■ マンガでゾクゾクしたのは久し振りだ ■
2年ぐらい前だろうか?
秋葉原のヨドバシカメラの上の本屋でこのマンガを見つけました。
薄い冊子で、冒頭1話が読める様になっていましたが、
電撃に体を貫かれる様な衝撃を覚えました。
『来訪者バオー』で、荒木飛呂彦の画に初めて出会った時の衝撃に似ていました。
その本の名前は『シュトヘル』。
決して上手い画では無い。
しかし、動きの一瞬を、デフォルメして切り取った見開きの画に、
脳が痺れるような衝撃を覚えました。
近所の西友で見かけた表紙なので、後で買おうと思ったきり、
何故か、近くの書店で見かける事も無く、買えずにいました。
ところが、先日、1巻目だけが、西友の本屋で売られていました。
速攻で購入して、息をする事も忘れて読み終えました。
2巻目以降を、アマゾンで「ポチっとな」しようと思っていたら、
近所のブックオフで5巻目までが売られていた。
・・・これこそが、私とマンガの間にある「縁」です。
当然、大人買い。
■ この画にゾクゾクしなければ、あなたは「不感症」 ■
マンガの画の好みは人それぞれです。
しかし、私は敢えて言いたい。
この画にゾクゾクしなければ、アナタは「不感症」だ!!
上手い絵を描くマンガ家はゴマンと居る。
綺麗な絵を描くマンガ家は、素人にだって溢れている。
しかし、個性的な絵を掛けるマンガ家は限られています。
さらに、「ゾクゾク」させる絵を描けるマンガ家ともなると、
両手の指にも余る。
そして、「ゾクゾクする絵」と「ゾクゾクさせるストーリー」を描けるマンガ家は、
片手の指に余る存在です。
■ 「文字」を巡るスリルングな歴史活劇 ■
舞台はモンゴル帝国勃興の時代。
西夏は宋を退け繁栄を築きます。
西夏では学問が栄え、多くの仏典や歴史書が、西夏文字で翻訳され、遺されています。
一方、繁栄を誇った西夏も周辺から衰退が始まっています。
モンゴルを初めとする騎馬民族に脅かされています。
そして、今まさに西夏の城壁は、モンゴル軍の攻撃に陥落せんとしています。
モンゴル軍の先頭に立つのは、モンゴルに屈したツォグ族の族長の息子ハラバル。
彼の母は皮肉にも西夏の出身ですが、彼はその血に抗うがごとく戦闘に身を置きます。
そして、西夏の城壁の上で、仲間と共に目前の死に無向い合う少女兵士が一人。
彼女は「ウィソ(雀)」と仲間に呼ばれています。
劣勢が確定した西夏軍は、城砦の裏手から退却を余儀なくされますが、
それは敵の罠でした。
一人残らず、討ち取られ、城壁に弓矢で死体が串刺しとなって曝されます。
逃げ遅れた「ウィソ(雀)」は、仲間の代わり果てた姿に愕然とします。
ところが、仲間の死体を目当てにオオカミ達が集まってきます。
群れのボスの体は人よりも大きく、
仲間の死体を食いちぎろうとするオオカミに「ウィソ(雀)」は一人立ち向かいます。
そして、倒したオオカミの死肉を喰らいながら、彼女はオオカミのボスにも打ち勝ちます。
復讐と生への無垢な執着が、彼女をオオカミの様な野生の戦士へと変えてゆきます。
「ウィソ(雀)」は、モンゴル軍が「悪霊=シュトヘル」と恐れる存在となるのです。
■ 守るべき物、守るべき者 ■
ツォグ族の族長の息子ハラバルに復讐を果たすべく、
シュトヘルは執拗にモンゴル軍を襲います。
そんな彼女は、行商人の策謀で、ハラバルの弟ユルールを守る事となります。
ユルールは血の繋がらない西夏出身のハラバルの母に懐いていました。
彼は戦いでは無く、学問を好み、西夏の文字に惹かれます。
そして、西夏の滅亡を目前に、西夏の文字をモンゴルの焚書から守るべく、
玉に刻まれた文字と共に、ツォグ族の下を出奔します。
共には、西夏からハラベルの母が嫁いだ時に付き添った、年老いた従者一人を連れて。
ユルールと行動をともにすれば、彼を追う兄ハラバルと遭遇するだろうと行商人は言います。
そこで、シュトヘルはユルールと行動を共にするのです。
文字を守る事に命を書けるユルール。
西夏文字を何故か徹底的に消し去ろうとするモンゴルの皇帝。
西夏人の血を引く事で、あえて戦いの中で生きる事を選択するハラベル。
そして、モンゴル人を根絶やしするという復讐に燃えるシュトヘル。
物語は、戦いを好まぬ者、戦いに生きる者、戦いでしか生きられない者の
それぞれの思惑を絡めて進んで行きます。
それぞれが、守りたい者と、守りたい物の狭間で揺れ動きます。
■ ナント作者は女性だった ■
この骨太のストーリーと、迫力ある構図から作者は男性とばかり思っていました。
しかし、ナント、伊藤 悠は1977年生まれの女性。
確かに、シュトヘルのキャラクターが男性から見た女性とは一味も二味も違う。
さらに、この作品、もう一つのカラクリがあって、
ジェンダーが非常に不明確になっています。
(・・・・ここら辺は読んでのお楽しみ。)
元町夏生など、青年誌で活躍する女性作家は、
少女漫画の作家達と一線を画する存在ですが、
誰をとっても、個性的で魅力的な作風を特徴としています。
まだまだ荒削りな作家ですが、
それ故に、ペンの勢いを感じずにはいられない魅力的な作家です。
7巻目がまもなく発売になる様です。
はたして、ユルールは文字を守り切る事が出来るのか?
まだまだ手に汗を握る展開が続きそうです。
本日は、レビューというよりも、
ただただ、この作品の存在を知ってもらいたいだけの記事になってしまいました。
マンガはやはり絵を楽しむものです。
私がここで、どんなに言葉を尽くすよりも、
一読して、ゾクゾクするかしないかしか無い作品とも言えます。
そして、この作品にゾクゾクしない方を、私は「不感症」と非難する程に、
私はこの作品が好きだという事を、勝手に皆さんに押し付けずにはいられないのです。
<追記>
伊藤 悠はこの作品のほかに『皇国の守護者』の作画も担当しています。
この作品も、本屋に行く度に「買ってよオーラ」を私に向って放射し続ける作品です。