隣村の84歳のおばさんから電話があった。おばさんは耳が遠く私は声が出にくいので二人の会話はかみ合わない。「今朝たくさん栗を拾ったから取りに来てや」との内容だった。とりあえず手土産のマスカットを持って行った。坂を登っていくとおばさんが栗の皮を剝いでいたいた。ビニールの箱にいっぱいあった。目の前に大きな栗の木が見えた。「おばさん、拾わせて」と言って栗拾いをした。おばさんは10キロほど袋に入れてくれた。40年前芦生に住んでいたときいつも大事にしてくれた。おばさんも若く私も若かった。山菜取りなど色々教えてもらった。今日も栃の話になった。拾うのも栃を合わせるのも上手なおばさんの話は私には参考になった。でも私も67歳、高齢者になった。
私がこのごろしみじみ思うことは、この地で80代までずっと生きてきた人たちの知恵やたくましさに感心する。私は田舎は好きだがじっとしていることはできない。京都に行ったり海外に行ったり自分の思いのままに生きてきたが、彼らはじっとこの地に根を張って生きてきた。限界集落で村が消滅するかもしれないが、この地でたくましく生きてきた人たちの足跡だけは残したい。
今朝は松茸山に登り松茸とアケビを取り栗を一杯もらって秋の恵みに感謝。
私がこのごろしみじみ思うことは、この地で80代までずっと生きてきた人たちの知恵やたくましさに感心する。私は田舎は好きだがじっとしていることはできない。京都に行ったり海外に行ったり自分の思いのままに生きてきたが、彼らはじっとこの地に根を張って生きてきた。限界集落で村が消滅するかもしれないが、この地でたくましく生きてきた人たちの足跡だけは残したい。
今朝は松茸山に登り松茸とアケビを取り栗を一杯もらって秋の恵みに感謝。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます