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さんたろう日記

95歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジで楽しみながら残りの日々静かに生きようと思っています。

原油の海に浮かぶ今

2012-02-02 | 日記
会津の冬は寒いんです。
 心筋梗塞のリハビリに500メートルほど離れた49号線の国道まで出て見るとすごい吹雪の中を車の列がひた走っていました。


 そのとき、ふと「今が原油の海に浮かんでる」と思いました。 吹雪の中こんなにたくさんの車がガソリンを炊いて走っている、地球の原油は大丈夫なんだろうか?!・・ってふとそう思ったんです。

 そういえば、道路はアスファルトで舗装され、建物はナフサから作られたプラスチックで、車のタイヤはナフサから作られた合成ゴムで、来ている衣類はナフサから作られた合成繊維で、日本の発電量の70%をしめる火力発電は重油で・・・身の回りすべてが原油に関係しているような気がします。

 現代の人類の繁栄は大量の原油の海の消費で成り立っているんですね。
 こんなに大量に消費している原油は地球の地下にどれだけあるんだろうか?・・化石燃料である地下の原油がいつまであるんだろうか心配になってくるのです。

 かつて日本のエネルギーを支えてきた石炭は、筑豊、常磐、夕張・・などの炭田から大量に掘り出されていました。その日本の石炭は今は枯渇して炭鉱は消え去りました。日本の石炭が枯渇したように、地球の原油が地球から枯渇する日が必ずくると思って不安になったのです。

 85歳の老いの身には、それなりの思いがあるんですよ。
 75年前、幼い10歳の頃の私は太陽の光の中で生きていました。初夏の山間のブナの林の中で「ミヨーギン、ミヨーギン、ギンギン」と鳴くエゾナツセミの声、それは私の最高の喜びの声でした。

   写真は 北信州ブナの森 comフォトギャラりー から借りました

 私たち子供の持つおもちゃはお店から買ったプラスチック製のものではありません。自分で研ぎ澄ました「肥後の守」というナイフで、林の木や竹や草を削ったりたたいたりして作った笛であり刀であり鉄砲でした。壊れた陶磁器のかけらや、ガラス瓶の割れた破片も丁寧にたたいてつくる「おはじき」の材料でした。

 住む家は木と土壁と茅や稲藁と紙で作られていました。新しい家をつくるにはもちろん大工さん屋根葺き職人さんが中心でしたけど、建前(柱を組み上げ家の骨組みを作る)の仕事や屋根葺きなどの大事な仕事は集落のひと総出の「ゆい」と呼ばれる仕事で完成しました。集落の人の心は当たり前のように暖かく結びつき助け合って生きていたのです。

 電灯は「内川電灯」と呼ばれる小さな発電会社が小さな沢の水で回した水車で起こした電気でした。
 
 運送は、木の車に鉄の輪をはめた車で、車軸はベアリングなどないので黒い油を潤滑油にして塗った馬車でした。ガソリンタンクの代わりに「かいば桶」に干し草と「こぬか」と「しいな」を混ぜていれたものがエネルギー源でした。

 貧しいけれど楽しかった幼い日の周りには原油の香りは全くありませんでした。

 そして75年、85歳の老人は軽とはいえ自動車を運転し、原油の海の中で冬でも暖かい家の中でおいしい野菜や果物や魚や肉を食べて生きています。85歳の老人は豊かに恵まれた文明の中で幸せに生きています。

 子供の頃はふりそそぐ太陽の光の恵みの中だけに幸せを求めて生きていました。そして今、人類は化石燃料の「原油の海」の中ですばらしい文明の中で幸せに生きています。
  
残された時間を数年とはっきりと数えることの出来る老人がこんなことを心配するのはおかしいことですけれど、この「原油の海」に浮かんだ文明の幸がいつまで続くんだろうと心配になってくるのです。

 今、汲み上げている地下の原油がいつまで持つんだろうかそれが心配になってくるんですよ。

 ネットで「世界の石油・天然ガスの可採年数と枯渇年数」と言うのを呼び出してみました。石油鉱業連盟から「世界の石油・天然ガス等の資源に関する2000年末評価」という報告書です。
 そこに驚くべき表が記載されていました。


 可採年数は「現在の確認埋蔵量を現在の生産量で採掘し続けることが出来る年数」であり
 枯渇年数は「現在の確認埋蔵量+今後発見が見込まれる資源量+採掘技術の発展で現在の埋蔵量の上方修正」を現在の生産量で採掘し続けることが出来る年数です。

 この表によれば最も埋蔵量の多いサウジアラビアの可採年数は64年、同3位のイラクは78年、世界全体で見ると33年です。
 つまり、新しい油田の発見がなく採掘技術も今のままで採掘し続けると33年で地球上の原油は枯渇するということです。

 もちろんこれは油田の探査技術が向上して新しい油田がぞくぞく発見され、採掘技術も深い海底の油田からも採掘出来るようになったので埋蔵量や可採年数など心配せず安心して石油の消費量を増やして「原油の海の中での発展」を謳歌しているんだろうと思います。
 余命数年の老人の心配など何も必要ないことです。

 かつて地球上には巨大恐竜が1億6千万年もの間繁栄していたのに、6千5百万年前巨大隕石の落下により絶滅したと言われています。

 私の幼い頃の石油のにおいなどまったくない貧しい世界からわずか70数年、「原油の海」の中で人類はこんなに急激に発展し、これからも勢いをまして発展してゆくことが予想されます。

「原油の海」だけでなく地球上の自然を食べ尽くし破壊しながら人類はどこまで発展してゆくんでしょうか・・

 世界最初に原水爆をつくって広島・長崎で何十万人もの人を無差別に殺戮したアメリカはでは今も最高のエリートたちの集団が原水爆の改良発展に取り組んでいます。そしてそれは地球上の人類を何度も殺戮滅亡させることが出来る量だと言われています。

 それはアメリカだけではありません。ロシア・イギリス・フランス・中国など第二次大戦の戦勝国のエリートたちが必死に取り組んでいることです。

 しかも今はパキスタン・インド・イスラエル・はもちろん、国民が飢えに苦しむ経済弱小国の北朝鮮さえも核を持ち必死にその改良発展に努力しています。まもなくイランもその他の国も核を持つようになることでしょう。

 いま地球上で他国の干渉を受けずに独立を保つためには核は必要悪なのかもしれません。
「良識のある我々が巨大な核戦力を持つのは当然であるが、良識を持たないおまえたち弱小独立国が核を持つのは許せない」もうそんなことは通用しなくなったのかもしれません。

 いま仮に原爆数個をもつ小国を巨大国連合が軍事的攻撃をすれば小国はあっと言う間に崩壊するでしょう。しかし同時に小国に近い連合国の主要都市や軍事基地も原爆で完全破壊されているでしょう。もう原爆をもった国へはどんな国でも軍事的には手出しができないのです。

 人類の中で最高の頭脳を持ったエリートたちの集団が原水爆を作り出し、今も国をあげてその改良発展に努力しているように見えます。 そしてその恐怖の核は全世界に拡散しています。 それはもう止めようのない人類の業なのかもしれません。人類はなんのために人類滅亡のための原水爆の改良発展に狂奔するんでしょうね。

 100年後、あるいは200年後・・化石燃料である原油は必ず枯渇します。そして人類はかつて繁栄した恐竜を絶滅させた巨大隕石に劣らない恐怖の力をもつ原水爆を手にしています。枯渇する原油資源をめぐって一発の原爆が爆発しそれに狂気した人類が連鎖して自分の持つ原水爆を爆発し合い、かつて恐竜が滅亡したように人類や多くの生物種が滅亡する・・

 まさか、英知をもった人類がそんなことするわけありませんよね。

 まもなくあの世行きの老人が眠れぬ夜に見た馬鹿らしいけど恐ろしい妄想です。