「苦しまず、安らかに最期を迎えたい」──これは人類の共通の願望だ。とはいえ「死に方は選べない」ということも長らく人類の共通認識だった。しかし医学が進歩したいま、それは過去になりつつある。エビデンスと経験にもとづく、「痛くない死に方」に必要なものとは。

        安らかな最期を迎えるために、家族と連携して早めの準備をすることが大事(写真/GettyImages)© 介護ポストセブン 提供 安らかな最期を迎えるために、家族と連携して早めの準備をすることが大事(写真/GettyImages)

痛くない死に方をするためにできること

 厚生労働省が行った調査によると、2020年における日本人の死因トップ2はがんと心疾患。3位の老衰を除いて脳血管疾患、肺炎と続き、7割近くが何らかの病気によって亡くなる結果になっている。つまり病気に伴う苦痛をいかにコントロールするかが、“痛くない死に方”ができるかどうかの鍵を握ることになる。

           2021年に発表された厚生労働省の調査より。死因として最も多いがんをはじめとして、緩和ケアが重要になる病気は少なくない© 介護ポストセブン 提供 2021年に発表された厚生労働省の調査より。死因として最も多いがんをはじめとして、緩和ケアが重要になる病気は少なくない

痛みを和らげる“緩和ケア”のメリット

 緩和ケア医の大津秀一さんは、痛みを和らげる“緩和ケア”をうまく取り入れることで安らかな最期を迎えやすくなるとアドバイスする。

「特にがんは末期になると体の痛みや倦怠感、息苦しさといった苦痛症状が出ますが、これらは適切な処置をすることで弱められる。さらに死期が近づいて、耐えがたい苦痛がある場合には、投薬によって意識を低下させる『鎮静』状態にすることも可能です。ほぼ眠りながら穏やかに最期を待つことができます。

 実際に60代の肺がん末期の女性は、いずれ耐え難い呼吸困難などが起きることを想定して、早くから緩和ケアを受けて準備をし、最期は鎮静の処置を受けて穏やかに旅立たれました」(大津さん)

 緩和ケアのメリットは、終末期にとどまらない。

「病気に伴う苦しみは、痛みだけではありません。痛みに伴うストレスはもちろん、家族や同僚との人間関係や経済面、メンタル面における不安など、多岐にわたります。

 緩和ケアの治療内容にはコーピングと呼ばれる病気に伴うストレスへの対処方法を伝えたり療養場所の相談も含まれる。そのため、終末期に限らず早期から緩和ケアを受けることで、こうした苦しみを軽減し、終末期だけでなく、長い目で見ても生活の質を改善することができます」(大津さん)

 緩和ケアを希望する場合、「がん診療連携拠点病院」のように大きな病院には緩和ケア外来や緩和ケアチームがあるので、相談してみるといい。通院している病院に緩和ケア医がいなければ、外部の施設を受診することも可能だ。

 ただし、緩和ケアの専門医は少なく、早くから探すなど準備をしておくことが、苦痛が少ない療養となることを覚えておこう。

「いざというときの準備は、時間をかけて行ってほしい。まだ緩和ケアは必要ないと思っていたとしても、病院の緩和ケア外来や地域連携室に早い段階にアクセスし、最期はどんな医療者に診てもらいたいかを明確にし、つながっておくと安心です」(大津さん)

苦痛のない最期には準備期間が必要

 在宅訪問医として多くの患者の最期に立ち会ってきた立川在宅ケアクリニック院長の荘司輝昭さんも、苦痛のない最期を迎えるには、準備期間が必要と声をそろえる。

「安らかな死を迎えるためには医療者と患者、家族の連携が必要です。終末期に入る前から今後起こりうる事態を想定し、急な痛みに対する薬をもらうなど準備をしておくことで、突然の症状変化に対応することができる。一方で準備や話し合いが充分にできていなければ、そのまま苦しみながら亡くなってしまうケースも珍しくありません」(荘司さん)

 つまり、早期に緩和ケアを施してくれる医師を探すことが「痛くない死に方」への近道だということ。しかし荘司さんはその選び方には注意が必要だと指摘する。

「近年は看取りや緩和ケアを行う訪問診療医が増えていますが、終末医療をまったく理解していない医師が多すぎる。『24時間365日対応』と謳っていても、いざというときに連絡がつかないことはざらです。加えて訪問医は、それぞれ得意とする専門分野が異なります。もし、心不全やがんなど特定の病気があるなら、専門の訪問医にかかるのが望ましい。でないと希望するケアを受けられないこともあります」(荘司さん)

 実際、2016年に亡くなった大橋巨泉さん(享年82)は在宅医療を選択したが初めて訪れた在宅医から、こんな質問をされ、ショックを受けたと生前連載していた雑誌のコラムで明かしている。

<在宅介護の院長は、いきなりボクに「大橋さん。どこで死にたいですか?」と訊いてきた。(中略)ボクは、すでに死ぬ覚悟はできていたのだが、「エッ?俺もう死ぬの?」と呆然とした>

 大橋さんはその日から、わずか約3か月後に帰らぬ人となった。訪問医と合わないと思ったら、勇気をもって病院を変えてもらおう。

「客観的にどんなにいい医師であっても、相性があります。自分には合わない、おかしいと思ったら、遠慮なく申し出てください。必要に応じてほかの専門医に診てもらうこともあるので、地元ですぐ駆けつけられてほかの病院と連携が取れていて、看護師さんなどスタッフをマネジメントできる医師が理想です」(荘司さん)

教えてくれた人

大津秀一さん/緩和ケア医、荘司輝昭さん/立川在宅ケアクリニック院長

イラスト/あべゆきこ ※女性セブン2022年2月3日号