雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

二輪文化を語る会ー2

2012-03-31 06:37:05 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram

★『二輪文化を語る会』というグループをFacebook の中に12人のメンバーで立ちあげたのは、3月11日のことだった。

その日のブログにこんな事を書いている

 

NPO The Good Times も今年の6月には、4年目のスタートを切ることになる。

昨年、平井稔男さんが主宰しNPOも支援した『カワサキの想い出、そして未来』は大成功であった。

今年はもっとその輪を広げて、新しい公共の中に『二輪』を明確に位置付けて、もっと広く大きく羽ばたきたいと思っていたのである。

● 片山敬済さんが打ち上げた、二輪の災害救助組織BERT構想のコンセプト

● 三木総合防災公園を舞台に5月20日に開催するイベント『笑って遊ぼうミキランド』

● With Me の丸山浩さんたちの筑波サーキットでのイベント計画

 

そんな動きに刺激されて、

『新しい二輪文化の創造を』を目指して、

『二輪文化を語る会』を、

『NPO The Good Times の仕組み』を利用して、立ち上げることにした。

 

Facebookの中に、『二輪文化を語る会』を12人のメンバーでスタートすることにした。

年齢順に並べてみると、

古谷錬太郎、平井稔男、山本隆、小川優、渡部達也、関初太郎、村島邦彦、松島裕、吉田俊一、丸山浩、蘇原宏介、登山道夫 

12人のメンバーからスタートするが・・・・・・・・・

 

 

★ ちょっと、その動きを眺めていたが、昨日私の周りの人たちを中心に『二輪文化を語る会』にご招待をしてみたのである。

そのきっかけは、

 
http://rfuruya2.exblog.jp/17739985/

2歳から乗れるとか。自転車というよりは、エンジンのないバイクです。『いいね』と思っています。

三木をストライダーのメッカにしようという方がいますので、
応援しようと思ってます。
 
      
 
これはまさしくニ輪車で、バイクだと思ったのです。
 
こう言う楽しい『二輪の入門グッズ』が子どもの時からある環境は素晴らしい。
 
『三木をメッカに!』と言っておられるのは、三木の川田さん、勿論『二輪文化を語る会』にご招待している。
4月末には、グリーンピア三木で200人もの子どもたちがエントリーする西日本の大会が開催されるし、
 
5月20日のさるとるさんが実行委員長のBERT主催『笑って遊ぼうミキランド』にも登場することになるだろう。
 
 
 
 
 ★ そんなこともあって、突如Facebookをやっている昔の仲間たちや、ネットの世界で繫がった素晴らしい仲間たちの招待をスタートさせたのである。
 昨日のうちに100名を超えて、いいメンバーが集まった。
 
100名を越えたのを機会に、設定を「秘密の会」の非公開から公開に切り替えたので、どなたでもご覧になることが出来る。
  
 
 
ご挨拶代りに昨日はこんな記事をアップしたら、いろんなコメントが飛び交っているのである。
こう言う世界が広がれば、二輪の世界もまた違ったものになるかも知れないのである。
 
 
 
  
おはようございます。
昨日は一挙に沢山の方をご招待しました。
私が過去二輪の世界で、お世話になった仲間や、ネットの世界で繋がった方たちです。
楽しく、カッコいい、『いいイメージの二輪文化みたいなもの』が
『育つ環境』がまず出来ればと思っています。
...
ややもすると、閉じこもりがちな二輪の世界からもっと一般社会の共感を得られるような、そんな世界になっていけばいいなと思っています。
今の私自身の環境から言っても、ネット社会の中での働き掛けが中心になると思いますので、直接二輪に関係なくても、そんなお手伝いがして頂ける方たちもこの輪の中に入って頂こうと思っています。

繋がる『輪』、輪が二つ繋がれば『二輪』です。
楽しく、ユニークな活動が出来ればと思いますし、
それを具体化出来る仕組み、システムが構築できればいいなと思っています。
よろしく、ご協力下さい。
 
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 ★ Facebook の世界はこんなに、自由で楽しい世界である。
</form>
まさに異種、異質の人たちの輪が更に繫がる世界なのである。
 
昨日だけでも、こんな意見が活発に飛び交い、コメントいっぱいなのである。
 
100名のうち、NPO The Good Times の仲間たちが70名を超えている。
 
出来れば
NPO The Good Times の仕組みの中で、
新しいプロジェクト『二輪文化を語る会』をベースのファンクラブでも実現すればいいなと思っている。
 
 
 
 
 
 
 
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相信会

2012-03-30 06:03:31 | カワサキワールド

★川崎重工のOB会の名前を相信会という。

年に数回の会合があるので、殆ど出席するのだが、昨年後半は足が悪かったので半年ぶりの出席だった。

 

 

★いつもの通り100名ほどの会合だが、

OBと言っても、だんだんと旧い方になってきて、最近入会される方は、殆ど現役時代は知らない方が多い。

不思議なもので、会のエライさんたちは、よく知っていて、別にそんなにエライとも思わないのだが、

最近、役員になられる方は、現役時代を知らないものだから、逆にエラク見えるから不思議である。

 

いろんな昔の仲間たちに会えて、楽しい時間であった。

 

★ 昨日は、会の始まる前に、

国土交通省 気象庁、大阪管区気象台長の永田 雅 さんの

西日本の海溝型巨大地震  ―東北地方太平洋沖地震の発生を受けてー

という記念講演が1時間ほどあった。

その内容は

● 1995 兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)

● 2011年 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)

● 地震と津波の仕組み

◎ 西日本の海溝型巨大地震

という4項目を資料を下に解説されて興味深かった。

 

 

その資料の中から2枚ほど ご紹介したい。

これは今まであった地震の大きさを解り易く、図で表している。

世界で一番大きかったと言われるのが『チリ地震』で一番上の大きさである。

2番目が『アラスカ地震』だそうである。

そして、今回の東日本大震災の大きさは、『点線で囲んだもの』だから、相当の大きさなのである。

 

左側に並んでいるのが、日本で今まであったとされる大きな地震なのだが、『阪神大震災』は一番下だから、今回の地震とは比較にならないのである

関東大震災も、これで見る限りそんなに大きくはないに尾だが、密集した都会で起こっているだけに被害が大きかったのだろう。

『1968十勝沖大地震』は、実は私は、その真っ只中、盛岡から八戸へ向けて3人で、私が車を運転して走っていたのである。

4輪が一度にパンクしたのではないかと思ったものである。もう少し走ったところの道は崩れて消えていた。

アレは関東大震災よりも、阪神大震災よりも大きかったのだが、青森だったので大した被害にもならなかったのだろう。

 

 

 

この表の上部は、左が九州、右が東海と、地域を現わし、

縦軸は、昔からの時系列に起こった年月を現わしている。

南海、と東南海地震の発生は、続いて起こっているのが特徴だそうである。 安政大地震は連続して起こっているので、極端に言えば続いてとか、同時に起こる可能性もある。

どれくらいの周期で起こるのかは、この表を見る限り、近く起こる可能性があるというのである。

 

下の円は、地震が伝わる早さ(時間、秒)である。

 

全体の説明は、多分間違ってはいないと思う。

ほかにも沢山、勉強してきたが、皆さんにご説明するほど自信はないのである。

 

なかなか、いい1時間ではあった。

 

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ストライダー

2012-03-29 10:33:13 | 発想$感想

 

これは今朝、

三木のことをいろいろ書いてる

excite の雑感日記にアップしたブログですが、

Facebookでいろいろコメントや『いいね』を頂いているので、そのまま転記してみます。

 

 

★先日、さるとるさんがアップしていた『ストライダー』

そのホームページを見てみました



ストライダーには怪我をする要因であるペダル、チェーン類、スプロケット類、ケーブル類は 一切付属しておりません。
また超軽量で低重心の車体設計は安定性があり転倒しにくくつくられていますので、小さなお子様にも安心してご利用頂けます。



ペダルが無く、超軽量、低重心のストライダー は、倒れそうになっても簡単に足で支えられます。慣れてくると徐々にスピードがあがると更に安定感が生まれ、バランス感覚を養う事が可能です。


三輪車や補助輪付き自転車に乗り馴れると、なかなか自転車に乗り換えられませんでしたがストライダーでバランス感覚やスピード感を養う事に寄ってスムーズに自転車に乗り換える事ができます。


★と書かれています。

未だ見たこともないのですが、
これはなかなかイイ』 
と応援しようと思っています。


不思議なご縁ですが、
『三木をストライダーのメッカにしたい』 と言っておられる
higemoyashiさんと

『みっきぃ情報ミュージアム』でトモダチになり
メッセージを頂いたりしています。

今度の『笑って遊ぼうミキランド』でも、繋がるのだと思いますが・・・・



一番いいな と思っているのは、

これは自転車よりは、 バイクです。
ストライダーに慣れ親しんだ子どもたちは、
将来、バイクにも親しみを覚えると思うからです。

長く二輪の世界にいましたが、
日本に新しい『二輪文化』を創りたくて、
いま、Facebook の中に『二輪文化を語る会』というグループを立ちあげています。

さるとるさんも『三木をストライダーのメッカにしたい』と張り切っておられるので、
昨日、『二輪文化を語る会』にご招待しました。

いつの日にか
『三木が二輪のメッカ』になればいいなと思ったりしています。

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元気に生きたい

2012-03-29 05:14:43 | 発想$感想

 

昨日は、

Facebook に沢山のお見舞いのコメント頂き、有難うございました

 

★人の人生いろいろである。

誰でもいつかは死を迎える。それを解った上でみんな1日、1日を生きている。

今年になって、母がインフルエンザに罹ったり、突如意識がおかしくなって、入院したりしたものだから、

『生きる』ということを何となく考えている昨今なのである。

 

お陰さまで、母も4,5日の入院で退院して元の特別老人養護ホームに戻ったのである。

もう102歳だから、ほかの方たちは『お元気ですね』と言って下さるのだが、

一緒にずっと生きてきた母を見ていると、今の生き方はホントに幸せなのかと思ったりするのである。

 

★2年前の夏8月まで、ちょうど100歳を迎えた歳までは、確かに元気であった。

『介護1級』だったし、自分でちゃんと歩けたのである。

その級では、幾ら100歳と言っても特養には入れなくて、1ヶ月のうち24日はショートステイで、家にいる1週間ほども食事も入浴も全部自分でやっていたのである。

 

かって、母が60代のころは、逆にご隠居さんで、食事など全て家内が造っていた据え膳だったのだが、いつのころからか、食べる好みも孫たちの食べる時間も違うのだから、

『自分でやってみたら』ということで70歳代からは、買い物もその他のことも全て自分でこなしてきて、その延長線上のまま100歳までは来たのである。

100歳の誕生日までは至極元気であった。

 

6月末の100歳の誕生日は妹たち4人が明石で祝ってくれてそこまで出かけていたのだが、

そのころから少し目が見えにくいなどと言いだして、8月のお盆に足が痛いというので、お盆で仕方がないので救急車で山陽病院で診てもらったのである。

いろんな検査があって、足ではなくて肺炎の疑いありと入院して以来、母は元気ではなくなってしまったのである。

『病院に入院した』ということが精神的にショックだったのか、ホントにおかしくなってしまって、一挙に『介護5』の判定が出るまで衰えてしまったのである。

 

ただそのことが運が良くて、特養に入所の資格も出来て、その年の暮れからお世話になるようになったのだが、昨年の春ごろにはまた歩けるほどにも回復したのである。

 

★ただ、ヨコから母を見ていると、100年間自分の力で生きてきたのに、人に世話して貰わぬとダメというのが、堪えられぬようだし、視力がだんだんと弱くなって見えにくいようなのである。

今の心境が、どうなのか聞いてやることも出来ないし、口では『早く死にたい』と言ったりもする。

人間生きているというのは、どんな状態がいいのか?

母を見ていると、自分でやれなくなったら、『生き甲斐』は無くなってしまったのではと思うのである。

 

かく言う自分が、既に79歳である。

お陰さまで夫婦とも間違いなく元気だが、

今後、どのように生きるべきかとは、何となく考えるのだが、逆に『直ぐ死ぬ』とも思ってもいないのである。

これはひょっとすると、90になっても95になっても、そう思っているかも知れない。

母の95歳ぐらいは、そう思っていたに違いない。本当に未だ元気だったのである。

 

★長生きするとかどうかは別にして、

『自分の思う通りに動けて』人の手を借りずに』自立できる生き方がしたいなと思っている。

これは願ってもそうなるかどうかは解らぬが、

人間いろいろあるが、最後は健康、元気であることが一番のような気がする。

 

医学学会でもようやく、『生かすだけの器具』についての議論が起こっているが、

『生かすだけの器具』など使わぬ方がいい。

少なくとも母にもつけようとは思わないし、私自身もそんな器具はお断りである。

『元気に生きる』ことが出来て初めて、人間『生きている』と言えるのではと思うのだが、

それはそんな環境にあって恵まれているから言えることかも知れない。

私が未だ高校生の頃、父は2年ほど寝たきりだった。

あの時の父に、今のような医療器具が若しあったら、『それも使わない』と言い切る自信はないのである。

 

いろいろと難しい問題ではある。

少しでも、生きているうちは、人に迷惑をかけぬように、自分の力で生きれるように、

今まで、受けたこともない胃カメラや大腸の検査をやっているのかも知れない。

 

★昨日まで、大腸の検査を始めて受けた。

予想に反して、ポリーブが三つもあって除去して貰った。

1週間後には胃カメラの検査をする。

これが若し大丈夫なら、血液検査は大丈夫だし、大体OKである。

 

大体、こんな検査を受けたり、ブログを書くきっかけを造ってくれたのは、母の入院である。

そういいう意味では、そんな巡り合わせで、運がよかったのかも知れない。

ちょっとしたことで、そんな気になるものである。

 

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懐かしい人たち

2012-03-28 11:06:12 | カワサキワールド

★昨日の私のブログに、

月木さんのブログ『月木ノ日記』からのアクセスがいっぱいだった。

その中に、私の『雑感日記』がリンクされていて、そこからのアクセスだったのである。

 

そのブログは岩城滉一とのお付き合いである。

月木さんたちと一緒に結構長い期間のお付き合いだった。

 

 ちゃんと月木のブースを訪れたようである。

昨年は、SPA直入りでのロケでお付き合いもあったし、

11月には、マル耐で『チームイワキ』が総合優勝したりした。

 

 カワサキのコマの風景

 

 Facebook などでは、毎日会っているカワサキの吉田くん。

若いころしか知らないが、それなりに歳をとるものである。

FBでもずっと、カワサキのこと広報されている。

 

 マル耐の主催者丸山浩さん。

昨年からのお付き合いだが、今年は年初から、

NPO The Good Times の有馬の新年会でご一緒した。

 

 大阪の忍者の伊藤さん。

どこにでも、まさに忍者のように現れる人である。

毎年、いろんなものを何回も送って下さる。

私は貰ってばかりで、昨今はなんのお役にも立っていない。

せめて、『忍者』でもリンクしておこう。

 

 

 耐久世界選手権2年連続チャンピオンの北川圭一くん。

京都のヨシケンさんのところから、チームグリーンに入ってきた時のこと、よく覚えている。

有名になっても律儀な好青年である。

 

 月木のブ―ス。

今月木さん、カワサキとは繋がっていないようだが、

カワサキとともに、カワサキの歴史を創ってくれた人の一人だろう。

 

今回もいっぱいな人が訪ねているのも『お人柄』である。

 

アメリカにも出先があって、

DANTHREE などと繋がって、お世話になっているようである。

勿論、NPO The Good Times の会員さんで、

事務局長のカバン屋さんとも親交がある。

 

『Tsukigi Racing を訪ねる旅』をカバン屋さんが計画しているのだが、

まだ実現していない。

今年中には、ぜひ一度お会いしたいものである。

 

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未経験の分野の体験

2012-03-27 08:07:54 | 日常生活、園芸、バラ

★「肺結核」とか 「くも膜下出血」とか結構大きな病気を経験はしているのだが、

現在は一応健康だと思っている。

『79歳です』と歳を告げると『ホントですか?』とビックリされる方が殆どである。

少々肥え過ぎで見た目が悪いのだが、痩せ細っているよりは『いいのでは』と勝手にそう思っている。

3ヶ月に1回受ける血の検査も、肥えてるのにどこも問題なく常に検査票の真ん中、右にも左にも偏っていない。

お医者さんが不思議がられるのである。

 

★祖母も102歳まで生きたし、母も今102歳である。

父も伯父も、身内の男性はみんな早死になのに、祖母と、母のDNAを受け継いでいるから、まだ大丈夫だと思っているのだが、

その母がつい1週間ほど前に、お世話になっている特養で急に意識不明になって、入院をしたのである。

流石に歳だからもうダメかなと思っていたら、2,3日で意識も戻って、主治医の先生は何日かで退院できると仰るのである。

 

母が何とか元気なのも基本的に『胃腸が丈夫』で何でもよく食べれるからだと、私なりに思っていて、『人間食える内は大丈夫』だと思っているのである。

飼っていた2匹の柴も、亡くなる前には、『食欲がなくなってしまった』のである。

私自身は、食糧難の食うモノがなかった戦後に育ったこともあって、

口いやしく、早食いだが、嫌いなものはナイ。

兎に角、ちゃんと食えるのである。だから肥えているのかも知れないが・・・・・

 

それがこの20日ばかり、『何となく胃の感じ』がおかしいというか、普通ではないのである。

胃が痛むなどという症状ではないのだが、何となくおかしいのが、母の病院に見舞いに行ったりするものだから、

『そうだ、検査でも受けてみるか?』とふと思ったのである。

 

★大体、私の場合『ふと思ったらすぐ実行』なのである。

昨日、母の主治医の先生が、『病状を説明するので』と仰るので病院に出かけたついでに、検査を申し込んできたのである。

当然事前診察もあって、先生の問診や触診もあったのだが、

胃カメラのほかに、大腸もほかのCTも撮りましょうと仰るので、『お任せする』ことにした。

 

胃カメラと、CTは4月に入ってからだということだが、大腸は今日午後検査することになって、

昨日からその準備に入っている。

昨日の午後から次の様な準備段階に入っているのである。

 

最近の病院は懇切丁寧である。

こんな資料をくれて、事細かく説明してくれて、係の人は大変である。

ただ全く未経験の分野だから、それの『経験』を楽しんでいる、不思議な『期待感』みたいなものがある。

★ こんなスケジュールなのである。

  

昨日の昼から、グリコ製の用意された食事を摂っている。旨くもないが別に不味くてのどが通らないというものでもない。

昼のゼリーはもう一つであったが、おやつのビスケットなどはなかなかのものである。

 

そして、検査で若しポリーブがあったら、すぐ取るのでその時は1日の入院になるというのである。

 兎に角、生まれてから手術をしたのは、昨年の白内障が初めてだった。

肺の空洞も何もせずに消えて無くなったし、『くも膜下出血』でも手術せずに治ったから、『運がいいのだ』と思っているのである。

今回も多分大丈夫だとは思うが、若し何かあっても多分驚かないと思う。

 

肺に空洞が出来た時も、くも膜下の時も。『なるようにしかならない』と思っていた。

今回も、若し何かあったら、『母が入院したお陰で早く見つかって、よかった』と思うだろうし、

『何もなかったら』それこそ『未経験の分野の体験が出来てよかった』と思うに違いない。

 

なんせ、『いいようにしか考えないように』出来ているのである。

いずれにしても、最初にお願いした胃カメラは、4月9日の午前中と決まっている。

今日から2週間、初めての経験が始まる。

今日はその第一歩なのである。

 

今8時、指示書に従って『水薬』を飲み始めた。

何でも『未体験の分野』は、何となくワクワクするものである。

検査でもそうだから、不思議である。

 

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日本庭園 雑感

2012-03-26 04:55:14 | みっきぃふるさとふれあい公園

★三木に小河家別邸はある。

現在は国登録の有形文化財に指定されている。

聞いてはいたが、中に入って見せて頂いたのは初めてのことである。

 

 これはその紹介のカタログである。

 

別邸の間取りと見取り図である。

 

すぐ横は、もうまちなか、普通の住宅が並んでいる。

小河邸別邸は確か日曜日しか入ることは出来ない。

 

 

★私は、昭和8年生まれの今年79歳である。

終戦の年が中学校1年生、戦争が激しくなる前の小学校4年生のころと、

戦後のまちの様子は空襲で一変してしまった。

どちらも、空襲で焼失してしまったのである。

 

 生まれ故郷の明石のまちも、母方の里岡山の西田町も、

所謂日本庭園のある住宅地で、本当にその造りはよく似ていた。

主庭、中庭、裏庭、離れ、泉水に灯篭みんな同じで、その面影は子どもの頃が思いだされて懐かしいのである。

 

当時私自身は、今のソウルに住んでいて、そのあたりは全て新しいどちらかと言えば様式の住宅ばかりだったので、

日本庭園のある住宅で暮らしたことはないのだが、夏冬の休みに戻ってきた時泊ったりする日本庭園のある屋敷は、如何にも子どもにとっては遊び難い存在だったのを覚えている。

兎に角、庭で遊ぶ場所など皆無なのである。

唯一違っていたのが、岡山の家で、泉水はすぐ横を流れる西川と直接繋がっていて、大きな真鯉やナマズが勝手に入ってきていて魚とりも出来たし、泳ぐことも出来たのである。

事実小学生2年生の夏にこの池で初めて泳ぐことが出来たのを鮮明に覚えている。

でも、それ以外は子どもにとっては全然オモシロミのない住宅であった。

 

間違いなく住みやすい家ではなかったと思うが、風格みたいなものはあったのだろう。

 

入り口から玄関へ

主庭の泉水

 

 

泉水と灯篭と庭木と主屋

 

これを維持していくのは大変だと思う。

昔はみんな『じいや』がいて庭の手入れはやっていたようだし、

かかりつけの庭師がいてその景観は保たれていたのだと思う。

 

 

★初めて訪れた小河邸別邸だったが、

正直な感想は『狭いな』というのが第1感だった。

これは三木の城下町で、山のすぐ下の美嚢川までの狭い土地に住宅が密集したので、これ以上は取れなかったのだと思ったりした。

もう一つの旧玉置邸も直ぐ近くにあるのだが、ここもそんなに広くはない。

今は住む方もおられないので、手入れの方もそこそこのレベルで、特に私の関心事の泉水は『期待外れ』だったのだが、予算などもあって致し方ないのだろう。

(写真に撮ってみると、なかなか綺麗に写ってはいるが・・・)

 

今の生活風習で言えば、このスタイルは、流行らなくて、

この手の家でも田中角栄御殿のような芝生つきのスタイルになるのだろうと思う。

そういう意味では、『国登録の有形文化財』には、このような狭いところを上手に使ったモノが当てはまるのかも知れない。

 

 

★ただ、非常にいいと思うのは、

妙に格式ばらずに、二つの有形文化財とも、誰でも使うことが出来ることである。

 

実は、来る4月15日に

粟生線の未来を考える市民の会』

午後からの『お花見会』を

この小河邸別邸をお借りして行うことになっているのである。

 

今回、三木にある国指定の有形文化財、旧玉置邸と旧小河邸別邸見学の二つのリレートークに参加したのも、

4月15日の下見を兼ねてのものだったことは間違いない。

 

 

 

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今の政治と 大阪維新の会

2012-03-25 06:22:57 | 大阪維新の会、橋下徹氏

★世のなかの政治とかかわりのある問題は、特に最近起こっている政治問題は、どれもダメである。

なぜこんな事ばかり続くのであろうか?

AIJ問題も官僚との癒着問題がそのベースだし、

原発の再稼働問題も、原発問題の基本的な問題はそっちのけで、関係官僚や電力会社の思惑通りの筋書きで『政治決着』しようとしている。

 

福島原発で県民を中心に与えた事故の影響をどのように考えているのだろうか?

福島原発を機に『脱原発』に転じたドイツとの差は一体どこにあるのだろう。

日本の政治や官僚の意識から『一般国民』に対する視点が抜け落ちてしまっているし、仮に個人の意識、意見があったとしても、

それを政治家の信念として貫き通せるシステムにはなっていないのである。

 

今は、個人の信念よりは、党利党略、省庁の利益が最優先、それしか通らないシステムになってしまっている。

その仕組みをぶち壊す迫力が今必要なのである。

 

この体質、この仕組みから脱却しなおい限り、『日本に未来はナイ』ように思う。

そう感じている『一般の人たち』は多いはずである。

 

 

昨日のニュースは、『大阪維新の会』に2000人を越す受講者が訪れたと大きく伝えている。

なぜ、こんな事になるのか?

 

政治家は、『自分たちのこと』『党のこと』『利権に関すること』などを第一に考えてしまってるし、官僚は、省庁の利益が最優先なのである。

仮に、政治家個人、官僚個人の考えはそうでなくても、『自分の想いを貫き通すことが出来る仕組み』に、なっていないのである。

 

大衆はバカではない。

政治家が如何に口先で言ってみても、今の体制ではそれは実現不可能で、

民主党であれ、自民党でも、その他の組み合わせでもそれは出来ない基本的な仕組みなのである。

その辺のことは見通していて、『現状からの脱却』を望んでいるのである。

 

 

★橋下徹さんは、間違いなく今までの政治家と違っている。

意見主張が明確で、それを自分の言葉で懇切丁寧に述べる。

体制や仕組みを根本的に変えることが目的で、

自分が総理になったりすることが目的ではない。

 

大阪のやり方が仮に全て正しくナイとしても、従来の労組のやり方や、補助金のシステムや、教育委員会のぬるま湯につかったようなやり方は、

従来の市長さんでは表面には出てこなかったのである。

それは労組や、補助金の行く先や、教育委員会には極めて居心地のいいシステムになっていたのだが、

その先にいる一般市民には何の恩恵ももたらさないのである。

 

橋下さんの意見や想いは、

そのツイッターだけを見ていても、それは明確なのである。

いろんな批判にも真っ正面から逃げずに答えている。

従来の政治家が、誰でも持っている『影の部分』が極めて少ないのである。

今回集まった人達も素直に、一筋に『橋下さん』に、『大阪維新の会』に一身を預けようとしているように見える。

 

★政党や政治家たちとの関係も興味深い。

橋下さんからは、小沢一郎、石原慎太郎、小泉純一郎に敬意を表し、その人たちから評価されていることや、渡辺喜美、阿倍晋三、竹中平蔵、前原誠司と近いなど、

何となく解る気がする。

こんな人たちと、繋がって一緒にやれば、日本も変わるかも知れない。

私自身も、好きな政治家たちである。

 

 

★今度の衆議院選に若し『大阪維新の会』の候補者が立候補したら、私は迷わずその人に『1票』を投ずるだろう。

『維新8策』の中身などどうでもいい。

『橋下徹』さんは信じられると思っている。その人がやる政策にはついていける。

その先には、今の政治体制からの脱皮があると思うからである。

 

本当に国のことを、末端の国民のことを考える、そんな政治体制に変わって欲しいのである。

 

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今年の大リーグはオモシロそう

2012-03-24 06:53:56 | スポーツ

★春はセンバツから、甲子園の高校野球も始まった。

プロ野球の開幕も間近である。

今年のプロ野球は大リーグがオモシロそうである。

 

 

 

ダルビッシュがどんな投球をするのだろうか?

大リーグでも一流投手としての実績を残すのだろうと期待出来る。

ぜひ超一流の活躍をして欲しいものである。

今までも野茂、松坂と活躍はしたが、超一流選手としての実績にはならなかった。

日本のピッチャーはいいと言われながら、なぜ大リーグで通用しないのだろう。

20勝を期待したいのだが、どうだろうか?

 

★今年は、今までとちょっと違うタイプの二人の野手が参加した。

青木と川崎、ともに侍ジャパンの世界一の中心選手であった。

ホームランバッターではないが、打者としての実績は抜群である。

大リーグの野手として通用するのかどうか、興味大である。

 

青木は、入団テストのような形を受けたりもした。

大リーグの外野手は力のある選手ぞろいだから、青木のような安打製造機のタイプは好まれないのかも知れない。

外野の控えだとかという情報だが、やはり大リーグの実力たるや流石である。

 

 

 

こちらも、マイナー契約でテスト入団のような感じであった川崎選手、オープン戦は絶好調のようである。

足もあるから、多分大丈夫活躍するのだろう。

昨日は、見事日本遠征組に残って凱旋した。

今年はイチローが3番だから、ぜひ1、2番を定位置にして欲しいものである。

マリナ―ズの内野はレギュラーが決まっていて、常時先発は無理なようなことが書いてあったが・・・・

 

 

 

★個人的に一番期待しているのは『イチロー』である。

200本の連続記録が途切れて、今年は吹っ切れて別の形のイチローを見せて欲しい。

どうもあの内野安打は確かに足も速いしいいのだが、打者としては『打ち損ね』であることは間違いない。

ヒットの数よりも、イチローには会心の『糸を引くような一打』を期待しいたいのである。

 

イチローのフリーバッテングは素晴らしい。

殆どがライナーだし、ホームランもどんどん打つ。

あのぼてぼての内野安打性の打球は殆ど見られない。

 

オールスターでホームラン競争に出ればいいのにと思うほどである。

今年はそのイチローが3番を打つ。

3番打者なのだから、ポカ透、ホームランを打ってくれないかと、秘かに期待しているのである。

 

 

2試合連続で、ホームランだったらしい

ひょっとしたら、今年は20本以上のホームランを打つイチローが見られるかも知れない。

打点王だとか、

ちょっと違ったイメージの『イチロー』を見てみたいのである。

 

 

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選手宣誓

2012-03-23 06:27:17 | 発想$感想

★  春の選抜、甲子園、石巻工業の主将の選手宣誓は、心打つものがあった。

 

 

宣誓。

 東日本大震災から一年、日本は復興の真っ最中です。被災をされた方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、今も、当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。

 人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。

 しかし、日本が一つになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。

 だからこそ、日本中に届けましょう。

 感動、勇気、そして笑顔を。 見せましょう、日本の底力、絆を。

 我々、高校球児ができること、それは、全力で戦い抜き、最後まで諦めないことです。今、野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

                                       平成24年3月21日、選手代表、宮城県石巻工業高等学校野球部主将、阿部翔人

 

★ 短い宣誓文なのに、なぜこれだけ訴える力があるのだろう。

練り上げられた文章力か?

 

部員全員の意見を聞いて、

そのすべてをホワイトボードに記録して、

そこにある言葉を集めて、

その言葉にある『想いを』繋いで、全員で創り上げた『宣誓』なのである。

 

そんなみんなの想いを言葉にした、阿部翔人君の態度も声の響きも非常によかった。

間違いなく、日本中に届いたはずである。

 

★ずっと昔、宣誓文は、常に同じ言葉であった。

『われわれ選手一同は、スポーツマン精神にのっとり正々堂々と戦うことを誓います』

という簡単なものであった。

 

昨今、自分の言葉でそれぞれが『宣誓文』を創り宣誓する。

当然『いい言葉』が並び、それなりに立派なのだが、少々造られ過ぎなところがあって、

『昔の簡単明瞭な「宣誓」』の方がいいな、と思っていたりした。

 

今年の「宣誓」は、それらとはちょっと、『違っていた』

『どこが』  『何が』  と言われても、それはよく解らないが、

 

被災地の石巻工業だからではなくて、『宣誓』そのものに、迫力も訴える力もあった。 

 

それを聞いた、日本人みんなが、『元気を貰った』  

そんな気がする。

 

残念ながら、1回戦で散ってしまったが、人々の心にその感動は深く刻み込まれたに違いない。

 

 

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早春の庭

2012-03-22 05:49:45 | 日常生活、園芸、バラ

★お彼岸も過ぎた。

春はもうすぐそこまで来ている。

新しい芽が吹き出す早春の庭、まさに『春の息吹』が感じられる。

 

 

『福寿草』

一番早く花を咲かす。

もう終わりに近い。

 

 

 いつの間にか咲く、クリスマスローズ。

ある程度の年数が経たないと、

独特の雰囲気が感じられない。

もう一息である。

 

 

 石垣の間から

『ボケ』の花が、いっぱいの蕾をつけている。

この花が咲きだすと、

三木も春である。

 

 

 

いっぱいに新しい芽を出した

『京かのこ』

花が咲くのは5月だが、

この花も手間かからずに、どんどん増えるのがいい。

 

株分けすると、幾らでも増える。

 

 

 こんな可憐な花である。

 

★ニュースでやってた、『ワシントンの桜』  

緯度が高いのになぜ今頃咲くのだろう。

100年経って、まさに立派である。

 

 このあたりは桜は、4月になってからである。

 

 

★園芸をやっていると言えば、『薔薇』である。

その薔薇も、新しい芽を出し始めた。

日々大きく育つのを、目で確かめられるのがいい。

 

これは『木バラ』

今年の冬植えつけたものである。

 

 

もう何年も経つ、蔓バラ『アンクルウオ―タ―』

幾らでも枝は伸びるし、強健である。

 

 

根もとから、既にシュートのように新しい芽が、

この芽が、多分今年の内に何メートルもの枝になるのだろう。

こんなのが、今に時期に見られたのは初めてのことである。

 

新しい芽も葉も綺麗である。

 

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二輪の世界

2012-03-21 06:29:28 | 私の生き方、考え方&意見

★永く二輪の世界に生きてきた。

それもレース界という先端の世界や、『カワサキ』という独特の熱狂的なファンの多いそんな中で50年も過ごしているのだが、

自分自身は、一度も自分のバイクを持ったこともない、所謂『ユーザー』にはなったことはないのである。

免許も大型二輪を持っているし、ライデングを教えてくれたのが、レース界のトップライダーだったので、結構上手に乗ることも、バイクを操ることも出来るのだが、あまり乗ったことはないのである。

そういう意味では、冷静に二輪業界を眺めてきたとも言えるのである。

 

二輪業界は好きだし、人一倍愛情も持っているし、今でも健全に育って欲しいと願っている。

四輪などと違って、業界のことも二輪車自体のこともあまり知られてはいないのだと思うが、

 

速遅速遅密遅密遅』という二輪産業の歴史を書いた素晴らしい文献もある。

二輪業界の方で、ご存じない方は、ぜひご一読願いたい。

 

★ 二輪の産業界というのは、勿論戦前もあったのだが、『世界一の二輪産業』として確立されたのは、

戦後のことで、本田技研というか本田宗一郎さんの先見性に負うところ大である。

その原動力となったのは50ccのカブだったのだろうが、

その販売のネットワークの造り方も、その後世界へ進出したその方法も、日本の産業界の中では異質の独特のモノだったのである。

日本の産業界に根強くある談合体質などは微塵もなくて、業界の中では『競争』がベースであったし、

海外進出は商社に頼る輸出ではなくて、『海外での事業展開』そのものだったのである。

 

そんな産業界自体の先進性がベースにあったにも関わらず、日本における二輪車は、これもまた、世界の中では一種独特の発展というか展開を見せたのである。

間違いなく世界一の商品でありながら、国内では特に学校が『三ナイ運動』などを展開して、二輪車は学生にとっては永く『悪』の存在であったし、『暴走族』など実際は四輪の方が数が多かったのだろうが、『暴走族』に代表されるのは、バイクであったりしたのである。

確かに、『暴走族』が乗る大型バイクにはカワサキも多くて、安全運転や『二輪のイメージ改善』に私自身も永く関係してきたのである。

 

★そんな環境とは別に、

バイクのユーザーも、バイク自体も、バイクの販売店の人たちも、ちょっと異種独特のモノを持っていて、私はホントに好きだったし、

ちゃんと本音で付き合える人が多くて、退職して10年以上経った今でも、昔と同じようにお付き合いが出来ているのだが、

国内の二輪業界は、何となくだんだんと元気がなくなって、昔のような溌剌さがないのも事実なのである。

 

二輪車そのものは、省資源、省エネの今の時代にぴったりの乗りモノなので、もっと若い人たちや、一般の人たちに乗って欲しいなと思っている。

『健全な二輪文化の創造』というようなものに向かってのメーカーや業界の活動がより活発に行われないものかなどと思ったりしている。

つい先日、Facebook の中に『二輪文化を語る会』というグループを立上げて、その中での意見交換などを試みているのだが、

以下は、ある方の意見に大して、私自身の感想文なのである。

 

私も二輪の世界に永くいましたが、ある意味特殊な社会であることは間違いありません。

バイクが趣味嗜好の強いレースやら、同じメーカーのファンの集まりであったりするために、そこに集まる人たちの一種独特のスタイルが生まれるのも当然のことかも知れません。
 
ただバイクはほかのスポーツや趣味の世界のモノと違って、通常は公道を走り社会と共存する乗りものだけに、バイクを全然知らない一般の社会の人たちに自然に受け入れられる『世の中の常識に通用するマナー』みたいなものが要るのでしょう。

なかなか難しい問題ですが、メーカーなどが取ってきた対策がややもするとバイクのユーザーばかりを対象にしたところに大きな問題があるのだと思っています。

20年前にKAZEを創った時に、バイクのユーザーをその対象にせずに、むしろバイクを持っていないが『バイクに幾らかでも関心のある周辺の人たち』に焦点を合わせたのは、そんな発想があったからです。

私自身が永く二輪業界に属し、レースという一番先鋭的な世界も、カワサキという一種独特のユーザーが多い世界も、よく解っていましたが、自分自身は一度もバイクを持ったことナイ、所謂メーカーの言う『ユーザー』になったことがなかったので、より客観的に二輪の世界を見つめられたのだと思っています。

ただ、二輪のライダーたちも好きですし、二輪マニアもいいと思っています。

それゆえに余計に二輪が『一般社会に受け入れられるような活動』が要るのだと思います。

そんな活動の結果が、二輪の需要を生み出すのであって、ただバイクを売ることだけに専念するメーカーの姿勢が結果的に市場を小さくしてしまっています。


今回『二輪の文化を語る会』というグループを立ちあげたのも、いろんな人たちが、日本の小さな二輪の世界に大きな愛情を持たれていると、思ったからです。

本音の楽しい二輪トークが展開されたらいいなと思っています。みなさんよろしく。

 

★こんなトークの世界に現役のメーカーの人たちが入ってくれたらいいな、と思っている今日この頃なのである。

 

今、この仲間の一人松島裕さんが、こんあGIGAZINEに載った長い長い文章を『二輪文化を語る会』に投稿してくれている。

ホントに長いけど、参考までにリンクしておきます

この話の中に、二輪ではないけれど、川崎重工の車輛の話、いっぱい出てきます。

 

 

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明石のまち 、 三木のまち

2012-03-20 07:32:45 | 日常生活、園芸、バラ

★明石で生まれ本籍も明石である。

戦前は朝鮮、今のソウルにもいたし、仙台にも札幌にも住んだこともある。

今、住んでいるまち三木がもう40年近くにもなるので、一番長く住んだまちになるのだが、

明石は中学、高校、大学時代を過ごしたし、勤めもカワサキの明石工場であったこともあって、

人生で一番馴染みのある町は明石ということになるのかも知れない。

退職して年金生活になった今も、明石の人丸町という旧いまちにお墓があるので、毎年正月とお盆、春秋のお彼岸には墓参りに行くので、最近の明石も何となく解ってはいる。

 

★昨日は、春のお彼岸で墓参りに行ってきた。

いつも三木から真っすぐ行って、真っすぐ戻ってくるのだが、何となく明石の繁華街の方を回って戻ってきた。

 

車の中で、思っていたこと、

● 町というのは、変わらぬところと、全く変わってしまうところがあるものだ。

● 明石の表通りは、そういう意味では全く変わってしまった。人丸町や生まれた上の丸辺りの道は、武家屋敷があったそのままで子どもの時と同じように狭く、曲がっている。

● 川崎重工の明石工場に行く道もどんどん広くなり、昔どうだったのかよく解らないような変わりぶりである。

● 未だ小学生のころは、細工町、今で言う有名になった『魚の棚(うおんたな)』に本家があって、そこが本籍だったのだが、これは戦後既に全く様相を一変したのである。

● 明石から三木までの道は、18キロほどだが、40年前三木に移り住んだころは、全て2車線の175号線だったのだが、今はその8割ほどが4車線になっている。

● 神出から廣野ゴルフ場までの道は、全く40年前と同じ風景で、雄岡山、雌岡山の間を抜ける自然豊かな道である。

 

とこんなことを思いながら、車のハンドルを握っていた。

町が変貌するときに、昔の面影を残しながら変わっていくのがいいなと思うのだが、なかなかそうもいかないのである。

明石海峡には、橋が掛って景観も周囲の環境も一変なのである。

そういう意味では、今住んでいる三木あたりが、住むには一番いいのかなと思ったりもする。

 

★私自身、もう80歳に近くて、その殆どの年月を、『明石』と関係を持ちながら生きてきた。

お墓が明石にある限り、私自身は明石と関係を持ちながら、生き続けるのだろうが、

息子の代になると一体どうなってしまうのだろう?

 

息子にとってみれば、『明石』など殆んど関係ないだろうし、

明石に墓があることなど、困ってしまうのではなかろうか?

そういう意味では、日本のお墓や、お寺との関係も、町が変わってしまうように一変してしまうのかも知れない。

 

 

★もう一つの、『三木のまち』

この5、6年、三木を意識して生きるようになった。

それまでの三木は、

 

● 確かに40年住んではいるのだが、文字通り私にとっては『ベッドタウン』 寝るために戻ってくる町でしかなかった。

● 子どもたちにとっては、高校まで、過ごした故郷である。

● 家内にとっては、生活の場ではあったが、特に三木に愛着など持ってはいないだろう。

でも今更、何処かに移ったりは、間違いなくしないのではなかろうか。

 

今から、一生過ごす場所になるであろうことは間違いない。

 

その三木のまち、最近は結構気に入っている。

自然環境がいいし、空気も水もいい。

どこに行っても『広々としている』のが一番気に入っている。

都会のような賑やかさは」ないのだが、雑然としたところがナイ。

老後を過ごすには最高のまちである。

適当な8万人という人口だから、この5,6年で結構町の有名人とは、老若問わずトモダチになれたりする。

これが、一番いいのかも知れない。

 

、NPO The Good Times のメンバーになって頂いている人たちは、何となく三木のユニークな有名人が多い

 

『未来にはばたくみっきぃタウン』というFacebookグループには、

既に100人近くの人たちが参加しているが、これはどんどん増えるだろう。

今、時代の先端を走っているFacebookをやっている『先進的な人たち』と言っていいだろう。

 

『三木』という町を核に、ネットの世界でも、現実にも繋がって、毎日お会いすることが出来るのである。

日本に、なかなか、こんなまちはナイと自信を持って言い切れるようになってきた。

 

『三木 おもろいわ』  なのである。

 

 

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愛のバトンリレー in みっきぃふれあいマラソン

2012-03-19 05:29:21 | みっきぃふるさとふれあい公園

★昨日は小雨降る中、みっきぃふれあいマラソンでした。

その舞台で繰り広げられた『笑って遊ぼうミキランド』のメンバー達による東日本大震災への『愛のバトンリレー』

沢山の人たちが参加してくれました。

その半日のアルバムです

 

 

愛車のスクーターでバトンを現場に運んだのは、三木の井上章二さん、こんな多彩なスタッフが出迎えました。

 

いつも、ちょっとおしゃれな井上さんですが、

このバトンは、西山牧場、三木のライオンズクラブ、神戸屋スポーツ、 しゃかりきさんのほか会場のあちこちをリレーされました。

 

これは、三木打は有名な『しゃかりき』さんご夫婦?のバトンリレーです。

 

三木の名物さんたちも参加です。

 

勿論、マラソンも同時進行で、楽しく賑やかに行われました。

このイラスト作家の『こゆりさん』も参加でした。

このイラストでは、最後を走っている『さるとるさん』も、5キロマラソンに挑戦でした。

 

その『こゆりさん』と、井上さんと、さるとるさん。

このイベントにご参加のメンバーは、みんなNPO The Good Times の仲間たちです。

実は、『こゆりさん』と直接お会いしたのは、昨日が初めてでした。

 

★この会場に『愛のバトンリレー』を展開したのは、

BERT主催の『笑って遊ぼうミキランド』が

来る5月20日、にこの三木総合防災公園で開催されるからなのです。

 

そんなことで

3月16日に内閣府のNPOが正式認可されたBERTの片山敬済理事長も顔を見せましたし、

その実行委員長を務める『さるとるさん』も、熱が入っていたのです。

 

駐車場になっている一帯が当日の会場です。

そんな会場も見下ろせる最上段で、立ったままでの熱心なミーテングも行われました。

 

そこからは、こんなレース前のウオーミングアップの風景も見降ろせました。

 マラソン会場に行って、

殆どマラソンを見ずに過ごした3時間でしたが、

昼近く、帰り道で撮ったマラソン風景です。

白バイの先導などのない、マラソンもこの広大な三木総合防災公園だから出来るのでしょう。

 

 

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瓦礫処理

2012-03-18 06:13:17 | 発想$感想

★東日本大震災の『瓦礫処理』の話、野田総理が全国での受け入れを示したことで、その受け入れ対応などいろいろとマスコミを賑わしている。

放射能があるから受け入れ拒否などは、これは論外だと思う。

困っている時はみんな援け合うのが当然のことではある。

放射能のない岩手県と宮城県の瓦礫であって、福島県の瓦礫のことではないはずである。

 

ただ、全国の市町村が受け入れを表明したとして、遠く九州まで瓦礫を運ぶことがいいのかどうか?

そんな具体的なことはよく解らないので、

『瓦礫処理 ブログ』で検索すると沢山のブログが並んで、その幾つかを読んでみた。

 

政治家の笹川陽平さんは、このように言っておられる

一部抜粋すると

 

被災地の痛みは誰もが共有すべきで、掛け声だけでなく具体的な行動こそ被災者を勇気付ける。

岩手県が通常の一般ごみ11年分に当たる476万トン、宮城県が19年分の1569万トン、福島県は208万トン。

・・・・
事態を改善するには、広域処理に加え、新たな処理方法を確立する必要がある。がれきを厄介視するのではなく有効な復興資源として埋め立てなどに活用することこそ現実的な打開策と考える。

95年の阪神大震災では約2000万トンのがれきの半分が土地造成などにリサイクルされた。関東大震災(1923年)では大量のがれきや焼土を活用して横浜観光の中心「山下公園」が造成された。第二次大戦後のドイツでは建物の破片ばかりか戦車の残骸なども使い、公園整備など復興が進められたと聞く
・・・・・・
材木やコンクリート塊、土砂に対する需要は大震災で地盤沈下した地域のカサ上げや高台の整備など、いくらでもあるはずだ。木材の場合は焼却処分で二酸化炭素(CO2)を発生させるより、埋め立てて自然に戻す方が理にかなっている。

・・・・・被災地に穴を掘り、危険物を除いたがれきを土砂とともに埋め、盛土状にし、タブノキなど常緑広葉樹を植える。15~20年後に大規模な防潮林堤を完成させる、というのだ。
被災地は広く、適地はいくらでもあろう。十分、検討に値する妙案だと確信する。

 

総理の指示も、全国に瓦礫を分散するだけではなくて、『瓦礫の再利用』を指示している。

がれき積極利用 首相指示   閣僚会合 防潮林・高台整備など

 東日本大震災で発生したがれき処理を進めるため、野田政権は13日、第1回の関係閣僚会合を開いた。野田佳彦首相は「今までの発想を超えて大胆に活用してほしい」と要請。関東大震災のがれきで横浜市に山下公園を整備したエピソードを引き、将来の津波から住民を守る防潮林の盛り土や避難のための高台の整備、道路などの材料として、被災地のがれきを再利用していく考えを示した。
 細野豪志環境相は会合後、「鎮魂の気持ちとともにがれきを処理していく」と述べ、まず防潮林としてがれきを利用する準備に取りかかる方針を示した。環境省は、復興のシンボルとして三陸地方の自然公園を再編する「三陸復興国立公園」(仮称)の整備にも活用する方針だ。
 

 

ほかのブログでは、全国に瓦礫を運ぶなど、ダンプも不足だし、現実的でない、などと指摘している。

『瓦礫処理』にはドイツの戦後の瓦礫処理など前例もあるというし、

阪神大震災の時の瓦礫の量と、あまり変わらないのである。

あの瓦礫を積み上げたテレビの写真が生々しいので、余計に大変だと思うのだが、

もっとデーターを検討して、東北の広大な土地の方が処理はしやすいのかも知れない。

通常の処理の仕方ではなくて、防潮堤を造るなどはいい案だと思う。

廃材を遠くへ運ぶコストを考えても、何か近くで港湾を造るとか、いろいろ考えられるはずである。

 

★震災発生時に、

菅さんは 『大事なことは5、6人で決めればいい 』と言われたらしいが、これは名言である。

 

細野さんと数人で決めてしまえばいい。

こんな対策案は、幾らでもあって、どれがいいかなどはよく解らないはずである。

せっかく野田総理が全国の首長たちに回答を求めたのだから、その回答を見たうえで、今後の方針を決めたらいいのだと思う。

新しい何かをやるという方向なら、あの広大な東北の地で、十分その処理は大丈夫なのだろう。

 

通常の処理から計算された

岩手県が通常の一般ごみ11年分に当たる476万トン、宮城県が19年分の1569万トン

などという『数字』は一端忘れた方がいい。

 

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