季節を描く

季節の中で感じたことを記録しておく

第66回東京都高等学校演劇コンクール中央発表会(第1日目)於東京芸術劇場 2012.11.03

2012-11-06 09:08:23 | Weblog
1 『アタシノアシタ』都立新宿、太田歩作(生徒創作)
 ① 傘が舞台装置として効果的。また、ダンスがいい。
 ② 現在の私が、未来の私と話をするとの設定。
 ③ 私の変化を、60兆ある身体の細胞の入れ替え・更新と捉える。
 《評者のコメント:身体の細胞の更新は、「私」つまり「私の精神」を変化させない。身体の細胞が入れ替わることと、私の精神が更新されることは別のことである。ある程度の精神物理学的連関はあるが、一般的には誤った設定である。》
 ④ 未来の27歳の私に対して、今の私には、責任があるとの見解が披露される。
 《評者のコメント:この責任は、因果連関の観点からすると一面的である。未来の27歳の私をもたらした原因は複数あり、今の私は、原因のひとつにすぎない。》

2 『そして飯島くんしかいなくなった』都立若葉総合、土屋理敬作・若葉総合演劇部潤色
 ① 「被害者を作る会」の話。会の趣旨は、ある人を被害者と認定し支援することにある。例えば、レンタル・ビデオ店で人気のビデオがいつも一本しかなく、なかなか見れない人は、これを被害者と認定する。
 ② この「被害者を作る会」は実は、子どもが加害者(強盗殺人、いじめのリーダー)となり、家族が責任を問われバラバラになりそうな人たちの会だった。彼らの一種の気晴らしの会。
 ③ そこにたまたま参加した飯島くんが、「責任は子ども本人にあり、家族にはないのではないか」と、発言し、場をしらけさせる。最初いた「作る会」のメンバーはみんな帰ってしまう。飯島くんだけ残る。
 ④ 実は飯島くんは殺人者。彼を更生させたい医療少年院の係官が、加害者の家族の会に、飯島くんを参加させたのだった。
 《評者のコメント:飯島くんの発言が正しくないわけでないが、彼は真空の中で生きていないから、彼の家族の気持ちも考えるべきである。ポイントは、これまでの飯島くんと彼の家族の関係が、どうだったかである。》

3 『満月』都立科学技術、程塚義己作(生徒創作)
 ① 前半はテンポが速いが、後半は重く、テンポも遅く、死の問題を扱う。
 ② 管理社会。管理教育。真実以外報道禁止の法。授業は自由なく静かに受けるとの規則。
 ③ 自動車事故にあった女の子が、「今、無性に死にたい!」と言う。「人生はランダム」と受動的無常観を呈示。
 《評者のコメント:彼女が死のベッドをしょって歩く演出はおもしろい。無常観の象徴。》
 ④ レンタル家族の問題。うまくいくのなら「レンタル家族の方が、本物の家族よりいい」との主張はインパクトがある。
 ④-2 母が死んだとき、母のレンタル妹(レンタル叔母)が、残された子供たちの面倒を見るとしたら、正式の妹とレンタルの妹との違いはない。
 ⑤ 科学技術に管理されたレンタル社会。レンタル品がもたらす幸福で、満月のように美しい日本が構想される。
 《評者のコメント:レンタル品は、人間なのかロボットなのかが、最大の問題。
 (a)ロボットなら、レンタル品がもたらす幸福は、現実の幸福と原理的に置き換え可能。ただし現実の人間との情緒的関係と同じものを、ロボットとの間にもとめることは不可能だろう。
 (b)レンタル品が人間なら、この人間の幸福の問題が生じる。レンタル品の使用者が幸福になっても、レンタル品である人間が幸福となる保証はない。》

4 『甘い誘惑』都立立川、中村翔大郎作(生徒創作)
 ① 和菓子店。その主人は、人を幸せにする「伝説の羊羹」を作る名人。
 ② 大規模食品店モール“お菓子の城”の出店で、地元のこの和菓子店の売り上げが激減。
 ③ 「伝説の羊羹」を作って、モールへ出店して欲しいとのモール側の誘いを、主人は断る。を大型店の誘いには乗らず、モールへの出店はしない。
 《評者のコメント:普通は誘いに乗る。モールへの出店は、この和菓子店の発展に不可欠である。断るという選択肢は経営上、ありえない。》
 ④ 「伝説の羊羹」製作勝負は、モール側の天才菓子職人が負け、和菓子店の主人が勝つ。
 《評者のコメント:和菓子店がモールに出店しなくとも、今後、「伝説の羊羹」の販売で生き残れることを望む。》

5 『平交線』東京農大第一、菅谷侃紀作(生徒創作)
 ① 進学のため部活を辞めることを強制された高2の女の子、児玉が、「死にたい」と言う。
 ② 病気で死んだ高2の女の子、関は「生きたい」と死後も思っている。
 ③ 「生きたい」関の魂と、「死にたい」児玉の魂を、死神が入れ替える。「生きたい」関の魂が児玉の身体に宿り、「死にたい」児玉の魂は、死後の世界にいる関の死んでいる身体に宿る。
 ④ 関の魂は、今や、児玉の身体を持っているので、この世で、関の魂であるとは全く認識されない。(a)関の死を嘆く、関の両親が、「自分は関だ!」と訴える身体・児玉を、拒否。(b)演劇部で、「あたしは児玉じゃない!」と叫ぶ魂・関は、身体・児玉に宿るゆえに、部員たちから狂人扱いされる。
 ⑤ 死神によって、関の魂と児玉の魂が再交換される。この世で、身体・児玉に宿る魂・児玉が、「全力で、この生を生きればいいのだ」と気付く。
 《評者のコメント:身体と魂の入れ替えが、もたらす混乱の物語。しばしば、なされる思考実験。しかし、身体と魂の入れ替えが、思考実験としても、可能なのか、身体と魂の関係の詳細な考察が必要。》

6 『O津(オズ)』東京農大第一、宮本浩司・演劇部作(顧問・生徒創作)
 ① たくろう、まみ、ゆかり、真実くん。架空のサイバー世界の物語、つまり、スマホのSNS(Social Networking Service)における社会関係の物語。
 ② 真実くんは、まみの「なりすまし」の虚人格。
 ③ 架空のサイバー世界の社会関係は、いわばオズの魔法世界。つまり、一人が、たくさんの架空人格を演じることができる世界。
 《評者のコメント:サイバー空間で形成される社会関係と、それを操作する現実世界の人間の社会関係が、どのように相関するか、さらに知りたい。》

7 『お江戸の花形裏拍子』東京農大第一、熱田貴子原作・演劇部脚色(生徒創作)
 ① 吉原花魁の月光太夫。「自由が欲しい」とある男に身請けを頼む。男は、花魁のために金を盗む。
 ② 安政大地震が起こり吉原が壊滅。月光太夫が自由になる。「自由になったからといって、地震で被災した人々を救うことができない」と彼女が嘆く。
 ③ 当時話題のフランス渡来の怪盗かげろうが、「人々の悲しみを盗み出そう!」と大規模な花火打ち上げ大会を仕掛ける。
 《評者のコメント:自己の自由の追求と、人を救うという利他主義の関係の問題。怪盗かげろうは、さすがに、利他主義原則の権化。自由な怪盗かげろうは、利他主義という目標を設定した。》