雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

評価して頂いて嬉しいこと

2010-07-31 05:15:29 | カワサキワールド
★毎朝、このブログのアクセス解析を観ることから一日が始まる。
その最初が『閲覧元URL』である。

ツイッターや、三木おもろいわやたけおブログなどが上位の常連だが、たまに面白いサイトが現れる。


昨日5位に現れたのがこのサイトである

以前に書いた、SPA直入物語1~5 までが紹介されている。
ご本人とは面識もないが、バイクネタも多くそのトップにこのブログが現れる。
改めて、このプロジェクトの感想をちょっと。




現役のころ、これは他の誰もやれなかっただろうと思う仕事は幾つかあるが、
このSPA直入プロジェクトは、その最たるものである。
会社の仕事だから当然金を出したのは会社である。それも小なりとは言え単位は億の金だから、認可をしたのは経営会議のトップたちである。

しかし、こんな事業はカワサキでも初めてのことであったし、採算性も事業としてどのように運営すかも何処にもノウハウはないのである。
まして、鈴鹿サーキットや菅生とは違って、一般のライダーたちに開放したい。
レースと言っても底辺の人たち、さらにはレーサーではない一般車両のサーキットコースでの走行も視野にいれた、日本でも初めてのサーキットであった。

トップの経営陣など、こんなレースの世界など知るはずもなく、こんなプロジェクトの可否の判断は、誰の企案かという要素が大きい。
そういう意味では、いろんな新しい取り組みはそれまでにもいろいろやっていて、なんとなく信頼もあったのでトップの人たちはそんなに問題ではなかったのである。

むしろ、本社の管理部門の各所の説得の方が難しい面もある。
このプロジェクトが川重にとって初めての経験であったのにスムースにことが運べたのには、二人の強力な協力者の賜物である。

その一人が、本社企画の阿仁さん。彼は単車担当ではあったが、初めの段階から自分のことのように協力してくれた。
殆ど本社管理スタッフへの説明などはなしに、このプロジェクトはスムースに進行したのである。

もう一人は、故岩崎茂樹くん。彼がいなかったら、とてもこんな無鉄砲な計画は出来なかったと思う。
初め目の前にあったのは、会社の土地ではあるが、草ぼうぼうの斜面の土地で、そこにどんなコースを作るかは自由なのだが、
具体的にコーナーの数も、そのアールも、上り下りの度数も、すべて担当する土木会社に指示しなければならなかった。
土木会社はサーキットなど造った経験など皆無だったのである。

完成してもう何年たったのであろうか?
『安全なコースにしたい』という基本コンセプトは、多分日本のサーキットで死者が出ていない数少ない、ひょっとしたら唯一のサーキットかもしれない。


小さなサーキットだが、使われたユーザーからの評価は。おおむね好評である。
こんなサイトを作っていただいて、それを見てこのブログにアクセスしていただける方がいることは事の他うれしいのである。
大きなリンクを貼っていただいたような気分である。

どんな方か存じ上げないが、ツイッターもおやりのようなので、フォローさせて頂いた。



★7番目に現れたのが、これもバイクのサイトだが、このサイトからも何度もアクセスがある

どんなお店かも知らぬし、カワサキも正規には取引はないようである。
ホンダ、スズキ、ヤマハ、カワサキを同じようにサイト上では、取り扱っていて、
リンクの中になぜかメーカー、二輪関連企業に続いて、
ブログのトップに雑感日記』がリンクされている。

確か最初は、何かの記事を大きく紹介いただいて、そのままリンクを貼っていただいている。

ここから訪問者があるのは、このリンクのおかげである。


★昨日だけではなくて、このサイトからはしょっちゅうお客様がある。

『はっぴいえんどプロジェクト』と紹介すればいいのか?
ラリホ―日記』と紹介すればいいのか

ここにも『雑感日記』はリンクされていて、時々は記事の中でも取り上げていただいている。

この方とは、ひょこむの友達でもあった。
MFJの春のパーティーの時にお会いしたこともある。
生駒でバイクのペイントやレースなどもやって、楽しい二輪の世界を演出されている。

ひょこむのハンドルネームは万作さん、mixiなどネットの世界でも積極的である。



最初の出会いは、『枚方の野崎輪業の故野崎さん』のことでブログで繋がったのである。
野崎さん。いいひとだった。
レースにも熱心だったし淀川の河原で野崎さんが主宰した草レースには、当時パリパリのトップライダーであった60おじさんが参加してくれたりした。
そんな野崎さんと繋がっていたのである。
ロードレースの和田くんなどとも近いが、カワサキとダイレクトには関係はない。

今回は、ツイッターを始められた
まだ、はじめられたばっかりだが、最初の段階からフォローして頂いたり、仲間のツイッターをリツイートしていただいたりしている。
どんなことになるのか?楽しみである。

バイクの遊びの分野でも非常にいい活動をされていて、
NPO The Good Timesが、ぜひ参加してほしいと願う『はっぴいえんどプロジェクト』さんである。


★いろんな意味で、評価頂くのは嬉しいことだが、取り上げたお三方のように、何の関係もない方からの評価は特別に嬉しいものである。
そこには、利害関係もないし、純粋にいいと思ってくださっていると思うからである。
『雑感日記』をリンク頂いている方はほかにも沢山おられるのだが、やはりバイク関係の方のリンクは嬉しい。

今日ご紹介したのは、たまたま、アクセス解析に現れたところと、ツイッターでのお付き合いが始まったばかりの『はっぴいえんど』さんである。
既に、潮流発電のjapannovaenergyや、あのthiraiさんと繋がっている。
ツイッターという新しい世界を通じて、また新しい何かが起こればいいなと期待しているのである。








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日本のサッカーの底辺

2010-07-30 05:26:36 | スポーツ
★先ほど行われたワールドカップの日本の健闘は、まだ記憶に新しい。
期待以上の実績を残したが、本当に日本のサッカーも強くなったものである。

私自身は、戦後日本全国『子供のスポーツは野球』という時代に育って、自らも野球をやっていたのだが、
当時サッカーの名門として名をはせていた神戸一中に育って、野球部に籍を置いてはいたが運動部の実績としては断然サッカー部ということで、そのころからサッカーには関心を持っていた。
当時の全日本のメンバーは半分くらいが神戸一中のOBだったし、1年上の生駒さんがずっと全日本のゴールを守っていたりした。
釜本、阿部、ネルソン吉村などのいたヤンマーの試合などもよく見に行ったりしたものである。
その後、小学校のころから、息子がサッカーをやりだしたので、私のサッカーへの関心事はさらにたかまっていったのである。

そんなことで、日本のサッカーの実力の推移は、素人ながら自分の目で見てきたという自負みたいなものがある。

★そんな約60年にも及ぶ日本のサッカー観戦なのだが、
最近の日本サッカーのレベルは、本当に大したものだと思っている。
世界との開きはまだあるとは思うが、早晩追いつく可能性を秘めているのではないかと思っている。

その理由の一つが底辺の広がりである。野球のすそ野も広いが、それ以上にサッカーの底辺は広いのではと思うし、
もっとも素晴らしいのは、野球以上に指導育成のシステムが出来ている。
Jリーグがスタートして、地域に立脚した独特のサッカーシステムを作り上げたのが良かったと思う。

私の住んでいる三木は、結構サッカーは盛んだが、小学校単位のチームもあるが、
こんなサッカー専門のクラブ組織もある。指導者が熱心だし、ツイッターでは毎日沢山の情報を流している

★昨日はアメリカから夏休みで戻ってきている孫が飛び入りで入れてもらっている中学校のサッカー部がヴィッセル神戸のジュニアと試合をすると言うので観に行ってきた。



中学1年生ぐらいのメンバーだがユニホームはJリーグのヴィッセルとおなじである。





こんな芝生のコートが何面もある言い環境である。
孫が入れてもらっているチームは西神中学校の2年生の新チームだが結構善戦で対スコアであった。
ひと昔前の中学生とは段違いの実力である。
昔も一流になる選手はうまかったのだろうが、最近はチーム全体のレベルが向上している。
いわゆるすそ野の広がり方が段違いなのである。



試合が終わって暗くなってしまったが、孫と左は高校1年生だが、ヴィッセル神戸のユースのフォワードをしている内田君である。
長男の同級生で、子供のころからのトモダチである。
ひょっとするとこのまま伸びてプロになるかも知れない。
それを目指しているようである。

高校1年生だが大学に入る年にヴィッセルに残れるか、大学に推薦してくれるかで進路が分かれるそうである。
こんな卵がいっぱいいて、今後はJリーグの水準もさらに上がるだろう。

★孫のサッカーは2年前に観て以来だが、2年の歳月はこの子供のころは伸びるものである。
2年前は、正直これはダメだとおもっていたが、
アメリカで今所属しているチームが今回のワールドカップのアメリカ代表が3人もいる名門のようで、指導方法がいいのだろう。
見違えるような進歩であった。

あと2年ほどすれば、ひょっとするとものになるかも知れない。
親バカならぬ、おじんバカの心境である。

内田君ともども、頑張ってほしい。
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ニュースいろいろ、その感想

2010-07-29 05:17:51 | 発想$感想
★昨夕、関西テレビに野中さんが生出演して、官房機密費のことをやっていた。
一国の政治のことだから領収証の要らない機密費があること自体は、仕方がないのかも知れない。
企業でも機密費はあるのかもしれない。

ただ、このような金の使い道は、月日が経つうちに本来の機密費にも使われるのであろうが、
今問題になっているのは、政治評論家やマスコミの現役記者たちにまで配られて、世論操作されたのではという疑惑である。
野中さんは、前任者からの引き継ぎで評論家には渡したと言ったが、現役記者たちには渡していないと明言した。

週刊誌などでいろいろと取り上げられているのは、記者を含むマスコミが焦点のようである。
こんな話はよくわからぬが、評論家に渡っているのなら、ほかのマスコミにもとも思える。

疑惑があるのなら、各新聞、放送局など沈黙していないで、進んで解明のキャンペーンでも張ればいいのにと思う。
同時に、せっかく政権交代したのだから、民主党ももう少し真正面から取り組めばいいと思う。
こんなことは、姿勢の問題で予算など要らないのだから、やるなら真正面から取り組むべきである。

★ごく最近ツイッターに参加されたthiraiさんが、こんなことをつぶやいている。

イヤー今度はyahooとgoogleの合併、何か知らないうちに世の中が便利に???なって行くのか、どうせ付いて往けないイヤそんなことは無い現にこうやって付いてやっている、ただ進歩が早すぎる、良いのか悪いのか?

検索の世界でGoogleが数歩Yahooをリードしたようである。
現在の検索の技術は、どうなっているのか、とにかく考えられないくらい早いし正確である。

これはネットの世界でブログやツイッターをやっていて、そこそこのレベルまでいったら、個人の書くブログやつぶやきでも逃さず検索に現れるのである。
このブログ『雑感日記』も検索にはいろいろお世話になっている。
そこそこのアクセスがあるのだが、いろんな検索ワードから訪れる人も多い。
日によっていろんな検索ワードが現れるが、ブログに書いた言葉なら、知られていない言葉の方がよりはっきりと上位に出てくるのである。

たとえば『相信会』などを検索すると、つい先日のツイッター講習会のブログがトップに並んだりする。
私の個人名も、ツイッターではハンドルネームと同時に本名も出しているので、本人もびっくりするほどいろんなものがならぶのである。

どこがどれくらいいいのかは、言えないが素人目にも検索はGoogleに一日の長があるように思っていて、いつ頃からか検索はGoogleに決めてしまったが、
今後はどんな進展になるのだろうか?
中国は何かもめていたが、どんなことになるのだろう。

Googleで中国の『百度』を検索したら、こんなサイトが出てきた。ご参考までに。


★プロ野球、後半戦が開幕したら、一戦目で阪神が巨人を抜いて0.5ゲーム差だが、首位にたった。
今年の阪神は本当に豪快である。

投打ともに外人が大活躍である。城島も大リーグから入って、矢野が繊細に投手陣をリードして、最少失点で逃げ切るイメージの阪神からは、イメージチェンジもいいところである。
正直言って外人選手の名前をちゃんと覚えられないのだが、とにかくよく打つし、ピッチャーもどんどん投げ込むだけのイメージだが結構抑えてしまうのである。
今ブログを書いている横で実況放送中だが、今は2-0で負けている。

それでも、7回から2点ぐらいなら逆転するだろうと思ってしまう。
今夜はどんな結果になるのだろう。
熱烈な阪神ファンではないが、この秋にオリックスと日本シリーズを戦うようなことになれば、面白いのでは。

今解説の有田さんが、『この回を0点におさえたら、逆転するのでは』などと言っている。
0点に終わった。7,8,9あと3イニング、ほんとに逆転するだろうか?

★解説通り8回に一挙逆転である。
なぜ、こうもよく打つのかと思うほどの連打、見事であった。

こんな試合を現場で見た阪神ファンはホントにこたえられない気分だろう。
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夏の高校野球で思うこと

2010-07-28 05:34:02 | スポーツ
★各地で夏の甲子園出場を目指して熱戦が展開されている。
既に甲子園出場を決めたところもある。

兵庫県でもベスト4をかけての4試合が行われた。
いわゆる準々決勝である。
本来なら、熱戦が展開されてしかるべき8校なのである。

ところが、この試合の4試合のうち3試合がコールドゲームなのである。
神港学園―長田        11-0  5回コールド
神戸国際大付ー伊丹西    7-0  7回コールド
報徳学園―市神港       8-1  8回コールド

ルールなのだからコールドゲームは仕方がないが、圧倒的に私学が優勢なのである。
最近は甲子園の全国大会でも、圧倒的に強いチームが多く、野球ではなくてラグビーのような得点差になることも多い。


★もともと学校は学業をする所で、そこに通う生徒たちが、それぞれいろんなスポーツをするそんな形だったのだが、
最近は、スポーツをするためにその学校にはいる学生も多く、それがさらに先鋭化して全国から優秀な選手を集めて、あたかもプロのようなチームを作り上げるところも多い。

昔も幾らかはそういう傾向もあったが、ちょっと最近はひどすぎるような傾向である

兵庫県の大会で驚いていたら、宮城県の決勝戦では、もっとひどいことが起こっていた。[
仙台育英が気仙沼向洋を相手に『28-1』である。
決勝戦だから、多分コールドゲームがなかったのだろう。

堂々と戦った高校野球の結果を『ひどいことが起こっている』と書くのは、まことに不適切だとは思うが、決勝戦だけに本音で言うとそういう感じになってしまうのである。


★どうすればいいにか?と言われると即座に名案も浮かばないのだが、

何となく、『これはおかしい』と言わざるを得ないような状況なのである。



昨日は久しぶりに、明石に行ったので母校によってグランドまで行ってみた。
もう新チームなのだろう練習が始まっていた。

近くにいたテニス部の女の子に、野球部は何回戦まで行ったのと聞いたら、
『3回戦で須本に負けた』と答えが戻ってきた。
野球部の先輩でつい何年か前までは、OB会の役員などもやっていたのだが、
夏の大会になっても、最初から甲子園など、夢のまた夢と、期待もしないのが現状である。

『名門明石』の名前も、あの中京―明石の25回戦を戦った先輩たちがこの世をさられて、一緒に何処かへ行ってしまったのかも知れない。
この選手たちは、まだ夏も始まらないのに、春の選抜を目指して練習に励むのだろうか。

  

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戦後のスタートの場所、今昔

2010-07-27 05:26:17 | 自分史
★昨日はアメリカから帰省している娘が、免許の期限が切れて、その書き換えをするというので、1日明石の免許試験場につきあったのである。
その時間待ちの間、戦後引き揚げてきてから、最初に過ごしたところや、明石上の丸の私の生地(私の本籍)を孫を連れて久しぶりに訪ねてみた。
60年以上も経って様相は一変しているが、随所に昔の面影は残している。


★私自身は空襲を知らない。
空襲の話などは戦後帰国していろんな人に聞いたりはした。
ただ、空襲の跡はこの目でしっかりと見て知っている。

伯父一家が住んでいた明石上の丸は明石公園の東側の外堀、薬研堀にずーっと面していて、普通に考えて空襲など受けたりする環境ではない。
疎開などは勿論していないし、神戸の知人などからは疎開の荷物などを預かっていたほどである。
明石の人たちも、空襲警報が発せられると、みんな明石公園に避難したようである。
川崎航空機が明石の西の方にあったので、空襲はあると思っていたようだが、まさか明石公園の中に爆弾や焼夷弾が落ちるとは思っていなかった。

公園の外堀に隣接した伯父宅にも爆弾3発、焼夷弾は数えることが出来ないぐらい落ちて築山のガレージの防空壕にいた一家で叔母だけが即死の状態であったという。
外堀は、死骸でいっぱいだったという。

★家も完全に焼失してしまってから、今は神戸市になっているが、伯父たち一家は伊川谷、白水の家を借りて移り住んでいたのである。
明石の上の丸から北に4キロほど入ったところである。
当時は全くの田舎そのものであった。

ソウルから引き揚げた私たちは、この伊川谷白水の家で、伯父たち一家と同居で戦後がスタートしたのである。
持ち帰った荷物は担いできたリュックだけ、多分現金は一人1000円だけだったはずだから、当時の生活費は、すべて伯父がまかなってくれたのだと思う。
伯父と父は非常に仲が良かったし、財産分けなどは祖父の遺言か何かでしていなかったので、伯父に世話になることに、父は何のためらいもなかったような感じであった。

12月8日に引き揚げてきて、伊川谷に落ち着いた。先に日本に引き揚げていた二人の妹達も岡山から移ってきたが、そのころどんな連絡をしたのかなどは全然解っていない。
伯父は毎日のように私を連れ歩いて、一緒に行動した。
とにかく跡取りが無事戻ってきたのがうれしかったのは、私にもよくわかった。
自転車はすぐ3台も買ってきて、明石まで毎日自転車で通っていた。

★出かけた先は、明石の相生町に住んでいた叔父夫婦の屋敷跡、父の妹に当たる叔母と叔父は二人とも爆撃で亡くなってそのあとには、
後、明石商工会議所会頭をされた辻勝一さんが何人かで建設業をはじめたばかりであった。
京都宇治のご出身だが、なぜか伯父と気があって、叔父夫婦の屋敷跡をどうしたのか詳しくは知らぬが、そこが、事務所だったのである。
現在は辻さんの居宅になっているところである。
辻さんは多分まだ30代の若さだったと思う。憲兵大尉をされていたとかで元気が良かった。父よりもだいぶ若かったように思う。
そんなことで中学生の私は、毎日のように辻さんと伯父たちの会話を横で聞いていたし、お話もさせていただいた。

その中学生のころ、明石でもう一人伯父が懇意にしていたのが、後川崎重工の社長をされた砂野仁さんである。
砂野さんは当時は川崎機械の社長をされていたのだと思う。
砂野さんとは、前に書いた錦江ホテルの売買からの関係であったのだと思う。
よく上の丸の家に来られて、伯父と酒を飲んでおられた。

砂野さんのご子息の耕一さんが神戸一中に通っておられて、そんな関係で私も神戸一中に入るように勧められたようである。
中学1年で12月に引き揚げてはきたが、学校にも行かずに伯父のあとについて、辻さんやら、砂野さんやら、当時の神戸銀行にもよく連れて行かれた。
そして翌年4月、神戸一中の1年生に入学したのである。
どうして、無試験で入れたのかは、よくわからない。
伯父や父が、何とかうまく計らってくれたのだと思う。

伯父が死んだ後も、砂野さんや辻さんには何かとお世話になった。
中学1年当時にいろいろと話などさして頂いたのが、いろんな意味で私の財産として残っているように思う。


★昨日は、そんな戦後をスタートした懐かしい場所を時間つぶしに歩いて写真を撮ってきた。

まずは、伊川谷の白水。 現在は繁華街の様相である。
白水のお稲荷さんのあるお宅のヨコだった。お稲荷さんのある旧家は今もそのままであった。






多分、この建物の場所の平屋であった。
そのころは、田舎の川だったのに、今はこんな都会の様相である。
『伊川谷』 もう『谷』という感じは何ものこっていない。


★上の丸は、今も200坪ぐらいは、まだ残っていて、従兄弟が住んでいる。
戦後、伯父が建てた家は取り壊して、今風の住宅が建っている。

このあたりは、昔の武家屋敷で道は狭く車などでは通りにくい。

Google earth で眺めてみたら、
外堀沿いにあったかっての敷地内に、今は30軒あまりの住宅が建っている。

戦前からの、YさんやMさんと言った懐かしい門札も近所には残っていた。




道はこんなに狭い。



外堀は昔のままだが、ここでも魚釣り禁止の立て札があった。





明石公園の方からのながめである。
この対岸あたりで庭から下りてきてよく魚釣りをしたものである。

こんな写真から、当時の家も一つも建っていない、何にもないタダの焼け跡に、爆弾の落ちた跡にできた池が3つ、2,3メートル間隔に突き刺さった焼夷弾の数々。
この綺麗な池が死体でいっぱいになった光景など、
誰も想像も出来ないだろう。

戦後の明石公園は、ほとんどの木が焼けてしまっていた。
松はそのまま枯れてしまった。
樫や楠などの広葉樹は、焼けただれた幹から芽を出して、60年たった今は鬱蒼とした森になっている。

若し、戦災で焼失していなかったとしても、この土地屋敷をそのまま持ちこたえることは、多分出来なかったと思う。
そのことに特に想いなどはない。
生まれ故郷の明石を離れて三木に移ってきたのは正解であったと、正直そう思っている。
ただ、ほんとに小学校の頃、一瞬のあいだだがこんな環境の中で、過ごした経験だけは貴重だったのだろう。







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体力維持に頑張ろうー2

2010-07-26 04:57:59 | 日常生活、園芸、バラ

★『体力維持に頑張ろう』 というブログをアップしたのが、ちょうど1週間前のことである

きっかけは、家にこんな自転車が届いたこと、これならテレビを見ながらでもこげるし、何とかなるのではと思ったからである。
自転車ではなしに、名前はカッコよく『クロスバイク』というらしい。

もう一度、写真を出すとこんな形のものである。
家内が買ったのだと思っていたら、いまアメリカから遊びに来ている娘がなぜか買ってくれたそうである。

1週間、経ってこれはイケルのではないかと思っている。


★理由はいろいろあるのだが、一口でいうとなかなか快適である。

●音がほとんどしない。テレビを観ながらでも、全然問題がない。
●強度はいろいろ段階があるが、最強度でもそんなに大したことはない。
●走行スピード、時間、走行距離、消費カロリーが表示される。

今までも、ちょっとだけだがダッシュなどはやっていたので筋力はそんなに衰えてはいないので、最強度でこいでもそんなに負担は感じない。
長距離走など、息の切れるのは元来苦手なのだが、これは汗はでるが息が切れるほどにはならない。
とにかく毎日何回か、テレビを見ながら続いている。
大体、25分から40分、走行距離は10キロを目安、そうするとウソかホントか300から500カロリーぐらいが消費される。

40分ぐらい走っても、足腰が痛くなったり、筋肉が張ったりはしていない。
82キロ強あった体重は81キロ台までは落ちた。
この調子なら、多分続くだろうがそれがどのくらい効果があるかは、まだよくわからない。

やらないよりは、間違いなくいいはずである。


★多分、これが一番効果があると思うのは、『考え方』の問題である。

ウソかも知れぬが、300カロリーも消費したと思うと、
何かを食う時に、『これは何カロリー?』と今まで思いもしなかったことを思うのである。

夕食の量が減ったし、カロリーのありそうなものを多く口にしなくなった。
昨晩は、なぜかビールも自然に飲まずに我慢した。
家内と二人だけの食事ではなくて、ビールを飲まぬ孫たちがヨコにいるので、ビールを飲まなくても、自然なのである。

先週のブログを見て、ikeda33さんが、ツイッターで頑張れと応援してくださった。
今朝のブログでは、私より40歳も若いさるとるさんが、腹が出てきたので毎朝40分自転車に乗るという。

いつまで続くか、
どんな結果になるかよくわからぬが、さるとるさんに負けぬように頑張ってみたい。
こうしてブログに書いておけば、幾らかの励みにはなるだろう。

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株)キッズ という会社ーーー

2010-07-25 04:56:36 | NPO The Good Times
★この週末、NPO法人 The Good Times に新しい団体会員の法人が加入された。

その会社が、高知の『株)キッズ』 さんである。
NPOのホームページからの直接の入会である。

NPOのコンセプトに賛同されて、ホームページを通じての入会は、このNPOが目指すもっともスタンダードな入会方式で有難いことである
ホームページを見ると、こんな会社である

機械事業部、介護事業部、IT事業部、twitter とある。
機械事業部は、Kawasakiの建機も「お世話になっているようだが、介護やITという時代にマッチしたものを扱っておられるし、
さらに時代の先端を行く『twitter』 まで揃っている。

失礼だが、一見して大会社でないことは解るのだが、機械事業部にも、介護事業部にも、それぞれブログもあって、
システムとしては、大会社以上の仕組みが既にある。
週末で、電話も通じていないのだが、

NPO法人 The Good times としては、非常に応援し甲斐のある会社のように思えた。
週明けにでも、社長さんにいろいろ伺ってみるのが楽しみである。
まず、大丈夫と思うのは、先日の川重OBの『ツイッター講習会』のこともご存じで、既につぶやいておられるのである。


★先週末、武雄市長物語のブログは『ツイッターと冷房』であった
この話は、秀逸である。 流石、樋渡さんらしくて、ちょっと他の人には真似が難しいかもしれぬが、ネットの横一線の繋がりがあって、初めて実現する話なのである。
武雄の場合は、役所のたけおブログも、公式ツイッターもあるし、市民のツイッターを横に繋ぐ試みにもチャレンジされている。

その樋渡さんご自身がツイッターについて、こう述べておられる。

『ツイッターを試行錯誤使ってみた感想ですが、かなり使えるという確信に至りました。
ただ、前も書いたかもしれませんが、昨年12月にアカウントをとって、途中、バカバカしくなり、3か月ほどほったらかし、という状態も経験しているので、誰しもがすぐに納得して使う、ということは思っていません。
私の場合、雑感日記さんの影響が大きい。』 最後の一言が樋渡さん独特で、お世辞と解っていてもその気になってしまうのである。

確かに、ツイッターは、ブログ以上に上手に使うのは難しいような気もする。
最近は、政治家に加えて、企業の公式ツイッターがが多くなったが、通常の使い方では
ほとんど機能していないようにも思う。

兵庫県明石の魚の棚の
fugutenふぐてん@明石好弘さん、ふぐ問屋の店長さんだが、これくらいやれば、間違いなく商売になると思う。

要はどれくらい、本気で取り組めるのかということだと思う。


★私の場合は、NPOの公式ツイッターとして、

●『フォロワーの数』 こそが命とそれを増やすこと
●会員さんのブログやツイッターの『質のレベル』に重点をおいて、『リツイート』することによって、
●あくまでも会員さんの『情報発信力』の肩代わりを目指している

NPO The Good times そのものが『システムそのもの』であるから、会員さんが如何に上手にそのシステムを使うかにかかっているのである。

冒頭に紹介した、株)キッズさんが、どのようにお使いになるお積りなのか?
非常に興味のあるところである。


現在、フォロワーの数は、大体甲子園の観衆の数までにはなった
今月末までに第1目標の5万人は確実である。
これは、システムなのだから、 NPO の会員にさえなられたら、規模の大小などに関係なく、お手伝いをしようと思っている。

入会金は1万円、年会費などは一切頂きません。
ご興味、ご関心のある方は、ホームページをじっくりご覧ください



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鈴鹿8耐

2010-07-24 16:21:07 | M/Cレース
MotoBeCool
  
真夏の祭典「鈴鹿8耐」開幕。今日は計時予選。猛暑の中みんながんばれ! http://www.j-bike.com/blog/2010/07/206
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『宇宙からの写真』 貼れましたがーー

2010-07-23 05:05:34 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram
★先日、このブログの写真のチェックをやって、大きいのも、小さいのもうまく貼り付けられたと思ったのだが、
その後はうまくいかないのである。

2日続けて、単純な小さな写真の羅列にしかならなかった。
新しいパソコンに出てくる、新しい表示に全然対応できないのである。

『独学のしんどさ』でその解決方j法は、自分でやる限り、自分の発想の範囲に留まるので一向に進歩しないのである。
写真について言えば、『ツイッターの裏の写真』も、ぜひ使いたい写真があるのだが、どうしても片面にしか表示されないのである。

ところが、今朝それが出来た。
こんな、格好いい『宇宙からの写真』でバックを飾ることが出来たのである

これで、出来たと勝手に悦にいっていたら、この写真がカッコよく映るのは、
私の今度買ったパソコンの横幅が60cmもあるから、みんな映るので、
一般のノートパソコンなどでは写真が切れてしまう、『ひとりよがりの映像』であることも解った。

★それも、自分で出来たのではなくて、今家に遊びに来ている娘にやって貰ったものである。
このブログの、写真の貼り付けも、大きいのから小さいのまで、こうすれば出来ると教えてくれたので、
復習を兼ねてやってみたい。

その題材に使うのは、川崎重工のあるOBの人が、やはりOBのパソコン同好会の北村敏さんに送られて、さらに北村さんが私にも送って頂いた貴重なものである。
テストがてらに、いろいろやってみますので、ご覧下さい。
写真がいいのか、宇宙の空気がきれいのか、素晴らしい映像です。

























この写真を4枚繋いで、ツイッターの裏紙に使っているのである。
そのほかにもいっぱいある。
どんなにでも、好きなように貼り付けられるようだから、ちょっとやってみたい。






 




『宇宙から見た台風の目』 だそうです。


★何とか出来またが、まだ位置関係などがどうすれば、どうなるのかよく解っていないのである。

独学の限界をつくづく感じた。
出来てしまえば、何でもないようなことなのだが、
それを自分独りで、見つけて解決することは至難の業なのである。。

横に、だれか教えてくれる人がいれば、知識はどんどん広がるものである。
ただ、向学心があるかどうかの問題だが、周囲にいっぱい先生がいると、向学心が湧かないのが、また人間の弱さである。

周囲に、特に家の中には、だれも聞く人のいない今の環境では、私のような「ずぼら」でも、知識を吸収しようと思うものである。

今から、カバン屋さんに、頼まれた『この宇宙の写真9枚』をメールに添付して送るのだが、
果たして、うまく送れるかどうか? 
ほんとにつまらぬことが、出来ないのである。

よりはっきり、大きな写真でご覧になりたい方は、こちらをどうぞ
12枚、すべてを並べました。
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昭和20年12月8日、日本に引き揚げの日

2010-07-22 04:54:40 | 自分史
★前回は、小学校時代の贅沢、かつ悠長な京城から、明石までの帰省旅行のことなどにも触れた。
昭和20年12月8日、8月の終戦の日から約半年後、ソウルから明石へ、それは引き上げの旅であった。

8月15日の終戦から、目ざとい人はヤミ船で家財道具も資産も積んで日本に戻ったという話も聞いたが、10月ごろにはそれも禁止になったとか。
私は9月ごろ近くの公園で遊んでいて、足を折ったのか、骨にヒビが入ったのか、とにかく歩けなくなってしまった。
医者もおらず、診察も受けずに家でただ寝ていただけだから本当はどうなっていたのかは、解らない。
母は、11月の末に出産を予定していてこれも動けず、妹の上の二人は確か11月初めに母の兄の伯父たち一家と一緒に先に日本に引き揚げたのである。

12月8日に、生まれたばかりの赤ちゃんを連れて、『病院船』で引き揚げたのである。
そういえば、ちゃんとした待遇のように思うだろうが、それは名ばかりでソウルから釜山までは、夜行の貨物列車トイレもなく、何度も止まってやっと朝釜山に着いた。
12月の韓国はもう寒さも厳しくて、そんな中での貨物列車は寒かったのだろうが、そんなことに気づくこともなく、ただほんとに帰れるのかと思っていた。

釜山から、日本の名前だけの『病院船』に乗って、やっと安心したのである。
気が張っていて、玄界灘の船の揺れにも、船酔いなどする間もなく博多についた。
この日が昭和20年8月8日だったのである。

★引き上げの際は、ひとりお金は1000円、あとは持てる荷物なのだが、現品検査があって貴重品などはダメという通達だった。
いわゆる『着の身着のまま』でみんな戻ってきたのである。

今でも、みんなどうしたのだろうか?
と思うのは、現地に残した家や家財道具、お金などである。

私の住んでいた家は、アメリカの空軍の将校が入ることになって、ちゃんと売れることは売れたのだが、お金にしても持って帰ることは出来ないのである。
『ウソみたいなほんとの話』だが、空軍の通訳の人がこんな風に言ったようである。

『お金にしても持って帰れないから、金の延べ棒に換えて、貴重品も行李二つぐらいにまとめたら、空軍将校が特別に伊丹空港まで、送ってあげる』
その通りにしたのである。
金塊というか、金の延べ棒が一貫200匁。 こんなのを見たのはこの時が最初で、最後である。
貴重品もみんな行李の中に詰めて残してきた。

当たり前の話だが、待てど暮らせど伊丹空港に荷物などは届かなかったのである。

我が家はそんな状態であったが、ほかのお宅はみんなどうしたのであろうか?
韓国の誰が、どのように処理したのか?
朝鮮も満州もみんな同じだったのだろうが、38度線以南のソウルだったことは、まだ幸いであった。

★博多からは、みんなばらばらでそれぞれの目的地に向かった。

当然、明石に戻ったのだが、明石の駅にたって、駅前を見て呆然とした。
焼け野原とはこういうことを言うのだろう。
戦前の明石を知っていただけに、ほんとに呆然とした。

それから、どうしたのかはよく覚えていない。
電話などあろうはずもなく、伯父宅を目指したのだろうが、連絡など取りようもなかったので、多分駅から上の丸まで歩いたのだろう。

その上の丸も何もなかった。
3000坪ほどの家や敷地後には、1トン爆弾が二つ、500キロ爆弾の跡が一つ、逆円錐形の池になっていて水がたまっていた。
焼夷弾は数えきれないくらい地面に刺さったままだった。

疎開先の伊川谷に伯父一家が借りていた家に、どうして辿りついたのか、よく覚えていないが、
そこから、『戦後』が始まったのである。
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相信会 パソコン同好会の 『ツイッター講習会』

2010-07-21 05:35:58 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram
★川崎重工業のOB会を相信会と言う。

そのOB会の中に幾つかの同好会があるのだが、その中の一つに『パソコン同好会』がある。
もっぱら、、パソコンの使い方など技術的な難しいことを日頃は研修されているようだ。

2年ほど前に、『ブログについて喋れ』とお招きをうけたのだが、
今回は今話題の『ツイッターについて』 話をするようにという依頼なのである。

大体この手の講習会などで、一番面白いのは講師で、聞かされる研修生は面白くないのが一般的である。
私は、現役のころから、あまり人がやらないマーケッテングの分野などが専門で、受講生が全く不得意な分野を喋ることが多く、
川重の役員会などでも勝手なことを喋って煙に巻いたものである。
そんなに専門的な話は出来ないが、結構評判はいいのである。

昨日も、古谷の話なら聞いてみるかと、10数人が出席された。顔馴染みが多いが、川重OBとしては、錚々たるメンバーである。
ただ、『ツイッター』に関してはズブの素人さんばかりだから、どんな話をしてもOKである。
その点、気は楽であった。




★いつものことだが、こんな話をするときに原稿など書いたことはない。
どんな話をするか、要点だけはチェックするが、話の順序などは、ぶっつけ本番である。

大体、聞き手の方も自分の聞きたいことは解っていて、
一方的な講義などしたら、その話題になるまで、『イライラ』するだけのことである。
どうせ、素人の質問したいことなどは、仮説を立てれば大体想定は出来るのである。
このような会では、いちばんうるさそうな人の扱いがKEYなのだが、それは、藤川哲三さんという私の同期のメンバーである。

まず、藤川さんの質問から、講習会の説明はスタートした。
朝1時間半、午後1時間半ほどであったが、合計3時間、受講生のメンバーさんには、熱心にきっちりと講義を聞いて頂いた。
私の言いたいことは、ほぼ90%は喋れたし、
受講生の方々も、ほぼそれぞれの方が望む範囲の理解はしていただいて、

多分、満足してお帰り頂いたと思う。



★私の方の目的も、ほぼOKである。

ツイッターの講習とは言いながら、
私のツイッターはNPO法人 The Good Times の公式ツイッターなのだから、
どんな基本コンセプトでこのNPOを運営しているのか
これらの基本的な考え方だけは、しっかりと理解してほしかったのである。

団体会員企業としての『潮流発電』についても、話が出来たのはよかった。
特に川重の造船の総帥であった小野さんに、ざっくばらんな私のこのプロジェクトに関する想いみたいなものを、なんとなく説明の中で話せたのもよかった。

この公式ツイッターのフォロワーの数は、昨日のレベルで4万人を超えて、兵庫県では村上春樹氏に次いで2位なのだが
同じ数でも自然に集まる有名人の数と、素人が努力で集める数とは、おのずからその持つ意味が違うはずである。
The Good Times のツイッターが目指すのは、各会員の情報発信力そのものだから
『フォロワーの数』は、少なくてはその目標を達成出来ないのである。

端的にいえば、『小さなメディア』目指しているのである。
そのためには最低5万人は必要で『多々益々弁ず』なのである。

同時に、つぶやきの質の問題も、トータルイメージを創造するはずだが、
その基本戦略や、基本的コンセプトにそった、『ツイッター』になっているかどうか?
もチェックポイントだろう。

おかげさまで、Google Page Rank check による評価は『4』と高評価を頂いている。





★こんなプロジェクターも使えたので、
実際に画面に、140字のつぶやきの実験などもした。

ほんとに、ツイッターに参加されるかどうかは別にして、こんなつぶやきも実際につぶやいてみた。

『相信会パソコン同好会で、今ツイッターを説明中です。生徒はおじんですが、すごくもの分かりが良くて先生も楽ですと書かされています。
そのなかの一人藤川哲三さんが参加するそうです。
ハンドルネーム yatsugatake1 で登録する予定です。よろしく。

同期の藤川さん、カワサキのジェットスキーの開発者である。うるさいが私は何でも言える仲である。
参加すると言ってはいるが、『こんなにゆるい関係のツイッター』に彼があっているかどうかは、???である。

でも、まじめで一徹な藤川さんのことだから、参加されるかも知れない。その節はほんとによろしくお願いします。。
ちなみに言えば、カワサキのバイクの方なら誰でも知っている、佐伯武彦さんも、ツイッターに参加だけはされている。
私は見つけてフォローしていますが、--、残念ながらまだ熟睡状態です。

KMJの公式ツイッターをフォローされているのだが、KMJの個人でツイッターに参加のみなさん、ぜひフォローを。
ツイッターは、簡単なようだが、最初は何をしたらいいのか途方に暮れるもので、かくいう私も1カ月何もできずにウロウロしたものである。


★この同好会の世話役北村敏さん
、ジェットスキーの創世記をともに歩いた鶴谷さん、
既にツイッターでご活躍の秋定さん、

この3人がThe Good Times のメンバーに加わって頂けた。 これだけでも、昨日の成果は十分であった。

私の最近の目標は 『人を繋ぐこと』 なのである。 また、新しい世界が拓けるかもしれない。







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よかたん温泉&吉川

2010-07-20 05:13:11 | みっきぃふるさとふれあい公園
★アメリカから夏休みで日本に戻ってきている娘や孫たちの楽しみの一つは、日本に接することである。

そのひとつに『温泉』がある。
先日は神戸の『すずらんの湯』に行ったが、昨日は、三木の『よかたん』を訪ねた。

日本一の炭酸泉ということで、いつも賑わっている。
娘は特に温泉好きだが、孫たちも温泉が好きなのか、外出して食べれるご馳走がいいのか、とにかくお気に入りなのである。



温泉のすぐよこの山田錦の館では、地元の新鮮な野菜も、



日本一の酒米、山田錦の産地とあって、こんなお酒のおためし処もある。



娘はこんなものを買っていた。
アメリカでは食べることの出来ない生卵の『卵かけご飯』が食べたいのと、ミョウガなどを買っていた。
アメリカでは生卵は食べれないそうである。そしてミョウガはこれくらいで8ドルもするとか。こちらでは100円ほどである。


昼食はラーメン。
これも、日本独特でアメリカではおいしいラーメンは食べれないのだとか。



これは、よかたんのすぐ横の田んぼに先日私が植えた『黒豆の枝豆』である。
名札に私の名前があるのだが、20本5000円也、植えさえすればあとは収穫まで責任もって栽培してもらえる仕組みである。

この苗を植えたのは、つい先日6月20日のことである。 こんなに小さかったのに、すぐに育つものである。



このあと、西山牧場に行って、人気のアイスクリームを食べて、半日の『吉川一周』であった。


★三木の中でも、私は吉川は特に好きである。

昨日半周した、『よかたん』を中心とするいろんな施設も、山田錦の田んぼもいいし、幾つもあるお寺も、桜並木もいい。
さらに、何よりも 『吉川の人たち』 が好きである。

都会の人たちにない、日本人の素朴さみたいなものが残っている。
アメリカ育ちの孫たちも、日本のこんな良さを何となく感じ取って欲しいと思っている。


こちらのブログの方が綺麗でいいかも

こんなブログも、三木おもろいわ



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橋下さん、実質、総理になればいい。

2010-07-19 04:46:22 | 大阪維新の会、橋下徹氏
★日曜日のテレビ、いろんな番組で政治問題をとりあげている。
いろんな人がいろんなことを言うが、
昨今の民主党の参院選の敗北からくるねじれ現象など、今後の政局が難しいのは解るが、
どう見ても、興味本位のとりあげかたである。

菅さんもいいかと思ったが、どうもブレが大きいし、
9月の民主党の選挙で、どうなるかもわからぬし、
日本の政治の行く先は、このままでは本当にどうなるのであろうか?

★新聞も、世の中の人も、私なんかまでもいろいろと言えるいい世の中ではあるが、みんな言うばっかりで、それをやれる人ではない。
一億、総評論家みたいな時代である。

そんな混迷の、混沌とした時代には、口先だけではなくて具体的に『やれる』人に出てきて欲しい。

沖縄の基地の問題でも、消費税でも、郵政の問題でも、いろんな理屈はあるが、具体的にどうするかである。
そのベースに、己を捨てて『国のために』ものともせず突き進む政治家の『リーダーシップ』がいまこそ、必要な時期である。

★少々強引でも、自説を曲げず信念で引っ張る政治家、と言えば大阪の橋下徹さんである。
橋下さんが総理になればいいと思うが、現実にはなかなか難しい。

今、ぶれずに進むのではと思われるのは、『みんなの党の渡辺さん』である。
そんなみんなの党を橋下さんが支持というニュースもある

一緒にやるのもいいが、『維新の会』の橋下さんのほうが、何を語らせても説得力があるというか、語彙が豊富でみんなが納得するだろう。
昨日もどこかの報道番組で、大阪の金融特区問題を話していたが、評論家も説得しきってしまうだけの迫力がある。

渡辺さんもいいんだが、『アジェンダ』ばかりが聞く人の頭に残りすぎる。
小泉さんの『郵政改革』とよく似ている。

★出来れば、こんな二人が連携して、
いろんな政策を、それこそ『地方の時代』といわれているのだから、地方でもやれるところは、どんどん具体的にやればいいのである。
日本という国レベルで統一しなければいけないことも勿論ある。
しかし、すべての政策をこれだけ過密や過疎の問題など全然環境が異なっている大阪と島根を同列に同じ次元でやろうと言うところに無理がある。

今の日本のシステムはすべて、みんな同一の基準で考えられていて、一見平等なようで、どちらかと言えば現実にはレベルの低い方にすべてが合わされているのである。
本当に地方の時代というのなら、そこの首長も実力のある人はそれなりにやればいいのである。
市長は助役から、知事もその組織から順送りのような時代はもう過去のものである。
テレビタレントの橋下さんでも、宮崎のそのまんま東さんでも、今までの知事以上の活躍でその支持率も高い。

そんな人たちが、『より自由に動けるような新しい仕組み』をつくればいい。
そういう意味でも、実質『総理に匹敵する』ような橋下さんの使い方が出来ないものかと思っている。
そんな構造改革をするには、願ってもない絶好のチャンス到来ンぼように思える。
今、一番変えなければいけないのは、個々の問題よりも政治の構造改革である。

橋下さん、もっと吠えまくって欲しいし、中央の心ある政治家がそれに応じて欲しいと思っている。
今こそ、政治家の『真のリーダーシップ』が求められている。
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体力維持に頑張ろう

2010-07-18 05:13:24 | 日常生活、園芸、バラ

★今年の春だと思ったら昨年の秋のことだったが、もう1年近くも前のことである。
、三木市の体力測定を受けたら、『体力年齢』が44.8歳と出て自分でもびっくりした
何年か前に、運転免許の書き換えの時に、見てもらったら、運転能力は50歳ぐらいだったと思う。
血液検査をしたら、表示はすべて、真ん中のフェアウエイで、どこも悪いところはない。

そういう意味では、自分でも、自信過剰気味だが、つい先日足にむくみが来て、今もむくんでいる。
かかりつけのお医者さんに指摘されて、これはちょっとヤバいと思っている。


★原因は自分でもよくわかっている。
一つはツイッターにはまりすぎで、パソコンに向かう時間が長すぎることである。
椅子に座って同じ姿勢を続けているので、国際線のシートに長く座った時に、出る足のムクミの種類だと思う。

もう一つは、明らかに運動不足である。
Tom&Love の犬たちがいたころは、間違いなく日に2度の散歩は欠かさなかったし、動き回ることもあったし、水泳なども週に3日はプールに行っていたのだが。
犬たちも死んでしまって、散歩だけでも続ければいいのだが、そんなことにならないのが、人間の弱さだろう。

ちょっと動かないとだめである。

★ゴルフでもやればいいのだが、
こちらの方は最近とみに動体視力が悪くなって、ショットをしたボールが追っかけられないのである。
無理に追っかけようと思うと体が起きて、ショットが崩れるという悪循環である。
キャデイさんがいて、ボールの行方を見てくれたら、俄然よくなるのだが、最近はほとんどキャデイなしのゴルフだから、
同伴者にずっと見て貰えばいいのだが、それをずっと頼むのも、なかなか気兼ねで、その辺がゴルフの興味も半減なのである。

体重も80キロを超えたので、これはほんとに、考えなくてと、
足のムクミをきっかけに、思っている。


★私が買ったわけではないのだが、昨日家内がどこかで買ってきた、写真の『クロスバイク4409』というのが届けられた。

昨日早速試してみた。
思ったより快適である。
走行時間も、走行距離も、カロリーの消費量も出る。

運動の前後にストレッチをとあるが、ストレッチだけはこの5年ほど欠かさず続けているので、春の体力測定時にも20歳代と出た。
いまでもこれだけは、大丈夫である。
テレビを見ながらでも、家の中でやれるのがいい。

どれだけ、長く続けられるかだが、ひょっとしたらこれは大丈夫かも知れない。

単純なことを継続するのは、得意な方である。
足の『ムクミ』の原因のツイッターのやりすぎも、単純作業の連続だから、むしろ続いているのである。

●もう5年も続いている、ストレッチ。
●それに、クロスバイクで少しダイエットを目指してみよう。まず、第一目標78キロ、それから先は78キロになってから。

このようにブログでも公言しておけば、長く続くかも知れない。
確かにもう年だが、ちょっと頑張ってみたい。

自信過剰はもうダメな年齢であることは間違いなくて、努力が必要なのである。

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いろんな話$梅雨明け

2010-07-17 04:31:31 | 発想$感想
★石川遼の全英オープン


どう考えても、『すごいな』と思ってしまう。
まだ、18歳の高校生なのである。
野球でも、サッカーでも、いろんなスター選手はいるが、
高校生の時点でプロの世界で、それも世界の大会でトッププロたちに堂々と太刀打ちできる技術も、
特に、物おじしないその態度には、『すごいな』としか、言いようがない。

どんな結果になるのだろうか?


★今年の梅雨もやっと明けたようである。
今年は6月の時点から、本当によく降った。

水害だけは絶対に大丈夫という地形の場所に住んでいるからいいようなものの、
山が近くにあってはダメ、平地でも考えられない大雨ではダメという地形は日本では普通一般に多いだろう。
特に、水を含んだ山の土砂崩れは、日本の地形ではどうしようもないだろう。
ニュースでその風景を見ても、至極普通のところが、一か所だけ運悪くやられているのである。

『注意を』と言われても、どう注意をすればいいのか、具体的な対策は転居ぐらいしかないのでは、
若し、そんなところに住んでいたとしても、多分避難をする心境にはならないだろうし、転居などはとても考えないだろう。
毎年のことだが、国も地方の行政も、あの山崩れの対応をすることは難しいのではと思ってしまう。

隣町の神戸などは、見た目にも危ない所が住宅地になっているが、
意外に被害などが出ないのは、地盤がいいのであろうか。


★そんな、いい話も悪い話もあったが、
いよいよ梅雨も明けて、夏本番である。

バラに代わってザクロの花や小さな実がついた。





ギラギラと輝く、太陽の夏がやってくる。
夏と言えば甲子園、



その予選が各地で始まった。
写真は明石球場、兵庫県の夏の予選はここを主力球場として行われる。

私が球児であった60年前は、兵庫県の夏の予選は西宮球場と甲子園球場であった。
明石高校野球部出身なので、当時は予選前はずっとこの球場で練習をしていた思い出多い球場なのである。


★石川遼くんほどではないにしても、
最近の高校生の野球レベルは素晴らしい。
旧い先輩たちは、みんな口だけは達者だが、当時のレベルと比べたら、とても比べられるれレベルではないと思う。

世の中も進んだが、スポーツのレベルも同じように進んでいる。
当時は、甲子園もこの明石球場も、みんなラッキーゾーンがあったのである。
それでも、さく越えのホームランなど見たこともなかった。

今年の夏は、どんな夏になるのだろう。

写真はみんなGoogleの写真検索から、借りてきたものである。
そんな便利な時代になった。
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