土曜日の上野公園はにぎやか。秋の雨上がり。風が少し冷たい。ヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864-1916)展を見る。
“Ⅰ.ある芸術家の誕生(1890年、26歳まで)”では、まず画家16歳頃の「古代ギリシャ彫刻アフロディテ素描習作」(1880年頃)が質感を柔らかに表現しすばらしい。「イーダ・イルステズの肖像、のちの画家の妻」(1890年)ではあるはずのない妻の二重の影が奇妙。詩人リルケがこれに注目した。「木立のある風景」(1883年)の樹のこんもりした重さはどこか不思議。「白い扉」(1883年)には誰もいない室内への憧れが示される。
“Ⅱ.建築と風景”では絵画化された画家の理念が読み取れる。「クレスチャンスボー宮殿、晩秋」(1890-92年)は本来コペンハーゲンの人がたくさんいて賑わう中心街であるはずなのに全く人のいない別世界を描く。
「旧アジア商会」(1902年)も人がいないありえない幻想世界を示す。
「ローマ、サント・ステファノ・ロトンド聖堂の内部」(1902年)はリズム感ある風景を人為的に構成し魅力的。
「ルーヴル美術館の古代ギリシャのレリーフ」(1891-92年)の3美神たちには今にもよみがえりそうななまなましさがある。「室内、ロンドン、ブランズウィックスクウェアの眺め」(1912年)の主題は窓の桟の影、暗い柱の向こうにある明るい戸外である。暗い世界と明るい世界の緊張が先鋭である。「フォトゥーネン近く、イェーヤスボー、デューアへーウェン自然公園」(1901年)の木は強烈な逆光の下にあり不思議。「風景、ファーロム湖近くのリューエト」(1896年)の木はボーッと奇妙に立っている。ハンマースホイが描く樹々は神秘的である。
「ライアの風景」(1905年)は高緯度の明るい夏の軽やかさを端正に描き印象深い。洗練された絵である。ハンマースホイは現実を描くのでなく現実を手がかりに抽象的な理念を視覚化する。
“Ⅲ.肖像”:「3人の若い女性」(1895年)では物語性が排除され、同一の空間にいる3人の女性に何の関係も示されない。孤独が描かれる。
「休息」(1905年)は妻イーダの後姿を描くが画家の繊細な美意識が現れている。精神性が美しく示される。
“Ⅳ.人のいる室内”:「背を向けた若い女性のいる室内」(1904年頃)では人は唯一その精神の至高性としてのみ存在する。彼女が何を考えているかわからない。回りのものが奇妙に大きく描かれるなど物のデフォルメが画面の意味に揺らぎを与える。シャープな絵。
「室内、ストランゲーゼ30番地」(1901年)は日常的空間が持つ神秘を示唆する。椅子にもたれる妻には足がない。テーブルの脚の影の向きが同一の光源なのに異なる。ピアノの4本あるはずの脚が2本しか描かれない。
“Ⅴ.誰もいない室内”:「白い扉、あるいは開いた扉」(1905年)では日常生活の一切の品物が消去され扉が開け放たれた空虚な複数の部屋のみが提示される。このことが逆に日常の意味を問わせる。
「居間に射す陽光Ⅲ」(1903年)も壁・床・ソファーなどからのみなるシンプルな部屋で陽の影が鋭くその存在を自己主張する。強烈である。
“同時代のデンマーク美術”ではハンマースホイの絵画の位置が同時代の画家との対比で示される。ピーダ・イルステズ「お客を待ちながら」(1911年)は幸福感ある女性が主題である。不安や孤独は注目されない。カール・ホルスーウ「窓辺にたたずむ女性」(1910年)に描かれる室内は家具・壁・篭・花瓶など日常の生活用品に満ちその具象性がハンマースホイの絵画の抽象性・理念性を際立たせる。
静謐でいて緊張あるハンマースホイの理念的絵画世界から離れて再び上野公園にもどれば行楽の人の波。足早に通り過ぎ動物園の裏の道にいたるとそこは閑散としていた。天気は曇りである。