先日、五日付けの私のブログに引用した金谷安夫氏のホームページ「慟哭の島その真実」を紹介してくれた友人が彼の著書「戦塵の日々- 原爆の基地テニアン島の戦闘と遺骨収集」を貸してくれました。読み始めてまだ数ページのところですが、「戦史 サイパン島玉砕」の項を読んでいたら突然涙がこみ上げてきました。
『戦史 サイパン島玉砕
七月六日 斉藤中将は万歳を三唱して割腹、副官に頭部を撃たせた。同じ日、南雲中将もピストルで自決し部下の総攻撃のはなむけとした。』
玉砕を前に指揮者である筈の彼らは勝手に自決。何がはなむけですか。何故部下と共に死の突撃をしなかったのか。自決の方がより高尚という考えからなのか。。。等々の疑問が湧きました。そして部下達は、
『七月七日の未明約3,000名の日本軍が、アメリカ軍前線の間隙を突いてなだれこんだ。ある者は竹の先端に銃剣を結び付けたものを武器とし、ある者は竹槍で、また武器のない者は素手で、口々に万歳を叫び七生報国を唱和しながら突っ込んだ。その武器や装備は哀れなものであったが、死地につこうとする気迫、一人でも敵を倒して玉砕しようとする激しい闘志に燃えていた。』
と言う状況で散っていったのです。
武器もない戦闘にもちろん勝てるわけがありませんが、負け戦の最後の最後まで「お国のため」に尽くしたのです。彼ら兵士達だけではありません。民間人も捕虜になることを恥じ、米兵たちが手の施しようも無く見守る中で自爆したということですし、子供を抱いて崖から海に飛び込む母親などもいたそうです。
漢字がずらずらっと並んだりすると読むのもタジタジの私ですが、頑張って読み続けています。
どんなに「焼け石に水」かもしれなくても、戦争を繰り返すな!と叫び続けなければならないのだと思いました。
この著書は非売品なので、書店では入手出来ないでしょうが、機会があったらお読み下さい。
写真はその表紙です。
『戦史 サイパン島玉砕
七月六日 斉藤中将は万歳を三唱して割腹、副官に頭部を撃たせた。同じ日、南雲中将もピストルで自決し部下の総攻撃のはなむけとした。』
玉砕を前に指揮者である筈の彼らは勝手に自決。何がはなむけですか。何故部下と共に死の突撃をしなかったのか。自決の方がより高尚という考えからなのか。。。等々の疑問が湧きました。そして部下達は、
『七月七日の未明約3,000名の日本軍が、アメリカ軍前線の間隙を突いてなだれこんだ。ある者は竹の先端に銃剣を結び付けたものを武器とし、ある者は竹槍で、また武器のない者は素手で、口々に万歳を叫び七生報国を唱和しながら突っ込んだ。その武器や装備は哀れなものであったが、死地につこうとする気迫、一人でも敵を倒して玉砕しようとする激しい闘志に燃えていた。』
と言う状況で散っていったのです。
武器もない戦闘にもちろん勝てるわけがありませんが、負け戦の最後の最後まで「お国のため」に尽くしたのです。彼ら兵士達だけではありません。民間人も捕虜になることを恥じ、米兵たちが手の施しようも無く見守る中で自爆したということですし、子供を抱いて崖から海に飛び込む母親などもいたそうです。
漢字がずらずらっと並んだりすると読むのもタジタジの私ですが、頑張って読み続けています。
どんなに「焼け石に水」かもしれなくても、戦争を繰り返すな!と叫び続けなければならないのだと思いました。
この著書は非売品なので、書店では入手出来ないでしょうが、機会があったらお読み下さい。
写真はその表紙です。