思ひあれば 袖に蛍をつつみても 言はばや物を とふ人はなし」
  寂蓮法師は、身分の高い家の子弟で家を継げないから見かけ上出家したのでしょうか。
  心から出家したのでしょうか。心を隠しながらも、つい本音を漏らす。
  昔の人はある意味あけっぴろげで、気持ちを直に表現するのですね。
【コメントへのお答え】
 寂蓮法師は、僧俊海の子として生まれ、叔父である藤原俊成の養子となった後、長じて
 中務少輔になり、30歳代で出家されたとのことですね。
 その後、歌道に精進し三夕の歌をはじめ、叔父の目指した「幽玄」を表出する多くの
 優れた歌を詠っていますね。
 例として引かれた、
  ★思ひあれば 袖に蛍をつつみても 言はばや物を とふ人はなし

 この歌は、歌合せの際に詠まれ「夏の恋の心」として扱われた作品ですが、
 「宮仕えをする女性が、身分の高い男に淡い恋心を抱くが、人には告げられない」
 想いを詠んだと伝えられています。
 つまり、寂蓮法師が自らの想いではなく「宮仕えの女性」に替わって詠んだとの
 ことです。しかし、「私の恋心は包んでも隠し切れない蛍の光です」との想いは、
 寂蓮法師にも経験としてあったのではないかと思っています。この歌には、
 少なからぬ切迫感もありますので…。こんな想像をするのも、楽しいですね。


     「百日紅 サルスベリ」

【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
    注)投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
                       了
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