「世の中、不思議なことがあるもんやなぁ」と単純に不思議がり、面白がりたくて、その種の話題を時々取り上げています。今回の取り上げるのは「サードマン現象」です。
超高峰、極地、未開の地とかを探検、踏破などをしていて、生死の境を彷徨(さまよ)うような極めて危険な状況に陥った時などに起こります。探検家は、そこにいないはずの第三者(サードマン)の存在をありありと感じ、安心感を与えられたり、勇気づけられたり、時には「立ち上がるんだ」などと具体的な指示を与えられて生還することがある、というのです。その場にいる複数の探検家が同じ「存在」を感じることもあるといいますから、単純に幻想、幻聴などと割り切れない不思議な現象です。
「サードマン 奇跡の生還へ導く人」(ジョン・ガイガー 新章文庫)には、この不思議な現象の事例がいろいろ紹介されています。まずは、本書に拠り、この現象を有名にしたイギリスの探検家・シャクルトンのケースをご紹介します。こんな人物です。
そして、後半の方では、かねてからこの現象に関心を持っていた作家の椎名誠が若い頃経験した「それらしき」エピソードを、彼のエッセイからお届けします。気楽に最後までお付き合いください。
シャクルトンが、エンデュランス号で南極大陸を徒歩で横断する探検に出発したのは、1914年8月です。ところが船は氷に閉じ込められ、10ヶ月近く漂流した挙句、船を放棄、28人の隊員の厳しい漂流が始まりました。1916年9月、氷からの脱出に成功し、数艘の小型ボートで外洋へ出て4日目、エレファント島(南極大陸沖合の無人島)上陸までこぎつけました。
シャクルトンは、5人の部下を選抜し、小型ボートで、なんと1100km先のサウスジョージア島(南アメリカ大陸南端の島)を目指すことを決意します。そこにある捕鯨基地(イギリスが領有)へ救援を求めようというわけです。17日間に亘る飢えと渇き、荒れる海との壮絶な戦いを乗り切って、島の南端に上陸できました。
シャクルトンは、部下2人を連れて、38km先の捕鯨基地を目指します。そこは2000m級の山が12も連なる氷原と氷河の世界です。1本のロープと手斧1挺に命をかけて挑んだ踏破行で遭遇したのが、のちに「サードマン」として知られる「存在」でした。口述筆記による自伝「南へ」を同書が引用しています。
「あの数日をふり返ってみると、雪原を横断したときだけでなく、エレファント島とサウスジョージア島の上陸地点を隔てる嵐の白い海を渡ったときも、神がわれわれを導かれたにちがいないと思う。サウスジョージアの名もない山々や氷河を越えた36時間におよぶ長くつらい行軍のあいだ、ときおりわれわれは3人ではなく、4人いるように思われた。」
この縦断に同行したワースリー、クリーンの2人も「存在」を感じていたといいますから、不思議な「体験」というのか「現象」には違いありません。
この冒険行と不思議な現象に触発されて、1922年に、詩人のT・S・エリオットが「荒地」という詩を発表しました。
<いつもきみのそばを歩いている第三の人は誰だ?/数えてみるときみとぼくしかいない/けれど白い道の先を見ると/いつも君のそばを歩くもう一人がいる>(同)
本来なら「第四の男」と呼ぶべきが、「サードマン(第三の男)」として有名になったのには、この詩の影響があったんですね。
さて、椎名誠の体験です。
彼のエッセイ「サードマン現象」(「われは歌えどもやぶれかぶれ」(集英社文庫)所収)の冒頭で、先ほどのシャクルトンのケースを例に、この現象について少し触れています。その上で、こんな自身の体験を語っています。
若い頃、運転免許取り立ての友人の運転で東京へ出かけ、深夜、千葉の自宅へ向かった時のことです。東京での雨が、2月とあって、千葉では雪に変わり、道路はアイスバーン状態になっていました。蛇行する車を心配する椎名に向かって、「わざとやっているんだよ」と強がり、面白がる友人。やがて、コントロールを失った車は、車道を外れ、道路脇のコンクリート柱に激突しました。シートベルトなどない時代です。失神はしなかったものの、友人はハンドルに体の前面を打ちつけ、椎名は斜めに飛び上がり、バックミラーと天井に頭と顔を打ちつけました。
「そのときドアをあけてぼくたちを外に抱え出す人がいた。そうしてひきずられるようにして我々二人はその人のクルマの後部座席に押し込まれた。すぐにその人は我々を近くの救急病院に連れて行ってくれた。あとで調べにきた警官が「ここに運び込まれるのがあと5分遅れたら、二人とも出血多量で死んでいた」と言った。」(同エッセイから)
後年になって、椎名はこの救助してくれた人を「サードマン」だと信じるようになった、と書いています。極めて親切で、行動的な「サードマン」もいる(かもしれない)のだと知って、私の不思議大好き心にますます拍車がかかりました。
いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。