Reiko's Travel by Camping Car

2004年4月に退職して以来亭主と二人ヨーロッパの国々をキャンピングカーで旅行している、英国在住40年の主婦です。

2014年の越冬旅行ーレストラン・サイクリスタ

2015-03-29 12:56:59 | 旅行

私達が12月末にこのタヴィラのキャンプサイトへやって来て、昨年とは正反対の丘の上にキャンパーを停めた頃は、周りのキャンパーはスエーデン人が多かった。彼らは2月初めに次々ポルトガルの西やスペインの南のキャンプ場へ移動して行き、代わりにフランスのキャンパーが辺りを占めた。

昨年からフランスのキャンパーは彼らの昔の植民地だったモロッコへのキャンプが難しくなったため、物価の安いポルトガルへなだれ込んだ。

このタヴィラのサイトでも全体の半数以上がフランスのキャンパーで占められているが、ワイルドキャンピングしているキャンパーはほとんどがフランス人。彼らはモロッコでも水さえ確保できればどこでもワイルドキャンピングをしていて、キャンプ料金や駐車料金の出費を嫌う。ポルトガルの各田舎町の空き地に無料駐車して一冬過ごそうとする人たちが多い。

 

毎週金曜日出版の英字新聞によれば、このようなキャンパーが集まっているところは、その町村の経済を豊かにするとのことで喜ぶ人もいれば、ゴミやトイレの始末をしない人が多いため、嫌う住民が多いとのこと。実際このサイトで見ていてもフランス人はゴミの分別を一切しない。ワインの瓶も水のプラスチックボトルも紙も全部ゴミ箱に捨ててそれで終わり。自分勝手な人や公共観念が発達していないのかもしれない。

 以前から不平不満の声が上がっていたが、とうとう警察が取り締まりを強化して、各地のワイルドキャンピングのキャンパーに罰金を課し、追い払っているとのことだった。

 3月に入って私が親しくしていたイギリス人やオランダ人たちが次々帰国や移動し始め、ラジオ体操も今では2人だけになってしまった。周りのキャンパーのフランス人たちも次々帰国し始め、英国車は私達だけだったのに、最近急に5台も英国車が増えた。新しく知り合った人たちとはまだ一緒に食事や体操などするはずもない。こうしてみると一番仲よくなれるのが何語でも話すオランダ人だとわかる。

  

3月の初めの晴天のある日、午後から空一面にうろこ雲が広がり、夕方にはうろこ雲に夕日が反射して素晴らしい夕べになった。どうしたらこのようなうろこ雲が発生するのか知りたいものだ。

  

321日は私達の結婚42年目の記念日で、お昼近くにタヴィラの町の高台にあるCamera Obscuraへ行った。ここは水のタワーを改造して、天井に360度回転するカメラを取り付け下の大きな受け皿状のスクリーンに外界が映し出されるもの。ローマ橋を歩いている人や、道路に車が走っているのがよく見える。

海抜100メーターだから一応どこよりも高く北方面には車の通る橋、鉄橋、国道125号線と3つの橋が見下ろせる。とっても良く出来ており感心した。2年もタヴィラにいながら今回が初めてだった。

 

  

ここをでたのが12時半、昼の白っぽい三日月が中天に浮かんでいた。この日も青空だから、タヴィラの純白の建物がどれも明るく輝いている。

川縁の公園の高い木の枝と電柱にたくさんの運動靴がぶら下がっている。これもアートだと言うのかしら。

  

この川縁の国道125号線の下のレストラン・サイクリスタで、結婚記念日を祝うことにした。ここは2月末タヴィラに来てくれた友達夫妻と行って素晴らしい焼き魚を楽しんだ所でこのお昼も焼き魚を注文した。前回よりは小さい魚ながら,2匹に名前を知らない白身魚とモンコいかの炭焼き、湯でじゃがいもにサラダ付き、ワインで乾杯した。一人分が10ポンドくらい、この地では普通の値段だけれどイギリスでは到底望めない。それに新鮮な魚がない。帰国前にもう一度来ようと話し合いながら満足して帰ってきた。

 

町のスクエアにもレストランがいっぱいで、たくさんの人達が食事を楽しんでいるけれど、彼らはきっとサイクリスタを知らないんだろう。

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2014年の越冬旅行ーバランコ・ダ・ノーラ(Barranco da Nora)

2015-03-20 10:15:48 | 旅行

2月15日以来一度も雨がふらず、晴天が続いていたが天気予報では明日から天気が崩れると聞いて出かける準備を始めた。

何時も同じ通りでは面白く無いと新地開拓のつもりで国道125を西に1.5kmそこのラウンドアバウトから右に折れてサンタマーガリータへむかった。

 

 

国道125号の道端はもうすぐ終わりを迎える春の花が咲き乱れている。あざみのピンクもこう集まって咲くととっても可愛い。

 

 

通りの脇に1軒だけ素晴らしい花盛りの庭があった。オレンジとレモンも庭の飾りの一部になっている。

 そしてこのトランペット・フラワーは1月に満開でその後花は完全に終わってしまったのに、また3月に入って多くの蕾が付いて2回めの満開を迎えている。

 


 

 

ポルトガルの街角にはこのようなマリア像のタイル飾りが見られる。サンタ・マガリーダの村を過ぎてなおも北へ向かっていったところで、高速道路が見えてきた。このあたりの道端には白い野生のアイリスが満開。タヴィラの道路脇にもところどころ白いアイリスが咲いていたがここほど密生していない。そこに右に折れる道があり、道路標識バランコ・デ・ノーヴァを亭主が覚えていた。

 この間空の滝へ歩きに行った時、滝近くの4つ角にこの道路標識が有ったと言う。ということはこの道を行けばまた水のない滝にたどり着けるだろうと予想した。

 

 

ほとんど車も通らず人影も見かけない田舎道をたどると道端の野の花が色とりどり、空は青いしなんてラッキーな人生だろうと一人喜んでいる。

バランコ・デ・ノーヴァはみかん畑の広がる谷間に住居が数軒集まっている静かな村で、ここでも番犬が吠えるばかりで人影は一人も見えない。


  

この村から滝への4つ角は近くて、この前亭主が見かけた2匹のカワウソをもう一度見ようと足音を忍ばせてほとんど水の流れのない橋の袂へ行った。たまり水が淀んでいる縁の葦に大小の亀が4匹も日向ぼっこをしていて、カメラを構えた途端4匹とも落ちるようにダイビングしてしまった。やっと小さいのが息切れしたように水面に上がってきて、葦の上に登ろうとあがいていた。

  

帰りの道端に去年も今頃満開だったミニ・アイリスが満開で、この高さ10-15cm丈のアイリスは道端にてんてんと生えていて楽しみながら見て歩く。

  

途中の野原に羊飼いが羊と山羊の群れを放していて、この野生の菜の花を山羊が嬉しそうに食べていた。このあたりの山羊は立派な角を生やしている。

  

 

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2014年の越冬旅行ー塩田散策

2015-03-19 15:11:26 | 旅行

 


タヴィラの町を流れるジラウ川の北側の海岸までの散歩道は左右に塩田が広がる。もう1ヶ月近くも雨が降っていないから、冬の間はってあった海水が干上がり、あちこちに白く塩が広がっている。一夏中海水を入れては乾かしまた入水しを繰り返して、塩が厚く積もったところでブルドーザーで塩と砂をかき集める作業が行われる。

これは気温40度を超える夏仕事で、今はところどころに集めた塩と砂の山が捨ておかれている。

  

 

ほんの少しだけ海岸までの散歩をと思って出かけたが、海岸にフリーキャンピングの車がたくさん駐車しているのを見て、亭主は海岸線の道無き道を塩田へと向かった。元は砂浜か海底だったところが干上がって雑草が生え、今まで見たことのない変わった花が咲いていた。葉が一切なくてどんな植物なのか興味がある。

 

何の動物の骨かは判らないがまるで墓標のように砂に突き刺してあり、周りにかわいい桜草のような花が咲いて墓標を飾る。遠くの砂浜であさり取りをしている人達が見える。私達の隣のキャンパーのフランス人はこのあさりをせっせと採ってきてお昼にフランス人のパーティーを開いているが、砂をかんでいるはずだから砂取りが必要なはず。

塩田のあぜ道をゆくと塩田中に動物の足跡がいっぱいついていて、野犬が歩き回ったらしい。

  

 塩田は平坦で遠くのタヴィラの町がはるかに見える。

海鳥が群れて餌をあさっている塩田や野の草花が咲き無駄れるあぜ道を行き、結局2時間半も歩きまわった。

  

砂浜に打ち上げられていた古い木の根っこと野の草を集めてきて、キャンパーのそばに生花を飾った。

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2014年の越冬旅行ー3月のエンターテイメント

2015-03-17 17:53:30 | 旅行

  

3月第一週目の土曜日はミゼリコディア教会でアカデミア合唱団の宗教曲と音楽教師イソベル・レイス(Isobel Reis)の素晴らしいソプラノの独唱があった。合唱団の方は全然記憶に残らないが、イソベルさんの歌声には魅了された。もう中年と思える彼女は声が若くて綺麗に澄んだソプラノで、若い時に音楽コンクールに出たことがあるのだろうかと聞きながら考えていた。

 

3月11日、近くのショッピングセンターのシネマでENO ( English National Opera )からのオンライン・オペラのラ・トラヴィアーター(椿姫)があった。

イギリス人のペニーと私それにキャンパー近くのフランス人フランソワーズとジョセリンが一緒に行くことになった。2人のフランス人は初めてのオペラで、ストーリーがわからないと面白く無いだろうと歩きながらストーリーを手短に話したが、何しろ英語が通じない。おまけにENO のオペラは英語で歌い、翻訳にサブタイトルはポルトガル語、結局彼女たちはラヴ・ストーリーだとしか判らなかったに違いない。

 

ところがENO のオペラは何時も奇をてらう傾向があり舞台装置が4幕とも変化なし。赤いカーテンが幾重にかさがっているだけで衣装も現代風、主人公ヴィオレッタに扮したエリザベス・ザロッフがはじめから最後まで素晴らしい声で歌ったのがただひとつのとりえだった。恋人役アルフレッドに扮した若い男性はずんぐりむっくり、知能が低い本の虫という感じでヴィオレッタが恋に陥るには大いに無理がありそうな感じだった。

2幕目の2人が住む田舎のコッテージも同じ幕で4幕目にヴィオレッタが死んでゆくところも舞台装置が汚く変わらず全くがっかりさせられた。

ENOはオペラを初めて見たフランス女性2人の、オペラに対する興味を完全に奪ってしまった。

 

 

 

14日土曜日、サン・セバスチャン教会でファーローからのコーラス・グループ・コーロヴォザート(Coro Vozart)の公演があった。男性3人女性3人の少人数だったが一人ひとりが非常にいい声でうまく、玄人らしいことが分かった。あまりに素晴らしくてヴィデオに録画し、感激して帰った夕方の7時、タヴィラの大橋から見るタヴィラの町は夕暮れが迫って昼とはまた違ういい顔を見せてくれた。

  

 

15日日曜日の午後、アカデミーでウクレイナの民族歌曲の公演へ行った。白髪のおじいさんコンスタンチン(Konstantin)と民族衣装に着飾ったナタリヤ(Natalya)はコンスタンチンのギターに合わせてウクレイナのフォークソングを歌ったが、彼女の声がガサツで全然おもしろくなかった。ところがコンスタンチンが私に興味を示して、自分は柔道3段、囲碁と将棋をやるがまだ日本へ行ったことがないとのこと。彼らの名前を書いてくれた。

この日のただひとつ楽しめた曲がロシア歌曲カリンカとはなんとも皮肉。

 

この日、ロンドンの我が家の近くから来た英国人女性とも親しくなり、メールの交換をしたり、写真を送ってほしいというポルトガル人女性とも親しくなり,人の輪がだんだん広がっていく。

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2014年の越冬旅行ーカリィスシ(Carricos)

2015-03-17 12:18:57 | 旅行

3月初旬、寒い風が止まって直射日光が暑くてたまらないような日、2人でキャンプサイトから北へ7kmのカリィスシへ歩きに行くことにした。ロジャーから借りた地図を見てもこの村がどれほどの大きさかが判らない。一応サンドイッチとコーヒーを持ってゆくことにし、準備完了すると何時も11時ごろになる。これも毎朝9時にラジオ体操やジムの機械で体力増進しているからにほかならない。

 

キャンプサイトから2kmのフォンテ・サルガーダには何度も行っているからこのあたりは良く判るが、高速道路の下を通るトンネルをくぐったのは今年の2月が初めてだった。

その時はトンネルをくぐってすぐの左に折れる急坂を登ってタヴィラや海が見える丘を歩きまわった。

 

カリィスシは北へ行く県道を6km行き、二手にわかれた道を左に折れて1km行ったところの村で、ここで車道は行き止まり、村の入口にバス停がある。

 

村は20軒ほどの家が固まっているだけ、店もレストランのない。

 

 

トンネルをくぐると辺りの乾燥した岩肌の丘に野生のバタフライラヴェンダーが花盛り、白い花をつけるシスタスの茂みが今は3分咲き。この花は今から4月頃まで辺り一面を白の水玉模様で埋め尽くす。

  

2月15日から雨が降っていないから辺りは乾燥して川にも水がない。それでも節水とか断水とかは一切ないからこの国の水源がどこから来るのかは不思議でならない。

 

途中の村に丸い石作に屋根を覆った珍しい建物があったが、カリィスシの村では屋根が落ちてしまった丸い壁がいくつも残っていて、これが物置小屋か動物の飼料小屋であったらしいと分かった。

  

水がなくても周囲は明るい緑とラヴェンダーの花で素晴らしい田舎の景色だった。

帰りのフォンテ・サルガーダの村外れ、郵便屋さんがたくさんの郵便ボックスに郵便物を入れているのを見た。ここでは家屋が散らばっているから一軒づつ配達することがないらしい。

帰り道でトラクターが耕している畑地にコウノトリが集まって餌を探しているのが見えた。

彼らは人間には臆病だがトラクターは食料を探す助けとでも思っているらしい。ミミズやトカゲなどを探しているのだろう。

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2014年の越冬旅行-2月のエンターテイメント

2015-03-16 17:46:01 | 旅行

 

毎週土曜日午後6時から1時間タヴィラの教会でコンサートがある。タヴィラには音楽・美術アカデミーがあり、生徒280人がこのアカデミーで学ぶ。毎年10月から6月までタヴィラに多数ある教会でコンサートが開かれる。夏はアカデミーの庭でコンサートが開かれるという。

  

毎週土曜日、ロジャー・ペニー夫妻にジョン・ステファニー夫妻の5人で午後5時にキャンプサイトを出て当日指定の教会へ向かう。2月の5時過ぎは明るく夜風が寒くなるから皆冬装束。

  

 

このミゼリコディア教会は2月に2回コンサートが開かれた所、正面の金箔を塗られた祭壇や両脇のブルーのタイルが素晴らしい。

第1週目はアカデミー音楽教師ルイッシュ・コンセィサオ(Luis Conceicao)によるピアノ演奏で、彼自身が作曲したピアノ曲など演奏してくれた。あまり良かったので彼のCDを買ってしまった。

 

 

翌週は僧院をホテルに改装して教会だけは残したグレィシャ僧院で、バーバー合唱団の合唱。こじんまりとした合唱団だったが、歌はクラッシクより過去の映画音楽などを主にしていて、聴きやすく楽しめた。公演が終わると7時、タヴィラは真夜中の雰囲気、土曜日の夜で町の中心地にはほとんど人影を見かけない。

 

3週目はギター演奏、アルハンブラの思い出をビデオに収めた。

 

この週の金曜日夜、タウンセンターのレストランで食事をしながらファドを楽しめるというので、キャンプサイトの英国人夫妻4組と私と亭主、総勢10人が一週間前から予約して出かけた。金曜日だけは予約なしでは入れないという。狭いレストランが満席だった。

この夜はオーロラ・ゴンチャルヴェスという若くて太った女性がファドを歌った。食事もファドの合間に出てくるから夕方7時から始まった夕食が終わったのは10時近くだった。

このレストランのスペシャリティーのタコの足をクックしたのが素晴らしく美味しかった。

  

英国人4組は数年前からこのサイトに来ている人たちだから皆お友達、お昼にポルトガル料理専門レストランで一緒に食事をして、デザート・コーヒーは近くのカフェーで楽しむ。

このレストランで美味しいのは焼き魚なのに注文したのは私ともう一人だけだった。英国人は魚の骨が苦手で、食べ方もナイフとフォークでは無理なのだろう。

道路際のカフェーで昼間の太陽が暑くて大変だったのに、彼らは全然構わないところが日本人とは大いに違う。

  

2月最終の週に英国から友達夫婦が訪れ、金曜日の夜を予約してファドのレストランへ行った。この日中郊外を散歩して午後2時過ぎやっと昼食にありついた。川縁のレストランで2人が焼き魚を頼んだ所大きなお皿に焼き魚3匹とモンコいか1匹が出てきて、二人分だろうと半分に分けていたらまた一皿持ってきて、一皿が一人分と判って驚いたのなんの、それでも全部たいらげて満腹した。夜のファドのレストランではお腹が空いていなくてせっかくのごちそうも台無し。この夜のファドは1月末にアカデミアのコンサートの一環で聞いたタヴィラ出身のマルシオ・ゴンカレスが出て歌ってくれた。

2週続けて聞いた亭主は先週の女性より彼のほうが良かったと褒めていた。伴奏のギターとポルトガルギターの2人の合奏がまた素晴らしかった。

 

この土曜日はまたミゼリコディア教会でチェロとダブルバスの演奏があった。コンテンポラリーの耳慣れぬ曲だったがチェロの音が良かった。

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2014年の越冬旅行ータヴィラの動物たち

2015-03-14 15:42:27 | 旅行

 

キャンプサイトには各国の人たちがペットの犬を連れてくる。毎冬3-6ヶ月をこの国で過ごすのだからペットを自国においてくることはできないだろう。

英国は島国で以前は動物の出入国が厳しかった。いつの頃からかは知らないがペットも検疫したうえチップを埋め込んで出入国が可能になった。帰国のフェリーに乗る一日前には港の検疫所で検査を受け証明書が必要になる。

 

私達のキャンパーの周りにはスエーデン人とフランス人が多くそれぞれかわいい犬を連れてきていた。

 

 

このかわいいトイプードルは2匹で一匹がカメラ慣れしてポーズをとるがもう一匹はすぐ逃げ出してしまう。その犬達が行ってしまったあとに隣に来たスエーデン人はこの大きくて毛並みのいいラブラドアで人懐っこく優しい。

 

キャンパーの向かいに長く滞在して3月中旬に帰国したフランス人の2匹の犬はキャンパーの近くに見慣れぬ人が来ると吠えまくり連られて向かいの小さなプードルが吠える。この小さなプードルはまるでこの地域を司るボスの態度でとっても生意気。私達はミニボスと呼んでいる。

 

朝9時にジムでラジオ体操をしていると、犬を連れて散歩している人たちが多い。ほとんどが小さな犬だが一人のおじいさんだけ彼によく似た太った犬を連れていて犬に似た買主に思わずニヤリとしてしまう。

  

サイトから散歩に出ると何時も出会うのがこの黒犬で、首輪をつけているから飼い犬に違いないが、どこまでもついてきて本当に困ってしまう。散歩の通り道でポルトガルの住宅の2階から吠える犬がこれ、窓まで伸び上がって外を見ているらしく、彼が見えない時はどうしたのかと気になる。

 

タヴィラの田舎道を歩いているとほとんどの家が番犬として獰猛な犬を飼っていて、私達の姿が見えなくなるまで歯をむき出して吠えまくる。そんな中で時々しっぽを振って人懐こい犬がいて、これじゃ番犬にならないじゃないかと心配してしまう。

  

この2匹は小さくて可愛いのに近寄っても唸って決して触らせてくれず、目つきが悪い。

一応番犬のつもりなのだろう。

 


 

ポルトガルの1月2月には、羊、牛、やぎなどが子供を従えっている。早いものでは12月に出産しているから、子牛や子羊なども英国の動物たちよりずっと大きい。

 

 

おかしかったのが農場から逃げ出してきたらしい黒豚の家族で、自動車に追われてこちらへ逃げ惑い、黒人のジョガーに追われてキーキー叫びながら逃げていった。

 

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2014年の越冬旅行ーカセラ・ヴェルハ(Cacela Velha)

2015-03-12 10:47:51 | 旅行

 アルガーヴには有名な観光地がないから、1-2週間で有名観光地をめぐり歩く団体観光客はほとんどいない。タヴィラは一応観光地だが、半日歩けばほとんど見て回れる。でもタヴィラを中心に山歩きや海岸線、塩田などの散歩は長期にこの地で滞在する私達の一番の楽しみ。

  

2月中旬コーヒーをフラスコに入れ長距離散歩に出かけた。野原も道端も一面の花盛り。

直射日光は暑いが風が冷たく暑さを感じさせない。日陰に入るとひんやりするくらいの気候だった。

 

カセラ・ヴェルハは英国人のキャラバン住まいのジャンとロッドから聞いた場所で、海辺のきれいなお城があると言っていた。国道125から途中で脇道に入り高級ゴルフ場やホテル前を通り木陰の未舗装道路をてくてく歩く。

昨年暮れまで亭主の坐骨神経痛で今年は散歩も諦めていたのがまるで嘘みたい。

 

途中の道路標識にファブリカの名前を見つけ、この名前はスペイン語では工場というのだと亭主がいう。でもポルトガルでこんな田舎に工場が?と思い行ってみることにした。ここは小さな小さな海辺の村だった。

 

道路標識から500メーター足らずできれいな海岸の駐車場に着き、一休みして海辺伝いにカセラ・ヴェルハへ向かった。巨大なサボテンに赤い実が沢山生っている。これが花の満開の時はどんなに素晴らしいだろうか?

 

 

砂浜を数百メーター歩いたところから長い階段があり、見晴らしがとっても良い。辿り着いたところがカセラ・ヴェルハのお城?だった。想像していたお城とは全く違い小さな教会と数軒の石の建物を取り囲む石の壁が城壁だった。


 

 

がっかりして小さな観光案内所で向こうに見えるモンタ・ロータ(Monta Rota) へ海伝いに歩けるかと聞いたところ、この塀の横道を降りてと教えられ、まっすぐ降りたところは河口で橋を探して川辺を登るうちにカセラ・ヴェルハの町外れにでた。町中を通らなかったからどれほど大きい街なのか判らなかったが、町外れの広場をうめつくすキャンパーに驚いた。

あとで聞いたところではすべてがフランスのキャンパーで、数日後にポリスカーが2台来てこれらのキャンパーのナンバーを控えて全部追い払ったという。

ポルトガルのあちこちの空き地にこんなキャンパーが止まっているが、立派なキャンパーを走らせるくらいお金持ちの彼らがどうしてキャンプサイトのお金をケチってワイルドキャンピングするのだろうか。トイレや汚水をどこで処理するのだろうか。

  

 

さてモンタ・ロータまでの海岸の道は見つからず内陸へ向かう自動車道を歩いて国道125と交わったところでモンタ・ロータへの道標を見つけた。ここから道路が掘り起こされたような悪路を30分、やっとモンタ・ロータの町中に入った。道路はひどいけれど自転車や自動車がのろのろガタガタ土煙を上げて走りそんな中に目も覚めるような真っ赤なケシが一輪さいていた。町の入り口では昔からの水を汲み上げる水道器具が見られる。

 


 


 

 

ただ一本のメイン道路を海岸へ向かうととってもきれいな街だとわかった。とにかく色彩がいい。ただ海岸近く安いキャンピングプラッツにあふれるようなキャンパーにはたまげた。こんなところで何ヶ月も暮らしたくないものだ。

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2014年の越冬旅行ータヴィラの2月

2015-03-10 16:11:06 | 旅行

 


 今年の2月はアルガーヴでも寒かった。ほとんど毎日晴天の日々だったけれど風が強く半袖で歩ける日がなかった。1月のほうが暖かかったくらいだった。ここアルガーヴが寒い時は北ポルトガルから北スペインそれに英国、フランスなどほとんどが寒く、北スペインは20センチ以上の大雪だった。それにヨーロッパ中央部から東方、トルコからアフガニスタンに及ぶ内陸が雪に覆われていた。

 

タヴィラのキャンプサイトで毎朝やっていた縄跳び、ラジオ体操は一度だけ雨のために中止したが、寒くても強風でも毎朝縄跳び1000回とラジオ体操をやっている。ラジオ体操は、昨年熱心にやっていたエドモンドがご主人の回復と同時に、毎朝数キロ散歩に行っていて、ジムに来なくなった。2月半ばにキャンプサイトにやって来たフランス人のアニーはご主人が毎朝遅くまで寝ているからとの理由で体操もジムも諦め朝遅くジムに出かけている。

 

今年はイギリス人女性3人がラジオ体操に加わり、オランダ人夫妻と時々不意にやって来るキャンパーの近所のオランダ人女性マーリッサが興味を示してくれる。多い時で9人がラジオ体操の手順を覚えてくれた。

 

キャンプサイトの長期滞在者はほとんどが定年退職者で、55歳から70歳くらいまでが圧倒的に多い。昨年に引き続きフランスのキャンパーが半数以上を占めているがそれはここばかりではなく、南部ポルトガルのほとんどがフランスキャンパーに侵略されている感じがする。

 

2月末まで私達のキャンパーの周りにはスエーデンキャンパーが取り囲むように停車していたが、2月末からすべていなくなり今はフランス車に囲まれている。12月のスエーデンは一日の太陽照射時間が1時間くらいだからとのことで彼らがアルガーヴに憧れるのがよく分かる。

 

   

 


 

 

 


 2月半ばにアルガーヴの中心地ファーロ(Faro)へ出かけた。2時間に1本くらいの電車で11時過ぎサイトから600メータくらい離れた無人駅へ行って電車を待つ。駅の横の草原はアーモンドの花とバミューダバタカップの満開で毎年写真を撮っていてもまたカメラを構えずにはいられない。3両編成の古い電車で40分、ファーロの駅へ着き空港までのバスサービスやファーロからタヴィラまでのバス時間など聞いて回った。

お昼はファーロの大きなショッピングセンターで済ませ、大きなスーパーで買い物をして午後早めに帰ってきた。駅には首都リスボンへゆく高速電車が停まっていた。日本の新幹線にははるかに及ばないものの、タヴィラへ行く電車とはやっぱりスマートさが違う。ファーロの住宅はほとんどがフラット(アパート)で日中は通りに人出があまりないと思ったのにフードコートは何処もたくさんな人であふれんばかりだった。

 

風が強くても晴天の日には亭主の健康のためにもなるべく散歩に行くことにしている。

サイトの周囲を大回りの行けば3時間位は田舎道を歩くことができる。

  


   


   


薄ピンクのアーモンドの花はそれと思えないほど密集して花盛り、立派な個人のお屋敷が建っていたり、農場には子羊を引き連れたひつじの群れ、そら豆、えんどう豆の花が満開だった。この巨大な幹のカロブの木は春は緑のさやがいっぱい下がっているが、これが秋には黒い乾燥した実になりケーキやチョコレートの材料に使われる。

 

 

アーモンドの花も色々種類があるらしくピンクのきれいな花の実は苦くて食べられないそうだ。

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2014年の越冬旅行ー2月のタヴィラ

2015-03-03 15:51:38 | 旅行

  

 

 

2月初旬、2年前にオルニャオ(Olhau)のキャンプサイトで知り合ったダンカン・ロズ夫妻がレンタルカーで訪ねてきた。1月に自転車の転倒で肋骨骨折したという。それでしばらく自転車はやめてレンタルカーで出かけているとのこと。この日は私達を乗せてタヴィラから東のモンテ・ゴードー(Monte Gordo)で昼食を食べようとの誘いで大喜びで出かけた。

 

昨年私達は電車でヴィラ・リアルまで行き、となり町のモンテ・ゴードまで歩いて一周りした町だった。

 

海岸線に立派なホテルとレストランが並んでいる観光地で、今はまだ観光客が少ないが夏はどれほど多くの人達が太陽を求めてくるのかがよく分かる。砂浜の向こうは大西洋でタヴィラのような塩田がないから、ホテルからすぐ海水浴客が海で遊べる。

 4人で街中のレストランを歩きまわりとうとう海岸通りのレストランへ入った。私とロズはヒラメのオーブン焼き、男性は焼き肉にチップス(英国人男性は肉が好き)といつものパターン。大きさ20センチほどのヒラメが2匹、とっても美味しかったのでそれ以来何度か魚市場でヒラメを買うようになった。

スコットランド人のダンカンは昔オーケストラの指揮者だった人で、お客を退屈させないためおかしなジョークをたくさん知っていて、大いに笑わせてくれた。

  

翌日亭主と2人で県道125を隣町まで歩いた。ダンカンが運転して走っている時に道端のオリーヴ畑がバミューダ・バタカップの満開で、ぜひ写真を撮りたくて出かけた。本当に目がさめるような明るい黄色に魅了された。

  

2月8日日曜日には昨年も行ったことのある空の滝へサイクリングで行った。この滝は数年前まで素晴らしく良い景色だったそうだが、昨年も今年も全く水がない。キャンプサイトの英国人夫妻2組と私の5人、亭主はバランスが悪くて自転車に乗れないから置いてきぼり。片道5.5マイルの田舎道を風をきって走る。この日も素晴らしい天気だったからどこまででも走っていけそうな気がした。

自転車で走っているときは写真を撮れないから、着いた空滝で休んだ時だけカメラを出した。

  

翌日改めて亭主と歩いて空滝へ向かった。この田舎にはレストランもカフェ~もないからフラスコにコーヒーを入れ、サンドイッチを持って出かけた。自転車では往復2時間くらいで楽に行ってこられるのに、歩いて片道5.5マイルはずいぶん時間がかかる。

 


 

でもゆっくり道端の花を写真に撮ったり、澄んだ川水に群れているボラを眺めたりして楽しみながら行く道は同じ道とは思えない。広大なオレンジ畑やぶどう畑を見ながら道端のクレメンタインの鈴なりにやっぱりオレンジと異なる色を見出し嬉しくなった。

  

この南ポルトガルは1月に小雨2回、2月は1回しか雨が降っていない。それでいて山頂まで耕してオレンジの苗木を植えていたりするから水やりも考えてある。畑一面ゴムホースが張り巡らされて水やりできるよう設置されている。だから川に行く水がないのだと改めて知った。

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