知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

「刊行物に発表する」との文言の解釈

2007-09-01 09:31:33 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10559
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年08月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『2 「刊行物に発表する」との文言の解釈の誤りについて
原告は,特許法30条1項の「刊行物に発表」することが「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」と解されるべきであったとしても,本件パンフレットによる公開は,原告が自ら主体的に刊行物に発表した場合であるから,本件出願に同項の適用があると主張する
(1) 特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表」することの意義について,原告も引用する最高裁平成元年判決は,発明が公開特許公報に掲載されることが特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表し(た)」ことに該当するか否かが争われた事案において,「特許を受ける権利を有する者が,特定の発明について特許出願した結果,その発明が公開特許公報に掲載されることは,特許法30条1項にいう『刊行物に発表』することには該当しないものと解するのが相当である。けだし,同法29条1項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法30条1項にいう『刊行物に発表』するとは,特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ,公開特許公報は,特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより,特許庁長官が手続の一環として同法65条の2の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから,これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。」と判示している。

(2) 最高裁平成元年判決の事案は,我が国又は外国の公開特許公報による公開が特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表し」たことに該当するか否かが争われた事案であり,このような事案において,公開特許公報による公開は,特許庁長官が特許法の規定に基づいて刊行するものであって,特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないと判示されている
 事案と判示事項との関係からみれば,最高裁平成元年判決のいう「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」には,公開特許公報による公開のように,特許出願手続の一環として制度的に公開される場合は含まれないと解される。また,最高裁平成元年判決は,「主体的」であるか否かについて,個々具体的事案における特許を受ける権利を有する者の意思内容によって判断したものではないから,「主体的」であるか否かは,発明の公開について定めた国内法や外国法の規定の解釈によって制度的に判断すべきもので,特許を受ける権利を有する者の具体的意思によって判断するものではないと解される。仮に,特許を受ける権利を有する者の意思を考慮したとしても,後に発明が公開されることを認識し,公開されることを認容して出願をすることは,最高裁平成元年判決にいう「主体的」に該当しないことも,事案と判示事項から明らかである。

 本件パンフレットによる公開は,国際公開パンフレットによる国際公開であり,国際出願があった場合において,特許協力条約21条の規定に基づき,国際事務局が行うものであること,国際出願においても,国際公開によって補償金請求権が発生し得ること,の2点において,公開特許公報による公開と共通する。また,我が国への特許出願ではない点において,外国の公開特許公報による公開と共通する。
(3) 以上によれば,本件パンフレットによる公開が最高裁平成元年判決のいう「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」に該当しないことは,最高裁平成元年判決の判示内容から導き出されるものであると認められる
。』


『3 第三者の不利益についての解釈の誤りについて
 原告は,仮に外国特許公報等に掲載されることを新規性喪失の例外事由として認めたとしても,パリ条約による優先権等の主張の利益と重複する過重な保護を与えることにならず,第三者に不測の不利益をもたらすものでもなく,むしろ,公開公報を他の刊行物と公平に取り扱うことの利益の方が大きいと主張する
(1) 特許法30条1項の趣旨は,特許要件として新規性が要求されているため,特許出願をすることなく,自ら発明を公開した者は,その後に特許を出願しても,自ら発明を公開したことにより特許を受けられない結果になることがあり得るところ,この結果は,発明者,特に特許法の規定を十分知らない技術研究者にとって酷であり,また,発明を公開した者が公開によって不利益を受けることになっては,産業の発達に寄与するという特許法の目的(同法1条)に悖る結果ともなることから,一定の要件を具備した場合には,発明が既に公開されていることを理由に特許出願を拒絶されることがないようにするというものである
また,特許法30条は,29条1項の例外を定めた規定であり,その解釈適用は,例外を定めた趣旨に合致するように,上記のような発明者を救済するために必要な限度で行われるべきであり,発明者を必要以上に保護したり,社会一般に不測の損害を与える結果を招来したりすることがあってはならないと解される
(2) 特許法30条1項の趣旨が上記のようなものであるところからすれば,原告は,本件出願の前に,国際出願を行った(甲第1号証)のであるから,既に特許出願手続に着手したものということができ,この点において,原告は,もはや同項が救済しようとしている技術研究者等に該当しない。』

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