雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

考えてみれば一番長く付き合っている人、thiraiさん

2010-11-30 05:29:07 | カワサキ単車の昔話

★先週の日曜日、淡路で西日本Z1ミーテイングがあって、Zが1000台以上も集まったらしい。

Z1の開発者の稲村さんや種さんやキヨさん、メ―ちゃんなどの有名人たちのトークショ―もあって賑やかだったようである。

その様子をthiraiさんがブログにアップされたので、それをexciteのブログで紹介したら当のthiraiさんから、コメントまで頂いた。

★平井稔男さん、最近はネットの世界で 『thirai』 こんなハンドルネームで通っているが、私と同じ77歳、自ら 『カワサキの真打ち』 と称しておられるが、そう言われても仕方がない実績なのかも知れない。

延々とカワサキに関するブログを毎日発信しているが、

『Team Greenを愛するばかな男の夢』という題でこスタートしたのは、2009-8-9のことである

ひょこむに誘ったのも、ブログを勧めてスタートのお手伝いをしたのも確かに私なのだが、平井稔男さんに初めてお会いしたのは昭和36年か37年(1962)なのでもう50年近くも前のことである。

その時平井さんは既にカワサキ明発の営業で、もう何年もの経験を積んでいたのである。

カワサキのファクトリーライダーの第1号などと言われては、速かったかはどうかは別にして、こんな写真つきでブログまで書かれると脱帽せざるを得ないのである。

このブログに、あの山本隆君が『へ―こんなレースがあったのですね。知りませんでした。』とコメントを寄せているのだが、ブログを始めたばかりの平井さんは、返事をする術が解らなかったのだろう、そのままで放置されている。

でもこれは、私も最初に武雄の樋渡さんからコメントを頂いた時には、どうしていいのか解らずに、そのままに放置して失礼してしまっているのである。

 

★そんなころの平井さんもよく知ってはいるのだが、仕事の上で直接関係が出来たのは、10年ほど後の私が大阪営業所長、平井さんが兵庫営業所長のころであった。

カワサキにもWやZの大型スポーツ車が出来て、実用車のカワサキからの脱皮を図っていた時代である。

平井さん率いる兵庫県は、それまでの50ccや125ccの実用車を売るために自転車屋さんを中心に作り上げた平井さん独特の販売網は強力で、事実販売台数も大きかったのだが、

大型スポーツ車を売るための二輪専門店の候補店は、逆に皆目なくて自転車屋さん一色だったのである。

新しい特約店の販売網を創り上げるためには、既存の店を殆ど捨ててしまわねばならぬのだが、それを平井さんにやって貰うわけにもいかなくて、平井さんは大阪営業所長に移って貰って、藤田孝昭くんが代わって担当したのだが、候補店がないので仕方なく、従業員からの『のれん分け制度』で対応することになったのである。

その1号店になったのが財満君の灘カワサキで、その後、明石カワサキ、西宮カワサキ、加古川カワサキ、姫路カワサキ、さらにはキヨさんやメ―ちゃんの店など、兵庫県はカワサキのOBたちで販売網を構成ていったのである。兵庫県の中心販売店が殆どカワサキOBという販売網は独特の雰囲気をもったもので、その核となったのは平井さん門下生のセールスや営業所出身者たちだったのである。

現在、全国オートバイ協同組合連合会会長として、国会の大物議員先生と一緒に活動されたり、小池百合子さんとも対談したリする吉田純一さんは、間違いなく平井さんの神戸営業所長時代の門下生なのである。

仲間の間では今でも『純ちゃん』で通っているが、そんな純ちゃんの育ての親なのに、そんな事を言ったりしないのもまた平井さんらしいのである。

 

★その後平井さんには、いろいろ手伝って貰ったのだが、職名としてはそんなに格好のいいものではないのだが、他の人ではやれないようなことばかりを頼んでいる。

カワサキが表向きレースが出来ない苦しい時代を『Team Green』を創って、裏でカワサキのレースを支えてくれた。

このチームグリーンがなかったらその後のカワサキのレース活動も難しかったかもしれない。  平井さんが一番思い出のある職名は『Team Green 監督』だろうと思っている。

カワサキが本格的に安全運転に力を注いだ時は、安全運転を担当してくれた。『その時4輪を持っていたら、違反などするかも知れない。』と自分の4輪を手放してしまった平井さんにはビックリした。

お客様相談室を開設した時は、どこの社も女子が対応し、難しい問題は専任者に繋ぐような方式が多かったのだが、カワサキは技術でも、営業でも、レースでも、安全運転でも、カワサキのすべてに独りで対応できる平井さんに担当して貰ったのである。 当時のカワサキのお客様相談室は、その対応はダントツに評判が良くて、文句を言ってきたお客さんから贈り物が届いたりしたのである。

基本的に明るくて、いつも前向きで、何よりも言葉に明るさと覇気すら感じられる平井さん独特の話術は、ちょっと真似のできないものである。

最後は、サーキットの建設でも独りで頑張ってくれて、難しく新しい仕事ばかりを担当されたのに、いつも期待以上の成果を発揮できる貴重な存在であった。

 

★そんな平井さんと、今ではNPO 法人The Good Times の理事さんで援けて貰っている。

その平井さん、今は創業者の西海さんが亡くなったあとの名門兵庫メグロの社長さんを引き受けられている、現役なのである。

私はどなたとも、お付き合いは結構長いほうなのだが、考えてみるとthiraiさんが、ダントツで一番長いのかも知れない。もうすぐ50年にもなる。

その次ぎが60おじさん山本隆君かも知れない。お二人ともNPOの理事さんなので、今後もずっと続くのだろう。

旧い仲間は、本当にいいものである。

 

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母の養老施設

2010-11-28 15:49:47 | 日常生活、園芸、バラ

★ごく最近まで、母の介護などあまり考えたこともありませんでした。

今年の夏までは、月のうち20日ほどを養老施設で過ごし、残りの10日間ほどを家で過ごす、そんなパターンの生活をもうもう10年以上も続けていました。

家で過ごすときも、歩くのに不自由はなかったし、自分の事はすべて自分で出来たし、スーパーへの買い物なども車で連れて行けば、自分で好きなものを選ぶなど、面倒は見ていたが介護をするというような意識は皆無だったのです。

それが今年のお盆の時期に、膝が痛いと急に言いだして、仕方なく救急車で三木の山陽病院に運んだら、検査の結果『体に炎症がある』と診断されて、入院することになったのです。

母は101歳で、初めての入院だったこともあってか、病院で治療しているはずなのに、逆にどんどんおかしくなって歩けなくなってしまったし、認知症も極端に進んでしまいました。ちょうど介護の級の見直しの時期で、『介護1級』から最高の『介護5』になってしまったのです。

2カ月の入院の後、退院して、直接 『特別養護老人ホーム』のりんどうの里に、従来と同じように、ショートステイで入れて頂いたのです。

★りんどうの里には、ずっとショートステイでお世話になっていて、何年か前に入所を申請していましたが、今回『介護5級』になったので、来年度からショートステイではなくて、ずっと入れて頂ける事になったのです。

ただ、年内11月24日からは、三木の山陽病院に隣接して今年の7月から新しくスタートした、『介護老人保健施設』サンスマイル三木に入れて頂くこととしました。

今まで、ちゃんとした名前も知らなかったが、ここは『特養』ではないのです。

新しいだけに部屋も綺麗し、

 風呂やリハビリの施設も立派で、ホテルみたいばいい感じなのです。

食事もいいし、言うことはないのですが、ここは料金が1日8000円近くかかります。若しずっとこことりんどうの里との併用が続くのでは大変だなと思っていました。

来年からのりんどうの里への入所が決まってほっとしています。

 

★改めて、特別養老老人ホームをしらべてみたら、

特別養護老人ホームとは・・・通称「特養」。「介護老人福祉施設」ともいい、「特別養護老人施設」と呼ぶ人もいます。日本で最も多い高齢者向け施設です。以前はライン作業的な介護でしたが、平成15年の制度改正により10人程度のグループ単位で家庭的介護を行うようになりました。この新しいタイプの特養を「小規模生活単位型特養」「新型特養」と呼びます。入所者は要介護度4、5がそれぞれ30%程度で重介護の人が多数を占めます。

費用、料金の目安・・・ひと月当たりに負担する費用、料金は、新型特養の場合は家賃約50~60千円(複数部屋なら10~20千円ほど)、要介護1で約20千円、要介護度5で約30千円。これに食費40~50千円と、生活費(洗濯代、おむつ代)がプラスされ、総額140~160千円ほどになります

とありました。

みんな、年を取って最後はどこかでお世話になるのでしょうが、なかなかその場に直面しないと、調べたりもしないものです。

今度お世話になる『りんどうの里』もまだ新しく綺麗ですし、家から車で5分の立地で、施設の方とも面識もありますし、安心しています。

ただ、母も父の仏壇のある自分の部屋にもう多分戻る事もないかと思うと、ちょっと複雑な心境ですが、話し相手もおり食事も美味しいと言っていますから、その方がいいのかも知れません。

りんどうの里とはこんな施設です。 

この坂を上った先、ちょっと見えているのが、私の住んでいる緑が丘で、近いのが何よりです。

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Googleニュースからいろいろ

2010-11-28 05:23:43 | 発想$感想

 ★時間が出来たので、時間つぶしにGoogleニュースを見ている

 ご覧の通り各紙の記事がならんでいるし、新しいニュースはどんどん入るし、動画でニュースも見られるし、結構オモシロイ。項目もいっぱいで、これではいくら時間があっても全部を見ることなど、とうてい不可能である。

昨今のニュースの中で、やはり一番大きいのは朝鮮半島問題だろう。つい先ほどこんなニュースが流れていた。

空母派遣に北朝鮮は猛反発とある。どんなことになるのだろうか?

このニュースはいろいろと問題が絡んで素人が意見を差し挟む余地がないほど難しい。  ただ黙ってどうなるのか見守っていくしかないように思う。

こんな時にも、評論家とか専門家と称される人たちは、さも自信ありげに自説を展開する。 あの人たちにとってはちゃんとホントに自信があるのかなと思ったりする。 

自信があるから評論家などと言う職業をやっておられるのだろうが、当たらなかった場合も、また次は堂々と自説を展開する心臓だけは大したものだと思う。

 

★スポーツの世界では連日、アジア大会のニュースが入ってくる。

オリンピックと違って、毎日の様に金メダルのニュースが入ってきて、大活躍の様にも思うのだが、金メダルの数で言えば中国、韓国においていかれてしまっている。中国や韓国はなぜこんなに強いのだろうか?

国のスポーツに対する力の入れ方、金のかけ方が全然違うような気もする。

日本がなんとか頑張っているのは、サッカーや野球の流れをくむソフトボールなど団体競技、男子バレーもラグビーも金だったとか。 水泳などもリレーで金である。

金メダルの数が少ないとは言うが、どうも団体競技に対する金メダルの数の考え方が、もうひとつだと思ったリする。 

元々オリンピックが個人競技からスタートしているので仕方がないのかも知れぬが、体操競技などの金メダルの数は、個人も団体も種目別もと、数多くあるのに、20人近くの人がチームを組んで望むサッカーなど、男女とも優勝しているのに、メダルの数の数え方はたった二つとしか数えない。 

獲得メダルの数え方など、規定があるのかないのか知らぬが、そんなに金メダルの獲得数を競いたいのなら、

選手一人一人に金メダルはくれるのだから、サッカーやソフトボールなど団体競技を含めて獲得した金メダルの数を単純に数えたらいいのにと思ったりする。

サッカーの選手個人が貰った金メダルも、個人競技で個人が貰った金メダルも、モノは間違いなく同じモノなのだろう。 

そんな数え方をすれば、一挙に50以上の金メダルが増えるはずで、どこかそれくらいの新しい数え方をする新聞社でも出てくればオモシロイのにと思っている。

その数の金メダルを日本に持ち帰ったことは、間違いないはずである。 メダルの数の数え方に規定があったりしたら別だがーーー。

 

★その他のニュースもいろいろあるが、

名古屋の河村市長の辞職表明のニュースはオモシロイ

かって自民党に所属した知事選に立候補する大村さんと『河村、大村連合』で対応すると言う。 民主党の岡田克也幹事長は「全く大義のない選挙で、究極の税金の無駄遣い。怒りを禁じ得ない」などと批判しているが、自民党や民主党自体がともに国民の信頼を失いかけている現在では、候補者個人の魅力の方が票に繋がるのだと思う。

河村さんは大阪府の橋下徹知事とも連携を強め、より広い範囲で旋風を吹かせようとしているとか。

大阪は橋下さんの大阪都構想か、平松さんの市連合かなどとこれも今後目を離せないが、原口さんのころは橋下よりだった民主党も昨今はちょっと距離を置いていて、これなども党の考え方と言うよりも政治家個人の発想の方が優先されているように思う。

自民党も民主党もそれぞれいろんな考えの人がいて、党として考えが纏っているとはどうしても思えない。今までの『自民党のやり方ではダメだとは思うし、今の菅内閣も支持するにはちょっと頼りない。支持率1%でも政権に噛り付くなどと「と発言するようでは、余計に支持率を失ってしまうだろうと思う。

とにかく従来の政治構造が否定されている時代なのである。 今までの体制の延長線を行くのではなくて、その政治構造を根本から変えていかなければならないと思う。

党をどうするのではなくて、国をどうしようとしているのか?

大きなビジョンを持って、己を捨ててでも、自らの理念を貫くリーダーが現れて欲しいと思う。

そういう意味では、少々異端児ぽいが、河村さんも橋下さんもオモシロイ。 大村さんはどんな人なのか、もう一つよく解っていないが、自民党や民主党の候補者よりはいいのかも知れない。

 

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昨日は終日お医者さんでした

2010-11-27 05:11:54 | 日常生活、園芸、バラ

★一昨日のブログに、白内障の手術のことと、パソコンの気になっていたことなど書いたのだが、その文章の合間に The  Good Times Tuimblr から三つの写真をお借りして入れている。

その三つとも実はバイクに関係のある方たちブログからの写真なのである。

最初の写真は、RIMOWAのカバンなのだが、『Z1オタク』を自認する seaz company のカバン屋さんのブログからである。

2番目の写真は、雷神マッハさんのブログから、その中身は、月木レーシングの月木さんに深く関係があるもの。

流石こだわりの商品を創ってきたツキギさんと評しておられる。 

そして3つ目は、Kawasakiプライベーターの挑戦と称する team harada のブログから、これだけがレーサーの写真だったのである。

 

★そのharadaさんから、こんなコメントを頂いた。

『画像を載せて頂きありがとうございます。
2年前入院していた時によく白内障のオペの方々と同室になりました。たいていの方が「片目をオペしたら感動して。反対側もオペしにきた。」とおっしゃられていました。
頑張ってオペを受けて下さい。
そしてゴルフを楽しんでください。』

昨日は午前中、三木の山陽病院に、目の検査をしてもらって、白内障の手術をすることに決まった。

来年の1月にはなるのだが、最初に左目、そして翌週右目と手術の日程まで決まったのである。

『新しい世界』が来年は目の前に広がって、ゴルフのボールも昔のように追っかけられるかも知れない。そうなればもう一度ちゃんとゴルフも挑戦してみようかと思っている。

それにしても、今の病院は丁寧である。

目の手術をするのに胸の写真も、心電図も、血液検査も、さらに今かかっているまち医者の所見も取って、万全を期すのである。 目の検査も昨日まちの眼科でやって貰ったのに同じようなことをもう一度最初からやり直しなのである。

こんなの国民に背番号をつけて、カルテも電子カルテで共有してそれを使ったら、無駄な医療費がぐっと減るのにと思ったりする。今のネット社会なら大丈夫実現すると思うのだが、また、つまらぬ個人情報云々の話になるのだろう。

日本の医学界は、すべて自分のところのデーターでないと信用できないほどの低い水準なのであろうか?

 

丁寧なのはいいが、世のなかちょっとやりすぎのきらいもある。

言葉遣いで気になっているのに、こんなのがある。『----に行って頂いて よろしいでしょうか?』 すべて『--よろしいでしょうか?』 がつく。

昔は、『----に行ってお待ちください』 『---してください。』 だったのだが、それは命令形に近いとでも言うのだろうか?  病院に限らずスーパーでも、レストランでも同じような言葉遣いが、どうも気になるのである。

昨日の病院は、『ーーーよろしいでしょうか?』 で統一されていた。そんな風に教育しているのだろうか?

 

★午後は、歯医者さんに行った。 今上の歯を治療中である。

 子供のころから、そんなに歯に注意したこともない。 最近のテレビコマーシャルなど見ていると、年中歯を磨いていなければいけない様な広告が多いし、子供たちや孫たちの歯磨きも相当回数である。 歯など朝一度磨けば十分と思っているものだから、よく家内にも怒られたりするし、歯医者さんにも、磨きが足りぬなどと注意をされたりもする。

 

然し子供のころに聞いた、こんな話の方が何故か説得力があって今でもアタマにはっきりと残っている。

『人の体は自然に病気など直す能力を持っている。 自然なのがいい。、歯なども人間は磨くから弱くなった。動物は歯など磨かないが、歯はいつも綺麗である。』 確かに犬の歯なども自然のままで綺麗である。

ただ、そんなわけにも行かないだろうと思って、昨日はおそるおそる歯医者さんに聞いてみた。

『私の歯は今自分の歯が何本あるのですか?』 『22本残っています。』

『全部で、人間は何本の歯があるのですか?』 『28本です。』

『77歳で22本残っているのは―――?』  『80 20 と言って、80歳で20本の歯を残そうと言う標語みたいなのもあるから、22本は十分です。』

へえーと思った。まんざら無茶苦茶悪いわけではないのである。標準以上行っている。

 

このごろの子供さんは、堅いものを噛まないので顎が細くなって、歯が28本生えない人も出てきたとか。

これは、人間進歩しているのか、どうか? どうも進歩とは言えないような気もする。

みなさんご存知でした?  そんなこと常識と言われそうで怖い。

戦時中や戦後に育った子にはあまり歯の事など学校で習ったことがなかったのである。

あまり神経質にならない方がいい。清潔もいい加減にして、いろんな菌と仲良くするぐらいの方がたくましく育つように思ったりする。

 

昨日は、お医者さんと終日付き合った1日、こんな感想でした。

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気になっていたこと、昨日解決した

2010-11-26 05:37:43 | 日常生活、園芸、バラ

★今週になって、自由な時間が出来て、ずっと気になっていたこと二つ、解決できた。

一つは、白内障の手術のことである。

近くの眼科に通院しだしてもう1年以上になる。目がかすんだ様になって、どうも見えにくい。

一番困るのがゴルフで自分の打ったボールが殆ど見えないのである。ナイスショットと言われても弾道は追えないし、2打目からはどこに飛んだのか皆目解らなくて、ボールが見つかるまでがずっと不安で、ゴルフが面白くなくなってしまった。

白内障の手術をした人たちの『世界が変わった』という言葉を聞くと、年内には手術を受けてみようと思っていたのである。

1年以上通っている眼科のお医者さんには、『白内障だが、まだ手術はいいでしょう』と言われていたのだが、今度は自分の方から『手術を受けたい』と言ってみよう思って昨日眼科に行った。まず検査をしたら、左目が全然おかしくなっている。1年前は視力は1.5や1.2のレベルだったのに、動態視力並みになっていると言うか、かすんで見えにくいのである。

先生も今回は、『手術をしましょうか、紹介状を書きます』と言っていただいたのだが、『病院は西神戸医療センターだと半年先になる』だろうと仰る。白内障の手術にも高齢化の波は押し寄せているのである。

半年も待っているわけにはいかないので、三木の山陽病院を紹介していただくことにした。電話連絡したら、一度検査をするので紹介状を持って、来てほしいと仰るので、今日朝のうちに早速行ってみようと思っている。

目はずっとよくて、老眼をかけたのも人よりはずっと後だったし、目の検査でも1.2よりは悪くなったことがなかったのに、最近、特にこの2カ月ぐらいは見えにくくて、ゴルフだけならしなければいいのだが、車の運転にも影響するようでは困ると思っていた。夜の運転などは本当に見えにくいのである。

いつの手術になるのかはまだ解らぬが、解決の方向に確実に動き出したのである。

 

★もう一つはパソコンの関係で、私自身は技術関係は全くのオンチで、パソコンも退職してからの独学なので、出来ることはできるのだが、解らないことは皆目解らないのである。

ところが1ヶ月ほど前から、何かおかしい操作をしたのか、パソコンンを立ち上げるたびに 『データーの読み込みに失敗しました。データーが壊れている可能性があります。』という警告バナーが画面に現れるのである。

別にそれだけのことで、特にどうということはないのだが、立ちあがるたびに挨拶のように毎度お目にかかるのは、気分がよろしくなくて何とかしたかったのだが、自分ではどうしようもなくて放置していたのである。

解決する窓口は解っていたのだが、時間がどれくらいかかるかが解らずに、時間が出来たのでやっとその窓口に電話してみたのである。

富士通の技術電話相談窓口である。

何度かお世話になっている。パソコンを新しくするときの初期設定とか、旧いデーターの移行とか、手に負えないような高度な対応も、これら窓口の方の言う通りにするとすべて100%解決なのである。

ただ、時間はどれだけ掛るかは解らない。

 

★こちらの希望とその対策の内容を伝えたら、流石に一般の窓口の人では難しかったのだろう。いろいろ相談の結果、調べたうえで1時間以内に先方から電話すると言うことで、いったんは電話を切った。

40分後、電話があって、先方の専門家の言うとおり、当方は言われるとおりに、あれやこれやとマウスでクリックしているだけなのだが、1時間はたっぷり掛ったが、ややこしい警告バナーは現れなくなった。

簡単に言えば、初期設定に戻したのだろうが、それが素人にはできないのである。

昨日は二つ、懸案事項が解決した。大いに気分を良くしている。

やはり、ぎりぎりの時間の中で過ごすよりは、自由な時間があるのはいいことだ。

この1週間、とくにそれを感じて生きている。

今日は午前中は、目の検査に行く。

午後は、ネットのパンダ碁でもゆっくり楽しもうかと思っている。

 

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写真はタンブラーからです。

  

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昭和35年、1960年 IBMでの機械化そして入院

2010-11-25 06:11:43 | 自分史

★昭和35年、1960年は黄金の1960年と言われたらしい。  覚えてはいないが日記にそんな記述があった。

 

川崎航空機の明石工場も工場新設ラッシュで、幾つもの新しい工場新設が進められていた。

単車も本格的な一貫生産に入るべくモペット工場が新設されたり試作車が出来たりした年度である。  職制としてはまだ、『単車準備室』と言っていた時代であった。

そんな中で、私自身は財産課の籍で、34年度からの事務機械化、IBMによる償却計算の機械化推進プロジェクトにハマりこんでいた年である。

他に何かあったとしたら、

家内との交際も続いて、これも熱心であったし、

養成工の国語の先生も一生懸命勤めている。

今まで他の人に比べて間違いなくいろんな職務なり肩書きは経験した方だとは思っているが、教室で生徒を教えて『先生』と呼ばれたのは、この時期だけである。試験の採点もしたり成績もつけたりして、ホントの先生気取りであった。

これも貴重な経験ではあったが、この年は何と言っても機械化に明け、機械化に終わったといっていい。

 

★決算期になると、毎日何人もの課員が当時のタイガ―計算機を文字通り手動で回し続けるのである。全くの単純計算なのだが、私が担当していた工具器具備品などは件数が3000点に近く、その計算をやり続けるのが決算期の仕事なのである。単純で量が多いので事務機械化には格好のテーマであった。

会社全体もいろんなことに改善の意識は高く『改善掛』などが企画室の中に設置されていた時代である。

前年度に、世の中一般に使われだしたナショナル会計機などの検討をしたが、最後に検討したIBMは、当時の事務機械化の機械などとは桁違いの比較にならないほど素晴らしいものであった。

ただ、日本にはどこの会社にもIBMなどはなかったのだと思う。日本IBM社が設立されていなかった時代だから、IBMのノウハウなど、米空軍が駐在してジェットエンジンのオーバーホールをしていた、川崎航空機にだけ備わっていたのだと思う。

そのときのIBMは、まだパンチカードシステムの時代で、日記の中にそのカードを見つけたので、

exciteのブログの方にその写真を掲示しておいたので、50年前のIBMのカードシステムがどんなものか、興味関心のある方はご覧下さい。機械化に関する具体的なことも書いています。

 

★1月末に当時の部長に概要説明をして了承を貰い、2月に計画書の策定をしている。

同じやるなら本社も、岐阜製作所も巻き込んでぜんぶ統一したものにしようと、大きなことを考えたので、その調整が結構大変であったが、何度も調整会議を開催しながら、全社統一システムとしての完成をみたのである。

若くても何とかなったのは、誰も他には経験のないことだったので、議論になっても間違いなく当方の言う通りになってしまうのである。

財産物件名のコード化が一番難しかったが、何とかやり抜けた。

これは量もあったが、基本的に独りで考えられたので自分が頑張ればよかったのである。  マスターカードが完成して、それにパンチで穴をあけてカードを完成させるために『連絡票』さえ書けば、パンチはIBM室で、計算は機械やってくれるので、財産課は連絡票さえ作れば、あとは出来上がった計算書を受け取るだけでいいのである。

翌期は同じ計算の繰り返しだから、新規購入物件以外は何もしなくてもいいのである。

9月期の中間決算には、間に合って何とかなったのである。

明石市役所の固定資産税の計算も、そんなに難しくはなかったので、川崎航空機分は市役所の計算分も一緒にやってあげるようにしたりした。

 

★私は、仕事をやりすぎたのか?  胸に空洞がある身で、何年間も野球を続けていたりしたのがいけなかったのか?

この年の10月26日、このプロジェクトの第一段階を仕上げたのち、三田の療養所に肺結核で入院することになったのである。

中学校からずっとやっていた野球も、この年27歳で終わっている。

野球の話で言えば、国内のバイクやジェットスキーの営業を長く担当して、この世界ではご存じの方も多い藤田孝昭君とは、同じ昭和32年の入社で川航の野球部で三遊間コンビだったり、1,2番を打ったりしていた仲間なのである。

この年入院する間際まで野球はやっていた。

 

この年ぐらいまでが、新入社員時代と言えるのだろうが、振り返って見ても上司に仕事を教えて貰ったりはせずに、勝手気ままに好きなようにやらせて貰ったような気がする。

川崎航空機という会社自体が、戦後の空白期間があって若かったこと、財産課などもまだ台帳すら完全に出来ていなかった状態だったこと、社風そのものが同じ川崎でも造船などと違って、おおらかだったこと。

これらは、航空機という社名だが、航空機は造っておらず、ジェットエンジンのオーバーホールや、ヘリコプターや、発動機小型エンジンさらにはバイク、モペットなど、新しいものばかりだったからかも知れない。

 そんな1年で、いろいろやったが、大晦日は三田の病院のベッドの上で過ごしているのである。

 

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 写真はtumblrからです。

 

 

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日常生活、少し変わった

2010-11-24 05:53:16 | 日常生活、園芸、バラ

★ 先週まで、5月からずっと、ツイッターのフォロワー10万人達成を目標に約半年間、毎日の生活リズムが『ツイッター中心』に構成されていた。

それが先週末に達成できて、ほっとしたと言うのか、まだ新しいリズムが創れていない。何となくウロウロしているのである。

それに、ゴルフコンペや比叡山へのバス旅行などもあって時間的には忙しかったたので、ちょっと迷っている感じなのである。

 

★毎年なら20日前あたりから、年賀状を書き始める。パソコンなどは使わずに毛筆で1枚1枚書くので結構時間はかかる。

今年はまだ10枚ほどしか書いていない。これも今晩あたりから、本格的に書き始めようかと思っている。

喪中を知らせる葉書が届く時期なのだが、知っているご本人が亡くなった報せを、この葉書で初めて知ったりする。1年を通じてのお付き合いが年賀状だけだったのに、それが喪中を知らせる葉書に変わってしまうのは、残念で悲しいことだが致し方のないことである。

 

★ツイッターのフォロワー増加対策は1日の中の習慣みたいになっていて、目標達成したからと言って急に止められなくて、どうしても同じように幾らかは続いている。1日500人は大変であったが、200人ぐらいなら片手間でも増やせるから不思議である。ただ時間的には十二分に余裕が出来て、その時間を何に使おうかと思案中である。

この半年間、新聞もあまり読まなかったので、新聞を広げる習慣ががなくなってしまった。

どうしようかと思っているのだが、『Google ニュース』でニュースを読むようにしてはと思っている。 ちょっと開いてみたが、これはよく出来ている。

一紙だけではなく、各紙の記事が載っているし、動画もあってテレビニュースも聞ける。新聞報道なども1時間前の新しいものが入っている。

こんなキャンペーンもやっていて、いろいろどんどんと進化するのだが、とても全部にはついていけない感じである。

 

★年金生活は、とにかく自由なのがいい。

何をしなければいけないと言うことはないのである。 自分の『やりたいことが、自由に出来る』 生活は、最高だと思うが、その方向は自分で決めなけtればならないのである。

それを今ちょっと考えている。

これが意外に難しい。

もう少し庭仕事を入れるかな、 もう少し運動をするとか、冬の間にゴルフの練習でもしてみるか、など色々あるのだがやりかけるとある期間はハマってしまう性格なので、あまり沢山はやれないのである。

 

★どうしてもやりたいことの中に、目の白内障の手術があるのだが、出来るだろうか? 簡単だとみなさん仰るのだが、手術などしたことがないので、決心が要りそうである。今週中に今通っている眼科で相談をしてみようと思っている。

もう一つは、

今週末に、こんな『うたごえ喫茶』での催しがあるようなので、一度行ってみたい。

週末は、神戸メリケンパークでの、ミニSLフェスタもあるのだが、どうしようか迷っている。

あまりあちこちやると回らなくなってしまう。

 

昨日は1日、そんなことを考えていた。

 

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いい夫婦の日に

2010-11-23 06:53:11 | 日常生活、園芸、バラ

★11月22日、いい夫婦の日である。

もう数年で結婚50周年を迎える。 息子が50歳になる日も近い。 これだけ続いていれば、それだけで 『いい夫婦』と言っていいのではと思うが、どうなんだろう。

昨日は、特に何をするでもない『いい夫婦の日』であった。

 

★夫婦の間では、普通の1日であったが、昨日はなかなかいい日であったと思う。

 

まず、母の病院での検査受診から、1日がスタートした。

母は101歳である。今年のお盆8月14日から足が痛いと言って、三木の山陽病院に入院したら精神的に参ってしまったのか一時は衰弱もし、認知症も進んで、

その時受けた介護度の認定は、「介護1」から一挙に「介護5」となってしまったのである。

そんなことガ逆に幸いして、養老施設の入所資格も出来て、長年提出したままになっていた入所申請の許可がおりそうなのである。

その入所に必要な身体検査を朝から受けに行ってきた。別に先生を指定したわけでもないのに入院中にお世話になったM先生に当たって、申請書も直ぐに書いて頂いて、1時間以内にすべて完了したのである。

多分来年からは、家のすぐ近くの養老施設にずっとお世話になることができるだろう。

今までも月のうち24日は施設で、1週間は自宅でという生活を何年も過ごしてきたが、それは自分で歩けて、自分で風呂にもトイレにも行ける生活だったので、面倒は見ていたが介護をしていた実感はなかったのである。

歩けなくなって介護が必要な生活になると、70代夫婦での介護はとても無理だと思っていた。それが養老施設での全面的な介護の目途が立って、70代の老夫婦にとって、『いい夫婦の日の一番の贈り物』であったような気がする。

母の介護がいやだと言うわけではないのだが、とても『出来ない』というのが正直なところである。今朝も車椅子から下ろしたり乗せたり、そんなに難しくもないが、大変であることには間違いない。

どうしようかなと、気になっていたので、目途が立って本当に良かったと思っている。

 

★人間、 『いつまでも生きていれる』と思っているのだろうか? 

今から30年も生きるとは決して思っていないのだが、10年のうちに死ぬとも、また思っていないのである。多分どなたもそんなことは考えずに生きているのだろう。

だから、幾つになっても夢が見られるのである。

 

★昨日は午後から三木労音の事務所を訪ねた。

いま、NPO法人The ]Good Times の特別プロジェクトの有力候補に『三木労音』をと、勝手に夢見ているのである。

つい先ごろ、『三木市社会福祉協議会』が正規に団体会員に加入された。

昨日は、『元気な”みき”を創る会』の皆さんとお会いできた。

何となく、三木が動きそうな気配なのである。

先日もて木さんに頼まれて、山本医院の山本先生をご紹介をした。その時三木労音の小巻さんと出会ったのである。

私の勝手なカンなのだが、『三木労音はイケル』と感じた。即座に小巻さんは会員になられたし、翌日事務所に伺って雑談をした時もいい感触であった。

 

特に、理由があるわけではないのだが、『カンは結構当たるのである。』

半ば自分を説得して、このようにブログに書いて公にして、自らを追い込んでしまうのである。

 

★そして昨日の午後である。

小巻さんと、chiki2913さんのお二人とみっちり雑談して帰ってきた。

多分間違いなく三木の核になる。

今、『いい音楽@みき』というこんなブログを書いておられる

 

このネーミングは『三木労音』よりはちょっと範囲が大きくていい。 いい音楽@みき で繋げばいい。

何よりも、小巻さんとchiki2913さんのお二人で意志決定できるのがいい。

人事異動がないこともいい。さらに事務処理能力もあり、ホームページもブログもツイッターまで揃っている。

会員さんもそれを取り巻く周辺の人たちも、すべて揃っている。

後はご当人のジャッジだけなのである。

 

今週末、、三木労音主催の『うたごえ喫茶』にお誘いを受けた。

多分行くことになるのだろう。

 

★ちょうど1年前、いなださんの神さん(奥様)とひょんなことでお会いしたご縁で、いなだ三郎さんと今繋がっているし、

昨日、『元気な”みき”を創ろう会』のみなさんとも繋がった。

ひょこむの管理者、『こたつねこ』先生が仰るように、三木ぐらいの8万人ぐらいなら3~5人で繋がりますよというのが、最近実感している。

最近お会いする三木の方、みんな何かで繋がっているのである。

 

そんな『繋がり』を感じた、『いい夫婦の日』であった。

 

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秋の比叡山

2010-11-22 05:51:57 | みっきぃふるさとふれあい公園

★私の住んでいる三木は、今でも結構元気なのだが、『元気な"みき"を創る会』という会もある。 

exciteのブログでこんな風にアップしている

この代表世話人をされている元教育長の井本先生も、顧問をされている いなだ三郎さんも、

NPO法人The Good Timesの会員さんなのである。

私自身はこの会のメンバーでもないのだが、いなださんに『一緒に行きませんか?』とお誘いを受けて、昨日、日帰りのバスでの遠足に参加した。

行った先は『秋の比叡山、紅葉狩り』である。

横川中堂、釈迦堂、根本中堂など比叡山延暦寺をじっくりと廻ったのだが、秋の比叡山、紅葉の美しさは格別であったし、自然の雄大さは素晴らしかった。

写真はいっぱい撮ってきたのだが、その中から木々や、紅葉や、自然の美しさから選んで、幾つかをご紹介しよう。

どのお寺も自然の中に囲まれて、雄大である。囲む木々の大きさが、その歴史を感じさせる。

紅葉も勿論いいのだが、大きな木の醸し出す独特の雰囲気がいい。

 

比叡山には来たことはあるのだが、こんな雰囲気はまた別世界である。

日本の秋はいいなと改めて感じた。

 

こんな見事な紅葉があちこちに見られる。

比叡ドライブウエイでの車窓からの紅葉もまた見事であった。

 

ちょっとかすんで見えにくいが、比叡山山頂から望む琵琶湖である。

右側の薄く見えるまちが大津である。

紅葉の向こうに見える遠景もまた素晴らしい。

私自身は、どちらかと言うと、お寺よりは自然の方に惹かれる。

そういう意味でも、自然から元気を貰った、日帰りのバス旅行であった。

 

★バスの車中は、これはまたなかなかのいい雰囲気であった。

総勢40名のうち、知っていた方は6名ほどだったが、自己紹介を聞いてみると、いろんなことで関係があったりして、すぐ共通の話題にはいれる方が結構多かったのである。

世話人代表の井本さんや顧問のいなさんが、いろいろ気を使って頂いて紹介をしていただいたので、すんなり入れたのかも知れない。

77歳はこのグループでも断トツのトップだった。

お世辞でも『若い』と言っていただいて、気を良くした『元気な”みき”を創る会』のバス旅行であった。

元気を頂いたのは、『私がいちばん』だったのかも知れない。

 

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ユニクロ

2010-11-21 04:11:42 | 発想$感想

★昨日、三木のユニクロに行ってきた。

創業祭の売り出しで、いっぱいの人で賑わっていた。

このあたりの店は、この写真のような立派な店ではないが、みなさん一般に『ユニクロ』に対してどんなイメージを持っているのだろうか?

ユニクロで買い物をするときは、と言っても自分では、あまり買ったことはなくて、いつもお伴なのだが、単価で4000円以上のモノはあまりなくて2000円以下特に1000円前後のモノが圧倒的に多いような気がする。

それでも特に使っている生地などはなかなかに先進的で、軽くて着やすいし、普段に着るにはいいのではないかと思っている。

創業感謝祭とかで、安くなっていると言う。冬物のシャツや新しい素材のジャンパーらしきものなど買っていたが、多分1万円でお釣りがきたのだと思う。

それでも、値段の割にカサだけは張って、『買い物をした』という実感というか、満足感があるのだろう。とにかく金を払えば機嫌はいいのである。

確かに、セールとやらで何百円か、1000円ほどは安いのだろうが、衝動買いもいくつかあったりして、欲しいもの一つだけという買い物にはならない。

昨今、家には着るものなど十分あるので、ホントは来ないのが一番いいのだろうがそうもいかないのである。

買い物好きは、女性特有なものなのだろう。

ちょっと解りにくいが、レジから長蛇の列である。そのほとんどが女性で男は滅多にいないのである。

家内がレジに並んでいる間、外のトイレにいって待っていた。

これがトイレの入り口である。ちょっと解りにくいが、右は女性専用である。

その左側に、障害者も女性も男性も『どなたでも入れる』トイレがある。

この店を訪れる男性は、その程度の数なのだろうか?

 

★家に戻って、『ユニクロ』をしらべてみた。

創業感謝祭については、マスコミのニュースになっていた

 創業感謝祭では、こんなサイトが現れる

ユニクロの広告は、なんとなく格好がいい。

 Wikipedia で『ユニクロ』を読んでみるとなかなかオモシロイ。 広告戦略やマーケッテングには力を入れている。

『ビジネスモデルとしてのユニクロの低価格・大量販売戦略については賛否両論がある。エコノミストの浜矩子は「文藝春秋」2009年10月号に「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文を発表、ユニクロのように企業が低価格で商品を販売することが企業の利益を縮小させ、ひいては人件費の切り下げにつながっているとしてユニクロのような経営を「自分さえ良ければ病」であると批判、「せめて安いモノを買うことが自分と他人の値打ちを互いに下げていることに思い至ってほしい」と主張している。これに対し経済学者の池田信夫は自身のブログ上でユニクロの低価格モデルが相対価格の変化であり、「ユニクロは日本を滅ぼすどころか、日本企業がグローバル化するロールモデル」と浜の意見に反論している。』

こんな記述もある。

200年の初めごろ業績が低迷した時期もあったのだろうが、現在は海外戦略も順調のようである。

現在の売上高は約4000億円、従業員1733人は思ったより少なかったが、その知名度は上場企業の上を行っていることは間違いない。

 

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カワサキワールド、ミニSL と W

2010-11-20 06:03:57 | カワサキワールド

★神戸のメリケンパークにあるカワサキワールドは Kawasaki Good Times World とヨコ文字では書かれている。

そんなロゴの入った封筒で、カワサキワールドのひょこむのハンドルネームぼけちんさんから、ミニ鉄道フェスタのチラシと招待状が送られてきた。

この鉄道フェスタも今年でもう3年目になる。

主催、神戸海洋博物館、カワサキワールド、  協力 OSライブスチームクラブ他となっている。

この計画のために、言いだしベーの福井昇君と川重会長のの田崎さんを訪ねたのは3年前の1月末だった。

直ぐ神戸市に繋いでくれて初回は神戸フルーツフラワーパークで6月に開催し、その年の秋メりケンパークで開催したのが、ついこの間のことのようである。

1年目はみんな初めてだったので、いろいろ大変だったが、去年はすっかり上手に運営されていた。今年はもうカワサキワールドの定例行事の一つになっているのだと思う。

 11月27,28日の2日間の開催の予定で、カワサキワールドのホームページの行事予定にも紹介されている。

 

★ぼけちんさんは、カワサキワールドを担当されていると同時に、ご自身もパリパリの鉄道マニアである。3年前のミニSLのフェスタの時に出会って、ひょこむにお誘いをした。

私がひょこむの中に立ち上たコミユニテイ『カワサキワールド』は、もっぱらぼけちんさんに任せきりである。

そのブログの中では、後述の2011年のニューモデルたちも、リンクをはって紹介されている

 

ツイッターでも、Kawasaki GT World をおやりだし、NPO The Good Times の仲間でもあるので、出来る限り協力しようと思っている。

 いろいろ難しい面もあるのだろうが、よりオフィシャルな色彩を出せばいいのにと思ったりもしている。

 

★つい先日、明石の方から、このミニSLを明石でも、どこかでやってみたいと言う話があって、この27日のミニ鉄道フェスタをご覧になってはどうですか?

と紹介しておいたのだが行かれるのだろうか。いろんな形で世の中に広がっていくのは楽しいものである。

こんな鉄道関係のマニアの方と接して、いて、『鉄道マニア』の数の多さ、、熱烈さ、などにビックリしたものである。

バイクマニアも、相当なものだと思っていたが、鉄道ファンは圧倒的にそのスケールが大きいと思う。 

★その同じ封筒の中に、W1のこんなチラシが入っていた。

来年の2月の話だが

『W1の発売以来、45年間の熟成と永遠の美学を集めて、いまここに。』というコピーで

W1フェアがカワサキワールドで開催されるようである。

 

チラシの写真は、650W1が1966年、まだ確か右チェンジ、左ブレーキのころである。

カワサキのタンクマーク、二―グリップ、メッキタンクも懐かしい。私は東北で初めての営業担当のころである。

650W1SA はその5年後、ようやく日本にも大型スポーツ車の時代の幕明けで、実用車のカワサキから、大型、スポーツ車のカワサキに変身するころであった。

私は東北の仙台から大阪に転勤になりW1SAは結構な台数を売った記憶がある。今はハーレーの専門店の船場モータース(当時の名前)がカワサキ主力であったころである。

直ぐそのあとZ1が出たのであまり目立たないのだが、ヒット商品であったことは間違いない。

 

W800として、来春新発売のようである。

この時点では、エンジンの形状やマフラーはまだ隠されているが、もう今日現在は上のリンクのように全貌が公開されている。

 

★先日の日曜日、小関和夫さんのWに関するインタビューを受けたばかりだが、

ちょうど本が発売さレるころ、新W800も世に出るのではなかろうか。

 

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11月18日、特別な日になりました

2010-11-19 06:00:21 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram

★ツイッターのフォロワーを増やしたいと、今年の5月から単純な作業を毎日続けてきました。

ツイッターの場合は、140字の情報発信は原則的に、まず自分をフォローしてくれるフォロワーに対して発信されます。

ツイッターを行う場合、いろんな考え方があると思いますが、情報発信先が多い事は少ないよりは間違いなくいいことは確かです。

このツイッターは、NPO法人The Good Times の公式ツイッターとして位置付けていますので、その情報発信先としてのフォロワーは多い方が、NPO法人としての情報発信力も高まることになります。

 

★そんな考え方で、今年の5月から『フォロー10万人』を獲得することを目標に、毎日単純作業を続けてきました。

昨日の朝、99900人を超えましたので、exciteのブログにこんなブログをアップしています

昨日は今年最後のゴルフでしたので、ゴルフから戻ったら待望の100000人は、達成しているだろうと、非常に楽しみにしていました。

夕方帰宅すると、100099の数字になっていましたが、現在ではさらに大きな数字になっていると思います

いずれにしても、11月18日に目標は、達成されました。 11月中の達成は大体予想できましたが、目標達成には格別のものを感じます。

たかが、数の問題ではあるのですが、10万人という数字は、単なる一般の素人にとっては大きな数字であることは、間違いありません。

フォロワー10万人という数字は、現在の時点では、兵庫県ではトップですし、全国でも100位以内に入る水準です。

 ツイッターには、『リツイート』というシステムがあって、NPOの会員の方のツイートを『リツイート』することにより、その会員の方の『ツイート』は10万人に向けての情報発信となるのです。

『リツイート』は、NPO The Good Times の会員さんのツイートを原則としますので、『NPO法人の情報発信力』ということになります。

こんな形で毎日、いろんな情報を流しています

 

★ただ、単純作業ですが、毎日6時間以上パソコンに向かって単純作業を続けてきました。

目標が達成されましたので、今後はこのペースは、ゆるめてより高い質を求める方向に転換したいと思っています。

そういう意味も含めて、昨日11月18日は私にとって、『特別な日』になりました。

 ★昨日は、播磨カントリー倶楽部で、大学の野球部OBのコンペでした。

播磨カントリーは私のかってのホームコースです。昔は日米対抗が何度も行われた距離のある本格的なコースです。

最近はゴルフも、あまりスコアにこだわらないのんびりとしたものになっているのですが、何故か昨日はスコアが良くまとまって、久方ぶりの優勝となりました。

そういう意味でも11月18日は特別な日になりました。

今年は、これで最後です。多分次回は来年4月Z1会のゴルフになるのでしょう。

 

ゴルフについては、ずっと思っていることがあります。

最近のゴルフでは、スコアはそんなに良くないのですが、それはアプローチとパットがいい加減だからです。ショットは20年前よりはクラブもボールも良くなっているからでしょうが、当時と比べても遜色ありません。

今日のゴルフにも、Z1会のゴルフにも先輩方が出場されています。 若し私も80歳以上で生きていてゴルフをやっていたら、その時はまた一生懸命やってみようと思っています。

なぜなら、80代になったら『エージシュート』を狙ってみようかと思っています。 77歳ではそれはちょっと無理ですが80台ならひょっとしたら目標として上げてもいいなと思っています。

そのために、現在の体力年齢41歳を、少なくとも40歳代で保っていくことが目標になるかも知れません。

何事も、高い目標を立ててチャレンジすることは、楽しくいいことだと思っています。

秘かに思っていることをちょっと言ってみたくなる、そんな昨日の優勝でした。

 

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姉(母)と弟(叔父)

2010-11-18 06:46:14 | 日常生活、園芸、バラ

★母は101歳である。

お盆のころにひざを痛めて、ちょうどお盆休みであったこともあって、救急車で病院まで運んで頂いた。

検査の結果、体に炎症があるからと、そのまま入院となってしまったのである。

入院するとよくなるのかと思ったら、今まで入院などしたことがないので、精神的に参ってしまったのか、一時はどうなることかと思うほど解らなくなってしまった。一番下の妹夫婦が見舞に来てくれた時は、結局誰が来たのかも解らないような状態だった。9月の半ばごろになってやっと幾らか元気になって退院し、そのまま家には戻らずに養護施設のりんどうの里にお世話になっている。

母は男3人女3人の6人兄妹、兄2人は既に他界し今4人が残っている。

一昨日、一番下の弟夫婦がわざわざ鵠沼から面会に来てくれた。 弟、私から言えば叔父にあたるが昭和3年生まれだから5つしか違わない。子供のころは兄弟のように面倒を見てもらった。

りんどうの里の方は、101歳の母の弟夫婦が面会ということで、90歳を超えた老夫婦が来るものとばかり思っておられたのだろうが、老夫婦には違いないが叔父はまだ82歳、叔母は私よりずっと若くて家内と同じくらいのお年なのである。

3人姉妹の長女で、2番目の妹さんは、細川元総理の奥様、3番目は金田正一とバッテリーを組んでいた根来の奥様とか。母のすぐ上の兄が国鉄スワローズの初代総監督をしていた楠見幸信なので根来さんとはそんなご縁だとか聞いている。

明石から三木までは、妹夫婦が送ってきてくれた。

★先にりんどうの里に行って待っていたのだが、一昨日は至極ご機嫌がよかった。

この6月ぐらいまでは、自分でちゃんと歩けたのだが、入院してベッドに寝ていたら、足が弱ってしまって今は車椅子である。 8月末頃の何も解らないころがウソのような回復ぶりである。指をさして何か勝手なことを言っていた。

会うのは、10年ぶりくらいだが、確かり解っていて良かった。

不思議なもので、今の事は皆目解らないくせに、昔のことはよく覚えているのである。

 

叔父が持ってきてくれた昔の写真などは、目がそんなに見えるはずはないのに、話していることは意外なほどまともなのである。

私の子供のころの、戦前の写真がいっぱいあって、私自身も懐かしかった。

 ヨコで見ていて、姉弟というのはまたいいものだなと思った。

姉弟と言っても20歳も年が離れていて母が結婚したころはまだ叔父は3つだったとか。

 

★わざわざ鵠沼から、来ていただいたが、母もちゃんと解ってくれてよかったなと思っている。

叔父夫婦は、京都泊まりだというので、防災公園のビーンズドームへ案内して、新神戸まで送った。

建築家である叔父も、ビーンズドームにはビックリのようであった。

 

私には4人の妹がいる。最近はこのブログも読んでいるようなので半ば私信のようなブログである。先日見舞に来てくれて何もわからぬまま帰った末の妹夫婦も写真をみて、幾らか安心すると思う。

先日、母の入院中にお見舞いをいただいた東京にいる叔母(母の妹)やご無沙汰ばかりの方たちにも、母からのご挨拶の代筆のつもりで書いている。

これも、わざわざ叔父夫婦が三木あたりまで来て頂いたからである。 本当にありがとうございました。

 

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尖閣問題、保安官逮捕せず

2010-11-17 05:49:07 | 発想$感想

★尖閣問題、保安官逮捕せず  と各紙は事実は報道しているが、あまりはっきりとはこれに対する意見を言っていない。

『比べる紙面』には、こんな論調がならんでいる

これは、正面切って論評するのは非常に難しい問題であることはよく解る。

読売新聞の

「遠く離れた日本の海で起こっている出来事を見てもらい、考えてほしかった」。尖閣ビデオを流出させた海上保安官のコメントです。

結局、保安官は逮捕されないことになりました。政府は厳罰を求めていただけに、メンツは丸つぶれです。

そもそも流出は対中配慮なのか、政府が非公開のままにしたため起きました。その意味では自業自得かもしれません。それにしても菅政権の判断の悪さが目立ちます。日本は大丈夫でしょうか。(河)」

というコメントが一番はっきりモノを言っているのではないか。

私自身はこれに近い感想で、さらに一歩進めて最初の判断が明らかに間違っていた、と思っている。

 

一貫して、強い意見を言っているのは、一番最初に『判断を間違った』仙石官房長官だけだが、全体の空気からいうと『四面楚歌』の状況である。

 前回のブログでも書いたが、なぜ『間違った判断でした』と謝らないのか?

どんな地位にある人でも、その職を賭してでも、明らかに間違った場合は謝るという普通一般の常識に基づいた行動ができない人が国の基幹に坐っていること自体が問題だと思う。

こんな官房長官がいる限り、民主党の支持率もあがらないと思うし、菅さんは今本音でどう思っているのだろうか?

 

★ただ、この保安官のとった行動は? と正面切って聞かれたら、大阪の橋下さんの意見の方が正しいと言わざるを得ないのだろうが、

これは、平成の忠臣蔵のような話である。

殿中で刀を抜くことも、その殿の仇討をすることも、みんな違法だから四十七士は切腹になったのだが、世間は忠臣蔵を美談として後世に伝えているのである。

この話は、公務員の守秘義務違反ではあるのだろうが、間違いなく公務執行妨害の中国人船長は釈放してしまっているのだから、保安官だけ厳しく処罰するのはなかなか難しいのだろうし、有識者の意見を聞いていても有罪は難しいと言う意見もある。

事件の主犯に対しては、うやむやにして、そこから起きた枝葉だけを厳しく法で裁くことは、どうも『気持ち』で割り切れないのである。

 

★ 一連の問題に対して素人的にはこんなジャッジである。

中国船が領海内に入った  ×

巡視船が領海外へ出るように説得   ○

海上保安庁がその様子を撮影した   ○

中国船が体当たりした  ××

船と船長を確保   ○○

船と船長釈放    × × ×

ビデオの処理などの取り扱い対応   ???

保安官がビデオ公開   ? ○ ×

 

★今後この問題は、どんな進展になるのだろうか。

こんな話に『たら』はないのだろうが、同じ民主党でも若し小沢さんなら、同じことが起こってもこんなブザマな対応にはならなかったのではと思ってしまう。

これは私の個人的な意見だが、『小沢政権』なら政治がどうなるのか。

これは本当に見たかったのだが、そんなことを言ってみてもあとの祭りである。

 

民主党でも、自民党でもいいのだが、ホントにリーダーらしい人は日本にいないのだろうか?

 今回の保安官のような『心情』を持ち、ある時には毅然として身を捨ててでも『行動』できるような政治家はいないのだろうか。

 

 

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昭和34年、(1959)入社3年目、熱中の始まり

2010-11-16 05:52:14 | 自分史

★何事にもハマると熱中する、そんな性格は若い時も今も、全然変わっていない。

そういう意味では人間そんなに成長などしたりはしないのである。給料が上がったり職位が上がったりするものだから成長したような気がするだけなのかも知れない。

『社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない。 (本田宗一郎)

ホントにこんなこと言ったのかどうか、昨日ツイッターのどこかで見た。確かに職位が上がったから、経験がつめたから人間が急に偉くなったりはしないのである。 50年前の日記を読み返してみて、この時点に仮に今立っていても同じようなことを判断し、同じような道を歩いたであろうと思ったりする。

入社3年目、会社の生活にも少し慣れて、いろんなことが起こっているが、

大きく二つの事に『熱中している。

一つは、家内との恋愛

もう一つは、償却計算の機械化を中心とする財産管理システムである。

 ★付き合いだして2年目に入っている。

性格的に隠したりはしなかったので、周囲の人たちはみんな解っていた。恋愛というレベルは初めての経験だったと思う。当たり前の話だが今のテレビ用語で言えば『熱愛』の部類だったと思う。

いろんな事情があったり、自分もまだ体に空洞がある状況だったので、結婚を表面で決めていたわけではないが、気持ちの中では結婚することが当然だと思っていた。日記を読み返してみるとよくデ―トしているものである。

お互いハマってしまっていて、当時はこんなに熱心なのに、50年経った今の冷静さはどうしたことかと思う。そういう意味では、女性より男の方が純真なのかも知れない。

とにかく熱中して楽しい時代であったことは間違いない。

今の時代では考えられないのかも知れぬが、当時はまだ結婚相手を紹介する風習は残っていて、コネで入れて頂いた当時の砂野副社長から、社長室によばれてどこかの医者の娘さんだとかいろいろ言われたのが、一番困ってしまった。

まだ結婚を決めていたわけではないが、お断りした。義理がたい方だったから、故伯父との関係もあって面倒見るならとことんということだったのだろうと思う。

 

★仕事の財産管理の方も3年目に入って、これは新人だったが間違いなく課の中枢で動いていた。

部長から直接、『事務の機械化』という命題を、4月の期の初めに頂いて、具体的にあちこちの会計器などを調べたり、柄にもなく図書館から本を借りて事務機械化を研究したりしている。

当時のナショナルとか、バロスの計算機の担当者がしきりと出入りするようになった。ナショナル会計機で当時300~400万もする高価なものだったから、売り込み側も必死だったのだと思う。

大阪のナショナル会計機に行ったら、取締役営業部長が直接説明されたり、常務取締役が挨拶に出てこられたりした。3年目の新人社員だったが、全然気遅れなどしなかったと日記に書いている。こんなところも生来の性格で偉い人に会ってビビったとか緊張などしたことは、あまり経験がない。 偉い人に会った経験もないのかも知れない。

本田宗一郎さんとは、何度も同じ会議で同席して言葉を交わすチャンスはあったのだが、一度も話したことはない。これは間違いなくビビっていたのだと思う。

 

★話がそれたが、

私の1年後輩で、大河内君が管理にいて、彼は機械化はIBMでやるべきだと言うのがずっと持論であった。

9月までは国内の計算機の研究をやっていたのだが、10月8日にIBM室の藤村係長に説明を受けて、一度に気が変わってしまった。

俄然、IBMの方がいいのである。当時まだ日本にはIBMなどはなかったのだが、川崎航空機は米空軍のジェットエンジンのオーバーホールをしていた関係で、空軍関係は全てIBM処理だったのである。

ナショナル会計機などではちょっと難しい償却不足などや償却済み物件の例外処理もできるし、今まで空軍以外の業務に使ったことはないが、余裕があるので財産の償却『計算ぐらいなら、無料でやってあげると仰るのである。

10月8日に初めて説明を聞いて、10月12日には『IBMでやることに決めた』と日記に書いている。会計機とIBMの比較答申書などを書き出しているのである。

 

★IBMでやると決めたらIBMに乗せられるように、周辺の状況の整備をしなければならない。

IBMと言っても50年も前のIBMだから、まだパンチカードシステムの時代で、カードの桁数にも110桁だったか制限があり、コード番号一つとるのも1桁でも大きな違いなのである。

償却物件の名前もすべて整理統合して、きっちり決める必要がある。

例えば机ではダメなのである。 片袖机か両袖か、鋼製か木製か。 分けて管理する必要があるなら分けて、何も分ける必要がなければ机でもいいのである。 テーブルと机は違うのか。応接テーブルとは分ける必要があるのかないのか。

まあそんな話なのだが、いい加減ではダメなのである。

すべての工具器具備品の名前を分類し、それに基づいたコード一覧表を造る作業は、簡単なようで前例がなく大変だったのである。

さらに、明石の工場だけでなく、本社も岐阜工場も合わせて全社統一のコード体系を造ろうとしたのである。まだ岐阜工場と明石が会社としても統合されたばかりで給与体系すら細部はまだ異なっていた時代である。大変な作業であったが、岐阜製作所も本社も含めて、最終的には明石案で統一されたのである。やりかけてほぼ1年翌年まで掛ったが、新人としては一大事業であった。

 

この二つの事柄への熱中度は翌年へも引き継がれていったのである。

 

★昭和34年は一般にはこんな年であった。

1月15日には南極で犬2匹、生存のニュース。

阪神タイガースに明石の先輩の大津淳さんがはいり、ベスト10に顔を出したりした。

9月15日には、ソ連が月にロケットを飛ばしている。

日本選手権は、巨人―南海、藤田、杉浦、長嶋がまだ若いころだが、杉浦力投で南海の4連勝で終わっている。

 

私ごとだが、養成工の国語の先生をやらされている。やってみて往生した。 英語や数学の方がよほど、ごまかしが効いて教えやすいと思う。

国語教師の免許などあるわけではないので、『昔の言葉を文語という』と言ったら、すかさず『---でござる』というのも文語ですか?と質問されて困った。

年末のボーナスの手取りが22000円だった。

 

★写真は、kwakkyさんのブログからお借りしました

 

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