Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

東ヨーロッパの旅 14 ワルシャワその2

2011-08-18 16:11:57 | 東ヨーロッパの旅 2011


ワルシャワの二日目、セントラムで路面電車を降りてすぐ地下道からショッピングセンターへ着いた。英国のマークス&スペンサーやフランスのカフォーのスーパーがここに店を出していた。近代的なショッピングセンターはどこの国でも大差ない。







又路面電車で国立博物館へ行ったが、ワルシャワの博物館はどこも12時からしか開かない事を初めて知った。まだ1時間もあるから博物館の前からバスに乗りどこでも好きなところに行って、一時間後に帰ってくることにした。



バスで3駅目に公園が目に付き下車、Skaryszewski公園を歩き回った。よく手入れされた花壇と若い母親たちが乳母車を押して散歩する姿が多く見られ、奥の湖ではカヌーでボールゲームをやっていた。大変のどかな火曜日の朝。





12時近くには又博物館に戻り隣の戦争博物館へ行ってみた。庭だけ開いているが館内は水曜日からしか開かないといわれた。







国立博物館ではスダーンの遺跡展をやっていて、1000年ほど前のスダーンのキリスト教会の遺跡を見、アフリカにこれほどの文化があったのに感心した。

エジプトやローマの遺跡も良くぞこれだけ世界中の博物館で集めたものだ。どこにでもあるのがこれら古代ギリシャとローマの遺物。

2階から3階にはポーランドの画家による絵画が多く、これらを見たくてやってきたから大いに満足した。18-9世紀ごろはヨーロッパの絵画の流れはどこも同じで、中世の宗教画の後のロマンティックな神話を絵にしたものなどなかなか面白い。ほかにはオランダの画家の絵が多く、17,8世紀はオランダの最盛期だったのだろう。









セントラムで遅い昼食を終えた後、又路面電車でクラシンスキー公園へ向かい、ワルシャワ蜂起記念碑にめぐり合った。1944年迫り来るソ連の軍隊がドイツ軍を撃破してきたのに期待して、ワルシャワ市民もドイツ軍に対して蜂起したが、ソ連の援助を得られないまま20万人の死者を出し、同年10月に降伏、記念碑は必ずしも幸せな出来事だけでないことが良くわかる。
この同じ場所には過去ナショナルシアターがあり、ショパンの楽曲演奏が2度行われた。と記念碑にかかれてあった。 










ワルシャワの町には2両編成の路面電車が碁盤の目のような通りを縦横に走っている。排気ガスの心配が無いから、環境保護に見直されつつあると思う。

昨日の旧市街ではポーランドの食事をと入ったレストランは、餃子を大きくしたような中にマッシュルームかほうれん草が入ったものを茹でて、上からクリームをかける。
11個いり一皿とマッシュルームをパンケーキで巻いてソースをかけオーブンで焼いたもの、そしてサラダを注文した。これらがこの国の典型的な食べ物か知らないが、美味しく満腹した。




コメント
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