雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

雨上がりの庭

2011-04-30 05:21:51 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

★ 世の中は5月のゴールデンウイーク連休が始まったようだが、

こちらはのんびり雨上がりの庭の薔薇の葉のつゆなどを見て、何となく心が和む思いである。

 

 

 

 

肉眼で見るのと、写真で見るのとちょっと感じが違うのだが、

どちらがどうとも言い難いほど趣がある。

こんな風に、水玉が光って見えることは珍しい。

アメリカ花水木の花である。

街路樹などでも普通に見られる花だが、何故か我が家では花のつきが悪かったのだが、今年は珍しく花が付いた。

小さな苗から育てたので、何かほっとした気分になる。

お向かいのお宅は、この連休娘さんのところに行かれるとか。

クリスマスローズが綺麗に咲いている。

これは我が家の ラズベリーである。

鉢植えでは小さかったが、いつからか地面に根をおろして、こんなに大きくなった。

もう少し経つと白い花をつけて、そのあと鈴なりに黒い実を付ける。

 そのままでもいいし、ジャムにしたり、 目にいいと言うので重宝している。

 

 

 もう2週間もすれば、いよいよ薔薇のシーズン入りである。

 

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世の中、ホントに狭いものです

2011-04-29 06:19:13 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram

 

★ 昨日は、「三木市のNPO法人の情報交換会」がボランタリー活動プラザみき であったので出席ました。

この会合は、昨年以来3回目で、

私は、最初の会議には出席していないので、今日で2回目である。

 

いま、三木には次のような15のNPO法人がある。

● 三木スポーツクラブ 
● ゆう工房  
 北播磨市民活動支援センター
● NPO関西ITセンター
● RANGER・CSO
● そよかぜネット
● 三木市手をつなぐ育成会
● 三木自然愛好研究会
● いっきゅう
● ゆずり葉福祉会
● セリオ

● ジュン家事問題相談室
● アイアイネット
● ぴかぴかクラブ
● NPO The Good Times

★ 前回は沢山出席されていたのだが、今回は何故か出席者は下の4法人だけだった。

このメンバーに、三木市の市民ふれあい部のNPO担当部門から課長さん以下2人、それにボランタリ活動プラザの坂本さん、高田さんと言う人数的にはちょっと寂しかったのだが、

かえって雰囲気的には打ち解けた本音の喋れたいい会合になった。

 

各NPOより活動内容などの概略紹介やちょうど決算期の総会を控えた時期ですので、その状況など型どおりの説明などがあった後、

特別議題の『日本郵便局の「送付支援」について と言うことで三木の郵便局からの説明があった。

各NPO法人が発送する郵便物の数量によって、送料の割引があるので、各NPO法人ごとに具体的な相談にのりたいと言う提案である。

説明された真ん中に坐っている方が、説明後各NPO理事長さんに名刺交換の挨拶をされたのだが、

NPO The Good Times は全てネット対応なので、『ペーパーレス』なので郵便物の発想は関係ないのでと思ったが、

 

『アメリカの孫には、航空便でいろいろお世話になっているので』と名刺交換だけはしたのだが、

『ツイッターではフォローさせて頂いています。毎日見ています』 と言われてビックリした。

 

『ハンドルネームは?』 

 『http://twitter.com/Kouichiro_jp』 と名刺の裏に書いて頂いた。

多分間違いないと思う。ホントに不思議な出会いである。

 

★ところがこれだけで、すまなかった。

NPOの紹介の時に『このNPOはカワサキのバイク関係の連中と三木の市役所などの方たちとのコラボで…』と説明したのだが、

会議後、 ジュン家事問題相談室 の理事長の久崎さんから、

『バイクと言われましたが、野田浩志くん、ご存知ですか? 大学の同期です。』 と仰るのである。

『のんちゃん、野田浩志』さんはこのNPOの監事を引き受けているのである。

上の写真のお嬢さんの横が、久崎さんである。

 

のんちゃんとは、現役時代何度も一緒に仕事をした仲で、最近では3ヶ月に1度ぐらい昼から福寿で酒を飲んでいる。

KMCの社長などを歴任した、あの「野田浩志」さんなのである。

彼は今、NPOの理事長さんもやっている。

 

続いて、想いもかけぬ出会いがあったので、本当にびっくりした。

このブログ、ツイッターではリンクするが、果たして『http://twitter.com/Kouichiro_jp』 ご覧になるだろうか?

 

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ハコモノを造る楽しさ?

2011-04-28 05:05:00 | 発想$感想

 

★ いろんな人たちが、『ハコモノ』を造りたがる。

何故かな? と思うが、これは権限と、予算などがあれば、結構カンタンに造れるからだと思う。

若いころから、結構権限のある立場にいたのだが、直接建物など立派なモノを建てたり、担当をしたことはあまりないというか、関心がなかった。

 

販売会社というマーケッテングの世界にいて、会社としては無茶苦茶儲かった時期も経験していて、いろんな人が、何かハコモノ的なモノを造ればと勧めてくれたが、

販売会社の財産は、ブランドだとかイメージ、販売網というネットの価値、人が持つノウハウソフト、などがメインであるべきで、土地、建物など固定資産などの含み益などを重視すべきでないと思っていた。

バランスシート重視で、売上高は400億円もあったけど総資産は100億円ほどで、回転率のいい無借金経営のバブル時非常に珍しい会社であったのである。

含み益は、土地建物からのものではなくて、端的に言えば『ソフト』であるべきだと、思っていた。

そんなこともあって、現役の最後のころは、『ソフト会社』を造って結構オモシロイ経営を楽しんだりしたのである。

 

仙台で土地を買い事務所を建てたのも30代のころだったが、事務所と言うよりも、倉庫を建てたようなものだった。

全国に結構立派な営業所やショ―ルームを展開したが、殆どが借地に建ててもらった賃借物件だったのである。

立地とか、建物は、時代によってその価値が変わってしまうので、借りものなら身軽で、その時に合わせてまた借り直せばいいのである。

 

★ そんな風に思っているのだが、

ハコものではないが、間違いなく自分で企画し、ほんの数人の仲間と一緒に、億と言う単位の『ハコモノ』ではないが、施設を造ったことがある。

それは、大分県にあるサーキットSPA直入なのである。

 

今月号のKAZEの機関誌の特集に 『SPA 直入』が出ていた。

『アレは俺が造った』と言えるのは、自分の金で造ったわけではないのだが、何となくそう言えるのは『快感』みたいなものを感じるのである。

『ハコモノ』を造りたがるのは、「こんな心理かな」と思ったりする。

自分だけの力でやったものではないのだが、モノとしてそこにある限り言えたりするので、自分の実績として残すには最適で、意外に簡単なのである。

例えば、川重でも今の神戸本社は、故大庭さんの時代に造られたものであることは間違いないのである。

 

 

★ SPA直入は、

一般のライダーたちが気軽に走れるサーキットをと言う『コンセプト』造ったものである。

もう20年以上も前のことなのだが、そのコンセプト通りの使われ方もして頂いていて、非常に嬉しく思っている。

目指した目標の通りに、物事が展開することは意外に少ないのだが、当初の想いが幾らかでも実現しているのが嬉しいのである。

レ―サ―レプリカのようなバイク全盛期に、走らせるところがなくて『峠族』と言われた人たちのために、と思って思い立った。

そのころは、サーキットはどこも一般の人たちの走行は出来なかった時代であった。

 

昨日のブログのアクセスに、

こちらのブログからのものが幾つかあった

『いつもお世話になっているSPA直入の立ち上げの物語のページが有った。

SPA直入は、始まって20年以上になるのだか最初の頃の思いが今でも続いているようです。』

 

故岩崎茂樹くんと二人で、いろいろ考えながら造ったサーキットである。

5回にわたってブログに、纏めたものを、こんな形で紹介して頂いている。

こんなことになると、ほんとに、『ハコモノ』も造っておいてよかったと思うものである。

 

kAZE の機関誌を見て、改めてそんなことを思った。

 

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ホリエモン、堀江貴文

2011-04-27 06:04:40 | 発想$感想

★ ホリエモン、堀江貴文さんは、『徹底抗戦』などと言う本なども書いて、検察と戦ってきたが、

とうとう、

実刑確定になったと言うニュースが流れた

『堀江被告は、2004年9月期の連結決算で53億円を粉飾したなどとして起訴されました。堀江被告は「検察による国策捜査だ」などとして無罪を主張しましたが、1、2審は懲役2年6カ月の実刑判決でした。弁護側は「わずか53億円の粉飾で実刑とするのは不公平だ」などと判決を不服として上告していましたが、最高裁は25日付で退ける決定をしました。堀江被告の実刑が確定し、近く収監されることになります。』 と述べている。

なぜ実刑に? 『反省がない』と言うのも、その理由の一つの様である。本人はそんな検察が言うようなことはしていない、と言っているのだから、『徹底抗戦』はあっても、反省など、そのカケラもないのである。

鈴木ムネオさんも、ホリエモンも、検察に調べられた時期が悪かった。今ならまた違う判決が出たかも知れない。

 

★ ホリエモンについては、徹底して嫌う人も多いのだが、

私はどちらかと言うと好きな方である。

ベンチャービジネスから、ライブドアをあそこまで持っていった手腕は、タダモノではできない芸当である。

株の売り買いなどしたことはなかったのだが、全盛期のライブドアの株だけは買ってみたらどんどん上がるので7000株まで増やしたところで、事件が起こった。殆ど紙切れ同然の株になってしまったが、何もせずにそのまま今も持っている。

記念品のような感覚なのである。 株で損をしたのもこれだけなのだが、別に自分で判断して買った株だから、仕方がないのだと思っている。

堀江貴文に対する観方も、以前と殆ど変っていない。 どちらかというと、好きな方である。

 

★昨日、ニュースが流れてから、『堀江貴文』で検索すると、

こんなYou Tube があったので、暇にまかせて片っ端から聞いてみた

 

最初のものは、まだ若いころの、元気のよかったころのものである。

マスコミが持ちあげすぎて、日本の経済界も、検察などもやっかみ半分で、潰してしまったと、『田原総一朗』はどちらかと言うと弁護側である。

彼が言っているように、財界のおじさん方は、ベンチャーなど新しいところがのさばってくると直ぐ『品位がない』などと言って、育てるよりは潰す方に動いてしまうのである。

アメリカのように、ベンチャーをおおらかに迎え入れ、育てていこうとする『おおらかさ』に欠けるのである。

そんな先頭に立っていたのが、今はちょっとボロかすに言われている東電のトップの人たちの同類項だったのだろう。

 

今回の東日本大震災への東電のトップの対応を見ていても、そんなに大した人物とも思わぬが、平穏無事に企業を維持するトップとしては十分なのである。

とてもでないが、ベンチャー企業を立ち上げたりする器量など持ち合わせてはいないのだと思う。

 

 

★他のインタビューでホリエモン本人が言っているが、『小沢一郎さんと一緒』で、『どうしても嫌い』と言う人たちが一定量いる。

それらの人の声が大きいので、実数よりも多くの人に嫌われている、と言う印象が強いのだろうと言っていた。

 

 

 ツイッターでも、ブログでもその人気は半端ではない。

ホリエモンに対する評価は、やはり『金の亡者』的なマスコミが創り上げた印象の方が強いのだろうか?

だけど、鈴木ムネオさんと一緒で、今回は2年とちょっと収監されることになってしまった。

当然、ツイッターもブログもダメだから、ツイッターなどどんな推移を示すのだろうか、興味、関心のあるところである。

 

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昭和49年(1974)41歳 企画部、経営の中枢にいた

2011-04-26 05:46:56 | 自分史

 

★ 世の中の状況がどんな時代であったのかはよく覚えていない。

不景気だと日記には書いているが、前年度から30%アップして、夏のボーナスは61万円、冬は70万円になっている。

毎年25%も30%も給料が上がる、今の時代には考えられない不景気である。

 

3月には、直接会社でお世話になった小野田滋郎さんのお兄さんの寛郎さんがルパング島で見つかって、3月12日に帰国している。

甲子園夏の大会に東海大相模が今の巨人監督原辰則が出場して人気であった年でもある。

 これは昨日撮った写真だが、

三木に家を新築して2年目、周りの造園もぼつぼつとやっていて、これはガレージなのだが、下は池にしている。 

この池をこの年の秋に造っているから、もう40年近くになる。。

多分、こんなガレージは、日本でも珍しいだろう。車が落ちないかと言う人もいるが、落ちるのはなかなか難しいはずである。

いまは睡蓮が新しい葉を見せ始めた。菖蒲もセリも植わっている。メダカもドジョウもエビも金魚もいる。

 

基本は何でもで 『差別化』 である。 何でも、ちょっと違ったところがないと気に入らないのである。

アイデアは私だが、造ってくれたのは、『庭師の藤本さん』である。 「造園屋ではない」のが自慢であった、この人も奇人変人の類であった。

 

★長男は小学校5年生だった。 4年のころまでは野球とサッカーの二本立てだったのだが何時のころからか進路をサッカーに絞ったようである。

私は子供の進路に口を出したことは一切ない。『勉強しろ』と言ったことも多分一度もない。

特に男の子は、自分で考えて、やりたい道を自分で選んで、進むべきだと思っている。

息子から、遊びの誘いはあっても、相談事など一度もない。 進学、就職、結婚みんな勝手に決めてしまった。

結婚式の日時は、『仏滅』 、 『なぜ?』と聞いたら、 『9月28日は誕生日だから』と言う答えが戻ってきた。

 

このころは、何故か三木はサッカーは結構盛んだったし、緑が丘町も小学校の先生など、なかなか熱心だった。

小学校の5年生のときには、東幡代表で県大会に出て優勝している。 緑が丘小学校の単独チームだったから大したものである。

この年から息子も、我が家のサッカー熱も、年々熱っぽさを増してゆくのである。

 

★会社では、企画部門を担当して、特約店制度をはじめ経営全般の旗を振る立場になった。

当時の田中社長に重用して頂いて、殆どの重要事項に関与した。

この年、川重から出向していた、西さんや、北村、野田、岩崎の諸君が川重に戻ってしまったので、余計に独りで背負うような状況に追い込まれたのである。

経営数値そのものは、不況とは言いながら、Z2の国内販売2年目で造れば売れた状況だったから、損益問題はそんなに気にすることはなかったのである。

むしろ、将来対策の構造問題を熱心にやっていた。

A,B,Cプロジェクトというのがあって、

A は東京を中心とする首都圏対策問題、これが中心課題であった。

B は、部品倉庫を明石一つに絞って、宅急便で全国配送しようと言うもので、このころはでは全国でも珍しかった方式である。

C は業界全体の課題となった安全運転対策 の3っであった。

今も、付き合っている平井稔男さんはこの年大阪母店長から、安全運転に異動している。

安全運転については当時の川重の谷岡本部長、今井副本部長に直接答申して決済を受けた組織で、確か初代の安全運転本部長は堀江さんだったと思う。

 

★まだカワサキの世界の市場はアメリカと国内の二つだけの時代で、世界への進出特にヨーロッパが検討されている時代である。

4月には、All Over Commity という会議を当時のアメリカの社長浜脇さんが主宰して、アメリカ人のマセックなどを引き連れて、明石で開催された。

本部長以下出席の会議だが、全部英語でやると言うのである。

国内からは『お前が出ろ』と言われて、これには流石に参ってしまった。

国内の市場戦略などを喋れと言うのだが、とてもできないので、

後輩のアメリカに行っていた渡辺君に、『私は国内担当ですから、ちょっと通訳してくれ』と頼んで私だけ日本語でやったのを思い出す。

 

みんな幾らか、英語はしゃべれても、そんなに大したことはないので、

浜脇さんに、『何かご意見は?』と言われても、こちらのエライさんから発言もなく、大体アメリカの言う通りにみんな決まってしまったのである。

当時のアメリカの方針は、『現地化』であったから、カワサキの商品企画なども、みんなアメリカ主導でだったそんな時代であった。

 

★ 未だ41歳の若手だったが、国内販社の経営の中枢にいた。

でも考えてみると、最近は30代の市長さんも20代の市会議員もいる。

明治の人たちも若くて立派だった。

戦国時代は、若くても『殿様は殿さま』だったのである。

 

年を取り経験を積まぬと、ちゃんとした判断が出来ないなどと言うのは間違っていると思う。

当時の日記を読み返してみても、今よりもちゃんとしたことを書いている。

人間、ちょっと背伸びして歩く方がいいのかも知れないと思っている。

 

★この年の2月にゴルフのセットを買ってゴルフを始めている。

今と違って、ちゃんと練習しなければコースに出てはいけないと、言われていた時代である。

それをまともに受けて、熱心に練習場に通っている。

毎週、毎週 練習場に通っているが、なかなか上手くいっていない。

 

半年経って、10月に初ラウンド。

ワンハーフを回って、社長とお客さんと一緒のゴルフだったこともあり、ワンラウンドは何が何だか分からず、OKと言われるので『5』と言うと『6』だと仰る。

OKと言うから、『入ったことにしてやる』と言うことだと思っていたら、『その次は入ったことにする』と言うことに気がつかず、なぜ数が違うのかとばかり思っていた。

初ラウンドのスコアは64-65-54と記録されている。まあ、そこそこで廻れたのは、半年の練習の成果だったのかも知れない。

 

 

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笑顔いっぱいの ON ANY SANDA

2011-04-25 06:00:26 | M/Cレース

★今年初めての ON ANY SANDA

先日の『カワサキの想い出、そして未来』のメンバーがいっぱいで、

さらにここの常連たちも集まって笑顔いっぱいの ON ANY SANDA であった。

 

 Mr.モトクロス山本 隆 motoyrs_spl 東京から毎回参戦の加園さん、もう出発されている事だろう。今回豊橋からも昔の友人パールホワイトの古田君が応援に来てくれる事になった。彼もF21Mで活躍した有名なライダーである。さらに新潟からも、元我が弟子の嘉瀬君が応援に駆けつけてくれる、ありがたいことだ。

今回は、いつものBSAに加えて、赤いタンクのF21Mを持ち込んで張りきっている60おじさん、山本隆君のツイッターだが、

左が嘉瀬さん、右が古田さん、そして平井稔男さんである。

これは貴島さん。

先日の『カワサキの想い出、そして未来』でのチャリテイオークションでも、いっぱい御買い上げ頂いた。

そして、ホ―リーイクイップの堀口さん

今日は主催ではなくて、ライダーとしての出場なのである。

私の腕に掛っているのは、加園さんから頂いたお土産。

 

その関東の加園さん、熱狂的な山本隆ファンである。

八王子ナンバーの車にマシン5台も積んでの参加である。

そして、三木アネックスパークのオ―ナ―山田さん

カバン屋さんも子供さんを連れての参加、山本ファンや名古屋からの常連のライダーさんとの記念写真、

これが新しく造った、F21M, ちょっと見えにくいが山本が肩にかけているのは、現役時代のクしタニ製のパンツとこれも現役時代の神戸木の実レーシングのヘルメット。

 

これはゴーグルも当時のものでの写真である。

 

★昨日の山本隆君、60おじさん、肝心のレースの方は、

BSAで走った午前中のレースも、午後一番のF21Mでのレースもともに結果は、ぶっちぎりのトップ走行だった。

そのレースでの写真。

 

レース前、マシンに乗ると普通の60おじさんからスターに一変する。

山本隆の周りだけファンが囲んでいる。

そしてレースでは1周目からトップを独走、3周ぐらいまでは2位との差もあまりなかったが、

後1周では、完全なぶっちぎりの独走態勢だった。ちらっと見える3人目は、カワサキのファクトリーライダーだった立脇君。

レースが終わって握手しているのは、最初山本を猛烈に追っかけた、立脇チームのライダーとお互いの健闘をたたえていた。

F21Mを囲んで談笑する仲間たち、笑顔いっぱいの ON ANY SANDA だった。

 

★このF21M,整備が完全に出来なくて、クラッチがダメで押仕掛けでのスタートすると言う。

走ってしまえば、クラッチなくてもチェンジはできると、例の山本節で講釈していたが、午後のレースは用事があって見ることは出来なかったのだが、1位になったそうである。

もう67歳だと言うのになぜバイクだけははやいのだろう。

『コケないようなスピードで走って、他の人たちより早く走れたらいい』などと言っていたが、

どんな状態で写真を撮っても、綺麗な形でマシンに乗っているのは確かである。

 

大阪からの常連の人たちもいっぱいで、笑顔いっぱいの ON ANY SANDA  であった。

 

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スポーツの予想、津波の予想

2011-04-24 05:40:23 | スポーツ

 

★ 開幕の遅れていた、プロ野球も始まった。

恒例の優勝予想は、セントラルは阪神、パシフィックはソフトバンクを上げる評論家が多い。

毎年、予想はなかなかあたらないが、今年は特に阪神を優勝候補に挙げる人は多い。

その第一の理由が投手陣の安定感なのだろう。確かに野球はピッチャーがいいと試合が読める。

100試合以上もするのだから、投手陣の安定が一番頼りになるのはよく解る。

 

セントラルは何となく、阪神、巨人、中日が3強であると言うのは素人でも解るが、

パシフィックの場合は、テレビ放映も少ないのであまりよく解らない。

昨年優勝のロッテを最下位に挙げる予想もあってビックリする。 昨年大活躍の西岡が大リーグに、小林が阪神に移籍して、その補強が出来ていないのがその理由だと言う。

星野が監督になり、大リーグ帰りの松井など補強もできて岩隈も戻ってきた楽天がどんなことになるのか。

 

日ハムに入った斎藤は、大方の人が通用しないと思っていたのだろうが、新人投手でトップに1勝を挙げた。

やはり甲子園の、神宮の優勝投手は、実力以上の何かを持っているのかも知れない。果たして何勝するのだろうか?

10勝? 無理と言う人が多いが 、今日登板である。 今日で2勝目を挙げたりすると可能性大有りである。

 

★ Jリーグも始まった。 サッカーは野球以上に予想は難しい。

リーグ戦の予想も、一試合ごとも、なかなか難しい。

昨日も、川崎ー仙台戦を見ていたが、

メンバーから言っても川崎が有利で、1-0とリードしていたのに、後半立て続けに2点を取って逆転した。

その2点とも、普通ならなかなか入らないような得点だった。これも多分予想外の結果だろう。

 

ゴルフの賞金王は誰になるのだろう。

こんなスポーツの予想は、当たっても当たらなくても、

当たれば喜こび、外れたら残念と言っていればいいのだが、同じ予想でも、地震や津波の予想は、これは外れたら大変なのである。

 

★ 今回の東日本大地震は、地震の大きさも、特に津波の波の高さは完全に想定外、予想を完全に間違ったのである。

これは評論家や予想屋がその想定を間違ったのではなくて、

東京大学の学者やその筋の専門家が間違ったのだから、『単に想定外』などと言って貰ったら困るのである。

その結果、どれだけの人が悲惨な影響を受けたし、これからも長く影響を受けようとしているのである。

 

民間のテレビ番組などでは、いろいろその問題を取り上げているが、

なぜ、予想できなかったのか?

と言うことに対しては確りとした、公式の総括をしなければならないのではと思う。

 などと書いていたら今朝の朝日に東電は『想定外津浪50年以内に10%』などと書いてある。

解っていても、平時には対策などできないものである。

 

★ 昨日の夕刊には、大阪湾の津波対策について、書かれていた。

全くの素人の発想だが、大阪湾や東京湾などでは自然の防波堤のような地形があるので、今回のような『あんな高さの津波などは来ない』と思ってしまうのだが、

もしあんなのが来たら、三陸海岸などと違って阪神間は完全にやられてしまう。山も高台もないので専ら高層ビルに逃げるしかないのだろう。

大阪湾のどこに防潮堤などあるのかと思っていたが、新聞によると、岬町から兵庫の方まで一応はあることが解ったが、今後見直す計画のようである。

 

今回の災害で、日本の防災計画が改めて考えなおされることはいいことである。

ただ、原発と違って100%完璧を期すのは、費用などの点で難しいのかも知れない。

 

 

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カワサキワールド ミニ鉄道フェスタ

2011-04-23 06:00:30 | カワサキワールド

 

★ 「ひょこむ」 の中に 『カワサキワールド』 という コミユニテイ を立ち上げたのは私です。

そして、そこには84名ものこんなメンバーが参加しているのですが

最近はすっかりサボッテしまって、専ら

カワサキワールドのほんとの担当者の『ぼけちん』さんが、専門で引き継いでくれています。

 

今回も、来月、5月21、22日の2日間にわたって、『ミニ鉄道フェスタ』が開かれます。

 

★このイベントも、一番最初は、

福井昇君と起案して、神戸市に場所の提供をお願いに行ったところから始まったのですが、

もう今年で何年目になるのでしょうか、すっかりカワサキワールドの恒例の行事に定着しました。

 

神戸市に一緒に、場所のお願いに行って頂いたのは、当時はまだ川重会長だった田崎さんです。

そして、一番最初のイベントは、メリケンパークではなくて、神戸市推薦の神戸フルーツフラワーパークでした。

そして、そこでお世話になった、『ぼっけもんの修さん』は、今回神戸市の観光局に異動になったりしています。

もう、今年で4年目になるのでしょうか。

 

★ 我が家に、『ぼけちん』さんから、カワサキワールドの招待券つきで、こんなチラシが送られてきました。

最近は、ツイッターなどの情報発信力も半端ではなくて、もうすぐ15万人にもなりますので、いろんなところの広報発信のお手伝いをしています。

このイベントも、まだ時間的に余裕もありますので、ツイッターでは何回かに分けて広報してみようと思います。

 

 

 

 ★ 『全長500メートルの線路だよ』 とチラシに書いてありますが、

この線路がイベントの一つの核なのですが、この線路の担当はどなたか、ご存知ですか?

 

バイクマニアでもあるのですが、それ以上に鉄道マニアで、現在のカワサキの技術本部の商品企画担当部長の古橋賢一さんです。

こんな雑誌によく出てくるこの人ですよ。

カワサキのバイクファンの方、古橋さんと話したかったら、この日に神戸のメリケンパークに来たら、古橋さんの運転するミニSLにのs出て貰って、その上バイクの話が聞けるかも。

 

 

 ★ 5月の21,22日まではまだ先だなと言う方は、

5月4、5日には、三木のグリーンピア三木でも、ミニSL フェスタは行われます。

 

そして、これはもう秋ですが、10月2日には、

『三木さんさん祭り』でも、やることになっています。

 

そのいずれも、線路は古橋さんの担当です。

 

★それは兎も角、カワサキワールドには是非、お越しください。

カワサキワールドに入場されますと、乗車券が貰えます。

カワサキワールド、これもまたなかなかのものです。

初めての方は、殆ど、ビックリされます。

バイクだけではなく、いろんな乗りものがいっぱいです。

 

 

 

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日本の原発 雑感

2011-04-22 05:16:02 | 発想$感想

★ 連日、福島原発のニュースが流れるが、初めて聞くような単位の数字ばかりが先行したり、今度は突如として計画避難地域の設定である。

大問題であると言うことはよく解るのだが、今後どうなるのか?

どうすればいいのか、素人にはさっぱり解らないのである。

今回の地震で、被災を受けた日本人に対する評価は上がったのだが、政府の対応については、世界でももう一つのようである。

災害が起こればこんなに大変なことになる『原発』について今後日本人はどんな反応を示すことになるのだろうか?

 

★関西も当然、原発の恩恵には預かっているのだろうが、地図で見る限りは、原子力発電所の立地からは遠く、一番安全な位置にある。

福島原発の現状を見ていると、近くに発電所があるところは、心配になるのは当然なのである。

 

下の資料が、現在正しいかどうかはよく解らぬが、検索したら出てきた資料である。

 

『現在日本には、北は北海道から南は鹿児島県まで、13道県に17か所の原子力発電所があり、54基・4884.7万kWの発電用原子炉が運転、日本の電力の約3割を賄っています。

原子力発電所の立地地点の地図は以下のとおりです。』

 

 

 

★ 『日本の原子力発電の現状』というこんな資料もあった

最終更新日が2011年3月1日となっているので、東日本大地震直前のデータ―と言うことになる。

日本の原子力発電の現状 (2010年5月現在)
  基数 出力 内訳
運転中 54基 4884.7万kW BWR 30基・2856.9万kW、PWR 24基・2027.8万kW
建設中 3基 303.6万kW ABWR 2基、FBR 1基
計画中 10基 1356.2万kW ABWR 7基、APWR 2基、BWR 1基
閉鎖済み 5基 172.3万kW ATR 1基、GCR 1基、BWR 3基(JPDR-IIを含む)

運転中が54基でこの中に、福島原発も入っていたことになる。

 

★ 素人の単純な疑問を並べてみる。

日々発生する原発関係のニュースのほかに、今直接福島原発の危険に関係のない地域の人も沢山いるのだから、、もっと一般的な、長期的な観点からの政府見解とか、大きな方向を総理は語れないのだろうか? そんな『方向性が示されない』から何となく不安なのである。

● 福島原発があんな状況になったのは、地震が原因なのか? 津波が原因なのか?

● 女川原発は、なぜ大丈夫だったのか? 大丈夫でないのか?

● 女川原発は、いま動いているのか?  動いていないとすれば再開できるのか、できないのか?

● 福島原発は、再開は見込みなしなのか? 幾らかでも再開の見通しがあるのか?    

● なぜ、立地はみんな海の横なのか?  についてはこんなことらしい。

原発は(火力発電もそうですが)膨大な冷却水を必要とします(およそ発生熱量の半分)
100万KWクラスの冷却水は簡単には供給できません
また冷却水の冷却前後の温度差を大きくすることは環境への影響が大きいですから、温度差はあまり取れません、そのために水量が必要になります
それを供給できるようにするには、海岸に設置し海水を使用するのが最も適切なのです
かなり大きい川でも冷却排水が熱湯になるくらいの規模になります

● すぐには結論は出ないのだろうが、日本のエネルギー問題をどう考えるのか? それを菅さんが考えて大丈夫か?

 

★ もし津波が危ないのなら、東京湾の内側のような立地がいいのだろうが、なかなか建設が進まないだろう。

いずれにしても、こんな事では今後、原発の建設は難しいのだろう。

日本のエネルギー政策を基本的に見直す方がいいように思う。

 

何処かのテレビでやっていたが、『原発利権』と言うようなのがあったのは、間違いないように思う。

そういう意味で、東大の先生や、東電の半官僚のような人たちの所謂『専門家』が問題だったのだろう。

 

お金だけの問題で済むようなものならまだ許されるが、人間の生命にも関わるようなことだから、これを機に本当に抜本的な見直しをすべきなのだろう。

日本人は、ちゃんといい方向を見つけ出すものと信じている。

 

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今年のON ANY SANDAと・・・・

2011-04-21 05:24:56 | M/Cレース

★ 今年もON ANY SANDA の時期になった。先日は関東の加園さんからもメールでお誘いがあったりした。

例年盛り上がりを見せるON ANY SANDA だが、今年はまた格別のような気もする。 

昨日のブログに貴島さんからご案内のコメントも届いた。

貴島さんは、ON ANY SANDAでは、立脇君のマシンファクトリマシンを並べたり、オークションでいっぱい有名人の提供グッズを買って帰った人でもある。

 

3月に『カワサキの想い出、そして未来』で出会ったこんな人たちにも、また出会え楽しみがある。

ON ANY SANDA の舞台、三木アネックスパークの山田さんにも、またお会い出来る。

 

★つい先日、突然我が家に河本さんがご子息とキャベツを持って訪ねて下さった。

私は解らなかったのだが、先日の『カワサキの想い出、そして未来』にもご一緒だったと言う。

『今度のON ANY SANDA 行かれますか?』 というお話だったし、山本隆君のこともよくご存じだった。

 聞いててみたら、平井稔男さんの安全運転コース関連なのである。

その平井さんも勿論来るし、

先日このブログにアップした歳森康師君も来るらしい。

野宮くんも来るだろうしホ―リ―エクイップの堀口さんとも、今度はゆっくり話をしてみたい。

 

★ 昨日、アメリカから帰ったばかりのカバン屋さんに会ったら、こちらもどなたかに誘われているので子供さんを連れて行かれるそうである。

アメリカでは、月木さんの娘さんご夫婦?に会われたとか、

ジェットスキーの世界チャンピオン金森稔君にも会ったとか言われていた。

 

金森稔君と言えば、元は月木レーシングの出身で、二輪のレースライダーなのである

彼をカワサキに連れてきたのは、平井稔男さんで、

二輪のテストライダーであったのを、ジェットスキーに連れてきて乗せたのは、福井昇君だと思う。

ソウルのオリンピック委員会から招待された開会式当日のデモンストレーションにも、私もその団長でみんなと一緒に参加した。

 

その平井君も、福井君もいまNPO の理事さんで手伝ってくれている。

みんなそのころからのお付き合いなのである。

 

それはそうと、カバン屋さん、今度はハーレーを何か扱われるようである。

アメリカで『安いハーレーがあったので仕込んできた』などと言っていた。

安いと言っても100万円以上は当然ながらするのである。

何事も勉強家で、ハーレーをやるとなると、『ヤフーオークション』で、ハ―レ―の本をダンボールで二箱も買っていた。

 

確か60おじさん、山本隆君はハーレー嫌いだが、僚友の歳森師君はハーレー派である。

カバン屋さんのハ―レ―商売どんなことになるのか楽しみである。

 

★その山本隆君、今回のON ANY SANDA では、この赤いタンクのF21M で走るらしい。

赤いタンクも懐かしいし、当時のカワサキのエンブレムもいい。

こんな経緯で、このマシンを製作したようだ

山本ファンが沢山コメントを寄せている。

『1968年発表の市販レーサーで、エンジンベースはB-1L、125ccがベースですが、238cc28Hpにアップされています。
工場レーサーは250cc目一杯アップしていました。
チャンバーは左サイドが標準ですが、ダウンやらセンター中通しなど色々仕様が有りました。』

と60おじさんは得意の講釈をたれている。

 

60おじさんのブログのすぐ前の記事は、『カワサキの想い出、そして未来』当日のことで、弟分、星野一義と一緒に出てきている。

星野はカワサキの記念車の展示の中に、この赤いタンクのF21Mがないことを非常に残念がっていた。

今年は、春からいろいろあった。

 

このON ANY SANDA でまた何かが起こるかも知れない。

そんな可能性のある、夢のある連中がいっぱい集まる。

 

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トク―トラベル

2011-04-20 05:57:19 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

 

★ 『トク―トラベル』とか 『トク―!トラベル』 と言って、どのくらいの方がお解りになるのでしょうか?

この言葉、Googleの『急上昇ワードの』のトップに、昨日あたり躍り出た言葉です。

何のことかさっぱり分からなかったのですが、検索してそのホームページを見たら、

『お得なトラベル』『お得な旅行』だと言うことが解りました。

 

まずホームページをご覧になってください

『「トクー!市」や「マイナストクー!市」の中には、ペアで一泊6万円もする高級宿が109円で宿泊できるだけじゃなく、109円貰えるプランまであるんです。このサービスができるからこそ、広告代理店手数料を100%カットしたトクー!トラベルが人気なんです。』

などと言うコピーが並んでいます。

 

なぜそんなに安くできるのか?

安く泊まれる理由をこのように説明していますが

『旅行代理店の手数料のカットや、空き部屋を減らす事で、旅館やホテル×お客様の両方に満足してもらえる方法です。

ここまで価格を安くできる理由とは今までの旅行代理店がやってこなかったとあることに注目しました。
それは、お客様ではなく旅館やホテル側に立った販売です。

それを実現したのが、会員制システムです。

 

と書いています。

 

★非常に興味があったのは、このトータルシステムです。

現状の問題点を分析し、お客のニーズは勿論、旅館やホテル側から見た販売方法を会員制と言う大きなシステムで解決しているのです。

会員の数は何人と思われますか?

この数が可能になっているのは、ネットシステムだかららです。

会員数は、何処かに書いてありました、『100万人』だそうです。

会員制だから会費が必要です。

 

でも、その数が100万人もいれば、会費1円でも100万円です。

 

★このシステムを運営しているのは1998年設立の若い会社ですが、その発想が新鮮でいいなと思いました。

私は、非常に興味があったので、このほかいろいろ見たのですが、

興味、関心のある方は、より詳しくご覧になってください。

若い方なら勿論、会員になるのがお得だと思います。

NPO The Good Times も見習わねばと思っています。

 

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昭和48年(1973) 40歳になった、三木に住んだ、会社でも・・・・

2011-04-19 06:00:53 | 自分史

★ 昭和48年、40歳を迎えた。

自分の家を持ち、新しい土地三木の住人になった。

この年以来、三木に住んでいる。それから38年経って、一生のうちで40年近く年一番長く住んだ町になっている。

その年が40才を迎えた年であったことは覚えていなかった。日記を読み返して改めてそうだったのかと、40才を認識したのである。

 

この年は、カワサキにとっても記念すべき年なのである。

名車と言われ、今でも人気のZ2が国内市場に発売されたのが、この年の3月なのである。

そして、国内の新販売網組織、『カワサキ特約店制度』がスタートした年でもあった。

この年を契機に、実用車のカワサキから、『大型車、スポーツ車のカワサキ』にイメージは一転したのである。

この年以降、国内市場の二輪販売の新ネットワークにカワサキは一定の影響を与える存在に生まれ変わったと言ってもいい。

そしてそれらの推進の原動力になったのは、Z2の商品力と、特約店の協力であったのである。特に船場モータースの岡田さんをはじめとする近畿のお店にはお世話になったと思っている。

世の中は、田中内閣の2年目、所謂『オイルショックのモノ不足』などもあって、「消費は美徳」といった世相が一転『電力節電』なども言われたりしたのである。

そんな昭和48年であった。

 

★ 三木市役所に住民登録をしたのは、1月13日のことである。

その時点、会社での担当地域が東京、名古屋、大阪と広範囲で、勤務地の本拠が大阪だったこともあって、引き越しをすぐにしたわけでもない。

荷物は三木の新居を訪ねるために、ボツボツと運んだりしながら、三木に移り住んだのは3月末のことなのである。

仙台に4年、大阪に2年、と明石を出てから6年間も外にいたので、会社も少しは考えてくれたのかも知れない。

この年の4月からは明石勤務となって、三木からの通勤が出来ることになったので、3月末に移り住んだのである。

まだ三木の緑が丘も今のような状況ではなくて、ポツンと新しい街が、旧い三木のまちと離れて出来たという感じだったと覚えている。

40年経つと世の中は変わるものである。

この年の日記に書いている、『30代~40代の若い人たちのまち』は間違いなく60代から70代の高齢者のまちに様相一転なのである。

 

★ 私自身は前年に続いて、会社の仕事は大変であった。

前年に大阪に続いて兵庫も名古屋北陸などの広範囲なテリトリーになって、さらに続いて東京地区もテリトリーになり、4月からは直接東京担当を指示されたのである。

東京出張の期間が長くなった。

販売店店頭への現場へも出向いて城東、城北、城南、城北の各地区を訪ねたし、多摩地区も歩いた。 何となく田舎かと思っていた多摩地区が素晴らしい都会であることもよく解った。なんでも現場を歩いてみることである。

東京に城東、城北、城南、城北とそれぞれの地区の名称をアタマにつけたカワサキ販売店や、当時日本一の大型車販売店北多摩モータースが君臨していた懐かしい時代であった。今のKMJの大江さんが、城北地区の担当セールスをしていて一緒に店を訪ねている。

会議などでは、威勢よくかっこいい東京の販売店も店で対面してみると、いろいろ悩みも持っていた。東京の店を知ったことは、その後の販売店政策に大いに参考になったのである。

大阪から始まった第一線の現場担当も、兵庫、名古屋、東京と太平洋メガロポリスの販売店を殆ど何とまくではわかたっところで、

この年の10月からは直営部の二輪担当は終わって、販売会社本社の管理部長を命じられ、直営部以外の全国販売会社を含めた特約店制度推進担当することになったのである。

この年、特約店制度はスタートしたばかりであり、Z2の発売もあって、東、名、阪の地域は何とか形は整ったが、その他の地域はまだ昔のままの販売店制度が敷かれていたのである。

 

★ 特約店制度と言うのは、いままで日本にはなかった『新しい販売ネットワークシステム』なのである。

相手もいることだし、そんなに簡単に出来たりはしないのだが、結果としてはこの制度は、その後何年か掛って、カワサキの全国展開のシステムとして完成した。

そんな途方もない仕事をこの年の10月からスタートさせている。

このような、創造的な仕事はなかなか難しいが、なかなか楽しいところもある。神経質な人には大変なのだろうが、いい加減なところがある私などには意外に向いていると思っている。

 

こんな仕事に必要なのは、『いい協力者』がMUST条件なのである。

この制度が成功したその協力者は、社内では『古石喜代司』君。 社外では船場モータースの『岡田博』社長

この二人がいなかったら、こんなにスムースな展開はしなかったろうと思っている。

特に岡田博さんにはお世話になった。 岡田さんはあちこちの特約店説明会に同行して頂いて、自らこの制度についての説明をして頂いたのである。

新しい制度を大阪で一緒に創り上げた仲間と言うより『同志としての動き』であったと思う。

メーカーの推進する政策を、販売店の立場にいながら、推し進めて頂いたことに改めて感謝したいと思っている。

 

★この年の、8月4、5日、琵琶湖のマキノ町で、2000人を集めたジャンボリーを開催している。

このジャンボリーも大阪と名古屋と、管内の特約店の協力で、大成功であった。

 

今年の3月4、5日の『カワサキの想い出、そして未来』を主宰した、平井稔男さんらと一緒にやった、当時としては画期的なイベントだった。

このジャンボリーに、『カワサキの想い出、そして未来』の司会コンビのはっぴえんどの森田さんとねこさんが、ユーザーとして参加したとはつい先日聴いたばかりである。

世の中、いろいろと繋がっているものである。

 

もう40年前のことなのだが、

考えてみると、今でもその延長で、そのころのメンバーたちと結構楽しんでいるのである。

そんな、昭和48年、私も40才まだ若く元気ハツラツだった。

 

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カワサキレース初代マネージャー、故川合寿一さんのこと

2011-04-18 05:47:35 | カワサキ単車の昔話

 

★ 先日、山本隆と、歳森康師というブログをアップしたら、

当ののご本人の60じさん、山本隆君からこんなコメントが届いたのである。

『カワサキMXライダー契約第1号の歳森から、広島テックでB-8MXが1台余ってるから乗って見ないかと言われて乗ったのが、最初でした。
私は、トーハツランペット50とヤマハ125で個人エントリーで行ってました。
神戸木の実には既にメンバーになっていた時でした。』

私も知らぬ話である。そんな昔のことが懐かしくて、久しぶりに、『カワサキ単車の昔話』と言うカテゴリーで、初代のレースマネージャー故川合寿一さんのことを書いてみたい。

 

★ 私が川崎航空機に入社したのは、昭和32年のことである。

学生時代、野球部にいた。

当時の川崎航空機には野球部はあったが硬式のチームではなかったのだが、軟式の野球チームがあって、そこで何年間か野球を楽しんだのだが、

そのマネージャーをしていたのが故川合寿一さんなのである。

そんなことで川合さんとは入社早々からのお付き合いなのである。

国内のバイクや、ジェットスキーの関係された方は、ご存じの方も多いと思うが、藤田孝明君も同じ年の入社で野球部だった。私と三遊間や1,2番コンビを組んでいたりしたのである。

川合寿一さんについては、旧いライダーの人たちはよくご存じだが、京都の方で当時も確か『京都あたりから明石に通っておられた。

喜怒哀楽のうちの『喜』と『哀』が特に激しくて、『勝てば喜び、負けたら哀しむ』のが川合さんの専売特許だったのである。

こんな性格は、レースのマネージャになってからも変わらなかったのである。

 

★当時は書類はみんな手書きで、大事な書類だけが、タイプライターで打たれて、謄写版という器械で1枚1枚刷り上げていたのだが、川合さんはそのタイプ室にいたのである。

昭和36年ごろになって、個別のタイプライターなどがだんだん社内でも一般的になって、タイプ室がなくなって、当時スタートしたばかりの単車営業に異動になり、同じグループになったのである。

川合寿一さんが、レースに関与することになったのは、

カワサキ初のモトクロスと言われている『青野ケ原のモトクロス』に出場することになって、川合寿一さんがそのマネージャー役を引き受けたのである。

青野ケ原のレースは、雨で防水対策の完璧であったカワサキだけが完走して、他車はみんな水で止まってしまったようである。その結果1位から6位までを独占すると言うカワサキ圧勝となったのである。

その時走ったライダーは、社内ライダーばかりで、契約ライダーなどいなかったのだが、大勝利でレース熱が一挙に盛り上がり、

関東では三橋実率いるカワサキコンバットと関西では神戸木ノ実の歳森康師と最初に契約したのだと思う。

川合寿一さんは営業の同じグループではあったが、レースでどんな契約をしていたのか、詳しいことは知らない。 そんなころ山本隆君も歳森に次いでカワサキに乗るようになったのだと思う。 どれくらいの契約内容だったのか? 全然知らない。

 

★ 当時の川合寿一さんは、チームを引き連れて、地方レースの勝てそうなところばかりを選んで出場していたようで、どこに行っても優勝カップを持ち帰ったので、みんなホントにカワサキは強いのだと信じて疑わなかったのである。

これも川合さんの勝てば喜び、負けたら哀しむ性のなせる技だったのかも知れない。

翌年春の全国の強豪が集まった相馬が原で行われた、MFJの第1回日本グランプリでは、6位までにも入れなかった、その程度の実力だったのだが、

 

航空機の技術者のエンジン技術が高かったのか、

車体を担当した名物メカニック故松尾勇さんのノウハウが生きたのか、

契約ライダーたちのライデング技術が進歩したのか、

その年の秋ごろには、ライバルメーカーに互角に戦えるようになったのである。

 

★そして、その翌年事件が起きた。

契約ライダーの、山本隆、歳森康師の二人が、起こしたBSとの仮契約問題である。

契約担当は川合寿一さんであった。『大変なことと』大騒ぎになって、ライダー契約の場に私も引っ張り出されることになったのである。

この事件は、片山義美さんが纏めてくれて、無事収まったのだが、

 

多分、BSの契約条件の中にあったのだろう。山本隆君が鈴鹿のジュニアロードレースに出ると言い出して、

当時会社では認められていなかったロードレースの世界に、会社には黙ってマシンを2台造って、こっそり出場したのである。

5月3日、鈴鹿の現場に行ったのは川合寿一さんである。

山本君が3位に入賞して、

私の自宅に5月の連休中に電報が届いた。

『ヤマ3、シオ8、セイコウ カワ』

川合寿一さんが打った電報である。

このとき、8位に入った北陸の塩本君もその後白衣シーサイドレースの練習中に事故で帰らぬ人となった。

 

★川合寿一さんは、モトクロスも、ロードレースも、

カワサキの初めてのレースに現場にいた、レースマネージャーである。

間違いなく、カワサキ初代のレースマネージャーなのだが、

この鈴鹿のジュニアロードレースが、川合さんの最後のレース現場かもしれない。

 

1ヶ月後にあった鈴鹿のアマチュア6時間耐久レースには、大西健治君と私で望んでいる。

多分、6月にオープンした明石営業所の初代所長として、異動されたのだと思う。

 

川合寿一さんも、次に現場マネージャーをしてくれた大西健治君も、さらにその次の岩崎茂樹君もみんな故人となってしまわれた。

当時のライダーでは豪快に走った梅津次郎もなくなってしまった。

ご冥福を祈るばかりである。

 

そんな、昔の話なのである。

もう50年近くも前のことだから、間違いなく昔話なのである。

 

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Takarabune チャリ―ティライブ

2011-04-17 06:18:36 | みっきぃふるさとふれあい公園

 

★ このところずっと、さるとるさんのブログは、このページがトップに現れるように設定されていた。

東日本大震災『Takarabune チャリ―ティライブ』と銘打ったイベントなのである。

主催は、吉川のいろんな団体が主催をされたり、三木のいろんな団体が協賛されたりしているが、

さるとるさん個人も、結構熱が入っていた。

e-音楽@みき も応援するようだし、

NPO 関連の繋がりもあって、ネットで応援だけはしていたのである。

 

昨日の朝は、行こうかどうしようか、迷っていたのだが、私の場合、大体迷った時はGOになるほうが普通である。

朝、よかたん温泉に行って、昼は吉川のラーメンを食って、

若し当日券が買えたら、行くことにしようと出かけたのである。

久しぶりに、家内同伴であった。

 

★ こんな舞台での音楽などは、結婚前の若いころに、宝塚やOSミュージックを観たぐらいで、それ以降、所謂『実演』など観たこともないのだが、

実際に見た宝船のアカペラは、なかなかのものだった。

会場となった吉川の公民館は満席で、もう少し遅かったら、多分入場できなかったのではないかと思う。

 

司会者として、スーツネクタイで登場したのが、『さるとる』さんだったのには驚いた。

三木若手アーテイスト応援団のメンバーとしてと言うことだったが、

そんなに詳しくは聞いてはいないが、この分だと

『仕掛け人』も、主催者の影の部分で動いたのも、さるとるさんであったことは間違いない。

満員の大盛況で、義援金もいっぱい集まって、よかったと思う。

 

写真禁止だったので、今朝の彼のブログから借りてきた。スタッフの女性の方たち、名前は解ららないのだが、会場で声をかけて下さった方がいる。

稲田さんも、小巻さんも、ひげじいさんも、来られていたとか・・・

 

 改めて e-音楽@みき を見たら

こんな風に記述されていた。

『・・・・・「私たちでもなにかできることを」と、三木市吉川町の「山田錦の館」におきまして、一連のチャリティーライブが行われます。

企画・立案は、さるとるさん。震災直後から大変な行動力で奔走され、その思いに共感する三木にゆかりのある音楽家が集まり、このような企画が実現しました。

さるとるさんの力に大きな拍手を送るとともに、「e-音楽@みき」でもぜひ協力をしたいと申し出ましたところ、このように名前を連ねさせていただくことになりました。ポスターのあったかいイラストは三木市出身のイラストレーター・こゆりさんによるものです。

このチャリティーライブの素晴らしいところは、1回きりで終わらせるのではなく、ずーっと続けて開催されることです。

音楽を愛し、被災地に思いを寄せる人は、ぜひともこの活動を支えるために力を寄せていただきたいと思います。

現在決定している内容は、以下のとおり。全て1:30開演、場所は山田錦の館ミュージアムです。

4/3(日) オンリーゆうチャリティーコンサート NPO法人ゆう工房
4/10(日) 詩桃チャリティーライブ 詩桃-UTA MOMO-
4/17(日) わらべ唄ロックチャリティーライブ 衣川亮輔
4/23(土) 太鼓~書のチャリティーライブ 太鼓唄 七海
アート書画 中西賀子
鼓鳥組、吉川太鼓

こんな中のメインイベントとしての企画なのだと思う。

 

★ 最近、つくづく思っているのが、『人の繋がり』や『ネットの仕組み』の有難さである。

上手に繋げば、そんなに大きな組織や予算など持たなくても、幾らでもいろんなことが出来る。

 

NPO The Good Times としても、今年の目標を 『新しい公共』と大きく掲げているが、

NPO自体は従来から言っているように、システムそのもので、主催など一切しないのである。然し会員さんのやることには、大いに協力したいと思っている。

 

さるとるさんは、NPO のアドバイザーだし、e-音楽@みき は団体会員さんだし、それを主宰する小巻さんは、4月からNPO  The Good Times の理事さんとして、手伝ってくれることになっている。

さるとるさんが提唱して、三木市長表彰を受けた『みっきいふるさとふれあい公園』構想は、今では肝心の三木市が忘れかけているのだが、三木市がやらなくても三木の心ある人たちと組んで、どんどん進めていきたいと思っている。これは私の目標の一つである。

 

よくいろんな催しや、選挙の決起集会なども、組織を上げて『人集めをする構図』が普通だったリしたが、あんなのはもう昔流なのだと思う。

そんなことしなくても、いい企画や、いいシステムがあれば幾らでもいろんなことが出来るのである。

行政が「NPOや団体などに支援金や補助金」を出してと言う構図もよくあるのだが、そんな仕組みが日本の『天下りの図式』に繋がっていくのである。

NPO The Good Times は、『支援金や義援金を出す』ことはあっても、決して行政や企業から『支援金や寄付金』を受けたりせずにやっていける『仕組み』に仕上がっている。

今後の展開は、行政や企業では出来ないレベルの『もっと広い範囲』の『もっと高質』な活動の展開をと思っている。

『新しい公共』と旗を挙げている所以なのである。

 

ちなみに、3月4,5日の両日行った『カワサキの想い出、そして未来』でも、全国から130人が集まって、200万円近くを集め、40万円のチャリテイ―オークションをUstreamで全国と同時展開し、三木社協に5万円の義援金を寄付したりしているのである。

『今までにない催し』と高評価してくれたのは、業界雑誌なのである。各誌大きなスペースを割いての記事となった。

3月6日、三木市緑が丘で行った『NPO The Good Timesのメンバーたちによる講演会』のご縁から、三木山森林公園と繋がって、NPOの団体会員としての具体的な活動が、既に始まろうとしているのである。

NPO もちょうど、3年目のスタートを切ろうとしている。

今年は、なかなかオモシロそうなのである。 『三木おもろいわ』なのである。

 

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社長とは?  総理とは? リーダーとは?

2011-04-16 07:04:23 | 発想$感想

 

★ 世の中に『長』と付く役職は多い。

町長、市長、所長、社長・・・・と いろいろあるが、みんな組織のトップでることに間違いない。

こういう役職の社長などは出来ても、ほんとのリーダーにはなかなかなれないのではと、最近思ったりしている。

社長などの人選をするときに、『リーダーの資質』など、そんなに大きなウエイトで考えていないのではないだろうか?

 

日本のタテ型社会、のお神輿経営的な組織環境の中では、特に大きな企業などでは、社長業などは誰でも務まるのではないかと思ってしまう。

もっと言えば、総理大臣でも務まるのではないかと、言えば言い過ぎであろうか?

TOPは別に何もしなくても、普通一般のことは問題なく処理出来てしまうほど、TOP を支える周りの組織人材などは確りしているのである。

国で言えば、日本の霞が関の官僚組織の実力は世界のトップクラスであることは間違いない。

 

★ 然しそれは、平穏無事な場合のことであって、今回の東日本大地震のような想定外のことが起こってしまうと、

これにトップとして対応されている

菅さんも、

東京電力の清水社長も、

どちらも、ヨコから見ているとどうも頼りなくて、至ってその『リーダーとしての評判』が悪いのである。

 

普通の平穏無事な時ならこんなにひどくも言われなかったのだろうが、『運が悪かった』と言わざるを得ない。

菅さんも、清水さんも、無能ではなく有能なのだろうが、

こんな時期のリーダーとしての資質はどうか? と言われたら、これはダメと言わざるを得ないように思うのである。

対応のどこがいいか悪いかの問題ではなくて、おやりになることや言動や態度が、『リーダーらしくない』のである。

 

★日本の社会では、いい大学を出て、あまり目立ったことはしなくても、ミスを犯さずにじっとしていたら企業でも、お役所でも、大体そこそこのところまでは行くものである。

能吏であるための、知識や、弁論はいるのだろうが、『リーダーの資質』などはあまり必要ないのだと思う。

政治家の場合も、サラリーマンとは違うと言っても、国会議員は当選回数がモノを言うようで、新人がトップになどは到底考えられない順送り、二世議員花盛りなのである。

 

『リーダーの資質』があるとすれば、どんな人?  と言われたら、

例えば『本田宗一郎』はそうだと思うし、

いろいろ言われるが、『田中角栄』もそうだろう。

大阪の『橋下徹』さんは、間違いなく、『リーダーの資質あり』 である。

これらは、ちょっと普通ではない『奇人変人の類』で、本田宗一郎がサラリーマンであったら、社長になれたかどうかは極めて疑問である。

 

★ もし、橋下徹さんが、総理だったら、間違いなく菅さんとは違った対応をしただろう。

 小沢一郎さんが、菅さんに文句をつけているらしいが、小沢さんでも今の菅さんのようなやり方にはなっていないと思うのである。

これらリーダーとしての資質とか、選び方が日本だけ世界に比して違うのではと思ってしまうのである。

 

大西 宏さんがそのブログで、東京電力の清水社長を評しているが

 『守りは鉄壁だけど、なにも説明しない罪』 と言っている。

大体、東京電力などと言う超優良企業の社長業などは、守りさえ鉄壁にしてさえいれば、他のことは何もしなくても安泰なのである。

何もしない方がいいのかも知れない。

 

★ 今回の対応は、日本だけでなく世界とも密接に繋がっているものである。日本の対応が世界に影響を与える。

 

今回の地震で、被害にあった日本人の態度には世界から驚きと賞讃が集まった。

世界に向かって胸が張れた。

 そんな日本人のリーダーとして、国民が世界に胸の張れる総理の対応であって欲しいのだが、・・・・

世界はどのように、それを見つめているのだろうか?

菅さんではダメだと言う声も出だしたりしているが、と言って後を誰が引き受けるのか?

 

 確かに、『お前ならどうする?』と言われたら、なかなか難しいが、『私ならこうする』と即座に言えるのが、『リーダー』なのだろう。

 

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