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経済の最新情勢から、世界の裏側、そして大人の為のアニメ紹介まで、体当たりで挑むエンタテーメント・ブログ。

惜しいなあ・・・「アリス イン ワンダーランド」と「宇宙ショーへようこそ」

2010-07-08 01:05:00 | アニメ




■ アリス・イン・ワンダーランド ■

金融危機後、二番底を予測してきたこのブログですが、二番底が確実になりつつあるので何となくテンションも下がっています。世間が右と言えば左を向くタイプなので・・・。

そこで久し振りに映画とアニメネタを一つ。

全世界で10億ドル以上を稼ぎ出したディズニー映画の「アリス・イン・ワンダーランド」。ティム・バートンジョニー・ディップの黄金コンビが送る実写3D映画です。

「シザー・ハンド」や「バットマン」からのティム・バートンのファンである身としては、当然外せない映画なのですが、何かイヤな予感がして劇場に足が向かいませんでした。尤も仕事の関係で見ない訳にも行かないので、平日の昼間のガラガラの劇場でゆっくり見てきました。

■ ワンダーで無いワンダーランド ■

内容は、成長したアリスが婚約発表のパーティーから逃げ出して、ウサギを追いかけていたら穴に落ち、行った先はかつて彼女が夢に見た「ワンダー・ランド」だったという、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」の後日譚になっています。

監督がティム・バートンですから、一癖も二癖もある映画に仕上がっていますが・・・一言で言って「惜しい映画」になってしまっています。

本来ティム・バートンの良さは、彼の「子供趣向」をデフォルメして観客に見せ付けるある種の「イタズラ心」にあるのですが、「不思議の国のアリス」自体がまさにルイス・キャロルの「いたずら」以外の何物でもありませんから、どうも相殺し合ってしまった感があります。

さらに、3DのCGで作り出された「ワンダー・ランド」は全然ワンダーで無い事は致命的です。そもそも、「不思議の国のアリス」の魅力は、シュールな言葉が喚起する「ワンダー」であって、それをCG映像で見せられても「ワンダー」が発生しません。
ジョニー・ディップも特殊メイクで本人が演じているのか、CGなのか分からないくらいです。

■ 戦うアリスって・・・おいおい・・・ ■

しかし最大の問題点は、アリスが戦ってしまう事です。「不思議の国のアリス」の魅力は、アリスが夢という掴み所の無い世界に翻弄される事で、夢の中ですからアリスの意思など無関係に事態が進行します。

ことろが、今回のアリスはワンダーランドに着いた途端に、「戦う決断」を迫られます。最初は躊躇していたアリスも、仲間を助ける為に剣を取ってドラゴンと戦います。事ここに至って、原作の世界は完全に崩壊してしまいます。原作のアリスは何も決断しませんし、たしして精神的に成長もしません。

■ 「子供でも分かる」という罠 ■

ディズニー映画という事で「子供でも分かる」という事が重視されたのだと思います。「苦難に立ち向かって、困難を乗り越えて、勝利を勝ち取る」というストーリーは子供にも分かりやすく、教育的でもあるのですが、「不思議の国のアリス」の魅力は「訳分かんない」という「分からなさ」にこそあるので、「分かってしまう」映画はCGでどんなにワンダーランドを描き込もうが、既に原作の世界観を失っています。

さらに、ティム・バートンの良さは、「彼の自身のオタク的世界感への偏執的こだわり」にあって、そもそも誰かに「分かってもらう」性質のものではありません。「ドクドクしくて、ちょっとイビツで、メランコリックな恋愛」に観客が勝手に共感するだけの事です。

■ 惜しいなあ・・・ ■

実は「アリス・イン・ワンダーランド」は実に惜しい映画です。物語はアリスが20歳に成長した後日譚で、ちょっとエキセントリックな女性に成長したアリスは実は魅力的です。アリスを取り巻く現実世界の人たちも、ちょっとクセがあって面白みがあります。

私は、この現実世界のちょと変な人達が織り成す「ワンダーランド」が見てみたくてしょうがありません。現実世界で「不思議の国」を追体験するようなエピソードに仕上げたら、きっと名作が出来上がっていた事でしょう。尤も、その場合はディズニー映画にはなり得ませんが・・・。


■ 宇宙ショーへようこそ ■




「アリス・イン・ワンダーランド」がハズレれだったので、口直しで「宇宙ショーへようこそ」を見に行きました。名作TVアニメの「かみちゅ」のスタッフが集結した劇場アニメという事で期待していたのですが、・・・実はこちらも予告映像を見て「不安」を抱いていました。

「かみちゅ」は尾道を舞台に、神様になってしまった女子中学生の日常を描いて、近年日本アニメの傑作と言って良い作品かと思います。以前このブログでも取り上げました。
http://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/20100111/archive

「宇宙ショーへようこそ」はワサビ田が広がる山間の全校生徒5人の小学校の子供達が、夏休みに1週間、子供だけの合宿生活をするというお話。ところが、合宿初日に子供達が助けた犬のポチは、実はイヌ型宇宙人で、彼は助けてもらったお礼に子供達を宇宙旅行に連れて行ってくれます。そして、子供達の冒険が始まります。

■ 覚えていない・・・■

実は、ストーリーを書こうにも、覚えていないのです。130分を超える映画を見たのに・・・、あまりの情報量に脳が麻痺したのです。就学旅行から帰ってきた子供3人が同時に旅行の様子を話出すのを聞いている状態・・とでもいうのでしょうか。

冒頭とエンディングの山間のシーンは完璧でした。ラジオ体操の音楽が流れる早朝の空気感とか、でこぼこ道を走る車の揺れ具合まで完璧でした。子供達も自然の中では魅力的で、「天然コケッコー」を彷彿させました。

ところが、宇宙に行った瞬間から・・・子供達の魅力が100%消失してしまったのです。これは、「不思議」をてんこ盛りし過ぎた為に、個々のエピソードや細かな所作が埋没してしまったのではないでしょうか?

■ サービス過剰? ■

「宇宙ショーへようこそ」は、子供向け映画です。スタッフは子供を喜ばせる為に色々アイデアを繰り出してきます。

宇宙人は・・・犬です。それも結構ブサイクです。これは子供にはたまりません。「ワア・・犬がしゃべった!!」これだけで大喜び間違い無しです。

さらには、色々な宇宙人が画面一杯に動き回っているし、次々にエピソードが繰り出されてくるし、もうサービスのメガ盛状態

スターウォーズのエピソード1とインディージョンズと銀河鉄道999をミキサーに掛けて、さらに昔の東映マンガ祭りの動物キャラが活躍するヨーロッパの童話ものにリメイクしたような状態と表現するのが最適かと思います。

「千と千尋の神隠し」も似た印象の映画でしたが、そこはさすがジブリだけあって、それなりに抑揚をつけて話をまとめていました。

■ 感情移入が出来なかった ■

「かみちゅ」では見事に人物の内面まで描いていた舛成孝二監督ですが、宇宙ショーでは個々のキャラクターがステロタイプで感情移入が出来ない事も気になりました。

「ドラえもん」や「ポケモン」に子供達が感情移入出来るのは、一種の「刷り込み効果」です。小さな時から見続けていれば、キャラクターなど単なる○でも□でも、感情移入可能です。

しかし、単発の劇場アニメで、短時間でキャラクターとシンクロする為には、現実感は重要な要素となります。「宇宙ショー」の失敗は、山村のシーンで獲得した現実感が、宇宙のシーンで情報の海に溺れて、完全に失われてしまう事にあります。

「サマー・ウォーズ」の細田守はこの事を良く理解していて、バーチャル空間ではキャラクターはアバターで単純化していますし、現実とバーチャルを交互に登場させて、リアリティーの喪失を防いでいます。

■ 「宇宙ショー」も惜しい映画 ■

舛成孝二監督は風景と子供達を描いたら天下一品のである事には変わりなく、youtubeで公開されている劇場版冒頭の山村のシーン(22分)だけでも一見の価値はあります。
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00548/v09874/v0987400000000541488/


普通に素直に見れば「宇宙ショーへようこそ」は楽しめる映画です。
googleでググったら、こんな感想ページを見つけました。勝手にリンクして申し訳ありませんが、この方の楽しみ方が正当な楽しみ方でしょう。
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20100706/1278361943

この映画やアリスが素直に楽しめなかった私が、年を取ったという事なのかも知れません。



■ リアリズムを突きつける「KURENAI」 ■



2本立て続けに映画を「外した」ので落胆していましたが、ネットで思わぬ拾い物をしました。

昨年のTVで放映されていたらしい「KURENAI」というアニメが、実に素晴らしい。
http://www.samidareso.com/
監督は「千年女優」で演出を担当したらしい「松尾 衡」という人。製作は「かみちゅ」と同じ「ブレインズ・ベース」。「デュラララ・・」にしても「とある魔術師の超電磁砲」にしても、最近のブレインズ・ベースはいい仕事をしています。

「紅 KURENAI」の原作はライトノベルで、マンガにもなっている様ですが、原作は多分どうでも良い作品でしょう。最近、どうでも良い原作を元に、アニメで徹底的に作り込みをして良作になる例が増えているようです

■ ディテールだけで12話が進行する ■

「KURENAI」のストーリーは単純です。

武道に秀でた高校生の紅真九郎のアルバイトは「揉め事処理屋」という裏社会の仕事。そこで彼が引き受けたのは、7歳のの子供をボロアパートで預かる事。ところが、預かった女の子は大富豪の娘で、さらに彼女には一族の血にまつわる避けられない運命が・・・。

「KURENAI」が素晴しいのは、ディテールを徹底的に積み上げている事。
7歳の子供の仕草、高校生の表情、会話、風景など、これでもかというくらいに細部に拘っています。2話目くらいからキャラクターに血が通いだし、後は一気に12話が進展します。

10話以降で大富豪の家に連れ戻された子供を奪還するというアクションになりますが、作品としての面白さは、ボロアパートで繰り広げられる住人と少年、そして子供のズレまくりながらも、なぜかマッタリとシックリする人間模様です。

■ 会話劇の面白さ ■

アメリカのアニメや宮崎アニメが「動き」を発展させた事とは対照的に、日本のアニメは低予算を克服する為に「会話」を徹底的に発達させました。

「KURENAI」は、この会話の面白さが際立ています。

普通のアニメーションは出来上がった映像の口の動きに合わせて声優が音を当てる「アフレコ」が主流ですが、「KURENAI」で松尾 衡は、先に声優に演技させて、それに合わせて絵を動かす「プレスコ」という手法を用いています。

その効果か、会話がどれも生き生きしています。普通のアニメにありがちな妙な間もありませんし、セリフが重なり合う時のテンポなどは、アフレコでは実現出来ないものえしょう。

■ アニメのチカラ ■

いい年をこいてアニメとは・・・・と世間では思われがちですが、動きの一つ一つ、背景の一枚一枚、会話の一言一言を丁寧に積み上げなければ成立しないアニメは、TVの乱造されるドラマや、CGのビックリ映像とど迫力音響に頼る大作映画に比べて、圧倒的なクオリティーを有しています。(作品にもよりますが)

年に2~3本は水準以上のTVアニメが放映される日本に住んでいる私達は多分幸せなのかもしれません。さらには、日本語でそれを楽しめる私達は、日本人に生まれて来た事を感謝すべきかもしれません。