雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

2010年私の10大ニュース

2010-12-31 05:12:29 | 発想$感想

とうとう大晦日になりました。

2010年の10大ニュースなど、あちこちで纏められていますが、

私にとって、今年は喜寿、喜寿を迎えたこの1年は、いろいろありましたが、一言で言えば『いい年』だったと思います。

私が勝手に思っている10大ニュースは。

 

カワサキファクトリーOB会

今年はこれで幕が開きました。20年ぶりに開催されたOB会でしたが、カワサキのよさを、レース界独特のあの雰囲気を久しぶりに堪能しました。

清原明彦君の尽力で、開けたようなOB会でしたが、ご苦労様でした。キヨさんの経営するPRO SHOP KIYO が12月にNPO The Good Times の団体会員に参加してくれたことも、うれしい出来事で、また来年に繋がっていくことでしょう。

 

★ツイッター

今年はツイッターをのけては語れません。1月1日、鳩山さんのツイッターへの参入から始まりました。

3月には、ノヴァエネルギーの公式ツイッターを立ち上げて、「ツイッターのなんたるや』をいろいろと勉強して、5月からはNPO The Good  Times の公式mツイッターを立ち上げました。

先導役を果たしてくれたのは、ノヴァのツイッターです。

 

★潮流発電 マグロ 淡路岩屋で実験スタート

韓国で開発を続けていた潮流発電、やっと日本にやってきました。テレビや新聞に取り上げられ、一躍マスコミの寵児になりましたが、

その後の実験は、いろいろと生みの苦しみを味わっているようです。

広報戦略はお手伝いしましたが、事業展開の時代に入りましたので、今はタッチャんがボランテイァで手伝ってくれています。

 

★母の入院

6月で、101歳になった母ですが、お盆に秩序膝が痛いと入院しました。 この年まで入院などあまり経験のない明治の人ですが、入院した途端に一度に弱ってしまい、介護1級から一挙に最高の介護5になってしまいました。

一時はどうなることかと思いましたが、今は元気になって老人養護施設でお世話になっています。

単に面倒を見ていたのと、「介護」は別次元のことだと言うのがよく解りました。

 

★体力年齢、41歳

三木市の催しで、体力測定をしてもらったら、昨年よりさらに3年若返った『41歳』とコンピューターは認定してくれました。

柔軟性が20才、肺活量や、敏捷性などがよく評価されました。毎日継続しているストレッチと、1週間に何回か公園で走るダッシュのおかげです。

ジョギングやウオーキングは殆どしない自己流のトレーニングで、50メートルダッシュが効いていると思います。

体重は80キロありますから、腹周りもダメなのですが、血液検査は、全てフェアウエイの真ん中、抜群にいいので「メタボ』ではないそうです。

 

★新しいパソコン

70代になって、初めて出会ったパソコンですが、今回3台目の購入です。2台目にした時は光にしたら性能がついて行かずにやむなく買ったのですが、今回はなぜ買い換えたのかよく解りません。

店にあった展示品のパソコンが、現物限りで24万ぐらいのが17万になり、「初期設定が要らない』のが、決め手だったのかも知れません。

それに、ノート型でなく、大きくて見やすいこと、ちょうど夏休みにアメリカから来ていた孫が、ノート型のパdソコンを持って帰ると言ったからかも知れません。ちょうどツイッターのフォロワーを増やしている最中で、1日6時間以上もパソコンに向かっていましたから、これは正解でした。 毎日気分よく過ごしています。

 

★ツイッターフォロワー10万人、目標達成

5月に年内に、フォロワー10万人にするという目標でスタートしました。ノヴァエネルギーでの対応の仕方は解っていましたから、ただただ単純作業を毎日続けただけの事ですが、よく頑張りました。 毎日1000人をフォローすると、500人ほど増えていきます。 ソノペースで11月半ばに10万人達成できました。

その後は、ぷらぷらやっていますが、現在11万人をちょっと超えました。来年は20万人になるかも知れません。

ただ、10万人と20万人とどれだけ、値打ちが違うのか? それがよく解っていません。

 

★タンブラー

コニシロクタンブラーに、私の言葉が載ったのが、タンブラーを知ったきっかけですが、

NPOのアドバイザーのbunCさんが、The Good Times Tunblr を創ってくれました。

これで、会員さんのブログが、ぐっとカッコよくなりました。

e-音楽@みき の新しいタンブラーもできました。

 

★白内障の手術

昨年の秋から、なんとなく目がおかしくて、町のお医者さんには白内障だがまだ手術いはいい、と言われていました。

ゴルフのボールがどこに飛んだのか解らなくて、ゴルフが楽しくなくなりました。だんだんひどくなって、来年1月中旬に手術することになりました。

ひょっとしたら世界が変わるかも知れません。もう一度ゴルフを一生懸命やる気になればと思います。

来年は78歳、エイジシュートは『夢』から、『可能性がちょっとある目標』になればと思ったりしていますがーーー。

 

★『新しい公共』

鳩山さんが言っていました。新しい発想です。 

NPO が絡んでいますので、NPO法人The Good Times には無関係ではありません。

『三木市社会福祉協議会』がNPOのメンバーに参加されて、すぐ続いて三木労音のe-音楽@みき もジョインしました。

『新しい公共』としての活動の場ができました。

 

●以上が私の10大ニュースですが、

『新しい公共』 これが来年に繋がる、今年最大のニュースです。

NPO設立以降1年半で、現在、全国50グループ、個人会員1000人の規模になりました。

ちょうど20年前、カワサキのユーザ-クラブKAZEをスタートしようとした時がちょうど1000人でした。

 

KAZE はその後、55000人の規模になりましたが、

そのころ、ソフト会社を担当したソフト、ノウハウを持った仲間たちが、このNPOに集まっています。

1万人はそんなに難しい目標ではありません。

1万人集めると、1000円*10000=1000万円です。

NPOの経費は、1カ月5000円しか掛りませんから、殆ど余ってしまいます。

粗っぽく言えば、『殆どあつめてくれた人に戻そう』という行政のようなNPOです。

『新しい公共』が目指せる所以です。

 

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ちょっと気分いい昔話を

2010-12-30 04:35:48 | カワサキ単車の昔話

★一昨日の自分史、昭和38年のレース話が、60おじさんのブログと一緒に、ダートヌポーツに紹介されました

 

山本君のブログにあった旧く懐かしい写真の数々を、私なりに解説しています

この写真も、もっと大きくちゃんと解説しています。

バイクに関心のある方はどうぞ。

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小沢さん政倫審に出席

2010-12-29 06:08:54 | 政治

★昨日の午後、『小沢さん政倫審に出席』というニュースが流れた。

個人的な意見としては、別に聞きたくもない小沢さんの弁明である。

今更小沢さんに金をどう集めたとか、それは自分の判断か、秘書がやったことかなど幾ら詳しく聞いてみても、日本の現在がどうなるいことでもないし、従来の日本の政治は、小沢さんでなくても、金にはずっとややこしかったのは間違いない事実だと思っている。

こんなことで、国会が混乱すること自体が問題のような気もする。

 

★市場調査での、設問というか聞き方が問題なのだと思う。

ホントに国民は、小沢さんの弁明が一番聞きたい問題なのだろうか?

小沢さんは、国会で説明すべきですかと聞くから、YESと答えるのであって、これが国会で一番やらねばならないとは思っていないのではないだろうか。

いずれにしても、菅さんー仙石さんラインの民主党には、もうがっかりした。

顔を見るだけで、どうも気分が悪い。 年初は珍しく民主党と、政党を支持していたのだが。

 

★民主党でも、自民党でもいいから、大阪の橋下さんのような自分の考えが明快な、本当にリーダーシップのあるリーダーらしいリーダーの出現を願いたい。

民意、民意などと言うが、所詮は素人の『聞かれたから答えるだけ』の意見なのである。

そんなものに一喜一憂するのでなくて、国民も本当は、引っ張ってくれる真のリーダーを待ち望んでいるのではなかろうか?

選挙というのは地元の代議士しか選べないのだが、自分が1票を投じた人が、この時期にどこかでウロウロしていてもどうしようもないのである。どんな行動しているかすら解らないのである。

その点は、まだ知事や市長の方がすっきりしている。

どうも、中央政界の政治はまどろこしくて、見ておれない。

 

秋定泰雄

yakisada  朝早くからTVは政治と金、政治と金と繰り返している管首相、岡田幹事長を映し出している。国民皆が小沢氏の国会での証言を望んでいると言われるが、私や周りのものはそんなくだらんことを誰も望んでいない。望んでいるのは景気回復である。
波切 のえイカリン深沢四朗2代目 横丁の師匠庄屋 林兵衛酒丸ぱるぱる石ヒロ珈琲・紅茶の店  アルベロteamMOMOTARO古谷錬太郎
とこれはまだ、小沢さんのニュースが流れない朝一番の秋定さんのツイッターだが、私がリツイートしたら、10人もの人がリツイートした。
★こういう意見の方が、まともだと思うのだが。
来春また、どんなことになるのだろうか? 誰でもいいから菅さんと仙石さんには代わって欲しいと思っている。
菅、小沢 どちらか?というあの時に、「世論」 とやらが間違って、民主党の代議士がウロウロして菅さんを選んだのが間違いの始まりである。
そういう意味では、国民がバカだったので、あまり文句も言えないのか。

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昭和39年、(1964)カワサキレース本格的にスタートの年‐Ⅱ

2010-12-28 04:40:39 | 自分史

★前回の自分史で書いたように、この年は『広告宣伝費をどのように使うのか』が焦点の1年だった。

予算はいっぱいあったのだが、初めての経験の広告宣伝は中々難しくて、第一線の営業部隊の希望など販売促進策がメインであったが、1億2000万円という膨大な予算を持て余してしまったような1年であった。

それでも結構いろいろと贅沢なことはしたのだが、

●広告宣伝課でヘリコプターを購入し日本全国あちこちに飛んでいた。と言っても、航空機部が下取りに取ってきたヘリで残存価格が100万円ちょっと、だったから運航経費を広告宣伝費で負担していたのである。大きなレースにはヘリを持って現場に臨んで、スズキ、ヤマハのライダーたちからもせがまれて、乗せて上げたりした。

●カキヌマサーカスにバイクを提供して、球体の中を走らせたり、日活と映画のタイアップなども言われるとおりやったりしたが、みんな大した額にはならなかったのである。

当時、吉永小百合との日活純愛路線などで、人気絶頂の浜田光夫が明石日活に舞台あいさつに来たと言うので、その当日明石工場にいらっしゃいと誘ったら、すぐ来てくれるほど、日活に対しては『カオが効いた』のである。当日工場のテストコースでバイクに乗せたまでは良かったのだが、それを聞いてすぐ横の発動機のエンジン工場の女工さんたちが大勢飛び出してきて、ラインが止まってしまったりした。

★この手のイベントらしきものの、一番大きかったのは

8月22日大阪のABCホールで行われた当時の人気番組、『源平芸能合戦』に川崎航空機として出場したことである。

毎日広告が、『タダでテレビ番組に出場しませんか?』と言ってきたのである。 『4つ、出し物を揃えればいい』と簡単そうに言うものだから、『やりましょう』と言ってしまったのである。

相手は、三洋電機であった。生放送で相手もあることだから、途中でやめたりは出来ないのである。4つの出し物のうち、当時有名であったコーラスと手塚部長の剣舞はすぐ決まった。

話を聞きつけて、本社も応援すると言うことになり、本社の岩城常務が単車担当だったので総指揮官に就任された。そんなことで、岐阜工場も応援してくれることになり、ハワイアンバンドが出場することになった。ハワイアンと言えばフラダンスだが、そのダンサーの手当は、女子社員からそれこそ田崎さんが見つけて説得してくれた。田崎さん(元川重社長)は、よほどこの源平芸能合戦の印象が強いらしくて、その後何度も私との話題になったのである。今なら簡単にOKであろうフラダンスの衣装も「腰みの」というわけにはいかなかったのである。

ただ、後の一つがどうしても見つからないのである。思い余って毎日広告に相談したら、多分今の吉本興業だと思うが、劇の脚本を専門家が書いてくれて演技指導もしてくれたのである。当時、ソ連の宇宙ロケットなどが話題の時代で、その劇は『かぐや姫』。専門家が書いてくれて指導してくれたので、金は掛ったが、なかなかうまく仕上がっていた。かぐや姫には本社の上路さん、おじいさんには富岡さんあとだれだったか?

 4つ揃ってほっとしていたら、岩城常務が、『うちは芸人を育てているわけではないから、芸は負けてもいいが、応援は絶対に負けてはいけない』と仰るのである。ABCホールに当日行く応援団を集めて、毎日応援の練習が続き、時間外手当や軽食なども、広告宣伝費で負担した。本番前日には、出場者全員を集めての予行演習をやったりした。テレビ局もこんなに、大がかりにやるところは見たことがないとビックリするような熱の入れ方であった。

然し、本番は、107:105という番組始まって以来の高得点で、接戦だったのだが、三洋電機に名を成さしめたのである。三洋の淡路浄瑠璃など本職かと思った。 現場の雰囲気では、圧勝であった応援も、テレビに映ってみたら、オリンピックの応援をイメージした三洋のチアガールの方が,現場ではバラバラだったのに俄然テレビ映りがいいのである。

『よくやったから、全員に記念品を配れ』とも岩城さんに言われて、この源平芸能合戦は、『タダのつもりが結構、お金は掛った』のである。

 

★こんなこともあったが、この年は何と言ってもカワサキのレースのスタートの年である。

契約ライダーは、神戸木ノ実の山本隆、歳森康師、厚木のカワサキコンバットの三橋実、岡部能夫、梅津次郎だったが、カワサキコンバットには毎月20万円の選手養成費を渡して、全国から見込みのある選手を集めて養成していたのである。その中に静岡の星野一義や秋田の金子豊もいたのである。

『日本のトップライダーをみんな集めたら間違いなく勝てる』などと思っていたものだから、ライダー契約金なども派手にはずんだ。ライダーたちの車は山本、歳森がS600、三橋は当時は最高級車シルビア、岡部が日産2000GTB、安良岡がフェアレディとモータショーなみで、そんな車が買えたのである。

カワサキノ契約金がいいと言う話は、レース界にはすぐ伝わって、当時の久保和夫や荒井市次などとトップライダーと、接触があったし、三吉一行や安良岡、田沢なども後半はカワサキに乗ったりした。当時の山本隆の契約金が100万円ほどだったから、10人集めても1000万円、15人集めたら絶対勝てると、本気でそう思っていた。星野はまだ未契約17歳で車の免許も持っていなかった。

まだMCFAJが主力のころで、春の朝霧高原の全日本ではまだまだだったが、

10月10日、東京オリンピックの開会式ノ当日から開催された伊豆丸の山の全日本では、90cc三橋実、オープン梅津次郎、メインの125cc日本選手権には山本隆と、4種目中3種目を制覇して、ようやくモトクロスにカワサキの名前が出てくることになるのである。

 

まだまだレースの知名度が低く、新聞などに書かれることは少なかったので、11月8日には、スポーツニッポンに働きかけて、スポニチ主催のモトクロスを、和歌山紀ノ川で開催することになったのである。このレースを皮切りにスポニチ主催のモトクロス戦は翌年シリーズで行われて、もちろん大きく記事になったのである。

カワサキが仕掛けたレースで、ちょっとは無理も効いたので、朝の練習で荒井市次と接触して指を骨折した岡部能夫の代わりに、コンバットの運ちゃんで現場に来ていた星野一義を岡部能夫の名前で走らせたりしたのである。これが以前ブログにも書いた『星野が初めてレース場を走った日』なのである。転倒して救急車で病院に運ばれたりしたが、誰もあまり気にもかけなかった、誰も知らない無名の新人だったのである。星野インパルのホームページには、これがデビュー戦と記載されていて、岡部能夫の名前で走った確かにデビュー戦ではあったのである。

私は、広告宣伝の担当をしていたが、この年レースの現場を担当してくれていたのは、故川合寿一さんと、大西健ちゃんだった。その大西君も今年お亡くなりになってしまった。

だんだんと仲間が少なくなるのは寂しいことである。ご冥福を祈りたい。

 

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新報道2001MAXに出演の樋渡さん

2010-12-27 05:49:43 | 素浪人&樋渡啓祐氏

★昨日の朝、『武雄市長物語』をみたら、樋渡さん、『新報道2001MAX』に出演すると言う。

スタートは7時、すぐブログ excite に、こんな風にアップした

 そしてそのブログを、ツイッターで流した。

古谷錬太郎

rfuruya1  今朝7時からのテレビ『新報道2001MAX』に武雄市の樋渡市長さん、大阪の橋下さんなどと一緒に出演するとか。地方の話らしいが、『地方院構想』話に出るのだろうか?http://rfuruya2.exblog.jp/15667103/ Kバイクショップ セキはっぴいえんどプロジェクトロッサファイア・ハチ
★7時ちょっと前に、ツイッターは間にあって、7時からはフジテレビの『新報道2001MAX』を見せて頂いた。

スペシャルゲストは、さだ まさしさん。
その他ゲストに、
民主党・渡辺周選対本部長、
橋下 徹 大阪府知事、
溝畑 宏 観光庁長官、
樋渡 啓祐 佐賀県武雄市長、
木村 俊昭 農水大臣官房政策課企画官、
石黒不二代 ネットイヤーグループ社長。

こんなゲストのメンバーである。 

新番組は、「政治討論」一辺倒から脱却。
(1)報道局の精鋭チームが、毎週、全国・全世界に飛び出して深層取材に奔走…
社会・経済など、生活における旬の知的情報全般に深く切り込みます。
その取材結果をこれまでの「2001」では比較的少なかったVTRで紹介し、スタジオにいるキーマンたちに直談判!そして…
(2)我々の生活を変える「実行力のある発言」を引き出します。
つまり、今までどの政治討論番組も、どの報道・情報番組も絶対にできなかった「ニュースを発信する生スタジオ」を目指します.

とそのホームページで紹介している。

 

★この番組は、その取材先である長野県王滝村の紹介から始まった。

フジテレビも、やるものである。

7人のゲスト出演者の中で、画面だけでの出演の橋下さんと、ナマ出演の樋渡さんが、主役のような、そんな番組に仕上がっていた。 

 

日本の地方の問題だから、『大阪都構想』が取り上げられて、『金』『権限』『観光資源』『知恵』のそれぞれの観点から番組は進められたが、この主役は間違いなく橋下さんだった。

橋下さんが展開するあの独特の話に、出演者の方たちが絡んでのトークであった。

樋渡さんのテレビでのトークを初めて聞いたが、『自分の言葉で、自分の想いを素直に』話されていて好感がもてたが、そんなに長く話されたわけでもない。

官僚を辞めて大分トリニ―タの社長をしていたのを環境省長官にスカウトされたと言う溝畑さんもなかなかおもしろかった。

橋下さん、溝畑さん、樋渡さん、それに石黒さんは現場のトップリーダー経験者である。

そんな経験のある人の、特にリーダーシップがある人の言葉は一味違うなと思って聞いていた。

 

★番組の途中から、突然王滝村の現地取材レポートのVTRが流れだしたのである。

このレポーターに、樋渡さんが突然現れて、びっくりした。

『その取材結果をこれまでの「2001」では比較的少なかったVTRで紹介し、ーーーそして、我々の生活を変える「実行力のある発言」を引き出します。ーーー』

という前述の『番組の基本コンセプト』のVTRに登場した、第1回目のレポーターが、樋渡さんなのである。

その大役を見事に、自然に、こなされた樋渡さん、間違いなくこの番組のもうひとりの主役であった。

 

★現代の情報発信でトップリーダーが果たす役割は大きい。

橋下さん以前の大阪が、樋渡さん以前の武雄がこんな番組に登場することなど、考えられなかったのである。

同時に、言葉の持つ発信力の大きさもすごい。 同じことを言っても橋下流は説得力があるし、明るくていい。

樋渡さんも、なかなかなもので、好感が持てる。

 

それらは、基本的に、

『大阪に対する愛』

『武雄に対する愛情』から自然に滲み出てくるものなのだろう。

究極の目標は、その地域の『ブランドイメージ創造』の問題なのだと思う。

 

★こんな活動ができずに、広報はホームページや広報誌などだけに頼っているリーダーは、もう通用しなくなっているのではなかろうか?

『パブリシテイ』 をトップ自らが演出する、それを可能にするブログやツイッターなどのネットシステムも揃っている。

そんな無料のいいシステムを使いきれずに、口先だけでは『情報戦略』など言っている一昔前のようなリーダーは、もう存在価値がないのではと思ったりする。

 

昨日の午後は、『たかじんのそこまで言って委員会』の スペシャル番組で、おもしろかった。 

日本も核武装すべきだ論も展開されて、賛成意見もあったのだが、『核武装はいいとしても、有事の時の判断のそのキーを菅さんが持っているのは???』

との発言もあった。 確かに、頼りないリーダーが多すぎるのである。

 

民主党でも、自民党でも、行政でも、  政治家に、 要は、リーダーらしいリーダーが欲しいものである。

 

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私のもう一つのブログ、http://rfuruya2.exblog.jp/

2010-12-26 05:36:00 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram

★昨年までは、ブログはいっぱいやっていた。

今年はツイッターに力を入れて、時間がなくなってしまったので、このブログともう一つ、exciteの二つに絞っている。

世の中10大ニュースなど賑やかである。

exciteのブログは、写真が簡単なので、写真を使ったモノも多い。 

前半、後半に分けて、『exciteのブログ』から5つずつご紹介してみたい。

この1年の活動の集約と言えるかもしれません。 じっくりご覧ください。 

 

 

★こちらのブログでも、ご紹介した、『カワサキファクトリーOB会』です。

今回は有馬の泉卿荘、22年前は芦屋の竹園旅館でした。両方とも出席の人も多いのですがが、22年の歳月を感じさせます。

 

 

★こちらのブログは、三木のことを数多くアップしています。

goo のブログはバイクの関係の方も多いのですが、こちらは三木の読者がいっぱいです。

三木のイメージの高質化』 これは現在の情報戦略の、一つのテーマです。

 

 

★宇宙からの写真、こちらの写真をツイッターのバックに使っています。

『宇宙からの写真』御覧下さい。 素晴らしい写真です

この写真を私に贈ってくれたのは、北村敏さんです。 

北村さんは、どこから?---どなたでしたか? 顔はちゃんと思い出すのですが、お名前が出てきません。  KHIの発動機の方なのですがーー。

 

 

 ★さるとるさん、 NPO The Good TImes のアドバイザーです。

三木のお役所にお勤めです。 今年から三木でも吉川の方に移って、より彼の真価は発揮されています。

竹の恋,筍の恋、

これは私のブログだが、まあ言えばさるとるさんに、書かされているのです。

それは神戸新聞の斎藤記者も一緒で。  ブログde みっきぃ やまかずさんも、 みんないい仲間なのです。

 

 

★前半のトリは、やはりこれ、

 潮流発電、『6月21日、「智子$華子」無事入水』です

あれから6ヶ月経って、初めての実験は、なかなか大変なようですが、来年に期待したいと思います。

 

 

 

 

 

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地デジと光テレビとNTTさん

2010-12-25 05:51:21 | 日常生活、園芸、バラ

★来年の半ば以降は地デジ化などと、もうひとつ解ったような解らぬことがあって、今のままではテレビが見れなくなると言う。

このあたりの技術的なことは、全く解らないのである。

今我が家のテレビは、アンテナが要らないし、いろんな番組が見れるからと、Jcomさんと契約している。

確かにその通りで、たまに我が家を訪れる息子や孫たちには、至って好評なのだが、

このところテレビもそんなに見なくなったし、使い方も覚えるのが面倒で、見たこともないのである。

 

この春ごろから、NTTの光テレビの広告を見ていたら、値段はめっぽう安くて今の10分の1ぐらいなのである。それに換えようかと思ったが、『今のところ明石までで、三木はまだ――』と仰るのである。

それが11月になって、『三木もOK』というものだから、お客様相談口でいろいろ聞いたら、インターネットの方もシステムが新しくなったと言う。だがそれは『セッテングのし直しが要る』と仰るので、『それではダメだな』と言ったら、『それもやってあげる』ということになって、

昨日はその工事日だったのである。

 

★NTTさんも、大会社である。 一式の工事なのだが、昨日は朝から3組の方が、我が家を訪れたのである。

まず最初が、光電話のもとのところの工事である。 外に電柱に登っている人もいるようだが、何をやっているのかパソコンを使い、外の人と携帯で話しながらの作業である。今まで幾つもあった箱型の器具が、一つになってすっきりした。

『光電話はどんなメリットがあるのか?』と聞いたら、どこに掛けても通話料が同じだと仰る。そんなの常識の常識かも知れぬが、初めて知った。

それなら、東京の人と話していても、三木のカバン屋さんと話しているのと変わらないのである。

大体、光にした時は、パソコンのスピードだけが関心事で、電話代まで気が回らなかったのである。

私は携帯は使わないので、毎月払う電話代は、高い安いと言うレベルでないほど少ないのである。

最初の人が帰って、2番目のテレビ担当の方が訪れた。

これは、家にあるテレビの配線をやりかえる、いわゆる工事らしい工事である。

来た途端に、工事代の説明から始まった。何をいまさらと思ったが、たまに『そんなに掛るのなら要りません』と言われる方がおられるからだとか。

部屋ごとのテレビの配線をやりかえるので、結構時間がかかった。

三木の吉川にお住まいだとか聞いて、いろんな話を聞いたのだが、今日も緑が丘だけで3件の工事だと言う。

大体、地デジになぜするのか?

などの基本的なことを聞いたが、国が推進する理由がよく解った。個人よりも国としては大いにメリットがあると思う。

地デジの先進国は北欧や、オランダ,ドイツで、今は韓国、日本が続いている。  アメリカは、まだまだだそうである。

と聞いたのだが、ブログに書くには、ちょっと調べてからと思ったが、

こんなのがあった、半分はあっていたが、アメリカもやっているようである

 

地デジになっても吉川などの高台はアンテナでテレビはよく見えるので、光テレビなどにする必要はないと言う。そんなものかと改めて思った。

この地区は、アンテナではテレビが見えにくいところもあるそうだ。

3番目に来た方は、背広姿のNTTマーケッテングアクトから、パソコンのセッテングである。

『フレッツ光ネクスト超カンタン設定ガイド』なる手引書も確かにあるのだが、ちょっと見たがとても手に負えない。

やはりお願いするしかないのである。

 

★セッテングを終わって、メールのページをチェックした時、ツイッターの『あなたをフォローしました』というお知らせメールが200以上も並んでいるのに驚かれて、

ツイッターの話から、ブログ、さらにはNPO The Good Times の話になった。

非常に興味を持たれて、ちょっと説明したら、こんなにちゃんと理解できる人は初めてと思うほど、極めて理解がいい。

ご関心があるのなら、個人会員に入られますか? と言ったらOKと、すぐ入会されたのである。

 

まだ、ツイッターはおやりでないようだが、もしブログやツイッターをおやりになったら、ぜひ連絡ください。ちゃんとフォローします。

と言ったのだが、

帰りぎわに、連絡はどこに? と仰るので、

『ホームページでも、私のブログのコメントでも、どこからでも大丈夫です。』と申し上げた。

今までにもこんなことから、繋がった人は大勢いるのである。

 

★少々おおげさだが、NTT西日本などと繋がればいいと思っている。

会員制度などもお持ちのようだが、少なくともNTT西日本独自でおやりになるよりは、NPO The Good Times と提携して利用される方が『数段効率的』なのである。

私もNTTさんの会員にすぐ入会して、担当部門にメールを打ってみた。 その反応の仕方で、NTTさんのいろんなことがすぐ解るはずである。どんなことになるだろうか?

 

昨日は、NTTさんと終日付き合ったが、これで我が家のテレビも、電話も、インターネットも、一区切りついて

安心して来年の『地デジ化』を迎えられると思っている。

 

今までもパソコンのスピードは決して遅くはなかったが、間違いなく一段と速くなって気分がいい。

 

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カワサキの思い出、そして未来

2010-12-24 06:00:48 | カワサキワールド

★『カワサキの思い出、そして未来』

そう銘打ったイベント計画が今、進行中です。

この調子で進めば、めちゃ楽しくいい会合になりそうです。

本番もさることながら、こんなイベントは計画の段階が、また最高に楽しいモノです。

 

★どんなイベントなのか? 誰の企案なのか? どんな連中が絡んでいるのか?

今のところ、それを一番ちゃんと、広報してくれているのは、こんなブログサイトです。

まずその内容をざっと御覧下さい。

はっぴいえんどプロジェクト』さんや、平井さんご自身のコメントも載っています。

本番までに、まだまだ進化するのでしょうが、進歩はあっても後退はないものと思っています。

『ケガをしたらミドリの血が流れる、元team green迷監督でカワサキの真打(笑)thiraiさんから来年3月に予定されている、カワサキ工場見学の企画書をもらったので、thiraiさんのブログにある範囲で母ちゃんからもご案内させていただきます』

という書き出しで、『ねこさんのブログ』は始まっています。

 

★このイベントの主催は、『兵庫メグロ友の会』です。

参加資格は、全て、NPO法人 The Good Times の会員であることがMUST条件ですが、

兵庫メグロ友の会に入会すれば、全国でただ一つ無料で会員になれるという『太っ腹』のところを見せています。

 

最初、この計画が出された時は、20名などという『しょぼくれたこと』を言っていたのですが、

関東の雷神マッハさんや三木のカバン屋さん東京の関さんなど

2万円の高額会費なのですが、即座に何人もの参加を確約されて、少し計画が大きくなりました。

私もヨコから『せめて50名くらいは――』などと、ハッパをかけていたのですが、

ねこさんが現れて、『100人ぐらいは、自分一人でも集める』と言ったか言わなかったか?

あんなブログで応援して頂いて、ムードは一挙に上がっています。

 

★先着、50名は、多分工場見学だけにして、夜のパ―テ―から、翌日のカワサキワールド見学まで、より柔軟な計画を組むことになるのでは、と思っています。

正式発表は、1月10日と言っていますので、それまでに粗っぽいところを固めて、3月4日までにさらに柔軟に対応したらと思っています。

固めなければいけないのは、お世話になる川崎重工業側の工場見学だけですから、そのあとの計画はまだまだ自由です。

人数も、何百人まで大丈夫なのか? ホテル側とも要検討なのですが、ホテルのキーパーソンもNPOのすでに会員さんなのでいろいろ無理を聞いてもらえるのではと思っています。

 

関東のNPOのメンバーたちも、モトボックスセキさんや、雷神マッハさんは既に決まっているのですが、

関東総括の大和屋嘉平さん(インタートレ―ディングムラシマ)が関東グループで協讃の話もあったりして、どんなことになるのでしょうか?

 

カワサキの思い出を語るレース創設期のメンバーと言えば、いろいろ大物がいるのですが、みんなNPOの会員さんなので、参加資格はすでに、お持ちです。

昨日は、二輪車新聞、モーターマガジン、オートバイ誌の衛藤誠記者から取材も兼ねて参加の申し込みがありました。勿論会員さんです。

今になれば、カワサキノ歴史、一番詳しいのは、衛藤さんかも知れません。昭和37年ごろからのお付き合いオで、歴代トップをご存知です。

 

★今朝は、三木のカバン屋さんから、非公式に申し込みがありました。オークションには、今人気のRIMOWAのカバンが出るでしょう。

明日は、月木レーシングと一緒に、ジェットスキーPLAZA明石の福井君を訪ねるそうです。

カワサキのレースに月木を除いて語るのは片手落ちです。

ジェットスキーの世界チャンピオン金森稔君も、月木レーシングが故郷です。

そこからカワサキに連れてきたのが、thiraiさんです。

その金森にジェットスキーのライデイングの手ほどきをしたのが、福井昇君です。

こんな『カワサキの思い出』を、今の現役諸君はどのくらい、ご存じなのでしょうか?

 

最初に『井戸を掘った人』を忘れてはいけないと思います。

カワサキニュースに、ミニSLフェスタの記事が出ていましたが、この『いいだしべえも福井昇』くんで、

これを、神戸市に繋いでくれたのは、田崎雅元さんです。

そう言えば、田崎さんも、レース創成期のレース仲間です。

 

★だんだんと、中味が詰まってきたら、またご報告します。

3月4日まで、その経過を十分楽しみたいと、思っています

『異種、異質、異地域をみんな繋いで楽しい時を過ごそう』

こんなコンセプトの NPO The Good Times のメンバーたちの集いです。

参加資格は、会員さんであれば、どなたでもOKです。

 

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昭和39年、(1964)日本も自分も変わったーⅠ

2010-12-23 05:29:19 | 自分史

★昭和39年、この年の秋、10月10日が東京オリンピックの開会式である。

夏7月25日に、新幹線が初めて東京ー大阪間を試走してオリンピックと同時に開業した。

東京都内の高速道路も出来て、私自身も初めて、飛行機に乗り、新幹線にも乗ったし、助手席ではあったが山本隆君のホンダS600で、初めて名神高速道路を走ったりした。

給料は25000円ほど、ボーナスは6万から7万円年収は50万円には届かなかったのである。

結婚生活実質2年目、前年長男が生まれこの年の秋、二人目の妊娠が解った。 32歳である。

 

★そんな社会環境の中で、会社生活も8年目を迎えて、ようやく中堅社員にはなりつつあったのだが、こちらの方は日本の変わりようの何倍もの変わり方だったのである。

前年度にカワサキの単車事業についての日本能率協会の調査があって、その結論は幾つかの条件付きでGOサインが出たのである。

そのひとつが、広告宣伝部門を創ること、その予算は事業部では負担できない規模なので本社の開発費扱いとなり、その額1億2000万円が決まったのである。

その広告宣伝部門を担当することになった。

その後もずっとお世話になった故苧野販売促進部長のもとで、課長も掛長もなくそれはすべて苧野さんが兼務で、任されたのである。

50年近くサラリーマン生活をしたが、これくらい自由に大きな金を使ったのは何と言ってもこの年である。

と偉そうに言ってはいるが、結局は7000万円ほどしか使い切れずに、本社の専務に『君らは金をやってもよう使わん』と怒られたのである。

 

★それまでは、販売会社のカワサキ自販が広告宣伝を担当していて、

小野田滋郎さんが課長をしておられたのだが、その業務を10倍以上の規模で川崎航空機が引き継ぐことになったのである。

まず広告代理店の選定作業からスタートした。これは小野田さんがその骨子を造ってくれたが、それはまたユニークで、今でも傑作であったと思っている。

1億円以上の広告宣伝費があると知って、電通、博報堂、大広など広告代理店がその本社企画部門を引き連れて大挙やってきた。

それぞれのプレゼンテーションに任せたら、素人はやられてしまうと、こちらから10ほどの設問を出しそれに答えてもらう方式とした。

そしてその10問目は『貴社の特徴など、貴社のウリを1枚の広告に纏めてみて下さい』というものだったのである。

 

後になって各広告代理店から、『こんなプレゼンテーションは、初めてで弱った』と高い評価を頂いたのである。

われわれが下した評価は、本社企画部門のスタッフが大挙して企画立案した『大広』が圧倒的によかったのだが、

本社のトップ筋から、コネによる小さな代理店を推薦されて、1年間はそこと付き合わざるを得なかったのである。まあよくある話で、どうも納得できずに、そのことも予算を使えなかった原因の一つだと思っている。

 

★3月まで、文字通り一緒にやってきた小野田滋郎さんだが、3月末をもって自ら身を引かれたのである。

その送別会の時に言われた言葉、『毀誉褒貶は忘れろ、雑音に耳を貸すな』は

小野田さんが私にくれた言葉である。 今でもちゃんと覚えている。

この年に出会った、大広の加藤純三さんも忘れられない人である。私より歳は若かったが、いろんなことを加藤さんから学んだ。

このお二人は、その後の私の生き方に大きな影響を与えたと言うか、ずっと離れてはいたけれど、ずっと一緒にいたような人である。

 

★マーケッテングという当時では、まったく新しい考え方の分野が新鮮であった。

コストから積み上げるモノづくりのメーカーの発想などとは、全く異なる『及ぼす効果の量』を基準にカネが計算されるのである。

予算はいっぱいあったので、『カワサキ』というロゴも有名人に頼みましょうかということになって、

『オリンピックのポスターを創った亀倉雄策さんに』 と仰るものだから、『そうしましょう』と見積概算を見たら7000万円と言われてビックリ仰天したものである。

カワサキという4文字の製作費ではなくて、『カワサキ』というロゴは、今後の広告の全てに使われるから高価なのである。

社名の新しいロゴなどの変更は、ほとんどが1億円ほど掛っているのではなかろうか。

確かに、スターにモデルを頼んだりしても、1日幾らではなく、それを何に使うのかによって値段が違う世界なのである。

そんな発想が面白かったし、広告業界の人たちの仕事のやり方、そのスピードも魅力であった。私の仕事のスピードは当時身に付いたものである。

カワサキオートバイニュースの発行や、広報月報なども、その時代ではトップのレベルで情報発信して、それが体質になったのだと思う。

今のブログやツイッターなどに望む態度なども、この年覚えたことがそのまま続いているように思うのである。

 

★昨日のあさ、電話した二輪車新聞の衛藤さん(モーターマガジン、オートバイ誌)ともこの年前後からのお付き合いである。

それが今も続いていて、来年に予定されているNPOのイベントなどの予告連絡をしたのだが、このような記者さんとのお付き合いや、業界誌紙なども新鮮であった。

この年のことだが、輸出月報を作ってカウンターに並べてホッチキスで止めようとしていたのだが、いつの間にか一式、衛藤さんが持って帰って記事にしてしまって、苧野さんに怒られたことがある。

衛藤さん曰く、新聞記者が入ってきたら、見せてはいけないものは隠して下さい。置いてあるものは『どうぞ見てください』ということなのです。と言われて、なるほどそんなものかと思った。

 

★昭和39年はそんな年だったのである。

お金もあったから、いろんなイベントもレースも結構派手にやったし、いろいろあったそんな具体的な話は次回に。

 

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公式会議 で思ったこと

2010-12-22 06:03:54 | 発想$感想

★公の会議などに出席したのは何年ぶりなのでしょうか。

現役のころは、業界の会議など所謂公の会議にはしょっちゅう出ていたのですが、

最近は会議形態のものには出席することもあるのですが、それは仲間内の会議であって、そんなに気を遣うこともありません。

昨日はブログにも書いたように午後、『NPO法人情報交換会』なる公式会議に久しぶりに出席しました。

会議は、「ボランタリ活動プラザ みき」 の2階の会議室で行われました。

三木のNPO法人の情報交換会ですから、議題もそんなに難しいわけでもないのですが、

三木市役所の市民協働課の課長さんや副課長さんなども出席されていて、やはり公式会議の雰囲気です。

想像した通り、各NPOの出席者からの持ち時間5分の自己紹介から始まりました。

出席の表に名前の載っている順番で、私は一番最後でした。

 

多分こんなことになるだろうと、昨日はそれ用のブログを用意して、今朝からそれを印刷して出席者に配るようにお願いしてありましたので、それは配られていました

幾ら一生懸命説明してみても、理解して貰うのは難しいと思います。

紙が一応は配られていて、少々いい加減なことを言っても、ブログの方ではちゃんと書いてありますので、

『われわれのNPOは今日の会議のように、紙もないし、事務所も、電話もない、インターネットだから金も月5000円しか掛らない。ツイッターのフォロワ―は11万人もいる。---』

などと、いい加減なことばかりを言って終わりました。

会議の雰囲気は一瞬、『少しやわらく』はなりましたが、すぐまた元に戻り、これでは司会のボランタリープラザの稲見さんも大変です。

それでもその司会ぶりは、なかなかのものでした。

 

★われわれ、NPO The Good Times が 『ボランタリー活動プラザみき』 を団体会員として、一緒にやろうと決めたのは、

この稲見さんと、担当の坂本さんのお二人が、『なかなかイケル』と思ったからです。

『三木市役所と同じではないかと初めは思ったのですが、予想に反して付き合えると思ったものですからーー」

などとも言ったのですが、同じことを言っても、同席されていた役所の課長さんが、気を悪くなさらないように言う言い方は、『関西弁にはちゃんとその言い方があるので』便利です。

大阪の橋下さんは、そういう言い方の天才ですが、私も特技の一つにしています。

 

かって、ジェットスキーというか、パーソナルウオータークラフト業界の会長をしていたこともあるのですが、ヤマハさんなどから『社内会議のようだ』とほめられたのか、おこられたのか。

その年次総会に出席された本庁のお役人さんたちも、2年目からは原稿なしの気軽なご挨拶をして頂けるようになったりしました。

公式会議は、出来る限り「軽い雰囲気にしないと」、やったという実績だけで、何のためにやったのか解らない会議になってしまいます。

 

★私の来年の目標は、『新しい公共』としてのNPO法人の活動です。

そのために、会議後の三木市役所の課長さんとの雑談で、『NPO育成グループ』というネーミングは、どうも『新しい公共』には馴染まない。

育成する『お金』は持っておられるかも知れませんが、育成する『ソフト、ノウハウ』はお持ちでないと思っているので、

そんなことをズケズケ申し上げました。 課長さんとは2度目ですが、市民協働課とは『どこ竹の竹とんぼ』以来のお付き合いですし、おかしくなったりはしないと思います。

 

『グッドタイムスさんからは、また紙かと言われそうですが』 という前置きで、三木市の市民協働課から各NPOに依頼された報告書の提出期限は、来年の1月21日ですが、

これは、今日中に仕上げて、すぐ発送しようと思っています。

こんなのが遅れてしまうのは、性に合いません。 出来れば一番に到着するようにやりたいと思います。

こうしてブログに書いておけば、間違いなく今日やらざるを得なくなります。

★会議は2時間で終わりました。

そのあと、稲見所長と1時間ばかり雑談、

『年が明けて1月、じっくり時間を取っていただけますか?』 と頼まれました。

勿論快諾です。

『来年は、「新しい公共」で行きましょう』 とお約束をしてきました。

 

来る3月6日(日)には、

三木市緑が丘町のまちづくり協議会主催の講演会で『NPO The Good Timesの活動について』の講演が予定されているのですが、

『これをどんな形の、どんな内容にするか』その基本コンセプトを『新しい公共』として

稲見所長や、e-音楽@みきの小巻さんや、あるいは役所の市民協働課などとも 『協働』 出来るモノになればいいな、と何となく思っています。

この会議そのものを推進されているのは、NPO理事で、私の住む町緑が丘西2の自治会副会長で、三木市役所にお勤めのkwakkyさんです

 

今年の私の会議などは昨日で終わって、あとは年を越すだけです。

 

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NPO法人情報交換会

2010-12-21 05:21:39 | NPO The Good Times

★今日の午後、『NPO法人情報交換会』という会議の ご案内を受けています。

案内を頂いたのは、三木社会福祉協議会の『ボランタリー活動プラザみき』の稲見所長からです。

三木市には、今15のNPO法人があって、NPO法人The Good Times もその中の一つとして、ご案内を受けているのです。

設立の順番から言えば、後ろの方だと思いますが、

一昨年の設立以来1年半を経過して、その活動内容は思いのほか順調に推移してきているのですが、

今日の会議に『どんなスタンスで臨めばいいのか』 ちょっと迷っているのです。

 

★まず、他のNPOと比べて、形態が全然異なって異質なもので、どのように説明すべきなのか?

仮に、『これはシステムそのものなのです』などと説明しても、5分やそこらの説明で、解って貰えるのはまず無理だろうと思います。

NPOの理事さんたちにも、1年半掛ってやっと理解をして貰えた段階なのです。

 

実は、出席者のうち関係のある方も何人か居られるのです。

三木スポーツクラブ』の理事長さんは、既に個人会員になって貰っていますし、ツイッターでも繋がっています。

ゆう工房』のファニーおばさんも個人会員ですし、

三木自然愛好会』とは面識のある方もおられますし、三木市の前市民ふれあい部長の小西さんとの関係でも繋がっています。

 

 この会議を主宰される 『ボランタリー活動プラザみき』自体が最近、団体会員として入会されていて、ツイッターもやっておられます。

稲見所長も、坂本さんも個人会員ですし、 先日のNPOの運営委員会にはオブザーバーとして、出席頂いたばかりなのです。

 

多分、この会議に出席なさるのではないかと思われる、三木市役所の市民ふれあい部、市民協働課の藤田課長さんとは、

つい先日役所でお目に掛って、今月の広報みきに特集を組まれた記事について、私見をお伝えしたりしています。

 

★そういう意味では、特集を組まれた役所の方や、ボランタリ―プラザの担当の方と同じレベル、ひょっとしたらもう少し詳しく、私の方が全体的には解っているのかも?

と思ったりしているのです。

役所の市民協働課の方針の中にもある、既存NPOの支援、『NPOのネットワーク化』という命題そのものが、われわれの活動コンセプトそのものなのです。

 先月来、綿密な打ち合わせを行い、先週正式に私どものNPOの団体会員として参加された、

e-音楽@みき』は、

これも今月三木で開催された『いのちの山河』という映画の観賞会開催には、役所の市民協働課とも、

特にボランタリー活動プラザみきとは密接に連携されて、映画祭を成功に導かれたのです。

今後『地域の医療と福祉を考える』シンポジュームなど、来年2月に考えられているようですが、その一翼を担われるであろう緑が丘の『山本医院』も、私どもの団体会員さんなのです。

これを推進されている、『もて木みち子市会議員』さんも個人会員で仲間なので、山本先生にご紹介したのです。

 

★現在、団体会員50グループ、個人会員1000人ちょっとですが、

そのうち三木関係は

●団体会員は、 

緑が丘こども会育成会、グリーンピア三木、seaz company、三木セブンハンドレッドクラブ、三木さんさんまつり、Cafeかのん、風雅舎、インナー通販、ノヴァエネルギー、山本医院、三木アネックスパーク、伽耶院、 e-音楽@みき、  そして ボランタリー活動プラザみき  の14グループ。

まさに、基本コンセプト通りの、『異種、異質なグループ』が集まっています。

●個人会員は 、三木市役所の職員の方も含めて200~300人ぐらいでしょう。

 

 

★ここからは、ちょっと専門的になりますが、

●われわれのNPO The Good Times のベースは、インターネットです。

ホームページと会員カード会員さんのブログやツイッターで繋がっています。

法人の内容や数値などは、兵庫県が推進するSNSひょこむ のコミユニテイに集約されています。

NPO法人の公式ツイッターのフロワ―数は110、000人で兵庫県ではトップ、全国でも100位以内に位置していて、会員の情報発信力は11万人のレベルで可能です。

インターネットがべースで無料ですから、月間の経費はホームページの管理料5000円だけです。

 

 ●来年度に企図している、三木社会福祉協議会との活動は、『新しい公共』と言われる『行政をリード出来るレベル』での活動ができればと思っています。 

広報みきに特集されたように、三木市役所がホントにNPOと連携なさる方針なら、幾らでもお手伝いは出来ると思います。

 『e-音楽@みき』 というネーミングは e- =いい=good に通じるし、『e- ○○○@みき』 と展開出来るし

e-@miki』 にも繋ぐこともできると思っています。

既に、ツイッターの世界では、ハッシュタグとして 『 #e_miki 』 が存在しているのです。

 

★来年度は、3月6日(日)に

三木市緑が丘町まちづくり協議会主催の講演会で、『NPO法人The Good Times の活動』についての講演が予定されているのですが、

e-音楽@みき や 『ボランタリー活動プラザみき』の具体的な活動方針の話ができればと思っています。

三木市役所の市民ふれあい部も、そのころまでに、方針が出るといいのですがーー。


いずれにしても、『新しい公共』と言われる国の方針に沿ったレベルでの活動ガ出来ればと、夢見ているのです。

 

 

★、今日のブログは、午後の『NPO法人情報交換会』の説明資料としても使えるように、意識して書いたものです。

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日曜日に思っていた『夢みたいなこと』

2010-12-20 05:34:33 | NPO The Good Times

★一週間は、日曜日からが始まりだそうである。

そういう意味では、昨日の日曜日は今週の始まりであった。

今週もいろいろとありそうである。そして今年も残すところあと2週間になった。

昨日の日曜日、兵庫メグロの平井さんのところに車検をお願いしたら、社長さん自ら代車を持って家まで来ていただいた。

thiraiさん、自ら『カワサキの真打ち』と名乗って憚らない。 

 

★来年は、NPO The Good Times のメンバーさんを全国から集めて、3月4日にカワサキの明石工場見学とその夜のパーティ、翌日はカワサキワールドの見学会などを企画中である。

1月10日に正規の計画を決定することになっているのだが、

最初は、20人などとしおらしいことを言うものだから、せめて50人は集めたらなどとハッパをかけていたら、話はどんどん広がってライダーたちやカワサキの関係者だけでも40人近くになり、全国各地から集まるユーザーもとても50人では収まりそうもないと言う。 

こんなのは、小さくても大きくやっても掛る手間は一緒みたいなものだから、もっと大きくした方がいいなどと呑気なことを考えている。

NPO The Good Times の東京のメンバーたちも関係して、どんどん広がっていきそうなのである。

 

清原明彦君もNPOの個人会員で、『木ノ実4レーシング50周年』でも、この計画でもお付き合いがあるのだが、

昨日は、PRO SHOP KIYO が正式に団体会員にも参加すると、thirai さんが入会金1万円を預かって届けてくれたりしたのである。

 

 

★このところ、NPO法人 The Good Times の方もいろいろと忙しい。

土曜日には、副理事長の「まつりおとこさん」が、来年4月の三木の市会議員に立候補されて、そのお披露目があると言うので出かけてきた。

こんな、市長の市政報告会という名目の『出陣式』であった。

今週は水曜日には三木のNPO法人の会合などもある。

その会議の後はこれも団体会員に参加された、ボランテイァ活動プラザとの具体的な打ち合わせも予定されている。

 

★つい先日は、NPOのい公式ツイッターで『タコフェリの存続のお願い』などを流したら、

全国で多数の方がリツイートしていただいたのだが、現在はさらに増えて50名近くの人に協力頂いているのである。

古谷錬太郎

rfuruya1 タコフェリーがなくなると、淡路島の人たちは、明石大橋を通れない原付などのバイクで本土に渡れないのです。それで二輪協会がネット署名のお願いです。ネット署名よろしくお願いします。http://rfuruya2.exblog.jp/15597686/

 

そんなことで、『ネット署名』は,幾らかでもお手伝い出来たのではと思っている。

これが自然に出来たのも、いいシステムを上手く使っているからで一生懸命努力などしているわけではない。現代はそんなことが簡単にできる世の中なのである。

この話も、もとはと言えばthirai さんのブログとツイッターのつぶやきカラがスタートなのである。

 

★そんな話から発展して、thiraiさんとの雑談は、カワサキのバイク関係で兵庫県の二輪協働組合との協働とか、全国オートバイ協同組合との協力などにも及んだ。

どの組織のトップも、元カワサキの仲間なのである。

ひょんなことでひょんなことになる可能性大なのである。

さらに夢みたいなことを言うなら、NMCAとの連携などいろいろとどこまでも夢は広がるのである。

今に身分は、出来なくても特にどうということがないので気楽でいい。

大げさに言えば、『二輪の新しい文化の創造』みたいなモノが出来ればいいななどと思っている。

 

★土曜日にあった三木市の会合でも、

『市民目線』などと、格好のいいことは言われるのだが、

仰っている『市民』とはサイレントマジョリテイの一般市民ではなくて、市長や市会議員の会合に集まっている、

『後援会所属の、年配の、選挙好きの市民』の事を言っているのではと思ってしまうのである。

どうも日本の社会は行政でも、民間企業でもどちらかと言えば、タテ型、ピラミッド型の組織が好きで、

ネット社会とは言いながら、どうもヨコ展開やシステム利用は不得意なのである。

 

何の権限がなくても、部下などいなくても、『いいシステムと柔軟なヨコ型発想』があれば、いろんなことが現実にお金などなくても出来る世のなかになってきた。

末端の一般大衆も、自分のやりたいことには、惜しみなくお金を使ったりするのである。

ミニSLフェスタも、もう3年目で定着したし、今回のthirai さんの計画も上手くいきそうな雰囲気になってきた。

夢は実現しそうである。

 

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昭和38年、1963年 めちゃ忙しかった会社、父になった

2010-12-19 05:48:18 | 自分史

★前の年も忙しかったが、この年も資料作りなどで追い回された。

発動機事業部営業部営業企画課管理掛というところで掛長心得みたいな立場で、さらに加えて当時はまだ労働組合活動が活発で、職場の労働組合j常任幹事というあまり好きにもなれない役割も押しつけられていた。

初出の日に事業部長ら会社幹部と組合幹部との懇親会があったりして、その席にも出なければならなかった。

私は、発動機事業部の常任監事だったのだが、JETの部門代表をしていたのが田崎さんである。労働組合の会合での話など、解らないことが多くて殆ど発言せずに聞いているだけだったのだが、どんな話題にも上手に入ってきて上手く話すのが田崎さんだった。間違いなく事務屋だと思っていたのに技術屋だと聞いてびっくりしたのをよく覚えている。

まだ、春闘も華やかであったし、ストもあったりして、労働組合対策は会社の重要対策だったのだと思う。同期の山辺さんなども管理部門の常任幹事だったのだがそのうち会社側として組合専従になったりしたのである。

★会社がどんな状況だったのかあまりよく解らぬが3月に貰った給料が25000円、6月に残業料10500円を入れて、34700円もあったと喜んだりしている時代であった。

夏のボーナスが62300円、こんな状態の新婚生活だったのだが、この年にはまだ社宅に入れて貰えなくて14000円ほどの家賃の所謂『文化住宅』と言われた2階建ての長屋の部屋に入っていたから、家計は相当に苦しかったに違いない。

それも戦後の農地改革とやらで、小作の人たちの手に渡った昔の自分の土地に建っていた文化住宅で、あの『農地改革』とは一体何だったのだろうかと思ったりする。

それは兎も角、白黒のテレビはあったようだが、冷蔵庫はこのボーナスで買ったりしている。そんな生活水準であった時代である。

9月末に長男が生まれて、父になった。

妻の実家から電話があって、行ってみたらもう生まれていた。あっけなく父になった感じである。12月31日の日記に、こんな風に記述している。

『家庭を持つと言うことの良さも悪さもある程度、輪郭だけは解ったような気がする。赤ん坊を育てると言うことが如何に手のかかる大変なこととか、女房というものが、ある時は非常に温かく愛らしいものではあるが、ある時は、この回数はうんと少ないが、こわくて、やっかいで、扱いにくいものであると言うことも理解できた。

自分でも驚くほどの変化があったのは家の手伝いをするようになったこと、買い物はしてくるし、洗いものはする。風呂には入れるし寝床も敷く、上げる。今までは全く関係のなかったことで、もっとも嫌いなことばかりだが、不思議とあまり抵抗を感じることもなく実行できた。いろんなことがあったが、家庭的には昭和38年は及第点をつけれるであろう』 などと書いている。

 

★会社の方は、発動機事業部、いわばエンジンに関係のある部門で小型の発動機、ポンプ、船外機、産業車輛など勿論その中に単車もあって、とにかく品種が多かった。事業の中心はまだ単車ではなくて発動機の方であった。

3月に悪評だったたB7の生産が終り、B8に切り替わったのだが、これが結構好評で、5月14日の青野ケ原のモトクロスでは、雨のお陰で1位~6位独占という快挙もあって、大いに意気上がったのである。

折しも、日本能率協会の単車事業についての調査の真っ最中で、この快挙も影響して、その答申では『単車事業に条件付きでGO』が出たのである。

11月ごろからは、単車事業独立のうわさが公にでて、その人事までがいろいろと言われていたのである。

★前年からの小野田滋郎さん(フィリッピンの小野田中尉の弟さん)との関係はずっと色濃く続いていた。

日本能率協会がつけた条件の一つに、広告宣伝部門の設置があったのだが、当時のカワサキ自販の宣伝課長であった小野田さんからは、熱烈にラブコールを貰ったのである。

結果的には、専門の広告宣伝など誰も経験のない職務で、入社以来新しいことばかり物おじせずにやってきたので『あいつにやらせろ』という事になったのだと思う。

単車事業部の独立は、実質的にはこの年の年末に、JET部門の長であった神武さんが決まって、翌年1月、2月に実質スタートになるのだが、

その時にJET部門から、ホントに大勢のメンバーが単車にやってきた。本社部門からもその後の単車を支えた優秀なメンバーが集まってきたのである。

 

昨日のブログでレースの事を書いたが、この時期は故川合寿一さんが直接担当で年末あたりからライダー連中が出入りしていたのである。

昭和38年はこんな1年であった。

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木ノ実レーシング創立50周年を祝う会

2010-12-17 15:57:59 | M/Cレース

★つい先日、 こんなブログをアップしたのだが、その中でも神戸木の実の50周年を祝う会について書いている。

早速、山本隆君がキヨさんに言ってくれて、正規の御案内状を頂いた。

それによると、

昭和36年、1961年に創立されて、「木ノ実クラブ」「木ノ実レーシング」「チーム木ノ実」と時代時代に名乗ってきた名前には多少の変化はありましたが、連綿と「木ノ実」の名のもと、日本のレース界を駆け抜けて参ったところです。

と書かれている。勝手に『神戸木の実レーシング』と書いてきたが、『の』はカタカナの『ノ』であったとは今回初めて知ったのである

発起人代表は金谷秀夫、 発起人は清原明彦、杉尾良文、大本十生の4人の名前で、そのうち3人はよく知っているのだが、

大本十生さんが解らなかったので、いろいろ調べていたら、

こんな、『MFJの全日本選手権歴代チャンピオンリスト』に出会ったのである。

 

★このリストによると、モトクロスは1964年から、ロードレ―スは1965年からスタートしている。

私がレースに関与しだしたのが64年からで、66年まではMFJの運営委員も務めさせていただいた。

ホンダ、スズキ、ヤマハは、ベテランの立派な方が委員を務められたのだが 、カワサキとBSはまだ20代の若手の委員だったのである。レースの実力も運営委員の年齢の差ほどの違いがあったのかも知れない。

このリストの72年のロードレースチャンピオンの中に、大本十生さんの名前を見つけた。

 

★カワサキが本格的にレースを始めたのが64年で、その契機となったのが、63年5月の兵庫県の青野ケ原のモトクロス(1位~6位独占)なのである。

64年はモトクロスだけ、65年5月に初めて90ccで山本隆が鈴鹿のジュニアロードレースに出場し、

翌6月の6時間耐久レースに、今回の発起人代表の金谷秀夫君が初めてカワサキノマシンで歳森康師と組んでのカワサキデビューを果たしている。

 

私がレースライダーなる人と最初に話をしたのが、木ノ実の御大、片山義美さんなのである。

当時山本隆、歳森康師の木ノ実の二人がファクトリー契約だったのだが、65年の契約更改時に、片山さんからカワサキのレース運営に対する問題点を厳しく指摘されたのである。

厳しかったが『ごもっとも』と思うところがほとんどで、『私がやりましょう』とレース現場を直接担当することになったのである。

そんなこともあって、片山さんのお母さんとも不思議に気があって、しょっちゅうカワサキにも出入りをされていたのである。片山義美さんのあの性格は、お母さん譲りだと思っている。

 

★『木ノ実レーシング 』には、カワサキコンバットがなくなった後は、星野一義もお世話になったし、綺羅星のように日本を代表するライダーたちが生まれている。

私がレースに関係するようになった直接のきっかけが『片山義美さん』だし、その後もいろんなことで関係があった。

その片山義美さんは今三木にお住まいなのである。

つい先日、BUG IN MIKI での片山義美さんである。

両側のお二人も三木では誰でも直ぐ解る有名人なのだが、『世界の――』と前に付くのはやはり片山義美さんだし、

今度、『祝う会』に集まるメンバーも『世界の――』『日本の――』などの前置きが似合う、Wikipediaにも登場する人たちがいっぱいのはずである。。

 

★先日のブログこんなかたちでツイッターに流したら、

rfuruya1 旧いバイク乗りなら知っているだろう、神戸木の実レーシング、創立50周年とか。それとこちらもちょっと有名な下仁田ねぎ、関係ないようで繋がってるお話。http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/46bb969db9e1f0f250974c26d633e34b

FLAGSHIP雷神マッハNao Murase 【ナオパパ】 』
こんな方が『リツイート』された一番右は、AUTOSPORT誌の副編集長さんである
一番左は、こんなFlagshipを経営されている方だし、

真ん中は、ご存じ『雷神マッハ』さんなのだが、こんな方とオトモダチのカワサキファンでもある。

こんな話も、レース界に関係ある方にはオモシロイのかも知れない。

そんなことで、『カワサキの昔話』リンクをいっぱい貼っておきました。

 

来年1月29日、グリーンピア三木での開催だが、いろんな方に会えるので大いに楽しみなのである。

 

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少々不謹慎だが政治がオモシロイ、どうなるのか?

2010-12-17 05:24:23 | 政治

★『政治がオモシロイ』と言っては不謹慎だが、

昨今、東京で、大阪でそして名古屋で起こってている事柄は、ヨコから見ている限りその結末がどうなるのか? 興味深々である。

元々、自民党でも民主党でも勿論社会党でもない、正真正銘の無党派層なのだが、昨年民主党に政権交代してからは、新しい政治が始まるかも知れないと期待して民主党を応援する気持ちになっていたのに、昨今の体たらくでは、とても民主党支持とは言えなくなってしまった。

政治家個人個人には、結構関心があって、党ではなくて個人を応援したくなる人はいる。

別にそのご本人をちゃんと知っているわけではないので、単なる好き嫌いのレベルかも知れぬが、小泉さんは好きだったし、鈴木宗雄さんも、小沢一郎さんも好きである。

安倍さんも、鳩山さんもあまり評判はよろしくないが、好きか嫌いかと言われたら好きな方である。原口さんや、世耕さんもいい。

 

★まず国政の小沢国会招致の問題だが、国会に招んで聞いてみたところで、そんなにビックリするようなことが解るわけでもなく、国政にそんなに大きく影響するような問題ではないので個人的には反対である。

それよりも、今のアマチユァのような菅さん体制を支持する気になれないのである。

マスコミにもこんなことを言われて、ナメラレテしまっている。 仙石さんはどうも好きになれない典型的な政治家である。

実力相応の事をしないし、言わないので、ボロボロになってしまうのだと思う。

本当に民主党が割れたりするのかどうか

自民党にしても、民主党も、政治姿勢が大きく違う人たちが同じ党内にいるのでなかなか難しい。

このあたりで、政党再編みたいなものがあった方がいいのかも知れない。

 

★橋下さんは大好きな政治家である。政治スタイルが新鮮である。

情報発信力も素晴らしいし、自分の意見がはっきりしている。

大阪都構想がいいか悪いかは別にして、今なら『橋下さんのいうこと』に賛成である。

どうせ素人はちゃんと判断できる材料など持ち合わせてはいないのだから、信頼する人にのっていく方が結局は正しいのだと思っている。

大阪市長の平松さんが言っていることが間違っているとは思わぬが、橋下さんと平松さんを並べたら、やはり橋下さんの方になってしまうのである。

 

東京都の石原さんも好きな政治家だが、こんなことを言っている

「首都は元首がいて国の政府があるところを言う。『都』を使う限り私は賛成しない。国に二つも三つも都があるわけがないと述べ、橋下知事らの構想に否定的な見解を示した。 」

確かにその通りなのだが、これに対して橋下さんがどんなコメントをするのか、聞いてみたいものである。

原口さんが総務大臣の時は、民主党ともイキぴったりと思っていたが、今は自民党も民主党も、ちょっと距離を置いている。

維新の会などという党派が邪魔になるのだろうか?

 

 ★名古屋の市議会の住民投票の結果は、結果が逆転してしまった。

一度、選挙委員会は評定を出しているのだが、それは簡単に結果が逆転するほどのいい加減なモノだったのだろうか?

まず、これが問題である。

 

知事と市長とこのやり直しの選挙を2月6日の同日選挙で行うなどと言っている。

ここも名古屋都構想など、大阪と共闘の構えだが、知事候補の大村さんも自民党から離脱するのかしないのか?

民主党は新たに河村さんの対立候補を出すらしい

そんなことをするから、民主党はだんだんわかりにくくなる。

河村さんの故郷は民主党だと思うし、何度もその党首選挙に挑戦した人ではなかったのか?

 

こんなことだから、民主党の支持率はどんどん下がるし、そのイメージも分散してしまうのである。

民主党は、もう何をしてもダメかもしれない。 国民にそんなイメージを与えてしまったと思う。

政治は果たしてどうなるのだろか?

 

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