ときどりの鳴く 喫茶店

時や地を巡っての感想を、ひねもす庄次郎は考えつぶやく。歴史や車が好きで、古跡を尋ね、うつつを抜かす。茶店の店主は庄次郎。

久伊豆神社  ・・獅子頭と神楽殿について

2014-08-26 19:38:51 | 歴史

久伊豆神社  ・・獅子頭と神楽殿について


承前 玉敷神社

玉敷神社・萱葺きの神楽殿

久伊豆神社に限らず、そこそこ神社は神楽殿を備えています。

では、神楽殿とは一体なんでしょうか。文字どうり、神楽を奉納する場所の意味であることは、文字からも疑う余地のないところのようです。楽の文字から、楽器の演奏・伴奏を必要として、舞(この場合踊りではないようです)を奉じるようです。

発祥は ・・・

戸隠神社・神楽絵


古事記・日本書紀の岩戸隠れの段でアメノウズメが神懸りして舞った舞いが神楽の起源とされる。アメノウズメの子孫とされる猿女君が宮中で鎮魂の儀に関わるため、本来神楽は招魂・鎮魂・魂振に伴う神遊びだった、というのが最初であったとされます。
「神懸り」するために、人間から離れて、面が必要だのかも知れません。

神楽を調べると、御神楽と里神楽が出てきます。
御神楽は、宮中行事で、謂われは多そうですが、ここは他者に任せます。

里神楽は ・・・
○巫女神楽(神懸かり系・早乙女系)

巫女神楽


巫女が舞う神楽。本来は神懸かりのための舞の様式化で、祈祷や奉納の舞。


○採物神楽(出雲流神楽)

採物神楽


出雲国・佐陀大社の御座替神事が源流。この神事は御座を清めるための採物舞と神話や神社縁起を劇化した神能などから成り、演劇性・娯楽性の神楽が全国へ広がった。


○湯立神楽(伊勢流神楽)

    

湯立て神楽           霜月神楽


湯立と神楽が結びつく。伊勢外宮の摂末社の神楽役たちが行ったものが各地へ広まったとされる。霜月神楽、花祭とも。釜で湯を沸かし、巫女などが自身や周囲の人にその湯をかけて清める「湯立」に、採物または着面の神楽が加わる。


○獅子神楽

山伏神楽


獅子舞の一種。風流系とは異なり、獅子頭を神体として各地を巡って祈祷やお払いを行う。東北地方の山伏神楽と、伊勢などの*太神楽がある。

*太神楽 ・・・
太神楽曲芸『傘の曲』 ・・・伊勢神宮や熱田神宮の神人が各地を巡って神札を配り、竃祓いや村の辻での悪魔祓いとして行った神楽。大神楽・代神楽とも。獅子舞と曲芸から成る。伊勢太神楽の獅子舞は回檀先の多くの村々に移入され、伊勢太神楽系の獅子舞と呼ばれる。熱田派は江戸開府の際に本拠地を江戸に移した。余興だった曲芸は舞台芸としての太神楽に発展、江戸太神楽や水戸大神楽となった。江戸末期からの寄席では神楽よりも演芸色の強い曲芸の方が多く演じられた。寄席での神楽は落語、講談とは違い色物とされることが多く太神楽曲芸と言う。 ・・・ 正月の神楽は演芸化して行ったのはこの系統。獅子舞はその代表。

*能神楽

能神楽

能や薪能も、出発は神楽の一種であったようです。

次第に、面や舞が精錬されていき芸術的な領域まで達したようです。

能の美術性・芸術性に拘ると、白洲正子の世界になります。

参考:南部領辻の獅子舞 ・・・由緒(鷲神社)
・・・ 「この獅子舞は、八幡太郎義家の弟・新羅三郎義光が奥州へ兄を助けに向かう途中、兵士の士気を鼓舞するために舞ったものを、土地の人達が習って伝えたものといわれています。
いわゆる『三頭一人立ち』の獅子舞で、毎年五月と十月に鷲神社に奉納されるほか、五月の奉納後には地域を回り、氏子の庭先でも舞われます。
地域の『厄払い』のために舞われるという本来の姿をよく伝える獅子舞で、太夫(大獅子)を中心にした三頭の獅子が勇壮に舞います」 ・・・

獅子舞を、上の例から読み解くと、神社で奉納する「獅子舞」は、神社の由来で”招魂”の意味のようです。舞台のある神社では、当然舞台で舞ったと思われます。この舞台のことを、神に奉納することから”神楽殿”と呼んだと思われます。あるいは、五月の「田植え」の時期、十月の「収穫」の時期を思い起こせば、五穀豊穣の祈願と感謝が込められていたのは、疑いの余地は少ないと思えます。
併せて、地域内の氏子の家を回り、玄関や庭先で舞うのは、「厄払い」です。
恐らく、この地区から、新羅三郎義光の家臣が奥州へ出征したのではないかと読み取れます。源義光は、新羅三郎といって新羅系の渡来人の系譜で、新羅系の渡来人が、政府に組み入れられる時、”武”の方面を受け持ったのではないかと思えます。源氏は、新羅系の渡来人が祖である、といっているようなものです。

獅子舞や獅子頭の内容 ・・・
獅子舞の道具の内容も記載されています。
天狗(面)、お守り持ち、笛x2、ささらx2、太夫、中獅子、女獅子の衣装と道具。この道具の数から推測すると、獅子舞には9人を必要とするようです。そして、音の出る道具が用意されていることから、かなり賑やかな舞であったようです。
*ささら ・・天狗が獅子を起こす時に使う”ささら”で、竹製のものと赤樫製のもので1対です。これを擦り合わせるようにして音を出します。

これで、獅子神楽のことは、朧気ながら分かってきました。
勝手な解釈ながら、元荒川と古利根の流域は、昔氾濫の頻発地帯です。時には日本の大河が洪水して、合流して流域全体を埋め尽くしてしまうことも多かったと訊きます。こうゆう所は、人知が及ぶべくも無く、神頼み、信仰が深くなるそうです。 ・・・「人知が及ぶべくもなく」と嘆いた洪水は、それから何百年か後に、利根川を東に流れを変えさせ、荒川を西に流れさせて、関東平野から洪水を、ほぼ無くした男がいました。伊奈熊蔵忠次です。その業績を思い、改めて利根川や荒川を見ると、ただただ感嘆の思いがこみ上げてきます。
そこで発生したのが、荒ぶる自然の鎮魂の信仰で、五穀豊穣と表裏一体です。
この信仰の流れの上に、神楽を眺めると、神楽が”陽気”であるだけに余計納得出来ます。