あれは,あれで良いのかなPART2

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格差社会,助さんはどう思う?

2006年05月05日 23時51分23秒 | 経済全般
現役雑誌記者による、ブログ日記!の北岡さまからふられていた「格差社会」について,そろそろちゃんと検討してみようかなあ,と思いましたので,今回は格差社会をテーマにしてみたいと思います(基礎データ等は,冒頭のブログをクリックしてみてください。相当詳細なデータとその分析が記載されており,大変参考になります。)。

格差社会って何が格差なの?

竹中大臣や共産党等が強く主張している格差社会とは,明らかに「経済力」の問題です。平たくいえば「貧富の差」というものです。しかしながら,日本は共産主義国家ではなく資本主義国家である以上,貧富の差は当然に発生するものですから,それに対して今さら目くじらを立てて批判する筋合いはありません。
問題なのは,富める者の頭を叩くことではなく,貧しき者をいかに救うかという「救貧」と,貧しき者をいかに最小限にするかという「防貧」にあるといえます。憲法25条1項は救貧を,2項は防貧を規定していると説明されているとおり,日本では戦後になってこの考え方が具体化しつつあります。そして,そのための施策を国や自治体がいかに行うべきかという点が,経済的な格差社会対策であるといえるでしょう

ところで,格差社会って,経済力以外に何があるでしょうか。
それは,例えば学力の格差であり,生活環境やゆとりの格差であり,情報力の格差であるなど,多くのことが含まれているのです。実は,格差社会の「格差」とは,経済力以外にも無数に存在しているといえるのです。したがって,経済力だけに注目しても,必ずしも正しい分析はできず,ましては格差社会に対する対応策などを講じられるはずはありません。

北岡さまのブログでは,無数にある格差の一例として「学力と経済力の相関関係」を説明されていました。詳細は,このページをご覧いただければと思いますが,簡潔にいえば,就学援助を受けている(つまり経済的に貧しい人)の学力はそうでない人よりも劣るというのが統計的に明らかになっているというものです。
そりゃそうです。もちろん,貧しくても野口英世みたいに偉くなる人もいれば,金持ちでも某タレントの息子のように刑務所の出入りを繰り返すような輩も出てきます。しかし,一般的には,貧しい人は生活費にお金を充当するので精一杯なので,とても学力向上のための費用に費やすことができませんし,親も両親共働きなどで子供の勉強を見てやる余裕さえありません。逆に,お金持ちであれば,塾通いや教材購入も容易ですし,母親もパートをする必要がないわけですから,子供の勉強をゆっくりと見てあげる余裕さえあります
この違いは分かりやすくいえば,亀田兄弟と高校のボクシング部だけで練習している部員とは明らかに練習量が違うため,当然試合結果は火を見るまでもなく明らか,っていう感じになるでしょうか。
事実,親の平均年収が一番高い大学は,慶応でも成城でもなく,やはり東大です

すなわち,一般論としては,こういう方程式が成立することになります。
・お金がある→子供にかけるお金が多い→塾に行かせやすい→親も生活にゆとりがある→子供の勉強を見てやれる→学力向上
・お金がない→生活費で手一杯→子供にお金がかけられない→塾に行かせられない→親も生活のためにぎりぎりの状態→子供の勉強を見る余裕すらない→学力は伸びない


では,貧しい人の場合は,すべてをあきらめるしかないのでしょうか。
そんなことはありません。ここで注意しなければならないのは,「東大に行けないと即負け組か?」ということです。
実は貧富の差と学力の相関関係は,あくまでも「お金と学力」だけの問題であり,「脳力,生活力,生命力」等は全く示していません。
したがって,貧しい=低学力=低学歴=低収入=低生活力という方程式を勝手に思い描いてしまいがちですが,実は,この相関関係では,貧しい=低学力までしか証明されたに過ぎないということです。
むしろ,現実には,次のような方程式になるのではないでしょうか。

・お金がある→塾に行かせやすい→しかし子供にはゆとりがない→社会のことを知らない→自分を見失いやすい→わずかな挫折やストレスに弱い→実社会で使い物にならない→会社で使えない人間になる→低収入へ

・お金がない→確かに勉強はできない→生活は苦しい→しかしその中で工夫する力を身につける→応用力がつく→また塾などにも行けない→しかし子供自身はゆとりがある→貧しさも手伝って社会の裏側も知る→機転が利くようになる→挫折やストレスに対応できる→実社会で使い物になる→会社で使える人間になる→会社が物足りなくなり起業へ→高収入へ

ややデフォルメしている部分もありますし,もちろん,一般論でもありますから,実際にはいろんなドロップアウトや例外は想定できます。
ただ,ここで言いたいことは,「貧しくても,勉強できなくても,社会で使い物になった人間が勝ち」ということです。
東大出たら偉いという時代は終焉を迎えつつあります。これからは,実力がものをいう時代です。もちろん,学力があった方が有利であることはいうまでもありませんが,大事なことは「使える力」を身につけておくことです。
格差社会を隠れ蓑にして,自分を卑下する必要ないでしょう。
ただし,例外として,将来官僚を目指そうとしている人は,どんなに貧しくても無理して勉強して東大に行ってください。官僚社会は100年後も東大が牛耳る世界であることに変わりはないでしょうから。

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追伸
北岡さーん,かなり強引かつ主観ばりばりな記事になってしまいました。許してくださいm(__)m

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