西大寺の創建は765年。しかし794年、都が平安京に移された後、奈良の寺社は苦難の時代を迎える。荒廃した西大寺が、復興されるのは鎌倉時代、叡尊(1201-90)の時である。
「塔本(とうほん)四仏坐像」のうち「釈迦如来坐像」(奈良・西大寺)(重文):荘重・荘厳である。木心乾漆の技法により制作されている。
「文殊菩薩騎獅像及び四侍者像」のうち「文殊菩薩坐像」(奈良・西大寺)(重文):厳しい表情で威厳がある。叡尊の没後、弟子たちが発願して造像された。
「興正菩薩坐像」(奈良・西大寺)(国宝):若くして真言密教を学んだ叡尊(興正菩薩)は西大寺に入り、寺を伝統的な律宗の教えと密教を組み合わせた「密・律兼修の道場」とした。密教と戒律の融合一致を説く。
「塔本(とうほん)四仏坐像」のうち「釈迦如来坐像」(奈良・西大寺)(重文):荘重・荘厳である。木心乾漆の技法により制作されている。
「文殊菩薩騎獅像及び四侍者像」のうち「文殊菩薩坐像」(奈良・西大寺)(重文):厳しい表情で威厳がある。叡尊の没後、弟子たちが発願して造像された。
「興正菩薩坐像」(奈良・西大寺)(国宝):若くして真言密教を学んだ叡尊(興正菩薩)は西大寺に入り、寺を伝統的な律宗の教えと密教を組み合わせた「密・律兼修の道場」とした。密教と戒律の融合一致を説く。