NHKの取材に協力した民間団体が,当初の意向と異なる番組内容になったなどということでNHK等に対し損害賠償を請求した裁判で,最高裁は二審の判決を破棄し,原告の請求をすべて棄却しました。
取材協力者の「期待権」認めず、NHK番組改編で最高裁(読売新聞) - goo ニュース
差し戻さないで破棄自判とは珍しいかも
この判決の第一印象はここでした。しかし,よく判決文を読んでみると,事実認定それ自体は二審のままであり,その当てはめの前提となる法律論について縷々述べていたため,差し戻す必要はなく,自判したといえます。
(判決文原本はこちらの最高裁HPを参照してください。)
さて,この判決,どういう内容なのか,かいつまんで説明します。
第1 事案の概要
1 NHKから,民間団体が主催したイベントを取材させてほしいと依頼し,その際,その民間団体のイベントに社会性を感じ,大きな問題的ができると思うからと説明したところ,民間団体はそれならOK牧場ということで取材に協力した。
2 ところが,NHKは編集をしているうちに,中立性の観点に疑問を覚え,当初の編集方針を一部修正して放送した。この際,編集方針が変わったこと等を特に民間団体には事前に説明しなかった。なお,A前官房副長官が編集段階でNHKと接触を持ったが,そこでは持論の展開と放送に対する中立性の確保の提言をしたことは認められるが,それが圧力行為になったかどうかについては一切言及していない。
3 放送をみた民間団体の人たちが,「おい,話が違うよ」ということで,NHKらを相手に,(1)取材に応じた以上,自分たちの意向にそった放映がされるという期待権があり,NHKはその期待権を裏切ったので,不法行為が成立する,(2)放送内容が変更するという時点で説明義務があるところ,それを怠ったということで不法行為または債務不履行による損害賠償を請求した。
第2 最高裁判決のざっくり概要
1 取材を受けた人には,自分の意向どおり放送されるという法律上の期待権は原則としてない。なぜなら,放送法で放送の中立性などのしばりがあること,どのような内容を放送するかは報道機関に表現の自由があり,現の自由を守るために一定の自律権が認められるべきだからである。
ただし,例外としては,取材段階で意向どおり放送することをしっかり説明し,客観的に見てもその説明を聞けばそりゃあ取材に応じるなあ,という程度の内容であり,かつ取材を受ける人に特別の負担が発生したような場合は,法律上の期待権が発生する。
2 本件では,そのイベントはNHKが取材するか否かに関係なく開催されたので,特別の負担が発生したとは言えない。また,取材時の説明もあくまでも担当者の個人的見解として説明していたことが端で見ても分かるような状況だったので,例外に該当するとはいえない。よって,期待権を理由に損害賠償は無理!
3 説明義務違反については,そもそもそんな期待権がない人に説明する筋合いがないので,債務不履行にも不法行為にもならず,損害賠償は無理!
4 よって原告敗訴。
第3 横尾裁判長の意見
結論は同じだけど,理論構成が違う。
取材の相手が何考えているか取材中には分からないだろう。なのに期待権なんて法律上の権利を認めちゃうと,報道機関は空気読んで放送しなければならず,それは「なんか恐いから放送できないねえ」という萎縮効果が発生し,報道の自由を侵害しかねない。
また,取材はすべて使われる訳ではなく,取捨選択することが常識となっているため,取材を受けた人にそんな法律上の権利なんか与えられないよ。
以上がざっくりした内容になります。
個人的には妥当な判決内容だと思います。この民間団体が良い悪いとかNHKが今とんでもない状況にあるとかはまったく関係のない話で,純粋に法律理論として筋が通っていると思うからです。
この問題,NHK問題や国会議員関与問題,さらにはこの民間団体の思想などが絡んでいるために,論評では本筋が見えなくなってしまっています。しかし,ざっくり判決のようにあえて普通名詞ですべて判決を整理してみると,「表現の自由vs報道期待権」の問題であると集約できます。となると,表現の自由に優位性が認められるのは当然といえるでしょう。
この判決について,法律論として,次のような批判が考えられますが,それについては私は次のように考えます。
1 報道機関と民間団体とでは力関係に違いがありすぎる
→民間団体にも当然表現の自由があるので,NHKが力で自分の考えと違う放送をしたと考えたのであれば,こちらから反論の表現をすればよい。特に今日では,ネット環境も充実していることからすると,反論は容易であろう。さらに,報道機関も多種多様に及ぶため,この民間団体の思想に近い報道機関はあるはず。
2 取材内容と違う放送で名誉が侵害されることがあるのではないか
→今回の判決では,名誉権については触れていないため,もし名誉侵害があれば,原則通り名誉毀損に基づく損害賠償を請求すれば足りる。
例えば,「おいしいラーメン屋紹介」ということで取材に応じたところ,放送で「まずいラーメン屋」といわれたら,名誉毀損になるであろう。しかし,「客のラーメンの好みチェック」ということで放送された場合は,名誉毀損にならないので,この判決の期待権の例外自由に合致するかどうか検討すればよい。
3 政治家の圧力について認定していない
→最高裁は事実認定はしない。だから,差し戻しをしなかった。そもそも,政治家の圧力による編集変更は,期待権の有無の認定に無関係であるため,あえて認定しなかったにすぎない。また,期待権がない以上,仮に政治家の圧力が編集方針変更の原因であったとしても,どっちにしても損害賠償は請求できないため,この認定に時間を割くのは裁判を長引かせるだけである。
では,政治家は好き勝手に報道機関に口出しをして良いのかというと,そうではない。報道機関に報道の自律性を認めた以上,どんな圧力もはねのけてよいし,圧力があったことを報じてもそれが公正な報道目的であればOK牧場といえる。そういう意味では,報道機関に,「堂々と政治家と戦っていいよ」と最高裁は述べたとも言えよう。
4 これじゃあ,誰も取材を受けなくなるのでは
→もともと,取材を受けるか否かは自由なので,これにより大きな制約はないであろう。
むしろ,期待権を認めると,政治家に対する取材においては,政治家のいいたいとおりに報じることになり,汚職や政治とカネの問題などの追求報道ができなくなってしまう。それよりも,「取材拒否」という点も含めて堂々と報じられるようにした方が国民の知る権利にも資することになる(もちろん,名誉権とのバランスは必要。)。
以上です。
最後に,この判決の真意ですが,各報道機関が報じているような「単純な報道の自由」を論じたわけではありません。むしろ,最高裁は「報道機関に高度な責任」を与えたといえます。すなわち,「国民の知る権利を充足するために,いかなる場合も中立公正な報道を行い,どんな人であっても特定の人の意向に左右されてはならない。」といえるでしょう。決して,「報道機関のやりたい放題」を是認したわけではありません。
NHKも含め,各報道機関は,この判決を踏まえて心を引き締めて報道を行ってほしいものです。
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差し戻さないで破棄自判とは珍しいかも
この判決の第一印象はここでした。しかし,よく判決文を読んでみると,事実認定それ自体は二審のままであり,その当てはめの前提となる法律論について縷々述べていたため,差し戻す必要はなく,自判したといえます。
(判決文原本はこちらの最高裁HPを参照してください。)
さて,この判決,どういう内容なのか,かいつまんで説明します。
第1 事案の概要
1 NHKから,民間団体が主催したイベントを取材させてほしいと依頼し,その際,その民間団体のイベントに社会性を感じ,大きな問題的ができると思うからと説明したところ,民間団体はそれならOK牧場ということで取材に協力した。
2 ところが,NHKは編集をしているうちに,中立性の観点に疑問を覚え,当初の編集方針を一部修正して放送した。この際,編集方針が変わったこと等を特に民間団体には事前に説明しなかった。なお,A前官房副長官が編集段階でNHKと接触を持ったが,そこでは持論の展開と放送に対する中立性の確保の提言をしたことは認められるが,それが圧力行為になったかどうかについては一切言及していない。
3 放送をみた民間団体の人たちが,「おい,話が違うよ」ということで,NHKらを相手に,(1)取材に応じた以上,自分たちの意向にそった放映がされるという期待権があり,NHKはその期待権を裏切ったので,不法行為が成立する,(2)放送内容が変更するという時点で説明義務があるところ,それを怠ったということで不法行為または債務不履行による損害賠償を請求した。
第2 最高裁判決のざっくり概要
1 取材を受けた人には,自分の意向どおり放送されるという法律上の期待権は原則としてない。なぜなら,放送法で放送の中立性などのしばりがあること,どのような内容を放送するかは報道機関に表現の自由があり,現の自由を守るために一定の自律権が認められるべきだからである。
ただし,例外としては,取材段階で意向どおり放送することをしっかり説明し,客観的に見てもその説明を聞けばそりゃあ取材に応じるなあ,という程度の内容であり,かつ取材を受ける人に特別の負担が発生したような場合は,法律上の期待権が発生する。
2 本件では,そのイベントはNHKが取材するか否かに関係なく開催されたので,特別の負担が発生したとは言えない。また,取材時の説明もあくまでも担当者の個人的見解として説明していたことが端で見ても分かるような状況だったので,例外に該当するとはいえない。よって,期待権を理由に損害賠償は無理!
3 説明義務違反については,そもそもそんな期待権がない人に説明する筋合いがないので,債務不履行にも不法行為にもならず,損害賠償は無理!
4 よって原告敗訴。
第3 横尾裁判長の意見
結論は同じだけど,理論構成が違う。
取材の相手が何考えているか取材中には分からないだろう。なのに期待権なんて法律上の権利を認めちゃうと,報道機関は空気読んで放送しなければならず,それは「なんか恐いから放送できないねえ」という萎縮効果が発生し,報道の自由を侵害しかねない。
また,取材はすべて使われる訳ではなく,取捨選択することが常識となっているため,取材を受けた人にそんな法律上の権利なんか与えられないよ。
以上がざっくりした内容になります。
個人的には妥当な判決内容だと思います。この民間団体が良い悪いとかNHKが今とんでもない状況にあるとかはまったく関係のない話で,純粋に法律理論として筋が通っていると思うからです。
この問題,NHK問題や国会議員関与問題,さらにはこの民間団体の思想などが絡んでいるために,論評では本筋が見えなくなってしまっています。しかし,ざっくり判決のようにあえて普通名詞ですべて判決を整理してみると,「表現の自由vs報道期待権」の問題であると集約できます。となると,表現の自由に優位性が認められるのは当然といえるでしょう。
この判決について,法律論として,次のような批判が考えられますが,それについては私は次のように考えます。
1 報道機関と民間団体とでは力関係に違いがありすぎる
→民間団体にも当然表現の自由があるので,NHKが力で自分の考えと違う放送をしたと考えたのであれば,こちらから反論の表現をすればよい。特に今日では,ネット環境も充実していることからすると,反論は容易であろう。さらに,報道機関も多種多様に及ぶため,この民間団体の思想に近い報道機関はあるはず。
2 取材内容と違う放送で名誉が侵害されることがあるのではないか
→今回の判決では,名誉権については触れていないため,もし名誉侵害があれば,原則通り名誉毀損に基づく損害賠償を請求すれば足りる。
例えば,「おいしいラーメン屋紹介」ということで取材に応じたところ,放送で「まずいラーメン屋」といわれたら,名誉毀損になるであろう。しかし,「客のラーメンの好みチェック」ということで放送された場合は,名誉毀損にならないので,この判決の期待権の例外自由に合致するかどうか検討すればよい。
3 政治家の圧力について認定していない
→最高裁は事実認定はしない。だから,差し戻しをしなかった。そもそも,政治家の圧力による編集変更は,期待権の有無の認定に無関係であるため,あえて認定しなかったにすぎない。また,期待権がない以上,仮に政治家の圧力が編集方針変更の原因であったとしても,どっちにしても損害賠償は請求できないため,この認定に時間を割くのは裁判を長引かせるだけである。
では,政治家は好き勝手に報道機関に口出しをして良いのかというと,そうではない。報道機関に報道の自律性を認めた以上,どんな圧力もはねのけてよいし,圧力があったことを報じてもそれが公正な報道目的であればOK牧場といえる。そういう意味では,報道機関に,「堂々と政治家と戦っていいよ」と最高裁は述べたとも言えよう。
4 これじゃあ,誰も取材を受けなくなるのでは
→もともと,取材を受けるか否かは自由なので,これにより大きな制約はないであろう。
むしろ,期待権を認めると,政治家に対する取材においては,政治家のいいたいとおりに報じることになり,汚職や政治とカネの問題などの追求報道ができなくなってしまう。それよりも,「取材拒否」という点も含めて堂々と報じられるようにした方が国民の知る権利にも資することになる(もちろん,名誉権とのバランスは必要。)。
以上です。
最後に,この判決の真意ですが,各報道機関が報じているような「単純な報道の自由」を論じたわけではありません。むしろ,最高裁は「報道機関に高度な責任」を与えたといえます。すなわち,「国民の知る権利を充足するために,いかなる場合も中立公正な報道を行い,どんな人であっても特定の人の意向に左右されてはならない。」といえるでしょう。決して,「報道機関のやりたい放題」を是認したわけではありません。
NHKも含め,各報道機関は,この判決を踏まえて心を引き締めて報道を行ってほしいものです。
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