それともこれは夢の中!・・・
いっとき怖くなってふるえたんですよ
今日は金曜日、ばばちゃんのデーサービスの日なんです。
ばばちゃんを送り出して、そうだばばちゃんが「みなさん蕗の薹のテンプラで春の香りをたのしんでいると言っている。じいちゃん散歩のおり数個でいいから採ってきて」と言っていた。そうだ散歩がてら蕗の薹を採ってこようと思いたちました。そうだ2kmほどのところの新館(にいだて)集落の寺の裏の土手に綺麗な蕗の薹の花がいっぱい咲いていた。そこへ行ってみようと自転車で出かけました。ところが強い西風の向かい風で自転車をこぐのが大変でした。30分ほどでやっとの思いで寺の裏の土手に行ってみると蕗の薹は一個もないんですよ。期待が大きかっただけにがっかりし呆然としてしまいました。
でも気を取り直して新館(にいだて)から1kmほどの集落の下政所(しもまんどころ)の白旗八幡神社の裏の空き地にたくさんの蕗の薹が咲いていたのを思い出して行ってみることにしました。白旗八幡神社は小さい神社なんですけども「天正5年(1057)八幡太郎義家がこの地に陣を構えて八流の白旗を立てて八幡神社を祀った」という伝説があるんですよ。しばらくお参りしてないので心惹かれてもいたんです。

神社までの道は追い風になっていましたから自転車はとても楽でした。ところが3年ほど前には蕗の薹がいいぱい取り切れないほど咲いていた神社裏の空き地なのにここにも蕗の薹は一個も咲いてはいませんでした。必死に探したんですけど小さな蕾さえみえないんです。こんなはずはない。92歳のボケ爺いはふと思いました。これは自分が認知症になってしまって夢遊しているんじゃなかろうか?!と怖くなってしまったのです。
老体のボケ爺いが夢遊して行方がわからなくなってしまった話はよく聞きます。広い野原のなかで私は一人「いよいよ俺の番がきたのかもしれない?」そういえば夕べの悪夢が怖かったなっどと、正直すごい不安に襲われたんです。
でも神社に拝礼し、静かに神社の略記など読んでいると少し落ち着いてきて近くの用水堀の土手などで必死に蕗の薹を探しました。そしてやっと薄汚れた取り残された蕗の薹をみつけほっとしたんです。
そして神社境内の回りをあるっていたらなんときれいな福寿草の花が二株咲いているのが見つかりました。何カットも撮っているうちに心が明るくなって現実の私に返りました。


帰りみちは追い風で自転車がとてもらくでした。ルンルン気分でした。
夕方ばばちゃんがデーサービスから帰ってきました。待っていた私は夢中になってことの顛末を話しました。するとばばちゃんはなんの反応もなくただ一言「蕗の薹は皆さん採ってしまったんだは」といって台所に入ってしまいました。ばばちゃんにはかなわない哀れな爺いだとしみじみ思ている私です。