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タクフェス第9弾『天国』宅間孝行作・演出(サンシャイン劇場)2021/12/10:「天国」である日常の突然の消失の物語!実は「天国」である日常と、グラデーション的に「地獄」の日常がある!

2021-12-19 14:36:58 | Weblog
(1)
2010年春、宮城県石巻市にある昔ながらの映画館“山田劇場”の事務所に、高校生、島村龍太郎(原嘉孝)が忍び込んだ。かつては芝居小屋だったこの劇場、今は社長の本郷大(宅間孝行)が、妻の理香子(鈴木紗理奈)、父の穣(モト冬樹)と共に移動映画上映会や演歌の興行で生計を立てていた。盗みを働こうとした龍太郎には父も母もなく、それを知った社長の本郷大が、龍太郎を住み込みで雇う。
(2)
その日は「ヤマゲキ(山田劇場)がんばれ会」のイベントの開演直前で大忙しだった。龍太郎は開演中、バタバタと大慌ての舞台裏で、東北大学に通う大の娘、さゆり(入山杏奈)にバッタリ出会い、心奪われる。それから一年、興行に苦労し、怒涛の日々を過ごす山田劇場。龍太郎は、九州の山田劇場の分館の館主を任され奮闘していた。
(3)
やがて2011年の春を迎える。突然の2011/3/11東日本大震災の津波で山田劇場の建物は完全に破壊され・消失し、社長の本郷大、妻の理香子、父の穣が死去する。龍太郎は、かろうじて命を保った。彼は、消え去ったかつての何気ない日常の「天国」のような日々を、思い出し涙する。

《感想1》日常が「天国」だと、この舞台は述べるが、実際には、それも濃淡がある。様々な日常がある。「天国」のような日常から、「地獄」のような日常まで。
《感想1-2》舞台で演じられたのは「天国」のような日常だ。そこには、もちろん様々の苦労がある。しかし、それらは克服しうるし耐えうる苦労だ。
《感想2》「天国」である日常と、グラデーション的についに「地獄」の日常がある。今回の舞台は、「天国」である日常の突然の消失の物語だ。(東日本大震災の津波。)耐えがたい悲劇である。

《感想3》日常は残酷だから、「自ら生を終わらす者たち」も多数いる。日常は「天国」でなく「地獄」だ。Cf. 警察庁によれば、2020年の自殺者数21081人、1998-2011年は自殺者数3万人以上。(最多2003年34427人。)(1998年は前年より一挙に8472人増えた。)
Cf. 東日本大震災による津波と原発事故の2011年は、自殺者数3万人台の最後の年だ。
Cf. 自殺者数34427人と最多の2003年は人口1億2771万人。かくてこの年、3710人に1人が自殺している。彼らには日常は「地獄」だったのだ。

《参考》「1998年を節目とした日本経済の変貌~『失われた20年』以外の成長低迷とデフレの見方~」『大和総研調査季報』 2013年春季号(Vol.10)(抄)
バブル崩壊後の1991年を節目として「失われた20年」と言われることがあるが、家計部門の変化の節目は1998年であったと考えられる。正規雇用者の減少とその賃金の低下、一方で賃金水準は上昇しても格段に水準の低いままの非正規雇用者の増加、結果としてのトータルの雇用者報酬(SNAベース)の減少が生じた。さらに可処分所得の減少につながり、家計最終消費支出が頭打ちになるとともに、民間住宅投資もレベルダウンした。家計部門の現金・預金残高は頭打ちとなり増えなくなった。こうした中で、人々の収入に対する不安が高まった。


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