雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

週末盛り沢山、そして三木のこと

2010-10-31 05:20:19 | みっきぃふるさとふれあい公園

★この週末の三木のイベント ブログ de みっきぃが こんなに紹介しています

まず2日間にわたって行われる、関西国際大学の第11回あじあん祭りを覗いてきました。





関西国際大学はこの秋もリーグ優勝した大学野球神宮の常連です。
今年はサッカー部も2部で優勝して1部昇格を果たしました。
こんな立派な人工芝のコートがキャンパスの中にあります。




キャンパスはこの坂をのぼりつめたところ、(写真手前の方向)
野球のグランドはこの坂を下った先にあります。
私はこのまち、緑が丘に住んでいます。


★関西国際大学を過ぎて少し行ったところに、ゴルフ場が3つも入る広大な広さの三木総合防災公園があります。

この写真は『やかまず』さんのブログからお借りしましたが、
その中のほんの一隅に世界一と言っていい、ブルボンビーンズドームがあります。
テニスを観なくても、建物をみるだけでも値打ちです。







西日本一の25ものゴルフ場が市内にあるそんな悠々とした環境の中に、三木市は位置しています。


★西日本一と言えば、今日行われる BUG IN MIKI も西日本最大のフォルクスワーゲンが集まるイベントです。
GARAGE BUG の主催ですが、LAST と銘打っているので、これが最後になるのでしょうか?

主宰者のまっちゃんとは面識もあるのですが、
今回は、三木にお住まいの世界的なライダー片山義美さんのトークショーもあると、そのブログに書かれています

片山義美くんは、名門神戸木の実クラブの主宰者で、
山本隆、歳森康師、金谷秀夫、星野一義、清原明彦などかってのカワサキのライダーたちがそのクラブにいましたので、ずっと懇意にしています。
金谷が司会をした、彼の引退パ―テイでは、かわきりのご挨拶をさせて頂きましたし
今春、20年ぶりに開催したカワサキのファクトリーライダーのOB会にもカワサキとは契約はなかったのですが、出席してくれたりしました。
(リンクした写真の中央後列が片山義美、真ん中が元川重社長田崎雅元、前列中央は人気者清原明彦君です。このメンバーはなかなかのものです。『世界の』と言える人がいっぱいです。全員、NPO 法人The Good Times の会員さんです。)

こんな事書いていたら、今、まっちゃんと懇意な三木市会議員の米田君から電話がありました。
君付けでエラそうに言ってっているのではなしに、米ちゃんは、『君』が似合う31歳の若者なのです。
是非顔を見せて下さいとのことですので、今日は午前中覗いて見ようと思っています。


★三木の特徴の一つに、こんな人々の繋がりがあって、
それが、ブログやツイッターで、お互いに自然に繋がっていくところだと思います。

kwakkyさんも、そのブログに登場する『こゆり』さんもみんな仲間です。
これがこのブログの中に書かれている、三木出身のイラストレーター『こゆり』さんが創られた、みっきいマラソンのポスターです。




その中に使われているキャラクターがユニークす。

これは、先日の三木のお祭りのものですし、


これはわれらの仲間、さるとる君のために造られたキャラクターです。

三木市社会福祉協議会も、われわれの仲間として、NPO法人 The Good Times に参加されましたので、
年間のいろんな活動を、『こゆき』さんに手伝って貰ったらと思ったりしています。
自然に三木のいいイメージが創造されていくかも知れません。


★このブログを含め、みんな『The Good Times Tumblr』で、こんな風に繋がっています
日本でもまだ珍しい『最新のシステム』です。
ご覧になれば、kawasakiと三木でスタートし、世界の異種、異質、異地域の人たちに繋がっているのがお解りいただけると思います。


Twitterボタン
Twitterブログパーツ

コメント

政治家の判断

2010-10-30 05:53:39 | 政治
★政治の世界はよく解らない。

政治的判断などもよくつかわれる言葉だが、そんな言葉があるくらいだから、
一般の人たちの判断とは差があってしかるべきだと言うことであろうか?

今頃になって、尖閣問題の中国船のビデオ公開がいろいろ言われている。
如何にもタイミングを失していて、今更とも思うが、
一般の国民の意見は、今でも95%が『公開すべきである』で一致している

★今、私に聞かれたら、たった1%しかいない『解らない』に投票するかも知れない。
なぜ、政府はこの問題にこんなに弱腰だったのだろうか?

中国との友好は大事かもしれぬが、この問題は明らかに先方に問題があり、
日本には何の落ち度もないはずである。
問題が起こってすぐの時点で、ビデオ公開に踏み切っていたら、どんなことになったのであろうか。
あの時点でのビデオ公開は、いかなる問題があろうとも、断固としてやるべきだったと思う。

今頃になって、ビデオを公開してみても、何のプラスもないような気がする。


★今回、提出されたビデオは、6分ものだと言う。
何も編集していないなどと言うが、そんなことはないはずだと思う。

自民党の世耕さんのブログには、こんな風に書かれている

『これはとんでもないことだ。1回目の体当たりは9月7日午前10時15分。2回目が10時56分。そして停船したのが午後0時56分であるのだから、2時間40分以上の映像を見ない限り、国会として諸々の判断をすることはできない。政府は「那覇地検が公務執行妨害事案の証拠として採用した映像が6分間なので、その部分を提出した」とのことだが、証拠として採用した部分以外の公開は容易なはずだ。ビデオ全体を公開しない政府の真意が分からない。しかもビデオを見る前から「公開するな」と要請するのは大きなお世話だ。公開するかどうかは国会が判断する。』

いろんな理由はあろうが、ビデオが存在して、その『ビデオの提出』があるとすれば、それは『すべてのビデオ』でないとたった、6分に編集されたものではおかしいと思う。
国会での検討、判断は裁判で有罪か無罪かの問題ではなくて、『現実に起こった事実』が要るのだろう。


★若し自民党だったら、どんな対応をしたのだろうか?

どのような対応をしたかは、ともかく
こんな追及をさせたら、菅さんは迫力があったのだが、今はその面影はない。

今頃になって、仮にビデオを公開して『これはどう考えても、中国が悪い』となっても、今更中国にどうせよと言うことになるのだろうか?
政治家の判断、政治的判断は確かに難しい。
だから、いろんな事を言っている間に時間だ経ってしまう。
『日本の弱腰外交』にイメージは、既に世界に定着してしまった。

今頃全面公開などしたら、『なぜ初めにそれをしなかった』と言うだろうし、確かになかなか難しい。
一般でも、政治の世界でも、時間の問題はキーであると思う。

いずれにしても『時期を失してしまっている』事は間違いない。
それでもやれと言うのは、対中国問題ではなくて国内の政治問題なのかも知れない。


Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

自分史

2010-10-29 05:41:56 | 自分史
★自分史なるものを書きだして、幾らか経った。
あまり時系列にはこだわらずに続けてきたが、人生の中で一番長かった会社勤めの時期をどのように纏めるべきか?
いろいろあるだろうが、自分でも書きやすいと思われる『時系列』に沿って書いてみたい。

20歳のころから日記は書いていて手元に残っているので、年次に追っかけて行けば案外ちゃんとした記録として纏められるかもしれない。
スタートするのは、次回からとして、
このブログを書きながら、そのコンセプトを考えてみようと思う。



★どれくらいの期間勤めたのか?
昭和32年4月1日、(1957年、24歳)から、平成11年5月(1999年、66歳)の42年間、それ以降3年間顧問として丁重に扱っていただいたので、何となく70歳近くまで会社勤めをしたような気分である。

入社したのは、川崎航空機工業に入社して、その後川崎重工業と3社合併をしたので、籍はメーカー籍なのだが、
その間3回の販売会社出向があったりして、勤務期間は販社の期間の方が長く、そんな経験が必要な時期にメーカーに呼び戻されたというよう方が当たっている。
最後にお世話になって勤めた、北海道川重建機も、川重の子会社ではなくれっきとした自前の会社で、その会社の経営を頼まれて2年間ほどお手伝いをしたのである。

会社での仕事の内容は、そのほとんどが新しい業務で、引き継ぎをしたこともないし、上司に仕事の内容を教えて頂いたことも一切ない。
カワサキの二輪事業そのものが全く新しい事業であったこともあって、先輩方にもその経験が一切なかったのである。
そんなこともあって、最初に販社に出向した時は、係長でもない平社員であったのだが、いきなり課長の職責を頂いた。
従って主任とか係長などと言う経験はなくて、残業がいきなりなくなってぃ一番多く残業代が入る時期はなかったので、金額面では結構辛かったのである。
さらに言えば、35歳以降は、規模はともかく所謂 『経営』 を担当していて、66才で退職するまでずっと『経営次元』の仕事を担当してきた。

メーカーの事業部の管理経営と、現実の企業経営と明らかに違う点は、『資金繰り』があるかないかである。
赤字、黒字などと言っても、『資金が止まれば倒産』するし、『幾ら赤字でも、かっての国鉄』のように金さえ続けば、幾らでも続くのである。
『資金繰り』の解らぬ経営者が実際には多いのだが、これは親方日の丸と言われる『管理経営者』なのである。
その有無で経営のオモシロさや次元が全然違うと思っている。




★ちょっと、普通一般のサラリーマンが、経験する会社勤めとま、全く別の世界を歩いてきた。
もう一度、人生をやり直したとしても、全く同じ道を歩くことに、何の躊躇もない。
非常に幸せな会社生活であったと思う。

そんな会社勤めの生活を、
昭和32年(1957年、24歳)から、1年を1回、原則として40数回にわたって書いてみようと思う。
週に1回とすれば、40数回、ほぼ1年で終わる。
自分史でもあるしカワサキ野会う意味単車の歴史とも言えるもののなればいい。
多分まだ1年ぐらいは、大丈夫と思っているので、何とか書き終えることができるだろう。

その間、日記も1年づつ読み返してみたい。
そんなコンセプトで、来週からスタートすることにする。


Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント (2)

仮説とその検証

2010-10-28 05:51:32 | 発想$感想

★世の中で初めてのことなどをやろうと試みるときには、すべて仮説を立てることがMUST条件になる。

つい先日は、高年齢者が激増する日本の『今後の交通問題』についてちょっと考えたりした。
夜のNHKクローズアップ現代では『介護保険問題』をとりあげていた。

いずれの問題も、初めてぶつかる『超高年者社会の問題』だから、仮説を立てての対応になるのは当然なのだが、
これはなかなか難しい問題だと思う。

大体日本人があまり得意とする分野でないことがまず上げられる。
日本人は、問題点が現実に目の前にあって、それを対策する生産管理やクレーム対応は非常に得意分野だが、
マーケテングに近い仮説を立てての対応は不得意である。

マーケテングの世界でも、仮説の妥当性は中々解りにくい分野なので、
新しいシステム導入などは初めは点そして線それから面へと、検証を重ねながら実行する場合が多いのだが、
『介護保険問題』や『高年齢者の交通対策』なども、国の方策なので、徐々にと言うのが難しいのであろう。
仮説から、一斉に全国一律に実施されてしまうのは仕方がないことかも知れない。

全く新しいコンセプトのバイクの開発、これらはオモシロイ仮説の世界である。
当たらぬことも多いがーーー。




★NHKが取り上げた『介護保険問題』などを観ていると、現実の把握が全然できていないままの実施になっていて、その実施結果はあちこちに問題山積なのである。
問題があるからNHKはとりあげているのだろうが、
仮説が間違っていたのである。

その間違いのベースに、15年前と現在との、日本人の生活実態に歴然と差が出ていることが原因の一つであろう。
15年前の常識では、介護問題は、『家庭での介護』が当然であり、その家庭には介護できる人たちがいることが自然に想定されていたように思う。
ところが15年経っての実態は、
独りで生活する人や、
介護保険を申請することすら難しい『認知問題』や、
それでいて『人に迷惑をかけたくない』と言うこの時代の人の心情など、
難しい問題がいっぱいなのである。




★今後、これらの問題は、超高齢者社会へと進むので、間違いなく大きな問題を孕んでいるのだろう。

一番問題なのは、これらが未経験の分野であることと同時に、
それを検討したり、法律を作ったり、判断する人たちが、官僚にしても政治家にしても、あまり問題に直面していない、比較的若い人たちだと言うことである。

自分自身の事で振り返ってみても、これが昨年ならこんなことをブログに書いたりは決してしていないと思う。
今年になって、それもごく最近、母の『介護問題』が現実になり、今週は自分の運転免許問題で、いろんなことに遭遇したのでこんなことを思ったりするのである。
と言って、認知症になりかけている年代の人たちで検討することもできない。


★確かに、これは難しい問題だが、放置出来ない問題でもある。
最初に立てた、仮説が間違っていたり、現在の世の中に実態に必ずしも対応でき地ないことも多いだろう。

その場合どうするか?  なのである。
NHKの番組を観ても、これは現実に対応できていないのだが、
その制度の『枝葉』は、修正、改善できても、その『根幹部分の見直し』は難しいようなことを言っていた。
解説をされていたコメンテーターの先生はよくお解りのようだが、その修正は現実に難しいような口ぶりであった。
これでは問題の指摘はできても、問題解決にはならないのである。




★今、必要なのは、当初考えた『仮説の検証』をもう一度ちゃんとやり直すことだろう。

最近出てきている問題は、
100歳以上の人たちの所在の確認にしても
介護保険問題も
高齢者の事故多発の問題も

みんな未知、未経験の分野なのである。
ほぼ、その中に足を踏み入れている自分自身でさえ、その場面に直面しなければ気付かないのである。

日本人の生活スタイルがどんどん変わっているし、そのベースにある発想もどんどん変わっている。
もともと、仮説は不得意の分野である。
それが間違っていた場合、、『仮説の検証』をし直して、
改めて、早く簡単に、方向転換できる周辺の法整備など、『修正対策』に重点を置いた方がいいように思うのである。

ぐずぐずしていたら、みんな『不幸なままで』人生を終わってしまうことになる。

Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

ツイッターの世界とNPOのメンバーたち

2010-10-27 05:03:41 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram
★昨日の午後、雷神マッハさんの「こんなツイッターを見つけた。」

twitter でプライベートのアカウントと仕事のアカウントを 分けました 出来ましたら http://twitter.com/tama_kousaku もフォローよろしくお願いいたします。


雷神マッハさん、どのように紹介すればいいのだろう。
趣味も、仕事も、動き方も、ネットの世界の対応の仕方も、多彩な、(多才な)粋人である。
私にとっては、NPO法人 The Good Times の関東地区のkeyパーソンである。

ツイッターも、『雷神マッハraijin_mach』の方では既に4000人以上のフォロワーがいる。

今回本職の、光レーザー彫刻の 公式ツイッターを立ちあげられたのである。

その自己紹介には、
レーザー彫刻の光削の公式Twitterです。
立体木札”武蔵野彫り”の発案者です。最近はiphone4のウッドケースの彫刻もがんばっています。 
新製品情報やイベント情報 ブログの更新などをつぶやいています よろしくお願いいたします。
みんなで繋ぐ NPO法人 THE Good Times 会員』
と書かれている


★雷神マッハと自称されている通りの『マッハファン』でもある。
明石の工場見学に来られた時、お土産に頂いた『名札である。



幾らするのですかと聞いたら、『5000円ほど――』と言われてびっくりしたが、裏のこの精巧な彫を観たら納得である。



雷神マッハさんは、関東でいろんなお店を紹介頂いているのだが、DENICOさんもその中の一つである

こちらの方は、デニムにレーザー彫刻をなさっている。
この夏、神戸大丸に来られた時に、私が字を書いて、絵は描いて頂いて造ったモノである。



レーザー彫刻と言うのは、精密な機械で掘り上げるのである。
雷神マッハさんの、お店のホームページの中には、その制作過程が動画で紹介されている。


★ごく最近、月木レーシングが通販を本格的にスタートさせた

ホームページも、ブログも、ツイッターもみんなt連携させて
確か、雷神マッハさんの「iphone4のウッドケース」も扱っているはずである。

みなさん、NPO The Good Times の会員さんなので、それぞれを繋ぐ方向に、いろんな仕組みで手伝っている。

ツイッターでも

ブログでも

そして、ご商売でも繋がりかけたのである。

通販では先輩格の seaz cpmpany のカバン屋さんは、和歌山の漆工芸をヨーロッパに売り込むべく計画中である。



★この時期に、雷神マッハさんの『本業での公式ツイッター』 大歓迎である。

NPO 法人 The Good Times の公式ツイッターのフォロワーは、既に9万人を超えて、目標の10万人も目前である。
こちらのデーターでは、既に79位に入っているし、
こちらでは兵庫県ではトップ、全国100位以内も見えてきた

この情報発信力も、団体会員さんの商売に直接関係してこそ、真価を発揮することになる。

関東のバイク関連でも、モトボックスセキもプロジェクトを立ち上げたし、一連の動きが出るかも知れない。
NPO のホームページにも、今回会員さんへの特典一覧表を作って表示した
みんなが動けば動くほど、良くなる仕組みである。

創立以来1年が経って、ようやく具体的な動きが出始めた。
あと半年後、どんあ事になっているのだろうか。
コメント

新たな混合交通の問題点

2010-10-26 05:19:26 | 発想$感想
★昨日は高齢者の免許書き換えに必要な『高齢者講習』を受けに小野の自動車学校に行ってきた。
この講習自体も3回目の受講なのだが、
昨年6月からは75歳以上の高齢者を対象に『講習予備検査(認知機能検査)』も行われるようになって、
これを受けたのは今回初めてのことである。

兵庫県下の高齢者の事故発生状況は、全国ワースト1で、今後ますます高齢者の免許人口の割合は増加する一方だという。
日本の交通事情が一番極端な場合は、歩行者、自転車、バイク、自動車などの混合交通の中に、
運転する側にも若い人たちに交じって、75歳以上の後期高齢者も交じったまさに『混合交通』の世界になろうとしている。

これは、日本にとって『未知の分野』だし、高齢者の当人たちにとっても、正常な若い人たちにとっても、お互い『未知の分野』なのである。




★昨日、この講習を受けてきてよかったと、正直そう思っている。

大体年寄りは、何事にも自信過剰だが、車の運転においてもそんな傾向はつよいのである。
先日、体力測定では41歳と認定されて気をよくしていたのだが、今回はちょっと目がダメなので、どうなるかなと内心はちょっと自信がなかったのである。
それでも、3年前にこの検査を受けた時の評価は最高点の『5』と出ていたので何とかなると思っていた。

それが新たらしい『講習予備検査』を受けて、全く自信喪失の状況になってしまったのである。
最初の幾つかの問題はは大したこともなかったのだが
最後に、1枚に4つの絵が書いてある紙を4枚見せられて、(と言うことは16の絵があるのだが、)

●問題1は、その絵は何が描いてありましたか?
という簡単なものなのに、たった5つしかその答えが書けなかったのである。
●さらに問題2は、その絵の種類、例えば大工道具、花、武器などと種類の記述があるにも関わらず、11問ぐらいしか答えられなかったのである。

答えは、金づちとか、ゆりとか、戦車、ステレオと答えればいい、小学生でも簡単に出来そうな問題なのである。
『昔のことはよく覚えているのに、今あったことが覚えられない』   これはよく聞く話で、まさにその通りなのである。
そんなもの簡単と思っていたのに、いざ答えを書こうとすると、絵が出てこないのである。

『記憶力、判断力が少し低くなっています』  と言うところに評価されてしまった。
テストをやる前は、
『記憶力、判断力に心配はありません』と言うレベルだと自信を持っていたのだが、ダメだった。




★そのあとあった、コースでの実技運転も、これはまずまずうまくいったし、
下の写真のような機械で実施した
『運転適性検査』も前回の総合評価『5』(すぐれている)からは、ひとつ落ちて『4』 (やや優れている)にはなったが、『普通』以上のいい成績だった。
運動能力は何とかなっても、視野が狭くなったり、動体視力が落ちたり、とっさの判断力や記憶力が落ちる、
高年齢者への道は間違いなく確実に歩いているのである。




目の検査は、初めから自信がなかったし、『白内障』の手術をできる限り早く受けたいと思っている。
動体視力も落ちて、最近は高速道路の標示板の文字が読みにくかったりするのである。
夜の運転は、ほんとに見えなくて、運転している本人がこわく感じるのである。

一緒に実技を受けた人たちの運転はたどたどしくて、この人たちの運転する車には、とても一緒には乗りたくないとも思った。


★是非若い人たちも、よく覚えておいて欲しい。
あなたたちが幾らしっかりしていても、こんな頼りない後期高齢者の人たちが、公道を一緒に走っているのである。
もみじマークには、ぜひ寛大なご配慮を。

交通事故は自分は確りしていても、相手次第のことも多いはずである。
日本の道は、今後ますますこんな『混合交通』の環境になってゆくのである。

高齢者の関係する事故が増えるのはよく解る。
だが、歩きにくい、思い荷物は持てない。
車を運転するニーズは、年をとるごとに逆に増えたりするのである。

私自身が、こんな高年齢者の運転の仲間に入っている。
少なくとも、安全運転活動に関与した身としては、よほど気をつけて事故など起こさぬようにしなければと思った。
『講習予備検査』の成績が予想外の悪い点であったのは、非常に良かったと思っている。



Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

日本の二輪事業はーー

2010-10-25 04:46:35 | 発想$感想
★昨日の新聞にこんなことが出ていた。 こんなつぶやきもあった。

fchozi ホンダ、中型バイク初の「逆輸入」 海外生産に拍車 http://t.asahi.com/kgm Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント (8)

先日のON ANY SANDA での山本隆君

2010-10-24 05:34:17 | 発想$感想
★先週の日曜日、三木のアネックスパークであったヴィンテージモトクロスON ANY SANDAにはどうしても行けなくて残念だったのだが、
この日の状況についてはまずthiraiさんがこんなブログで、写真もいっぱいに紹介してくれている




当日は、立脇君や野宮君も参加していて、その走りはこんなブログにも載っていた



こんな楽しいレースが、いろんな形で広まっていくことはいいことだと思っている。
家の直ぐ近くで、春、秋2回定期的に開催されていて、
その開催地になっているアネックスパークは、
NPO The Good Times の団体会員さんでもあるので、余計に身近に感じているのかも知れない。


★山本隆君は、最近ではもっぱらネットの世界で、『60おじさん』としてのお付き合いと、
NPO法人 The Good Times の理事さんとして手伝って貰っている関係の方が多いのだが、
やはりカワサキのレースの黎明期に一緒にレーシング活動をやった仲間の時代の印象が強く残っていて、私が東北の営業に転じてからもレース参戦だけでなく、いろんなことで手伝ってくれたのである。

ライデングも正統派で綺麗だが、講釈師とあだ名されるほど、そのライデング議論と話術には長けている。
まだ白バイの主力はメグロだった時代で、東北6県の白バイ隊員のライデング指導講習会が好評で、ほとんどの県で実施したりしたものである。

その山本隆君は、ご自身のブログでも先日のON ANY SANDA をアップしているのだが

今回は、そのPARTⅡとして、すばらしいライデングフォームがいっぱいのブログがアップされた。

いい写真いっぱいなのだが、残念ながら私のパソコンがダメなのか、Yahooがそのように設定しているのか?
とにかく、ブロックされて写真が保存できないのである、

是非クリックして、見て欲しい。
これが65歳の走りかと思わすようなライデングである。
昔からそうだったが、いつどこでシャッターを押しても、そんなに不細工な形にはなっていないのである、



★この写真は、その一連の一つで、グッドタイムスタンブラーの方から拾ってきたものである。

一連の写真は山本ファンのmodokiさんという方が送って下さったようである。
modokiさんは、ブログにこんなコメントも送っている。

『写真を送らせて頂いたモドキと申します。
こんなにブログに使って頂いて本当に光栄です。

当日は全日本チャンプに声をおかけするのは気後れしてしまい、ご挨拶もせずに帰ってきてしまって今になって後悔しております。
余裕綽々のブッチ切り優勝に私も大変感激致しましたので、これからも機会を見つけて応援させて頂き、もっと良い写真をお送りしようと思います。またお腰も早く良くなるように祈っております。 』


そんなに頻繁に更新されるブログでもないのだが、
今でも山本隆ファンは、いっぱいいるようで、いつも沢山のコメントが寄せられている。
ずっと会っているから、そう思わないのかも知れないが、
やはり昔のチャンピオンといえども、声をかけるのは気後れしてい舞うのかも知れない。

話をすれば今は単なる『60おじさん』なのである。
modoki さん、今度は是非気楽に声を掛けて上げてください。


この写真の数々は、私自身も昔の山本隆を彷彿と思い出させてくれたのである。
modekiさん、いい写真を有難うございました




Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

高校の同窓会 M4会

2010-10-23 05:40:03 | 日常生活、園芸、バラ

★先週の中学校の同窓会に続いて、今週は明石高校の同窓会が、舞子ビラで行われた。



須磨舞子と並び称される関西の白砂青松の典型的な名勝地に立地している。



逆の立地では、明石大橋がすぐ横を走っている。向こうの島が淡路島である。



淡路の一番左の岬が、岩屋。そこにテレビ夢の扉で紹介された『潮流発電のマグロ』がセットされている。





入口の景観も素晴らしい。サッカーの岡田ジャパンもここに泊ったようである。



スタート前の記念撮影をする前をたまたま通り過ぎる新郎新婦、
今回は77歳喜寿を祝う同窓会だが、50年ほど前はこんな時代もあったのである。





70名に近い参会者で賑やかだった。





最近の77歳はみんな元気そうである。
なかなか、名前を思い出せないのだが、
以下の人たちは、ちゃんと覚えている。ゴルフ仲間でもある。





右の女性は、有名な『老舗明石分大』のかってはお嬢さん。
今は川重のM先輩の奥さまである。



隣は邦ちゃん、そして育ちゃん



男性は野球部の球友、左がファースト関、右がセカンド藤井。
あとピッチャーの溝畑は欠席だったが野球部もとうとう残っているのは、私を入れて4人になってしまった。
真ん中は故永井先輩の妹さんである。関と肩を組んでいるのは、小学校からの同級生とか。
名前は聞いたのに、忘れてしまった。



あちこちで談笑が続いたが、1時から4時まで、あっという間の3時間であった。
中学の方は毎年だが、こちらは多分3年後の80歳でやろうということに。
それまで、元気におれるだろうか。



会が終わって4時過ぎ、
秋の日の夕日はこんな位置である。

人生の喜寿もこんなところだろうか。
太陽が大橋の上にある。
たまたまだが、いいとしておこう。

10月の二つの同窓会も無事終わった・。



Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

区長や市長、知事の育児休暇

2010-10-22 07:35:38 | 大阪維新の会、橋下徹氏
★東京都の区長が育児休暇を取ったとか、広島県の知事が育児休暇を取ったことは知らなかった。
昨日、箕面の倉田市長のブログを読んでいて、このことを知ったのである。

育児休暇を取ると言うことからの関連で、
大阪の『橋本知事が反対』の意向を示したことで、ニュースになっている。

今の世の中、こんなことに反対するのはなかなか勇気のいることである。
賛成、反対は兎も角、橋本さんがはっきりと反対の意向を表明した態度は、流石橋本さんらしくていい。

政治家は、自分の意見を真っ直ぐに、堂々と述べるべきである。

昨日だったか、橋本さんの中国招待中止に対する歯切れのいいコメントも、聞いていてすっきりした。
今後の中国との関係があるからとか、理屈をつけて『何を言っているのか意味不明』の政治家の発言が多い中で、際立っていたと思う。



★私には二人の子どもがいるが、子育てまっ盛りの頃はこちらも仕事がまっ盛りで、すべて家内に任せきりの子育てであった。
核家族の中での女手独りの子育ては大変である。
それはよく解っていて3人目を作れなかったのは、そのためでもあったのは間違いない。
だから、育児期間は夫も協力すべしという精神はよく解る。
でも、多分今若くてそんなことになっても、多分『育児休暇』は取らないだろうと思う。

なぜ?と理由を聞かれても困るが、まずそんな風に、単純にそう思うのである。

男にとって、仕事は大変な事業であると思うのだが、
育児は女性にとって大事業なのである。
働きながら片手間でやれるようなものではないことはよく解る。

旧いと言われるかもしれぬが、専業主婦が子供にとっても一番いいことだと思っている。
幼児の時の世話も、母親主体が自然だし、
小学校時代も子供が家に戻るときには、母親が『お帰り』と迎える家庭が自然だと思う。

男の育児休暇が、『共働き』を前提に考えられているのなら、妻の『共働き』を止めるかそれこそ『育児休暇』を取ればいい。
専業主婦でも、『育児休暇』まで必要と言うのは、これは行き過ぎである。
動物の世界でも、ちゃんと役割分担は決まっている。人間の世界も自然な方がいい。
育児に関しては、男はあくまでも協力者の立場であって、主務者にはなり得ないのである。



★要は、生き方の問題である。

核家族でなければ、姑との同居はイヤ。
家計を楽にするためには、共働き。
共働きだから子供が生まれた時は、夫が『育児休暇』

そう考える人たちが多いので、『育児休暇』という制度も出来たのだろう。
『育児休暇』を進んで取る男の勤め方も、あるだろう。
それを否定したりはしない。


★だが、首長や知事が進んで範を示さねば、『世の中にそのような制度が定着しない』から、『首長が率先してそのようにする』 と言うのはどうかと思う。
そんなことをしないと、一般に広がらないシステムなら、システム自体に何か問題があるのだと思う。

資本主義社会の中で、利益を追及する企業側から言えば、『育児休暇』を進んで取る従業員よりは、それを取らない人の方がいいに決まっている。
利益には関係のない公務員のトップだから、世の中で一般的になっていない『育児休暇』を進んで取ることは、女性票の集票にはなるかも知れぬが、
どうももう一つピンとこない。


7人の子どもの父親でもある橋本さんはこう言っている

「首長の育休(取得)は反対。世間が育休をとれる環境をつくってからとるべきだ」
「首長が先頭にたって育休をとって『機運の醸成を』というが、あまりに世間を知らなさすぎる」
「船長である首長が、船が沈む時乗客より先に逃げ出すのはどうか」

特別職の知事や市長は、職員の休暇を規定する条例などが適用されないため、休んでも報酬の減額はないそうである。




★この問題は、既に『育児休暇』という制度があるので、賛成、反対の議論をするつもりはないが、
少なくとも、リーダーたる人が、『どう考えるか?』と言う自分自身の態度の問題だろう。

箕面の倉田市長は、私は『好きな市長さん』だが、ブログにはさらっとこう書かれている

育児休暇の問題よりは、第二子の男の子誕生の嬉しさの方が率直に出ていて、『微笑ましい』のだがーーー。

これが、世の中の議論の対象となって、若し騒がれたら是非ちゃんとした見解を述べてほしいと思っている。
倉田さんは、橋本さんと殆ど意見一致するのだが、この問題はどういうことになるのだろうか?



●写真は、グッドタイムスタンブラー からです。

Twitterボタン

Twitterブログパーツ
コメント (4)

健康第一

2010-10-21 04:50:34 | 自分史
★子供のころは間違いなく『健康優良児』であった。
病気らしいことなど何にもなくて、元気に飛び回っていたり、
零下10度を下回る朝鮮京城の冬をずっと素足で小学校に通っていてそれが有名であった。
冬靴下をはいたのは、スケート靴をはくときだけだった。

中学、高校も至って元気だったのだ。
大学の時の夏の合宿の初日に風邪をひいたのだが、そのまま練習して、秋のリーグ戦に入った。
試合中にどうも普通でないのである。
生まれて初めて、自分で医者に診てもらいにいった。



★診断は『肺浸潤』だった。
まだその当時は一番の難病と言われていた『肺結核』の一歩手前である。
ちゃんと休んで療養でもすれば良かったのだが、『大丈夫だろう』とタガをくくってずっと野球を続けていたら、
ホントに肺結核になって、そのうち空洞ができてしまった。

肺に穴が開いたと言うのである。
日記を書き始めたのはそのころである。
ひょっとすれば、死ぬかも知れないと思っていた。

★会社の入社試験は、そのまま黙って受けたら、運よくそのまま通ったのである。
その時も、胸に空洞があったままであった。
流石に、入社後にはそれがバレてしまって、そのころやっていた草野球の会社の軟式野球は止めるように、診療所の先生に注意されていたのだが、
それも聞かずにユニホーム姿でいるところを見つかって、直ぐ検査をされて『菌が出ている』ので会社に置いておくわけにはいかないと強制的に三田の療養所に入れられてしまったのである。

入所して検査をしたら『菌など出ていない』のである。
そうでも言って療養させないとと、診療所の先生が思って下さったのだろうと思う。

当時は、空洞は手術をしないとダメだと言われていたのだが、
1年も経たないうちにウソのように空洞は消え失せて、11か月ほどで退院をしたのである。

この入院のお陰で、退院時には元の財産課の職場から、単車営業と言う、その後の天職のよな職場に移ったのである。



★ここまでの人生をみても、人間 『運』だと思う。
大学時代野球をずっと続けたのは、3年、4年と2年間キャプテンをやらされていて、休部できるような状況になかったのである。
卒業の昭和31年は不景気で1年卒業を延ばして5回生の時は、野球部の監督をしていたら、
昭和32年は一転神武景気の好景気になって川崎航空機に入社出来たのである。


★サラリーマン最後の2年間を頼まれて、北海道川重建機と言う、川重の子会社ではない優良会社の経営を札幌で担当していた時に、
突如 『クモマッカ出血』で倒れて入院したのである。

別に、血圧が高かったとか、血管に問題があったわけではなくて、アタマに血が上って、突如倒れたのである。
倒れた場所は、札幌の警察の本署で、怒って文句を言っているうちに『クモマッカ』になってしまったのである。

決して威張れた話ではないのだが、冬の札幌は駐車違反には厳しい。
除雪の邪魔になるからである。
安全運転本部長なども長く勤めていて、そんなことはよく知っていたので、除雪には絶対に邪魔にならないところに駐車させていた。
駐車違反は仕方がないが、なぜ車をレッカーで持ち去ったのか、と訳の分らぬことを言っているうちにおかしくなってしまったのである。

でも結果的には、倒れた場所が最高に良かった。
10分後には、脳外科の先生が30人もいる、最高の脳外科専門の大きな病院にいたのである。

難しいところの血管が切れていたので、『手術をせずに』という方針が『会議で』決められたようである。
集中治療室に10日、その後個室に15日ぐらいいて、結局何もせずに?1カ月足らずで退院したのである。



★このお陰で、少しは自分の健康に留意するようにはなった。
然し、人の人生など『運で決まる』と思っている。

ただ、自分は『無茶苦茶、運がいい』とホントにそう思っていて、
そう信じていると、『幸運』が向こうの方から勝手にやってきてくれる。

66歳まで会社にいて、それから3年間北海道川重建機に顧問として丁重に扱って頂いた。
そんなことで70歳近くまで、会社生活をしたような実感がある。

健康に留意してストレッチなど始めたのは、定年後のことである。
お陰さまで、三木市の体力測定では、昨年が44.7歳、
今年はさらに3年若返って、41歳の体力年齢である。

アタマの方も、70歳になって始めたパソコンのお陰で、何とかなっている。
これも、たまたま娘婿が、あまりもののパソコンを持ってきて勧めてくれたおかげである。

この健康状態が、いつまで続くのであろうか?
悪いところ?それはある。
目、特に動態視力が全然ダメで、ゴルフのボールがどこに飛んだのかが見えないのである。
それに歯、昨日は歯医者で奥歯を1本抜かれた。これはもう元には戻らない。

今日、健康問題を書こうと思ったきっかけは、歯なのである。
幾ら威張ってみても、一歩一歩ダメになりつつある昨今である。


Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

胡蝶さんのブログ

2010-10-20 05:25:42 | カワサキワールド
★『胡蝶さん』と言ってもお解りになる方が何人いるのか?

でも、解る方は解るのである。

その胡蝶さんが、珍しくひょこむのブログを更新した。
ブログと言うよりも、彼のスピーチが動画で紹介されているのである。

そのスピーチは英語だが、トーンやその単語だけでも聞けば、『彼の想い』は確実に伝わってくる。

とにかく一度聞いてみてください



★『胡蝶さん』 
 『ミスター コ―へ― ヤマーダ』と紹介されている『山田浩平くん』は、
現役の川崎重工業二輪部門の技術本部長である。

『想いのある人ばかりの集まり』だったようなかってのカワサキの二輪部門だったのだが、
どうも昨今はそんな『強烈な想い』を外に現わす人がめっきり少なくなって寂しく思っていたのだが、
久しぶりに、強烈な情熱と『自分の想いを確りと持った奇人』が、中枢の技術部門についたので、大いに期待しているのである。

兵庫県が後押しする、非常にまじめなSNS『ひょこむ』にわたしが唯一誘ったKHIの現役メンバーが『胡蝶さん』なのである。
そのハンドルネームが『胡蝶さん』で、ひょこむの二輪のファンたちはいっぱい胡蝶さんに繋がっている。

ただ、そのブログは、『トモダチだけ』に限定されていて、外部公開は難しいのである。
このブログにも、すぐZ1オタクを自認するカバン屋さんがアクセスして、こんなコメントのやりとりがなされている。

●カバン屋さんから

『こんにちは! 素晴らしいスピーチです♪
・・が、後方からは「早くその布を取り去ってバイクを見せてくれー」
って声が聞こえてきそうです。
これも懐かしの「シミチョロ作戦」でしょうか?
W800に続いて、空冷四発のネイキッド車発売を熱望してます!』

●胡蝶さんから返事

『ありがとうございます。
UKのジャーナリストの方がアップしてくださったようです。
このスピーチは午後に行ったのですが、午前中にBMWのスピーチを「研究」に行きましたが、新車は全車ともカバーした状態でスピーチが続いていました。
このスピーチはケルンで行いましたが、東南アジア各国の顧客を考慮しました。
今後ともよろしくお願いします。』


★現在の川重の現役諸君は知っている人は何人もいるのだが、山田浩平くんとはご縁があって、私が一緒に仕事をした唯一の人なのかもしれない。

●1990年ごろ、カワサキがサーキット専用の4輪スポーツX-11を開発しようとした時期がある。
このプロジェクトを担当していたのが、山田浩平くんである。
そのプロジェクトを横から支えたのが当時のKMJである
 
X-11とはこんなプロジェクトであった

その後彼が自ら希望して、カナダの販社を担当したり、KMCでアメリカ市場のマーケッテング分野を担当した時も、なんとなく連絡などあったりした。


★最近では、3年ほど前ジェットスキーを担当してULTRA250Xという新商品を開発した時も、ブログで応援などしている.
これは大ヒットしたのだが、
今年の4月に、技術本部長の重責を担ったのである。

その時アップしたブログが、『Kawasakiは ”Extreme, Un-compromising, Lime Green”』 これである

このブログには、私の期待も本音で書いているのだが、
山田浩平君からもわざわざ、決意の手紙も頂いて、手元に大事に保管してある。

いつの日にか、世の中に公表できる日が来ることを、心底思っているのである。
世のカワサキファンたちも、ぜひKawasakiを温かく見守って上げて欲しい。

開発のトップが
『Kawasakiは、"Extreme,Un-compromizing,Lime Green"』と言っているのである。

英語だが、その人はこんな風に語っている


Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

母、退院

2010-10-19 05:06:16 | 発想$感想
★『明治42年6月28日生まれ、101歳です』とはちゃんと言える。

今年の6月28日の誕生日で、101歳を迎えた。
その誕生日の日にこんなブログを書いている

4か月前の話だが』『こんな風に書いている。

『お蔭様で元気と言うべきか、自分のことは大体自分で出来る。
今日は、妹たち4人が誕生日を祝ってくれると言うので、私の次の妹の明石に送っていって何日か、そちらで面倒を見てもらっている。
幾つになっても、女性の話は独特で、女ばかりの話のほうが気が休まるはずである。』

そのころはまだ元気だった。
妹たちが何日か預かって面倒をみてくれたのである。

その時にちょっとあたりが暗いと言うので、眼科に診てもらったら、『眼底出血』だという診断。
その治療に西神の医療センターに通いだしてから、急に調子がおかしくなった。
それでもそのころはまだ駐車場から300メートル余りを自分で歩いて通っていた。

★ひと月のうち24日を養老院のショートステイでお世話になって、残りの1週間ほどを家で過ごす生活が、もう何年も続いていた。
家でも食事も、トイレも風呂も、すべて自分のことは自分でする。
面倒は見ていたが介護をするという感覚は皆無であった。

それが、お盆休みの真ん中の8月14日に、突然膝が痛くて歩けないと言いだしたのである。
医者は休みだし、歩けないし、困り果てて救急車をお願いして、病院まで運んで頂いたのである。
検査の結果、体に炎症があるからと、そのまま入院となってしまったのである。

今まで白内障の手術で入院したぐらいで、大きな病院のお世話になることもなく100年を生きてきた母だが、
入院して病院生活をすることで、環境が変わったからか一挙に病人らしく弱ってしまったのである。
ちょうど介護の級の変更を申請していたのだが、
一番軽度の『介護1級』から、一番重い『介護5級』に認定されるまで弱ってしまった。

一時は、妹たちが見舞に来てくれたが、全く解らずに話も出来ずに帰った時もあった。


★このときは写真にはちゃんと写ってはいるが、認知症がひどくて何も解らなかった。
写真でも撮っておかねばと思って撮った写真の中の1枚である。



それからいろいろとあったが、
10月に入って順調に戻ってきて、昨日退院と言うことになったのである。
ただ、退院と言っても今度は家には戻れない。
養老施設の方に直行なのである。



病院まで迎えに行った。
昨日はチャンとよく解ったが、家に戻らぬのが不服なのである。
ただ、迎えに来てくれたとご機嫌で、何となく笑顔らしき表情も出て、よかったと思っている。

今車椅子に坐っているが、自分で歩き自分の事は自分でする4か月前の生活に戻るのは無理かもしれない。


★超長寿社会になって、長寿を祝うのが一般的だが、
他人の方の長寿は祝えても、いざ自分の周りのことになると祝ってばかりもおれないのである。
『介護と言う現実』に直面すると、如何に母が望んでも自宅での『老々介護』には限界があると思う。

ただ、私の身近な人たち、父も伯父も祖母もみんな自宅で介護をした。
私がしなかっただけで誰かがしたのである。
然し『老々介護』でなかったことは間違いない。
今は社会の仕組みが変わってしまったのである。

90歳とは言わぬ、せめて95歳以上の超長寿者はすべて、専門の介護者が面倒をみる仕組みを造るべきである
親の介護だと言っても、95歳の親の子どもは70歳を超えていることが多いだろう。
面倒をみるべきだとは思うが、現実の日々介護となるとお手上げなのである。

母の面倒をみていた6月までと、『介護』をしなければならなくなった8月以降では、その環境が一変している。
母は当然不満なのだが、退院先は自宅ではなくて『りんどうの里』だったのである。



りんどうの里では、係の人が優しく出迎えてくれた。
言葉づかい一つでも、なかなかこうはいかない。
介護や養護のプロたちなのである。

そういうシステムのお世話になれる、母は非常に幸わせだと思っている。


 Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント

日曜日、そして今週

2010-10-18 05:08:01 | 日常生活、園芸、バラ

★いつも殆ど決まった予定もなく、毎日自由な毎日を過ごしているのだが、
この1、2週間、幾つかの予定が入ってみると、俄然忙しくなってしまう。

ひまにまかせて1日6時間ばかりツイッターに、明け暮れていたのに、途端に時間に追われる生活になってしまっている。
先週は中学の同窓会があった。
そして昨日は、町内会のバス旅行、
そして今日は、
午前中はNPO法人 The Good Times の理事会、
午後は、吉川で春植えた黒豆の枝豆の収穫に1日費やして、とうとうアネックスパークで行われたON ANY SANDAのヴィンテージMXは見に行くことが出来なかった。

★毎日悠々と時間を使っていた『ネット生活』にも影響が出て、追われっぱなしである。
別にブログなど1日抜けても、どうということはないのだが、どうも気分が悪いので、いつもの通りやろうとすると、時間に追われてしまう。

昨日のexcite のブログは、こんなことをアップしたが、
山本隆君のF21Mに乗る若いころの写真は、かっこいいので、是非クリックしてみてください

ON ANY SANDA での山本隆君は、どんな走りだったのだろうか。

山本隆君ぶっちぎりで走ったようである。
今朝起きてみたら、thiraiさんが記念撮影つきで、ばっちりブログにアップしてくれていた





★昨日の午後は、吉川での黒豆の収穫、
農作業も大変である。  枝を切って、葉を落とす作業に、きっちり2時間以上掛った。
ただ、不思議なくらいこんな単純な作用の繰り返しは、得意なのである。
やりかけたら、終わるまで一切休むことなく、続けることができる。
途中、JJさんが来て、いろいろ雑談をしたが、その間も一切手が止まることはなかった。

そんなことで、私は独りでの作業だが、家族連れで来ていたヒトたちと同じペースで作業を終わることが出来た。



さるとるさんのツイッター情報によると、午前中は人も多かったようだが、
私が行った午後2時ごろには、既にこんな様子になっていた。







私が葉を落として「枝豆」にしたものである。


JJさんとの雑談で出た、『グッドタイムタンブラー』、 をJJさんは知らなかった。
勿論、昨日excite で紹介した『グッドタイムタンブラー アーカイブ』、これも知らなかった。
ちょっと油断すると、JJさんでも置いていかれる、そんなスピードで世の中は進んでいる。



★昨日のアクセス、無茶苦茶おおかった。

テレビ『夢の扉』 に『潮流、海流発電』が放映されたためだろう。
これで検索すると、』このブログが現れるのである。

これは、NPO The Good Times の会員さんたちの、ブログを更新される順序で紹介したものである。
『アーカイブ』はそれがスタート以来、見ようと思えば観られるのである。
例えば三木市のイベントを1年間纏めて観れるようにも、造れるはずである。

このたび、NPOの団体会員に正式に参加された、
三木市社会福祉協議会とは、そんな面白い日本でも先進的なシステムで、いろんなことをやろうと思っている。
既に公式ツイッターはスタートされたので、すべて『リツイート』して87000人に情報発信している。
#e_miki 『いい三木』と言うツイッターのハッシュタグも作られて、われわれ仲間の間では、どんどん使われている。
異種異質な面白い仲間たちである。 『いい三木』『goodな三木』になればいいと思っている。

これはみんなソフトの世界、20年前、カワサキの現役時代のソフト会社『ケイスポーツシステム』のノウハウやソフトが今ネットの世界で生き返っているのである。
昨日のNPO The Good Times の理事会にも当時のメンバーが数名いるので、そのころと同じような雰囲気トレベルでの検討が進んでいる。

世の中のシステムは、こんなレベルで進んでいるのである。
システムは、すべて使う人の使い方で、その真価が発揮されるのである。
とにかく、幾ら使っても無料なのがいい。

今週も結構忙しいのだが、『三木社協』さんとは、少し具体的なコンセプトを検討したいと思っている。







Twitterボタン

Twitterブログパーツ
コメント

鞆が浦への町内旅行

2010-10-17 04:42:41 | 日常生活、園芸、バラ
★毎年秋に町内会のバス旅行がある。もう5年ぐらい毎年参加している。
今年は広島の鞆が浦まで足を伸ばしたが、結構簡単に行けるものである。
朝から夕方戻るまで、こんな1日であった。



朝7時45分集合、8時出発、山陽道三木東インターまで10分も掛らない立地だから、広島県鞆が浦までと言っても、ほとんどが高速道路だから、
途中の休憩をいれても、11時には到着してしまうのである。



岡山県の吉備のパーキングまでちょうど1時間半だった。
土曜日と言うことで、高速を走る車も多かったが、渋滞などはなくいたって順調。



パーキングにはバイクもいっぱい、どうしてもKawasakiを写してしまう。



右が町内会長の片岡さん、左は副会長、NPO The Good Times の理事でもあるkwakkyさん
kwakkyさんとは3年前のこの旅行からのお付き合いである。
間違いなく、綺麗な写真のブログがアップsだれるだろう。





食事をしたホテルはこんな海辺に立っている。



鞆が浦のこんな最高の眺めのところにあって、食事も最上階にある温泉も、そこからの眺めも秀逸であった。



当然のことながら、料理は瀬戸内海の海の幸がいっぱい。



こんなバス旅行につきものなのが、お土産店での買い物である。
その購買意欲はすさまじい。
大体女性は、買うことが一つの生き甲斐でもあるようだ。



午後は、昭和30年代の日本が再現されているという、『みろくの里』へ





こんな懐かしい電話機や



昭和のプロマイドなど



こんな懐かしい造りを楽しんできた。



秋の紅葉は、今から始まりである。



最近は、家内と旅することも少ない。
二人で写真に写るのは何年ぶりかのことである。
海がすぐ横のテラスで、近所の方との雑談の合間に、シャッターを押して頂いた。

まあ、1日いい旅行であった。
独り4000円は格安だと思う。
格安だから、毎年参加している様なものである。
来年は、鳥羽と言うことに決まった。


Twitterボタン
Twitterブログパーツ
コメント