雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

ブログに出た二つの数字

2008-02-29 04:54:51 | 発想$感想
ブログに出ていた二つの数字、桁は全然違うのだが、一つは三木市の今年度予算の中からの数字である。


もて木みち子さんのブログに出ていた。
三木市の今年の予算と
予算の続きである。

その中から簡単な数字だけを抜き出すとこんな感じである。


4 にぎわい交流のまち
◎三木金物の後継者育成(助成制度を創設)         600万円
◎世界一 金物鷲をギネス登録にチャレンジ          76万円
◎全国へ 三木金物の情報発信               382万円
◎三木金物にふれよう 親子ふれあい体験           38万円
◎地産地消推進員の配置                  300万円
◎野菜作りを支援 ハウス整備補助             200万円
◎野菜作り講習会                     125万円

◎旧玉置邸、(仮称)観光会館の整備          1億1060万円
◎まちなかタウンウォッチング               150万円
◎三木の魅力を発信 道の駅に大型ディスプレイを設置    250万円
◎地上デジタル放送難視聴地域への補助           2103万円

5安らぎ安心のまち
◎企業の障害者雇用に助成                  500万円
◎市役所内の売店での雇用                  120万円
◎市の業務の委託                      200万円
◎一人暮らしの高齢者野住宅に火災報知機を設置        400万円
◎ちびっこランドの整備 (ホースランドパーク)                  600万円
◎男女の出会いの場づくり「三木で愛」サポート事業      325万円


個別にどうこう言うつもりはないのだが、見ていると言いたくなってしまうものもある。

役所のレベルで言うと大したことはないのかも知れぬが、
ショウモナイ事にも100万単位のお金が掛かるんだと改めて思った。
それでもこの項目を全部足してみたが、4000万円には達しない。

一項目だけ桁が違うのがあるが、
これが所謂ハコモノか、玉置邸をどうするのか、別に何かを建てるのか?
こんなことをするぐらいなら、ショウモナイことでも倍やってもお釣りが来る。

全部の予算を纏めて出されても何がなんだか解らぬが、
これくらいなら判断できる。極言したら全部止めてもーーーと思ったりする。
広報みきもこのような記事にしてみたら、もう少し市民の関心も湧くと思うが。
一市民の一人の私もブログにアップしてみようかと思った。




これは池田信夫のブログから。
ちょっと桁が違う大きな金額である。「へえー」というのが感想である。


「複数の人から教えてもらったが、テレビ局の電波利用料が河野太郎氏のブログで初公開(?)された。
テレビ局の電波利用料負担は、総計で34億4700万円にしかならない。
一方で営業収益は3兆1150億8200万円。
電波を独占して上げる収益に対して利用料が千分の一。
低すぎませんか。」

元は大西宏氏のブログから繋がっているのだが、世の中は凄いですね。
コメント (2)

竹とんぼの不思議な集まり

2008-02-28 05:20:58 | みっきぃふるさとふれあい公園

すこやさんのブログの読者からのアクセスがあって、すこやさんのブログを見つけた

そこになぜ私とすこやさんが繋がったのかが正確に書かれてある。
私は何となく忘れてしまっていた。


この1ヶ月間もいろいろあった。
不思議なほど物事は重なるが、重なってもツイテいる時は上手く回るものである。

昨日、竹とんぼのほうは二度目の打ち合わせを行なった。
新らしいメンバーも加わって、珍しい形でのイベントになりそうである。
箇条書きで挙げてみるとこんなところが珍しい。

1.地域的には、東京、三木、神戸、加古川、明石の人たち広い範囲になりました。

2.定年後の年寄り、サラリーマン、一般人、議員さん、役所の職員、JCの若手など多岐に亘っています。

3.集まる年齢層、小学生から、多分20,30,40,50、60、70代全ているでしょう。

4.主催、ひょこむのコミユニテイ「どこ竹の竹とんぼを飛ばそう会」ネット上の集まりです。ひょこむに入れば、何時でも、誰でも参加できます。

5.講師、どこ竹@竹とんぼ、東京から来ていただきます。これは国もその活動を評価した立派な組織です。

6.三木山森林公園、肥後の守、JCなどの協力を得ています。三木市、教育委員会なども協賛いただけるかもわかりません。

7.連絡などひょこむのシステムでとっています。いい仕組みで一切お金など要りません。だから成り立っています。

8.ネットの上での繋がりで、会ったことがない人同士が、まるで親しい友人のように連絡し合って実現に漕ぎ着けました。当日お会いできるのが楽しみです。

9.受講される方ともお会いしていない方が殆どですが、みんなメンバーの紹介で新しい輪が出来るのが楽しみです。いいメンバーばかりです。

10.こんなコンセプトで第1回の講習会を開きます。出来上がっていくまでのやりとりも全て「ひょこむ」です。


全体の運営や形そのものがSNS〈ソーシャルネットワーキング〉的である。
タテ型の組織は一切ない。初めて出会う人たちがヨコ一線で繋がっていく。長もいない。


それなのに文部科学大臣賞や総務大臣賞受賞者、
日本で唯一肥後の守を手作りでいまも作り続ける永尾元佑氏などの有名人も議員さんも入っている。

不思議なご縁と言えば、
このプロジェクトのきっかけは、近畿MFJふれあいミーテングで山本隆君と会って、竹とんぼの話をしたのがきっかけである。
そして4月6日に技術を教えてくれる先生は,元東京の東希和レーシングに関係した松本さんと言うバイクの仲間たちである。

総勢70人以上になるのだろうが、ホントに珍しい人たちがヨコ一線に集まるのである。

盛況になりそうだ。
さっきさるとるさんから、「受講者が増えそうだがいいですか?」と問い合わせの電話、もう満杯である。

あと1ヶ月どんなことになるのだろう。

コメント

安良岡健さんのこと

2008-02-27 04:54:15 | カワサキ単車の昔話
ひょこむのカワサキに関係するメンバーは素晴らしい人たちが揃っている。

先日は吉村太一君もジョインしてくれた。
私の頃の旧い連中、山本隆、歳森康師、加藤文博君などから、最近は平井さんの紹介でどんどんそれ以降のライダーたちも入ってきた。

ライダーではないが、京都のカワッキーさんも面白い。
ホントに貴重な写真を沢山持っている。
先日は、マン島で亡くなった藤井敏夫君の元気な頃の写真もあったが、
今回は安良岡健さんのアメリカでのKMCのレースチームとの珍しい写真を掲載してくれた。

健さんとは幾つもの思い出がある。
モトボックスセキの関君のところには今でも出入りしているとか。

ひょこむのほうにこんな記事をアップしたのだが、最近カワサキの昔話もサボっているので、転記します。



カワッキーさんのブログに安良岡健のアメリカでの写真が載っている。
(クリックすると大きくなります)

若い頃の健さんとレースの最初の頃のKMCのチームの連中が写っている。
吉田和人は間違いないのだが、後二人がもうひとつはっきりしない。
私は「的場君と藤原良さんと思ったが」60おじさん、誰だと思いますか?

安良岡健さんは、当時どちらかと言うと「やんちゃな」ライダーが多かった中で、紳士然としていたのが印象的でした。
彼の世田谷の家にも何回か泊めて貰った事もあり、その後商売上でもお付き合いもありました。

若いライダーたちからの人望も厚く、星野一義が健さんに手紙を書いて当時のカワサキコンバットに入ってきたのはよく知られています。
カワサキの全然走らなかった125ccのGPレーサー(鈴鹿で2分50秒が切れなかった)の開発当初から、黙々と開発に携わっていたのを金谷秀夫君などはホントに尊敬の念で見ていました。

一時カワサキでも不遇の時期がありましたが、
GPに出場以来好調で丁度この写真の頃は、カワサキの健さんのいい時期だったと思います。
今、ひょこむにも参加してくれている加藤文博君も、若い頃健さんのところにいてその頃私は初めて彼に会いました。


もうこの話も時効でしょうが、名神がオープンして間もない頃、
「70キロのスピードオーバー」で名神始まって以来の記録的なスピード違反だと検挙され留置されてしまったことがあります。
鈴鹿からの帰り道、60おじさん(山本隆君)のs600を健さんのフェアレデイZが150キロで追い越したところを捉まったのです。
今でもそうですが、高槻の上り下りのある長い直線です。
なぜかあそこは80キロ制限、当時150キロ出るクルマは珍しい頃でしたが、あの直線は下っているのでスピードが出るのです。

歳森や星野もスピードに興味がある頃で、あの直線にくると窓を閉めてアクセル全開で走るのが常でした。

そんなライダーたちも、もうみんな還暦を迎えたいいおじんになりました。
昔は懐かしいですね。



元のひょこむのブログに山本隆君がこんなコメントをくれたので、紹介します。
彼とは昨夜も竹とんぼのことで三木で会いました。

古い話でハッキリ覚えていませんが確かにそうなんです!健さんのフェアレディは、Zは付いていなかったと思います、後席が横向きの3人乗り仕様車だったような気がします。

健さんが捕まってからは私達スピード落とさずに終点の西宮出口まで手が回らないうちに脱出しました。

ちなみにこの時代には、星野はまだいませんでした。
若いときの思い出です?

60おじさん!さん


(カワッキーさんのブログ、トモダチ限定になっていてひょこむのトモダチ以外は見れませんでした。失礼しました。知らなかったものですから。)
コメント (4)

三木鉄道でのイベント

2008-02-25 15:13:26 | みっきぃふるさとふれあい公園
三木鉄道は3月末を持って廃線となる。
それは既に決まっています。

廃線になった4月1日以降はどんなことになるのでしょうか。
鉄道は間違いなくそのまま残ります。
そこに、イベントでSLを走らせることは出来るのでしょうか?

それは出来るのではないか。現にやった実績がある。出来るはずである。
こんなことを提案してきた人が居る。また、s850mさんである。
流石にそろっと、私のひょこむのブログのコメントに投じられた。

まあ面白いので、一度読んで見て下さい。
ちゃんとした資料、裏づけつきである。

三木鉄道を愛する皆さんこんにちは

表記鉄道の近い将来への活用が心配ですが、2001年9月に、松山市に動態保存されている”坊っちゃん列車”(本物ミニSLで客車も当時の物を2両所有)が北海道へ貸し出され運転された事が有ります。

一度、三木市もイベントとして三木鉄道で実機走行をしては如何でしょうか?
軌道は、JR軌道幅なので問題ありません。

更に記念切符も懐かしい”硬券”を販売して、全国からの乗客のアンケートを収集すれば、次回企画運営等のデーターが蓄積出来るのではないでしょうか?

三木鉄道が全国の自治体からのモデルケースになれば嬉しいのですが。

こんなちゃんとした資料つきである
コメント (2)

肥後の守と永尾元佑さん

2008-02-25 04:27:25 | みっきぃふるさとふれあい公園
「どこ竹の竹とんぼを飛ばそう会」で今後の活動のリーダーの養成講習会を、4月6日三木山森林公園で開催することは決めた。

東京から来られる先生に、
「三木でやる活動ですから肥後の守を使うことで進めて欲しい」と御願いをした。
快諾を頂いた上に肥後の守で作った竹とんぼとウグイス笛までも贈って頂いたのである。
更に添えられた手紙には、「時間があれば永尾製作所の工場見学もしてみたい」などと書かれていた。

勝手に肥後の守などを持ち出したが、永尾製作所がどこにあるのか、永尾元佑氏がどんな人なのかも知らない。
当日工場見学の時間などはないのだが、一度調べて見なくてはと思ったのである。



朝、検索をしてみた「肥後の守」と「永尾元佑」。こんなのが出てきた。

どちらも住所も、電話番号も出ていない。
104に電話して聞いたら直ぐ解って電話をしてみた。
日曜なので仕事は休みだろうとは思っていた。

ちょっとこちらの事情を言って、「会って、お話を聞きたい」と切り出した。
ものの1分ほどの会話だが、これは大丈夫だと直感した。
大体、声のトーンなどで相手がどのように判断したかは直ぐ解るものである。

先方からの応答は、非常に好感の持てるものだった。
場所は平田、分かりにくいと思うので、近くのトヨタの辺りで電話をしてくれたら迎えに行くと言って貰った。
この時点でもう親しくなれた。私も昭和8年年寄りですとだけ言った。
先ほどの資料で見ると3ヶ月私のほうが先輩である。先輩に出迎えて貰ったりしては申し訳ないが、3ヶ月でも年長なのでほっとした。

お会いしてみると想像通りのいい方であった。
工場などには、長野県の小学生からのお礼の手紙やカレンダーや、三木の小学校の子供たちからのお礼の絵などがいっぱい飾られていた。

この竹とんぼの話で、最初にお世話になった元三木市教育長の井本先生の話など出て、より親しくなった。
井本さんが三樹小学校の校長先生をされていた時、肥後の守での竹とんぼ教室がスタートしたという話はよく知っている。
昨年春、井本さんが辞められてこの話は中断してしまったのである。

沢山、写真も写してきた。
子供たちが作ったどこ竹の竹とんぼを一目見て綺麗に作っていると褒めて頂いた。

そして、4月6日は工場見学には来れないと思うので、三木山森林公園の会場にお越し頂くように御願いした。
最後の写真にあるように忘れないように確り○印をカレンダーに書き込んで貰った。これでまた、講習会が特別なものになる。

帰りに、手作りの肥後の守を2本もお土産に頂いた。
いい出会いであった。仲良しの有名なトモダチが一人増えた。
気分爽快な一日であった。

永尾さん有難うございました。
と書いても、残念ながら永尾さんパソコンダメなようである、これを読んでは頂けないのだが。
コメント

東希和レーシングと竹とんぼそして

2008-02-24 04:58:49 | カワサキ単車の昔話
昨日、竹とんぼのブログをアップした。
今朝、ひょこむのブログに東京のモトショップセキの関君がこんなブログをアップしている。
やはりトキワレーシングに関係があったのだ。ぼんやりとしていた記憶が蘇ってきた。ホントに不思議なものである。

(ひょこむのbenaさんから、トキワではなく東希和レーシングです。中谷さんはその字に想いがありましたからとメールを頂いた。中谷さんが居なかったら今の店はなかったと思います。藤田さんや富永さんにもお世話になりました。とありました早速表題の字ほかは直させて頂きました。)

当時の東京には城東、城西、城南、城北カワサキというカワサキ親派の販売店があった。
特に城北カワサキの中谷さんには東希和レーシングという名門のクラブチームでレースの世界で大変お世話になっていたのである。
その中谷さんが急に亡くなられて、当時の所長藤田孝明君や佐々木君がいろいろと対応を考えていたことがあった。
それを関君が引き継いでくれたのではなかったかと思っている。

そんな東希和レーシングに今度の竹とんぼの先生の松本さんが関係されていたと言うのである。
トライアルをやっていて弟さんはモトクロスだったとか。
更に、ひょこむでは先輩の関君の招待で加入した「ナベさん」(benaさん)とは弟さんが関係があってメールが来たとか。

今度の竹とんぼを言い出した山本隆君は、永年MFJのトライアル委員長を務めたが、彼は今回松本さんの生徒としてこの講習を受講することになっている。

ホントに世の中不思議に繋がっているものである。


4月6日に第1回のリーダー講習会を行なうことに決まった三木山森林公園はこんないい環境のところである。この教室で講習しこんなところを竹とんぼを飛ばす子供たちが集うのも楽しい。


<ahref="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/1f/6c58a6c53707182106bd6af730b98553.jpg">




もう一人の先生、どこ竹@竹とんぼの代表幹事堀池喜一郎さんからは、資料とともに竹とんぼ20本がプレゼントで送られてきた。

特別の箱には肥後の守で作られた竹とんぼ(竹皮ひねりくびれがた)とウグイス笛が「古谷さんにプレゼント」とメモされている。
この竹とんぼは、この写真では見え難いが羽に特別の金銀のまねき猫が貼り付けられている。

1年半前に書いた「肥後の守」というこのブログからこの話はスタートしている

今日会場を正式に予約した。4月6日新学期とともにこのプロジェクトはスタートする。
当日は堀池さんやひょこむの管理者和崎さんというお二人の大臣表彰受賞者も出席して頂ける立派なものになったことを喜んである。

それにしても、「竹とんぼ」がカワサキのかっての特約店やトキワレーシングに繋がるなんて不思議だし、ひとつのブログからこんなプロジェクトに繋がっている。そんなご縁を大切にしたいものである。
コメント

どこ竹の竹とんぼを飛ばそう会

2008-02-23 05:07:58 | みっきぃふるさとふれあい公園
2月3日近畿MFJふれあいミーテングの帰り道山本隆君と話をしていて、ふと竹とんぼの話になった。
以前から彼は竹とんぼにも興味があったし肥後の守を三木の金物祭りに来てわざわざ買い求めたりするほど、関心はあったのである。

「まだ講習を受けてみる気があるのか」と訊ねたら「ある」と言う。
正月には堀池さんから年賀状も貰っていたし、じゃ立ち上げてみるかと2月6日に、ひょこむの中に、「どこ竹の竹とんぼを飛ばそう会」というコミユニテイを立ち上げたのである。

それからまだ2週間しか経っていないが、
10数人の参加者も出来て、昨日初めて打ち合わせを行なった。
そして4月6日に第1回のリーダー講習会を行なうことに決めたのである。

今回は非常に上手く行っているが、今まで丁度1年の歳月が掛かっている。
その間のいろんなことや、お付き合いの結果今回は上手く行っているのである。

4月6日は東京からどこ竹の代表幹事の堀池さんと工作のお師匠さんの松本さんをお迎えして実施する。
世の中は狭いもので、松本さんは元トライアルをやっていてカワサキのファンと仰る。今ひょこむの仲間の加藤文博君の話も出た。
ちょっと古い方はご存知と思うが、東京のレース界の名門トキワレーシングに関係があったという。
中谷さんのお店であった。お亡くなりになったが、その頃私の記憶が確かなら、今のモトボックスセキの関君がお世話になったりしたのではなかったか。


いずれにしても、1年経って何とかなった。昨夜の感想を纏めた。


昨夜、ひょこむのメンバーと本件の打ち合わせをしました。
昨年の今頃、この話を最初にさして頂いた小利さんやミキスケ、ヨネ、さるとる、カバン屋さん、みんな1年来のお付き合いです。
竹とんぼの話も1年経って、一番いい形でスタートできたのは感無量です。

自然発生的に「共感する仲間たち」が集まって、組織や、地域や銘柄など、従来からあるタテ割りのものに拘らずに末端のために動く。それは私の現役の頃からの、基本コンセプトです。

それを実現するために「共感ネットワーキング」を創造する
その仕組みを造るための活動こそ=企業活動と位置づけていました。

そんな想いは今も続いています。いま実現に向けて動き出したような気がします。
1年来の仲間たちとの信頼関係がなかったら難しかったと思います。

単に「竹とんぼ」に拘らずにそれをひとつの核として人々の大きな交流の輪、活動の場になればと思います。
「三木も加古川も神戸」も、「竹とんぼもミニSLもバイクも肥後の守」も、「ウオーキングもスポーツ」も、「子供たちも大人たち」も、「防災公園もホースランドも森林公園」も「市民も行政」も
繋ぐことの出来るものは全て繋いでいけるような活動になれば理想です。

ヨコ展開は無限の広がりがあります。
インターネットがそうであるように、いいシステムがあれば、中心がなくても、組織の長がいなくても機能します。
そこに「共感」があれば、それを中心に動けます。

今、ひょこむがその役割を果たしてくれいます。
仕組みシステムとは、それをちゃんと利用していけば「本来のめざす目標」が「自然に実現する」もののみが、そう呼ばれるべきだと思っています。

昨夜6時から9時まで、打ち合わせをやりました。
ホントに久しぶりでしたが、現役の頃やっていた会議のようないい3時間でした。
本来の議題も殆ど決まりましたし、お互いの理解も深まりました。
あちこちに話題は飛びましたが、全て活動の本質からは一歩も外れなかったと思います。
終わった後、みんな気分爽快で帰路につけたと思います。

私にとって非常に感動的な3時間でした。有難うございました。

コメント

いっしょにつくろう三木物語

2008-02-22 04:49:01 | みっきぃふるさとふれあい公園
三木市の総合計画は昨年度に完成していたが、このたび綺麗に纏められて改めて発表された。

こんな風に纏められている。

このほかにも、別に総合計画書が纏められて発表されている。
一応全て読んでみた。相当量のものである。

今から10年間の中期構想である。
中身について、書いてあること自体、特に問題はない。
このように実現できれば、非常にいいと思う。

ただ「情報」「広報」に関する記述のところだけが少々物足りない。
そんなことで、1日前にこんなブログをアップした。

総合計画は法律によって造らねばならい事になっているようである。
民間会社でも中計、長計は造ったりする。自分が担当して作らされたこともある。
どうしても見た目かっこいいものにならざるを得ない。

そういう意味で、担当部門は大変であると思う。
三木市のこの総合計画も言おうとしていることは分かるしよく出来ている。
文句をつける気ならいろいろあるのだろうが、それは正面切って言うのも大人気ない。
中計、長計とは元来そういうものである。

担当部門の方に電話でいろいろ聞いてみた。いい会話がいっぱい出来た。
武雄市も同じ期間の総合計画もあったので、この時期全ての市町村が作っているのかと思ったがそうでもないようである。
吉川との合併があったり、市長が新しくなったのでと言われていた。


総合計画は羅針盤のようなものだと書かれている、進む方向はこの方向と示している。
その方向にみんなで一緒に進もうと言うことに異論はない。
具体的にどんな風になるかである。
このような長計はどこのものでもよく出来ているのだが、残念なことにこれをちゃんと読む人が少ないのである。
これは行政に限らず、企業でもそうである。
仮に読んでもそれはそれで、実務は別のやり方で進行することが多い。


末端の現場は仮にこの精神を100%理解したとしても全軍を引っ張ることは難しい。
全員が同じように理解して一緒に進むことはもっと難しい。
タウンミーテングで説明されるのだと思うが、市民を含めて、この総合計画に出会う人は極々僅かであるはずだ。


これを上手くコントロールできるのはトップだけである。
トップはこの総合計画に何を盛り込んだか、理念、ビジョンは、その真意は、進む方向は確り忘れずに進んで欲しい。

私はその実現に向けて、後押しするスタンスである。
コメント

権威と敬意

2008-02-21 04:43:27 | 発想$感想
何日か前だったが、ロッテのバレンタイン監督と今年から大リーグのロイヤルズの監督になったヒルマン監督との対談をNHKでやっていた。

お二人とも日本のプロ野球監督として、チームの日本一を達成させた名監督と言っていいだろう。
長時間に亘った二人の対談はいろんな分野の話題があって非常に面白かった。

二人の野球もそれぞれ特徴があって面白い。
日本でもバレンタインのほうが先輩だが、100通り以上の打線を組んだりしてユニークである。
然しそれは結果であって、ベースにはリーグ戦の長丁場を疲れささずに選手に100%の力を出させるように、適宜に休ませるという考えに基づいている。
若し、このチームに金本がいたらどうなるのだろうと思った。

ヒルマンの野球は、日本に来てから考えが変わったのか、バントを全然採用しなかったのに突如としてリーグ一番のバントを多用するようになって優勝をしている。
1点を取ってそれを守りきる、接戦を勝ち抜ける投手力の背景があるのだろうか
いずれも指揮官、リーダーとしての確りとした考え方に基づいているのだろう。


そのようなチームの指揮官として、
監督は当然監督としての「権威」「権限」があるのだが、それをスムースに使うためには、チームの選手たちからの監督に対する「敬意」を払って貰えるようでないとダメだというようなことを言っていた。

なかなか含蓄のある言葉である。
チームの長には常に権威、権限は自動的についてくるのだが、部下に敬意を持って貰える上司が果たしてどのくらいいるであろうか。

お二人とも外人である。会話は通訳を通じてのものになるだろう。
そんな中で部下に敬意を持ってもらえるように対処することは非常に難しいことだと思う。
優勝を経験した実績のある監督の言葉である。重みがある。


そんなヒルマン監督、ずっと最下位のチームをどのように再生させるだろうか。
日本のプロ野球選手は大リーグに遜色ないと二人とも言い切った。
ロイヤルズの内野陣の建て直しには、日本選手の下半身の使い方を取り入れるとも言っていた。
日本での監督としての実績が、大リーグでも花咲くように期待したい。

選手も監督も大リーグレベルと仮にしても、
日本のプロ野球の経営陣は大リーグと比較してどうだろうか? 
これは差があるように思うが。
コメント

三木鉄道の跡地利用

2008-02-20 04:23:08 | みっきぃふるさとふれあい公園
三木鉄道あリガとうキャンペーンが打たれている。
三木鉄道の跡地利用の委員会も始まったようである。

その委員の一人であるジーン景虎さんがこんなブログをアップされている
跡地利用も次の段階へ入るようである。

第1回の会合でいきなりどこかへ視察に行こうという話が出てビックリして、
そんなところに行くのなら、まずこんなモノでもご覧になってはと提案したら、見て頂いたようである。


今年の1月15日に福井昇君(s850m君)に会って、
神戸臨海線の話を聞かなかったら、
そして、彼が三木鉄道にに触れて、
「三木鉄道は日本の数ある廃線の中でも、100年近く前もに造られたそのままの姿で残されている、他に例のない貴重な鉄道である。駅舎もいい。
そのままの姿で残すことこそ、その意義がある。」
という話を聞かなかったら、私も何の関心も示さなかったに違いない。

彼の言葉には説得力もあったし、何よりも鉄道に対する愛情を感じたのである。
ホントに彼の言うように100年近くも前に造られたままの姿か、架線もないガードレールもないホントにそうかと、三木駅から厄神まで自分の目で確かめてみた。

ホントにそうなのである。広い田んぼの中を鉄道だけが走っている風景は、彼が言うようにそれ自体が美しい光景であるように感じた。
「日本一美しいまちをめざす」三木に似合った光景だと感じたのである。


私は何も鉄道マニアでもないし、特に鉄道に興味があるわけではない。
ただ、夢のある話、特にその基本コンセプトに共感できるような話は好きである。

福井君の持ってきた神戸臨港線の話に乗ったのも、夢があっていいと思ったからである。
それがカワサキワールドに繋がり、メリケンパークに繋がって、今神戸市のフルーツフラワーパークでの少し大掛かりなミニSLフェアが現実のものになりつつある。
その前に、グリーンピア三木で行われたミニSLフェアも好評で5月の連休にもう一度という事になっている。


こんなフェアを主宰している人たちは鉄道マニアである。
基本的に場所を提供してもらったら、その活動は全てボランテイアである。
鉄道に関する知識や情熱ははハンパではない。中国まで乗り込んでアジア号を再現したりする実行力である。

そんな人たちは今、走らせる場所の提供を求めているのである。

神戸のフルーツパーラは今度のミニSLフェアに続いては常設の軌道の少し大きいSLの走行も視野に入れている。
メリケン波止場でもそれをやりたいという夢がある。
三木にはいっぱい候補地もある。

こんなマニアたちの夢は、兵庫を鉄道マニアの聖地にしようと言うのである。
川重の車両工場という世界一の工場もある。
常設の軌道もあちこちに出来る可能性もある。ミニSLフェアも現実に動き出した。
その目玉は、三木鉄道の廃線跡だと勝手に言っている。
松山の坊ちゃん列車のようなのを走らせたらいいと言う。

今の鉄道を何もせずに「残しさえすればそれは可能」だと言うのである。
出発したところに戻るようにすれば、鉄道法の規定は外れて遊園地の遊覧列車と同じ部類になるようだ。料金も今までの三木鉄道よりは高く設定も可能である。
運営には、独特のアイデイアいっぱいである。
ひょこむの中に「神戸鉄道研究同好会」というコミユニテイを既に立ち上げた。


私は聞きかじりで言っているのだが、
次のステップに入る三木鉄道跡地利用の皆さんは、一度耳を傾けられたらと思うのである。
ひょっとしたら、観光客もいっぱい、旧市内も復活、別所地区の活性化、お金もいっぱい落ちるそんなプロジェクトになる可能性も秘めているかも知れない。

トータル企画なら私にも自信がある。
コメント (2)

新JR武雄温泉駅

2008-02-19 05:09:20 | 素浪人&樋渡啓祐氏
今日の武雄市長物語、「新JR武雄温泉駅」と題するブログがアップされている。

この記事、樋渡さんさらっと「煉瓦調のこの駅を」としか触れていないが、
樋渡さんのこの駅に懸けた想いのようなものが、自然に伝わるようなものに仕上がっている。


リンクされている西日本新聞の記事のなかにも、武雄楼門の設計者で唐津市出身の建築家辰野金吾氏が手がけた東京駅に倣い赤れんが風のという表現もあった。

確か、そうなんだが、何か違っている。
どこで読んだのか聞いたのか、「そんなかっこいい話ではなかったはずだ」とあちこち探してみたが。
最近は、直ぐ忘れてしまうのである。過去の樋渡さんのブログなど見たが出ていない。

はっと、思い出した。あの本の中だ。
「力強い」地方づくりのための、あえて「力弱い」戦略論のなかの112ページに載っていた話である。


「思いつきでも職員はフォローしてくれる」という見出しで語られている。

市長着任早々、職員が武雄温泉駅の新駅のイメージ図面を持ってきた。
白いどこにでもある蒲鉾のような駅だった。
「変えられないか」「無理だ、もう決まっている」「どうしても変えたい」こんなやり取りがあって、「分かった、でもイメージは市長が考えてほしい」

これがスタートである。
それから、いろいろ調査した。
武雄から30分ほどのJR牛津駅のれんが調がいいと思ったがモノマネと言われそうだ。
その日の東京出張で、その日の新聞に2011年を目途に東京駅が辰野金吾博士の
設計当時の意匠に蘇るという記事が載っていた。天の援けみたいなものである。

直ぐ担当に電話した。「市長、思いつきにしては最高だ」


こんなことから、赤レンガを基調にした武雄温泉駅は出来上がっているのである。

こんな樋渡さんの発想が好きなのである。
然し、世の中にこんな発想で物事を進める人は少ない。
世の中にはこんなツキが、あちこちに不思議なほどいっぱい転がっているのだが、スタートしない人には拾えないのである。


樋渡さんの本には、こんな面白い話満載なのだが、
読んだから必ずそのように出来るとは限らない。多分出来ない人のほうが多いだろう。

こんな風に出来るためには、「奇人、変人」に自らを変身する必要がある。
これが出来るかな? と思うのである。

この話はここで終わってはいない。
この担当者は、JR、佐賀県、国土交通省、地元の協議会など走り回ったとあとで知った。かなり怒られたそうである。

「武雄市役所のすごさは市長の忘れっぽさとそれを補って余りある職員の頑張りだ。」と結ばれている。
「思いつきでも職員はフォローしてくれる」、上が動くと下も自然に動くものである。


新武雄温泉駅、開業おめでとうございました。
コメント (2)

司会者、評論家VS橋下

2008-02-18 05:08:16 | 大阪維新の会、橋下徹氏
テレビ番組の司会者や評論家の人たちも橋下徹に議論を仕掛ける場合は、気をつけたほうがいい。

大体、番組側もはじめから予想できるような質問はしないほうがいい。
「机上の空論」と言う言葉尻からあなたの考えは間違っていたので改めますかとか、
「原則ゼロ」と言ったのに、もう百何十億もといった、普通の人ならちょっと困るかなといった類の質問のことである。

弁護士と言ったら、言葉で相手を論破するデイべートのプロである。
そんなプロに、はじめから予想できるような質問をして困らせようとしたりするのは、どだい無理な話のようである。



今朝もある番組で司会者がムキになって言えば言うほど、橋下さんの術中にはまってしまって、
「そんな机上の空論を言っている司会者や評論家はとーーー」逆襲されてしまった。
横にいた現場で政治を担当した出席者に意見を求めると、橋下さんを弁護するような論調になる。

現場というのはいろんなものがあって、単なる理論では片付けられない複雑な要素がいっぱいある。
そんな一見矛盾があるような状況を解決していくのが実務なのだが、本来それは口で説明するのは難しいことも多かった。
私などの経験ではそうなのに、橋下さんは絶対に負けていないのである。

論破するとはあんな風にやるのだと、私など感心しきりである。


それと、最初から喧嘩する相手と引き下がる先輩とをちゃんと決めている。
この辺の計算はしたたかである。

どこかで「計算してますか?」という馬鹿な質問に「計算してないのは、単なる馬鹿じゃないですか}と返されていた。

揚げ足を取ったり、言葉じりを捉えた質問はしないほうがいい。
口先だけでなく、ホンネで本質の議論、改革をしようとする姿も見える。
先輩に対する敬意も、間違ったことを改める素直さも持っている。

今までの政治家と違うところがいい。
NHKに対しても、特に権威を恐れないのがいい。
間違っていることもあるだろうが、1年も経てば結果は明らかにでる。

何年経っても、どこが変わったのか解らないようなのより余程いい。
テレビの司会者も評論家も記者諸君も、気をつけて質問するほうがいい、相手は弁護士出身デイべートのプロ、アタマもいい。それが勉強した上で答えるような質問は避けるべきである。

足を引っ張って困らす積りが、ますます橋下人気の手助けをするような結果になる。
コメント   トラックバック (1)

カン

2008-02-16 05:01:50 | 発想$感想
何かを判断して実行する、そのきっかけは何だろうと考える。

今年になって、急にいろいろと立ち上げた、大したことではないがスタートを切ったのである。

ひょこむと言うSNSのシステムがそのベースになっていることは間違いないのだが、その判断は何を根拠にしているのか?
いろいろ考えてはいるのだろうが、GOを欠けた根拠も、判断基準もカンである。

そんなにひとつひとつ積み上げて検討した訳ではない。

「神戸臨港線の廃線跡にSLを走らせる)こんなことを何日検討していても結論など出ないのである。
まあ、やってみるか。今がチャンスかも知れない。
カンではあるが、ひらめく要因は意外に沢山あるのである。
然しそんなものの組み合わせを幾ら検討していても答えなどは出てこない。
しぼって考えるとき、自分も含めてリスクは常に考える。
それと時期、これはカンである。

「どこ竹の竹とんぼ」
1年寝かしてあった。いろんなきっかけがあった。
GOを掛けたのは、大阪からの車の車中、山本隆君との会話、そのあとのkakogawalionyaさんとのやり取り、帰宅後直ぐコミユニテイを立ち上げた。
これもいろいろあるが、結局は今だという、カンである。


考えてみると、現役時代も殆どカンで物事はスタートしている。
前例のないことなど、ちゃんと解ってからなどと言っていると、いつまで経っても実現しない。
然し、早すぎると球根になってしまう。
球根になって眠っているものが沢山あると言うことは、沢山間違った判断をしていると言うことか。


間違っても、リスクが大きくなければ大丈夫だ。
リスクがあるものはやらないというのではなくて、処理できるリスクかどうかと言うことである。

権限とは、「その人に与えられた誤りの量である。」
いま、定年後のフリーの身だが、一市民としての権限らしきものがあるようにも思っています。
コメント

遺憾の意

2008-02-15 04:53:47 | 発想$感想
「遺憾の意」と言うのは、日本語なのであろうが、普通一般の人の日本語の中にはないだろう。
今までに、自分で使ったこともないし、今後も使わないだろうと思う。

多分、殆どのの人は、聞いたり読んだりはしょっちゅうだが、
ご自分では使ったりはしない日本語ではないだろうか。
大体、庶民や民間が遺憾の意を表するなんてことは使いにくいし、問題を起こしたときに役所にそう言ったら、多分役所は気を悪くすると思われる。

辞書での意味は「心残りがーー」「残念であるー」などだが、
結局は「申し訳ない、もう二度と致しません。」と謝ってはいないということなのか。
逆に、民間はずらっと並んで「誠に申し訳ありませんでした。二度と再びこのようなことがないように気をつけます。」と平身低頭するのが当たり前で、これも最近は見飽きてしまった。

この言葉を使う連中は、政府や政治家や官公庁、民間でも余程大きな企業でないと似合わない。
人が使う言葉ではなくて、組織が、それもお高くとまっている組織だけが使っている慣用句のようである。
格式高い「船場吉兆の女将」でも、若し「遺憾の意を表したい」などとは言い難いだろう。

これは日本語だけかと思ったら、今回の沖縄の問題でアメリカの高官も使っていた。原文はどんな英語だったのだろう。
結局は、真正面からは謝っていないのである。

だから繰り返される。
こういうときに「誠に遺憾である」と使えばいいのか、なるほど。



コメント

18歳は大人か子供か?

2008-02-14 04:58:31 | 発想$感想

クルマでラジオを聞いていたら、18歳から大人にすることについて法務省の何かの委員会で検討に入ったと言っていた。

それをどう思いますかと言うのである。

単純にこう聞かれても、答えに窮する。
正直よく分からないと言うか、自分の意見が定まっていないのである。
もし、アンケート調査なら、解らないに○である。

早過ぎるようにも思うし、世界の常識から言えば当然と言えるかも知れない。
昔は日本でも、15歳で元服の儀を迎えたという。

何を判断の基準にしたらいいのか、そこがよく解らない。
体格などで言うなら、今の18歳は間違いなく大人である。

解説らしきことを聞いていたら、余計に解らなくなってしまった。


大体が、法律の分野は嫌いである。
技術屋の分野も嫌いと言うか解らない。
遊びで言えば詰め碁、詰め将棋もゴルフで言えばパット。
そんなややこしいことは、殆どが苦手である。

専門家の分野だと思っている。
専門家の分野は専門家が考えてくれて、その結果ををコーデイネートするようなことは無闇と関心も興味もある。


人間をいつから子供や大人に分けるのか、そんなことは誰かが決めてくれればいい。

ところが、
この議論は、憲法改正の国民投票との関連でスタートしているとか。
憲法の改正も大きなテーマである。
これに付随して、飲酒や競馬など民法との関連もいろいろ難しいと言っていた。


ラジオで喋っていた人たちの意見は、18歳は大人ではない、まだ子供だと言っていた。
その理由は、自分の18歳のころのことを思うと、まだまだ幼くて子供であったと言うのである。

そうか、そう言えばそうかも知れないと思った。
然し、振り返ってみて22歳は大人になっていたか?
まだ、幼くて子供みたいだった気もする。

だから余計によく解らない。
どうしてもと言われたら、早く大人になって欲しいという意味も込めて18歳か?

コメント (2)