雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

スピーチ 雑感

2016-01-31 08:35:26 | 発想$感想

昨日は、神戸ベンチャー研究会15周年記念例会で、大学の先生方やベンチャー企業のリーダーたち10人以上がスピーチをされたのだが、その中の一人に選ばれたのである。

 

 

 

 自分の写真は撮れないのだが、仲間たちが撮ってくれて、Facebook にアップしてくれているのを頂戴した写真である。

 

  

 

   

 

 今回はこんなテーマでこんな内容のことを話したのだが、15分という持ち時間では、まさにさわりの部分しか話せないので、この各項目の全般については、別途2万字のこんなブログに纏めて金曜日の朝、アップしているのである。

      http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/0762ffb06c5c9ca6b2e260a1cc67327b

本当にこの会合に出席される何人の方が読まれるか解らないが、そうすることで中途半端に終わりたくなかった、自分の気持ちを割り切りたかったのである。でもFBで藤本喜子さんに「よく解った」と言って頂いて、ブログにアップしていてよかったと思った。

ブログにしておけば、いつでも見ることが出来るし、私自身の想い出にもなるのである。

 

★現役時代から、いろんなところで話をする機会があったのだが、話というのはどんな場合でも相手が居る。聞く人との協働作業だと言ってもいい。

二人での雑談、いろんな機会での挨拶、頼まれた講演、500人以上もいた販売店のミーテングなどいろいろだが、一番思い出に残っているのは、大庭社長時代に大庭さんに指示され川重の全役員の前で話した、マーケッテング論である。

そのあと開かれたパーティーで、皆さんにオモシロかったと褒められて非常に気分がよかったのを覚えている。大企業の役員さんなど、意外にマーケッテングの現場のことなど解っていないのである。

そんなこともあって私は川重始まって以来、事務屋としては初めての『技監』という職を頂いたのである。技監というのは、技術を極めた専門職の方の役職だったのに、大庭さん曰く『お前はマーケッテングは専門だから・・』と言って頂いた。

役員会などは、その対象の人たちが明確でそんな場で話すのは意外に簡単なのである。

それがどんな人なのかも解らずに、一方的に話をするのは私の性分は許さない。出来る限り聞く人をマーケッテングして、さらにその中のどの人に焦点を合すのか? 昨日も少なくとも話をされるスピーカーの人たちのことは、綿密に調べての出席だった。最近はネットで調べようと思うと何でも解るようになっている。

その上で、現場に行ってその雰囲気を感じ、且つ話し出してからの聴衆の態度などを感じながら話さないと対話にはならないのである。

居眠りをされたりしたら、これは対話にはならないから即刻話は止めるべきだと思っているのだが、幸いにそんなことは一度もない。結構ちゃんと聞いて頂けるのである。

昨日も、非常に解り難い内容の話だったはずだが、当方への真っ直ぐな視線を感じての話が出来たと、自分自身満足しているのである。

 

★今回のスピーカーの方たちは、どちらかというと講演はやり慣れている方が多く、スピーチのプロみたいな方が多かったのだが、既にどこかで話された旧い内容を、そのまま話される方も何人かおられて、これには正直がっかりした。

さらに言えば、私がネットで事前に調べた以上のものをスピーチで感じられることを期待したのだが、その逆の方もいて期待していただけに、がっかりしたスピーカー方もおられたのである。

時代はどんどん進み、状況もどんどん変わるのに、半年前の話の内容そのままは、聞く人に対して、極端に云えば失礼だと思った。ましてやここは『ベンチャー研究会』というネーミングの会のスピーチなのである。

最も新鮮な話の内容が、そこにないとダメだなと私自身はそう思っているのである。

そういう意味では、懇親会のほうは、なかなかよくて、大学の先生がたもそんな雰囲気は一切なくて、ホンネトークで終始通せたのである。

 

 

★神戸ベンチャー研究会や、大阪ベンチャー研究会への提言も、懇親会の席では結構ズケズケと申し上げたりしたのだが、どれくらい理解して頂いただろうか?

この神戸ベンチャー研究会のファウンダーで今は大阪ベンチャー会を主宰されている小西先生に『今回はよく解った』と仰って頂いたが、小西先生の前でお話するのは今回が3回目なのだが、新鮮なものを感じて頂いてよかった。私のブログも読んでみると仰っていただいたが、今後の動きがどうなるのか、見守っていきたいと思っている。

いろいろ言ってるが、トータルではいい会合であった。

昨夜もいろんな方たちとの出会いがあった。

また、新しい世界が、開けるかも知れない。

帰宅したら、既にFacebook にはいっぱい情報が流れていた。写真を使わせて頂いて、ありがとうございました。

 

私の『スピーチ雑感』である。

 

 

 

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入院先からの1日だけの外泊

2016-01-30 07:27:13 | 日常生活、園芸、バラ

家内が入院先の病院から、1日だけの外泊で戻ってきた。

先週あたりから、「一度帰る」と言っていたのだがその理由がやっと今朝解った。

目的は「髪のセット」で、40日以内に行けば髪を染める代金がだいぶ安くなるというのである。なる程考えたシステムである。前回戻ってきたのが年末だから2月の初めまでが40日の期限なのである。

 

前回戻ってきたときは、まだ車椅子で家の入口の階段を這って上がったりしたのだが、1ヶ月経つと「骨折」だからだんだんとよくなって、簡単に登れるように回復していた。

スーパーに行って買い物をすると、途端に主婦に戻って、買い物の内容もたった1日だけなのに、すべて自分の判断なのである。

 https://www.youtube.com/watch?v=YuUsg5gDoCA

この動画を Facebook にアップしたら、すぐアメリカの娘からSkypeで電話が掛かってきた。ホントに考えられないほど便利な世の中なのである。

 

我が家の分担は、長い間にちゃんと決まっていて、家の中のことはすべて家内の担当なのである。

食事、洗濯、レイアウトは勿論、通帳の管理、金の出し入れmんさど、一切私は関与しない。

私がやることは、運転免許を持たない家内の運転手をするだけで一切口を出さないことにしている。

従って家の中のことは、家内にとっては、家内流になっていないとオモシロくないのだろう。よくまあそんな細かいことまで気が付くものだと思うほど、いろいろと言う。

大したことではないので、私は一切反対などはしないのである。

 

入院といっても、骨折で2ヶ月も入院をしているのである。その間の家事一切を私が無難にやっているのだから、1日ぐらい任しておけばちゃんとやるのだが、家に戻ればそれは自分の守備範囲と思っている節がある。

こんなこと、いろいろ書いているが、家内はパソコンなど全然見ることも触ることもダメなので、大丈夫なのである。その点は上手くできていて、若しこの分野に強かったりしたら、とてものんびりとパソコンの前に座っているのは、ムツカシイだろう。

 

★もう少ししたら、病院まで送り届けることになっている。

朝のリハビリのトレーニングが始まるのである。

そんな病院生活も、最高10週間らしいから、あと1週間ぐらいで退院して戻ってくる。

10週間続いた「私の家事」もそれで終わりで、家内が戻ったら一切家の中のことは手伝わない。その日着る服まで、すべて家内が揃えてくれるので、その通りに動いているだけなのである。

 

忙しい1日が終わって、あと1週間ほどまた『独りの生活』が始まるのである。

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仕組みと情報発信と差別化 学

2016-01-29 05:23:57 | 私の生き方、考え方&意見

 

             

           

 

私の生き方、発想の原点

 

神戸ベンチャー研究会で、スピーカーを務めることになりました。

お話するテーマを『仕組みと情報発信と差別化』と気軽に申し上げたのですが、この会の主宰者である関西国際大学の松本茂樹先生が、先生のご判断で、その後ろに『学』と付けられたので俄然困ってしまっているのです

錚々たる大学の先生などがおられる席で『』を述べるのは厚かまし過ぎます。仕方がないので『私独特の雑学』レベルで、私の人生の経験の中で学んできた『私の生き方、発想の原点』などを率直に述べてみたいと思っているのです。

そんなことで上記のような項目を並べてみましたが、与えられた時間は15分なので、とても全部の項目を詳しくお話をすることは出来ません。ただ項目だけでも並べておけば、何となく、言おうとしていることだけはお分かり頂けるのではと思っているのです。

どんな場合でも、話とは常に話し相手がいるのですから、その場の雰囲気や状況が解った上で、原稿なしでぶっつけ本番のお話をすることにしているのです。

ご関心のある方は、事後でも事前でも、このブログの文章をお読み頂ければ『私の生き方、発想の原点』みたいなものをご理解頂ける一助になると思って、少々長くなるかも解りませんが、私の想いを纏めてみたいと思います。

それは、私の人生の生き方そのものでもあるのです。そして82才の今も尚、同じ生き方をしている積りなのです。

 

二輪事業は 世界展開の総合的な仕組み

私は1957年(昭和32年)に川崎航空機に入社し、1960年の二輪事業のスタートの時点から約40年間、二輪事業一筋に従事しました。二輪事業はカワサキにとっても初体験の新事業であったため、教えてくれる先輩などは皆無で、当時この分野を担当した若い人たちは、開発、生産、販売の各分野で現場における自らの体験から学んで身に付けていったのです

二輪車は生活必需品ではなくて、極めて趣味趣向性の高い商品なのです。冷蔵庫やテレビなどと違って公道を走りますし、レースやツーリングなど遊びやスポーツの要素も高いのです。

その販売方法は、セールスが売り歩いた4輪車などとは違って、世界中どの国でも『販売店=オートバイ屋』を通じて販売するネットワーク販売なのです。そして、そのネットワークの仕組みの質が直接販売に影響を与えます。

商品の開発―生産ー販売の各分野の仕組みに加えて、末端のユーザーを巻き込んだ遊びやスポーツさらにはレース、その舞台となるサーキット運営や、ユーザーの安全運転活動など、世界を舞台に壮大なトータルシステム、『仕組みの創造』が事業展開の大きな要素になるのです。

 

この二輪業界の先頭を走ったのはホンダで、それを引っ張った本田宗一郎さんの基本理念が二輪業界に大きな影響を与えています。

50ccのモペットを大量生産大量販売すべく創られた仕組みが5万店の自転車屋をネットワークした日本独特の委託販売制度です。技術力も資金力もない自転車屋でしたが、そんな委託販売制度でモペット100万台の販売が達成できたのです。そんなモペットが販売の中心の時代に世界GPに挑み、あの鈴鹿サーキットを創り上げています。

二輪ユーザーを満足させる壮大な仕組みをモペット全盛期に創り上げたのが本田宗一郎さんです。海外市場進出には、商社に頼る輸出ではなく自らが販売会社を設立して自ら販売する仕組みを創ったのは二輪が先駆者だと言ってもいいと思います。

当時の川崎航空機のメンバーは、エンジンは専門家でしたが、二輪車も販売も全く経験のない素人ばかりでしたが、こんな壮大な世界戦略のムツカシイ分野に若い人たちが飛び込んで挑戦したのです。さらに50ccを持たないカワサキ独自の仕組みの創造で対抗したといってもいいと思います。

それが国内市場では自転車屋ではない二輪専門店をネットワークした『特約店制度』であり、アメリカでは二輪に詳しいアメリカ人を重用した『現地主義』だったと言えるのでしょう。

 

目標はブランドイメージの高質化

このような特徴のある二輪事業において、ヒット商品とは、セールスの努力で生まれるようなものではなくて、末端の二輪ファンたちが競って選んでくれる商品だけが『ヒット商品』となり得るのです。一端ヒットすると『放っていてもどんどん売れる』のですが、必ず競合メーカーが、さらに『いいもの』を世に出すと、突然売れなくなったりする厳しい競争の世界なのです。

そこには、商品の優劣だけではなくて、メーカーに対する『ファン心理』が強烈に存在する商品ですから、二輪事業は『ブランドイメージの確立』こそが最終の目標になるのです。

そして『イメージ』は、他人の評価ですから、確りとした経営理念に基づいた継続した情報発信がない限り、それは実現しないのです。

一般に、継続した情報発信のない企業やグループは、『イメージ総量』が小さいし、もっと極端に言えば『イメージがない』のです。世の中では『イメージ』がなくても価格で売れたりする商品も存在はするのですが、『二輪車』はそんな本来のマーケッテングの分野が非常に大事な事業なのです。

 

かって日本の二輪業界は150社を超えるメーカーが乱立したのですが、厳しい競争に敗れてホンダ、スズキヤマハ、カワサキの4社に絞られたのです。

150社の中には三菱重工業、富士重工業、東発、ブリジストンなどの大企業もいたのですが、そのメーカー体質では、ホンダ、スズキ、ヤマハのマーケット戦略や、談合体質など微塵もない厳しい競争に追随できなかった歴史なのです。

その中で、なぜカワサキだけが残ったのか?

私個人の見解ですが、

それは、国内では川崎航空機の人ではなくて、メイハツ、メグロの人たちが販売分野を主として担当してくれたこと、『中大型スポーツ車』中心の差別化戦略を取ったこと、アメリカ市場を引っ張った浜脇洋二さんの強烈なリーダーシップで販売会社、R&D, 工場』という他社に先駆けた総合的な仕組みの展開があったからだと言えるのでしょう。

アメリカ市場に本格的な工場進出したのは、カワサキが最初で、それに続いたのがホンダです。トヨタなど4輪はずっとあとの時代のことなのです。そういう意味ではカワサキは、自動車工業会のアメリカへの工場進出の先駆者とも言えるのです。浜脇洋二さんはそんな功績を認められて、二輪業界からは本田宗一郎、鈴木修さんなどが名を連ねている『日本自動車殿堂入り』2014年に果たされたのです。

 

私自身も広告宣伝ファクトリーレース、販売第1線のマーケッテング分野を担当はしましたがまだ20代の若さでしたし、浜脇さんですら30代前半の新任課長時代だったのです。当時の川崎航空機の二輪担当のメンバーはみんな若い連中ばかりでした。

当時私が事務局を担当したレース運営委員会は、後の川崎重工業の経営を支えた、田崎雅元社長(1年後輩)山田熙明高橋鐵郎副社長、Z1開発責任者であり、ガスタービン事業の推進者の大槻幸雄常務などのメンバーが出たのも、当時の経験が大いに寄与しているのだと思います。

 

目指した理念から

カワサキの二輪事業展開の理念は、1975年、アメリカ英語で創られました。

それが  Kawasaki .  Let the good times roll !  なのです。

正規の日本語訳は無いのですが、

Kawsaki に出会う人たちがハッピーになるような活動をカワサキは展開し続けます』というような意味なのです。

このコンセプトはその後消え失せていたのですが、1990年代前半、私が国内を担当をしていたときに国内市場で復活し、当時の高橋鐡郎事業本部長がカワサキの二輪事業のコンセプトとして全世界に展開されたのです。

 

CSとは 顧客の満足

カワサキ時代の基本的な考え方の中で特徴的なのが『CS 顧客満足』があります。

日本での『CSのC』は Customer が一般的で各企業は何の疑いもなく Customer Satisfaction と言っています。Customer は間違いなく顧客なのですが、その顧客は『取引先』であって、末端ユーザーを指しているものではありません。

1990年代カワサキの販社にも『CS推進部』という組織がありましたが、そのCは明確に末端のユーザーを意識したConsumer Satisfaction だったのです。

勿論、Costomer に当たる顧客は取引先である販売店なのですが、あくまでもConsumer=二輪ユーザーたちの満足を目標に施策を展開してきましたし、販売店はその目標を一緒に推進する仲間であるという位置づけを明確に持っての事業展開だったのです。

1990年代に私が国内市場担当時代に創ったカワサキのユザークラブKAZEは、現在も4メーカーの中で唯一継続されてます。カワサキ独特のCSの理念に基づいた確りとした仕組みの上に展開されたもので、最盛期の55000人の会員数はホンダさんの実質5倍というものでした。

 

広報活動

私自身が現役時代取り組んだ仕事は『仕組みの構築』と『ブランドイメージの創造』そしてもう一つの分野が『広報活動』であったと思っています。

広報』は読んで字のごとく広く報ずる、チラシを撒いたりする広告宣伝などの一方通行の活動と錯覚されているのが一般的です。広報部門の方でさえ『広報』を正確に理解されていないのが日本の現実なのです。

広報』とは戦後アメリカから日本にやってきた概念ですから、当然英語なのですが、広報は英語で何ですか?と質問してもすんなりと答えられる方は少ないのが現実です。

広報=PR です。それはPubulic Relations なのですが、それを何故か広報と訳したばっかりに、みんな解ったような気になっているのです。

Pubulic Relations  私なりに『社会におけるいい人間関係創り』だと思っています。その手段としてチラシを撒くこともあるのですが、関係創りですから一方通行ではダメで、それは双方向の情報発信であることがMUST なのです。

二輪事業においても販売店や、二輪ユーザーとの『いい人間関係創り』を創り上げるために上述のKAZEと言うユーザークラブを創って、5万人に対しての広報活動を展開してきました。それを専門的に扱う『遊びのソフト会社』株ケイ・スポーツ・システムを創っての本格的な対応だったのです。

当時、株ケイ・スポーツ・システムの活動は、川崎重工業という固い会社での活動だったので注目されて日経ビジネスなどにも取り上げられたりしたのです。当時、国内グループ7社は、自然に売れるトータルシステムを目指し、販売よりもその周辺分野の機能の高質化を目指しましたし、販売台数でも7万台の目標達成し、ホンダさんに、『1強3弱』と言って頂いたそんな時代だったのです。その当時のメイン車種は『西からの風』という意味のZEPHYRの時代ですし、ジェットスキーも7000台を記録した最高の時代でした。

 

以上のようなカワサキ時代の経験や、そこで得たソフトノウハウを基盤に、もっと端的に云えば、株ケイ、スポーツ・システムを現代のネット時代に合うようにより進化させて、NPO The Good Times の総合的な仕組みは創られ展開されているのです。

 

 

NPO The Good Times

 NPO 法人 The Good Times を2010年にかってのカワサキのメンバーと三木の人たちとで立ち上げました。カワサキの二輪事業のソフトノウハウと同時に、ネーミングも、活動の基本理念も受け継いで設立しているのです。

その本体であるNPO法人 The Good Times はまさに『仕組みシステムそのもの』であり、ネットをベースにした情報発信を軸に、末端の個人会員、団体会員をダイレクトに繋いだ世界展開のトータルシステムです。その仕組みそのものは、約5年で完成しました。

ブログ、ツイッター、Facebook、などを横に繋いで個人会員は世界に1万人のレベルに、公式ツイッターのフォロワーは50万人を越えました。その情報発信力は量的には地方紙と肩を並べるレベルです。

ネットベースの展開ですから、幾ら大きく展開しても一切費用は発生しません。そんな形が完成してNPO法人本体の通常経費0円の目標が達成し、世界で唯一の『経費0円』の差別化された法人が実現しています。

NPO The Good Times 本体は、仕組みの構築、広報支援活動が主体で本体自体は何もしません。Facebook やツイッターと基本的に同じなのです。それを使われる方が上手に使うと上手く機能するのです。

 

NPO The Good Times の活動は、一言で云えば『広報活動=社会におけるいい人間関係創り』なのです。その基本コンセプトは『異種、異質、異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』です。

活動のベースは、このコンセプトに共感された団体会員さんが集められた1万人の個人会員(入会金1000円)がベースです。1万人の入会金は1000万円にもなるのですが、本体のNPO法人は、ネットベースで経費0円の法人ですから、この入会金を規定に従って、会員を集めて頂いた団体会員さんにその活動資金として支援しているのです。

その支援率の規定は、最低10人に対して30%から始まって、1000人は60%、2000人は70%5000人は80%となっています。(詳細はホームページに記載)

目指す目標は設立以来『新しい公共』なのです。

行政の補助金などは一切当てにしない、むしろ共感して参加される団体会員さんに行政の補助金のような活動資金を支援する仕組み、それを『新しい公共』と言っています。

ネットベースですから当然世界展開、神戸もカリフォルニアも同じ隣町なのです。

 

 

このように本体のNPO The Good Times の仕組みは完成したので、2年前からは、より現場に近いところでの次の段階の仕組みの構築段階に入っているのです。

現実に展開しているのが次の3グループです。

●二輪関連を総括している World Good Riders Association (WGRA)

● アメリカで日本のお風呂の文化などの普及を目指す Ui (お湯を愛する、You & i、友愛)

 地域活性化プロジェクト 燦々SunSun (太陽のように光り輝く活動を)

 

燦々SunSun は、昨年1月にスタートしたばかりです。その中核で活動されているのが世話人の殿界寿子さんですが、世話人代表を松本茂樹先生にお願いしているのです。

そんな関係もあって、燦々SunSun のメンバーたちと神戸ベンチャー研究会は繋がっていて、『みき軍団』と言われるほど毎月の例会には出席をしているのです。

『異種、異質、異地域の方の繋がりのネットワーク』という意味では全く同じコンセプトなのです。

そんなこともあって、今年からは松本茂樹先生と殿界寿子さん、それに『緑が丘日曜マルシェ』や『水曜マルシェ』の実行委員長の向山信吾くんには、昨年末に、本体のNPO The Good Times の理事にも就任して頂いたので、神戸ベンチャー研究会との関係もより密接になるものと期待しています。

そんな意味も含めての

 神戸ベンチャー研究会への提言  は、会場でもし時間が許せば申し上げたいと思っているのですが、敢えてその項目を言うなら『情報発信力の強化』と『独自の仕組みの構築』だと思っているのです。

 

 

いろいろ書いてると20000字にもなってしまいましたました。果たして何人の方が最後まで読まれるかは解りませんが、全体を纏めることが出来て、私自身が大満足なのです。

まずこのような機会を与えて頂いた神戸ベンチャー研究会に感謝です。川崎重工業の二輪部門に感謝ですし、こんな仕組みの創造のきっかけを与えて頂いたホンダさん本田宗一郎さんに感謝です。

そして、こんな私自身の体験から生まれた発想を見事に文章で纏めて与えて頂いた現役時代からお付き合いのある服部吉伸さんに感謝です。

付録としてその服部吉伸先生の語録を付しておきます。

 

 

『これからの流通業』服部吉伸著
もう20年も前の私の現役時代の本だが、その中の文章から拾った言葉の幾つかである。
表現が非常に的確で、今でも間違いなく通用すると思っている。


流通業とは「自分の仮説の正当性を問うビジネスである。」
消費者の変化の本質を掴み、変化をどう自己の対策に置き換えるかと言うことが問われている。

 仕組みを造るのは、非常に高度な仕事である。仕組みを造らずに放たらかしの形にして、創意工夫してやりなさいというのは酷である。損なやり方である。

 システムとは手続き通りに仕事を進めてゆけば意図した目的が実現できる仕組みでなければならない。現在のシステムは単なるデーターのアウトプット体系に過ぎない。

システムによって組織が変わる。やがて販売最前線が力をつければ、現在の多段階の企業組織は短縮化ないしは簡素化される。極端に言えば二段階妥協しても三段階に簡素化すべきである。

何が企業を変革するのか。それは企業コンセプトである。
企業コンセプトを見直し再提起しなければ第二次創業とはならない。
従って企業コンセプトは方針戦略より上位の概念である。

カウンタービジネスは新業態を生む可能性が強い。売り場をなくすという発想を前提にすれば多くのことが変革されるはずである。無在庫経営、このことは無在庫経営ノウハウとシステムの裏づけが必要とされる。やがて小売店から売り場がなくなりカウンター化される時代が来ることを予言しておこう。

業革の特徴は「トップが身をのりだして」「組織をあげて」『社運をかけて」「思想価値観を統一して」「目的を明確にして」「方法論を確立し」「予算措置を講じ」「徹底して実行する」という常識と定石の徹底が「良識を生む」のである。

意識改革のできるのは、一部の極めて優秀な人に限られ指導者の能力の一つである。意識改革を行えと言うだけでは、マジョリテイに対する意識改革は出来ない。
マジョリテイに対する意識改革、それは仕事のやり方を変化させることである。
そして成功が意識改革の元である。

通用する発想とは正しく現状を捉え説得力があり、やがて多くの人の賛同を得られる考え方を指している。
ここでやがてという言葉を使っているのは、正しい考え方が最初から多数派である筈がないからである。

リストラの基本の部分に人の尊重という考え方がなければそこに働く人の心を動かし大きな改革を成し遂げることは出来ないと断言しておこう。

世の中には原因のある問題と原因のない問題の二つがある
原因のある問題は、原因の追究、把握、対策と言う思考ステップで課題を解決する。原因のある問題の解決に必要な能力は創造力と呼ばない。創造力の源泉はアイデアであり思考ステップの特徴は「絞り込んで考え続けるというところにある。』

 流通業には常識のウソが多い。

 これからの小売業、如何に組織が大きくても如何に図体が大きくても、お店を幾つもっても、すべからく専門店でなければならない。既に小売店の変化の方向は明確になっているのだ。

 顧客の組織化にはデーターベースを活用した新しいマーケッテングを展開することが重要である。データーベースを構築するにあたってはどのようなマーケッテングを展開したいかねい核になっていないと前に進まない。自分のしたいことを明確にする必要がある。

 人が自分の価値を発揮できる状態を造りださない限り、人はコストにしか見えないだろう。人はコストではなく」価値創造者である。

企業の文化が問われている。そしてどのような思想、考え方、価値観を持った企業なのかが問われている。「うちは慈善事業をやっているのではない』と言えば、そのような企業でしかないということだ。『利益に文化の香りがする』そんな企業になって貰いたい。

卸売業を営む一つの企業としてのリテールサポートが問われる時代になったのである。実に多くの卸売業が小売業に進出している。自分で小売業を営める能力を持つことがリテールサポートの原点である。

卸売業に物流とはシステムであるという認識が希薄である。物流問題は企業として解決すべきものであり、企業規模の大小ではなくトップの先見性と経営の熱意によってきまるのである。物流のシステム化の克服が多くの卸売業の将来を左右するだろう。

仕組みを造るのは、非常に高度な仕事である。仕組みを造らずに放たらかしの形にして、創意工夫してやりなさいというのは酷である。損なやり方である。システムとは手続き通りに仕事を進めてゆけば、意図した目的が実現できる仕組みでなければならない。

 

 

★燦々Sun Sun です。

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★毎日発行される NPO The Good Times 新聞です。

★50万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

 雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

 

 

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シャープ と 山口組

2016-01-28 08:30:24 | 発想$感想

我が家には3台のシャープのテレビがある。

ずっと以前は、ナショナルだったのに、シャープ全盛期のころに、みんなシャープに変わってしまった。何となくそうなるような勢いがシャープにあったのに、いまはこんなニュースが流れている。

 

        

 

 栄枯盛衰とは言うが、シャープも今は大変なようである。

 

★ 昨日の朝日の夕刊にこんなニュースが流れた。

 

  

 

紙面はびっくりするほどの大きな記事になっている。

  http://www.asahi.com/articles/ASJ1F4C9RJ1FPTIL00H.html?iref=comtop_6_01

これは、歓迎すべき傾向なのだろうが、時代の流れなのかなと思う。

 

  http://www.sankei.com/west/news/160127/wst1601270056-n1.html

こちらは産経のシャープ関係の記事だが、シャープの従業員がどんどん減っているという記事である。

人員減としては、シャープも山口組も同じ傾向なのだが、シャープの再建には海外のこんな企業が参画して、その再建策は国際化しているのである。  

 一方、シャープの再建に名乗りをあげる台湾・鴻(ホン)海(ハイ)精密工業はシャープに対して6250億円を出資して買収する案を提示。金額的には革新機構と鴻海の支援策はほぼ拮抗している

などとその国際化が報道されている。

 

★山口組員の減少は、それはそれでいいのだが、本当に暴力団関連の人たちは減っているのだろうか?

遊郭は無くなったが、売春が無くなったわけではない。

山口組の組員は減少したが、国際化して例えば中国人の暴力団的な人たちが増えて、トータルでは増えているなどというようなことにならなければいいのだが・・・

最近はどこでも外国人を見るのは不思議ではなくなった。

そういう意味では、国際化は趨勢だと思うのだが、暴力団の国際化などはご免こうむりたいものである。

取り越し苦労ならいいのだが・・・・

 

 

 

 

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三木 緑が丘を動かす人たち

2016-01-27 08:36:09 | 発想$感想

 

★今年、『三木の緑が丘を動かす人たち』は、こんな人たちがその核になるかも知れない。

 そう言いきってもそんなに間違いないだろう。

  

    

          

 

 この人たちの情報発信のネタ と その情報発信力が、半端ではないのである。

 情報発信のネタ としては

  『オオムギのこな』

  『水曜マルシェ、緑が丘日曜マルシェ』

 

 その情報源としては、Facebook やツイッターなどもあるのだが、

 そのブログ 『とのさま日記』 と 『しもじも日記』 その発信頻度が普通ではないのである。

 ニュースは、新聞に流れる時代は、もう過去のことで新聞より先に、Facebook などでは時々刻々新しいニュースが流れる。

 ただ、いまに時代でも、『記事の信頼度』は、やはり新聞が一番かも知れない。

 

★上の写真でご紹介した5人

 ● 垂井健さん   健康食品「オオムギのこな」を今年からは休耕地で栽培することから始めて商品化し緑が丘で販売する。

 ● 殿界寿子さん  もうあまり説明が要らぬほど、ネットの世界では有名人である。『とのさま日記』

 ● 藤本喜子さん  何故か三木が好き。今年は『rappot らぽーる』架け橋をスタート。『しもじも日記』

 ● 向山信吾くん  三木の本格的なうどん屋 土林水庵オーナー。『水曜マルシェ、緑が丘日曜マルシェ』実行委員長

 ● 大島光貴さん  神戸新聞三木版編集長 『みきトレインFAN CLUB』メンバー

   https://www.facebook.com/groups/1053687644641479/

 

  『みきトレインFAN CLUB』には、みなさんメンバーで参画でFacebook でも繋がっているのだが、

  昨年1月にスタートした地域活性化のプロジェクト燦々SunSun の中核メンバーでもある。

 

★ネットをベースの情報発信だが、Google や Yahoo がすぐフェアに評価してくれる。

 どんな評価なのかは、いろんな単語を検索されたら、或は画像検索されたら、すぐお解り頂けるだろう。

 このメンバーたち、まだ1年前後の繋がりで、今年こそ本格的に繋がっていくのだろう。

 特に 『とのさま日記』 と 『しもじも日記』には、三木の話題はいっぱいである。

   http://blog.goo.ne.jp/mikisanro-do0501/e/ee7a9c157c37da76bfe38b7cba16feed

   http://blog.goo.ne.jp/hayatakayuhi/e/3c4d0f0ff765cbb98c8bc407d11c905d

 

★ こんな人たちを、横に繋いでいるのは私だが

 ベースのネタや、ひっきりなしに発信される情報があるから繋ぐことが可能なのである。

 こんな燦々SunSun のメンバーたちの動きには、計画も、会議も、世の中で普通にあるものは一切ない。

 でも、どんどん物事が進み、物事が実現していくのは、『共感するコンセプト』がベースにあって、

 『その情報発信』とそのコンセプトを実現する『トータルシステム』仕組みがあるからなのである。

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SMAP 問題

2016-01-27 06:12:35 | 発想$感想

★ 先日来、問題となっていたSMAP 問題、Yahoo の意識調査を見ていたら、

  

 社会問題にまで発展したSMAPの分裂・解散騒動は、メンバーの謝罪で幕引き。街では「解散しなくて良かった」と喜びの声が上がりましたが、ネット上や、労働弁護士からは「見せしめ的」と批判の声も。あなたはSMAPの謝罪会見をどう思いましたか?

こんなコメントもあったし、『納得できないが圧倒的』なので、なぜかな?と思っていろいろ調べてみたのである。

 

この件、私自身はそんなに関心もなく、SMAPがどうなってもいいぐらいの感じなのだが、周囲の意見のほうに関心があると言ったほうがいい。

それも、大西 宏さんや、ほりえもんなどが、SMAPではなく、芸能界やテレビ界の体質問題を取り上げていたので、確かにそうだなと思っているのである。

★ まず大西 宏さんはこのように云っている。

  http://ohnishi.livedoor.biz/archives/51475478.html

 その書き出しはこんな文章で始まっている。

  SMAP騒動も一段落しましたが、国民的アイドルSMAPですら頭を下げさせ「公開処刑」を行ったことで、芸能事務所のタレントを支配する力をまざまざと見せつけました。タレントや興行の取り仕切り方は、まるでヤクザの時代のそれと変わらないんだなあと驚かされました。

さらに、テレビ局やその周辺の人たちが、いかに芸能事務所に支配されているのか、その裏舞台までさらけ出す結果になりました。「サンデー・ジャポン」でデーブ・スペクターさんが、切りだした発言にテリー伊藤をはじめ、出演者を慌てさせたシーンがそれを物語っています。・・・・

 

 

 そしてそのデープ・スペクターさんの1件とは、この様なことだったようである。

   http://lite-ra.com/2016/01/post-1916.html

 

      

 

  ここでも ジャニーズ事務所や、テレビ局が問題だと言っている。

 

★そして、ホリエモンは、「ライブドア事件と同じ構造」と指摘しているのである。

   http://weblog.horiemon.com/100blog/36639/

      

 

  どうも日本の社会の体質というか構造は、フェアでないのが問題である。

 ジャニーズ事務所が、どんなに強力かは知らぬが、芸能界は基本的に旧い体質かなと思う。

 SMAP のあのイメージとは正反対なのかも知れない。

 

 このリンクした記事、暇に任せて読んでみてそう思った。

 

      

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土林水庵のうどん と向山信吾くん

2016-01-26 08:17:27 | 発想$感想

     

 

★ 昨日は、久しぶりに土林水庵で、人気のカレーうどんを食ってきた。

 ここの店主 向山信吾くんとは、昨年の5月に初めて出会って。以来結構密接に繋がっている。

 『土林水庵のうどん 』と画像検索すると、こんな写真がずらりと並ぶ。

 なかなかの情報発信量だが、これらの写真はみんな昨年5月以降のモノで、私や仲間たちが撮ったものである。

 

        

 

うどん屋としては、本格的でこんなYou Tubeも残っている。

講釈師なのだが、『言うだけのことはある』なかなかのものである。

中に入れる卵も温泉卵でないとダメという。 普通の卵を入れると『折角のダシがと薄くなる』という。

        https://www.youtube.com/watch?v=rA79Vzj6QMU

   

 

  そんな講釈の入った動画である。

 

★昨年5月から、ネットに現れる回数も、断然増えて、向山信吾は一躍有名人なのである。

   https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E5%90%91%E5%B1%B1%E4%BF%A1%E5%90%BE

 

 こちらも画像検索すると、『緑が丘の日曜マルシェ』の実行委員長や 『水曜マルシェ』の主宰者など、地域活性化のために尽力しているのである。

 

        

    

 

 

 ★そんな土林水庵で、『水曜マルシェ』にやってきたおばさんが絶賛した『うどんの玉』を3っ買って帰った。

冷凍にしておいて、食いたいときに食おうと思ったからである。

従来買ってたスーパーの『冷凍うどん』よりは数段いいはずだと思っている。

そのうどんの玉についての、向山信吾くんの講釈である。

      https://www.youtube.com/watch?v=b9NAQy72PQY

 

 

果たして、どんなことになるだろうか?

『うどん』というか麺類は結構好きなので、別に毎日続いても、苦にならない。

家でじっくり『土林水庵の自慢の麺』を賞味してみたいのである。

 

ちなみに、向山信吾くん、地域活性化のプロジェクト燦々SunSun ではプロジェクトリーダーをお願いしていたのだが、その活動実績を評価して今年からはNPO The Good Times の理事に推薦をしているのである。

 

 

★燦々Sun Sun です。

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

 

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

 

★毎日発行される NPO The Good Times 新聞です。

 

★50万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

 

 雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

 

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高齢者の生活はどうあるべきか?

2016-01-25 08:14:29 | 発想$感想

Yahooの意識調査にこんなのがあった。

 老後をどのように暮らしたい?

そのアンケートの結果である。

アンケートのこんな設問に答えるのはなかなか難しい。普通は『家族と暮らしたい』と答えるのだろうが、『一人で暮らしたい』と答えるのは、子どもたちに迷惑を掛けたくないからか、ホントに一人が気ままでいいのか、その辺のところは難しい。

こんなのは、そんなに単純ではないのである。

それにしても『一人で暮らしたい』の比率は結構高いのである。

 

     

 

★私自身が82才の後期高齢者だが、後期高齢者と言われるのには何の抵抗もないのだが、『老人』だとか『老後』と言われるのは、大いに抵抗があるのである。

この調査の解説記事にこんなのがあった。

 

  

 

 詳しい記事の内容はこちらである。

  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160120-00000529-san-life

 書いてあることは、解らぬでもない。肯定できる部分もいろいろとある。

人間は老後に限らず、基本的に『独りで生きている』のである。若い頃は『独りで生きて、独りで行動』していても、周囲に家族がいたり子供がいたりするので『不安がない』だけのことで、高齢者になると、死に段々と直面するので、その時のことを考えると『不安』を感じたりするのかも知れない。

  

   http://www.asahi.com/articles/ASH6D2SMDH6DUCLV003.html

 

 こんな調査結果も載っていた。 

 

★なかなか難しい問題だが、このような状況の対策を国や行政に求めても、なかなかいい対策案は、出てこないのではと思う。

対策を考える人たち=現在の政治家や官僚 の年齢が若すぎるのである

私自身も、50歳や60歳のころは、『母の面倒は家で、私たちが見る』と思っていた。

実際に母が95歳を越えたりすると面倒を見るほうが、高齢になってしまってとても家で面倒見るなどとは言えない状況になってしまうのである。

ところが今の特養などの入所基準は年齢には関係ないので、独りで生活できるような人は入れて貰えないのである。

そして高齢になると、突然病気になったり、認知症になったりする。私の周囲にもそんな例がいっぱいで、そんな人たちが孤独死に繋がったりするのだろう。

人間社会が経験したことのない『超高齢者社会』になろうとしている

『孤独死』など避けたければ、少なくとも95歳を越えたら、希望者は入所できるような規定や、施設をつくるなどの対策がいるのだろう。

 

★そんなことを言っても、そんなに簡単にことは進まないだろうから、

今回、私のすぐ近くで動き出そうとしている、高齢者の希望にすべて応えるというコンセプトの『山百合サポートセンター』は期待できるので、その仕組み創りを応援しようと思っている。

『元気な高齢者』が視野に入っていて、そんな人たちの『いろんな希望』に『すべて応えよう』とするスタンスがいい。

具体的な計画など何もなくても『基本コンセプト』さえ確りしていれば大丈夫である。

 

 

神戸新聞にこのように紹介されたばかりだが

  http://www.kobe-np.co.jp/news/miki/201601/0008741155.shtml

 

NPO The Good Times の地域活性化のプロジェクト燦々SunSun がそのトータルシステムで支援するので、どんどん進むと思っていい。

1年後には、多分いろんな形で進んでいるだろう

想いがあり、すぐ動く市民の協働で、新しい仕組みの創造に取り組みたいと思っている。

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新聞の役割、情報発信 雑感

2016-01-24 07:27:00 |  燦々 Sun Sun

 

 ★こんな記事が神戸新聞の三木版に流れた。

 大島光貴さんの記事である。

 

三木

時計2016/1/21 21:30神戸新聞NEXT

高齢者支援のベンチャー設立 三木の男性
お年寄りの自宅の壁を掃除する「山百合サポートセンター」のスタッフ=三木市緑が丘町
拡大
 

 高齢化率が40%に迫る兵庫県三木市緑が丘町を拠点に、同町中2の村上三郎さん(68)が、自宅で暮らすお年寄りを支援するベンチャー企業「山百合サポートセンター」を設立した。庭木の剪定や雑草取り、排水溝の掃除など、困っていることを引き受ける。4月には法人化し、同町西4の民家に交流の場「山百合サロン」を開設する予定だ。

村上さんは大阪で建築や輸入などの事業を手掛けていた。両親を介護するため14年前、同町に移り住んだ。同町の高齢化率は39・23%。1人暮らしの人も多い。「お年寄りができないことをしてあげたい」と昨年5月、同センターをつくった。地域活性化グループ「燦々 SunSun」(世話人代表=松本茂樹・関西国際大経営学科長)にも参加して活動している。

村上さんの自宅を事務所にし、スタッフは村上さんを含め5人。仕事によっては協力者にも手伝ってもらう。「灯油がなくなった」と連絡が入れば、灯油缶を携えて買いに行き「トイレの電球が切れた」と言われたら電球を換える。「すき焼きを食べたい」と求める人の家に、食材を買って調理に行ったこともある。「対応が早いと言われ、心強く感じていただいているようだ」と村上さん。評判は広がり、約140世帯の利用があったという。

サロンは、依頼を受けてバリアフリー工事を行った人の自宅を無償で借りて開く。村上さんは「元気なお年寄りが集い、みんなで食事を作ったり、日帰り旅行をしたりする拠点に」と期待を込める。

 

★この記事、私にも密接に関係しているので、『新聞』という情報紙に対する感想を書いてみたい。

私自身情報発信に関しては、高い関心を持っているし、それに見合う総合的な『情報発信の仕組み』を持っている

情報を発信しないところには情報は集まらない』という。そういう意味でブログは毎日欠かさずに発信するし、Facebook でも、ツイッターでも情報発信する。活動のベースになっているNPO The Good Times のホームページなどもGoogleなどから高い評価を頂いている。

ツイッターに至っては50万人を越えるフォロワーを有しているので、その情報発信力は相当なものだと自負している。

 

★かっては、一般の市民が得る情報の源泉は新聞、という時代が長く続いたが、テレビが普及し、さらに昨今ではいろんなネット関連から、様々な情報が流れることから、『新聞』という新しいニュースが、『新しくない』ような時代になってきたのである。

ただ、そんな中でも日本における一般市民の新聞への依存率は、1000人当たり631人とアメリカあたりに比べると結構高いのである。

日本 631.7 韓国 485.6 イギリス 385.3 アメリカ合衆国 259.4 カナダ 232.8

 このままでは、新聞の将来は?? と思うのだが、日本における一般市民の新聞情報に対する信頼度は結構高くて、昨今のテレビ、ラジオなどの報道も、新聞に書かれたネタを追っかけてることも多いのである。

テレビも、新聞も、番組や誌面を埋めるために、そのネタ探しが結構大変なようで、そんなことばかりやってるので、どんどんと報道の質が落ちてしまっていると思うのである。

 

★現役時代から、広報関連には色濃く関係したので、雑誌、新聞などの記者さんとのお付き合いもあって、その記事が出来上がる過程をある程度解っているのだが、正直言って新聞や雑誌の記事が全くその通りの事実でないことも多々あるのである。

所謂、取材を受けてみると、取材の前に記者さんが記事にしようというイメージみたいなのがあって、取材はそのチェックを行っていると言ったほうがいい。

記事は、いつ、だれが、どこで、何をした、などと言う事実を積み上げる場合が多く、特に地方版の記事はそんな記事の集積になっている場合が多い。そんなレベルでは、記事の文章や纏め方はともかく、オモシロさでは、Facebook の素人のニュースのほうが、新鮮なのである。

もう少し、新聞らしい質の高い、従来の記事の取り上げ方とは『ちょっと違う』差別化された地方版の記事が出来ないかなとか、そんな手伝いが出来ないかな? などと思っていたのだが、自然に地方のネタが集まるような仕組みを昨年春からFacebook の中に創ってみたのである。

『みきトレインFAN CLUB』 トレイン=汽車=記者 とかけて『みきトレイン=三木の記者クラブを応援する市民などのFAN CLUB 』なのである。https://www.facebook.com/groups/1053687644641479/

冒頭の記事も、このサイトの中からのネタの取材があったのだが、具体的な催しなどではなくて、『発想の展開』に対する取材なのがいい。

記事を書かれた大島光貴さんご自身が、『着眼点が面白い。今後の展開が楽しみです。』とFacebook で言われているので、今後の展開を新聞や市民や、燦々SunSun の仕組みが応援できる、そしてお互いがGood Time を共有できる方向になりつつある。

 

★これはまだ、スタートして6ヶ月ぐらいで主流になって動かしているのは、燦々Sun Sun のメンバーたちなのである。

その燦々SunSun の世話人代表をなさっている関西国際大学の松本茂樹先生が主宰されている神戸ベンチャー研究会15周年記念例会が来週土曜日に開催される。

https://www.facebook.com/pages/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A/105258142905487

仕組みと情報発進と差別化学』というテーマでスピーカーを務めることになっているのだが、15分でそれを喋るのはなかなか難しいので、その捕捉も兼てのブログアップなのである。

神戸ベンチャー研究会15周年記念例会 と検索すると、1ページ目にこんなサイトが現れる。神戸新聞の次に私の情報が載っている。 Googleは、燦々SunSun の情報発信力をフェアにこんなレベルで認めてくれているのである。

それは『仕組みと情報発信と差別化』のなせる業なのである

https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E7%A5%9E%E6%88%B8%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A%EF%BC%91%EF%BC%95%E5%91%A8%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E4%BE%8B%E4%BC%9A

 

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川崎重工業120周年

2016-01-23 07:46:51 | カワサキ単車の昔話

 ★ 「かわさき」が送られてきた。

今年は、創立120周年だそうである。

120年の長い歴史の中で、昭和32年(1957)から平成11年(1999)まで約40年間 お世話になったのである。

二輪事業のスタートの時期から、企業として経験のない分野を当時担当した人たちはみな、苦労しながら乗り切って今がある。二輪事業の損失で本体の川崎重工を無配に追い込んだ危機的状況の時代もあったのである。

 

   

 

 私が入社したのは川崎航空機で、戦前エンジン工場であった明石工場は1952年の再開以来エンジン関連の歯車や、アメリカ空軍のジェットエンジン工場はあったのだが、二輪車に関してはエンジンを明発に提供はしていたが2輪の一貫生産はまだやっていなかったのである。

当時の川崎航空機には、エンジンの専門家はいたが、二輪車の解る専門家はいなかったし、メーカー体質で、マーケットの販売のことなど経験者は一人もいなかった時代なのである。

 

    

 

 この図は、時系列に事業展開を追っかけているのだが、メグロと業務提携し二輪車の一貫生産を目指して『単車準備室』が出来たのが1960年12月、実際に工場が動いてB7の生産を開始したのは1961年のことだと思う。

この二輪事業の開始時期の記入がないのは残念である。

私が当時のできたばかりの単車営業部に配属されたのは1961年12月のことだった。62年、63年は単車事業はよちよち歩きで、この事業を進めるべきかどうかの調査を日本能率協会に依頼し『単車やるべし』との結論を得て、単車事業部となり岩城常務が本部長で総力を挙げて動き出したのは1964年1月のことである。

この年の10月10日が東京オリンピックの開会式で、当日は伊豆丸の山高原でのMCFAJ 全日本モトクロスに4種目中3種目に優勝して、カワサキのレース界での明確な位置づけができたのである。

国内だけでなくアメリカ市場への進出を企図して調査に入ったのがこのあたりからで、表記されているように1968年には販売会社KMCの設立がなされている。今年はその50周年にあたるようである。

66年にA1,  69年にH1, 72年にZ1  と中大型スポーツ車を市場に投入しカワサキのイメージを確固たるものとした。

73年には、Jet Sky をKMCがアメリカ市場で販売を開始している。

当時日本でもJSが売られたりはしているがこれは商社がアメリカから輸入したものでカワサキ本体が扱ったものではないのだが、そのJSが人身事故を起こし国会で取り上げられ、正式な商品としての名称がなく『エンジン付き海洋浮遊物』と称されたりしたのである。ジェットスキーはカワサキの商品名なのである。

 

 

         

 

そんな時代を経て、74年には、ガスタービンが登場しているが、この事業を担当していたのはZ1を開発した大槻幸雄さんで、単車とジェットという2部門の部門を兼務したりしていた。

アメリカでは『リンカーン工場』がこの年スタートしているが、アメリカに工場を造ったのは多分間違いなくカワサキが初めてである。ホンダの工場進出もこの数年あとだし、4輪などもっとあとの工場進出なのである。

ひょっとしたら、日本の本格的な工場進出の第1号は、リンカーン工場かも知れない。この時期アメリカ市場を担当しKMCを設立、リンカーン工場進出の旗を振ったのは2014年11月日本自動車殿堂入りをされた浜脇洋二さんである。日本自動車殿堂には二輪からは本田宗一郎さんや鈴木修さんなどが入られている。

浜脇さんはカワサキを途中退社し、その後、BMW JAPAN の社長として、日本でのBMW販売網を創り上げたりしたのである。

大槻さんも浜脇さんも当時の職位は新任部長のころだったことを思うと、その動きは誠にダイナミックだったのである。

 

その後、1984年NInja 900 が世に出た時代は、大庭浩本部長(後川崎重工社長)が再建屋として単車事業部に赴任されていた時期で、私はその番頭役をやっていた、カワサキ二輪事業の危機と言われた時期である。その規模は川重本体を無配に追い込むようなものだったのである。

それを無事乗り切って、いまの二輪事業があると言ってもいいい

それ以降は多少の波はあったのだろうが、二輪事業も川崎重工も順調に推移していると言っていいのだろう。

1995年には阪神・淡路大震災があったりしたが、川崎重工業の現役メンバーには一人の死者もでることなかったのは、奇跡に近いような気がする。

その翌年、1996年が100周年大庭社長時代だったが、英国のサッチャー首相記念講演をされたりしたのである。これは1991年の英仏海峡海底鉄道トンネルに川崎重工が大いに貢献したこともあったのだろう。

 

★その100周年からさらに20年、私も現役引退して20年近くになる。

こうした川崎重工業の想い出話を書けるだけでも幸せだし、この40年間で身に付いたマーケッテングマインドやソフトノウハウ創り続けた仕組みの経験は、今も尚いろんな分野で活用できることに心から感謝したいのである

 

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殿界さんの詩の展示会

2016-01-22 07:23:48 | 発想$感想

 ★殿界さんのこんなブログを見つけた。

  http://blog.goo.ne.jp/mikisanro-do0501/e/06dc0673c73c20fbf2c9df6c19bb2a7d

次のように書かれている

 

私の詩 展示会迫る よろしくお願いいたします🌻

三木市緑が丘サンロード内のさんさんギャラリーオアシスさんです🎵
ぽっかり空いた日にちに私の詩を展示していただけることになりました。
思い返せばコツコツと書きためてきた私の詩
今日みたら51ありました。
頂いた貴重な日にちを私のつたない詩に費やして頂ける❗
ありがたいです🎵
準備を急がねば❗
なんせ、お金などかけることが出来ないから。
手作り風でやります。
こんな感じで~~す。
 
 
 この展示会は三木の緑が丘にある『さんさんギャラリーオアシス』で2月13日からスタートするらしい。
 
 
 
 
 ここは三木市が展開する市民のためのギャラリーなのである。
 
三木さんさんまつりや ハロウィンや 緑が丘日曜マルシェ、水曜マルシェなどいろいろと催しもあるので来られた方も多いかと思う。
 
 
  
 
三木市からはこんな案内地図も出ているのである。
 
新鮮な野菜や、最近では『オオムギのこな』も売っている『ふきのとう』と並んでいる。
 
 
 
★昨日は、たまたまだが燦々SunSun の仲間たちが集まった。
 
オオムギのこなや』 の垂井健さん。
http://www3.hp-ez.com/hp/konaya3/page1
 
 
rapport らぽーる』(フランス語で架け橋)で頑張るという尼崎からの藤本喜子さん。   https://www.facebook.com/groups/449955905188202/
 
 
Facebook 『みきトレインFC』 の大島光貴さんhttps://www.facebook.com/groups/1053687644641479/
 
 
 
 
  
 
 
 
 集まった場所は、サンロード商店街事務局の 殿界寿子さんの事務所
 
ほかにもいっぱいおられたのだが・・・・こんなYou Tubuにアップした。
 
   https://www.youtube.com/watch?v=OlS3HQ13Pqw
 

 

★今年は、燦々SunSun の活動は2年目に入る。

いろんなプロジェクトが繋がって、そのメンバーたちも繋がって、その架け橋になるという

『rapport らぽーる』も動き出すかも知れない。

燦々SunSun の核として、スタート以来動いてくれた殿界寿子さんは、ご自身の51篇の詩から選んで、2月13日から さんさんギャラリーオアシス での展示会。

まっく・でざいん工房 雅楽舎 http://www.miki-maco.com/ で、ご活躍のイラストレーター小塩雅子さんも殿界さんの展示会を手伝われるとか・・・

 

まさに『異種、異質、異地域の方たち』が繋がって、ちょっと他では見られないユニークな活動展開が期待できそうなのである。

2月13日(土)のオープン日は、ぜひ三木 緑が丘にお運びください

殿界さんの詩にも、いろんなオモシロい方たちにも、お隣の『ふきのとう』ではほかのまちでは売られていない健康食品 『オオムギのこな』にもお会いになれるかも知れません。

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なぜ無くならない談合体質

2016-01-21 08:53:48 | 発想$感想

★東北復興の道路建設での『談合ニュース』が流れた。

 産経新聞が詳しく報じている。

 http://www.sankei.com/affairs/news/160120/afr1601200015-n1.html

 

「震災があろうがなかろうが、彼らはいつだって『談合は必要悪だ』と言っている」。検察幹部の一人は、業界の談合体質は変わっていないとみる

その見出しは、こんなフレーズで始まっている。

談合に関わっているのは、地方の中小企業ではなくて日本の上場企業であることが問題である。企業の社会的責任など口ではかっこいいことを言うが、こんなことを書かれることを恥じなければならない。

 全国で最も強い結束力を誇るといわれた東北地方のゼネコン談合組織は、平成5年に発覚したゼネコン汚職で瓦解したはずだった。だが、ほどなく復活。結局、鹿島建設、清水建設、大林組、大成建設の大手ゼネコンが17年末に「談合決別宣言」を出すまで続いていたとされる。

決別宣言後、部長級以上の社員から「談合しない」との誓約書を出させたり、他社との接触を原則禁止したりする会社もあったほど徹底されたはずだった

17年末に「談合決別宣言」を出したのに、決別宣言から1年も経っていない翌18年にはすでに、道路舗装各社による談合が行われ、23年3月の東日本大震災後、「復興という大義名分」を得る形で、談合を本格化させた疑いがあるという。

 

★こういう事実をみるにつけ、日本の社会全体がこのような『フェアでない体質』なのだと思う。ルールを決めても、それをきっちりと守ろうとはせずに、如何に上手くかいくぐる方法はないかと思うのは、日本社会の末端まで染みついていて体質化しているのではなかろうか?

私の属していた『二輪業界』は、ホンダを先頭に早くから海外事業を展開していたので、その大市場であるアメリカ市場の影響を受けて、アメリカ社会の基本姿勢『フェア精神』を貫いていて、『談合』などの発想は微塵も存在しなかったのである

これは業界をリードしたホンダ、本田宗一郎さんの姿勢が極めて『フェア』で業界は常に『競争』で発展していったのである。一時世界の90%近くのシェアを有した時期にも、カワサキの二輪事業は赤字で川重の受注体質の事業部の方からは、「二輪はアタマが悪い」と暗に『談合を匂わす』ような話もあったのである。

40年以上も前から、厳然とリコールをしていたのは、二輪業界だけで、車の認定官庁の運輸省のお役人からは『運輸省が認定した車両に欠陥があるというのか』と担当官はそのように仰っていた時代もあったのである。

 

★アメリカでは『フェア』が当然だから、欠陥があれば『リコール』は当然で、『リコール』は歓迎の姿勢なのである。それを誤魔化して過ごそうとすると会社が潰れるほどの罰金が科せられる。

こんなニュースもあった。

  

 

つい飛ばしちゃったですまない金額です。

米連邦航空局(FAA)を、ドローンが本気で怒らせてしまいました。ドローンの違法飛行に対して、なんと190万ドル(約2億3000万円)という、とんでもない額の罰金が課せられたのです。これ、米国ドローン史上最高額の罰金だとか

 

ドローンの違反で、こんな高額は日本では非常識だと思うかも知れないが、アメリカでは決めたことは守らねばならぬのは常識なのである。

決めたことは守る』これは国際常識なのだから、談合を守らなかった場合は、上場企業でも潰れるほどの兆の単位での罰金でも取ればいいのに、そのルールを決める時点で、本当に守らそうという態度なのかが疑問で、政治家も官僚も大企業と繋がっている『利権社会』の構造がダメなのだと思うのである。

 

アメリカでは『決めたことは守る』のは一般市民まで徹底されている。

通勤時間帯はアメリカの高速道路でも渋滞する。渋滞緩和のために相乗りが推奨されていて、二人以上乗っている車だけが走行を許されるレーンを作っている。そのレーンだけが渋滞なくスムースに走れるのだが、その一番端に定められているレーンに入ることのできる場所が決められている。

二人以上乗っていても、その場所に来るまでは渋滞の中をトロトロと走るのである。それが見事に守られている。日本でそんなルールがあったとしたら、多分二人以上乗った車は、どこからでもヨコのレーンに移るだろうと思う。こんなルールをきっちり守るアメリカ人はスゴイなと思ったがそんな社会で育つと日本人でもそのように育つ。

アメリカで育った孫の日本での運転をみてると、ルールは確かにちゃんと守るのである

 

談合はダメ』と言ってみても、それが無くなると思っている人が少なすぎるのかも知れない。 日本社会の体質自体が変わるようなそんな政治家や官僚に期待したいのだが・・・

ある人が私に言ったことがある。

利権がないと政治家は動かない

甘利さんも、ホントに動いたのかな?

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バス事故と安全運転 雑感

2016-01-20 19:22:47 | 発想$感想

★全国でバス事故が続いている。

安全運転が問われているが、日本の免許制度や安全運転教育に対しては私見ではあるが、運転技術を教える教習所などの教え方が、単に免許が取れる方向のみに偏っていて本来の安全な運転技術については、教える先生方がひょっとしたら基本的な安全テクニックをご存じないのではとずっと思っているのである。

 

★私が4輪の運転免許を取得したのは昭和40年6月17日である。

当時、私はカワサキのファクトリーレーシングチームのマネージメントを担当していて、私の周囲にはファクトリーライダーたちがいっぱいだったのである。

私が免許を取得した時、私に懇切丁寧に『運転技術』を教えてくれたのが山本隆くんである

当時はあの星野一義もいて、星野も自分のクルマを持っていない18歳のころである。星野のお師匠さんが山本隆くんだから、私は星野などと一緒に山本隆の運転技術の講釈を聞かされたのである。

 

   

当時から『講釈師』とあだ名されていた山本隆の運転理論は、いまも私のクルマの安全運転に役立っているのである

 

★レースはカーブのあるムツカシイコースを如何に速く走ることが求められるのだが、4輪でも2輪でも簡単にクラッシュするから、速く走ると同時に安全に走らなければ、レースの優勝などは難しいのだと思っている。

そういう意味でレーステクニックは、安全運転に通じると私は思っているのである。

当時山本隆くんが私にくちすっぱく教えてくれた安全運転のテクニックを以下に列挙する。

もし、今回のバス事故もこの様なことが守られていたら、起こっていなかったのは間違いないと思っている。

 

★クルマを運転される方は、ぜひ覚えておいて実践されることをお勧めする。

● 4輪でも2輪でも車が一番安定しているのは、アクセルを踏んいるときなのである

● 逆にいちばん不安定なのは、ブレーキを踏んでいる時である

これが運転の基本だと思うが教習場ではこんなことは教えない。

● 従って一番危険なカーブでは、アクセルを踏むべきで絶対にブレーキを踏んではならない

● ブレーキは一番安全な直線で踏まなければならない

● カーブでアクセルが踏めないような状態は、カーブに入るまでの速度が速すぎるのである。

● カーブに入る前の直線部分で充分に速度を落とし、カーブに入るとアクセルが踏める状態一番安全なのである。(昔のクルマではそこでアクセルが踏めるギヤまで落としておく必要がある)これがレースで言う『スローインファーストアウト』なのである。

● カーブでアクセルなど踏めないと仰る方は、その前の直線部分で速度を落とし切れていないのである。カーブに入るスピードが速すぎるのである

今回のバス事故もカーブに入ってブレーキなど踏んでいるので、基本的なことが出来ていない。スローインになっていないのである。

● もう一つのカーブの鉄則が『アウトインアウト』だがこれは出来るだけカーブを緩くするための鉄則なのである。

こんなレーステクニックのほかに、ブレーキは直線でしか踏まないような安全な運転をすべきだが、ブレーキを踏むときには必ず『バックミラーを見て後続状況を確認』しなければならない。交差点でおかまを掘られるのは、後ろの状況確認が出来ていないからだと思う。ブレーキを安全に踏む時には後ろの状況確認はMUST なのである。

 

★道路で一番危険な場所=カーブ それも下りのカーブは一番危ない。そんな下りのカーブでもブレーキを踏まずにアクセルを踏みながら走れるような状況なら、それは間違いなく『安全運転』なのである。

こんな山本隆くん直伝の運転テクニックが一番役に立ったのは東北や北海道で過ごした冬の雪道、峠道である。雪の峠道でブレーキを踏んだりしたら、車はすぐ横を向いてしまう。

東北、北海道の6年間の雪道を楽しく安全に走れたのは、まさにこんな基本的な運転テクニックを知っていたからである。

サーキット走行は危険いっぱいで死者もでたりするのだが、SPA直入はスタート以来死者の出ていない珍しいサーキットである。このサーキットを造ったのは故岩崎茂樹と私、カワサキのファクトリーチームを担当し、レースや安全関連の知識があったから、一般ライダーの走行が多いサーキットだからカーブは登りにセットしているし、コース幅も鈴鹿と同じだし、安全地帯も鈴鹿以上に広く取っているのである。

 

★下りカーブでスピードが出過ぎで、カーブでブレーキを踏んだりする、バスの運転手は問題外だとは思うが、上述したような運転技術の基本みたいなものを、教習場でもバス会社でも教えて欲しいと思うのだが・・・そんな理論をご存じないのだと思う。

ちなみに山本隆君は、もう30年も前の話だが、東北6県の警察の白バイ隊員の運転技術講習を頼まれて非常に実践的で好評であったことを思いだす。

彼は72才のいまもトライアルなどの競技が楽しめるのも、実戦的な理論家、講釈師だからと云えないこともないと思っている。

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神戸ベンチャー研究会 と 松本茂樹先生

2016-01-19 14:47:08 |  燦々 Sun Sun

神戸ベンチャー研究会の15周年記念例会が来る1月30日に開催される。

そのホームページに概要が発表されている。

  http://kobeventure.jp/

 

    

 

 

2001年にスタートして、今回はその15周年の記念例会であり、関西国際大学の松本茂樹先生が主宰をされている。

従来から松本先生とはご縁があって、1昨年末に立ち上げた地域活性化のプロジェクト燦々SunSun の世話人代表をお願いして、以来神戸ベンチャー研究会の例会には殆ど出席しているし、地元三木でのいろんな活動にもお世話になっているのである。

そんなこともあって、昨年末からはNPO The Good Times の理事にも就任頂いて、広く高いレベルでのお手伝いをお願いしようと思っているのである。

 

NPO The Good Timesのホームページの松本先生の自己紹介欄には次のように書かれている。

   http://www.thegoodtimes.jp/about/

大学卒業後、銀行に勤務していました。銀行の使命は地域産業の発展に貢献することであり、利益は後ついてくるからから、「利他」の精神で取引先のために尽くすことと教わり、ひたむきに実践してきました。50歳になったので、銀行を円満に退社し、「地域活性化プロデューサー」として起業しました。現在、関西国際大学で教鞭をとっていますが、目的は明確です。それは「地域活性化プロデューサー」を育成することです。一人なら一人力ですが、百人になれば、百人力です。同志を育て、地域を元気にしていきたいと思います。そして、信頼できる人的ネットワークの構築により、皆が幸せに暮らせる社会を作りたいと思います。

 

そんなことで松本先生とは、今後いろんな形でお世話にもなるのだが、主宰されている神戸ベンチャー研究会は文字通り『異種、異質な方』の集まりだから、私自身も非常に関心を持っているのである。

 

★今回の15周年記念例会では、以下のような方々の記念スピーチの中の一人に推薦されていて、非常に名誉なことだと思っている。

大学の先生方や、実業界の著名な実力者の方々ばかりだから、ちょっと異質なのだが、まあ何とかなるかなと思っている。

何を喋るべきか?

神戸ベンチャー研究会のコンセプトそのものも、燦々SunSunの目指す方向も『地域活性化』がテーマだから、自然体で素直に思っていることを、喋ればそれでいいのかなと思っている。

どんな場合のスピーチでも、『原稿などは一切作らない』ことで通してきた。

話はどんな時でも、そこにいる方との会話なのだから、その場の雰囲気や先に話をされる方の内容などの感想なども含めての即興でいいと思っている。

と思ってたら、松本先生から。

『1月30日の件です。古谷さんのご登壇は 16:25~16:40の予定です。お話いただけるタイトルをお知らせくださいませ』とFacebook でメッセンジャーが入った。

さて、さて松本先生が『ネットワークと継続』についてお話されるようだから、それを受けて、『仕組みと情報発信と差別化』ということにしようかなといま決めた。

 

     

 

鄭剣豪さんのお話は、間違いなくオモシロそうなので、順番がこの通りなら、私の話は『消えてしまう』可能性もある。 あとの春名竜太さんも、めちゃめちゃ異色な方である。

そんな御二方の間に挟まれて、ホントに消滅してしまわないように『頑張らねばならぬ』のだが、いくら頑張ってみても『自分以上』のことは望めないので、『何とかなるだろう』と割り切っているのである。

 

 

 

これは鄭剣豪さんと神戸ベンチャー研究会でお会いした翌日、松本先生がFacebook にアップされた写真なのである。

それ以来の再会で、高嶋さんにお会いできるのも楽しみである。

話もさることながら、異種、異質な方々とお会いできるのが一番の楽しみなのである

 

 

★燦々Sun Sun です。

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★毎日発行される NPO The Good Times 新聞です。

★49万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

 雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

 

 

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高梨沙羅さんのスキージャンプ

2016-01-19 06:53:49 | 発想$感想

 ★スキーのジャンプで高梨沙羅さん3連勝というニュースが流れた。

スキージャンプ・ワールドカップ(W杯)女子札幌大会個人第5戦(17日・札幌宮の森=HS100メートル、K点90メートル)――1回目に97メートルで首位に立った高梨沙羅(クラレ)が、2回目に94メートルを飛び、合計257・8点でW杯3連勝、今季4勝目を挙げた。

 

今回は札幌にいた時何回か訪れた 札幌宮の森のジャンプ台だったので、何となく親しみも覚えたのである。

いろんな競技で世界一の金メダルがあるのだが、この高梨沙羅さんの強さは抜きんでているように思う。

小柄なのに世界の強豪を従えて表彰台の真ん中に上がる姿はなかなかいい。

スキーのジャンプという競技が体格にはあまり関係がないのか柔道やボクシングなどの体格による区分けもなくて、小さな彼女が大きな海外の選手たちを抑えるのが応援したくなるのである。

 

  

 

 容姿も、普通の女の子のようで、世界一の運動選手のようにも見えない。

 Wikipediaにはこんな記述である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A2%A8%E6%B2%99%E7%BE%85

 

高梨沙羅は、2014年ソチオリンピック日本代表。2013年世界選手権混合団体金メダリスト、個人銀メダリスト。スキージャンプ・ワールドカップで歴代最多の30勝、シーズン個人総合優勝2回。

北海道上川郡上川町出身。小学校2年生からアルペン用スキーでジャンプをやっていたが、本格的に取り組むようになったのは地元のジャンプ少年団に入ってからである

 

 

優勝回数がずば抜けていて、文字通りの『世界一』と言っていいだろう。

 

  

 

 飛んでる姿が美しい。

ただ、前傾しているだけだが、踏切やいろいろ難しいこともあるのだろうが、スポーツ選手、どんな競技でも、一流選手は力が抜けて美しい。

今シーズンも応援したいと思っている。

 

スポーツニュースの扱いなどを見ていると『世界一』なのにそれが当然と思うのか、その扱いは、そんなに大きくはないのである。

今シーズンも、『シリーズ優勝』を目指して頑張ってほしい。応援したいと思っている。

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