古賀茂明氏

 自民党裏金事件の真相解明がほとんど前に進まない。

 3人の国会議員と会計責任者らが訴追された以外は、いまだに何もわかっていないに等しい。岸田文雄首相は真相究明を行うどころか、なんとかしてそれをうやむやにしたまま幕引きしようとしている。税金を払うかどうかも議員の選択に任せるという驚きの対応だ。

「火の玉になって国民の信頼を取り戻す」という大嘘をなんのためらいもなく吐く岸田首相の姿は、森友事件に関して、自分や妻が関わっていたら首相だけでなく議員も辞めると大見えを切った安倍晋三元首相を彷彿とさせる。

「モリ・カケ・サクラ」を乗り切った安倍氏の倫理観を筆者は「アベノリンリ」と名付けた。「李下に冠を正さず」という国の指導者に求められる高いレベルの倫理規範とは対極の「捕まらなければ何をしても良い」という「地に堕ちた倫理観」。「倫理観」とさえ言えないのでカタカナで表現したのだが、岸田首相はこの「アベノリンリ」をそのまま踏襲してしまった。

「アベノリンリ」は岸田首相だけでなく、自民党全体を覆っている。これまで裏金スキャンダルとは無縁であるかのように装っていた、茂木敏充幹事長も自己の政治資金団体から使途公開義務の緩い「その他の政治団体」に資金を移して使途隠しをする脱法行為を行っていたことが判明した。この手法は他の多くの議員も使っているようだ。もはや、自民党内でクリーンな政治家を探すことはほとんど不可能な状況である。

 安倍元首相が広告塔となって関係を深めた旧統一教会とのズブズブの関係を暴露された盛山正仁文部科学相もまた、「アベノリンリ」に取り憑かれた代表格である。安倍氏が蜜月ぶりを示したこともあり、多くの自民党議員は安心して旧統一教会との関係を深めた。いまだに選択的夫婦別姓さえ実現できないのは、その影響もあると言われる。

 国会や記者会見での質問にしどろもどろになりながらもその地位にしがみつく盛山氏の厚顔無恥ぶりには開いた口が塞がらないが、それでも岸田首相が盛山氏をクビにできない理由は、他にも旧統一教会との関係を隠したまま閣僚の地位にある者がいるため、1人クビにするとその後に辞任ドミノに追い込まれる可能性があるからだという話も語られる。  

「アベノリンリ」蔓延の根は驚くほど深い。

 安倍元首相は「アベノリンリ」以外にも大きな負の遺産を残した。岸田首相がこれだけ支持率が下がってもなお強気なのは、そのおかげである。

 その遺産とは、筆者が「馬鹿な国民哲学」と名付けた国民を見下す政治哲学だ。

 これだけ国民にそっぽを向かれながら、驚くことに岸田首相は今なお解散総選挙を夢見ているらしい。その考えを支えるのが、「国民は馬鹿だから、どんなに怒っていても時間が経てば忘れる」「そのためには他のことで気をそらせば良い」という、安倍元首相の「馬鹿な国民哲学」だ。

 4月の国賓級待遇での訪米でバイデン大統領との蜜月ぶりをアピールし、5月のゴールデンウィークで国民の雰囲気が明るくなるのを待つ。6月からの定額減税実施で庶民の懐が温まり、7月の夏休み入りとパリ五輪開幕での日本選手の活躍で明るい話題がテレビとネットに溢れる。8月には6月の賃金の統計が発表されて「実質賃金大幅上昇!」となり、お盆休みを迎える。そこまで来れば、国民の大多数は裏金問題など忘れるから、9月初めに臨時国会を召集して冒頭解散すれば良いというわけだ。

 日本維新の会は自民と戦うよりも立憲民主党叩きに熱心で、野党分裂選挙の可能性が高く、自民大負けは防げる可能性はあるという読みだ。そうなれば、その後の総裁選では、選挙の顔を選ぶ必要性は薄れ、大物国会議員たちの談合により自己の総裁再選も可能だという希望に賭けているのだろう。

 繰り返しになるが、こんな夢物語を支えているのが、安倍氏譲りの「馬鹿な国民哲学」であることを忘れてはならない。

 岸田首相を強気にさせるもう一つの重要な要素が「弱い野党」だ。これも実は、安倍元首相が残した遺産である。

 自民党の支持率が下がっても野党の支持率はさほど上がらない。その原因は、「悪夢の民主党政権」という安倍元首相が好んで使った「レッテル貼り」にある。民主党政権の運営にはいくつかの問題はあったが、「失われた30年」で日本経済を根底から弱体化させ、集団的自衛権の行使容認などの憲法違反の政策を強行した自民党と比べれば、はるかにましな結果を残した。しかも、民主党政権にとって最大の障害となった福島第一原発事故の原因は、安全対策を怠り原発推進政策を続けた自民党にあった。

【もはや時代遅れ】「歩く昭和」と指摘された政治家はこちらの二人 二階俊博氏と麻生太郎氏

「レッテル貼り」は他にもある。野党は「批判だけ」というものだ。実際には、立憲民主党は国会に多くの法案を提出している。その内容を見れば、有権者は同党の政策立案能力に驚くはずだ。しかし、自民党が、立憲は「批判だけ」というレッテル貼りを行い、立憲提出の法案を審議さえしないため、国民はこれに気づかない。大手マスコミの政治部記者も政策についての知見がなく、何が重要なのか理解できないために報道しないという問題も大きい。さらにネットなどで人気のある「似非有識者」たちも、立憲提出の法案など読むことすらしないまま、平気で「野党は批判ばかりで……」などと無責任なコメントをしていることもこれに拍車をかけている。

 最近も、少し形を変えたレッテル貼りが行われた。「昭和の政治」批判だ。衆議院の予算案審議で、立憲民主党の山井和則議員が長時間の演説を行い自民党の裏金問題や予算案について厳しく追及したのに対して、維新などは、「こんな政治をやっていては国民の支持は得られない」という趣旨の批判を行い「昭和の政治」と揶揄した。

 だが、裏金こそ「昭和の政治」の象徴であり、5年で約50億円を使った二階俊博元幹事長や高級クラブで遊びまくる麻生太郎元首相など「歩く昭和」である。また、維新の目玉政策である万博もカジノもまさに「昭和の政治」そのものではないか。

 最近も自民党青年局のストリップバーまがいの乱痴気騒ぎで国民を呆れさせたが、老害議員だけでなく、若手議員も「昭和の議員」だということを露呈した。ついでに言えば、「エッフェル姉さん」や不倫議員など話題提供に事欠かない自民党女性局の議員たちも彼らと同罪である。維新議員の不祥事も後を絶たない。

 よくよく考えてみると、自民や維新がこうしたレッテル貼りを行うのは自然なことかもしれない。自らのスキャンダルから国民の目をそらすには、面白おかしく立憲のイメージを傷つけるのが一番手っ取り早いからだ。政策の中身で勝負しようとしても、その内容で負けていることを自覚しているからこうした手法に頼らざるを得ないのだということも国民はよく認識しなければならない。

 安倍政権下では、大手マスコミ(特に政治部)が、こうしたレッテル貼りをそのまま垂れ流したことで、「悪夢の3年」「批判だけ」「昭和の政治」などという野党批判は、国民に広く浸透した。大マスコミの責任は大きい。

 意外と知られていないのだが、立憲の国会議員のうち約6割は、民主党政権崩壊後に議員になった。民主党の責任とは無関係だ。彼らの中には、社会で活躍した実績を持ち、やる気も能力もある実力派が数多くいる。有能な女性も多い。女性といえば、リベラル野党の中には国会論戦で実力を見せる社民党の福島瑞穂党首や共産党の田村智子委員長ら政党のトップで活躍する議員もいる。

 日本をダメにしたのは高齢男子。彼らに牛耳られ、そのうえに、若手も女性もダメな自民党は終わった政党だ。一方のリベラル野党には、優秀で高潔な若手と女性の議員がいる。

 2月20日配信の本コラムで紹介したとおり、今回の裏金問題を受けて各党が政治改革案を出しているが、自民、立憲、維新の3大政党の中で最も進んだ案を出したのが立憲である。一例だけ挙げれば、政治資金パーティーを個人対象も含めて禁止という画期的な案を出した。自民はもちろん、実は、維新もこれには反対だ。立憲では、ベテランは反対したものの若手議員が力で押し切った。日本の将来を託すのはどの政党かということは一目瞭然だろう。

 今こそ、立憲は、女性・若手を大抜擢し、国民へのアピールの最前線におくべきだ。そうすれば国民は彼らの将来性に気づくはずだ。

 昨年末の時点で、自民党員が2022年末から3万人減少したというニュースが報じられたが、その流れは加速しているようだ。2月9日配信の本コラムで紹介したとおり、今年の1月23日に行われた「自民党員だけを対象にした極秘調査」によれば、自民党員の「支持政党」を尋ねる質問に自民支持と答えたのはわずか67.5%だった。また立憲支持が維新支持を上回った。次の衆議院選挙で必ず自民候補に投票すると答えた党員もわずか54.2%。22.5%は「多分投票しない」と答え、「迷っている」も21.7%だ。

 この調査結果は、自民の票が激減し、野党の票に上積みされ、二重の意味で与野党の差が縮まる効果が生じることを意味する。

 維新の勢いが止まった今、維新との選挙協力がなくても、リベラル勢力が結集すれば、自民と維新に競り勝つ選挙区が数多く出てくるはずだ。

 これまで政権交代は夢のまた夢などと諦めていた国民にとって、今最も必要なことは、政権交代の可能性がこれまでになく高まっていることを明確に認識することだ。

 一方、野党第一党の立憲民主党に求められることは、第一に、自らの能力に自信を持つこと。第二に、「批判だけ」という批判を恐れぬ勇気を持ち、政治改革について安易な妥協をしないこと。そして、何よりも大事なのは、国民を信じること、である。

 強い気持ちでこれを貫徹すれば、政権交代は決して夢ではない。古賀茂明