雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

いちごde雛祭り in よかたん

2011-02-28 04:48:07 | みっきぃふるさとふれあい公園

★久しぶりに、カテゴリー『みっきぃふるさとふれあい公園』 の話題です。

昨日の朝、武雄市の記者会見のこと、ブログに書いていたら、突然の電話、さるとるさんに呼び出されました。

三木の「よかたん」で行われていた 『いちごde雛祭り 』に行ってきました。

 

さるとるさんのブログは、流石に写真いっぱいです

かよちん教室の様子も、載っています。

私は、ちょっと、覗いてきました。

場所は、よかたん、 やってる人たちは、さるとるさんを中心に、吉川の人たちと、

熱血漢丸坊主さん と かよちんさん  

三木のNPO The Good Times の仲間たちです。

勿論、さるとるさんも、自分のブログや、ツイッターや、facebookで発信はしているのですが、『私にも手伝え』と言うことなのです。

よかたんの会場の売り場には、二人お揃いで立っていました。

朝、もぎたてのイチゴ、一盛り300円です。

ただ、売っているだけではありません。後ろにちょっと見えているようにお雛様が飾ってあります。

3月3日は雛祭りです。

幾つも飾られたお雛様の前に、『いちごde雛祭り in よかたん』

いちごでお雛様を造っているのです。

そのアイデアを考えたのはさるとるさん、それを演出したのは、『かよちん』先生、いつものパターンです。

流石に芸術家、ちゃんと造られています。

だんだん、細かく写していくと、いい加減でないのがよく解ります。

一盛り300円で、売られているイチゴは、章姫や やよい姫などと言うそうですが、

内裏さまに使われている大きなイチゴは、『紅ほっぺ』という1個100円はするイチゴだそうです。

こんなメンバーです。

右からさるとるさん、

熱血漢丸坊主さん、JCのメンバーでもありますが、イチゴも作っています。

そして、『吉川ハウスいちご部会』の藤田会長です。

一番左が『かよちん』先生、

伽耶院の七夕』も、三木アネックスパークでの『古代の窯も

みんな、こんなNPO The Good Timesのメンバーですが、芸術めいた分野は、いつもかよちん先生です。

これが、300円のいちごです。

お持ち帰りは、こんな立派な器ではありません。

これは、その場でお召し上がりになる方用の器で、熱血漢丸坊主さん、永塩家に代々伝わる?ものだそうですが、

10袋も、お土産に買ったので、記念に頂いてきました。

家に戻って頂きました。 美味しかったです。

 よかたんの『館の雛祭』は、3月6日までですが

いちごの雛祭りは、ひょっとすると、昨日だけの『特別イベント』だったのかも知れません。

楽しい、みんなが笑顔になるいい催しでした。

 

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ニンテンドー3DS

2011-02-27 06:43:05 | 日常生活、園芸、バラ

★『飛び出すDSいよいよ発売』 昨日の夕刊の記事である。

ニンテンドウー3DS と言ったらどれくらいの方が、お解りになるのだろうか?

まあ、こんなものだそうである。

値段は税込み25000円で、26日に売り出された。

世界で累計1億4千万台を売った「ニンテンドーDS」の後継機で初めて眼鏡なしで3D映像に対応するそうである。

当面は品薄が続きそうだと記事に書かれている。

 

★昨日の朝、電話がかかってきた。三木のゲーム屋さんからである。

『入荷しました』

何週間か前に、予約に行って3000円を前払いしている。

『引き取りがない場合でも予約金は返金しません。』確かそんな条件である。

 

私は、運転手で、その店まで家内を運んでヨコで見ていただけである。

アメリカにいる娘の3人の孫のうち真ん中の孫の誕生日が1月で、いつもお年玉やクリスマスプレゼントとごっちゃになって『誕生日祝いをちゃんと貰っていない』とクレームが来るようである。

孫の方も、心得ていて決して私には言ってこない。いつも『おばあちゃん』の方である。

確か、中学3年生である。

メダカやカブトムシなどの生き物とサッカーぐらいにしか興味がないのだと思っていたのに、こんなモノにまで興味を覚えて、困ったものである。

これをまた、月曜日には郵便局から郵送するのが、また大変なのである。

つい先日は、ポカリスエットの粉を送ったら送料が確か1万円に近かった。

 

★こんなののどこがオモシロイのか解らぬが、徹夜で並んで買う人がいっぱいのようである。

25000円もするものが、どんなものかも解らぬうちに、予約で殆ど売れ切れると言う、任天堂の商品の信頼性の高さにビックリである。

 

25000円もするものが、述べ1億5千万台も売れたら、その売上額は幾らになるのか?

こんな計算は、至って得意であったはずだけど、これだけの桁になると流石にウロウロしてしまう。

値引きもないし、一体幾らの粗利があるのだろうと、ツイ人の懐を計算したくなったりする。

 

★こうブログに書いておくと、間違いなく『ちゃん買った』ことだけは、海の向こうのカリフォルニア、アーヴァインの孫に伝わるはずである。

先方が、毎日どんなことなのかは、大体解っている。

『金がなくて大変だ』と言う割には、最近の人の生活は贅沢である。

 

明日、送ります。 待ってて下さい。

 

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NPO The Good Times 二つのイベント

2011-02-26 06:39:13 | NPO The Good Times

★2月はホントに逃げてしまった。 

もうすぐ3月である。 77歳喜寿の年も3月2日まであと数日、3月からはもう78歳を迎えることになる。

その3月早々、立て続けにNPO法人The Good Times の大きなイベントが控えている。

一つはこのブログでも何回もご紹介した。『カワサキの想い出、そして未来』である。

こちらの方は、予想以上に順調に仕上がって、これ以上ないメンバーたちが一堂に会することになりそうである。

 

★不思議だなと思う。

最初にこの計画を平井さんがつぶやいた時は、こんなことになるとは思わなかった。

こんなになった原動力はなんだろう?

主催者の平井さんの熱意や努力がベースにあるのは、間違いのない事実であるが、

一つには、bunCさんが作ってくれた案内サイトの力だろう。 コンセプトは確かにこの通りなのだが、こんなに立派なサイトに出来上がるとはみんな思っていなかっただろう。

一つには、雷神マッハさんカバン屋さんなどNPO仲間の協力である。雷神マッハさんなど平井さんとは面識もないはずなのに、こんなに親身になって協力頂いたのは、毎日顔を合わせている様な錯覚に陥るネットの繋がりの力なのだろう。

さらに、はっぴえんどさんねこさんの力は大きい。こんなソフト、ノウハウは、残念ながら、平井さんは持ち合わせてはいないのだが、このお二人の力を120%引きだしたことが、今回ココまで来た、一番大きな力なのかも知れない。

『異種、異質、異地域』の力がホントに繋がってここまで来た。

後は当日の動きだけなのだが、これは間違いなく大丈夫である。顔を合わせるだけで自然に盛り上がるような、最高のメンバーが集まった。

当日の6時からのパ―テ―は、Ustreamで実況中継しようと言う計画を検討中である。ホントにどうなるかは解らないが、そんな夢みたいな計画が進行中である。

全国のみなさん、楽しみにしておいてください。

 

★もう一つは、先日もちょっとご紹介した、

もう一つは、3月6日に三木である、講演会、「緑風雑学かれっじ」の第1回、「三木市緑が丘町発 全世界へー住民が住民に語る」
『今までにないNPO法人をつくりました』 と言う講演会である。

講師は私、と言うことになってはいるが、何の準備も出来ていない。

やっと昨日の晩、この講演会の主宰者kwakkyさんと、手伝って貰えるe-音楽@みき の小巻さんと、会合したのだが、いつもの悪い癖で、具体的な打ち合わせはモノの15分ほど、6時半から9時までいたのに、あとは雑談ばかりに花が咲いた。

でも結果は、OKである。 

e-音楽@三木 の小巻さんは4月から、NPO The Good Times の理事として仲間に加わることになった。
また、この講演会の仕掛け人、kwakkyさんが、私の導入話のあとを引き継いでくれる、いろんな人たちのリレー話の締めを引き受けてくれた。

これで万全である。

NPO 法人The Good Times などの説明を、幾ら上手にやってみても所詮は説明なのである。この講演会に一番熱い想いを持っているのは、kwakkyさんなのである。

 リレーで話してくれる人も、今の段階で、それこそ異種、異質な人ばかりでみんなぶっつけ本番なのである。 どんな話になるか解らぬが、何とかなるだろう。

それを引き取って、私が最後纏めて終りである。

 

2時間で収まるかどうかが、一番心配だが、仮に時間をオーバーしても、時間を忘れさせるようなオモシロイものになればいいのである。

多分大丈夫であろう。個性豊かなメンバーの理事さんたちだから、オモシロくないはずはない。

この講演会は、新しい試みの第1回の講演会なのである。

『オモシロかったから、次回にも期待しよう』と思って貰わぬと成功とは言えないのである。

主宰者でもあり、今回の中心メンバーでもあるkwakkyさんの『静かだが熱い想い』を裏切らないようなものにしないと、と思っている。

 

★3月に入って、二つ続く、NPO The Good Times のイベント、性格は全く違うのだが、二つとも性根を入れて取り組みたいと思っている。

 

昨日はこんなところが新しく入会された。

●一つは東京の『バイクパーツ通販 零カスタム』さん、私と樋渡さんをfacebookで繋いでくれた、城後さんお勤めの会社である。(何故かリンク貼れない)

●もう一つは加古川の『フォレスト、フォームズ』さん、ちょっとイメージが新しい不動産やさん。60おじさんのところにバイクの修理に来られて繋がった。

●もう一人は、東京の方、個人会員さんだが、今はまだ内緒。  私の潜在意識の中にはこのために、このNPOを造ったのかも知れない。そんなところにお勤めである。昨日は、これが一番嬉しかった。

 NPO The Good Times 、確実に静かに前進中である。イチローのヒットと同じ、増えても減らないところがいい。前進あるのみである。

 

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網膜剥離 ?で思ったこと

2011-02-25 05:25:23 | 日常生活、園芸、バラ

★昨日は白内障の手術をして1ヶ月後の検査に病院に行きました。

いろんな目の検査をして白内障の経過は至って順調で問題なしと言うことでした。

そのあといろいろと先生は診ておられたのですが、『網膜剥離の症状と治療』と言う小冊子を出して来られて、説明を始められました。

私は、今までに肺結核や、くも膜下出血なども経験しているのですが、あまり詳しく先生の話を聞いたこともありません。聞いてみても自分の理解の範囲を超えていると思うからです。

それに自分ではどうすることもできないので先生の仰る通りにするほかはないと思うからです。

 

★昨日も、網膜剥離 についての先生のお話を聞いていたのですが、詳しいことはよく解りませんでしたが、

網膜剥離 ではなくて、その一歩手前の状況だと言うことはよく解りました。網膜剥離 なら手術をしなければならぬが、今の状況なら『レーザー光線の治療でOK』と言うことです。

内容は兎も角、手術は不要、治療でOKと言うことさえ解れば、それ以上はなにも聞く必要はないと思ってしまうのです。

今日でも治療しますか? どれくらいの時間ですか? 5分ぐらいでしょう。

と言うことで、即、治療をしてもらうことにしました。

 

『レーザー治療』も終わって、写真などいろいろ撮りましたが、来週もう一度結果を見たら終わりだそうです。

網膜剥離 ではなくて  『○○○』などと言われたのですが、覚える気がないので忘れてしまいました。

 

★治療代は、11000円ほどかかりました。1割負担ですから、11万円と言うことです。

『レーザー光線』をあてた時間は5分ぐらいですから、なぜそんなに掛るのかよく解りませんが、多分器械が高くてそれくらい取らぬと償却出来ないのではないかと思います。

昨今の医療機械は、日進月歩でどんどんよくなるようですが、値段は結構高いのだと思います。

 それにしても、9割負担は、金額が大きい場合は助かるのですが、負担する国の方は大変だなと思います。

保険があるから、簡単に医者にかかるのかも知れません。

それくらいは現役のころ毎月負担していたのかも知れませんが、使っている金と比べてどちらがどうなのでしょうか?

 

今カリフォルニアにいる娘は、アメリカの医療費は無茶苦茶高いなどと言っていますが、

アメリカの人たちは、健康保険に反対の人も多いようです。

確かに、日本の場合は自分のことは自分で判断して、自ら守ると言う風にはなってなくて、なんでもお上に頼む風潮が、最近は行き過ぎている場合も多いのかなと思います。

 

★目の瞳孔を広げるために目薬を射すと、何時間かはまぶしくなります。 

車ですか? 車の運転は危ないから、休んでいってください。 これを病院側が言わずに事故を起こしたら、『それを病院側は言わなかった』と言う人が多いのでしょう。

ひつこいほどそれを言われます。

『まぶしくて危ない』と思ったら自分の判断で運転を止めたらいいのだと思いますが、それでは病院側が注意しなかったと言うのでしょうか?

何か普通でないような気がします。

 

日本ほどガードレールや柵があちこちに張り巡らされている国は珍しいと思います。

あのコストを、誰かが負担しているのでしょうが。

安全なことは確かにいいことなのですが、そのために、国自体が沈没してしまったのでは、元も子もありません。

もう少し、自分で判断して行動する。危険なことは自分で注意する。そうしないとどんどんおかしくなってしまいます。

 

健康保険もそうですが、駅の安全柵なども、どこまで行くのでしょうか?

いろいろ考えた、昨日でした。

保険料が1割だったから、つい気軽に治療したのでしょうか?

 

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国政と地方行政と、樋渡さん橋下さん

2011-02-24 05:39:55 | 発想$感想

★そんなに政治に詳しくもなく、特別の興味を持っているわけでもないが、

最近の中央の国政も、大阪や名古屋の動きも、地方行政の一つでしかないが、九州武雄の動きなどもなかなかオモシロイ。

中央の菅さんなど民主党の執行部は、大変だと思う。オモシロイなどと言うのは極めて不謹慎かも知れぬが、どんな方向で決着するのか、この2カ月ほどの動きは予想も出来ぬところがオモシロイと言う以外にどう表現できるのであろうか?

仮に解散総選挙になっても自民党が一方的に勝利するとも思えず、と言って今の民主党の誰がリーダーになってみても、急に風向きが変わるとも思えない。

どんなことになるのか興味深々なのである。

 

★その反面、名古屋は大村、河村組の圧勝に終わった。

今度の春の選挙もどうなるのか? ただ流れとしては、従来とは違ったものになるのだろう。

名古屋市議選についてこんなニュースも、流れている。

どちらが勝利するにしても、従来の行政とはまた違った形の、政治になるのは明らかである。

 

東京都知事選は、何人かの名前も挙がっているようだが、石原さんが出たとしても、勝てるとは言い切れないだろうし、

松沢さんなどいろんな人の名前が上がっているが、名古屋ほどの迫力はない。

東国原さんも宮崎の二番煎じだし、蓮舫さんとて今の民主党の人気では本人も決心はつかぬのではと思ってしまう。

よほどのことがない限り、よこで見ていてオモシロイと思わないのである。

 

そういう意味では、次に注目を浴びるのは、何と言っても大阪である。

大阪維新の会が、名古屋に次いでどんな結果になるのか?注目されることは明らかである。

大阪の勢いに乗ろうとした、原口さんの維新の会が、武雄の樋渡さんにこっぴどく言われたからか、どうか?

大阪の橋下さんのトーンが、若干変わったと言うようなニュースも流れている

 

★若し、少しでもそんな影響があったとしたなら、これはまたオモシロイことである。

九州の人口5万の都市の1市長の発言で、中央の総務大臣までも務めた人の動きを牽制し、橋下さんの態度にも若干とは言え影響があったのであろうか?

それは兎も角、今武雄はツイッターに継いで、Facebookでも、ツイッター学会長、Facebook学会長という名前から言えば、『国内最高位』とも思える地位を既に取得しているのである。

武雄市長物語にリンクされている、

長文の記事の中には、学会を名乗った理由や初代会長に就任したことを

さらっと、『学会と名付けたのは「名乗るのに何の制約もなかったから」だ。 』と言っているのは、如何にも樋渡さんらしくてオモシロイ。

Facebookも含めて既に出来てしまった二つの学会は今後どうなるかは解らないが、日本のツイッターやFacebookの頂点に武雄が君臨しているように思えるのは間違いなく、これはマスコミでもオモシロイ話題として取り上げていくことと思われる。

 

★全然違った観点で、この事実を捉えると、

従来は、国民とか、市民とか、民意などと如何にも『国民主権』と言ってはいたが、中央も地方行政も実質 『上から目線』であったことは間違いないのである。

ツイッターやFacebookの世界は明らかにインターネットの世界であって、そのシステム構造から言って、間違いなく『ヨコ一線の世界』なのである。

そのシステムの中で、一般の人たちとの『ダイレクトコミユニケーション』の道が、武雄と市民の間に、さらに武雄と言う枠を超えて全国の一般市民との間で広がったという事実は、政治の新しい方向だと思う。

大阪の橋下さんのツイッターの使い方は、ちょっと独得だが、これとて今までの首長の『説明責任』などと言うレベルの枠を通り越したものになっているのである。

さらに言えば、インターネットは幾ら使っても『タダ』なのである。

予算を申請することから始まって、予算を獲得して、その『予算を使うこと=仕事』 と思っている従来の行政マン、官僚にとっては、まさに新しい仕事のスタイルなのである。

 

★マスコミの武雄の取材などの『視点』に、こうした行政の仕事のやり方や目線の問題からの指摘がないのは、マスコミ自体が従来の政治同様、従来の構造の中で神経が麻痺してしまっているのではないか?

どうやってツイッター広げたかなどの方法論は、確かにその通りなのだろうが大した話ではないのである。

それによって役所の仕事のやり方、従来言われているタテ型構造にどのようにメスが入るのか? それ以上に『上から目線』のお上や、従来のマスコミの姿勢に、構造的な変化をもたらすのではないかと言うヨミみたいなものが欠落しているように思えてならないのである。

今後、インターネットですら、『タテ型にしか使わない』ような、行政や企業が、『市民や消費者目線』などと言うのはおこがましい時代になりつつあるのではなかろうか?

それは活字だけで情報発信を続けている従来のマスコミ媒体にも、言えることだと思っている。

そんな大きな政治や行政の構造自体の問題点の『構造改革』をたった5万人の九州の田舎の市が、『学会長』とトップであるような旗印を上げて、日本をリードする様は、心地いいと言うべきである。

そういう意味も含めて、今回の武雄の樋渡さんや大阪の橋下さんの動きはオモシロイと思っているのだが。

 

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みんな繋いで楽しい時を過ごそう

2011-02-23 04:34:29 | NPO The Good Times

★『異種、異質、異地域をみんな繋いで楽しい時を過ごそう』

と言うのは、私たちNPO法人 The Good Times の基本コンセプト なのですが、3月に入ると続いて、このNPOとしての大きな行事が続きます。

3月4日は、平井稔男さんが主催する、このブログでも何度も紹介した『カワサキの想い出、そして未来』です。

こちらの方は、ほぼ大枠も決まって、今日、二度目の打ち合わせをするのですが、特に問題なく上手くことが運ぶものと思っています。

 

もう一つは、3月6日に三木である、講演会で、

●「緑風雑学かれっじ」を開講します

第1回目 
「三木市緑が丘町発 全世界へー住民が住民に語る」
『今までにないNPO法人をつくりました』

講師 NPO法人 ザ・グッド・タイムス 理事長 古谷錬太郎さん(緑が丘町西2丁目在住)

とき・ところ 3月6日(日) 午後1時30分~3時30分 自治会館本館2F  セミナー室

● 講師の古谷さんは、今年77歳。毎日ストレッチなど体を動かされ、40歳並みの体の柔軟度。それよりもさらに柔軟なのは、若い人に負けない頭脳。だれとでも平等につきあう「わけへだて」のなさ、人柄の明るさ。そして、発想力と企画力と行動力。
● そんな古谷さんがこれまで培って来られた地域や現役時代での人脈と、経験と、知恵を活かして、今までにないNPO法人「ザ・グッド・タイムス」を、2年前の夏、立ちあげられました。
● どうしてこの法人を立ち上げられたのか、NPO法人はどんな仕組みでどんな活動をされているのか、今後どのように「まちづくり」に役立てられようとしているのか、その可能性も含めて、ざっくばらんに語っていただきます。

お気軽にお越しください。
緑が丘町まちづくり協議会公共部会(生涯教育)(文責:河田)

 

とこんな回覧板が、この地域に回ってしまいました。

この準備をどのようにするかと、昨日あたりから考えています。

きっちりと原稿など書いたりは性格上出来ないし、確かにオモシロイNPOではあるのですが、2時間かけて喋ってみても初めての方にどのくらい理解できるのか? 

今まで、人の前で話したことは結構多い方ですが、聞かれる方がどんな方なのか?何人ぐらい来られるのか?もよく解らない不特定多数というのは初めての経験です。

現場でまず最初に、マーケッテングして、どんな聴衆の方かを確かめた上で、『ぶっつけ本番』でやることにしました。

心配しなくてもNPOのホームページは会員さんの動向も含めて一番新しい状況に対応できるように、最新のニュースで造られています

決して旧聞になったりはしていないのです。

 

★昨日、いろいろ考えましたが、2時間のうち1時間は私が担当して、最初30分の導入部分と最後の締め30分を引き受けて、

残り真ん中の1時間は、当日は朝理事会で理事の人もいますし、e-音楽@みき の小巻さんもいますから、みんなに適当に担当して話してもらおうということに決めました。

そのあとの30分あまりは、理事さんたちが話されたことの纏めを私がすればいいと思っています。

 

ぶっつけ本番でも大丈夫と思われる人ばかりですが、ちょっとだけこのブログで、開示しておこうと思います。

3月4日の平井さんのイベントは結果が出ていますので、このあたりは平井さんが得意満面で喋ると思いますし、そもそも、この講演会を企画された河田さんには是非何かご自身の想いを話して欲しいと思います。副理事長のタッチャんは多分このブログは見ないと思いますが、ぶっつけ本番でもまず大丈夫ですし、監事のjhojinさんは、最近はお坊さんで説教が本職みたいなものですから、私などが喋るよりよほどいいことを仰るに違いありません。

まあ、異種、異質な人の集まりで、『みんな繋いで楽しい時を過ごそう』というコンセプトからも、そんなスタイルの方がいいと思っています。

大体、講習会とか、講演などは講師が一番面白くて、聞かされる方はそんなにオモシロイものでもありません。

たった、2時間のご縁ですが、集まって頂いた方たちにとって、『楽しくいい時』であることを願うものです。 『そして、未来へ』 踏み出す一歩になれば、言うことはありません。

 

★ちょっと別の話ですが、ニュースと言うのは、新しいからニュースと言うのでしょうが、このニュースは、昨日、2月22日のGoogle ニュースの中で、4日ほど遅れて流れているのです。

内容は、極めて面白いので、ご一読ください。

心の会計:人はなぜお金を非合理的に使うのか 2011年2月18日

 

これは、NPOのアドバイザーの bunC さんが ツイッターで既に流して、それを私が、NPO The Good Timesの公式ツイッターで『リツイート』したので、アレだと直ぐ解りました。

これは、当日のうちに発信されています。こんなスピードですから、最近の新聞も大変だなと思います。それにしてもbunC さんの情報収集力は確かです。NPOの情報発信スピードも、結構『今』に対応できています。

こんなツイッターでした。 4人の方がさらにリツイートしています。

bunC fchozi 心の会計:人はなぜお金を非合理的に使うのか http://wiredvision.jp/news/201102/2011021821.html (#wiredvision)

ゆきたぬあるぷらvclSHO-EI

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昭和44年(1969)36歳 入社して初めて損益を考えた

2011-02-22 06:56:15 | 自分史

★東北の営業と言う初めての経験で3年目を迎えた昭和44年、1969年は、4月に川崎重工、川崎車輛、川崎航空機の3社が合併して、川崎重工業として再スタートした年である。

社長は砂野仁さん。この人のコネで入れて貰った会社だが、入社1年目のように明石で気軽に話をしていた、砂野さんではなくてなんだか遠い人になってしまった。単車事業も3社合併の足を引っ張らないようにと、損益的な経営対策が最重点に講じられるように転換した年でもあった。

この年の秋には、A1に続いて、500ccのマッハⅢが発売された年で、ようやく日本の二輪市場にも実用車からスポーツ車への移行が始まった年であったとも言える。

東大闘争があって東大の入試が中止された年でもあった。

 

★前年度までの新米営業では、訳の分らぬうちに、特に前年度は売り上げ好調で、全国の金賞、銅賞二つ、台数では関東を抑えてトップを走っていたのだが、この年は春からもう一つで、来る月も、来る月も、前年度実績を超えることは出来なかったのである。

そして3月の新体制では、新しく田中誠社長になった。

直営部長には製造部門から高橋鉄郎さんが着任されたのである。

田中誠さんは財務、資金からの社長就任で台数至上主義みたいな営業から、一転損益重点の方針に転換されたのである。高橋さんはレースなどでは関係があってよく知っていたのだが、営業に来られる前は,大の営業不信論者で、『いつも営業はウソばっかり言ってけしからん』と言ってた方なのである。短い期間の国内営業経験であったが、その後はユーザーとのダイレクトコミユニケーションを第一に考えるマーケッテング信奉者に変身されたのである。

 

前年度が、表面上は最高の成績で、全国的に元気がないなかで、元気だけは抜群の東北だったからか、

田中社長は、就任直後の3月15日から、22日まで東北6県の視察に来られて、この期間車でずっとご一緒しているのである。車は私が運転で、異動している間もずっと話が出来たので、この期間ずっと二人で話が出来たような1週間であった。田中さんは入社2年目ぐらいの償却計算のIBM化をやってた頃の上司で大学の先輩でもあったので、お話はしたことはあるのだが、こんなにみっちりと話が出来たのは、はじめてであった。

そのあとすぐ続いて、直営部長になられた、高橋鉄郎さんが月末にかけて3日間の視察に来られたのである。高橋さんとは、その後ずっと関係があって、ずっと面倒を見て頂いた上司なのである。今、やっているNPO法人The Good Times でも相談役を、お願いしているし、3月4日の『カワサキの想い出、そして未来』でも出席頂いて、ご挨拶を頂こうと思っているのである。

海軍兵学校の卒業で、このときの出張でも純粋で一途な秋田カワサキの斎藤雄幸専務を評して、酒の席だが『いい軍人になる』と言われたのを何故かよく覚えているのである。

 

★こんな、本社からの期待に満ちた、シーズンインであったのだが、来月は、来月はと思う1ヶ月が年末まで続いたのである。

この年から、台数よりも損益中心、経営中心の方針に転換されて、東北6県の10社を超える代理店の経営管理が主たる仕事になったのである。

会社に入って、初めて事業損益と言うものを意識した年である。私は商大の卒業だが、簿記の単位もとっていない。バランスシートも貸し方や借り方など訳の分らぬ言葉を聞いただけで、イヤになってしまって、諦めてしまったのである。

この年初めて、各社の損益を立場上は指導する立場に立たされたのである。経理の専門の石塚君がいたお陰もあるのだが、この1年で簿記の本など1冊も読まずに、相当のレベルまで、事業経営も、損益計算書も、特にバランスシートの読み方も身についたと思っている。

東北各社の経営のやり方は、それぞれ特色があって10社10様であったこと、そのほとんどの経営は順調ではなかったのである。特にバランスシートは経営の悪い会社ほどややこしいことになっているのである。不表現損失、含み損がいっぱい隠れているし、それが即資金繰りに影響してしまうのである。

当時の、売り上げの方法が、委託販売だとか、手形回収してみてもそれが自宅払いの銀行に持ち込めない手形であったり、極端なところは架空売り上げもあったり、実際の教材がいっぱい転がっていたのである。

難しそうに経営を言う人がいるが、経営などそんなにややこしいものではなくて、単純な足し算、引き算だけなのである。貸借対照表などは、そんなに難しいものではなくて、右と左はバランスするように出来ていて、流動資産などと難しそうに言うが、1年以内に現金に替わるであろうものを、現金から順番に並べていて、それが1年以内に支払わねばならぬ流動負債より沢山なければ、払えないのは当たり前の話である。

然し、1年以内に現金にならないものがいっぱいあったりするのである。このあたりのいい代理店、ダメな代理店の現実を一杯見せて頂いたこの1年の経験は、普通のサラリーマンには出会えない貴重な経験であったのである。

この経験は、その後何回も現実に役に立ったのである。後になるほど、対策の金額が大きいだけで、その難しさは大きくても小さくても同じなのである。

36歳のこの年以降、退職するまで、何らかの形でずっと企業経営を現実に担当することになったのは、この年の経験が生きている。

要は『モノを如何に効率よく金に換えるシステムの創造』がモノづくりのメーカーの経営だと思っているが、後半は『モノ』の代わりに『ソフト』を考えたりして、今も続いているのである。

 

★大変な年ではあったが、秋にはマッハⅢが発売されたりして、若い人たちには人気があった。仙台事務所にもそんなユーザーたちが集まるようになって、年末ごろにはそんなユーザーたちを相手のスポーツショップを造りたいと明石に申請し何とか勧める方向になってきた。宮城カワサキの服部君たちと一緒に勧める計画であった。

また年末には、仙台のMFJの佐藤さんが村田町に仙台テクニカルハイランドというモトクロスコースを作ろうと言う計画があってその援助などをやっている。今のヤマハのSUGO菅生の前身なのである。

何となく、ユーザーに対するダイレクトな組織化みたいなものを、このころから夢見ていた。

 

★子供たちは息子が幼稚園で、休みには一緒に魚取りなど結構遊んでやっているのだが、私の母や、家内の両親が遊びに来ても、なかなか時間がとれずに、家内の両親などには子供たちを連れて温泉に行って貰って、その間に二人で羽を伸ばすなど、いい加減な対応だったのである。

このころには年末のボーナスも22万円も、あって、給料ももうちょっとで10万円に届くかどうかと言うところまで上がってきた。

この年に19インチのカラ―テレビを買っているが、定価が179000円を134000円で購入している。先日テレビを買ったが値段は今も同じ様なレベルなのである。

 

★いろいろあったが、この年は何と言っても事業損益が解ったことである。

そういう意味では、人生で一番進歩した1年であったと言えるのかも知れない。

それは、代理店の経営が苦しい時の損益対策や、損益分析であったためで、これが順風満帆の経営であったら、ホントのことは解らなかったに違いない。

 

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カワサキと、岩城滉一と、首藤文彦さん、「カワサキの想い出、そして未来」

2011-02-21 06:26:30 | カワサキ単車の昔話

★昨日このブログのアクセスは1010と1000をオーバーした。

その理由は、何故か『岩城滉一』 『岩城滉一―韓国』などの検索ワードから、『雑感日記、岩城滉一とのお付き合い』にアクセスが集中したのである。

岩城滉一 とカワサキが、どんなお付き合いをしたのかは、そのブログに詳しく書いているのだが、結構長く1991年から96年ごろまで、6年間も親密な関係にあったのである。

 

昨日はexciteのブログに『岩城滉一とのお付き合い』のことに触れているのだが、その中で翡翠之庄の新しいリンクを貼り直していて、

首藤文彦さんのこんなプロフィールサイトに出会ったのである

首藤文彦さん、立派にご成長である。 今は素晴らしい宿坊になっているのだが、私が首藤文彦さんに初めて出会ったのは、まだ今の宿坊の土地を買う前の老舗旅館『大丸旅館』の前で御食事処「川瀬美」を経営していたころ、まだ30歳のころの首藤さんであった。

カワサキと岩城滉一とのお付き合いは、ブログに書いている通りなのだが、なぜそれが首藤文彦さんに結び付くのか?

 ちょっと長くなるかもしれぬが、興味のある方はお付き合い願いたい。

3月4日の、「カワサキの想い出、そして未来」にも繋がっている、カワサキ単車の昔話なのである。

 

★1988年ごろからの10年間は、私にとって現役時代の最後で、結構波乱に飛んだ楽しくオモシロイ時代だったのである。ごく最近の4,5年はその時代をまた思い出して、その頃一緒に頑張った仲間たちとまた出会って、同じようなことをやっているのである。

直入町にサーキットを作るべく、故岩崎茂樹君と二人で、素人が川崎重工としては初めてのサーキットの絵を描いて、今のSPA直入を建設し、

その運営を遊び半分ではいい遊びは出来ないと、「ケイ、スポーツシステム」と言うソフト会社を立ち上げて、ユーザークラブKAZEなどを組織し、カワサキが国内で最高に楽しくオモシロくやっていた時代を演出したのである。

SPA直入の建設案を出したのが、88年3月、着工が89年3月、そして完成したのがが翌年で、金谷秀夫、清原明彦のベテランや宗和、塚本、多田などの現役ライダーたちの先導で、一般ライダーたち4000人が、日本で初めて自分たちのバイクでのサーキット走行を経験したのが1990年の4月15日なのである。

 

★当時、各メーカーは競ってレーサーレプリカ仕様のバイクを販売していたが、サーキットは、どこも一般ユーザーには開放していなかったのである。走る場所を求めて、峠のカーブを走る『峠族』が世の非難の的になっていたころである。

小さくてもいい、一般のライダーたちが自分の車で走れるサーキットを作ろうと、安全性を重視して造られたサーキットは、今までに幸いにして一人の死者も出していない数少ないサーキットなのである。 

コース設計をしたのも、「SPA直入」とベルギーの名門サーキット、スパ·フランコルシャンからのスパと温泉のスパをかけて、名付けたのも博学多才な故岩崎茂樹君なのである。

この建設と、オープン後の運営などのために、頻繁に直入町を訪れていて、その常宿が大丸旅館だったのである。首藤文彦さんのお母さんの大女将には本当にお世話になった。直入町の町長さんにも町のいろんな方にもホントにお世話になったのである。

SPA直入のオープンの当日、『有史以来初めて直入町に4000人の人が集まった』と町長さんは挨拶されたのである。長湯温泉は名湯ではあったが、直入町に観光客などあまり当時は来なかったのである。

 

★首藤文彦さんが、今の翡翠之庄の土地を買ったのが記録によると、SPA直入のオープンの翌年である。そして荒れ地を自分で重機を運転して広大な土地を均していた頃、現場にもよく行ったものである。首藤文彦さんまだ30歳ちょっとのころだった。

立地は大丸旅館とSPA直入との途中の細い坂道を登ったところだったのだが、いま道はそのままなのだろうか? そんな奥まったところだったのだが、宿坊は最初から大きく壮大に造られた。18000坪の敷地に十分見合うものだった。完成して開業したのが92年とある。

初めから立派な旅館だったのだが、翡翠之庄がオープンしてからは、私は大丸旅館の大女将に頼まれてずっと翡翠之庄に出張時は泊っていたのである。大女将にとっては末っ子が可愛くて、また心配だったのだと思う。

岩城滉一がカワサキに出入りして、バイクのレースやジェットスキーに熱中していたのは、ちょうどこの時期なのである。

首藤文彦さんのプロフィールの中にはこんな記述もある。『JJSBA公認ジェットスキープロチーム「チームカワセミ」結成、監督となる。』
直入町には、芹川ダムもあって、ここはジェットスキーのゲレンデとしても、使用していて、岩城滉一や清水宏次郎にとって直入町は絶好の遊び場所でもあり、そこを訪れるたびに泊っていたのが翡翠之庄なのである。首藤さんとも仲良くなって、確か首藤さんは芹川ダムの方の土地を幾らか岩城滉一にあげたとかいう話も聞いた。『土地を?』と言ったら『この辺の土地など、都会とは違いますからね』と笑っていた。

確かに、翡翠之庄は買い足して今は3万坪と書いてあるが、土地など幾らでもあるのである。

SPA直入を造った土地も元々、川重がZ1を開発するためのテストコースとして、本格的な大きなものを作るために土地だけは購入していたものである。そんな目的で買った土地だが建設する前にZ1は完成してしまって、そのまま放置されていたのである。土地を買う時の条件に約束していた地元の人たちの雇用問題などもあって直入町ともぎくしゃくしていたのである。

今のSPA直入はその10分の1ぐらいの場所を使って造っているもので、直入町との関係も完成後はいい関係に転じたのである。

 

★長くカワサキの二輪事業を担当したのだが、岩城滉一とお付き合いをしたこの6年間がカワサキの国内販売にとっても、私にとっても一番輝かしい時代であった。

二輪もジェットスキーも、商品に恵まれて7万台の大目標を達成している。

93年夏の鈴鹿では岩城率いる月木レーシングが4耐優勝、伝統の鈴鹿8時間耐久ではカワサキが初めて優勝を成し遂げているのである。当時のモータースポーツ部長が故岩崎茂樹君である。

 

ずっと昔の1975年当時、絶好調のアメリカ市場で、掲げられた

Kawasaki. Let the good times roll ! という基本コンセプトは、その後消えていたのだが、

この時期の絶好調の国内市場で、復活したのである。そして当時の事業本部長の高橋鉄郎さんがカワサキの事業展開の理念として全世界展開を図られたのである。

 

『カワサキに出会う人たちがハッピーになるようなそんな活動をずっと続けて行こう』という精神を受け継いで、

『異種、異質、異地域をみんな繋いで楽しい時を過ごそう』と

いま、私たちNPO 法人The Good Times はもっと広い範囲での活動展開を企図しているのである。

 その中心になっているメンバーは当時のKAZEやSPA直入や、岩城滉一とのお付き合いを担当してくれたタッチャんなどのメンバーなのである。

さらに言えば、NPOの事務局長をしてくれているカバン屋さんは、故岩崎茂樹君のご縁でブログのコメントで繋がったのである。

今日カバン屋さんに貼ってあるリンクは、いつものカバン屋さんではなくて、『あるZ1の物語』、今度の3月4日の工場見学の際、歴史車館で観るこの出来るZ1の物語なのである。

 

★今回、平井稔男さんが、主催する『カワサキの想い出、そして未来』も参加者全員がNPOのメンバーだし、後援はこのNPOなのである。

平井さんは、ご自身のブログ、Team Green の中で連載で綴っている。是非ご一読を。

集うメンバーたちも、高橋鉄郎さんをはじめ、みんないろんなところで繋がっているメンバーなのである。

若し、岩城滉一や首藤文彦さんが出席されても、顔見知りがいっぱいなのである。

そのイベントも、もうすぐそこに近づいた、そんな時期に『岩城滉一』の検索で、沢山のアクセスがあったのも何かのご縁なのである。

 SPA直入、 それは私にとって特別の想いのある場所なのである。

 

★これは全然違う話だが、SPA直入の運営を地元で長く担当してくれたのは、樋渡くんである。 彼は佐賀県の出身である。『樋渡』は佐賀に多い苗字なのだろうか?

もう何年か前に、武雄の樋渡さんが武雄と九州の温泉を結ぼうとされたことがある。その時長湯温泉を推薦したことがあるのだが、

今回首藤文彦さんのその後の活躍ぶりを見て、ブルを自分で運転して 山を切り開いていた頃の、エネルギーはそのままに、一直線に成長なさっている。

樋渡さんと繋がれば、面白いなと思っている。

 

『「はじめに母ありき」「自伝・くたみ伝説」執筆中』 ともあった。 

ずっとシイタケなども送って頂いていた大丸旅館の大女将、首藤文彦さんのお母さん、お世話になった。あれからもう20年にもなった。どうしておられるのか?町長さんも。

いつか機会があれば、訪ねてみたい直入の町である。

 

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最近の大変なこと

2011-02-20 06:42:50 | 発想$感想

★世のなかいろいろと大変である。

人それぞれ、大変さは違うのだろうが、世界で今大変なのはエジプトなどイスラム国の民主化の動きが一番なのだろう。

エジプトあたりは何となくその名前も場所も解っていたが、名前は兎も角その場所など解らぬようないろんな国が一斉に独裁政権に対しての抗議行動を開始した。

これは大きな波になりそうである。

何十年も続いた独裁が、民衆の抗議で崩壊する様は凄まじい。 そのベースにインターネットのツイッターやFacebookなどがあったりするのを見ると、どうもそのあたりは日本より進んでいるのではと思ってしまう。

イスラム国と言うことが共通項なのだが、実際にどんな形の連携があるのだろうか?

よく解ってはいないが、これは大変なな出来事なのだと言うことはよく解る。

アメリカはやはり大変関係があるような対応だが、日本にとっては直接どんな影響があるのだろう。

 

★日本で、いま一番大変な人は、菅直人さんであることは間違いないと思う。 これはご本人の立場になってみないとその大変さは解らないだろう。

この菅さんの大変さを、身体を張って援ける民主党の政治家は誰かいるのだろうか?

どうもみんな流れを読んで、自らの対応ばかりを考えている様な気がしてならない。

小沢一郎さんも追い込まれて大変なのだろうが、この人には恩義を感じて、自分を犠牲にしても菅さんなど民主党執行部に対抗しようと言う勢力があることは間違いない。

今でもこんな状況だから、春の選挙や法案成立させるまでの期間が少なくなれば、さらにいろんな動きがあるのだろう。

 

政治家の人たちにとっては、解散は大変なことなのだろうがこれはあくまでも個人レベルの話である。予算が通らなかったら『国民生活にも大変な影響』などとはよく言われるのだが、どれくらい大変なのであろうか?

100年に一度の危機などとつい最近も言っていたが、終戦後の混乱などに比べたら大変さのレベルが全く違うのである。

今の日本に少々のことが起こっても、大したことはないのだと思っている。

もっと世のなかの流れを読んで、『国のため』に基本的な『政治の構造改革』がやれるリーダーの出現を望みたい。そんなリーダーの資質を持った人はどこかに居るはずだと思っている。

 

★大阪の橋下さんにしても、東国原さんにしても、タレント時代に、政治家になってこんなに成果を上げるなど、誰も想定していなかったのである。

今の国会議員たちも、いやしくも政治家を目指した人たちだから、優秀な人はいて当然なのである。

目先の人気や、弁舌や、風貌などではなくて、本当に国のために身を捨てる『想いのある人』が何人もいるはずだと思っている。

国会議員のトップや、トップ近くにいる人たちではなくて、もっと下の方にそんな人が埋もれているのではないかと思うのである。

今の何か年功序列型の政治構造を見ていると、議員の経験を多く重ねるうちにいいものがだんだん無くなってしまうのではないだろうか?

今の制度では、国会議員の中からしか、総理は選べないのだが、思いきって『30代の中から兎に角総理を選ぶ』と言うようなことができないのだろうか?

なまじっか、経験などない純粋な人の方がいいのだと思う。

前原さんにしても、前回辞任した前の前原さんの方が歯切れもよかったし迫力もあった。

国会議員に限って言えば、だんだん経験を積むに比例して、ダメになっていくような気がしてならないのである。

 

また、民主党の中では、20人の推薦人も集まらなかったような河村さんが、民主党、自民党を相手に圧倒的な勝利を収めたりするのである。

如何に今の政治のやり方や判断が、一般の世のなかの常識から乖離しているかの証明みたいな出来事なのである。

 

★世界は、連動して動く時代になった。一昔前に比べて一国のリーダーの果たす役割は大きくなった。

総理大臣の椅子にただひたすらにしがみつくような総理はもうゴメンなのである。

個人を超えて、党利を超えて、いま国民の多くは、解散総選挙を望んでいるのなら『解散総選挙に踏み切って見るような』単純な素人の発想のようなリーダーが欲しいのである。

今は、いろいろ言っているが、みんな自分大事、党が大事の人ばかりである。

あまりそうは思わないのが、若い人だと思うのだが。

少々、素人的で粗っぽいのだが、ホントに大変な時は、『素人の常識』の方が当たっていることも多いものである。

 

日本の大変さなど、『シレテイル』  大したことはないと思っているのだが。

年金生活者で、別に大したこともしていない私でも、云わしてもらえば『今週は大変』なのである。 

まあ、いろんな大変さも、それに近いレベルの大変さだと割り切った方がいい。 ちょっと言い過ぎかな?

 

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2月は逃げる、あと1週間忙しくなってきた

2011-02-19 07:31:57 | 日常生活、園芸、バラ

★昔から、『2月は逃げる』などと言う。

ホントについ最近、2月になったと思ったのに、カレンダーを見るともうあと1週間を残すようなことになってきた。

3月の第1週の週末から。

3月4日は、『カワサキの想い出、そして未来』 の工場見学会、トークセッション、夜はホテルでパーティ―

3月5日は、カワサキワールドの見学会

3月6日は、NPO The Good Times の午前中は理事会、午後はこのNPOがテーマの講演会の講師を頼まれている。

 

★3月4日のイベントには川崎重工の現役トップ、二輪部門のプレジデント、高田さんも出て頂けることになっているのだが、thiraiさんに頼まれて昨日の朝、電話をしてみたのである。

電話をして、よかった。どこでもそうだがなかなか上には伝わらないものである。

大体、NPO法人 The Good Times を説明するだけでもややこしいのに、初めは20人ぐらいとか言ってたのに、少々格好がついたので元々NPOの会員さんであり、レース仲間でもある高橋さん(元川重副社長)や田崎さん(元川重社長)も出席するなどとなると、現役諸君は大変なのである。

高田さんは、その日は東京に用事があって、普通では夜しか出席できないらしい。

夜のパ―ティーは理屈から言えば、NPOの会員さんの親睦会だから、川崎重工としては、昼の工場見学が本番なのである。

この辺の調整は、下からではなかなか難しい。そんなことで電話を頼まれたのである。東京の予定を切り詰めて工場見学に間に合うように戻ってくるようにすると言って頂いて、これで1件落着である。昼に挨拶されておれば、夜は気軽に出席だけされたら、喋るとしても軽いテーブルスピーチで大丈夫である。

 

★年月が経つと現役諸君も顔見知りは上の方ばかりになるので、困ってしまうことがよくある。大したことでなくても、下から順番に行くとどこかの関所で引っかかると大変なのである。そんなことはよく解っているのだが、なかなか世の中、難しいものである。関係された現役の方、本当にありがとうございました。お手数掛けました。

どこに電話すればいいのか解らずに、104で聞いて掛けたら総務に繋がった。『OBの古谷ですが、高田さんに』と言ったら、『○○です。ご無沙汰しています』と言っていただいて、ほっとしたのである。不思議なもので少々職位が高くても若いころから知っている人は、そんなにエライとも思わないのだが、逆に知らない人は、『声のトーンが和らぐまでは』何となく、こちらも気が貼るものである。

高田さんとの電話の後、メールアドレスを聞いて、この会の立ちあがった経緯や、コンセプトや現状について、さらにメールで詳しく送っておいた。それを書きあげるのに、午前中掛ってしまった。なかなか、初めての人に説明するのは、当人の私ですら、難しいのである。

 

今回の会合は、簡単に言えば、NPOの会員さんのうち二輪に関心のある人たちの集まりなのだが、カワサキファンが多いのは当然だが、そればかりではないのである。NPOの会員さんの中で二輪に関心のある人、とりわけカワサキに関心のある人は多いのだが、カワサキ一辺倒ではないのである。

その辺を配慮して『カワサキの想い出、そして未来』とイベント名も『そして未来』とつけて苦労しているのである。

カワサキの現役の技術本部長も商品企画部長も参加だが、職位で言うとそうなのだが、NPOの会員の仲間としての参加だし、『ひょこむ』のハンドルネームで言うと『胡蝶』さんと『フルパワー』さんだから、われわれのSNS仲間から言うと、『ああ、あの人か』と言うことになるのだが、現実の話になると、そんなハンドルネームでは通用しないのである。

山本隆君でも、ネット仲間は『60おじさん』と気安く付き合っているが、山本隆がヴィンテージモトクロスに出るとなると、一緒に走ってみたいと関東からわざわざ三木まで来たりする熱狂的なファンもおられるのである。 その方は今回も当然のように、出席なのである。

これくらいは、よく解るのだが、太一ちゃんのところにも、吉田純ちゃんのところにも、佐々木やたおさんのとこにも、勤めたことのある貴島さんは、チームグリーン監督の平井稔男のサインが欲しくて、当日では貰えないかも知れないからとツイ先日、平井さんのところを訪れて、山ほどのものにサインをしてもらったようである。平井さん、そんなに人気があるとは知らなかった。サインなど出来たのだろうか?

 

★だんだん、大げさなことになってきたので、当日のぶっつけ本番もダメかなと、平井さんから2回目の打ち合わせをしたいと電話があった。来週また、半日どこかで潰れることになる。

今回は総合司会を会員のはっぴいえんどさんにやって貰うので、それなりにちゃんとした打ち合わせも要るのだろう。

 

これに続く、三木での講演会の方もある意味大変なのである。

若いころから大勢の前で話す機会は多かったが、原稿など書いたことがない。

ただ、今までの場合は、聴衆が500人いても、その人たちがどんな人で、何を聞きたがっているのか、何をしゃべれば満足するのかが解っている、販売店や身うちの会社の関係者や、学校の生徒など、相手が想定できることが多かった。

3月6日にある、kwakkyさんに頼まれた講演会は、この町の地域協議会の主催で、今後続くであろう講演会の第1回の講師なのである。

どんな人が集まるのか、当日その時まで不明なのである。

これも来週中にやらねばならないのである。

 

2月は逃げると言う。今年の2月は特にその感が強い。 多分来週も、バタバタしているうちに、3月に入ってしまうのだろう。

 

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別冊MOTOR CYCLIST

2011-02-17 10:55:28 | カワサキワールド

★突然、別冊MORTOR CYCLIST が送られてきた。

50年ほど前、バイク雑誌は、オートバイ誌とモーターサイクリストの2誌だけであった。ロードインプレッションに来るライダーは横内一馬さん、大久保力さんという業界の大物がそれぞれ専属で、当時広告宣伝を担当していたので、この二つの雑誌は懐かしい。

先日、『神戸木ノ実の創立50周年を祝う会』に出席した際に、八重洲出版の方も来られていて、名刺交換などしたものだから、お送りいただいたのだと思う。50年も二輪車に関係する人たちとゆきあってはいるのだが、私自身はハードについては皆目ダメだし、殆ど何も解っていないのである。こんな専門誌に書かれる技術的な文章は、お経を読んでいるのと同じくらい解らないのである。

ただ、二輪の持つカッコよさとか、ライダーたちの行動とか、その他いろいろ二輪に関係する人たちは、何故か大好きなのである。

せっかく送っていただいたので、写真で紹介して、ツイッターやFacebookにも載せて貰おうと思って、ブログに書いている。

私の解る範囲のコメントを載せておく。

世界の耐久レースに君臨していたKawasaki France のマシンなのだろう。 マシンについては解らぬが、Kawasaki France チームのオーナー遠藤さん、遠ちゃんはよく知っているし、Kawasaki France が鈴鹿8耐にエントリーした時は、国内のKAZEなどでスポンサーを引き受けたりした。当時の世界耐久王者をしても、鈴鹿の高速8耐には対応できなかったのか、いい成績は残せなかったのだがーーー。

裏表紙は、今回新発売のW-800の広告である。 今年の国内のニューモデルで期待されている。

W1と言えば、私などはまだチェンジとブレーキが逆についていた頃のW1や、それが普通になったW1Sの時代が懐かしい。大阪のSEMBAさんがまだカワサキの主力店だったころである、そんなお付き合いで、今でもNPO The Good Times の団体会員に最初の段階からお付き合いいただいているのである。

その開発のストーリーや開発者なのだが、殆ど解らない。赤松君、KMJの赤松君なのかな?

こちらはZ1000、この人たちの中で解るのは、顔が半分切れてしまった古橋賢一さんだけ。

先日こんなことでお会いした。バイクも好きだミニSLも、それ以上にお好きなのである。

 これがその時乗ってきてたZ1000である。神戸のPROSHOP KIYO キヨさんの店で買ったとか。

古橋さん、3月4日の『カワサキの想い出、そして未来』には、NPO 会員として出席される。そう言えば、サイクリストの記者さんも来られるはずである。

93年鈴鹿8耐、ITOHAM のこのマシンは、懐かしい。長い8耐の歴史の中でカワサキが優勝したのはこの年1回だけなのである。

故岩崎茂樹君がKHIのモーター―スポーツ部長の時である。私自身も伊藤ハムとのスポンサードや、優勝後の広報など、その真ん中で頑張っていた時代である。

 つい先日、1月29日にグリーンピア三木で行われた、『神戸木ノ実レーシング50周年を祝う会』の記念撮影写真だが、片山義美さん自身はカワサキとの契約は一度もなかったのだが、カワサキのレーススタートの時期には、色濃く関係していたし、明石工場にもしょっちゅう出入りしていた。

歳森、山本が契約ライダーであったし、ロードをやる時に金谷もジョインした。カワサキのGP125の開発には、いろいろと援助してくれたのである。

この写真の一番前列は、ほとんどがカワサキのファクトリー契約のあったライダーたちである。

そんなことで、この写真の一番左に立っている平井稔男さんが主催する『カワサキの想い出、そして未来』にも出席する人は多い。

このときはいなかったが歳森康師や、スズキの吉村太一BSの田中隆造さんも出席、カワサキコンバットの安良岡、岡部、星野、金子などの東京組が今検討中なのである。

 編集後記に載っている写真が、『カワサキの想い出、そして未来』の昼の部、工場見学の時のコースの中に入れてくれている歴史車が並んでいる展示室である。

工場見学は、50名では入りきれずに、工場側に無理を頼んで60名まで枠を広げて貰ったのだが、もう一杯になったのだろうか? 090-9627-5524 は平井さんの携帯に掛けたら現状が解るはずである。

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樋渡さんのお陰で、明石市役所と繋がりました。

2011-02-16 14:12:44 | 素浪人&樋渡啓祐氏

★こんな事があるのです。 これが現代のネット社会なのです。

パソコンが使えても、ブログも、SNSも、ツイッターも、Facebookもおやりにならない方たちには、『ホントか?』と思われるような出来事なのですが、

こんな話が、固い、固いと思われている市役所との間で、現実に起こっている出来事なのです。

武雄市の仲介みたいな形で、明石市とNPO The Good Times が繋がるかも知れません。

 

事の発端は、一昨日、2月15日の午後3時ごろの話なのですが、

その時には何の関係もなかった人たちが、2月17日、今日の午後3時半から集まって会議をしようかと言うことになっているのです。

会議の場所は明石市役所の会議室、集まるメンバーは明石市役所情報管理課の課長さん以下と、

そして『Award Press明石 』というシステムを開発されている 『NPO法人明石インターネットパワーズ』の方たちです。

こちらは、私と副理事長のタッちゃんと、アシスタントのbunCさんに声をかけています。

 

★なぜ、そんなことになったのか? その経緯はこんなことなのです。

●3月15日の午後、ツイッターを眺めていたら、こんなつぶやきが目に留りました。

taketake9833 ツイッター・SNSを行政に活用した先駆者・佐賀県武雄市の樋渡市長の講演をやっています。興味ある方はどうぞ。 ( #hnmak live at http://ustre.am/sf6p)
about 19 hours ago Ustream.TVから あなたと2人がリツイート 』  

これがスタートです。

●直ぐこのトークセッションを観たのですが、それは終わる寸前でした。最後の質問にツイッターのフォロワーの話があって、樋渡さんがご自身のツイッターのフォロワーの1万人の話の中で、『三木の77歳の雑感日記さんーーー』という紹介があったりしてビックリしたのですが、このトークセッションは淡路で行われてはいたのですが、明石市役所の主催のようで、情報管理課の課長さんが締めの挨拶などなさっていました。

●明石は私の故郷でもあり、興味、関心もあったので、まず広報課に電話して、この件の担当などを聞いてみたのです。広報の方からはAward Press 明石の話なども伺って、さらにその担当部門の方と、1時間近く喋っていました。明石のいろいろなこと、私の昔話にもちゃんと付いてこられて結構楽しい会話でありました。

●Taketake9833さんは、私たちNPO The Good Times の会員さんで、e-音楽@みき の主催者です。ネットにも詳しくて、ツイッターもFacebookもやっています。Facebookではこの件について、私とのやりとりもありましたが、翌日は樋渡市長の講演の様子をこんな風に、纏めています

 

★一夜明けてこれからは翌日の話です。

●私は、もう一つのブログのexcite に『昨日はなかなかオモシロかった』と言う題でブログを発信しています。

その前段は三木の椅子の話なのですが、後段は樋渡さんや明石市役所の話なのです。

●樋渡さんは流石です。この私のブログにアクセスされて、コメントを頂きました。

『樋渡さん、有難うございます。明石市は私の故郷です。樋渡さんのお陰で、明石市役所と繋がりそうです。昨日司会をされていた課長さんとも電話で今朝お話しできました。2,3日中に明石市に伺うことになると思います。NPOの会員さんのつぶやきからひょんなことになるものです。上手く動きかけたらまたご報告します。
本当に有難うございました。』 と私は返事をしています。これが午前中の話です。

●そして、ホントに現実の話になりました。午後になって明石市役所の方から『明日の午後3時半から分庁舎の会議室で』と言う連絡が入りました。それが今日のミーテングです。

今日のミーテングに出られる方は、みんな初顔合わせです。 話の内容は結構高度で説明はなかなか難しいと思います。

NPO法人The Good Times だけでも難しいのに、その仕組みの説明がどのくらい出来るでしょうか?

明石の市役所の担当の方に、私が説明資料をブログに書いておきますから、それを投影して観れるようにご準備出来ますか? OKの返事が来たので、このブログを書いています。 このブログは、今日使う会議資料そのものなのです。

こんなスピードで、世の中は動いています。

私の故郷、明石市はいいところなのですが、最近はおかしなニュースばかりで有名になっていたのですが、この反応の速さは、なかなかです。樋渡さんを、ツイッターで講師にお呼びする感性がいいと思っています。

 

 

ここから先は、詳しくなりますので興味のある方だけお読みください。

 

こんなトークセッションに出席していない私がなぜこんな写真を??

武雄市では、こんな形でもうニュースとして情報発信されているのです

その情報を捉まえているNPOの会員さんも相当なものですしーーーー。

とにかく世のなかのスピードは、先頭グループは、このレベルなのです。

 

★樋渡さんのお陰で、明石市役所と繋がりました。樋渡さんはツイッターに呼応されてトークセッションに出席されたようですが、そんな身軽さがネットのよさですね。

私の方も、お陰さまで直ぐ繋がって、具体的な動きになりました。今日の会議までは漕ぎつけましたが、今から具体的な展開になるかどうかは、ご縁があるかどうかです。

NPO法人 The Good Times の今年の目標は、『新しい公共』ですから、三木社会福祉協議会や三木労音、e-音楽@みき に次いで、

『明石市役所、 Award Press 明石』との活動ができればいいなと思っています。

3月4日に明石を舞台に展開する『カワサキの想い出、そして未来』 も新しい公共のの一環としてのNPO The Good Times の活動イベントなのです。

 

★NPO The Good Times は、一言で言えば、『システムそのものなのです』

ブログや、ツイッターや、Facebookなどと同じ『システム』ですから、 NPO法人自体は何もしません。

個人会員さんや団体会員さんが、如何に上手にこのシステムを使いこなすかにかかっています。

非常によく出来たシステムで、個人商店でも、グループでも、上場企業でも、行政でも、単独でおやりになるよりはこのシステムを使われる方が数段上手く機能します。

NPO法人=非営利活動法人ですから、その利点を最大限利用しています。使っている仕組みは全てネット関係ですから全て無料です。従ってNPO法人の月間経費は殆ど発生しないのです。

『異種、異質、異地域をみんな繋いで楽しい時を過ごそう』が基本コンセプトです。

その繋ぐ道具として根幹になっているのは、『個人会員』さんです。

その個人会員のカードがこれです。 入会金1000円、年会費は頂きません。1000円で終身会員です。

個人会員がこのシステムの根幹をなしています。

団体、グループ会員は、入会金1万円です。個人商店も大企業でも1万円。明石市役所が参加されても1万円です。

 

個人会員は入会金1000円ですが、100人で10万円、1000人で100万円、1万人で1000万円、10万人なら1億円です。

そんなに集まる? とお考えでしょうが年会費3000円のカワサキのKAZEでも、最盛期55000人集まりました。

仮にお金が集まってみても、NPO法人は配当など出来ませんから、そのお金は一生懸命活動されたところにお返ししようと言う仕組みになっています。

 

その他に基本的にいま使っているシステムは

NPO  The Good Times のホームページです。

NPO The Good Times の公式ツイッターです。 現在のフォロワーは125000人。今年中に15万人は超えるでしょう。20万人になるかも知れません。

このフォロワーの数は、このNPOの情報発信力を表しています。会員さんのブログでも、ツイッターでも『いい情報』は直ぐリツイートします。昨日のトークセッションも、会員さんがつぶやいたので直ぐ『リツイート』されています。このブログも毎日『リツイート』しています。

●団体会員さんの商売上のつぶやきも『いいニュース』は『リツイート』しますので大いに役立っていると思います。

会員さんの発信するブログ集です。 個人会員と団体会員とに分けて、自動的に新しいものから並びます。

●それをタンブラーで写真も入れて編集したのが、The Good Times Tumblr です。

●ツイッターも、団体会員さんと、個人会員さんに分けて、on time で並びます。

●最近始めたFacebookのThe Good Times のファンページです。

●『カワサキの想い出、そして未来』という3月4日、川重明石工場とキャッスルプラザ、カワサキワールドを舞台に繰り広げるイベントもFacebook で紹介しています。このイベントの主催をしているのは団体会員さんで、NPO The Good Times のシステムや会員さんが応援して、成立しているのです。

 

 ★3月6日には三木市の地域協議会の講演会と言う催しの中で

『NPO 法人 The Good Times 』についての講演会があるのですが、まだ考えている最中ですが、

このブログなどもその原稿の一つにはなるかも知れません。

 

私たちの仲間の特徴は、いろんなネットを通じて、なんとなくゆるく繋がっていることです。いろんな会員の方や仲間が、『いま何してる』と言うのが解っているのが強みです。

特に関係があるわけではないのですが、武雄市の樋渡市長は昨日は奈良で講演だったと言うのは解っていますし、

一番新しいブログではこんなことを言っておられます。 『講演が人を変える』 と。

 

ちなみに、このブログ雑感日記は、『たけおのブログ&Twitter』の中で毎日掲載されていて、ベスト20の中に入っていますので毎日武雄の方からのアクセスがあるのです。

『タケタク』さんは武雄の観光タクシーさんですが、NPOの団体会員さんでもあります。そんなことで武雄とも何となく毎日、繋がっているのです。

私の生まれ故郷、本籍の明石とも繋がれば、と思っています。

 

NPO法人 The Good Times  はこんなシステムなのです。

これをどのようにお使いになるかは、使う方の選択ですが、既に出来上がっている『Award Press明石』 などと言う、いいシステムを上手にお使いになれば、今の何百倍に機能するはずです。

目標は少し大きく 『10万人の明石のネットワーク』 ぐらい狙われてはいかがですか?  十分可能性があります。

 

 

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昭和43年(1968年)35才 東北2年目絶好調?

2011-02-16 06:47:41 | 自分史

★昨日、雪道の走行のことで、東北時代の車の運転、特に雪道走行のことを書いたのだが、1年を通じて東北6県を車を駆って走り続けていた。

冬の雪道もものともせず、何百キロの道を走り続けていたのである。

各県の主たる都市に代理店はあったのだが、さらにその先のサブ店と当時は言っていた販売店まで足を運んでいたので、東北の道は、東北の人より詳しいはずである。

当時の販売方法は、各地にあるサブ店、販売店と言っても自転車屋さんで、資金力はないので商品の委託販売が一般的であった。如何に多くの店にバイクを委託できるかが勝負みたいな不思議な販売方法で、実際に車が売れるのは委託商品にお客が付いてからである。客に商品が渡っても直ぐに金が入るわけでもなくて、それから何ヶ月かの分割販売になるのである。

そんなサブ店が結構威張っていて『サブ殿様のデーラー乞食』などと言われていた時代なのである。

タテが200キロ、ヨコが100キロの岩手県をはじめ、面積だけは日本でも大県が揃っている東北6県は、なかなか走りでがあって、月のうちほとんどを出張で過ごしていた、そんな1年であった。

 

★90ccのスポーツ車まがいのものがニューモデルで出たとはいえ、まだまだ実用車がメインの時代で、この年の東北6県の販売計画は年間9000台、カワサキの中ではトップ、関東圏よりも販売台数は多かったのである。

文字通りの主力市場で、この年の全国の販売台数の金賞が岩手カワサキ、銅賞が福島オートと秋田カワサキと4賞のうち3賞を独占したような好成績だったのである。

直営所と言われた西の地域などが元気がないなかで、東北だけは意気軒高で、別世界のような様相を呈していた。

担当していたのは、営業など新米の所長の私とサ―ビスから転じた宇田川君、同じく経理から来た石塚、中茎の営業素人集団ではあったが、元気だけはなかなかよかったのである。

前年度は、事務所もなくて宮城カワサキの中に机を置かせてもらっての仮住まいであったが、前年秋に土地を買い、倉庫兼事務所を建てて、この年の5月にめでたく自分の事務所を持つことになったのである。

今の仙台の事務所の場所である。

この事務所の土地も、業者からは5000坪ほどどうですか?と勧められたのである。川崎航空機なら5000坪でも買う理由が出来る。一般の会社は買おうにもその理由がなかなかない。買ってから転売すれば儲かること請け合いと言うのである。 然し本社は300坪にこだわるものだから今のような斜めの土地になったのである。

新事務所には、宮城カワサキのサービス部門の服部君(服部カワサキ前社長)以下サービス部門も移ってきた。このグループはサービスの仕事も出来たが、同時に熱心なモトクロスチームでもあったのである。そんなわけで、私の前職ファクトリーチームにはまだまだ顔も効いたたので、いろいろと面倒を見て上げたのである。こんな貸しが40年経った今でも効いていて、服部君からは、サクランボやおコメなど毎年送って頂いて恐縮しているのである。

 

★東北各地でレースは盛んだったので、明石のライダーたちはしょっちゅう競って東北にやってきた。

山本、歳森、星野、岡部、梅津とカワサキモトクロスの全盛期であったし、走れば優勝と言うような状況だったから、各代理店の社長さんたちも競って招待し、現地に来た時の待遇は抜群によかったようである。

白バイも各県ともまだメグロが主力に時代で、前年度に続いて各県の白バイ隊員に対しての走行講習を山本隆君が講義と実技を行ったりしているのである。

この年の第5回MFJモトクロス日本グランプリは、札幌の手稲のコースで8月11日に行われたのだが、このレースを観るために?その日に合わせて北海道と東北の合同代理店ブロック会を定山渓で行って、それに出席の名目で、仙台事務所の所員全員が仙台から札幌まで車で出かけたのである。

下北半島を走ったのはこの時だし、本州の北の果て大間にカワサキの販売店があったのは感激であった。大間からフェリーで函館、そこからまた札幌まで、仙台札幌は2000キロである。

日本グランプリの成績は、90cc星野一義、125cc山本隆、とカワサキが優勝、250ccはヤマハの鈴木忠雄であった。

このレースの帰りは登別温泉の大浴場で文字通りの混浴を楽しんだりしたのである。まだそんなよき時代であった。

この年のMFJ最優秀選手には山本隆君が選ばれて、ご褒美にヨーロッパ視察に行くことになるのだが、、東北の社長さん方から5万円の餞別を贈っている。これは私は忘れてしまっていたが、日記にそう書いている。当時5万円はまだまだ値打ちであった。60おじさん覚えているのだろうか?

 

★こんな年だったのだが、家庭では長男がようやく幼稚園に入園している。月のうちほとんどを出張で、家内は独り子育てで大変だったのだと思うが、帰ってきて日曜日などの家庭サ-ビスには、本当に喜んでくれているし、たまに戻るので、気持ちとしては新鮮であった。新婚生活が続いていたような感じである。

近くに、親戚などもいない、まさに独立の家庭であった。

私は遊びやスポーツでは、長男などはずっと付き合ってやったのだが、幼稚園も、小学校のときも父兄参観などは娘も含めてただの一度も行ったことはない。子供のスポーツのことではよく学校を覗いたが、勉強のことは一切構ったことも関心を持ったこともない。学校の成績などそんなに大したことではない。勉強などやりたければ卒業してからでも、幾らでも出来ると今でもそう思っている。子供の資質以上に学問の成績を求めるのは酷だと思っている。逆にスポーツなどの世界は鍛えたら、これは伸びると思っているので、勉強はほどほどにスポーツは確りと思っている。少し偏見かな。

当時の日記に、子供の教育に親がかまい過ぎる、子供の世界があるのだから、放っておけば自然に成長するなどと書いている。高校も大学も就職も、もちろん結婚も、息子の場合は一度も相談に乗っていない。小学校の時に一緒に釣りなどにはよく行ったのだが、その時『男の子は自分のことは自分で決めろ』と言ったのが効きすぎたのかもしれない。娘の就職だけはちょっと面倒をみたのである。

前年貰ってきた柴のシロが5月に仔犬を生んでいる。石塚君が1匹、貰ってくれている。石塚君とは犬ではご縁があってTom Love という夫婦の柴が生んだ子も貰ってくれたのだが、まだ健在なのだろうか?Loveは16年生きたが昨年の今頃亡くなった。

石塚君も当時は新婚で確か12月25日に女の赤ちゃんが生まれている。みんな若くて元気な時代であった。

 

★この年35歳である。

代理店の社長さんがたは、ずっと年上だったし佐藤農機の社長さんなどは父親みたいな年の方だった。川重の方ならご存知のKMGの社長をしていた佐藤君のお父さんである。

そんな代理店の経験豊かな社長さんがたが相手なのだが、各代理店が開催する販売店会議などでは、私はメーカーの所長として主賓の挨拶をしなければならぬし、結構地位的に偉くなくてはならないのである。

背伸びもいいところであったが、このころのそんな経験で100人以上の前で挨拶をすることにも慣れたし、少々のことには驚かなくなってしまった。

人間、別に年をとったからと言って、そんなに成長するものでもない。若くても経験などなくてもちゃんと出来るものだと思うようになったのはこのころの自分のことでそう思うのである。

その後いろんな人と、いろんなところで、いろんな年代の人と付き合うことになるのだが、年が若いからと言って差をつけたりしたことは一切ない。

歳や学歴や職位などとは一切関係なく、『人を見る』習慣は今も身についているのである。

これはこのころ、東北の社長さん達が35歳の若輩を年に関係なく立ててくださった有難さを身に滲みて感じているからかもしれない。

 

いろんな経験をした。

この年の5月16日、東北の大地震であった。盛岡から八戸に向かう途中の車の中であった。明石からの中村治道さんと前田祐作さんを乗せていた。

ものすごい揺れだった。直ぐ何百メートル前の道が崩れてなくなってしまった。私にとっては阪神大震災よりも大きな地震であった。

昭和43年、そんな年だったのである。

 

標題に『絶好調?』と?をつけたのは、表面絶好調ではあったのだが、ホントはそうではなかったのかもーーーと言うことで。

 

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雪道走行で思うこと

2011-02-15 06:53:18 | 日常生活、園芸、バラ

★関西では珍しく雪になった。

家の前の道がこんな状況である。

 

このあたりの道に雪が積もること自体が珍しい。

関西で雪道になると、雪国の数倍危険度は増す。

車など、運転しないことである。

 

★私自身は、車の運転は好きである。

特に、雪道の運転は好きなのだが、関西では出来る限り運転しないことにしている。

雪道は大丈夫なのだが、雪よりも一般の車の方が怖いのである。

車自体の装備が雪道に対応していないし、それ以上に雪道を走ったことがないと言うよりは、クルマの特性を理解していない運転者が一般的なので雪道などには対応できないと、思ってしまうのである。

こんな雪が降ったので、『雪道の運転』、と言うより、ずっと思っている『車の運転』についての私の見解を述べてみたい。

間違いなく、クルマの安全運転に寄与するはずである。

 

 

★私が車の運転免許を取った1960年代、私の周囲には二輪のレースライダーがいっぱいいた。

特に、モトクロスの全日本チャンピオン山本隆君や、日本一速い男と言われた星野一義君が私の先生で、免許を取ってきた私にいろいろと、レーステクニックを伝授してくれたのである。

サーキットを走るレーシングテクニックは、間違いなく合理的な安全運転テクニックで、『ダブルクラッチやヒールアンドトウ』と言うような高度なテクニックは兎も角、カーブに入る時の『スローインファーストアウト』や、カーブを曲がる際の走行軌道『アウトインアウト』などは、一般走行でも間違いなく役に立つし、クルマを安定して走らせるためのMUST条件なのである。

『スローインファーストアウト』の実現に通じる『ブレーキング』は、

必ずカーブに入る前の『直線上で』前輪がまっ直ぐな状況の時に、『カーブに入ったらアクセルが踏みこんでイケルスピードまでに落とすこ』と、これ一つ守っていても、公道走行に安全なのである。

 

★理論家で、講釈師と言われている山本隆君、60おじさんの車の運転理論は、私の運転技術に大いに役に立ったし、特に雪道走行で素晴らしい効果を発揮したのである。

1960年代に4年間東北の道を、冬も夏も毎日のように走っていたのである。

仙台の雪は大したことはなかったが、山形の米沢や福島の会津若松、青森や秋田の雪道は半端なものではなかったし、峠道も半分ほどは砂利道であった。

当時のタイヤ性能は今とは比べるべくもなく、昨今の車とは全然違うのである。この4年間の冬の雪道走行で、雪道の危険性も、雪道走行のオモシロさも、クルマと言うものの走行性向も十分経験もし確かめることが出来たのである。

その後、2000年ごろ、北海道の札幌に2年いて、この時も冬でも北海道中を車で走りまわったのだが、仙台時代と比べて全ての状態が比較出来ないくらい改善されていて、雪道の危険など殆ど感じることがなかったのである。

まず第一に、道路状態は、除雪が徹底していて路面に雪はないのが普通になっていた。車はクラウンの4輪駆動でスノータイヤ、アイスバーンの上でも殆ど問題がないほどその性能は向上していた。ハンドルがまっ直ぐな状態なら、急激なブレーキでも全然問題がないほどの安定ぶりだった。

 

関西の雪道は、同じように論ずることはできない。

同じ雪道走行でも、関西の雪道は道路状況も、乗っている車の装備も、運転者の慣れも、さらに言えば運転技術も、危険そのものなのである。

だから、雪が降ったら、関西では車など運転しないことである。

 

★いま、思いだしてみると、東北時代の雪道の運転は、運転技術の基本が100%発揮できて非常に、楽しかったのである。

峠道の登りなどは夏の砂利道が雪で舗装されている様なもので、『カーブはアクセルを踏み込んで走り抜けるもの』という基本が出来ていたら、これほど楽しい運転はないのである。

『カーブはアクセルを踏み込んで、どんどんスピードを上げて走るのが鉄則』なのである。

ど―んと踏み込んで、少しケツを振りかけたら、ハンドルでカウンターを当てながら走り抜けると、夏場ではなかなか難しい、所謂『逆ハン』が雪道では簡単に出来て、夏の峠道以上に早く安全に走れるのである。

 

★車の運転をする上で、一般の方も覚えておかれたらいいことが幾つかあるのだが、

●まず一つは、バイクでも四輪でも、一番安定しているのは負荷がかかった状態=アクセルを踏んでいる状態なのである。逆に不安定なのはアクセルを戻してブレーキに足がいっている時である。

●従ってブレーキを踏む時は、一番安全な状態、真っ直ぐな直線部分で踏まなくてはいけない。間違っても一番危険なカーブなどでブレーキを踏むことは、クルマは不安定極まる状態になってしまうのである。

●危険な道路状態では、クルマを安定して走らせるために、アクセルを踏み込んでいけば、クルマは安定した状態で、危険なカーブを曲がってイケるのである。

●危険な状態では、カーブでも、雪道でも、でこぼこ道でも、そんな状態の時はアクセルを踏めばいいのだが、(アクセルを踏める状況に車を持っていけばいいのだが)大概が逆のことをやられるので、車がぎくしゃくしてしまうのである。

 

 ★そのためには、カーブに入る前の直線部分でブレ―キを踏んで、十分にスピードを落としておかないと、カーブでアクセルなど踏めないのである。一般に見ていると、カーブに入ってブレーキランプの点る車がいっぱいいる。こんな運転は普段の道でも危ないし、雪道では簡単にスピンに繋がるのである。

『カーブでブレーキに足を乗せている様なドライバー』が一番危険なのである。 

二輪の場合はカーブをハンドルを曲げて回るのではなくて、車体を寝かせてカーブを廻るのである。車体を寝かせても倒れないようにアクセルを吹かせてそのバランスを取りながら、カーブを曲がるはずである。

このあたりの講釈を、私の運転技術の先生、山本隆君に何度もたたき込まれたのである。

 

これは、私の安全運転に大いに役に立っているし、北国の雪道走行が、本当に楽しめたのである。雪道では路面の抵抗が減るので、普通では難しい運転テクニックが簡単に確かめたりすることが出来るのである。 高度なテクニックのカウンターや、スピンターンなども至極簡単なので、広いところで大いに楽しんだものである。

6年間の、雪道走行で事故は一度もないのだが、一度だけ急な坂道で上から対向車が来たので、止まっていたら下ってきた車がブレーキをかけて4輪がロック状態になり、滑ってきて正面衝突になったことがある。スピードが全然なかったので問題はなかったのだが、これなどもブレーキを踏むからこんな事になるので、タイヤを回せば自由になるのだが――。雪国の人でも車の運転特性がみんな解っているとは言えないのである。

 

★そんなことは兎も角、一般の車の安全運転で、お勧めしたいのは、

1、ブレーキは直線でしか踏まない。 (カーブなど危険な場所ではブレーキを踏まなくてもいいように運転する)

2.ブレ―キを踏む時は必ずバックミラーで後続車を確認する。(交差点でオカマを掘られるのはブレーキのかけ方と止まる位置で殆ど避けられるのでは)

3.カーブに入る前に、直線部分でブレーキを踏んで十分に速度を落とす。(カーブでアクセルを踏み込める速度まで)

4.カーブに入ったら、アクセスを徐々に踏み込んでいく、速度はどんどん速くなる。(アクセルを踏み込んでいると言うことは車は安定して走行しているということである)

5.カーブは直線に比べて危険な場所だから、クルマは安定して走らせる状態に保つべきなのである。

これだけでも、ぜひ実行されたら、雪道ででなくても安全運転に繋がると思っている。

 

★レースなどは、無闇矢鱈に早く走っているのではなくて、合理的に安全にライダーたちは走っているのである。

日本の自動車学校なども、ただ単に規則などばかり教えずに、クルマをホントに安全に運転できる技術や理屈を教えたらいいのにと思っている。

珍しく雪が降ったので、雪道走行について思いだした。

雪道は危険な状況なのだから、ブレーキではなくて常に『アクセルを踏める状況に保って』走ることが安全なのだと思っている。

 

 

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太一ちゃんも斎藤さんも田中隆造さんもやってくる

2011-02-14 06:09:12 | NPO The Good Times

★この3連休の間にまた動いた。

兵庫メグロの平井さんが主催する『カワサキの想い出、そして未来』はどえらい方向に動いている。

『太一ちゃんが参加する。現MFJのモトクロス委員長の田中隆造さんも』こんなニュースが届いた。

MFJロードレース委員長の杉本五十洋さんは既に出席だったので、レース界を引っ張る二人が揃うことになる。

 

先週、一緒に打ち合わせをした、このイベントの広報担当ねこさんはこんなブログを

当日MCを担当してくれる『はっぴいえんどプロジェクト』さんも「エライことになっとります」とこんなブログを。

bunCさんはFacebookのファンページに

それらは全部、ツイッターで発信したので、情報発信はバッチリである。

 

★と大満足していたら、これに加えて、鈴鹿ツインサーキットの斎藤さんもやってくるらしい。

 

2008年4月、名阪スポーツランドの全日本モトクロスの本部席で写した写真だが、私を囲んで左から、山本、斎藤、古川、田中さんである。

こんなメンバーが久しぶりに顔を揃えることになりそうだ。

ちょっと解りにくいが、当時はスズキファクトリーの総監督でもあった吉村太一さん。

これは平井さんと私である。

その時の様子はこのブログで、カワサキの当時の首脳陣も写っている

 

★みんな昔からの仲間である。

吉村太一さん、星野一義と同じ時期のデビューで、そのころからのお付き合いである。当時はまだ20才になるかならぬかの新人時代であった。星野の絶好のライバルであった。

何故かご縁があっていろんなところでお会いした。千歳へ行く飛行機の中でも一緒になって、『どこへ?』と聞いたら『これは千歳にしか行きません』という答えが戻ってきた。その時も北海道のデ―ラ―の確かレース関係の指導だったと思う。今はRS TAICHIのオ―ナ―だが、太一ちゃんと呼ばないと、吉村さんではどうもしっくりしないのである。

斎藤さんは旧く、春日井スズキと言っていた時代から、商売でも、レースでも、サーキット建設でも、いろいろとーー。

この人とも特別な関係で名古屋に行った時は、いつも車で駅まで送って頂いたりした。

このお二人何故か、忍者の伊藤さんとも非常に近いのである。

田中隆造さん、BSのファクトリーライダー時代から知っている。今回参加される有名人ケン鈴木さんとはBS時代の仲間だそうである。

 

★『カワサキの想い出、そして未来』 

共通の想い出を持っている人たちを『仲間』と言うのだと思っている。

そんな想い出を共有する人たちが集まって、昔話に花を咲かす。 それもいい。

然し、現在でも、日本のレース界や二輪の世界に多大の影響力をもつ、こんなレベルの人たちが集まるのなら、

銘柄の枠を超えて、新しい二輪文化を創造する、そんな活動のきっかけになればと思っている。

NPO The Good Times の基本コンセプトは、

『異種、異質、異地域をみんな繋いで楽しくいい時を過ごそう』 である。間違いなくいい時、グッドタイムになることは間違いない。

 

★メーカー主催や単一イベントの枠などをちょっと超えた『ゆるい繋がり』が自然に出来る、NPO法人ならではのイベントになりつつある。

今回の中心になった仕掛け人はカワサキの真打ち平井さんだが、中心になって手伝ってくれたのは、上に紹介した『bunCさん』『はっぴいえんどさん』『ねこさん』なのである。

さらに周辺の沢山の人たちが応援はしてくれたのだが、それは全てネット上でのこと、直接顔を合わすのは、全員が当日なのである。

素晴らしいネット社会の仕組みの上に、さらに新しい『NPO The Good Timesの仕組みを乗せて』 このイベントは成立したのだが、

その基本にあるのは、『人の繋がり』なのである。

この写真、提供者は山本隆君である。

★もう何十年前の第6回モトクロス日本グランプリの90cc トップグループである。

先頭から、山本隆、星野一義、吉村太一そして木村夏也。

木村夏也くんこのときはスズキかな? 四国高松であった、第3回MFJ日本グランプリ、ノ―ビスでは、大阪赤タンク会から出場して見事優勝を飾ったのである。このときはセニアクラスは全然ダメで、カワサキの優勝は木村夏也くんだけであったので、強く印象にのこっている。

その後、スズキのマウンテンライダースでも活躍した。今は、ねこさんと親交があるとか。今回参加してくれるようである。私にとっては懐かしく是非お会いしたいお一人なのである

 いろんな人たちが、さらに集まるのかも。

3月4日が楽しみである。

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