★『9月28日は結婚30周年&58歳の誕生日』と言っても私のことではない。
息子『古谷大治』のことである。
1991年9月28日、28歳の誕生日に結婚式を挙げている。
『仏滅だよ』と言ったら『誕生日だから』という。
なるほどと思った。
『仏滅』だったので、大阪の全日空ホテルだったがガラガラで、
ただサービスはめちゃよかった。
当時はまだ珍しい仲人などいない『人前結婚式』で身内だけのものだったが、
そのあと、トモダチ連中と2次会、3次会の結婚披露宴を盛大にやり、
来週は『東京でまたやる』という。
いずれも私には『お呼びは掛からなかった』が
本人にとってはいい結婚式であったに違いない。
★ そんなことなので『誕生日&結婚記念日』で覚えやすくていい。
息子・古谷大治とは、こういうとおかしいが『私は結構仲がいい』
こどもの頃から『魚釣り』に連れまわしたのだが、
それが高じて『息子の魚釣り』は半端ではない。
小学校4年生からはサッカーを始めて『サッカー一筋』
大学も全日空もサッカーのご縁でお世話になった。
こんな一途なところは『親父似』なのかも知れない。
私は彼の大学も就職も一切相談など受けてはいない。
男の子は自分の進路など『自分で決めたらいい』と何の相談にも乗らずに、
自分で決めるように躾けた。
結婚相手も自分で見つけてきたのだが、
私が東京出張の時に、突然『会いたい』と言って連れてきたのが、
『今の奥様』なのである。
その時だけは私に一番に知らせてくれたのである。
★ 私と違って、フェイスブックなど登録はしているが、
一切何も発信しない。
そんなところは『家内似』なのである。
フェイスブックには一応『誕生日おめでとう。幾つになったのかな?』とは発信した。
こんなこと書いてるのも、日記が1階に降りてきたので、
『大治の誕生の日にはどうしてたのかな?』
と58年前の日記をめくってみたのである。
こんな風に書いている。
『3時半に電話があり、入院したという。いよいよである。
電話の調子では早くても夜だろうという。
会社が引けてから明石で食事して、7時半に社に着いた。
病院で「古谷です」というと看護婦さんが「もう済みました。部屋におられます」という。
あんまり簡単なので信じられなかった。
部屋に入り清美の顔を真っ先に見る。案外元気である。
男の子である。希望通り。赤ちゃんの顔は文字通り赤く小さい。
顔を見ても自分の息子とはすぐには思えない、信じられないような気持である。
然し一人の息子が出来た。改めて「妻子」を持つ身となった。』
なるほどと思うが、日記がないとよく覚えていない。
名前は翌日『大治』と決めた。
最近の方は、出産に立ち会うのが普通なのかも知れぬが、
私の場合は会社を休めるほど『暇ではなかった』し、
9月28日は土曜日だったが、当時は出勤だったのである。
★ そんな息子ももう58歳で、結婚30周年である。
多分今夜は鎌倉で一家でお祝いなのだと思う。
今になって思うと『誕生日に結婚』はなかなかいい。
大治、結婚30周年&58歳の誕生日 おめでとう。