Reiko's Travel by Camping Car

2004年4月に退職して以来亭主と二人ヨーロッパの国々をキャンピングカーで旅行している、英国在住40年の主婦です。

テームス河の帆船

2014-09-11 11:57:44 | 日記

 

 9月9日火曜日朝のニュースではテームス河で帆船のパレードがあるという。早速サンドイッチを作り魔法瓶にコーヒーを入れて駅へ向かった。我が家からグリニッチの川岸まで30分ほどで行ける。ドックランド軽レールウエィはオリンピックに際し拡大充実を図りずいぶん便利になった。グリニッチの駅で降りると辺りはわさわさとたくさんの観光客で賑わっている。この陸揚げされた古い帆船はグリニッチの有名なカティーサーク、数年前に火事で内部がほとんど焼けたが再建して観光名所になっている。

こんなにたくさんの人たちでは見物も大変だろうと対岸のドックランドへ地下トンネルを歩いた。

 

グリニッチ対岸は狭い公園と川縁に沿って長く散歩道が作られている。帆船のパレードは1時と聞いたので川縁に沿ってミレニアム・ドームが正面に見えるところまで散歩に行った。

12時頃に帰ってみれば公園もたくさんの人で皆カメラを持って川縁に陣取っている。これは失敗と私も隙間に割り込んでカメラを構えた。対岸の立派な建物は旧海軍士官学校であり、それがサウザンプトンへ移転してからはこの周囲は大学や博物館などになっている。

1時前から帆を巻き上げた大小の船がタワー・ブリッジ方面へ向かっていった。帆を張ってなくても帆船は珍しく私だけならず周りが一斉にシャッターを切っていた。

 

 

最後にタワーブリッジへ向かったのが巨大なポーランドの帆船でまるで帆船中の女王様みたいに華麗だった。そして行ってしまった船が戻ってくるまで誰も動かずサンドイッチやお菓子を食べて頑張っていた。まず最初に帰ってきたのは白い帆を一面に上げたポーランドの船であとから来るのは比べ物にならないくらい小さい。

 

 

英国船だけでなくヨーロッパ特にオランダの船が多くまた帆のサイズもまちまち 約50隻近くの船が通り過ぎていった。

大きな船が通る度に対岸のグリニッチの川縁から3発の礼砲が鳴り響き、それに対して長い汽笛が3回と最後に1回プツと切れたような返礼が川面を渡っていった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

あとで聞いたところでは、一回数百ポンドで帆船に乗ってパレードした観光客もあり、行き交う観光船なども超満員のお客を乗せて、この日にやってきた観光客はずいぶんラッキーだったろう。

Sea Cadetと呼ばれる帆船に乗っていた若い船員たちは望遠で見れば男性だけでなく若い女性の船員がたくさんいて皆が笑顔で手を振っていた。

 

 

 

 

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ロンドン塔のケシの花

2014-09-03 20:33:19 | 日記

 

今年8月5日は英国が第一次世界大戦に参戦した100年記念日で、記念行事の一巻としてロンドン塔では陶器でできた真っ赤なケシの花を大戦で亡くなった英国戦士の数だけ植えることになった。5日のテレビのニュースではウイリアム王子とキャサリン妃、そしてハリー王子がケシの間を歩きまわり一本づつ植えていた。7月18日から8月5日までに植えられた数は10万本ほど、死者は888,246人にのぼる。 

 

 

2日後友達を誘ってロンドン塔へ行ってみた。たくさんの見物人で植えられたケシもほとんど正面入口サイドに集中している。窓から流れるように飾ってあるのは血が流れたように想わせる。第一次世界大戦はほとんどがフランスの山野が戦場になった。血塗られた土地に翌年は真っ赤なケシの花が咲き乱れた。それ以来英国では慰霊祭の前には小さな赤いケシの造花が売られ、ほとんどの人たちが胸に花を飾る。

 

 この日から11月11日までに亡くなった人の数だけのケシが植えられる。そこでインターネットでボランティアを募集しているのを知った。

近所の友だちアンのおじいさんはこの戦で亡くなり1週間後にボランティアとして植えてきたという。毎日百名づつの戦死者の名前を読み上げるとの事だった。

私も早速申し込んだものの毎日200人のボランティアに500人の申し込みがあるという。やっと2回目の申し込みで8月30日に参加できることになった。

 

 

朝9時から1時までとのことで早起きし、ロンドン・ブリッジ駅から歩いてタワーブリッジを通り、ロンドン塔に着いたがあまりに早くて誰も来ていない。もう秋の気配濃厚なこの朝は寒くて30分も待っておれない。近くのドックを歩きまわりとうとう大きなタワーホテルにお客のような顔をして入り、お手洗いを使って出てきたら9時近く、老若男女がずらっと並んでドアーの開くのを待っていた。

名前を告げて背中に大きくボランティアーと書かれた真っ赤なTシャツをもらい、貸し出しの庭用ゴム手袋を持って一同ぞろぞろとタワーのお堀を歩いていく。一同は2組に分かれ一組は長さ30cm,50cm,75cmの太い鉄の棒に硬いゴムの輪(ウオッシャーと呼ぶ、)を大小4個づつ取り付ける作業。もう一組は地面に鉄棒を差し込んで箱詰めされた陶器のケシを一個づつ載せて上からウオッシャー一個を載せて留める。

 

 

 私は植える方に回って早速36本は快調に植えたが、チームリーダーが途中からウオッシャーは大小2個をつけるようにと告げまわった。

この大きいウオッシャーが薄いのに固く穴が小さくて棒が入らない。両手親指がじんじんするくらい大変な作業になった。それでも60-70本ほど植えて11時近く、用意されたケシの花がなくなってしまった。

このケシの花はポール・カミンズという芸術家の案になるもので彼のハンプシャー(確かではない)州の作業場では24時間体制で手作りのポピーを毎日送ってくる。このポピーは一個として同じものがない。造るのにも限りがあるから、皆で頑張ればすぐ無くなってしまう。

  

 8月6日に行った時はこの辺りにポピーはほとんどなかったが、この日までに毎日200人づつのボランティアーが頑張っている。11月までにお堀が真っ赤に埋まってしまうだろう。また見に来なければ。

 

 このケシの花は11月11日以降一本25ポンドで売られ収益は4つのチャリティーに寄付される。欲しい人達はインターネットで申し込みが始まっている。全部売れたらいいなーと思うが、これら一本づつを洗浄して包装送付の作業のほうがもっと大変だろうと想う。

親指は2日も痛くて大変だったけれど思い出深い半日だった。

For your tomorrow We gave our today.(あなた方の未来の為に私達の今日を捧げる) この句は慰霊碑に刻まれている。

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オープン・ガーデン (Open Garden)

2014-09-02 19:41:50 | 日記

 

6月14,15日はオープン・ガーデンと呼ばれる日頃一般庶民が目につくことのない閉ざされた庭が一般公開された。友達が早めに申し込んでおいてくれたお陰で15日日曜日にロンドンのシティと呼ばれる金融の中心地の庭を見て歩くことになった。

この日はガイドのおばさんが1時間のツアーでシティに散在する小さな庭を案内してくれた。10年前は私もこのシティの中で働いていたから、ほとんどの庭を知っている。古い崩壊した教会をそのままにして草花を茂らせているところは昔働いていた会社の裏。

 

 

 

17,18世紀は英国が海外に植民地を持って色々珍しい植物や果物を輸入していた。その中でもパイナップルは特別高く、ロンドンの裕福な人たちがパーティを開くときに飾ったものだとのこと。それ以来自分の富を見せびらかすためにパイナップルの石像が飾られるようになったという。

テームズ川を挟んで反対側には17世紀に活躍したシェークスピアのグローヴシアターがある。ここは2000年祭を記念して再建された藁葺き屋根の芝居小屋で17世紀にはこの辺りに建っていたものらしい。シティの中の小さな庭にはシェークスピアの友人でありまた出版元でもあった二人の記念碑が立っている。彼らがいなければシェークスピアが有名になることはなかったであろうと言われている。

 

  

 

ロンドンはローマ人によって作られた街で、今でもシティのあちこちに遺跡が残っている。この半壊の壁は2000年近くも建っているローマの壁でこんな大都市のどまんなかにこのような荒れ果てた遺跡を保存しているのもさすが英国ならこそ。

10年前私が働いていた時はセント・ポール大寺院の近くにあった日系の大会社は、数年前にテームス河ベリに新しく巨大な会社を新築して会社の6階の屋上ガーデンを作っている。この庭が一般公開されウイークエンドの2日間で数千人の入場者があったという。

この屋上からはロンドン橋とタワーブリッジがしっかり見え、対岸のグローブシアターや2000年を目指して作られたミレニアム・ブリッジなどもすぐ近く。

 

 

  

 

  

 

屋上の野菜畑では会社の職員が働いていて、収穫された野菜は会社の職員食堂に供されるという。別の階の屋上では蜂も飼っていて一週間に一度は猛禽類のトビを放してハトなどが近寄るのを防いでいるとのことだ。この日はそんなツテからみみずく、ワシ、ふくろうなどを展示していた。ふくろうはまだ数ヶ月の赤ちゃんで産毛が抜けきっていない。

このモダンな鉄筋とガラスで出来た屋上ガーデンが今日のハイライトだった。

 

 

屋上ガーデンで持っていったお弁当を開き次は急いでテームス河沿いのテンプルにあるインナー・テンプル・ガーデン(Inner Temple Garden )とミドル・テンプル・ガーデン(Middle Temple Garden)を見に行った。こんな街の中心地に3エーカの静寂な庭があることなど知らなかった。インナー・テンプル・ガーデンは12世紀に作られたもので有名なバラ戦争はこの庭から発祥した歴史のあるものだそう。両方の庭とも広い芝生と周りをカラフルな花々で縁取られて素晴らしかった。

 

 

 

この2箇所の庭を見終わったのは4時過ぎ、あと1時間を有意義にと歩いていけるところを探して行ったところがリンカーン・イン・ガーデン(Lincoln's Inn Garden)急いで行ったが着いたのが4時半、ブローシャーには5時に閉まると書いてある。ところが門前でもう閉まったと言われ、がっくり。友達の一人が ”私達この庭を見たくて日本から来たのよ” と言ったのでかわいそうに思ったものか、入れてくれた。

花壇はあまり大きくなかったが周囲の建築物と広い手入れされた芝生は素晴らしい。15世紀に建立されたもので歴代の首相が住んでいたという。

 

 

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ロンドンの初夏

2014-09-01 18:18:09 | 日記

 

英国の真夏は6月から7月、今年は6月中旬から7月末まで暑い日が続いた。暑いと言っても日中温度が25度くらいでヒーヒー言ってるから、日本の夏を耐えしのいでいる人たちには申し訳ないくらいの気温。しかしこの国に長く住んでいると汗腺も閉まって冬に体温を保とうとするためだから、25度でも暑く感じるのは仕方がない。

6月20日暑い日にロンドン北にあるカペルマナー(Capel Manor)を訪れた。いつも親しくしている友達同士だが、私も半年ポルトガルで越冬しているし、友達の半数は半年ごとに日本とロンドンに住んでいる。そこで久しぶりの再会となったわけ。

このマナーは元お金持ちのお屋敷と庭で今では有料で一般公開している。有料だから庭の手入れもしっかりされていて、夏の花がどこもかしこもいっぱい、素晴らしいバラ園やあじさい、スイートピーの畑など色とりどり、大いに楽しんだ。

 

 

この変わり種の百合の花にはすっかり魅了され、庭の一角にある廃墟に絡む大輪のバラが素晴らしい。

そこで話に聞けばこの廃墟は昨年新しく買ってきた半壊の建物でレンガも新しかったそうだが、植物が茂り絡みつくと違和感を感じさせないくらい落ち着いた風景になる。広大な庭を花々を愛でながら数時間歩きまわった。

 

 

6月25日、またも晴天、亭主と大英博物館へ行った。この日はエジプトのミイラにレントゲンを通した特別展が開かれている。インフォメーションで ”特別展はどこ” と聞いたら ”どっちの特別展?” との返事。他にもあるのかと ”一体いくつ特別展があるの” と聞いたら ”エジプト展だけ” 思わずアホかと言いそうになった。

ミイラにレントゲンを当てて年齢やどんな病気だったとか何を食べていたとかが判ってもあまり感動しなかった。20分ほどで大英博物館をあとにする。なんといってもあの沢山の人達の間を歩くだけで疲れてしまう。それで亭主の大好きなケンジントンにある科学博物館へゆくことにした。このケンジントンには他にヴィクトリア・アルバート・ミュージアムと自然博物館があって、亭主が科学博物館へ行ってる時は私はいつもヴィクトリア・アルバート・ミュージアムへ行っていた。この日は亭主と一緒に行く事にし、科学博物館はもう35年位前に一度行ったことがあるな~と感無量。面白い造形物があった。このような形から新しい建築物が作られたりする。

 

   

7月26日友達が南西ロンドンのラヴェンダー畑にピクニックに行こうとアレンジしてくれ、日本人女性友達同士が集まった。もうお昼だったから花よりダンゴで涼しい木陰に座って皆で持ち寄ったお弁当を開く。満腹し、たくさんおしゃべりもしたあとで、ラヴェンダー畑へ繰り出した。紫色の広い畑にはたくさんの人達が歩きまわり写真を写している。

素晴らしい香りの中をいろいろな種類の花を求めて歩きまわった楽しい一日だった。

 

 

8月3日晴天の日曜日、毎日が日曜日の私達にはわざわざ出かけるのも人混みがうるさいと遠慮したいのに、天気につられて出かけることにした。ハンプトン・コートまで電車2台乗り継いで行ったものの余りに人出が多くて、隣のブッシーパーク(Bussy Park)をめざす。前方を歩いているおばあさん2人の太いこと、最近年寄りならず若い人も太った人が増えてきている。過食と運動不足と言われているが本当にそのとおり、子供たちでさえ体重増加が問題になってきている。

ブッシーパークは今まで来たことがないが公園の真ん中を自動車道が通っていて広く、公園の中の小川では犬が水浴びしていたり、自転車のグループやジョギングしてる人たちが通りすぎてゆく。

 

 

 

公園の林の一角にはタイサンボクの木が巨大な真っ白の花を咲かせていた。高いところで咲いている花だけど花芯の色合いに感激、水辺ではたくさんイトトンボがスイスイ飛んでいて水草に止まったりする。この国にはオニヤンマもセミもいない。

 

 

草むらから立派な角を持った鹿が顔を出した。交尾期は人をも襲ったりするがこの時期群れていないから安心して通り過ぎた。公園一周に3時間ほどかかってテームズ川をわたってキングストンへ昼食を食べに行った。橋の欄干を飾るハンギングバスケットが気に入った。

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越冬キャンプ旅行ー帰国の途

2014-09-01 14:13:33 | 旅行

 

今日の目的地はアビヴェル(Abbivell) の南のキャンプ場、早朝に出発し240KMを一気に走る。途中の名も知らない街の大聖堂のタワーが素晴らしかった。機会があれば止まって見て歩きたい街だった。

快調にキャンパーを走らせてついたキャンプサイトは、街から2km離れた郊外で周りに池が多い。午前中に着いてしまったから昼食後は街までゆっくり散歩してみた。フランスのどこでも見られるような大きな教会がある他には特に目立つ建物もなく、町外れのスーパーを見て帰ってきた。

ここは家族経営の小さなキャンプサイトだけれど、カレーから南140kmにあり、ドーバーからフェリーでフランスに降り立って約2時間でここに到着できる。今後はこのサイトを初日に泊まる計画を立て英国からフランスへ渡ってこれる。

今まではカレーのフェリー港の対岸にあるオートキャンプサイトに一泊していたけれど、今年からここも有料になった。設備が一切なくて一泊7ユーロは高い。それに最近カレーのあちこちに停車するキャンパーを狙って悪質な強盗事件が起こっている。ポルトガルを出るときにサイトの友達が注意してくれた。

 

 

この4月14日の夜は満月だった。森の向こうに巨大な月がのぼった。夕闇が迫る頃に鴨かガチョウか分からないがギャーギャー鳴きながら長い列を作って夕空を渡っていった。

 

 

 夜明けの田舎は朝もやが立ち込め、サイトの後ろの池も朝もやの中からクロガモが静かに現れた。

 

 

4月半ばで道端の八重桜が満開だったから、この地域は英国よりも温かいのかもしれないと思って帰国した。普通英国の我が家の周りで咲く八重桜は4月末から5月初めだけれど、今年は暖冬で八重桜がほとんど終わりかけていた。

4月18日からヨーロッパ全土でイースターの休暇に入るため16日のフェリーで焦って帰国したが、フランスの田舎町は休暇前であろうとなかろうと通りに人影が見えず、まるで毎日が日曜日の朝のように見える。 

カレーから南下する高速道路にかかる橋げたにはモダンな運動選手の動作をかたどった面白い彫像が見られる。さすがフランス!!1

4月に帰国以来、ブログを書く暇もなく庭仕事や家事に追われ、おまけに1週間に2-4回もコンサートやオペラ、バレーの鑑賞で忙しかった。6月には旧ユーゴスラビアの方面へのキャンプ旅行を計画していたがもう10年も乗ったキャンパーに故障が相次いで修理が終わって戻ってきたのは7月末だった。

今年も10月半ばからポルトガルを目指してあちこち回りながらヨーロッパを南下すべく楽しい計画を練っている。

それにしても4月から8月までのロンドンでの特記事項も次に書いてみたい。

 

 

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