自民党の石破茂総裁が国会で首相に選出され、石破内閣が発足した。石破首相は9日に衆院を解散する意向で、臨時国会での与野党論戦は極めて短期間にとどまる。有権者に政権選択の材料を十分に示さないまま、解散に踏み切るのは無責任極まりない。
石破首相は4日に衆参両院で所信表明演説を行い、7日からの代表質問、9日の党首討論を経て衆院を解散する。衆院選は15日公示-27日投開票となる見通しだ。
石破氏は総裁選で、解散時期に関し「主権者たる国民が判断できる材料をきちんと示すのは新政権の責任」と、予算委員会での論戦後にすべきだと強調していた。
しかし、予算委は結局行われず、事前に用意された質問と答弁を繰り返す代表質問と、立憲民主党の野田佳彦代表ですら30分足らずと1人当たりの持ち時間が短い党首討論が行われるだけ。本格的な論戦には程遠い。
首相就任早々、前言を翻すとは不誠実極まりない。
派閥裏金事件で国民の信頼を失い、岸田文雄首相が退陣を余儀なくされた自民党内では、9月の総裁選で局面を転換し、野党側に攻撃材料や選挙準備期間を与えないまま、衆院選になだれ込む筋書きが取り沙汰されていた。
石破氏はこうした筋書きに違和感を抱いていたからこそ、解散前の予算委開催を主張していたのではなかったか。
党内基盤が弱い石破氏が、後ろ盾の森山裕幹事長らが唱える早期解散にあらがえない事情はあるにせよ、民主主義の根幹をなす衆院選に関する認識が総裁就任から数日で変わるなら、政治指導者としての資質を疑われても当然だ。
◆自説曲げて早期解散
石破氏が国会で首相に指名される前から、衆院解散や投開票の日程を表明し、選挙事務を進めさせたことも、国会軽視との非難を免れない。地方自治体の選挙管理委員会の準備作業への配慮を理由に挙げたが、権限はなく、憲法上疑義があると言わざるを得ない。
石破氏はこの10年近く、自民党内で野党的な立場から時の政権に批判的言辞を発してきた。「安倍1強」の時代でも、森友・加計学園や「桜を見る会」の問題に苦言を呈した数少ない議員だ。
5回目の挑戦で総裁選を制したのは、裏金事件で党への信頼が失墜する中、周囲に同調せず、正論を吐く政治姿勢が支持されたためだろう。
石破首相の使命は、これまでの首相が手を付けることができなかった「政治とカネ」をはじめとする数々の問題に果敢に取り組み、自民党の体質を抜本的に改めることにほかならない。
ところが、権力の座に就いたとたん自民党の大勢に染まり、自説を曲げるようでは、裏金事件の実態解明も期待できない。
違法な使途はないとされていた裏金も、自民党議員が裏金を原資に違法な香典を配った事件が明らかになったが、衆院選前に裏金の使途を再調査する時間はない。
石破氏は総裁選で、裏金議員の非公認に一度は言及したが、すぐに軌道修正した。このまま水に流し、なかったことにして衆院選を乗り切ろうというのか。
発足間もない石破内閣には政策の実績はない。短期間で衆院解散に踏み切るのなら、暫定的な選挙管理内閣というほかない。
◆政策の具体性を欠く
石破氏が訴える政策も具体性を欠く点が多い。総裁選では富裕層への金融所得課税強化や法人税引き上げの可能性に言及したが、対立候補に批判され、終盤に「『新しい資本主義』にさらに加速度をつける」と岸田路線の継承を唱えるなど独自色は消え去った。
防衛政策では、日米安全保障条約を改定し、米英同盟並みに「日米同盟を強化する」というが、憲法9条との整合性や、対米交渉の道筋は語っていない。
加盟国に相互防衛の義務を課すアジア版北大西洋条約機構(NATO)構想は国民だけでなく、米国や友好国にも唐突に映る。
石破氏はせめて総裁選で訴えた政策に肉付けして所信表明演説で詳細に語り、代表質問や党首討論では野党側の疑問に誠実に答えなければならない。
論戦を通じて有権者に政権選択の判断材料を示すことができるまで、国会の会期を延長して審議時間を確保し、衆院解散・総選挙の時期も先送りすべきだ。もし判断材料を示さぬまま解散を強行するのなら、そうした強権的姿勢も有権者の審判対象となるだろう。
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