雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

梅雨明け??

2018-06-30 06:39:05 | 発想$感想

★昨日はこの辺りは終日曇り空で、3時頃には珍しく強雨となった。

 まさしく『梅雨そのもの』の1日だった。

 今朝も激しい雨が降っている。

 

       

 

 

 それなのに、

関東は梅雨明けしたとみられる』というこんなニュースを見て驚いた。

 

       

 

  きょう29日、気象庁は関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表しました。平年(7月21日ごろ)より22日早く、昨年(7月6日ごろ)より7日早い梅雨明けです。

関東甲信地方が6月に梅雨明けするのは初めてのことです。(これまで関東甲信地方で最も早く梅雨が明けたのは2001年の7月1日でした。)

梅雨の期間(梅雨入りした6月6日から梅雨明け前日の6月28日まで)の日数は23日と、1978年(6月11日から7月4日まで)に並んで1番の短さです。

 

こんな ニュースなのである。

 6月29日の天気図はこんな風に、九州から西日本は雨雲だが、確かに関東地方には雲がないのである。

 

   

 

関西や、関東は梅雨入り、梅雨明けなど殆ど『同じ時期』だと思っていたのだが、こうしてみると、関東と関西では昨年あたりは結構な開きがあるのである。

    

 

  それはよく解ったが、『梅雨明けが6月末』というのは、初めてのことである。

 

  ところで関西の梅雨明けはいつになるのだろう。

  これからの10日間の天気予報を見ると、7月に入りと天気が続くのだが、この辺りで『梅雨明け』宣言がなされるのだろうか?

  

   

 

 

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西野ジャパンは決勝に進んだが・・・

2018-06-29 07:07:02 | 発想$感想

 ★ ワールドカップは予想もしなかった、日本がトップという状況で、第3戦のポーランド戦を迎えている。

 朝からテレビは、今夜行われる ポーランド戦一色である。

 

   

 

第3戦のスタメンが大きな話題になっていて、スポーツ紙などでは『6人を入れ替える』などと既に決まったような報道ぶりである。

 

    

 

 入れ替えるスタメンは、このようになると言っている。

 西野監督が『そう言ったのだろうか?』 それとも単なる推測なのか?

情報戦』もいろいろあるだろうから、どこまでホントかはよく解らないが、テレビの解説者の意見を聞いていると『そんなには変えないだろう』というのが主流だった。

いずれにしても今夜には解ることだし、二次予選に進むかどうかも、『今夜中には決まる』のである。

勝てば勿論、引き分けでも大丈夫だから、『何とかなるだろう』『ひょっとしたらポーランドにも勝って、トップで2次予選に』などと思ってはいるのだが、果たしてどうなるのか?

ちなみに、コロンビア戦も日本が勝つと予想したAIは、ポーランド戦は1-1の引き分けを予想しているらしい。

 世界ランク8位というポーランドに、日本はどんな戦い方をするのだろうか?

仮にホントにひょっとして、『予選敗退』となっても、今回の西野ジャパンは大善戦であったと言っておこう然し、戦前は殆どの人が『予選敗退』と言っていたのだが、もしそんなことになったら、また世間はうるさいことだろう

 

とここまでは実は昨日書いていて、ここからは結果が解った今朝の記述である

 

 

★夜10時、先発メンバーをNHKが報じた。スポーツ紙が報じた通りの6人入れ替わった新しいメンバーの布陣である。

そして、その試合の結果はポーランドには1-0で敗れたが、もう一つの試合のコロンビアーセネガル戦が1-0でコロンビアが勝利したので、日本とセネガルが並び、イエローカードの数が少なかった日本が決勝トーナメントに進んだのである

1点を取られた日本は何とか同点にすべく大迫などを投入して頑張っていたのだが、セネガルが1点を取られたと言う情報が日本ベンチにも入ったのだろう。

そこからの日本の戦い方が一転したのである。

負けているのに『攻めない』ボールをただ回すだけである。

こんなサッカーが10分以上も続いた。こんなサッカーは初めて見たし、世界でも初めてだったのではなかろうか?

決勝トーナメントに進めたのはよかったが、どう考えても後味の悪い戦い方であった。

 

 ★今朝のニュースではこのように書かれている。

 

       

 

       

 

 確かに、『日本の文化に反している

 どう考えても、後味が悪い。

 これはスポーツの世界なのである。 他の競技場の情報など昔なら『解らない』のが普通だから、こんな戦い方はできないのである。

 これは選手の判断ではなく、明らかにベンチの判断・指示である。

 私は『やって欲しくはなかった』と思っている。

 そのまま10分間頑張っていても、決勝トーナメントに進出できるそんな結果になっていた可能性は高いのである

 

 これは、いろいろと問題ありである。

 コレで決勝トーナメントでベスト4以上にでもなれば世論も支持するかも知れぬが・・・

 

   

  こういう意見の方が正当であるような気がする。

  『西野ジャパン』今まで順調に来ていたのに、これは『判断ミス』だったのではなかろうか?

 

 

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カワサキ・モトクロスの始まり と その意義

2018-06-28 04:47:10 | カワサキ単車の昔話

★来る7月7日に『カワサキモトクロスOB有志の会』が マリンピア神戸のLOCHE MARKET STOREで開催されることになっている。

カワサキのモトクロスの始まり と その意義』について簡単に喋って欲しいという依頼が、この会の主宰者である大津信さんから私にあったのだが、現場では簡単に話すことにして、その背景などを纏めてみることにする。

ホントにその時代を知る人が、殆ど居なくなってしまっているのである。

 

 

1.当時のカワサキ単車事業部の状況

 カワサキの単車事業は、昭和35年(1960)4月に単車準備室が出来て、当時の川﨑航空機工業の明石工場での一貫生産を計画し、10月からモペットの生産が始まったのである。 その翌年125ccB7が発売されたのだが、フレームに欠陥があって返却が相次ぎ、私はこの年の11月に発動機事業部の中に初めてできた単車営業課に異動したのだが、ものを売るはずの営業なのに、毎日毎日、明石工場に返却されるB7の物品税の戻入手続きが主たる業務で、昭和38年1月の生産台数は出荷より返却台数が上回ってマイナスを記録したりしたのである。

そんな単車事業を今後も進めるべきかどうか? 当時の本社が日本能率協会に大掛かりな調査を依頼しその調査が進められていたのが昭和38年度(1963)のことである。

そんな状況の中で昭和38年5月19日、兵庫県青野ヶ原モトクロスが開催され、カワサキも出場することになったのだが、これは会社が進めた計画ではなくて、当時の生産部門の中村治道さん(当時課長か係長)を中心に有志が集まって、勝手に進められたものだったのである。この当時の状況を語れるはずの中村治道・髙橋鐵郎さんなどは既に他界されて、この時のことをご存じの方は本当に少なくなってしまったのである。

 非公式に生産部門が勝手に進めたプロジェクトなので、残業料も出なかったので、当時の営業の小野助治次長から『パンでも買う金を都合してやれ』という指示があって、私はちょっとしたお金を都合しただけの話なのである。

ただ、私の係からは川合寿一さんが野球部のマネージャーであった経験をかわれて、チームのマネージャー役をしていたので『何かやってるな』ということぐらいは知っていたのである。そんな関係もあって川合寿一さんが、カワサキの最初の契約ライダーの歳森康師や、山本隆の契約やカワサキコンバットとの契約を担当していたのである。

 

2.青野ヶ原モトクロスの経緯

当時の川崎航空機にはエンジンのプロはいっぱいいたのだが、二輪車については全くの素人ばかりで、ましてやレースのことなど解った人は皆無だったはずなのである。

このレースの仕掛け人は、川崎航空機の人ではなくて、兵庫メグロの西海義治社長だったのだろう。西海さんはオートレースの元プロライダーだったし、カワサキがレースを正規に始めてからもいろいろと応援して頂いた方なのである。

       

 

青野ヶ原のレースのスタートは、昭和37年11月に鈴鹿サーキットで開催された日本初のロードレースに明石工場の生産関係のメンバーたちがバスを仕立てて観戦したのだが、そのメンバーの中心が中村治道・高橋鐵郎・川崎芳夫さんたちで、このレースを観て生産部門の『レース熱』は一挙に燃え上がり 青野ヶ原のレースに繋がったのである。中村治道さんをご存知の方はもう少ないと思うが、熱っぽい人の多かった単車事業部でも最右翼と言って間違いない方なのである。

レーサーを作る』などと言っても、そんなノウハウを持っている人は、当時のカワサキの中には居なかったので、西海さんは兵庫メグロの子飼いの松尾勇さんを川崎航空機の製造部門にに送り込んで、新たに生産が始まった125B8のモトクロッサーを松尾さん主導で作ったのである。青野ヶ原のレースはMFJの兵庫県大会として開催されたのだが、これを企画したのも多分当時のMFJの兵庫県支部長をされていた西海社長ではなかったのか? 

 

ちなみに、カワサキが正規にレースをやりかけてからも、レーサーのエンジンは技術部担当だが、マシンに創り上げるのは全て松尾勇さんがいた『製造部のモトクロス職場』で、それはずっと後のF21Mの時代まで続くのである。

     

 

カワサキのモトクロッサーが正規に技術部に移ったのはKXの称号で呼ばれるようになって以降からのことで、大槻・安藤・糠谷と3代続いたレース監督の後の、百合草三佐雄さんが監督になってからが、カワサキも本格的なファクトリー運営になって行ったのではなかろうか?

 

 

3.青野ヶ原のレース結果

 昭和38年5月19日に行われたモトクロスレースの結果は、カワサキが1位から6位までを独占した完璧な勝利だったのである。

  長くこのような形で、神戸のカワサキワールドに展示されていたので、ご存じの方も多いと思う。

 ライダーは当時の社員の人たちなのである。

  左から中村・髙橋・秋原・多賀井・加藤・藤森・飯原・藤井・武藤

 

      

 

青野ヶ原モトクロスに関してのこんな記事なども残されていて、その勝利だけがあたかもマシンもライダーも完璧だったように書かれているのだが、これは雨で出来た水溜りのために他車はみんなエンジンが止まってしまったのだが、カワサキだけは西海さんの指示の『防水対策』が完璧で、独り走り続けた結果だったのである。

 このレースにヤマハで出ていて、ご自身もマシンが止まってしまった山本隆さんんもそう言ってるので間違いないのである。

 私は、モトクロスの写真を初めて見た時、どれも水しぶきを上げて走っているので、『モトクロスとはそんな水溜りを走る競技だ』とホントにそう思ったのである。

 

     

 

カワサキの長いレースの歴史の中でも、1位から6位まで独占というのは、この緒戦だけであとはそんな実績は皆無なのである。

まさに『天祐』というべきなのだが、このレース結果に明石工場中が湧きかえって、意気盛んになったのは間違いない事実なのである。

 

 

4.日本能率協会の調査結論

 たまたま日本能率協会の市場調査中の最中で、その結論は『この事業継続すべし』ということになるのだが、青野が原での結果が齎した現場末端の意気の高さと共に、その年新発売された125㏄B8が、堅調な販売を静かに続けていたということもあったのである。

  

    

 

 その前の125ccB7が散々な状況で、当時の『技術部の真価が問われる製品』であっただけに、ホントに良かったと思っている。

そんなこともあって、カワサキの二輪事業は継続という結論がなされるのだが、日本能率協会が事業継続の条件の中に『広告宣伝課を創ること』という項目があって、その広告宣伝課を私が担当することになって、その中でカワサキのレースは展開されることに成るのである。

 

 

5.広告宣伝課とレース

ここから先の話は、カワサキの中で『当事者の私にしか語れない分野』で、あまり知られてはいないことも多いので確りと書き残しておきたいのである。

 当時のカワサキの販売分野は、『カワサキ自動車販売』(今のKMJの前身)が担当していて、昭和36年(1961)にメグロと業務提携して社長には川崎航空機工業の土崎英利専務が直接担当されることになり、翌昭和37年(1962)にはメイハツ・メグロを吸収合併して、販売を総括することになったのである。 私が営業に異動したのもこの年のことなのである。当時は未だ国内市場だけで、海外市場は未開拓の時代なのである。

現在とは全く違って、販売会社が工場よりは圧倒的に強かった時代で、世の中もトヨタ自販・トヨタ自工の時代なのである。

そのカワサキ自販で、『総務並びに広告宣伝』を担当されていたのが、あのフィリッピンの小野田寛郎さんの弟さんで小野田滋郎さんなのである。 (当時の小野田さんの写真がないので・・)

        

 

現役時代、『この人にはとても敵わない』と思った人の一人が小野田滋郎さんで、陸士出身の『戦略・戦術・戦闘論』など確りとたたみこまれたのである。小野田さんが広告宣伝の後継者に私を選び、立ち上がりの何ヶ月だけを親身に手伝ってくださったのである。

その広告宣伝の担当業務の中に『レース』もあったし『レース運営の経験』のある人など社内に皆無の状況だったので、自然に広告宣伝課担当という形になって行ったのである。

カワサキのレースは、青野ヶ原のモトクロスが最初だと言われているのだが、実は125B7時代に既にカワサキ自販の方でMCFAJの全日本などにも、ライダー三吉一行で出場しているのだが、このレースを担当していたのが小野田滋郎さんで、青野ヶ原のあった昭和38年(1963)には、ヤマハから強引に三橋実を引っこ抜いて厚木に『カワサキコンバット』なるチームを作らせているのである。

 

  

ヤマハの本橋明泰さんにお会いした時、こんな話が飛び出したのである。『カワサキB7のエンジンを何台か貰って、レースに出た』と仰るのである。そして『井手さんという方がおられましたね』とも。

当時のライダーとしてはは三吉一行、それに三室や本橋さんなども関係したという話で、その中に三橋実もいたのだと思う。

当時は、三橋実もヤマハにいて、青野ヶ原のスタートとなった鈴鹿の日本初のロードレースでは、250㏄の優勝者三橋350ccの優勝者が同じくヤマハの片山義美なのである。

この二人のチャンピオンは、その後のカワサキのレースに色濃く関係しているので不思議なご縁なのである。

 

これがカワサキ創成期のカワサキライダーたちである。

      

 

 『カワサキコンバット』の三橋実・安良岡健・梅津次郎・岡部能夫と『神戸木の実』の山本隆・歳森康師の二人の6人が契約ライダー。

 左から4人は未契約の若手ライダーで、4人目が星野一義である。

 

そんな経緯から、『カワサキのレース』は広告宣伝課がそのままライダー契約などを直接担当することになったのだが、当時は本社から『事業開発費』として毎年1億2000万円の広告予算が3年間頂けたので、レース予算もライダー契約なども悠々と出来た3年間だったのである。私の年収が50万円に達しない、そんな時代の1億2000万円だったので、それは相当な額だったのである。

ライダー育成費として三橋実のカワサキコンバットに月額20万円を渡していたので、厚木にライダーの宿舎を借りて全国から若手の有望ライダーがいっぱい集まっていて、その中に星野一義・金子豊などもいたし、ひょっとしたら増田耕司などもいたかも知れないのである。

レース場に行くのも、最初は会社の運輸課のトラックで運んでいたのだが、この費用の中から三橋が中古のトラックを買ってきて、それでレース運営をするようになったのである。

星野一義が最初に出場した和歌山の紀の川モトクロスには、彼はライダーで来ていたのではなくて、トラックの運転手で来ていたのだが、朝の練習で岡部が小指を骨折したので、『岡部の代わりに』『岡部の名前で』出場したのが星野の初めてのレースなのである。

ちょっと余談だが、なぜそんな勝手なことが出来たのか?

実はこのレースはカワサキが仕掛けて『スポーツニッポンが主催』した『カワサキ主催』のようなレースで、その第1回大会だった。

当時はモトクロスをやって優勝しても、どこにも報道されないし、モトクロスを知っている人も少なかったのである。広告宣伝課が担当しているレースだから「広報活動」も確りとやりたかったのである。このスポニチ主催のモトクロスはこのあと5回ほど続くのだが、毎回スポニチに大きく報道されたのである。多分最後の5回目は山本隆くんの当時の練習場だった加古川の河原で開催されたのである。

豊かな広告宣伝費のお蔭で、いろんなことが可能で、レースの広報もできたし、有望ライダーも育っていったのである。

 

★青野ヶ原の勝利からカワサキの二輪事業の継続は決まり、その中での『レースの位置づけ』は非常に大きなものだったのである。

50年以上も経った今は、競合メーカーに比して、カワサキも優れている分野が幾つもあるのだろうが、この1960年代はには『レース』以外に競合他社に優位に立てるものは『何一つない』そんな時代だったのである。

 

  

 

そんな時代のレースを支えていた技術屋さんたちの中に山田煕明・髙橋鐵郎の後川崎重工業の副社長になられたお二人もおられる。

左から4人目が、B7時代からレースに関係された井出哲哉さんである。

ちなみに、この写真を私に送ってくれたのは、当時のレース仲間、元川崎重工業社長の田崎雅元さんなのである。

当時のレースは、いろいろあったが事業の中枢を担う人たちが担当していたことは間違いないのである。

 

もし、『西海義治さんや松尾勇さん』がいなかったら、青野ヶ原は無かったかも知れない。

もし 『青野ヶ原のレース』がなかったら、カワサキの二輪事業の継続はひょっとしたらなかったかも知れない。

もし、『鈴鹿サーキット』で昭和37年11月にレースがなかったら、『カワサキの二輪事業』はなかったかも知れない。

もし、『膨大な広告宣伝費』がなかったらカワサキのレース運営も、こんなことにはなってはいない。

もし、『小野田滋郎』さんが厚木に『カワサキコンバット』を創っていなかったら、こんなライダーが集まっていなかったかも知れない。

 

その後のカワサキのブランドイメージ創造などを見ても、『レースが果たした役割』は非常に大きなものだった。

そんなレースの世界に色濃く関わりを持ったことが、『私の人生を豊かなもの』にしてくれたのは間違いないのである。

 

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rippleroom 事業になったりするのだろうか?

2018-06-27 09:20:56 | 発想$感想

 ★『孫・古谷仁の大仕事 rippleroom   』と題したブログを今年の初め頃 連載でアップした。

 

物事を成し遂げる』そんな経験には普通はなかなか『巡り合えない』ものなのである。

孫・古谷仁が24歳にして、このような経験に出会えたことは、大変だとは思うがなかなかいいことだと思っている。

 

"team ripple"は、

アーティストの表現の源流である「生き様」をテーマに活動し、「生き様」があらゆる表現とどのように関係しているかを探求する団体で、アートブック"ripple room"は、日本全国の93人のストリートダンサーの「生き様」を綴ったブックレットです。



(代表のJINがインタビュー担当をしたダンサー達)

 そんなことを目指す"ripple room"は、ストリートダンサーの方はもちろん、万人の方々の手にとっていただきたい作品です。ダンスを通して、自分を見つめ直し続けているメンバー6名で構成されていて、全員、慶應義塾大学SFC(総合政策学部/環境情報学部)卒業で・・・・・       古谷仁がその代表を務めているのです。

 

 

そんな『rippleroom 』というこんな本がめでたく完成して、

   

 

   結構な売れ行きのようだから、まずは『よかったな』と思っているのである。

   

 

rippleとは  水面などにさざ波が立つ、波紋のように広がる というような意味だそうだから、今は小さな活動でも、波紋のように広がっていけばいいなと思うし、何となく『そんな兆候』みたいなものが見えてきたような気もするのである。

 

 

★ちょっと調子づいたからか、 今朝 『 事業家畑に関心を抱き始めた!』などと呟いている。

 古谷 仁 | Jin Furuya @njiji11960

事業家畑に関心を抱き始めた! 表現者・アーティストというDNAは、すでに血管を循環中。

 大学を卒業したのに、就職もせずに手掛けているプロジェクトだから、何らかの形で『事業化』が出来れば、それはオモシロそうだなと思っているのだが、『事業家というDNA』は、私の祖父や伯父は、間違いなくそうだったから、そんな血が 孫・古谷仁にも流れているのかも知れない。

最近のネットは大変なもので、こんな私も知らぬような話が『ネットの中にあったよ』とある人が私に知らせてくれたのである。

      

  この太田電機が、その後『南鮮合同電力』となったので、その本社があった京城(今のソウル)で私は育ったのである。

 

 

★『大丈夫イケるのでは』と思うのは、今回の冊子は本屋さんでも販売されてはいるのだが、

      

 

       

 

ネットベースでも、社会の広い範囲で応援者が多くて、

お国が認めるストリートダンス団体のJDACにご支援をいただいているプロジェクトなのである。

 

   

  

 

    こんな日本を代表して世界に挑む人たち、トップダンサーたちも、

 

    

     

    

  かって、ストリートダンサーだったという落語の師匠さんも、 

      

 

        

 

 応援してくれてる人などいっぱいなのである。

    

 

 ★この本の中で紹介されているダンサー諸氏が『世界のトップクラス』の方たちも多いし、『Team ripple』の活動が ストリートダンス界初、日本初のプロジェクトのようだから話題性はじゅうぶんだし、そのうちにホントに『さざ波が波紋のように広がる』かも知れない。

ネットの分野では、『私自身も幾らかは手伝える』と思っているのである。

 今『#riiple room』 と検索すると、こんな画面が現れるのである。

   

 

 果たして  rippleroom    事業になったりするのだろうか?

 

 

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心房細動  雑感

2018-06-27 05:44:36 | 発想$感想

★つい先日『人の運命と寿命』と題してブログをアップした。

 突然、定期的に診察を受けてる主治医に『心房細動』だと言われてしまったのである。

心房細動』など聞いたことがなかったのだが、先生が仰るのに、小渕さんや長嶋の脳梗塞が心房細胞が原因だというのである。『心房細動』は80歳以上の高齢者には多くみられる症状のようで、そんなに心配することはないのかも知れない。ただ、以前に『くも膜下出血』の前科があるので、一度MRI と心臓のエコーを撮ってから出す薬を決めると仰るのである。

そんなことで先週19日に、北播総合医療センターで、半日かかって検査をしてきたのである。

 頭のMRIを撮ったのは15年振りのことだし、心臓のエコーなど初めてだった。

  

    

 

★そして、昨日は主治医の先生から、『検査の結果』の所見と今後頂く薬の説明を受けてきたのである。

 先日のブログでも、『人の寿命』など運みたいなものだから、『私は運がいいから大丈夫だろう』と書いていて、そんなに気にも掛けてはいなかったのだが、それでも先生がどのように仰るかは『気にはなっていた』のである。

いろいろと仰ったが、結論から言えば『全く大丈夫なのである』 そういう言い方もちょっとおかしいかも知れぬが、85歳にもなったら何かあって当たり前『何もない』ほうが普通ではないのだと思っているものだから、今回検査で『心房細動』が解ったこと自体が『幸運だった』と思っているのである。

一番心配だったのは、『アタマのMRI』で脳に問題があったら困るな、と思っていたのだが、15年以上前にやった『くも膜下出血』のあとは、大丈夫でその他『異常なし』という診断だし、今回初めて撮った『心臓のエコー』も、もう一つよく解らなかったが、『心臓は丈夫そうだ』とのことだったから、これも問題ないのである。

 そんなことで『心房細動から脳梗塞になる』ことを予防した『血をサラサラにする薬』を1日1錠飲めばいいだけの話なのである。

 生活の制限は一切ないし、ジムも大丈夫だし、今まで飲んでる血圧の薬に、1錠加わるだけの話で、一件落着なのである。

 

★ それにしても、人間の身体は不思議だし、医療の進歩で何でも解る世の中である。

 今年の2月の定期審査ではなんでもなかったのに、突然の『心房細動』診断、そのお蔭で久しぶりに『アタマのMRI』を撮ることになって、その結果が『何の問題もなかった』ことが私にとっては一番の安心材料だったのである。

 『5月に心房細動だと言われてよかった』とネアカに、前向きに発想できるのが、私の長所だと思っているのである。

 

ホントに『人の寿命』など、その人についている『運次第』なのだから、そんなに心配などせずに自然に生きるのが一番だと思っているのだが、それは兎も角、『MRIの結果が大丈夫』と言われたので、『結構気分よくなっている』のは事実なのである。 

 

         

 

   前回もアップしたが、この『不整脈の危険度を探る診断チャート』からは『心配なし』にたどり着くので、別に今は心配することもないのだと思っているのである。

 

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熱烈なファンたち

2018-06-26 06:54:34 | 発想$感想

★ワールドカップ2018もたけなわである。

  サッカーでも野球でも、そこには『熱烈なファン』がいる。

      大きなスタンドを埋め尽くす数だから、少ない人たちではない。

 

       

 

   熱烈な阪神ファンは有名である。

      

 

   このファンたちも熱烈を通り越して『熱狂的』であるように思える。

      

 

★私自身はスポーツは好きだし、テレビなどもよく観るのだが、『常に冷静に、騒いだりせずにじっと観ているだけなのである。』

サッカーの試合なども、現場でよく観るのだが、孫たちの試合でも、気持ちの中では勿論『応援はする』が声に出したり、身体を動かしたりすることは、全くない。勝ったらよかったなと思い、負けたら残念だったと思うが、ただそれだけなのである。

 

我ながら『どうも可愛げのない性格だな』と思っているのだが、

一番の疑問は『熱狂的なファン』になれる人というのは全体の何%ぐらいなのだろう?

私のように『熱狂的になれない人』は普通ではないのか? 

 『熱狂的になれる人』が普通なのか?

 

今、やってる ワールドカップも、勿論日本を応援するし、熱心にテレビを観て楽しむのだが、カッコよく言えば『純粋にサッカーを冷静に見て、そのプレーを楽しんでいる』のである。

 

ワールドカップの最中、そんなことを思っている。

あなたは熱狂的なファン』になれる方ですか ???

 

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城北ライダース 60周年おめでとう

2018-06-25 07:21:08 | カワサキ単車の昔話

 ★昨日は 『城北ライダース60周年記念パーティー

   こんなに沢山の出席者で、ご盛会だったようで何よりである。

 

城北ライダース現会長久保亨さんとはFBで繋がっていて、昨日のパーティーには、実は私もご招待を受けていたのだが、どうしても出席できずに残念だったのだが『ご招待された』こと自体が大いに光栄だと思っているのである。

 

 Facebook から拾ってきた写真だが

 

   

  真ん中、久保和夫さんである。

 

  星野一義の顔も見える。

   

 

  

★カワサキがモトクロスの世界に初めて参入した昭和38年当時(1963)城北ライダース久保和夫・鈴木誠一・矢島金次郎・菅家安智などなど超一流選手を揃えた文字通り日本でトップのクラブだったのである。

城北ライダース』はスズキのファクトリーのような形だったし、カワサキも『カワサキコンバット』や『神戸木の実クラブ』と密接に繋がっていた時代だった。

私はスズキやヤマハのライダーの方たちなどとも親しくさせて頂いていたのだが、城北ライダースのエースライダーであった久保和夫さんとは、何故か特に親しくさせて頂いていて、懐かしいいろんな想い出があるので、そんな昔話をちょっと。

 

  

 

城北ライダースのホームページを飾っている久保和夫さん、125・250クラスでは、誰もが認める第一人者で、スズキの久保和夫、ヤマハの荒井市次の両巨頭がモトクロス界に君臨していた時代だった。

 

★これはごく最近と言ってもいい。

2012年7月2日に、東京であった『酒井文人& クラブマンレースを語る会』に出席している。

 

  

 会場に到着するなり、久保和夫さんに会った。 一番会いたかった人でもある。

カワサキのマシンでマン島のプラクティスで亡くなった藤井敏雄くんを紹介してくれたのも久保さんである。

 

久保に勝って初めてカワサキは、モトクロスの世界で認められたのである。

 

 

東京オリンピックの開会式の当日、伊豆丸の山高原で開催されたMCFAJ全日本で山本隆君は久保、荒井の両雄を抑えて、真ん中に立ったのである。一番右は亡くなった梅津次郎である。

 

 

 そんな想いの交錯する城北の菅家安智を交えたショットである。

 当時の雰囲気をそのまま、今でも持っている。

 

40年振りに城北ライダースの久保さんや菅家さんにも会えたのだが、このパーテイーには、村島邦彦さんと『二輪文化を伝える会』の松島裕さんを一緒にお連れしたのだが、松島さんの活動はこの会を機会に大きく羽ばたいたとも言えるのである。

 

★ちょうど1年後の2013年7月、 全日本MX Legend Riders 記念パ―ティー が東京品川で開催されたのである。

  https://www.facebook.com/rfuruya1/media_set?set=a.640038466006791.1073742118.100000019311141&type=1

 

二輪文化を伝える会がお手伝いをして、久保和夫、山本隆、吉村太一、鈴木忠雄、小嶋松久と言う超有名ライダーが発起人で、まさに全日本の日本を代表するモトクロスライダーたちが集なったのである。

 それは久保和夫さんの開会の挨拶で始まった。

 

 

 

        

        

 

★これも同じ年の3月、こちらは西の名門マウンテンライダースの50周年パーテイー

 この時も久保さんとご一緒した。

 

   

 

  

 

 一緒に参加していた山本隆くんと、久保ご兄弟、シャッターを押したのは私である。

 

★ライダーたちとの出会いは、『私の人生を豊かなもの』にしてくれたと思っている。

夫々『世界の・・』とか『日本の・・』と呼ばれる人たちに成長して、そんな人たちと『昔の儘の関係でお付き合いできる幸せ』を感じているのである。

 既に先に逝ってしまわれた方も多いのだが・・・そんなライダーたちの写真を紹介してみる。

 有名人ばかりだから、敢えてお名前は付さないが・・・

 

  

 

   

 

   

 

    

 

    

 

 

   

 

 

  これは荒井市次さんの生涯最後のレースになったのだと思うが、その場におれてよかった。

 荒井さんとも何となく『繋がっていた』のである。

    

 

   

 ★そして最後に、

 城北ライダース60周年記念パーティー   にこのカワサキの3人で『お祝いのメッセージ』を動画に纏めてお送りしたのだが、

カワサキらしさも幾らか出てるかなと思うので、クリックしてご覧になってみてください。

 

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm33256081

 

    

 

 

城北ライダース60周年おめでとう

モトクロスの創生期、名門中の名門 『城北ライダースの60周年記念』にカワサキ関係のレースOBがお祝いのメッセージを贈っています。
全日本モトクロスチャンピオンの山本隆、カワサキチームグリーンの創始者平井稔男、カワサキの当時のレースマネージメントを担当した古谷錬太郎、そして故堀ひろ子と共に女性で初めて鈴鹿を走り、アフリカのラリーにも一緒に挑戦した腰山峰子さんからもお祝いの言葉を。

 

  

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6月の風景 こんなところに住んでます

2018-06-24 07:35:47 | 日常生活、園芸、バラ

★ 6月 田植えの季節です。

 既に田植えが終わったばかりのこんな風景は、日本独特でいいものです。

   

   今朝ジムに行った帰りに撮ってきました。

   

 

 『田舎だな』と思われるかも知れませんが、そうでもないのです。

 

 

 ★ 以下は自分で撮った写真ではなくて、Google マップから『切り取った映像』です。

 カメラで撮った写真とほぼ同じ場所です。

東西にこんな立派な道が走っていますので、ジムにもこの道を通って行くことにしています。

  

  

 

こちらはそのバイパスから分かれた道で、この道の先に我が家のある『三木市緑が丘』はあるのです。

ここから車で3分ほどのところです。

     

 

 道を上ると、突然山から町に一変するのです。昔は全て山というか丘とういうか丘陵地帯だったようです。

さらに、その先に見えるゴルフ場は、日本一と言われる『廣野ゴルフ倶楽部』で、もう70年以上の歴史あるゴルフクラブです。

   

 

   その廣野ゴルフ場のすぐ前が神戸電鉄『緑が丘駅』で、

    

 

   そこから400メートルほど先に、コープがあります。

         

 

   我が家は、コープから歩いて5分ぐらいのところです。

       元はこの一帯すべて山だったようですが、今は約3万人ぐらいの人が住んでいる住宅地になってます。 

  ここに移ってきてもう40年以上になるのですが、自然もいっぱい残っていて、結構気に入っているのです。

  『住めば都』とはうまく言ったものだと思います。

 

 

 ★ちなみに三木市は、延々と神戸市と境を接している『神戸の隣まち』です。

 面積は結構広いのですが、丘陵地ばかりで、ゴルフ場が25もあるのです。

灰色の線』が神戸電鉄なのですが、その電鉄の横の『丘陵地』を開拓してできたのが『緑が丘』なのです。

 

     

 

     

 

 

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ワールドカップ 2018 いろいろ

2018-06-23 06:27:48 | スポーツ

 ★ツイッター観ていたら、トモダチのぼっけもん修さん がこんなツイートをリツイートしていたので読んでみた。

     https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/20/clean-up-seats-by-supporters_a_23464243/

 

     

 

これはなかなか『いい話』である。

 世界に『日本発のスタジアムの掃除』が始まっている。

 こんな記事である。

 

コロンビアが負けてもゴミ拾いする姿に感動広がる。“日本発”サポーターの掃除がワールドカップを変えた

「凄いと心から思いました」

 
Twitter
 

ワールドカップの試合後、サポーターが客席に散乱したごみを片付ける「日本発」の活動が各国に広がっている。今回のロシア大会でも複数の国のサポーターたちが取り組み始め、海外メディアも改めて注目している。・・・・サッカー熱が高いことで知られる南米ウルグアイ。試合後、サポーターがみせたのは、狂喜乱舞する姿だけではなかった。一部の人たちが客席の下に落ちているごみを拾い集めた。

この様子を、地元メディアがTwitterで紹介。サイトでも「学ぶ ウルグアイのファンらもスタンドをきれいに」などとする動画付きの記事を公開した。

 

    

 

   

  

★いろんな話題のワールドカップだが、『コロンビヤ戦の日本の勝利』には世界中がびっくりしたようで、

『西野ジャパンはグループHを2位で通過するうえ、優勝の可能性を示す数値がイングランドやクロアチア、スイスなどを上回った』というこんな記事も流れた。

 

   

 

 

 ホントかなと思うが、日本の評価が上がることは、嬉しいことである。

 まだまだ続くワールドカップ2018だが、次のセネガル戦は25日ポーランド戦は28日、是非頑張って頂いて、

 7月3日か、7月4日には、是非『西野ジャパンの登場』をぜひぜひ期待したいと思っている。

 

      

 

西野朗監督は、96年アトランタ・オリンピックでブラジルを破る「マイアミの奇跡」など『いい運』もお持ちなので、「サランスクの小さな奇跡」 などと言われているが、『大きな奇跡』となって欲しいものである。 

 ひょっとしたら、ひょっとするかもと思っているのだが・・・・  

 

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私の性格診断結果

2018-06-22 13:28:11 | 発想$感想

★『ネアカ 大陸的 太平楽 超楽観的に生きてきた』などというblogを勝手にアップしたものだから、『性格診断』してみたらどんな答えが出るのか、閑に任せてやってみた。

 https://www.google.co.jp/search?source=hp&ei=FGosW9WoBcXP0gSRlJPQCg&q=%E6%80%A7%E6%A0%BC%E8%A8%BA%E6%96%AD&oq=seikaku&gs_l=psy-ab.1.0.0i4k1l8.1565.3098.0.7475.9.8.0.0.0.0.125.818.0j7.8.0....0...1.1j4.64.psy-ab..1.7.815.0...74.F_f3272gny8

性格診断』と検索すると、こんなサイトが現われて、片っ端からやってみたが、当然かも知れぬが同じような答えが戻ってくる。どんな答えなのか並べてみた。

赤く表示したところは、自分でも特に納得する『隠れた性格かも』知れません。

 

       

 

 ● rfuruyaさんの深層性格

rfuruyaさんは、一切の迷いなく情に流されずに極めて合理的で冷静な判断ができる人である、フットワークが非常に軽くアクションが素早い人である、新しい物事やチャレンジに前向きな人であるといった印象を与える性格です。比較的マイルドで刺激的ではない性格なので、多くの人から受け入れられ易い性格といえます。

もし、性格面が短所として現れると、物事の情緒に疎く非常に冷たい人である、思慮が浅くつまらないミスをする、興味が勝り細かなことへの注意力が散漫になることがあるという印象を与えることもあります。

対人コミュニケーションの観点では、抽象的な事柄や概念的な本質を感覚的に捉える能力に優れ、コミュニケーション等で場の機微や空気を読んだり、抽象的な事柄を知覚・認識することを得意とします。閃き、勘の良さと呼ばれる能力を発揮する可能性があります。一方、相手の理解が追いつかないときや、相手が自分と同じように物事を捉えない時にイライラしたり不満を感じる傾向があります。また、話題が飛躍したり、興味の対象が次々変わってしまう感じられてしまうこともあるので注意しましょう。

 

         

 

●人あたりがよく、情熱的で、盛んに物事に関わり、様々な事を一手に引き受け処理する能力を持つマルチタスク型、興味が起きればどのような事にでも参加します。

計画に縛られるのは苦手で、気分が乗ってくるとひたすらに熱中し限界までやります。常に何かをしていたいタイプで、一見自分勝手のようだが、周囲の感情を汲み取るのが得意なので、とても頼りになる存在です。

愛想がよくサービス精神が旺盛で、積極的に人と関わる外向型、人を喜ばせたい感情型の為、人のために一肌脱ぎ、知人同士を紹介したり、橋渡し役となったりします。話し上手で、相手の求めていることを察知する能力があり、相手を納得させることも得意である。

柔軟な要素も持ち合わせているため、どんなタイプの人間とでも対話ができ、自分を相手に合わせることのできる多面的な性格です。
しかし自分の気持ちが傷ついている時は閉鎖的になるのですが、周りに相談するのが苦手な為、個人的に感情を処理しようとします。
 
 
 
 
 

●性格診断結果 しっかり者

あなたは物事をはっきりと言える、しっかり者のようです。たとえ、回りに反対されようと、自分がいいと思った事は押し通す、意志の強い人。

また、一途なところがあり、ひとつの事に集中すると、回りが見えなくなることも。決断力や、行動力に自信があり、決めた事は必ずと言っていいほど実行するタイプ。その反面、あまり深く考えずに行動するところがあります。

人が言いづらい事をはっきりと口にしてしまい、知らず知らずのうちに人を傷つけてしまうこともあります。
逆に本人が気づいていない美点を指摘する、本質を見抜く力もあります。勝気な性格でいつも強がりに似た自信に溢れています。

しっかりものを客観視するとこんな感じです

自分の意見をしっかりともち、それを口にすることをはばからないしっかりもののあなたはリーダーシップもあり、なにかと人に頼られることが多いです。ものの言い方を間違えると人を気づつけたり、相手を委縮させたりすることがあります。たちが悪いのはそんな物の言い方をしているのに悪いことをしているという気持ちを微塵も持っていないところがあります。だって本当のことだもん、と思っていたりしませんか。

        

 それにしても『結構当たってるな』と思っている。

 現役の時、会社で性格テストをした時も、全般的には『いい性格だ』と褒められたのだが、突出してダメだったのが『反省が足りない』だったのである。そんな性格をよく『言い当てている』と思っている。

 これらのテストはコンピューター分析で即時に出るのだが、当たり前かも知れぬが、どれも同じような答えが出てくるものである。

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ネアカ 大陸的 太平楽 超楽観的に生きてきた

2018-06-22 05:54:33 | 私の生き方、考え方&意見

 ★85年生きてきたが、結構オモシロい人生だったと思っている。

一貫して『ネアカに、大陸的に、太平楽に、超楽観的に』生きてきた。一言で言えば『いい加減』に生きてきたのかなとも思っているが、反面結構『真面目に生きてきた』とも言えるのかも知れない。

世の中の人たちの発想は、当然『まともな人』の方が多いのだが、どうも物事の見方が『悲観的だな』と思ってしまうのである。

大企業のエリートとか、評論家タイプの方は殆どが悲観的に『ムツカシイ』とその理由を並べて、そのほうが『賢そうには』見えるのだが、理屈ばかりで『物事の実現』への視点が抜け落ちている。

そういう意味では、私はいつも『ネアカ』で、現役時代も『大変だ』と思ったことも、言ったこともないのである。

常に『大丈夫』が口癖だから、どちらかというとまともな家内からは、『何が大丈夫なのかよく解らない』としょっちゅう言われてしまうのである。

 

★世の中の基準から言えば『少数派』になるのかも知れないが、世の中のまともな方たちの意見は、すぐ大勢に流されて変わってしまうのが特徴なのである。

早い話が、『W-CUPのコロンビア戦』は80%の人が日本は負けると思っていたし、殆どの人が予選は突破できないと思っていたのだが、私は日本のサッカーもそこそこだし『ひょっとしたらひょっとする』と楽観的に考えてしまうのである。

あれだけ『悲観的だった』世論が、ちょっとコロンビアに勝つと、予選を突破するのは『日本とセネガル』が30%を超えてトップに来るから不思議である。

 

    

 

こんなにクルクル変わる世の中の意見は、誠に頼りないもので、それなら一貫して『楽観的』なほうがいいのではと思ったりする。

ネアカ・大陸的・太平楽・・・』などいろんないい方があるが、間違いなく子供の頃は朝鮮という大陸で育ったので、『島国根性』とはご縁が薄かったのかも知れない。

私が好きになる人は、どうも大陸的なネアカな人が多くて有名人で言えば橋下徹さん・安倍晋三さん、その最右翼はトランプさんである。

この人たちの発想はネアカで、当初は『少数意見』かも知れぬが、殆ど『変わらない』ところがいい。

 

★今週は、『細胞心房』だと言われて、北播磨総合医療センターでMRIを撮ってきた。

脳梗塞になる可能性がある』などと医者には脅かされているのだが、『可能性がある』ということは、そうならないこともあるからそれは運次第、私は今までも運がよかったから『大丈夫だ』と思ってしまうのである。

 

   

 

★世の中でこのような楽観的な発想はどのように評価されるのかな? と思ってチェックしてみたら、こんな記事に出会ったのである。 

この記事はなかなか『楽観的』に好意的で、『本質的なこと』をオモシロく読みやすく『前向きに』語っているので、お読みになることをお勧めする。

悲観的な人は外界の影響を受けやすい』と私と全く同意見なのである。

 

このブログではそのままクリックできるので、是非ご一読を。

 Facebook の方はこちらからどうぞ。

    https://www.career-rise.info/blog/optimistic/#i

 

 

目次だけでもオモシロいから、是非目を通してください。

 

 

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rippleroom  と ストリートダンス

2018-06-21 05:59:43 | 発想$感想

★ 孫・古谷仁 が代表を務めるTeem ripple が 

 ごく最近『rippleroom』なる 日本の著名ストリートダンサーとのインタビュー記事を纏めた冊子を出版・販売する運びになった。

 

        

     

ストリートダンスとは文字通り『路上で踊られるダンスで、特に、1980年代にニューヨークの若者の間で起こったブレークダンスなどを指す』ようである。

 『・・・・あまり知られていないが、日本のストリートダンスのレベルは世界でもTOPクラス。もしオリンピックの種目でストリートダンスの団体戦があったならば、アメリカ、フランスと並んで日本も有力な金メダル候補の一角になるだろう。』というのである。

 『そんなストリートダンスがなぜ一般のメディアにあまり取り上げられないかといえば、ひとえにメディアの無知と勉強不足だとは思うのだが、確かに一般の人向けに噛み砕いて解説している体系化されたストリートダンスの情報ってほぼ皆無だったりする。』

などと記されていて、そういう意味で言うと、今回発刊されたrippleroomは『日本全国のストリートダンサーを網羅』していて、大袈裟に言えば日本で初めての『体系化されたストリートダンスの情報』だと言えないこともないのかなと思ったりするのである。

 そんな地道な活動が評価されてか、文部省・厚生労働省・スポーツ庁が後援する一般社団法人『ダンス教育振興連盟』JDACが、このrippleroomの活動に共感して ご支援を頂いているようで、社会的にも認められた『一人前の活動』だと言えるのかも知れない。

 

    

  

日本の『ストリートダンスの現状』は、平成20年に文部科学省の発表した新学習指導要領により小学校・中学校・高校において「現代的なリズムのダンス」と称してHIP HOPダンスやLOCKダンスが体育に導入されているというのである。

 

 

★ 昨年6月に立ち上げたという Team ripplle は、ストリートダンスイベントに加え、rippleroom と題するこんな本の発刊に取り組んできたのである。

日本全国に散在するストリートダンサーとのインタニューを行い、それを纏めて今回発刊の運びとなったのである。

既にこんなホームページが創られていて、

 

   

  https://www.rippleroom.jp/

 

そこには東京の本屋さんや、直接申し込みもできる『申し込み方法』などが紹介されているので、ご興味をお持ちの方は、是非クリックなさってみてください。

  

アーティストの表現やこだわりに着目し、市場の価値に止まらない価値を探る team ripple が運営するブックストア。

ストリートダンサーの表現と生き様(時間性)を題材にしたインタビューアートブック"ripple room"初刊を発売中。

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書店でも絶賛販売中
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●代官山 蔦屋書店
 http://real.tsite.jp/daikanyama/
 東京都渋谷区猿楽町17-5 / 代官山駅から徒歩3分

●中目黒 蔦屋書店
 http://real.tsite.jp/nakameguro/
 東京都目黒区上目黒1−22−10 / 中目黒駅から徒歩1分

●HADEN BOOKS
 http://www.hadenbooks.com/
 東京都港区南青山4-25-10 南青山グリーンランドビル / 東京メトロ 表参道駅 A4 出口より徒歩7分

●ROUTE BOOKS
 http://route-books.com/
 東京都台東区東上野4-13-9 ROUTE89 BLDG.4F / 上野駅から徒歩3~5分

●本屋 B & B
 http://bookandbeer.com/
 東京都世田谷区北沢2-12-4 2F


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編集者・代表
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古谷 仁(ふるや じん)
https://camp-fire.jp/projects/view/37072

 

  

               

 

 

rippleroom には、Old School Style と Hiphop House Style とダンスの種類ごとに分かれていて、

夫々2700円と結構高価だが、その内容はオールカラーで、なかなかの高質な内容になっている。

そんなページの一部である。

 

       7

 

                              

 

        

 

                                             

 

 

        

 

                                              

 

★24歳の若さで、後輩たちと一緒に、こんな本の発刊が可能なのも、『クラウドファンデイング』などの新しい資金集めの仕組みやこのデジタル社会なるが故だとは思うが、自分のやりたいことができる『いい時代』に孫・古谷仁も生まれて来たものだと、ちょっとうらやましく思っている。

     https://twitter.com/ripple_room

2000冊 印刷して既にクラウドファンデイング関係で500冊近くは捌けているようだが、是非『ストリートダンス界』の中でも『いい評価』が頂けたらいいなと思っているのである。

    

      https://twitter.com/hashtag/rippleroom?src=hash

 

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W-Cup コロンビア戦 日本快勝!

2018-06-20 06:52:42 | スポーツ

★誰もが予想した劣勢を跳ね返して、ワールドカップスタートのコロンビア戦、『西野ジャパン』は2-1と快勝した。

 試合開始からテレビの画面の写真を撮りながらの観戦だった。

 撮った写真からこの一戦を振り返ってみたい。

 

 

 スタジアムはその7割がコロンビアの黄色で埋まった。

 南米の熱烈なサッカー熱が窺える。

   

 

  そんな中に、熱心な日本のファンたちもいた。

    

 

 

    

 

   コロンビアの国歌斉唱 スタンドも含めて元気いっぱいだった。

   

 

『開始後15分の入りの部分が大事』と言われていた緒戦の4分に、ゴール前の攻防でペナルテイーキックを得て、選手は退場処分となりコロンビアは10人で戦うことになってしまった。

 これがこのゲームの最大の勝因となったかもしれない。

 ペナルテイーキックは香川が

    

 

    冷静に決めて1-0とした。

    

 

 その後、セットプレーから1点を返されて1-1となったが、後半香川に代えて本田を投入、その本田が蹴ったコーナーキックを大迫が決めて2-1と再びリードした。

    

   

   

   

   ロスタイム5分をしのぎ切って2-1と勝利。

 

    

 

   決勝点を決めMan of the Match となった大迫勇也

    

 

 

   試合後のスタジアム、

    

 

西野朗監督のインタビュー。 

ずっと昔、確かオリンピックでブラジルにも勝ったことがある西野監督、この人には『そんな幸運』が付いているのかも知れない。

 

    

 

★W-Cupで南米のチームに勝てたのは初めてだとか、前回のブラジル大会では4-1と敗れたコロンビアに勝てて、本当によかった.

 コロンビアはこんなところにある国である。

 こんな遠い国からロシアまでこんなに大勢のファンたちがやってきているのである。ワールドカップ期間ロシアに滞在するのだろうか?

 

  

 

  ごく最近、コロンビア大統領選のニュースが流れた。『平和合意に暗雲』などとあるが、50年間内戦が続いているというのである。

 世界にはいろんな国があるものだ。

  

 

  西野ジャパン、第2戦も是非頑張って欲しい。

 

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大阪地震

2018-06-19 09:01:57 | 発想$感想

★三木も大きく揺れたが、その後は平常通りに戻ったし、8時半からいつもの通りジムに行った。

 ジムから戻って、ニュースなどで、大阪などの状況を見てびっくりした。

 阪神大震災の時もそうだった。テレビを観るまでは全くどれくらいのことか解らなかったのである。

 

 遠い人の方が心配なさるのだろう、息子の嫁からも電話があったし、仙台の服部カワサキさんからもメールを頂いたりした。

 

     

 

  こんな状況だったようで、三木は薄い黄色の一番端あたりに位置するのだが、幸いなことに全く被害はなかったのではなかろうか。

 

  テレビニュースなどでもいろいろ流れているが、『大阪地震被害』と画像検索すると、こんな写真がいっぱいなのである。

  流石、ネット社会で何でもよく解る世の中である。

 

 

   

 

 

   

 

 

   

 

 

   

 

 

   

 

  ホントに、こんな大地震だとは、全く解らなかったのである。

   大きな余震が来ないことを祈るばかりである。

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トランプ流は 従来の政治の常識とはちょっと違うが・・・スゴイ

2018-06-19 07:48:35 | 発想$感想

★別に私は政治も外交も専門家ではないので、そんなにちゃんと解っている訳ではないのだが、この1年トランプさんのやり方を見ていて、『トランプ流はスゴイな』と思っているのである。

世の専門家・評論家と称する人たちは、従来の政治や外交の常識に拘らない『トランプ流』をいろいろと反対の立場で論評される方が多いのだが、1年前のアメリカ大統領選挙の結果を『完全に読み間違えた』ように、北朝鮮問題も評論家のヨミとは違って『トランプさんの思う方向』に動いていくはずだと私は思っているのである。

 

 北朝鮮問題が1年前『どんな状況だったのか』思い出してみて欲しい。

 いつアメリカの北朝鮮攻撃が始まるのか? 北朝鮮制裁は始まったばかりで、北朝鮮はミサイル開発に躍起だったのである。

 この1年の経済制裁には『よほど北朝鮮も困ったのか』今年の春あたりから一転そのスタンスを変えて、今回の『米中首脳会談は実現』したのだが、1年前に『こうなる』と予想し論評した評論家など皆無だったと思う。

然し『こうなること』は、トランプさんにとっては『ご自身の仮説通りの、予想通りの進行』で、あと1年先には、ひょっとしたらもっと早く、北朝鮮は自らの意志で『完全な非核化への道』を歩みだすはずである。

非核化』を急いでいるのはアメリカではなく、北朝鮮なのである

 

★現在の評論家の論調のベースは、従来の『約束しても騙し続けた北朝鮮』のイメージで語られているのだが、今回は米朝のというよりは『トランプ・金正恩』のトップ同志の約束なのである。

ミサイル開発』により目指した『アメリカとの対談』が実現したとも言えるのだが、それが実現した今はもう金のかかる『ミサイル開発』は用済みで、いつまでも『ミサイル』に頼っていたのでは、未だ30歳前半の金正恩さんにとってみると、今後の見通しが立たないのは自明の理で、今後の北朝鮮の目指すところは『経済発展』が第一の目標なのだろう。

完全な非核化』に向かえば、経済発展に必要な資金が入ってきて且つ『体制が保証』されるのであれば、その方向に行こうと思うのは、人の発想として当然だと思う。北朝鮮の場合は、金正恩さんが『そう思えば』100%その方向に動く独裁体制なので、トランプさんの目標は、『金正恩さんの心』をどう掌握するかの1点に集中してるはずである。

今回のシンガポール会談で、トランプさんの思惑は120%達成できたと思う。

二人の人間関係が築けたかどうか』が焦点で、『トランプさんの思惑通りの成果』だったので、トランプさんご本人は大満足なのである。

 

★それにしても、トランプさん『人の心』を掴むのは上手である。 

いろいろな『トランプ流』が用意されたのだと思うが、

金正恩委員長の決断を促すために作ったものとみられる4分30秒のこの動画』は如何にもトランプ流で卓越している。

北朝鮮の未来を示す南北が同じように明るく輝く朝鮮半島の夜景の画像』は、

 核を放棄し改革開放措置を取った場合の北朝鮮経済の発展の様子を象徴的に具体的に表現ている。

 

  

 

金正恩さんが、『今一番やりたいこと』は、『こんな北朝鮮の姿の実現』なのである。

シンガポールでの『会談前夜の金正恩さんの行動』を見てもそれは明白なのである。

トランプさんは、非核化への手段は具体的には示さなかったが、金正恩さんの心に突き刺さる『具体的な提案』をこんな形でさりげなく誘っているのである。

そして金正恩さんにとっては、多額の資金を使った従来の『核への投資』がそれを放棄することで、『何倍もの経済支援金』に変わるのなら、『核の放棄』は最も簡単で、確実な北朝鮮の資金調達の手段であり、従来の核への投資が無駄にはならないのである。

体制の保証』が北朝鮮にとってのMUST条件だが、それはトランプさんの決心次第で、朝鮮半島の平和が見込めるなら、金のかかる米韓軍事演習など行う必要などないのである。

 

これは2014年1月30日、国際宇宙ステーションの宇宙飛行士が撮影した朝鮮半島の夜の写真で、非常に注目され、その年ロイターで「今年の写真」に選ばれたとか。

特に、対比される他のは南北双方の首都ソウルと平壌なのである。

 
 

 

★今後の北朝鮮問題も、間違いなく『トランプさんの描く仮説通りの進展』を見せることだろう。

それにしても『この夜景の写真は秀逸』で、さりげなく4分半の動画に纏めて、金正恩さんにプレゼントした『金正恩さんの心の中』を見通したようなトランプ戦略なのだろう。

従来の政治交渉とは全く差別化されていて、『トランプさん、見事‼』 と言っておきたいのである。

 

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