今日は友人のY子さんと清水区興津にある西園寺公望の避寒の別荘だった坐漁荘を見学しました。今の建物は犬山市明治村に移築された坐漁荘にできる限り忠実に復元されたものです。西園寺公望という方は、1849年に京都の公家徳大寺公純の次男として誕生し、2歳で右近衛中将西園寺師季の養子となった。20歳で開成所に在学。22歳でフランスパリに渡航。27歳でソルボンヌ大学に入学、帰国後、オーストリア公使、ドイツ公使、ベルギー公使などを歴任。45歳で文部大臣。54歳で立憲政友会第二次総裁、57歳で第一次内閣総理大臣、62歳で第二次内閣総理大臣、71歳で公爵に昇叙、74歳から冬は興津の坐漁荘で暮らすようになる。昭和15年に91歳でなくなるまで政治にかかわってきた明治の元勲でした。(資料より)
建物は数寄屋風の造り。どの部分にも意匠を凝らしてあります。ボランティアさんが丁寧に説明してくれました。おまけに無料で見学できるのです。午前10時から見学が可能。近いところにこのような素晴らしい文化財があったことを、句友から教わるまで知りませんでした。行って良かったと思います。興津駅から徒歩で15分ほどでした。
12時頃までゆっくりと見学して、お昼は駅の方角に戻って和カフェ「茶楽」で食べました。サラダ饂飩とデザートにフルーツ餡蜜を食べました。食事も水出しの緑茶も美味しく良いお店でした。
食後、清見寺に行きました。総門とお寺の建物の間になんと東海道線が走っていて、跨線橋をわたってお寺に行くのです。昔はまさか敷地内に線路が走るなんて想像もしなかったことでしょう。大きなお寺です。創建は鎌倉時代。足利氏、今川氏、徳川氏によって庇護を受け栄えてきたお寺です。坐漁荘も、清見寺も清見潟が埋め立てられる前は、海の見晴がすばらしかったことだろうと思います。残念ながら、今は、海の近くに東名が走り、近代的な港の風景があり、昔のような風光明媚な海岸線は望めませんが、建物自体は素晴らしかったです。
拝観料は300円でした。徳川家康が幼少期に勉強したという小さな部屋がありました。庭は江戸初期に山本道斉によって築庭されたと伝えられ、名園です。国の指定を受けて保護されています。
ゆっくりと見学して、3時頃、興津駅に戻り、電車で帰ってきました。良い気分転換になりました。他の写真はフォトチャンネルをつくりましたので、ご覧くださいませ。
建物は数寄屋風の造り。どの部分にも意匠を凝らしてあります。ボランティアさんが丁寧に説明してくれました。おまけに無料で見学できるのです。午前10時から見学が可能。近いところにこのような素晴らしい文化財があったことを、句友から教わるまで知りませんでした。行って良かったと思います。興津駅から徒歩で15分ほどでした。
12時頃までゆっくりと見学して、お昼は駅の方角に戻って和カフェ「茶楽」で食べました。サラダ饂飩とデザートにフルーツ餡蜜を食べました。食事も水出しの緑茶も美味しく良いお店でした。
食後、清見寺に行きました。総門とお寺の建物の間になんと東海道線が走っていて、跨線橋をわたってお寺に行くのです。昔はまさか敷地内に線路が走るなんて想像もしなかったことでしょう。大きなお寺です。創建は鎌倉時代。足利氏、今川氏、徳川氏によって庇護を受け栄えてきたお寺です。坐漁荘も、清見寺も清見潟が埋め立てられる前は、海の見晴がすばらしかったことだろうと思います。残念ながら、今は、海の近くに東名が走り、近代的な港の風景があり、昔のような風光明媚な海岸線は望めませんが、建物自体は素晴らしかったです。
拝観料は300円でした。徳川家康が幼少期に勉強したという小さな部屋がありました。庭は江戸初期に山本道斉によって築庭されたと伝えられ、名園です。国の指定を受けて保護されています。
ゆっくりと見学して、3時頃、興津駅に戻り、電車で帰ってきました。良い気分転換になりました。他の写真はフォトチャンネルをつくりましたので、ご覧くださいませ。