パパと呼ばないで

再婚した時、パパと呼ばないでくれと懇願した夫(←おとうさんと呼んで欲しい)を、娘(27)「おやじ」と呼ぶ。良かったのか?

今日のお昼ご飯

2005年06月14日 | Weblog
だらだらと書き連ねてるこの日記。
読んでるお暇な方なんていないわと思って油断してたら
トラックバックなぞをしていただいてた。
気づくのにずいぶん時間を要してるので
今さらお礼のコメントもはづかしいわ。
それに未だこのトラックバックなるものを良く理解していないこともあり
反省の意を込めて、練習版にトライすることにする。
「今日のお昼ご飯」ねえ~
今DSのコマーシャルで「脳を鍛える大人のためのDSトレーニング」を
よく見かける。
そのたびに「おとといの夜ご飯」を思い出せない私・・・
小学生の頃、給食にくじらが出てたことは昨日のことのように
思い出せるのに・・・
きっとこれでは脳年齢87歳くらいだわ。
娘がお誕生日にDSをねだった時はきっぱりと拒絶しておきながら
もうすぐやってくる自分のお誕生日には
夫にDSと、このソフトをねだりたい気分。
さて、本題!(長い枕・・・)
今日のお昼ご飯は今からチキンライスを作ります。
あさって私に「火曜日のお昼ご飯何食べた?」って誰か聞いて!

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早期発見・そして決断するということ

2005年06月14日 | Weblog
6月13日(月)晴れ
梅雨に入ったと聞いたとたんに雨が降らないのは毎年のこと。
でもいいのさ!雨は嫌いだから。
腰の調子もぐっといいここ数日。
気持ちも穏やかだ。
やはり人間、健康一番だと実感!
さぁ!シトロバクター菌も消滅したかの確認にいかなきゃ!
しかし・・・またも尿検査に潜血がみられるとのこと・・・
がく~ん!
子宮ガン検診の検査結果は?と先生に聞くと
それは自宅に直送されるとのこと・・・
え~っ!それを最初に言ってよ!
腹痛腰痛は婦人科系からのものでは?と疑ってたとこに
ちょうど区の無料検診の案内を見て婦人科に駆け込んだ。
流れるままにここで尿検査もすることにしたが
子宮ガン検診の結果が郵送と知ってたら
尿検査は内科に行ってたぞ。
産科中心のような近所の産婦人科病院に毎週毎週通い
妊婦さん達にまざってピンクのラブリーな待合室に座る居心地の悪さったら・・・
と思いつつも「来週までの辛抱」と自分に言い聞かせてとぼとぼ帰宅する。
そこのラブリーなソファーに座ってる時にテレビが点いてて
ちょうど乳がんの特集。
温存方法を選択した人が今元気に生活してる様子が出ていた。
私はもし「乳がんです」と宣告されたら
即、切るね。
乳がんに限らず、がんと名のつくものを言われた時点で
即切ってくださいと言うと思う。
乳房を残したいという強い思いで抗がん剤の副作用に耐えた様子の彼女。
残すために自分でインターネットでいろいろ調べて
病院を選んだという。
この冷静さが私にはないなあ。
がん=死・・・だから早期発見して即手術がベストと思ってしまう。
これは子供時代の同級生のことがあるのかもしれない。
5年生で骨肉腫を宣告されたいっちゃんは持久走大会で一位をとるような
元気な女の子だった。
おかあさんはこの子の足は絶対に切らない!と東京の病院につれて行ったりしていた。
中一の夏に当時の担任から連絡が来て、
数人でお見舞いに行った。(これはきっと家族からの要望だったのだろう。
元気で薄情な私達は彼女のことを忘れかけていて
しかし5年で入院した彼女にとっての友達は私達だけだったであろう。)
その帰りに友人の1人が「いっちゃんの足すごく腫れてた。
病室に入った時すぐにおかあさんが毛布で隠したけど・・・」
それからまもなく職員室の黒板にいっちゃんの名前が書いてあって
亡くなったらしいとまた友人から聞き
外から職員室をのぞいて愕然としたのを憶えている。
母が「発病した時点で切断してれば生きていられたかもしれないのにね」という言葉が
ずっと頭に残った。
その母は、甲状腺に腫瘍が見つかり、迷う間もなく切除。
その後も子宮をとったりしている。
結構病弱なわりに生きながらえてるのは
この早期発見、早期治療のたまものではないかと
思うのである。
お医者さんによっては「どうして切っちゃったの!」と言うお医者さんもいるらしい。
しかし元気に生きていてくれるのだから
私は母の決断は最良のものだったと思っている。
しかし冷静さと情報収集の大事さだけはいつもどんな時にでも
頭においておかねば・・・
ついついぱ~っと突っ走ってしまうところがあるからねえ。
その点冷静沈着沈思黙考して行動するタイプの夫。
私が暴走したら立ちはだかって止めてね。
夫は今夜も10時がまわってからの帰宅。
鯵の塩焼きと茄子のはさみ揚げ、いわしのツミレ汁。
いわしのツミレ汁の中に昨日海で採ったあさりを1人一個づつ。
「東京湾のあさりだなんて大丈夫かよぉ~」とイヤそーな顔で食す。
食後、ソファに腰掛け二人で話してると寝てると思ってた娘がいつの間にか
ごそごそと這い出てきてなぜか会話に参加している。
「あんたは早く寝なさいっ!」
こうしてまたいつもの一週間が始まった。

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閉所恐怖症

2005年06月13日 | Weblog
6月12日(日)晴れ
私は高所恐怖症だし、スピードの出るものも得意じゃないし
遊園地へ行ってもかなり限定された遊具でしか遊べない。
お化け屋敷も子供の頃から苦手だった。
中一の時、叔母と行った天草の遊園地ではお金も払い、
意を決して入り口に入った時
入り口の人が何か後ろに合図を送り、何か物音がした瞬間「ぎゃ~っ!!」
叔母と同時に逆走して入り口から飛び出してしまい
入り口の人が大笑いして「もう一回入ってもいいよ」と言ってくれるのにもかかわらず
もう二度と入れなかった。
3度ほどディズニーランドにも行ったが
絶叫系には何一つ乗っていない。
そんな苦手なものが多い私にさらにまた一つ加わった。
閉所恐怖症・・・
それもかなり病的。
というのも、金曜日に腰のMRIを撮るために近所の病院へ行った。
娘に脳波異常という持病がありCTだ、MRIだと毎年定期検査を受けていたので
どういうものだということは理解しているつもりだった。
しかし実際体験するのは初めて。
検査着に着替えてカプセル状のベッドに横になり
グングンと機械の中に入る感覚が怖くて目をつぶってしまった。
今思うとこれが敗因。
20分ほどだと聞いていたので寝てればいいと思ったのだが
ふっと今地震が起きたらと考えてしまった。
そうしたら怖くて怖くて、息苦しくなり、深呼吸をしたくなってしまい
そうなると過呼吸症候群になるんじゃないかと思い(ここで夫大笑い。
君も次から次に余計なことを考えるんだねえ~と)
心臓がまさにばくばくしてて
もうだめだ!この緊急用スイッチを押すしかない!と思い
ゆっくり目を開けた。
するとかえってちょっとだけ落ち着き
「もしここでこのスイッチを押してしまうと
これから先二度とMRIという検査を受けることが怖くてできなくなる!
もう少し頑張ってみよう。」と思い直し、ゆっくり呼吸したりして
少々動いてもいいや!と手足をそっと動かしてみたりした。
長い長い20分が経過し、ドアが開く音がして
足元で人影を感じた時本当にほっとした。
よろよろとベッドから降り、着替え終わった頃少し落ち着いたので
看護婦さんに「皆さんこの検査大丈夫ですか?」と尋ねると
「え?不安になりました?」と逆に聞かれる。
皆さん大丈夫だってことね。
これがきっかけで狭いところがだめになったらどうしようと
帰りながら心配したがとりあえずエレベーターもクリア。
我が家の窓のないトイレもクリア。
いやぁ~でも本当に初めて体験する恐怖感だった。
土曜日、薬が効き始めたのか腰がだいぶいい感じ。
先延ばしにしてた眼鏡屋さんに3人で行く。
私は普段コンタクトだし朝晩だけだから安いのでいいや。
そうなると選択肢が限られてるので即決。
しかし普段からこだわり派の夫は店内をぐるぐるぐるぐる。
なかなか決まらない。
すっかりお腹がすいて近くの定食やさんで食べてから帰宅。
私のご飯を半分、娘のカレーの残りを食べさせられた夫は
さすがに食べ過ぎて苦しい様子。
腹ごなしに自転車で海を見に行く。
途中高架下で太鼓の練習してる集団や
サックス吹いてるおじさんを見て、突然娘のトランペット熱再燃。
「明日トランペット持ってきて私もここで吹く!」
で、翌朝なんだか騒々しい。
夫を巻き込んでお弁当を作ってる。
一番最後に起きてぼーっとしてる母の前に
すばらしい朝食が並べられるのであった・・・
そしてお弁当とトランペットを持った娘が出て行った。
それからしばらくすると夫が様子を見てくるよと出て行き
さぁて、ランチくらいはちゃんと私がつくらなきゃねえ~と
坦々麺の準備をしてるとメール。
「今臨海公園に来ています。早くおいで!」
う~む、1人でちゃりを飛ばすには遠いなあ~
でも腰の調子もいいし、運動不足からの腰痛かもしれないんだから
ちょっと走るか!
お天気もいいし、たくさんの人達がきている。
しかし何度も来ている夫は人ごみを抜け
鳥類園の方へ。
をを~っ!海が近い!
娘はもうサンダルを脱いでる。
夫と二人遠浅の海岸で戯れる図を堤防に座って見てる母。
今日も楽しい1日でした!
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祝!サッカーW杯出場決定

2005年06月10日 | Weblog
6月9日(木)晴れ
8日の夜、7時くらいに夫からカエルコール。
サッカーの試合を見ようということで
皆早く帰ることにしたらしい。
を~っ!平日なのに家族そろってご飯食べられる!
麻婆茄子、チキンカツ(ポテト巻き)、もやしとにら炒めのとうふあんかけなどを
食しながらサッカー観戦。
いやぁ~興奮しましたねえ。
相手は北朝鮮だしねえ~
罰則を背負っての出場とか。
死に物狂いでかかってくると思うと怖い!
夫とちょっと話しに夢中になってた瞬間にゴール!
あ~ッ!見逃してしまった・・・
柳沢がこぼれだまを見事に入れ込んだ様子。
えらいっ!
ちょっと応援にも余裕が出てきたその時またもチャンス!
今度は大黒!
余談だが彼を娘はイケメンと呼ぶ。
ちょっと違うような気がするのだが・・・
彼女は夫の弟もイケメンだと思ってる。
私にいわせりゃちょっと違うのだが、声を大にして言うことでもないので
にこやかに聞き流している・・・
大黒なんて、きかんたれそのものの顔ではないか!
そこがかわいいけど。
ちょっと岸谷吾朗(漢字がわからん・・・ビミョーに違うなこりゃ)
に似てる気がする。
そんなことはどうでもいい。
大黒がいい位置にいて、独走態勢。
もうここで「シュート!打て~っ!」と叫ぶ二人。
しかしさすが大黒、プロだね、ちゃんとキーパーをよけての
見事なシュート。
すばらしいっ!!
最後のあたりでちょっと危ないプレーがあり
怒った北朝鮮の選手がなぐりかかり
あわやというシーンもあり、ちょっとどきどきしたが
無事試合終了。おめでとう!ニッポン。
で、翌日の報道ステーションには大黒と宮本が出演。
私はニュースステーションの久米氏がそう好きだったわけではない。
どちらかといえば筑紫さんの方が好み。
しかし報道ステーションが始まった時
やはり久米さんと比較して見てしまうし、
長寿番組を引き継ぐ形というのは大変だろうなあと思ったのを憶えている。
どらえもんの声が大山のぶよさんから交代したというニュースの時
彼が自分と重ね合わせてコメントしたのを聞いて
彼のプレッシャーの重さに耐えてきた姿を感じとった。
かなり好意的に見てきた。
しかし夕べの宮本や大黒に対しては、ちょっとおもしろくなかったぞ。
口の重い彼らにしゃべらせるということは確かに大変で
ついついちゃかすという手段に出てしまったのかもしれないが
きちんとまじめにしゃべる宮本に対して
カッコイイこと言って~またこれで好感度アップですよみたいな発言。
さすがに宮本もむっとして「本当にそう思ってる」というようなことを言った。
古館氏自身も自分がしゃべりすぎてる、軽くなりすぎてるということは
感じていたようで最後にちらり反省の言葉のようなものをきくことはできたが
私の中では古館氏の好感度はかなりダウンだ。
帰国したばかりの彼らはまた明日からドイツ遠征だそうだ。
頑張れニッポン!
この観戦のための早帰りが尾を引いたわけではないらしいが
今夜の夫の帰宅は11時・・・
餃子、大根とホタテのサラダ、くずし豆腐のスープを食べる。
明日は金曜日。
ゆっくりお酒を呑んで疲れを癒してね。
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父と息子の関係

2005年06月08日 | Weblog
6月7日(火)晴れ
腰は痛いが卵を買わねば・・・
今日は○ャスコの火曜市。
自転車漕ぐのは歩くよりずっと楽。
椅子に腰掛けてると痛いのになぜに自転車だと
大丈夫なのか???
○ャスコで買い物袋いりませんというと
スタンプカードにはんこ押してくれて
一枚いっぱいになると100円引きというサービスは知ってた。
お花の袋は別に入れてくれてもはんこくれるし
○ルエツと違い、レジ係の人たちもほんと丁寧で対応良くて
気持ちいい。
おまけに牛乳パック10枚でトイレットペーパー1個と
交換してくれるというサービスもあるということを
つい最近知り、早速持って行ってみる。
○イズマートに寄り日替わり特売品を買って
○信屋で19円のもやしと大葉を買って帰宅。
先日図書館で借りた雑誌に載ってた保存法に従い
大葉や納豆を冷凍する。
パウンドケーキも作って冷凍する。
どんどん冷凍庫が埋まっていくのを見るのは
嬉しいが、それで安心してしまって
使う機会を失いがちなので目安一ヶ月ということを
憶えておくこと!
今夜はいかとチンゲン菜のオイスターソース炒め、
野菜サラダ、大根の皮とインゲンのスープ。
お風呂に入ってると娘が誰かと電話でしゃべってるのが聞こえる。
れんげちゃんだったらしく
夏休みに1人で東京に遊びに来るという連絡だった。
一つ下のれんげちゃんと娘は
性格が全く違うように見えるのだが
気が合うらしくとても仲良しだ。
れんちゃんのおにいちゃんが娘と同級生で
同じ空手のスポーツ少年団に入っていたということで
知り合った。
れんちゃんのママと私もミョーに気が合い、
子供をだしにしては一緒に親子ぐるみで遊んでいた。
私が「腰痛がひどくてねえ~。
尿検査でもひっかかるしさぁ~」というと
彼女は彼女で咳が止まらなくて3軒病院をはしごして
やっと喘息だということが判明したらしい・・・
大人になっても喘息って罹るんだねえ~
と思ってたら先日テレビで大人の喘息のことを言ってた。
引越しとかで環境が変わると喘息になる人がいるらしい・・・
私も気をつけなきゃ。
それに彼女、今首を痛めて整骨院にも行ってるとかで
「お互い年だねえ~」
帰宅した夫に今朝の朝刊に出てた丸谷才一氏のエッセイの切抜きを見せる。
漫画家の赤塚不二夫氏のことを書いたもので、
父親の死に関して赤塚氏が言った言葉が出ていた。
「親爺、死ぬ間際まで、NHKの受信料の集金人やってたの。
辞めろって言っても、聞かなかった。
働きづめの一生だった。
受信料払ってくれない家には、オレの色紙持って、
何回も頼みに行ったんだって。」
NHKの受信料問題やら、赤塚氏の作品と現代社会について
いろいろ述べられてるが
とにかく私はこの父親と赤塚氏の関係にじ~んときた。
仕事に誇りを持ち、息子の厄介になる事を良しとせず
そしてその息子を誇りに思っている父、
そしてそんな父を誇りに思う息子。
娘と母親の関係とは少し違う匂いがする。
夫と義父の関係もちょっとそれに近い気がする。
二人とも言葉の少ない人達であるが
それぞれがお互いを誇りに思ってるのが
言葉の端々から見える。
夫と義母との関係とは少し違うし、
妻としては、義母と夫との関係より義父との関係のほうが
穏やかな、そして少しうらやましい目でみることができる。
もうすぐ父の日。
去年はお昼寝セットといって
甚平とござと枕のセットを贈ったなあ~
今年は何を贈ろうかな。

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母と娘の関係

2005年06月07日 | Weblog
6月6日(月)快晴
腰は超痛だがこんないいお天気にお布団干さないわけにはいかぬ。
洗濯干して、9時を待って病院へ。
腰も激痛、時々腹痛もと先生に訴えると
もう一週間抗生物質を飲んでみましょうと言う。
う~む・・・婦人科系の疾病を疑って
婦人科に駆け込んだのが失敗だった・・・
先生に尿検査で検出された「めったにみられない菌」とは何という名前でしたっけ?
と尋ねると「シトロバクター」とのこと。
でもめったにない菌だからあまり出てないと思うよ。と相変わらず
めったにない・・・を連発される。
帰宅してインターネットで調べると
いろいろ引っかかりはするものの
なぜそういう菌が尿に存在したのか、
どういう経路で体にとりこまれたのか
その菌はどういう病気を生むか?
聞きたいことはたくさんあるのに「ビンゴ!」って答えにぶつからない。
福岡で海外旅行から帰国した3名に赤痢が見られ
シトロバクターが検出されたという記事、
「途上国の水事情」とかいう文献の中に出てくる菌だったり・・・
なんだか自分がひどく不衛生な生活をしてるといわれてるようで
ちょっと悲しい気分・・・
今夜は肉豆腐、きゅうりといんげんのトマトドレッシングがけ、
小松菜のお浸し、厚揚げと水菜のお味噌汁。
夕方娘にピアノを教える。
恒例の親娘ケンカのになる。
先生に対しては決してそういう態度はとらないであろうが
親には遠慮がないので、ちょっと注意するともう不機嫌な態度。
短気な母はキレる。
今日行った病院の待合室で読んだ婦人公論のテーマが
母と娘の関係についてであった。
ざ~っと目を通しただけだが結構おもしろかった。
明日図書館にでも行って、じっくり読んでみようかな。
伊藤比呂美さんの意見は特におもしろかった。
子育て真っ最中で、試行錯誤、「きーっ」となりがちだった頃
彼女の育児書(?)を読んで救われた。
「子供より親が大事!」と言い放ち、
子供はかわいいけれど、ずぶずぶと溺れることなく
育てていってる様を見て「これでいいんだぁ~」と思った。
今また彼女が言う。
自分と母親との関係、自分と娘との関係・・・
わかりあえることなんてない。
わかりあわなくていい。
でも母親がピンチの時、自分はアンパンマンのように助けに行き、
自分がピンチの時、焦点はズレながらも
母親は駆けつけてきてくれた。
夫や友人とは関係を絶つことはできても(離婚を二回経験してる人は
淡々と言うね!)母親と娘の関係は絶てない。
うちよりもかなりハードな親子関係だった伊藤さんをして
こう言わしめる母娘関係。
うちは今まだ12歳。
反抗もささやかでかわいいもんだ。
これが中学生になり、高校生になった時、
どんなきつい言葉で向かってくるかと思うと
恐ろしい気もするが、(自分がそうだった頃を振り返るとなおさら)
心の底に愛があれば乗り越えられるかな。

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夫婦円満の秘訣

2005年06月06日 | 夫ネタ
6月5日(日)曇りのち晴れ
腰、絶不調・・・
朝から不愉快なこと続きである。
いらいらいらいらする。
腰は痛いながらも朝食を作り、食器を洗うとまたすぐ昼食という感じだ。
座っても立っても寝ても痛い・・・
でも寝てる体勢が一番楽なのでソファーに横になる。
娘はお昼過ぎにあやかちゃん・えりちゃんと遊びに行く。
夫もそわそわしだす。
家にいるのが嫌いな人であるが私に気を遣って
出かけるのを我慢しているのであろう。
散歩に行こうよと誘ってくるが
わたしゃこんなに腰が痛いと言ってるではないか!
1人でいってきたらいいじゃん!と追い出す。
夫は人間的にたいへんよくできた人物だと思う。
しかし時々かちんとくる物言いをする。
それはやはり優秀な人によく見られがちな、人を見下す態度である。
言葉は悪いけど・・・
夫は努力家で負けず嫌いである。
知らないということを恥としているところが多々ある。
芸能関係とか、いわゆる女子供が好むとされる話題(この表現がとっても
いやらしくて、でもぴったりなのであえて使う)のことは
知らないほうが良しとしてる節もある。
大してそういうことに興味ない私をして「芸能通だねえ~」と言い草も腹立つ。
今、全国各地に見られるガードレールの金属片。
何気に見たニュースで「事故した車が残したものではないか」というようなことを
言っており、夕食時にしゃべると
夫としてはまだその情報を仕入れていなかったし
彼の思考の中にそういうことは無かったと思われる。
で、やんわりと(ここが彼の技である)否定した。
だってニュースで言ってたのに・・・と思いつつ黙り込む私。
で、数日後、いろいろな検証をもとに
ガードレールに接触した車の側面がちぎられ
ああいう三角片で切り取られてる映像がでる。
「ほら!これこれ!」と、これまた私がオニの首をとったかのように言うわけだ。
しかし彼は「全部が全部、そういうわけじゃないでしょう」
だんだんいらいらする私。
私は彼といろいろ話をしたいのだ。
彼がくだらないとしてる芸能話から、季節の花、おいしい料理、まずい料理。
政治経済、教育問題、そういうことも教えてほしいし、
私の意見も聞いてほしい。
しかしこういうことが続くと、私はだんだん自分の仕入れた情報を
彼に話す事をためらうようになる。
いわゆる適齢期といわれる年に結婚して、
夫婦生活も15年くらい過ぎたという知人達は、寄るとさわると
夫の悪口大会である。
夫も悪いのだろうが、何もそこまで言わなくとも・・・と
聞かされる一方だった私は夫達にに同情したものだった。
だから何年夫婦をやってても仲のいい淳夫婦の話は好きだ。
彼女いわく、夫は今でも「ママは綺麗だねえ~
かわいいねえ~」と事あるごとにほめちぎるらしい。
子供三人は呆れ顔で聞いてるわよ、と言いながらも
うれしそうな淳である。
そして彼女も言う。
「無茶を言う夫じゃないから、彼が何か買いたいとか
~したいと言った時に私は反対したことがない」
お互いが相手を信じてるし、思いやってるし、いい夫婦だなあ。
大阪から熊本の天草に嫁いだ友人おじょうの話も好き。
まず都会育ちで、気が強くて、お家柄もよくて
合コンでの人気ナンバーワンの美人だったおじょうが
歯科医とはいえ、天草くんだりまで・・・と
関西の友人達は驚いた。
いや、もちろん私も驚いた。
夫の学会が私の住んでた県であるといい、
15年ぶりくらいに再会した時、その話になった。
おじょういわく、そのお見合い話が来た時
親戚からの話だったし、会うだけでいいからということで
お嬢様の暇つぶし兼旅行の気分で天草へ。
会ってすぐ彼が「ここはあなたのような都会の人が住めるようなところではありません。
ここに歯医者は僕だけです。
僕は一生ここを出るわけにはいかない。
ここに住んでる人達の歯を守らなくてはいけないから。」と
にっこり微笑んだその白い歯にやられたらしい。
大阪に帰り、あのプライドの高いおじょうがすぐに自分から
結婚したいという電話をかけたというから驚く。
で、今、島で子供二人に恵まれ、幸せそうだった。
「パパは、いまだに私の事をけいこちゃんって呼びはんねん」と
言った彼女のうれしそうな顔を見ながら
人をうらやましいと思うことの少ない私が初めて「いいなあ~」と思ったのを思い出す。
空手で一緒だった奈緒子ちゃんのママも
パパのことを大事にしてて、仲良しだったな。
この空手のメンバーのママ達が寄った時の悪口大会はすごかった。
わたしにいわせりゃ空手のイベントにも協力的なパパ達が多くて
何ぜいたく言ってるのよっっ!(青木さやか風に!)って気分だったが
そんななかで警察にお勤めの奈緒子ちゃんのパパは
お忙しい上に途中転勤もあり、地方に単身赴任。
病院のケアマネージャーをしてるママは、1人で子供たちの面倒から
空手の雑事(これがまた多かったんだ、このスポーツ少年団ってやつは)
お仕事、おうちのことをやってた。
それでも週末は必ず子供達とパパの赴任先へ行き、
学校行事の時も、仲良くお二人並んで立ってらっしゃる絵を思い出す。
仕事もしてて、土日はゆっくりしたいだろうに
車で一時間以上かかる地方へ毎週行くのは大変だろうと聞くと、
「私が仕事を辞めて赴任先についていってほしいと
夫の両親は思ってるみたいなのよねえ~
でも私、仕事辞めたくなくて、夫に我慢してもらってるから・・・」
あ、この奈緒子ちゃんのパパの話!
めったにお会いしたことのない方なのでイメージだけだと
鬼瓦のような感じの方なのだが(失礼だ)
奈緒子ちゃんママが「夏休みの最後の日の夜、
私病院の飲み会だったの。
で、夫が子供たちを見ててくれたんだけど
飲み会の時、携帯がなって~」
最終日の夜になってから奈緒子ちゃんがポシェットを縫って提出しなくては
いけないと半べそで言い出した。
パパが大慌てで電話してきて「ミシンの糸のかけ方を教えろ」
で、ママが電話で説明したらしい。
遅くに帰宅した彼女に「ほら!できた!」と誇らしげにポシェットを見せる夫。
(当然奈緒子ちゃんは熟睡中)
がたがたの縫い目ながらも何とか形にはなってて
奈緒子ちゃんは大喜びでそれを学校へ提出した・・・
「全く!あなたが縫ってどうするのよ!」とママは呆れ顔で言ったらしいが
私は時々お見かけする鬼瓦のイメージと「ミシンでポシェット」が
どうしても結びつかなくて、そのギャップに爆笑した。
いいおうちだなあと思った。
私の再婚が決まり、とっとと仕事を辞め、
東京へ行くまでの4ヶ月間、いきなりの単身赴任のような生活に
なったわけだが
奈緒子ちゃんのママが
「今おうちにいるんだってねえ~
奈緒子がうらましがってた。
いいなあ~ずっとママがおうちにいて・・・って」
でも私は奈緒子ちゃんのママが、仕事が大好きで
頑張ってる姿は将来奈緒子ちゃんの誇りになると思う。
私は生活のためだけの仕事だった。
いやでいやでしょうがなかった。
だから娘には自分に合った、一生続けられる仕事を見つけてほしいと思ってる。
反面教師として母を見てほしい。
ん?夫婦円満の話をしたかったのに
いつの間にか仕事の話になってしまった。
でも、いい感じで仕事ができてる人は
家庭もいい感じなのかもね。
そういう環境に感謝するという気持ちが生まれるのかもね。
私は今の環境に感謝している。
ずっと、娘に「おかえりなさい」と言ってあげたかった。
今、まさにそういうこともできる環境になった。
それも夫のおかげ。
勇気をもってこのばついち女と結婚してくれた。
感謝してるのよ、私。
ずっとずっと仲良くしていきたいと思ってるのよ。
し~んとした食事、テレビだけが響く部屋だなんてぞっとする。
いや、それぞれが部屋にこもって、好きな事して~なんておうちもあるかも。
そうなりたくないのよ。
いっぱいいっぱいしゃべって、たまには言い争って、
褒めあって、仲良く年をとっていきたいのよ。
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うつ病について

2005年06月03日 | Weblog
6月2日(木)雨
今夜はたけのこと豆腐のうま煮、野菜餃子、キャベツとにらのスープ。
デザートにバナナ入りパウンドケーキを食す。
ここ数日体調も悪いこともあり、いらいらしたり悲しくなったりで
夫に八つ当たりをしていた。
この夫がまた打たれ強いというのか
何か独自の宗教を持ってるかのように穏やかなので
それがまた腹が立ったりもしていた。
会社勤めをしてる頃は忙しくて落ち込む間もなかったんだ、
今はいろいろ考える時間が多すぎるしなあ~と思ったり
これがいわゆる更年期障害ってやつか?と思ったり
いやいや、今巷で増えているという「うつ」か?と思ったり・・・
夫に「この状態が一ヶ月続いたらうつだから、病院へ連れてってねと
言ったりもしていた。
この「うつ」にはずいぶんと悩まされた。
と言っても自分ではなく同僚の女の子だ。
離婚してから再就職活動を開始したが
2歳の子を持つばついち女に世間は厳しかった。
何社も落とされてやっと小さな設計事務所に拾ってもらった。
当時は3人という少人数。
でもそこそこ忙しくて土日出勤、夜10時11時まで残業ということも
たびたびだった。
そうこうしているうちに増員ということになり
M嬢が入社してきた。
県内一の進学校を出、九州でも指折りの国立大の理学部卒の才媛。
国家試験も一発合格、仕事もてきぱきこなし
体育会系で、さっぱりとした彼女のことが私は妹のように
かわいくて大好きだった。
ばついちの私と、男運だけがいまひとつの彼女は
クリスマスやお互いの誕生日に一緒に飲みに行ったりしていた。
一緒に合コンに行った事もあったなあ~
会社は東京本社から転勤してきたりで、その頃は5人くらいのメンバーになっていたが
即戦力となっていた彼女がばりばりと仕事をこなし、
私は雑用を引き受けるという流れになっていた。
電話をとったり、成果品を発送したり、コピーとったり、文具の補充をしたり・・・
周りの人たちもそういう雑用は私に、図面はM嬢に頼んでいた。
鈍感な私は全く彼女の変化に気づかなかったが
今振り返ると、時々つんつんと無愛想な時もあったように思う。
もう、その頃すっかりおばちゃんだった私は
学生時代とはうってかわって営業用スマイルもできるようになってたし
多少腹が立つことがあってもあきらめるということを覚えていた。
だから社外のおぢたちにはそこそこ人気もあった。
(あくまでもおぢに限るところが悲しいが・・・)
ある飲み会の時、関連会社のおぢが私をちやほやした。
それで彼女の病気は一気に噴出したと思われる。
翌日週に一回の外食デー。
いつものように近くの中華やさんに二人で行った。
なんとなく無愛想だなあ~何かおうちでいやなことあったのかなあ~
とのん気に思ってたら、食事をしながら突然泣き出す彼女。
どうやら夕べの飲み会のことが引き金で
精神が不安定になってしまったらしい。
それからはだんだんとその周期が短くなっていき
仕事中に泣き出しては早退したり、攻撃的になったり・・・
所長とかの目にもつくようになり
みんなで腫れ物をさわるような扱いをせざるおえなくなった。
そうすると彼女はどんどん被害妄想が激しくなり
「皆が私を避けてる。
あなたにはいろいろと頼みごとをするのに
私には何もしゃべりかけない。」
ありゃりゃ~
私が雑用を一手に引き受けたのが裏目に出てるよぉ。
わたしゃ君に設計の仕事に専念してほしいと思ってのことだったのに・・・
婦人科系の手術をしたせいもあるのか
ホルモンのバランスが崩れてるせいもあるのか
あんなに明るかった彼女がどんよりとしてる姿を見るのはつらかった。
しかしどんどんひどくなり、自分でも怖くなったのか
心療内科に通いだしたりはしていたが
結局のところ、適齢期というものを過ぎ
毎月のように友人の結婚式に出るというストレスも重なり、
社内には東京から同世代の男子が転勤してきて心は騒ぐ。
そういう状態の中、男子は面倒くさいことのないおばちゃんのほうに
いろいろ頼む。
そうするといちいち彼女は傷つく。
悪循環だった・・・
据わった目で「自分が怖いんです。壊れそうで・・・」と言われた時は
心底怖かった。
男子の態度に腹を立ててるのに、その怒りの矛先は私にむけられてるという感じで
「刺されるんじゃないか?」と思ったりもした。
ちょうどその頃、彼女の高校の同級生が自分の母親を刺し殺すという事件があり
「前なら、○○君なんてばかなことしたんだろうと思ってただろうけど
今は彼の気持ちがわかる。」との彼女のコメントの意味は深く考えたくないほど
恐ろしいものだった。
会社は雑居ビルの中にあったので
小さな会社がたくさん入っていた。
隣のオフィスの女の子(といっても十分30は過ぎてる)とも
一緒にランチをとったりしていたが
よくしゃべる彼女も「私ぢつは先日あまりに落ち込んで
心療内科に行ってきたんですぅ~」と言うのを聞いて、
こんなにうつ病とか、精神が不安定な人って多いのか???と
そらおそろしく感じたのをおぼえている。
で、また彼女いわくその病院がすごい大盛況(?)で
患者があふれてるらしいのだ。
う~む、現代病なのか、とも思ったり
昔は1人鬱鬱悩んで自力で解決してたようなことも
今は早期治療!ということで駆け込むのか?
M嬢とのことがあってから、娘には精神的に強い女の子になってほしい
と願うようになった。
そりゃ、親として成績優秀な子になってほしいとは思うものの
こういうことがあると、まずは勉強より強い心だ。
繊細な神経に憧れはするが、いや、少々図太くがさつなほうが
たくましく生きていけそうだと思い直したりした。
でも、だからと言って男子より汚い上履きを平気で履いている娘よ、
もう少しだけ気を遣ってもいいのだよ。
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クレヨンしんちゃん考

2005年06月02日 | Weblog
6月1日(水)快晴
久々に朝から快晴。
お布団干したりマットを洗ったり、家事が気持ちいい。
腰は相変わらず痛いが・・・
義母から小包が届く。
じゃがいも、玉ねぎ、お米にお味噌、細竹、
自家製の緑茶、にら、小松菜、などなど盛りだくさんだ。
今日は習字の日。
鍵開け当番なので早めに出る。
月初めの今日は硬筆。
だから子供たちも余裕の構えだ。
私も。
といいつつ、書き始めるとこれがまたむつかしい。
書いても書いてもうまくいかないが
根気が切れて、今回はもうあきらめの境地でいまいちの
作品を提出。
もう1人の役員さんとお中元の話をする。
帰りに「今度ランチでも一緒にしましょ」と言われうれしくなる。
この一言だけでこんなに嬉しいとは
やはり友達に飢えているのね。
図書館に寄って、料理本をたくさん借りて帰宅。
今夜はじゃがいもとたけのこを入れたお煮しめ、
ちくわと野菜たっぷりの炒め物、
ごぼうのマヨネーズサラダ、お味噌汁。
あまりイモ類の好きでない私だが
今夜の煮しめのじゃがいもはとてもよく煮えてて
美味しかった。
やはり新鮮!ということか?
小松菜の根の部分は切って、ベランダのプランターに植える。
こうしておくとまた芽が出てくるから不思議。
いろいろ試してるところだが、水菜はいまひとつだ。
昨日電話があった○山夫人。双子の一年生がインフルエンザらしい。
え?なぜに今頃?と聞くと、大田区では流行っているとか・・・
で、熱は下がったものの学校へ行けないので
しょうがなく、彼女曰くR指定のクレヨンしんちゃんを見せてるのよぉ~と言う。
お友達が来た時にもしんちゃんを見てたら
その子が大慌てで「これ消して!早く消して!」って強い口調で言うらしい。
で○山夫人は人の家に来て何威張ってるんだろうとムッとして
どーせゲームがやりたいんだろうと心の中で思いながら
「なんでそんな言い方するの?」と聞くと
『クレヨンしんちゃん』を観たら、お母さんに怒られるから早く消して……
それを聞いた○山家の双子ちゃんは、大変だーと急いで消したその瞬間、
おかあさんがお邪魔します~と入って来て、事なきをえたとか。
「自分の家ならまだしも、他人の家に来てまで、徹底とした躾にアッパレだよね!」と
○山夫人は驚いていたが
私としても、そこまで嫌う理由を知りたいと思う。
毎週テレビである30分のもそこそこおもしろいが
何と言っても映画がいいのだ!
私のしんちゃんベスト3発表~
1、ヘンダーランドの冒険
2、暗黒タマタマ大追跡
3、ブリブリ王国の秘宝
いや、ちょっと待った!雲黒斎の野望も捨てがたい。
あ、試写会で見た「嵐を呼ぶ栄光のヤキニクロード」も
じーんとくる場面があったなあ。
熱海に向かうしんちゃんが風間君に借りた自転車で山越えをするシーンなんて
思わず心の中で応援したぞ。しんちゃんガンバレって。
そりゃ確かに、言葉遣いは悪いし
生意気なこと言うし、出てくる大人も一癖二癖あるやつばっかだし、
特に男の子を持つママには
まねされると耐えられないこととかあるんだろうなあ。
○山家の双子ちゃんはおちんちんに象さんの顔を描いてもらい
(パパが描いたらしいが)
大喜びで、そのまま外に出て、人に見せる勢いだったのを
ママが大慌てで止めたらしい・・・
でも、しんちゃんフアンの私としては
やはり声を大にして言いたいね!
しんちゃんは子供らしい正義感というものをきっちり持ってるし
野原一家ははちゃめちゃながらも楽しい一家だ。
やるときはやるし、どこよりも熱い家族だ。
2歳くらいから見せ続けてる娘もしんちゃんフアンだ。
上品とはいえないが、下品な子に育ってるようには見えない。
それでいて、ちょっとおもしろいやつに育ってると母は思う。
この笑いのセンスもしんちゃんのおかげだ!
しんちゃんよ!世間のお上品ママ達の圧力に屈することなく
永遠に続いてくれ!




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春の運動会

2005年06月01日 | 子供ネタ
5月31日(火)雨のち曇り
土曜日は夫と運動会のお弁当用食材を買いに出かける。
そしていよいよ日曜日は運動会。
今まで運動会は秋のものと思っていたが、
梅雨前のこの時期だと雨や台風の心配をしなくていいという
利点があるなあ。
朝4時半起床でお弁当づくりをするがいまいちの出来。
お煮しめなんて夕べから仕込んだあるというのに
どうしてこう小さなお重が埋まらないのだ???
行楽弁当のお勉強をしなくては・・・
7時にあやかちゃんのママが場所取りに行くとのことだったので
夫も様子を見に行ってくれる。
こういうところがこの人のおしりの軽いところだ。
こういう大きいイベントとなると、つい今までの学校と比べてしまうのだが
まずは普通よくある万国旗。
それをここでは画用紙に一人一人子供たちが絵を書いて
それを旗に見立てて校庭の上空にはりめぐらしてあった。
グッドアイディアだ!よくは見えないけど・・・
生徒数が少なかったり、そういうクラブがないせいもあるが
ファンファーレのトランペットがしょぼい・・・
思わず「下手くそ~」とつぶやいてしまう。
噂では聞いてたが、こちらの徒競走はまずタイムを計って
そのタイム別でメンバー編成。
娘は前の学校では、そこそこ速かった。
いつもかけっこは一番だったし、色別対抗リレーの学年代表の1人になったこともあった。
しかし、だんだん身長も伸び悩み始め、
転校してからはスポーツもやってないし、
タイムでクラスのリレー選手に漏れた時は悔しそうだった。
かけっこで頑張ると意気込んでたのに
タイム別での編成のため、6人中一番遅いタイム。
リレー選手に選ばれるような子達の中ではしることになる。
おまけにこちらはきちんとコースを決めてあって
コーナー分を計算して6コースは半周くらい先からスタート。
この走り方にも慣れてない娘は1コース。
コーナー回るまでに戦意喪失している・・・
だってみんなの背中見て走るんだもんねえ~
結局6人中5位。
あやかちゃんのママが「タイム計る時、ちょいと遅く走って
2番手くらいのメンバーに入れれば楽勝一位なんだけどねえ」
しかし子供はそんな計算高くはなれない。
しかし親バカとしては、プライドずたずたになった娘がかわいそうでしょうがない。
お勉強に平等というものがないのに
なぜにかけっこには、こうも気を遣うのか?
皆で、手をつないでかけっこする学校もあると聞いた。
なんじゃ?そりゃ!って感じだ。
テストでいい点を取って脚光を浴びる子もいれば
運動会のかけっこで脚光を浴びたい子もいるのだ。
それはしょうがないことではないか。
それなのに、このタイム別徒競走だと
速い子でもビリの子がいて、遅い子でも一位の子がいるわけだ。
よくわからない平等論の結果のような気がする。
しかし、娘は「これから嫌いな牛乳もどんどん飲んで
大きくなって、中学校の運動会では一位になってやる!」と
リベンジ宣言。そうだよ、頑張れ!
義母の話ではあまりかけっこの得意ではなかったような夫。
私たちがこんなにかけっこのことで盛り上がったり
怒ったりする気持ちがいまいちわからない様子。
ま、その分冷静にカメラを回してくれていて
小学校生活6年目にして始めて
自宅に帰ってから、走る娘をビデオで見られた。
娘が自宅でも夫相手に練習してた組体操も
夫のおかげでビデオに収められた。
3段タワーの2段目の娘は苦しそうだったが
無事3段目の子が頂上に立てた時はやはり感動するものだ。
頂上のつかさちゃんがとってもいい笑顔で
こちらまでうれしくなる。
一年生の団体競技は玉いれだ。
普通の玉入れかと思いきや
途中で音楽が変わったとたん、子供たちがおしりふりふりダンスを始める。
これがかわいいのなんの。
そしてまた音楽が変わると「きゃ~っ!」といいながら
玉いれ、また音楽が変わっておしりふりふり!
ほんとかわいかった。
最後のあたりで高学年男子リレーがあり、見るとアンカーに
娘のクラスの一番人気のI藤君。
夫に「あの子、一番人気なんだよ、写真とれば高くで売れるよ!」
と不謹慎な発言。
乗った夫が撮ろうとするも間に合わず。
こうして楽しい運動会は終わったのであった・・・
そして翌日は振り替え休日。
娘と二人で映画を見に行く。
以前Y新聞の懸賞で映画チケットが当たっていたのだ。
私はクレヨンしんちゃんを見たいと言ったのだが
娘が却下。
「交渉人 真下正義」にする。
期待してたよりずっとおもしろかった。
ユースケサンタマリアの持ち味が十分に出てて
周りを固める人たちもまたすごくいいのだ。
しかし地下鉄の事故の場面とかは、今この時期なので
怖さ倍増だった。
東京に出てきて思うのは、テレビや映画に出てくる場所が
身近なので、筋とは別にして
それだけでもおもしろかったりする。
「ををっ!ここは先週行った神保町だよ!」といちいち娘にささやいては
いやがられていた。
平日だからか、この映画館がマイナーなのか
雨だったからか、映画館はがら空き。
ベストポジションでゆったりと鑑賞できたのも良かった!
またせっせとハガキを書いて映画チケットを当てるとしよう。
今夜はかれいの煮付け、揚げだし豆腐のなめこあんかけ、
カボチャのお味噌汁。
夫は相変わらず遅い帰宅。
夏に受ける試験の勉強はいつするのだろうか?
電車の中で本を読んでるのだろうか?
プレッシャーになるから言わないでと言われてるが
教育ママとしては気になる気になる。
その教育ママは、明日算数の分数のテストだから
何か問題出して!と娘に言われ
算数の教科書を見ながら出題するも
これが意外にむつかしくて
四苦八苦して正解を出す。
ひゃ~、小学校レベルでもうお手上げかよ。
・1~9までの数字を一回ずつ使って100を作ります。
  残りの数字を( )にあてはめて式を完成させましょう。
  94+1( )( )8/26( )=100
ま、これは6になるように分数をつくればいいんだと思い
使ってない数字3・5・7を順に入れ込んでいったが
  3+6( )2( )8/( )1( )4=100
は、97になる分数を見つけるのにはひじょーに苦労した。
で、その話を夫にすると、夫があきれたように
「概数の考えでいけばいいだろう?」
概数って何?
丁寧に教え始めるがもう頭がついていきたくないと言わんばかりで受け付けない。
明日直接教えてやって!
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