あれは,あれで良いのかなPART2

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夕張市の成人式は試金石になる

2007年01月09日 00時58分00秒 | 地方自治
1月8日は成人の日ということで,全国で成人式が行われました。
心配されたバカどもの暴走は,今年は少なかったものの,まだまだ空気が読めないで暴れるバカどもは多くいたようで,中には逮捕された輩もいました(当然です。留置場で成人の責任を理解してください。)。
一方,財政破綻で揺れた夕張市では,全国からのカンパ金が200万円以上集まり,無事成人式が開催できたということです。

財政破綻の夕張で成人祭 カンパ、補助金の4倍集まる(朝日新聞) - goo ニュース

成人式はそろそろやり方を考えてみたら

そもそも成人式とは,「祝ってもらうだけではなく,逆に親や回りの大人に感謝」という意味合いもあるため,単なる遊び的イベントの成人式は無意味であると思います。
一方で,あからさまな選挙対策としか思えないお偉いさんの挨拶ばかりというのも,「誰も祝う気持ちがない」ため,無駄なイベントです。
個人的には,「地域の人たちや成人が自分で作るイベント」がよいと考えています(詳しくは去年の成人の日に書いた私の記事をご覧ください。)

さて,そんな中,夕張市では,市民や全国からのカンパが集まったために無事式が開催できたとのことで,多くの実行委員も感極まっていたほか,参加者全員が,感謝の気持ちを持って式に臨んでいました。しかも,集まったカンパ金は通常の補助金の4倍以上の金額であったのに対し,実際に使用したのは通常の予算の半分程度である2,30万円くらいになった見込みで,残額は来年度に繰り越すほか,NPOとして夕張の復興のために使っていく意向も考えているようです。

ただし,このカンパによる成人式については,実は賛否両論ありまして,誹謗抽象的な意見を別にすると,否定派の意見としては,「感謝の気持ちを示すためならば,むしろ会費制にして成人自身がお金を出すべきだ」とか「そもそも式典会場がなくても,成人式は十分行えるはずだ」とか「みんなが一同に顔を合わせて騒ぐのが成人式ではない」というものがあるようです。
この否定派の意見,確かに一理あります。
そもそも,成人式不要論なるものが数年前から全国的に出始めています。それは,すなわち「暴れる成人式をどうして税金でやるのか」とか「バカ騒ぎするだけで大人になった自覚がない人を祝うのか」などという懐疑論的な発想からによるものです。
そう考えると,破綻した夕張市では税金による式典はできないため,まさしく「不要論」のいうとおりになったといえます。
一方で,「それでも祝ってほしい」という成人の意見もあり,結局は今回のようなカンパによって式典を行った,という訳です。
これは,「新たな成人式のあり方」の試金石になるといえるのではないでしょうか。すなわち,「行政主導」ではなく「民間主導」による式のあり方です。
この場合,市民会館の無料使用という点を踏まえると,税金はほとんど使わずに式が行えます。また,主催者はすべて成人らである以上,暴れるバカも減る可能性が高いです(現に,沖縄では,今年は自治体主催ではなく成人主催としたため,多少のいざこざはあったものの,例年ほどの暴れる成人式にはならなかったようです。)。

このような手法をとることで,財政破綻云々以前に,本当の成人式のあり方をしっかりと考え,また地域の実情や住民の意向などを踏まえた「より実のある式典」が開催できるのではないでしょうか。もちろん,逆にいうと,地域の実情によっては「式典不要」としても言い訳ですし,あるいは「やっぱり役場にやってほしい」となっても良い訳なのです。
ついでにいうと,新成人が地域住民から好かれているか否かは,この辺りの機運を見て分かるようになりますから,言葉は悪いが「成人式をちゃんとやってほしければ,子供の頃からまじめに生活しよう」ということにもなり,さらには地域とのつながりも戻るかもしれません。
もちろん,単純な民間主導型には,いくつかの弊害も考えられます(例えば,民間企業が宣伝や金儲け目的で式を開催したり,式典の内容がおよそ成人式にふさわしくない幼稚な内容となるなど)。この辺は,例えば自治体側が「公共施設無償貸出の条件に加える」ことや「市報で宣伝する際の条件を加える」など足かせを付ければよいでしょう。

いずれにしても,猫も杓子も自治体が面倒を見るという時代は徐々に終わりを迎えています。多くの事柄がだんだんと民間委託化されつつあります。成人式も,民間委託ではありませんが,そろそろ「住民主体の会」にしてしまっても良いのではないでしょうか。
そうした意味で,夕張市の成人式,後処理も含めて,多くの自治体で今後の参考とするべきでしょう。逆に,夕張市の実行委員の方々は,まだまだ大変かもしれませんが,全国が注目しているとして,その後の処理まできれいにやっておいてほしいものです。

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11 コメント

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なかなか感じ良かった (uesama01)
2007-01-09 05:11:22
夕張の成人式の模様をテレビで見ましたが、非常に良い印象でした。出席者のインタビューも良かった。思うに「成人式は開かれるのが当たり前」ではなく「開かれないかもしれない」と、一時意識が変わったことで、開かれた喜びを感じた――そんな印象を持ちました。居なくなってみて初めて親の有難みが分かる……というのと似た感じでしょうか。「成人式は開かれるのが当たり前」というのを一度リセットしてみるのも良いのではないかと感じました。
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Unknown (世の中考房)
2007-01-09 10:47:46
夕張市の成人式は「成人式のあり方」を日本中に示したという点で非常に意義深いものでした。
よく世間ではあまり意義のない、形式的な行事を単なる「セレモニー」などと表現し、批判します。私もどちらかと言うといわゆる「式典」は好きなほうではありません。ひな壇のお偉方の長々とした祝辞が次から次へと長々と続く。そんな式典は辟易します。
でも今回の夕張の新成人達の「手作りの成人式」はDIYを人生最大の趣味とし、自分(達)で出来ることは自分(達)でやろうとするその姿に大きな共感を感じました。成人式はその「必要性」が問われているのではなく、その「あり方」が問われているのだと思いま。
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Unknown (世の中考房)
2007-01-09 11:00:10
おかにゃん様
先の私のコメント、ちょっと文脈がおかしい点がありますので下記と入れ替えしていただきたくお願い致します。

夕張市の成人式は「成人式のあり方」を日本中に示したという点で非常に意義深いものでした。
よく世間ではあまり意義のない、形式的な行事を単なる「セレモニー」などと表現し、批判します。私もどちらかと言うといわゆる「式典」は好きなほうではありません。ひな壇のお偉方の長々とした祝辞が次から次へと長々と続く。
でも今回の夕張の新成人達の「手作りの成人式」は、DIYを人生最大の趣味とし、自分(達)で出来ることは自分(達)でやろうというのがモットーの私にとって大きな共感を覚えるものでした。成人式はその「必要性」が問われているのではなく、その「あり方」が問われているのだと思います。
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本来の姿? (masa)
2007-01-09 11:52:36
 夕張の成人は、涙を流しながら式辞を読んでいましたね。
 恐らく、自分たちで最後と悟ったのかもしれません。
 こういうのが本来の形であり、「成人」という以上、あまり大人も口を出さないのが良いのかもしれませんね。
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郷土を愛するからこそ (ともっち)
2007-01-09 15:42:19
みんな涙を流せているのであって、成人式云々というのはそのきっかけに過ぎないかも知れません。夕張市の成人たちは道外へ働きに行く人が多いでしょうからね。マスコミが報道する郷土の惨々たる状況に今こそ我々が郷土をという想いがあるのでしょう。これこそが郷土を思う気持ちであります。我が国の首相に爪の垢を煎じて飲ませたいものです。
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新成人自主開催のネック (のびぃ太)
2007-01-09 18:10:50
行政主導の成人式は新成人に成人としての権利・義務を自覚させると言う要素が多分にありますが、もはや啓蒙的な式典の時代ではないと思います。
だからと言って夕張市に見習えとばかり新成人が自主的に開催するにはあまりにもネックが多すぎるでしょう。
まず、成人式企画の当事者には誰がなるのか。
成人式開催の通知状発送にしても個人情報保護法が立ちふさがります。広報による通知にしても転出者への連絡が付きません。
また参加の参加の可否が事前に確認できないとロスが発生します。
しばらくは暗中模索の時代が続くでしょう。
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uesama01さま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-10 00:45:32
こんばんは。
「成人式は開かれて当たり前」という前提をうち砕かれたのがかえってよかったのかもしれません。
「権利の上に眠るものは保護しない」という法治国家の仕組みも同時に学べたのではないでしょうか。
貴重な経験をしたと思いますね。
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世の中考房さま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-10 00:49:25
こんばんは。
夕張市の事例は,まさに「成人式とは何か」というあり方を問うものであったといえるでしょう。
単におもしろおかしい式でよいのか,それともセレモニーが良いのか,はたまた別の手法がよいのかなどを探るのに持ってこいと言えるのではないでしょうか。
あとは,「本当に成人式とは何か」を夕張市民以外にも多くの自治体で検討してほしいものです。正しくは,来年成人になる19歳の若者達自身に考えてほしいと思います。
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masaさま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-10 00:53:25
こんばんは。
やはり,「無事開催できた喜び」と「成人になれた喜び」が合わさった分,余計に感極まったのだと思います。
今時,普通の成人式で涙できる人が果たしてどの程度いるでしょうか。
自分自身,成人式に行った喜びを感じていませんでした。おそらく,「成人式あって当然」だし「普通に成人した」と考えていたからだと思います。だから特に泣きませんでした。
でも,本来は,「本当に成人になれたことを感謝します」という思いが出るはずです。まずは,そういう気持ちを持たせるようなイベントになればよいのかなあ,って思います。
そういう意味でも,夕張市の成人式は非常に意味があったといえるでしょう。
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ともっちさま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-10 00:57:23
こんばんは。
夕張市を思う成人の気持ちこそ,まさに「郷土愛」であり,新しい教育基本法が明文化したものであるといえます。
逆にいうと,明文化しなくたってしっかりと身につけているものなのです。
100時間以上かけた議論はいったい何だったのかなあ,って改めて思いますね。
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