季節を描く

季節の中で感じたことを記録しておく

「大津絵:もうひとつの江戸絵画」展(東京ステーションギャラリー):「鬼の行水」・「猫と鼠」・「提灯釣鐘」!

2020-10-23 21:11:09 | Weblog
「鬼の行水」(日本民芸館蔵):鬼が風呂に入る。外面が綺麗になっても、内面は鬼だ。「うは皮をあらひ/みがきて/こゝろ/をば/あら/わぬ/人の/すがたなりけり」(表面を洗い磨くが心を洗わない人の姿だ)との道歌がある絵もある。


「猫と鼠」(『古筆大津絵』より、笠間日動美術館蔵):絵には道歌が4つある。「だまされて/まだその上で/精だして/おどりて/まふて/そして/とらるゝ」(猫に騙され酒を飲まされ酔っ払い、その上踊り舞って、ついに物を取られる)。愚かだ。「おそろしき/ものを/にやんとも/おもハざる/心から身をつゐに/とらるゝ」(恐ろしいものをニャンとも思わない油断心から、命をついに取られる)。ニャンとも思わぬ油断大敵。「猫がさけもりてその身を/ほろぼすとも/しらで鼠が/のむやちうちう」(猫が酒を飲ませて酔わせ命を取ろうと思っていることを知らず、鼠がチュウチュウと酒を飲む)。鼠はチュウチュウ浅はかだ。「聖人の/をしへをきかず/つゐに身を/ほろぼす人の/しわざ/なり/けり」(こうした行為は、聖人の教えを聞かず、ついに身を滅ぼす人のすることだ)。先人・先達(センダツ)のアドバイスに耳を傾けよ!


「提灯(チョウチン)釣鐘」(『大津絵画帖』より、日本民藝館):重い釣鐘が軽い提灯と釣り合うのが可笑しい。軽重の逆転。あるいは猿の浅智恵。道歌は、人として本来あるべき大切な行い(釣鐘)を重んじよと説く。「身を/おもふ/思ひハ/おもく主親(シウオヤ)は/かろく/なりぬる/人の/姿よ」(自分の私欲ばかり重視し、主君・主人・師・親を大切にしない者の姿だ)。

特別展「桃山、天下人の100年」展(東京国立博物館):貴公子(赤い着物を着て扇を手にする子ども)とその一団が風流踊りを眺める!

2020-10-17 09:52:21 | Weblog
国宝「花下遊楽図(カカユウラクズ)屏風」(狩野長信筆・江戸時代・17世紀)が楽しい。左隻(サセキ)では、花咲く白い海棠の木の下で八角堂に坐り、貴公子(赤い着物を着て扇を手にする子ども)とその一団が風流踊りを眺める。中央の女性たちが、足裏を見せ踊る描写は、まるでストップモーション。右の一団は刀をもって踊る男装した美女たち4人。最新のモードに身を包み、目にきりりとアイラインを引く。流行の阿国歌舞伎を写したものだろう。縁側に座る人々も思わずリズムをとっているのか足裏をみせる。幔幕の黒色は銀が黒変したもの。着物にも銀が多用されている。当初の画面はもっと白く明るかったはず。お堂の縁の下には、居眠りしながら待つ駕籠かきがいる。花見を楽しむ人々の、その一瞬を捕らえた作品。季節を愛で、春を謳歌する。(※関東大震災で右隻中央の2扇焼失。当初の画面はモノクロの写真でのみ確認できる。)