つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

最初よければ最後も……でも中間は

2006-03-17 20:53:05 | 小説全般
さて、また女性作家だなの第472回は、

タイトル:ジオラマ
著者:桐野夏生
出版社:新潮文庫

であります。

なんか、ここまで本読んでても、まだまだ読んだことがない作家はたくさんあるなぁ、と思いつつ、これまた読んだことねぇやで購入。

本書は、表題作を含む9編の短編が収録された短編集。
各話は次のとおり。

「デッドガール」
売春相手の男とラブホテルにいたカズミは、自分を買った男の態度などに、憤怒と言った激しい感情を抱き、シャワーに出た男のジャケットをまさぐっていた。
そこへ、ひとりの若い女が現れ、カズミの行為を咎めるでもなく、その若い女は「少し話さない?」と言いつつも、勝手に話し始める。
自分のことを「死んでいる」と語る若い女と語るカズミの姿が最後まで描かれている。

この若い女、実はカズミがいるラブホテルの部屋で殺された女で、カズミに激しい感情を起こさせる「戦争状態」という単語を巧みに使い、さらに殺された女の屍体がまだこの部屋にある、と言う不気味さがよく出ていて秀逸。

「六月の花嫁」
同性愛者なのに、社会的な立場などから貴子という女性と結婚した健吾という男性の話。
妻に内緒で、ダイヤルQ2で知り合った雅義という高校生と電話だけの関係を続けていて、自分の性癖と社会的立場、結婚生活などを通じて、健吾の苦悩を描いている。

「蜘蛛の巣」
百合絵のもとへ、元クラスメイトだと言う女性から電話がかかってくる。
ツチイと名乗ったその自称元クラスメイトに、百合絵はまったく心当たりはないが、どこでどう知ったのだと思えるほどに、ツチイは百合絵の家族のことをよく知っていた。

……と、たった10ページ程度の作品で、おやと思える展開なのだが、オチは、あ、そう……と拍子抜け。

「井戸川さんについて」
空手の教室の土曜クラスで、その曜日の教室を受講している生徒たちから信頼され、人気のある井戸川さんが突然死に、そのことを調べるうちに、空手の教室以外での井戸川の姿を知っていく綾部という男性の話。

とても信頼され、尊敬されているはずの井戸川の姿がけっこう、と言うより、かなり気色悪いので読んで、後味悪し。
まぁ、いまで言うストーカーだが、女性が読むともっと気色悪い思いをするかもしれない。

「捩れた天国」
ドイツで日本人相手の通訳兼ガイドで食いつないでいる、ドイツ人と日本人のハーフのカールという男性と、ドイツへひとを探しに来たと言う日本人女性の話。
題名は、カールがガイドをしている女性を連れて行った、ポツダムにある丘の上の廃墟を指す。

それだけ。

「黒い犬」
前作「捩れた天国」のカールの話で、母の結婚式のために日本に戻ってきたときのことと同時に、子供時代の姿を描いたもの。
これを読むと、「捩れた天国」の中にあるものがぼんやりと、何となくわかってくるような感じがする。
それが何だとはっきり言葉に出来ないんだけど。

「蛇つかい」
子供もおらず、夫と退屈な、けれど優しい日常を生きてきた睦美に、夫の不倫相手から電話が、しかも夫婦でいるときにかかってくる。
その不倫相手の広田美保から聞く、自分に見せる姿とはまったく違う夫の姿などから、なぜか睦美は広田からかかってくる電話で様々な話を聞いてしまう。

作品の最初に「人生には予想もつかないことが起きる。」とあり、こうした予想もつかないことから、「蛇つかい」というホロスコープから広田に教えてもらった新しい星座からつながるラストは、いろいろと深読みすると楽しいかもしれない。

「ジオラマ」
ある地方銀行に勤める慎一というサラリーマンが主人公で、平凡な妻とマンションのちょうど真下に住むひとり暮らしの女との関係を描いたもの。
慎一が勤める銀行の倒産や、まったくタイプの違う妻と階下の女の対比とか、いろいろあるけど、結局のところ、妻とも階下の女とも切れたくない、このままの関係でいたいと言う男のだらしなさと言うか、都合のよさみたいなのが、鼻持ちならない。

まぁでも、男ってのはこういう状況になったら、両方ともなくしたくないと手前勝手なことを思うもんかなぁ、とは思うけど。

「夜の砂」
死期を間近にした80歳近い老婆が見る夢……夢魔との出会いから起きる心の昂ぶりを描いた官能小説(官能小説は著者の言)
たった6ページしかない短いものだが、ラストの「夜の砂になる」という言葉がとても印象的。

設定はどうあれ、最初の「デッドガール」に次ぐ良品。

総評としては、なんかいまいちおもしろいのか、おもしろくないのか、よくわからない、と言ったところかな。
「デッドガール」や「夜の砂」など、印象的な作品はある。
だが、他の作品は、何かありそうで、もう少し深く読めばおもしろくなりそうな気はするんだが……と言った感じ。

文章の関係だろうが、読んでいると上っ滑りしているところがままあって、深く入っていけないところがあったからだろうか。
でもまぁ、もっとすんなりと話に入っていける作品があったら、きっとおもしろい話になりそうだ、と期待させてもらえるものではあったと思う。