Mさんは心許せる朋(とも)のひとりである。
小ブログ「<Mさんと林檎>」で、“ 長い間付き合って貰えたのは、彼の穏やかな人柄に拠るところ大きく感謝のほかない ” と書いた。
その彼、一年ほど前に待望のお孫さん、いわゆる外孫。に恵まれ、年の暮れに会った折に話がそのことになると相貌が緩んで、好人物が好々爺のお面を付けたような雰囲気?を漂わせていて微笑ましかった。
ところで、話は3月のある日の午後に遡る。
病室から眺める景色は、春の暖かな陽射しにうららかに輝いていたように覚えている。
ドアをノックする音に「どうぞ」と返すと、なんとそのMさんの顔が覗いた。
一連の入院、誰にも伝えなかったのだが、拙いブログでも連載が途絶えると心配して下さる方もあって、退院後に「<春よこい>」で顛末を詳らかにしたことはご案内のとおり。
彼もそれで知ったらしいのだが、「病院の名前を書いていなかったので困った」と言う。
その後、「<春がくる>」で、“ 飛び石連休(注:春分の日前後のこと)の狭間辺りにストーマの閉鎖手術を ” と書いたが、前後のブログから「おそらく××病院」と推量、態々(わざわざ)お見舞いに来てくれたという訳。
名探偵ポアロやホームズの顔色なからしめる迷?推理と感じ入ったが、たまさかその日は、前夜から絶えず押し寄せる嘔吐感に苛まれていて、満足な応接もできず礼を失することになって、嬉しさとともに恐縮しきりだった。
先日、主治医の言う「閉鎖後の予後、半年」が経ったこともあって近況報告と併せ、“ 美味しい酒でも?” とメールを送ったところ、“ 本復を祝して盃を “ と嬉しい返信が届いた。
ちなみにMさんとは昔から、各々が注文した肴で手酌が専ら、二合ばかり呑むときっぱりと盃を伏せる。
ひとつの肴を突きあう気兼ねや注いだり注がれたりの煩わしさがなく、限(き)りの潔さも好もしい。
あたかも先の日曜は、古来、菊花を飾り酒を酌み交わして祝ったという “ 重陽の節供 ”。
夏がゆき秋がくるにつれて、名利に恬淡な朋としみじみと酌む酒は美味く、語らいは楽しい。
蛾に好かれた?「蓮の実」とネリネ(彼岸花科)に見紛う?「彼岸花」、散歩の折に浄土宗のお寺さんの境内で撮った。
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.513
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