時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(百九十四)

2007-10-24 05:10:03 | 蒲殿春秋
「ところで、最近兄上はお忙しいようだが、いかがなされておる?」
今度は範頼が話題を変えた。
「鎌倉殿は、雑多なことでお忙しいようですが、最近はとみに
所領を巡る諍いの調停においそがいしいようです。」
「そうか」

所領を巡る争いは古より絶えない。
特にこの坂東では所領を巡る裁定をするはずの国衙において
在庁の有力な官人同士が所領を巡って争そい、
国衙は調停機関としての機能をなしていない。
さらに地元有力者の身内内部の争いもある。
坂東の地においては有力者同士の所領を裁定する存在がいなかった。

仕方なしに都に出て問題解決を図ろうとするのであるが
いかんせん坂東と都は遠い。
都に出ている間に武力で既成事実をつくられたり
都に出る以前に実力行使を仕掛けられそれに対抗せんがために
血を血で洗う武力抗争に発展することが多かった。
結局最後は所領を巡る戦となるのである。

彼らとて好き好んで戦に明け暮れているわけではない。
戦わずに済めばそれに越したことはない。

坂東の者たちは、自分の所領を保護してくれると同時に
諍いごとが起きた場合、それを公正な立場で裁定してくれる人物が現れるのを
待ち望んでいた。
それも都のように遠く隔たった場所に住する人物ではなく自分達のすぐ側に在住してくれる存在を。
かつては頼朝の父源義朝が南坂東において所領の調停者の役割を果たしていたことがあった。
その裁定は比較的坂東の豪族達を納得させうるものであった。
そしてその子頼朝にも同様の役割が期待されている。

所領を巡る諍いは根が深い。所領に対する各人の執念は凄まじいものがある。
諍いの一つ一つは第三者からみれば他愛の無いものであっても
当事者にとっては深刻な問題である。
お互いに自分の権利を主張して譲らない。
その大変な諍いを両者が納得できるような裁定を下さなければならない。
もし、一方が強い不満を持つような裁定を下せば
裁定を出した人物の裁量が疑われる。
諍いの裁定は薄氷の上を歩くような危うさを持ったものなのである。

頼朝は一件一件お互いの主張を良く聞き、証拠のものを提出させ
熟慮に熟慮を重ねる。
なるべくお互いに納得して和解をするように勧めるが
それが不可能な場合は、慎重に検討した裁定を下し
それぞれに理をもってこの裁定を受け入れるように諭す。
このようにして下された裁定には今のところは不満がでていないようである。

このような過程で裁定を下すため、諍い一つに対しても
大変な時間と神経を使う。
そのため頼朝は諍いの調停だけでも忙しいのである。

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