おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

落書き。

2008-07-10 23:22:18 | 我思う、故に書くなりよ。
日付と名前と校名まで書いちゃ、謝りにも行かねばならなくなるだろうねぇ…。

十数年前にヨーロッパへ行った時に、落書きを勧められたコトがある。

人に書かせて金取るのかよ? と、思ったんだが、これは勘違いで、無料だった。
でも、史跡に落書きを勧めるとはどーしたことか、不思議だったのであるが、既に、どこに書き足せば良いのか判らないくらいに落書きで埋め尽くされており、ここはなんじゃい? と、ワケ判らなくなるんである。

まぁ、日本で置き換えれば、由緒正しい寺院なワケで、歴史を考えたら日本の比じゃ無いワケでね、そんな寺院の壁面がツーリストのメモリアルのために解放されているワケも無いだろう…とは思ったんだが、押し売りみたいな現場のガイドはご丁寧に太さや色の異なるマーカーを用意して勧めてくるんである…。

当時の実感としては、落書きよりも写真撮影が厳しく、落書きを書いている、書かれている…ってのを撮ろうとしたら、ひどく怒られたんだよね。あっちのお巡りさんは自動小銃持ってたりするから、無下に怒らせても敵わないので、大人しく引き下がったのだけれど、わかんねぇ国だったなぁ、ヨーロッパは…。

比較的、近代の史跡には落書きが少なかった様に思う。WW2の戦跡とかね、あーゆーのは落書きはされていても、意外に少なかったり。人類の歴史からしたらね、ローマ帝国時代の建築物なんかの方がやはり貴重なハズなんだが、落書きされほーだい…。

大事にしてるのか、邪険にしてるのか、どっちなんだか判らないが、当時は世界遺産なんて言葉は聞かれなかったから、どっちもだったんだろうし、そんな中で落書きなんてのは眼中に無いモノだったんじゃなかろうか…。

それよりもヒドイコトはうじゃうじゃあるとも聞いていた。壁面のレリーフを剥ぎ取ってうっぱらったり、相当前からレプリカに置き換えてあっても盗まれる彫像だったり、盗めないと判っても、例えば首だけもいで持って行く…なんてのが日常茶飯事なんだとかね…。

そんな歴史が恋々と続いていたりもするので、その程度の…と言ってはなんだけど、落書きなんぞ…ってはフツーなんだと思う。

それでも、イケナイモノはイケナイのである。

半ば、なし崩しに「アート」だなんて言うヤツもいるが、落書きは落書きであって、書かれた対象物によってはアートにはなり得ない。それを目的とした壁画とは違うモンだな…。

時代が時代だったら、今回の件もバレずに…ってのが当たり前だったんだろう。

だけれど、時代は世界を超越していたもんだから、ほぼリアルタイムでバレてしまった。それだけでなく、どこの誰の仕業かも、速やかに明かされてしまった。

どこの誰…ってのが、顔写真まで流れてしまう時代なのだから、旅の恥は掻き捨て…なんて逃げ場も無いトコロが興味深い…。

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