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牧原元環境大臣政務官が怒っている、原発事故関連「凍土壁」できぬのに強行・無責任

2016-07-22 | Weblog
記事凍土壁に対する怒り   牧原 秀樹   2016年07月21日 

久しぶりに猛烈に怒りを感じていることがある。

それは福島の原発事故関連で、凍土壁のことである。昨日の報道で、凍土壁について全部が凍らず、想定していた効果は認められない見込みであることが発表された。あまり、大きな記事にはなっていなかったので、注目もされなかったが、怒りを感じているのはこのことである。

この凍土壁の事業は、要するに地中まで含めて事故を起こした原子炉建物の陸側の土を凍らせ、地下水を遮蔽しようというものである。大量の地下水が流入し、これが汚染水となってその処理に大変な費用を要し、そして膨大なタンクが次々と作られているので、その必要性と狙いは理解する。しかし、問題はそもそもの成功可能性とそこに潜む無責任体質である。

実は、凍土壁プロジェクトが進行する3年前の段階で、実は非常に難しいにもかかわらず無責任に進められようとしていることを私は聞いており、環境政務官として原発事故にも関わる中、3役会議をはじめ何度も担当者(環境省ではない)を問い詰め、中止するように申し入れていた。しかし、結果として事業は強行あれ、案の定うまくいっていないのである。だから、うまくいっていないという報道を見れば、やっぱりだと思うし、担当官や関係者のその時の説明についてビデオで再生したいくらいである。

なぜ、私がその時点でやめさせようとし、今怒りを感じているか。それは国民の税金と費用が無駄にされているからである。この凍土壁プロジェクトには国民の税金が320億円も投入されている。私は、事前に担当官に言った。あなたは自分のお金なら1000円だって無駄な費用を使おうとしないでしょう。なのに、国民の税金なら人のお金だということで、何百億円も平然と使うし、仮に失敗だとしてもどうせ異動し、誰も責任を取らないのではないですか、と。その時はそんなことはありません、と言っていたが、結果はその通りになりつつある。仮に、成功したとしても凍土を続けるための電気代等は年間10億円も要し、これは庶民の電気代といて負荷される。電気をつくるための原発の事故だったのに、膨大な電気を必要とするプロジェクトは皮肉ですらある。

その時に、カナダの鉱山で成功した事例があると説明を受けた際にも、そもそも何もしなくても凍土になっているような極寒地であり、繊細な管がたくさん通っている今回の事例とは比較にならない、と申し上げたが未だにその説明が平然とウェブにも掲載されている。最初の段階で、ドレインの凍土ですら失敗したのだから、真摯に反省して慎重にすべきだったではないか。

どうせ税金だし、失敗しても誰も責任を取らない。逆に何の対策も言わないほうが責任を問われる。だから300億円かかるけどまあいいか。技術開発にもつながるしね。こんな雰囲気を当時から感じたが、今はどうなのか。この無責任体質がなくならない限り、財政再建なんかは絶対にできない。民間ではあり得ない感覚である。



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