有料老人ホームをめぐる問題が相次いで明らかになっています。高めの料金を支払うかわりに快適な手厚いケアを受けられるはずなのに、何が起きているのでしょうか。

 神奈川県の40代女性は、有料老人ホームに入居していた祖母の部屋を訪ねたときのショックが忘れられない。昨年9月のことだ。

 臭いが鼻についた。認知症の祖母が着ていたカーディガンや寝具には便がこびりついていた。トイレの便座、手すりも便で汚れていた。洗面台に水あかとかび、テレビ台にはほこり。ナースコールを押しても反応はなかった。

 まだ暑さを感じる気候だったが、窓は閉め切られ、エアコンもついていなかった。足元のおぼつかない祖母がきちんと水分補給できているのか気になったが、ホームのスタッフには「ご自分で摂取できています」と返された。

 部屋や衣類の汚れを指摘すると、「すぐ確認します」という返答があった。気になって翌日に再訪問すると、祖母は前日と同じ汚れた服を身に着け、部屋は清掃されていなかった。施設側は「人手不足で、できませんでした」と平謝りだった。

 入居費用は月額25万円程度。祖母の年金だけでは足りず、息子である女性の父親(70代)の年金も投じた「終(つい)のすみか」だった。

 祖母のお金で日用品の買い物をする際、職員が自分のポイントカードにポイントをためていたことも発覚。不信感が高まって転居先を探し、今年1月になって空きがあったグループホームに転居した。

 有料老人ホームで起きた一連の問題と、自ら目撃した現場の実態が底流でつながっているように思えてならない。「あのとき私が気づいていなかったらと思うとゾッとする。泣き寝入りの人はたくさんいると思います」

■ネグレクト常態化

 東京都内の有料老人ホームで介護職員として働く50代の女性は「人手不足で、ネグレクト(放置)と言っても過言ではない状況が常態化している。質のよい介護などしたくてもできない。それが月30万円近くを入居者から受け取る有料老人ホームの実態です」と打ち明ける。

 入居者の大半が認知症だ。身体的介助が必要な人も数多くいる。排泄(はいせつ)介助と歯みがき、自室誘導などが重なる食後の時間帯や、夜勤帯は特に忙しい。個室やトイレの複数のナースコールが同時に鳴る。「早く来てー」と叫ぶ入居者たち。対応が追いつかず、ナースコールを引き抜きたい衝動をこらえながら「待ってくださいね」と言い続ける。「そのうち鳴っている状態に心身がまひしてしまう。最後は(入居者が)叫んでも無視しています」

 夜勤がきついから、と「妊活」のため職場を去った優秀な女性職員がいた。穴埋めに来るのは経験の浅い新人だ。中堅の介護福祉士でも夜勤手当などを含めて手取りは月20万円台前半。「募集しても人が集まらない」と上司も不機嫌だ。介護施設の現場は慢性的な疲弊状態にあるという。

 おむつを外してしまった認知症の入居者を「だめじゃない!」と子どもを怒るように叱責(しっせき)する同僚の姿を時折見かける。「心を鬼にするか、まひさせないと、今の現場では生きていけません」

■職員が虐待、13年度221件

 介護職員による虐待件数は急増している。厚生労働省によると、2013年度に自治体が介護職員らによる虐待と認定したのは221件。施設別で最も多かったのは特別養護老人ホーム(特養)の69件で、有料老人ホームは26件だった。自治体が受けた相談や通報は計962件に上った。

 虐待の背景には何があるのか。介護を市民の視点から追ってきた「市民福祉情報オフィス・ハスカップ」の小竹雅子さんは「施設の急増に、人材確保と行政の指導力が追いつかない」と分析する。特に近年、異業種からの民間参入が目立つ有料老人ホームの数は14年に9581件で、この10年で約10倍になった。

 介護現場の人手不足は深刻だ。15年8月の有効求人倍率は全体の1・23倍に対し、介護分野は2・67倍。その理由に待遇の悪さも指摘されており、介護職員の平均月給は約22万円と全産業の平均より11万円ほど低い。平均勤続年数も全産業の半分以下の5・7年。1年間で辞める人の割合は全産業(常勤)より3割多い16%に上る。人手不足で、経験の乏しい職員で穴埋めせざるを得ないのが現状だ。

 小竹さんは「介護職員を虐待まで追い込まないよう専門技術の習得が必須だが、労働環境が整っていない」と指摘する。厚労省が虐待の発生要因を自治体に調査(複数回答)すると、最多は「教育・知識などに関する問題」で66%、次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」が26%を占めた。厚労省は団塊の世代が全員75歳になる25年には介護職員が約37万7千人不足すると推計。安倍政権は「介護離職ゼロ」の目標を掲げるが、「介護職の離職」を減らすめども立っていない。

 虐待の実態をつかむ難しさもある。13年度中に自治体が相談や通報を受けて調査した事案のうち3分の1は虐待の有無を認定できなかった。

 さいたま市は家族らから通報があると、「調査に入ると施設側に入居者を特定される可能性がある」と家族の意向を確認。すると、調査を拒む家族が多いという。入居者が行き場を失うといった懸念からとみられる。

 家族の了承がなければ、原則として事実確認は施設任せになる。「行政が主体的に調査できなければ、証拠をつかむのは極めて難しい」と担当者。また、千葉市の担当者は「記録を書き換えられたら見破りようがない」と話す。

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 有料老人ホーム選びは、老後の生活に大きくかかわります。失敗しないためには、どんな点に気をつけたらいいのでしょうか。劣悪な施設を見分ける注意点や対応策を専門家に聞きました。

■職員の表情や清掃状況は

 建物の外観がきれいでも、内部の介護の「質」はわからない。入居を決める前に、施設をよく知ることが重要だ。

 高齢者住宅財団の高橋紘士理事長は、有料老人ホームを選ぶ際の注意点として「見学をして泊まり、食事をする。1カ所だけ見に行くのではなく、複数を比較することが大切」と指摘。焦って選ばないように早めの準備を勧める。

 実際に見学する時にこそ、劣悪な施設かどうか見破るヒントがある。介護保険制度が始まる前から「特養ホームを良くする市民の会」で活動してきたNPO法人「Uビジョン研究所」の本間郁子理事長は、職員が笑顔かどうか、配膳がぞんざいでないかなどに注目するという。

■退職者数もヒントに

 インターネット上にも手がかりがある。介護の苦情や消費者トラブルを長年分析してきた元国民生活センター調査室長の木間昭子さんは、介護保険法に基づいてネット上で公表されている「介護サービス情報公表システム」の活用を勧める。このシステムは、有料老人ホームなど介護保険の対象となる施設を地域やサービス種別ごとに検索できる。気になる施設があれば、介護職員に関する項目のうち「退職者数」「経験年数」などを見ておきたい。

 木間さんは「多くの職員が辞める施設は、労働環境に問題がある可能性がある。職員が頻繁に入れ替われば入居者の特性を把握した介護がしにくくなり、介護事故の原因にもなる。経験年数も重要です」と話す。

 もちろんデータだけで判断するのは危うい。気になる点があれば、施設側に説明を求めるようにしよう。

 一例として、転落死や虐待が問題となっている「Sアミーユ川崎幸町」(川崎市)の従業員情報を調べてみた。開示されている情報では、8月31日時点の常勤介護職員数は29人で、2014年度の退職者数は18人。6割ほどが入れ替わったことになる。更新前の開示情報によると、13年度には22人が退職していた。

 運営会社の親会社メッセージ(岡山市)に確認したところ、系列施設への異動も「退職者」に含めており、実際に会社を辞めたのは14年度で11人だという。ただ11人でも常勤介護職員の4割近い。同社経営企画部は「離職率が高いのは事実。採用後の教育およびフォロー態勢に問題があったと思われる」と説明する。