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経済の最新情勢から、世界の裏側、そして大人の為のアニメ紹介まで、体当たりで挑むエンタテーメント・ブログ。

二酸化炭素と温暖化は悪者なのか・・・武田邦彦の視点

2009-09-10 09:58:00 | 温暖化問題





■ 植物には二酸化炭素とある程度の気温が不可欠 ■

私は環境フェチですが、環境マニアはだいたい矛盾を抱えています。

多くの環境派の主婦は、清潔好きで、毎日欠さず家族を風呂に入れます。
これは、二酸化炭素を多く排出し、水資源も無駄にします。

私も車やクーラーを使用しない代わりに、
熱帯魚なんぞを飼っていたり、オーディオが趣味だったりします。

尤も、我が家の熱帯魚はヒーターが入っていなかったりするので、
冬は辛い思いをしていますが、結構、魚は順応性が高く、
15度くらいの水温でもピンピンしています。

ところが、温度に敏感なものがあります。
それは、水草です。
水草は低温では成長が極端に鈍ります。
しかし、水草の生育に最も必要なのは二酸化炭素です。

■ 水槽は閉じた生態系で、環境変化を観察し易い ■

植物は空気中の二酸化炭素と日光を用いて光合成を行い、デンプンを作り出して成長します。
一般的な環境では、二酸化炭素濃度は地球上のどこでも均一で、
二酸化炭素による植物育成の違いは観察されずらい事象です。

ところが、水槽は閉じた生態系で、水草は二酸化炭素の影響をモロに受けます。
近年流行している「水草水槽」は見た目は大変美しいのですが、
管理に非常に手間が掛かります。

多くの水草は、光を多く要求します。
しかし、しれ以上に二酸化炭素が不可欠です。
水面から溶け込む二酸化炭素量はごく僅かです。
水温が高いので、むしろ二酸化炭素が欠乏しがちです。

魚を多く入れれば、魚の呼吸や、排泄物の分解で二酸化炭素が発生しますが、
水の富栄養化によって、水槽はコケだらけになってしまします。
そこで、「水草水槽」愛好家は、高圧の小型二酸化炭素ボンベを購入し、
水草の為に、二酸化炭素を水槽に供給します。

上の写真は、3年程前の我が家の水槽です。
水槽底面にリシアという二酸化炭素を好む水草がある事からも、
この頃は、私も律儀に二酸化炭素を水槽に供給していました。

しかし、この二酸化炭素のボンベがなかなか高価です。
そして、バルブの操作を誤ると、一晩で使い切ってしまったりします。
そんな事を繰り返すうちに、だんだんと二酸化炭素の添加を怠るようになりました。

下の写真は現在の水槽の様子です。
残っているには、二酸化炭素をあまり必要としない水草だけです。
それも、随分と貧相な状態に陥っています。

植物は高濃度の二酸化炭素の元では成長が旺盛で、
穀類などの収量も増加します。

http://www.mistral.co.jp/co2sensor.html

宣伝的なページですが、ハウス栽培では二酸化炭素濃度を外気の二倍にすると、
植物の生産性は3倍に達するという研究もあるようです。(多少極端ですが・・)


■ 冷夏で作物に影響 ■

今年はエルニーニョの影響で「冷夏」でした。
7月の低温と日照不測で、不作が予想されていましたが、
8月に入って高温が続いたので、作況指数は98程度になりそうです。

こと、米に関しては、93年の冷害などを教訓に、
エルニーニョと気温の関係も予測可能になり、
「冷夏」に対する品種の選定などの技術も向上して、
作況指数が大きく下ブレする事は無いようです。

しかし、野菜や果物の生育は悪く、
スーパーに行けば野菜の値段の高さにビックリします。
さらに、今年はブドウの出来も悪いですね。
小粒で、糖度も足りません。

実は、我が家のベランダの草花も今年は調子が悪い。
生育が旺盛で無く、カイガラムシが異常繁殖しています。


■ 世界的にはどうなのでしょうか? ■

温暖化と穀物生産の関係は世界的にはどうなのでしょうか?

オーストラリアで旱魃が発生し、十分な穀物生産が出来ない様ですが、
オーストラリアを含む南半球の気温は、ずっと低下しています。
温暖化が原因とされるオーストラリアの旱魃ですが、
実は海水温と気温の低下が原因では無いでしょうか?

サハラの砂漠化なども温暖化問題で話題になりますが、
実は、サハラの南縁部の緑化が進行しています。
元々、サハラが湿潤だったのは8000年から5000年以前の話であり、
それ以降は乾燥化が進行しています。
近年の乾燥化は1920年以降の現象で、
人為的な二酸化炭素の排出が問題になる以前からの現象です。

温暖化は水の蒸発を促し、地球レベルでの水循環を促進します。
下図に地球の1万2千年間の気温変動グラフを示しますが、
サハラが緑に覆われていたのは、最も気温が高い時期です。
気温低下に伴って、サハラが砂漠化したと言っても過言ではありません。



さらに言えば、文明は気温の温暖期に発達を遂げています。
近年は寒冷期から温暖期への回復期にあたりましたが、
太陽黒点の異常減少など、寒冷化の徴候も見られ、
地球が温暖化するか、寒冷化するかは意見が分かれるところです。

もし、地球が寒冷化するならば、水循環の低下による旱魃の増加など、
食料生産が低下する事が予想されます。
穀物の収量を増やす為に、あるいは少しでも温暖化を促進する為に二酸化炭素を排出しよう!!
そんな時代がやって来ないとも限りません。

■ 温暖化が悪いと誰が決めたのか?・・・武田邦彦の視点 ■

この温暖化や二酸化炭素は本当に我々にとって「悪」なのかという問題提起は
武田邦彦によって成されています。

地球の気温は、長い時間で見れば変動を繰り返してきました。
現在は氷河期の間の間氷期に過ぎず、
その間氷期の内でも、比較的温暖な時期に相当します。
文明が栄えたのも、先の氷河期が終わり、農耕が発達したおかげです。
それ以前の人類は、毛皮をまとい、マンモスを追って移動生活をしていました。
永い目で見れば、温暖化は私達に恩恵をもたらして来たとも言えます。

「温暖化ははたして悪なのか?」
現代ではトンデモ論的な扱いを受けますが、
植物の育成や、地球規模の水循環の観点からも温暖化が「悪」とは言い切れません。

二酸化炭素による温暖化を主張する学者も、あるいは懐疑論を唱える学者も、
論争している事は、不確かな未来の気温変動のみである事が多く、
気温が上昇する事により、地球環境に何が生じるかの論議は
恣意的なIPCCの報告書の予測に拠っているのが現状です。
さらにそのIPCCの報告書を誇張して、民衆の不安をあおるアル・ゴアの様な人物も居ます。

一方、武田邦彦氏は非常に合理的な考え方をする人です。
彼の論旨をまとめれば、次の様になります。

「二酸化炭素主因による温暖化説は疑わしいが、
 もし温暖化が事実だとしても、日本が単独で出来る二酸化炭素削減の効果は、
 ほぼ無きに等しい。

 温暖化問題が大国のパワーポリティクスや、
 排出権というサブプライムローン顔負けの怪しい商売に取り込まれて行く中で、
 日本人は自分達が損をしないように、上手に立ち回らなければいけない。

 環境省は新たな利権が発生するので、温暖化を利用しようとしているし、
 政治家達も温暖化の周りに利権の匂いを嗅ぎ付けて蠢いている。
 これはリサイクル行政の結果を見ても明白である。

 しかし、その利権も大元は国民の税金であり、
 企業の利益を不当に削って捻出されるという事を、
 そして企業の効率悪化は、価格に上乗せされて国民が負担する事を理解すべきだ。」

武田邦彦氏と、温暖化論者との論争はいつも全く噛みあいません。
武田邦彦は学術的な正しさを競い合っているのでは無く、
何が合理的で得な判断かを問うているのです。

ここら辺の感覚が、学研肌の研究者達にはどうしても理解出来ないようです。
彼らは重箱の隅の瑣末な事柄ばかり気にして、大局を見失っています。
あるいは、あえて視点を逸らす事によって、大局を見え難くしているようにも思えます。

■ 視点の変換、価値観の変換こそが求められている ■

武田邦彦を原子力発電団体の手先と批判する方も多いのですが、
彼の本は、いたって「普通の感覚」によって書かれています。
材料工学や分散工学を専攻していた氏が、
「牛乳パックのリサイクルは本当に資源の節約になるのか?」という疑問を抱いた事に、
彼の環境問題への取り組みの原点があります。

時代と共に、設備やリサイクルを巡るコストや社会環境は変化しますが、
物理の法則に則れば、
「拡大したエントロピーを下げる為には、より多くのエネルギーを必要とする」
という至極当たり前の法則を、
現実に置き換えれば氏の発言は、荒唐無稽とも言い切れません。

温暖化推進論者たちは、氏の科学者としてはややシンプルに過ぎる物言いの言葉尻を捕らえて、
彼を産業界の手先呼ばわりしてきましたが、
はたして、彼らが「リサイクルしてはいけない」の真意を理解しているでしょうか?
単なる国語の読解力の問題ですが、
「リサイクルしてはいけない」の終段は、
真の循環型社会は、快適な生活や大量生産・大量消費を放棄する事だと結んでいます。
そこにこそ、真の心の豊かさがあると・・・。

リサイクル問題にしても、温暖化問題にしても武田邦彦は問題の本質を突いています。

「大麻なんて昔から生えているのだし、日本人もそれを利用してきた。
 それを、大学生が法を犯して吸ってしまった。
 たったそれだけの事で、前途のある大学生の人生を全て奪うような報道は正しいのか?」

こんな、アケスケな発言を教育者・研究者でありながら自身のブログに書いてしまう
武田邦彦は、多分、「王様はハダカだぁーー!」と叫ばずにはいられないヤンチャ坊主なのでしょう。

二酸化炭素25%削減!?

2009-09-09 17:21:00 | 温暖化問題


■ 当分は民主党を応援しようと思うけれど・・ ■

民主党政権に期待して当分は民主党を応援しようと思いましたが、
ネットで見つけた上の画像が・・・面白過ぎます。

さらに、鳩山代表が打ち出した、「2020年までに1990年比で二酸化炭素を25%削減する」発言。
面白過ぎます。

先日、麻生首相が提案した15%削減は、2000年比なので、1990年比では-8%です。
それすら産業界は負担が重いと言っているのに、
-25%は冗談の様な数字です。
2000年比では-30%となります。

■ 「環境倒錯者」しか喜ばない25%削減 ■

民主党が公約とする二酸化炭素の排出削減量-25%は4億2800万トンに相当します。
これは全世界の人為的二酸化炭素排出量約290億トンのわずか1.5%弱です。

麻生政権が試算した25%削減に掛かる国民負担は1世帯当たり年間36万円です。

アメリカや中国、インドなどが具体的な大幅な削減を実行しない限り、
殆ど効果の上がらない事に、巨額なコストを浪費する事になります。
それも、日本人だけが負担を負う事になります。

この政策で喜ぶのは、マゾヒストか環境倒錯者だけです。
(夏でもクーラーを使わず、車も持たない私は、環境倒錯者ですが)

但し、麻生首相の提案が、純粋な国内での二酸化炭素削減量(真水)であるのに対し、
民主党案は、森林吸収や海外事業での削減量を加算しているので、単純比較は出来ません。

民主党の支持団体には環境団体も多いので、
選挙で公約した25%削減を一度は、政策として掲げる必要があるのでしょう。


■ 宇宙人はタイムマシンを持っていた・・・ ■

さて、鳩山発言の真意はいかに・・・。

実は、先々週の「朝まで生テレビ」は地球温暖化の問題を取り上げていて、
これが朝日系列のメディアとしては異例な事に、温暖化懐疑論をフューチャーしていました。
田原総一郎は信用出来ない人物ですが、
何と、武田邦彦始め、二酸化炭素主因の温暖化に懐疑的な人達の肩を持って、
東北大の明日氏を始め、二酸化炭素原因論者達をかなりやり込めていました。
とてもフェアーで無い司会なので評価出来ませんが、
テレ朝もとうとう、懐疑論に転向かと思わせるものがありました。

しかし、本日の朝日の朝刊は、鳩山発言を高く評価しています。
一方、読売の社説は産業界の意見を代弁して、苦言を呈しています。

2000以降の地球平均気温の低下で、一時的に旗色の悪くなった温暖化論ですが、
結論が出るのは5年後か10年後でしょう。
そう、2020年には勝敗は着いているのです。

さて、ここで鳩山発言ですが、
2020年に「温暖化なんて言われてた事もあったよね・・あれ何だったんだろう?」
という事態になっていれば、
日本が25%削減を打ち出して、実行しなくても何ら問題はありません。

そう、きっと鳩山代表はウワサの通り宇宙人で、
彼はタイムマシーンを持っているのでしょう。
今はパフォーマンスとして25%削減を打ち出した方がカッコが良いが、
必ずしも公約を守る必要が無い事を彼は知っているのでしょう。

さすが、民主党。
時代の先を読んでいます。

我々国民はクリーン・エネルギー・バブルに気を付けるだけです。

ゲリラ豪雨・・・名前という罠

2009-08-26 15:16:00 | 温暖化問題


■ 「ゲリラ豪雨」と「集中豪雨」 ■

最近良く耳にする「ゲリラ豪雨」という言葉。
Wikispediaで調べてみると、1960年代以前から使用され始め、
マスコミが好んでこの言葉を使い出したのは2006年以降だそうです。

いうなれば、「集中豪雨」の派手な言い回しです。

「夕立で床上浸水。帰宅の足も乱れる」・・・・新聞の見出しとしてはイマサンです。
「都下で集中豪雨。床上浸水など被害多数」・・良くなってきました。
「突然のゲリラ豪雨。温暖化の影響か?!」・・オオ!!ググッっときますね。

人々は刺激を求めています。
「夕立」よりは「ゲリラ豪雨」の方が、インパクトがあります。

■ 夕立とゲリラ豪雨の違い ■

「夕立」と「ゲリラ豪雨」の違いは、やはり雨量でしょう。

「夕立」がは猛暑によって局地的に発生する積乱雲による大雨です。
日照によって暖められた地表の空気は、
強い上昇気流となって空気を1万メートルの対流圏の最上部まで押し上げます。
大量に水分を含んだ空気は、断熱膨張によって急激に冷却され、
雨の核が急速に発達して、大雨を降らせます。
しかし、元々供給される水蒸気量が限定的ですから、
夕立は直ぐに止んで、被害をもたらす事はありません。

「ゲリラ豪雨」の定義は不明確ですが、
「直径10キロから数10キロの範囲で、短時間に50mm以上の雨が降る事」と、
「梅雨末期や台風瀬近時など、天気図からの予測が比較的困難な事」が挙げられます。
北からの冷たい空気の前進に、南からの湿った暖かい空気がぶつかる事によって、
急速に雨雲が発達し、大雨を降らせます。
要は、局所的な寒冷前線です。

面白い記事を見つけました。
「気象庁気象研究所予報研究部の加藤輝之主任研究官」への取材記事です。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090803-00000002-aera-soci
どうやら、局所的な集中豪雨は、雲底が200m程度と低い位置にあり、
次々に湿った空気が供給される事が特徴の様です。

上の写真は、8月24日の我が家の上空の写真ですが、
強い雨雲が前線に沿って発達しています。(写真では良く分かりませんが)
今年はこの様な雲の発達が、8月だけども何度もありました。
この様な日は、夕刊の見出しに「ゲリラ豪雨」が踊ります。

■ 温暖化とゲリラ豪雨 ■

「ゲリラ豪雨」は温暖化と絡めて語られる事の多い現象です。
しかし、今年はエルニーニョの影響で冷夏です。
温暖化とは反対の寒冷な夏で、何故ゲリラ豪雨が多いのでしょうか?

それは、梅雨末期の気象状況が、ひと夏を通じて続いているからです。
日本の上空で、太平洋高気圧とオホーツク高気圧が絶えずせめぎ合っているのです。
ですから、大量の水分を含んだ暖かい空気と、冷たい空気の境目が、
何度も我々の上空を、行ったり来たりしています。

今年のゲ「リラ豪雨」の原因は、温暖化では無く、
エルニーニョによる太平洋高気圧の勢力減退です。

■ 都市化と豪雨被害 ■

最近、「ゲリラ豪雨」による被害が取りざたされます。
しかし、豪雨被害など昔からありました。
私が子供の頃は、全国で河川が良く氾濫していました。

しかし、昨今の河川の氾濫は、都市河川の氾濫が多いようです。
神田川も一時期、良く溢れていました。
コンクリートで固められた都会では、雨水は一気に河川に流れ込み、
小さな川でも、直ぐに氾濫してしまいます。
最近は地下の貯水施設が整備され、神田川の氾濫も無くなりました。

都心に限らず、都市化と河川の氾濫は無関係ではありません。
田んぼは、大きな保水能力を持っていすが、
田んぼを埋め立てて、宅地造成すれば保水力は大きく削がれます。
そのために宅地の中に多くの調整池が作られていますが、
かつての田んぼによる保水力には及びません。

■ 権利意識と洪水被害 ■

昔は「大雨が降って川が溢れる」というのは自然の摂理でした。
中国でも、日本でも治水は政治の基本でしたが、
洪水が起きても、人々はある意味、自然の営みとして諦めていました。

現在、河川が氾濫すると、人々は先ず国土交通省を責めます。
何故、事前に予測して堤防を補強していなかったのか・・・と。
人々の権利意識が強くなってしまったからです。
そこで、国土交通省も逃げを打ちます。
「1時間に50mm~60mmまでの雨を想定して河川改修を行っている」と。
「それ以上の予測不能な豪雨には、現在の堤防は対応していない。」と。

これはある意味正しい見解です。
1時間に100mm以上の滝の様な雨は、その地域においては100年に一度くらいですから、
全ての堤防をその基準で改修すれば、大変なお金が掛かります。
喜ぶのは、政治家と土建屋だけです。

■ 全国で考えれば、100年に1回は日常茶飯事 ■

しかし、全国レベルで考えれば、100mm以上の集中豪雨は、
ある確率で、何処かで発生しています。
100年に一度の集中豪雨は、実は日常茶飯事なのです。

私の中学は低地にありました。
私が中学1年の夏、土曜日に部活をしていたら、
それこそ滝の様な大雨となりました。

畑の中の窪地(かつては沼地)にあった中学は、見る見るうちに水没し、
急遽学校に駆けつけた校長先生の軽自動車は、
生徒が見ている前で、川と化した農道から畑に転落し、
残っていた男子生徒が駆けつけて、車を持ち上げて道に戻しました。
校舎の屋上の排水溝の能力以上の降雨によって、屋上がプールと化し、
ドアからちょろちょろ漏れる水に興味を示した一人の生徒がドアを開けた瞬間、
校舎3階に怒濤のごとく水が溢れ出しました。
教室は水溜りに、階段は滝になりました。
午後、8時頃、車に乗ったお母さん達の救出隊が、
バンパーの上まで来る水を掻き分け、学校に乗りつけ、
ようやく帰宅できました。

・・・さて、昨今の「ゲリラ豪雨」でも、ここまでの事態には至っておりません。
尤も、今年、何十年ぶりかに、屋上がプールになり、階段が滝になったそうですが・・・。

このように、30年以上昔から「ゲリラ豪雨」はありした。

■ 温暖化と降雨 ■

温暖化によって空気中の水蒸気量が増大しましので、
雨量は増加すると考えるのが普通です。

しかし、日本の降水量が年々増加しているかと言えば、そうではありません。
下のグラフは、日本の年間降水量の推移を表しています。
社団法人 日本河川協会 「河川事業概要2007」から抜粋しています。
http://web.pref.hyogo.jp/contents/000092735.pdf

このデータでは、日本の年間降水量は緩やかに減少しています。



一方、1時間に100mmを越す集中豪雨の回数は近年増加傾向にあります。



一見すると、温暖化が集中豪雨増加の原因の様にも思われます。
しかし、地球シュミレーターによる集中豪雨予測の計算結果は、
現実の出現頻度を正しく再現出来ていません。(黄色の範囲)



シュミレーションのグリットが5Kmでは、
「ゲリラ豪雨」の様な局地的な減少はシミュレート出来ない様です。
前出の「気象庁気象研究所予報研究部の加藤輝之主任研究官」の記事では、
グリットを1.5Kmにしたら、局地的豪雨を再現出来たそうです。

最後に加藤主任研究官の言葉よ引用します。

<引用>

集中豪雨が増えている原因は何か。加藤さんはこう言う。
「地球温暖化がどのくらい影響しているか……わからないですねぇ。二酸化炭素の増加が温暖化にどう影響しているかも、よくわからないのです。海面水温が上がれば、蒸発で空気中の水分が増えるから、こういう例は増えるかもしれませんが、まだまだわからないことだらけなんです」

<引用終わり>

結局、気象予測は未だ、発展途上の学問で、
加藤主任のコメントは科学者としての良識が感じられます。

■ 雨の呼称 ■

かつて、日本人は雨にいろいろな名前を付けていました。
時雨、夕立、村雨、五月雨、梅雨、菜種梅雨、
翠雨、麦雨、甘雨、秋霖・・・
どれも趣のある呼称です。

それが、現代では「ゲリラ豪雨」です。
なんと無粋な・・・。

何はともあれ、「集中豪雨」が「ゲリラ豪雨」と呼称され、
二酸化炭素主因の温暖化問題と結びつけられた時、
マスコミはニュースのネタが見つかって喜び、
人々は得体の知れない「ゲリラ豪雨」に、ちょっとワクワクし、
河川局は予算獲得の手段として活用し、
政治家と土建屋がニヤリとしたという事でしょうか。





グリーンバブルに要注意

2009-07-09 03:49:00 | 温暖化問題


■ 値上がりする「環境株」 ■

蓄電池の「GSユアサ」など所謂「環境株」がブームの様です。
政府が主導するグリーン・バブルを先取る動きでしょう。

先日の新聞記事にもありましたが、
東京電力も来るべき自然エネルギー普及に備えて、
自然エネルギーの不安定さを吸収するバッファーとして、
大掛かりな蓄電設備を建設する予定があるようです。
日本版スマートグリットの一環の様です。

各家庭の太陽光発電、スマートグリット、ハイブリット車、電気自動車など
蓄電池の需要は大幅に増大する事が見込まれます。

■ 脆弱な政府主導のグリーンバブル ■

温暖化に絡む現在の状況は「政府主導のグリーンバブル」と言えそうです。
しかし、冷静に考えると、「グリーン・バブル」は基礎が非常に脆弱です。

ドイツなどの自然エネルギー利用は、
「緑の党」が政権に加わった事に端を発します。
緑の党は「原発廃止」を公約に掲げていた為、
ドイツは2020年の原発を廃止を目指してして、
自然エネルギーの開発を推進してゆきます。

税制の優遇や、自然エネルギーの高値買取など、
政府の補助でバックアップしながら、
民間の投資を呼び込んでいました。
民間ではエコ・ファンドの様な資金もあり、
環境に貢献する技術や事業に積極的に投資を行っていました。
しかしその結果、ドイツの電力料金は5年間で2倍に跳ね上がりました。

一方でドイツはフランスから大量の安い電力を購入しています。
フランスの電力は80%が原子力発電ですから、
事実上、ドイツは原子力発電の利用国です。
さらに、アルミニウムなど大電力を必要とする工場は
国外に移転しましたから、自国外でクリーンで無い電力を消費しています。

一方、世界的不況で、自然エネルギー分野はの投資は冷え込んでいます。
何故なら、電力が足りなければ「安い電力」を買えば良いからです。
経済の危機的な状況にあって、フランスからの電力購入は増大するでしょう。

経済危機が長引けば、「緑の党の政策であって必然で無い」ドイツの環境ビジネスは
危機に立たされます。


■ 日本においても非効率な自然エネルギー ■

日本は好むと好まざるとにかかわらず、原子力発電推進国です。
世界の3大原発グループを抱え込んだ今後、
この動きはさらに加速するでしょう。
国際原子力委員会(IAEA)の委員長の座を日本人が獲得した事からも、
政府の本気度が伺えます。

地震における柏崎原発の操業停止も、活断層の真上で地震被害を受けながら、
原子炉はダメージを受けなかった事が、逆に日本の原発技術の安全性を証明し、
国際的にも評価されています。

一方、自然エネルギーは政府の支援無くしては採算の取れないビジネスです。
将来的には石油が枯渇し、ウランも高騰しますから有効な技術ですが、
原油価格が100ドルを突破しても、
自然エネンルギーはその2倍以上コストを必要とします。
ドイツの電気代が2倍になった事でも明らかです。

現状、太陽光発電や風力発電は不安定で質の悪い電力です。
この様な「粗悪」な電力が増加すれば、
本来不必要な蓄電設備が電力網の中に必要になります。
蓄電池の寿命は10年~15年程度ですから、
温暖化の名の下に、石油が枯渇してから必要になる貴重な資源を無駄に浪費します。

■ 投資リスクの大きい自然エネルギー ■

今後2年間は経済状況は悪化こそすれ、好転は見込めません。
財政出動にも限界があります。
その様な状況の中で、エネルギーも効率が重視されて行きます。

現状は「温暖化」が追い風となって国民の支持を得られている自然エネルギーも、
国民負担が増大すれば、風向きが変わってきます。

さらに、「温暖化」のメッキは大分剥げてきています。
気温低下の傾向が顕著になれば、政府やIPCCがいくら「温暖化」を主張しても、
「懐疑論」が優勢になる事を防ぐ事が出来ません。

そこで「グリーン・バブル」が弾けます。

長期的に見れば、とても重要な自然エネルギーですが、
石油の枯渇が本格的になるまでは、様々な投資リスクが付きまといます。

■ 利益が出る事が環境にも優しい ■

市場原理主義的に聞こえるかもしれませんが、
実は利益が出る事が、効率化が追求され、一番環境に優しいと言えます。

補助金に支えられた技術やビジネスは不効率で、
LCAを検討すれば、実は環境負荷が大きいと分かるはずです。
(LCA自身、非常にバイアスの掛かり易い評価ですが・・)

私は自然エネルギー反対論者でも、原発推進論者でもありませんが、
現状の自然エネルギブームは、温暖化問題とともに一度終焉すると見ています。
実際に1980年代のアメリカのクリーンエネルギーブームは短期で終焉しました。

やはり、本格的な自然エネルギーの普及は、石油が高騰してからになるでしょう。

■ 人為的な石油高騰 ■

現状、オバマの「グリーン・ニューディール」は掛け声ばかりで、
具体的な動きは見られません。
民主党のゴアの支持母体が原子力団体であったり、
民主党をレアメタルのシンジケートが支持していたりする点を考慮すると、
アメリカ版「グリーン・ニューディル」はスリーマイル島事故以来停止していた、
原子力発電所の建設の再開が主目的でしょう。
又、前時代の遺物と化している送電網の近代化を図る理由付けに使われています。

風力や太陽電池は環境派に対するカモフラージュと、
来るべき石油枯渇に備えた種まきと見るのが妥当かと思います。

もし、アメリカが本気で自然エネルギーに舵を切る時は、
利潤追求の上からも、石油高騰が不可欠となりますから、
中東での戦争を本気で心配する必要が生じます。

石油高騰は現在の所、経済に大きなダメージを与えますから、
可能性としては低いと言えますが、
もしオバマが本気で「グリーン・ニューディール」を推進し始めたら、
我々もそれなりの覚悟を決める必要がありそうです。

日本の二酸化炭素は減らせる

2009-07-02 13:28:00 | 温暖化問題
年金問題で人口統計を見ていて気付いた事が一つ、
実は、少子高齢化においては、削減努力などしなくても
二酸化炭素は削減できます。

日本の「就労可能者人口」(15歳から65歳)は1995年にピークを迎え、
8187万人を記録しています。
少子化の影響で、2030年には、7000万人(マイナス14.5%)。
2050年には、5389万人(マイナス34.2%)。

65才以上の高齢者が、いきなり工場に駆り出されたり、
大量の移民が発生しなければ、
この「就労可能者人口」はほぼ確定した数字です。

そして、日本のGDPも、生産性の革命的変化が無ければ、
これに比例して低下して行きます。

GDP当たりのCO2の排出量は、減りこそすれ増える事はありませんから、
日本が今後、プラスの経済成長を何が何でも達成するという「無根拠な夢」を捨てれば、
案外、日本の二酸化炭素の削減は簡単かもしれません。




上のグラフはゴールドマンサックスが予想する2050年度の各国のGDP。
日本は順位こそ低下していますが、GDPは現在の1.5倍に拡大しています。
はたして、日本のGDPは順調に伸びて行くのか?
それとも、成長の限界を経て、低下してゆくのか?