知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

自然法則を利用していないとした事例

2012-12-22 22:58:09 | 特許法その他
事件番号 平成24(行ケ)10134
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年12月05日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 土肥章大、裁判官 高部眞規子,齋藤巌
特許法2条1項

(1) 自然法則の利用について
 特許法2条1項は,発明について,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定するところ,人は,自由に行動し,自己決定することができる存在である以上,人の特定の精神活動,意思決定,行動態様等に有益かつ有用な効果が認められる場合があったとしても,人の特定の精神活動,意思決定や行動態様等自体は,直ちには自然法則の利用とはいえない。
 したがって,ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,いかに,具体的であり有益かつ有用なものであったとしても,その課題解決に当たって,専ら,人間の精神的活動を介在させた原理や法則,社会科学上の原理や法則,人為的な取り決めや,数学上の公式等を利用したものであり,自然法則を利用した部分が全く含まれない場合には,そのような技術的思想の創作は,同項所定の「発明」には該当しない

(2) 本願発明の構成について
 前記1(1)の①ないし⑤の構成は,「省エネ行動シート」という図表のレイアウトについて,軸(・・・)と,これらの軸によって特定される領域(・・・)のそれぞれに名称を付し,意味付けすることによって特定するものであるから,各「軸」及び各「領域」の名称及び意味,という提示される情報の内容に特徴を有するものである。
 そして,図表の各「軸」,及び軸によって特定される「領域」に,それぞれ・・・という名称及び意味を付して提示すること自体は,直接的には自然法則を利用するものではなく,本願発明の「省エネ行動シート」を提示された人間が,領域の大きさを認識・把握し,その大きさの意味を理解することを可能とするものである。
 また,本願発明の「省エネ行動シート」は,人間に提示するものであり,何らかの装置に読み取らせることなどを予定しているものではない。そして,人間に提示するための手段として,紙などの媒体に記録したり,ディスプレイ画面に表示したりする態様などについて,何らかの技術的な特定をするものではないから,一般的な図表を記録・表示することを超えた技術的特徴が存するとはいえない

(3) 本願発明の課題と作用効果について
 ・・・
 本願発明の上記作用効果は,一方の軸と,他方の軸の両方向への広がり(面積)を有する「領域」を見た人間が,その領域の面積の大小に応じた大きさを認識し,把握することができること,さらに「軸」や「領域」に名称や意味が付与されていれば,その「領域」の意味を理解することができる,という心理学的な法則(認知のメカニズム)を利用するものである。このような心理学的な法則により,領域の大きさを認識・把握し,その大きさの意味を理解することは,専ら人間の精神活動に基づくものであって,自然法則を利用したものとはいえない

<筆者メモ>
(判決の要点)
○ 法2条1項の解釈へのあてはめにおいて、認知のメカニズムを利用したレイアウト(を有するシート)は技術的思想であるが、自然法則を利用していないとしている。
○ 自然法則を利用していないとする理由は、人間への提示であること、提示手段に一般的な図表を記録・表示することを超えた技術的特徴が存しないということである。こういうからには情報の人間への提示、または、情報の提示手段に技術的特徴がない場合、は自然法則を利用していないとの前提があるはず。
○ 作用効果が心理学的な法則を利用した専ら人間の精神活動に基づくもので自然法則を利用していないことを理由の一つとしている。
(疑問点)
・ 作用効果は発明の特定事項ではない。作用効果の自然法則利用性を検討した点は不自然ではないか。この結論なら、発明特定事項が(読取装置の技術的特性に対応する等していないので)自然法則を利用しておらず、専ら心理学的な法則を利用したレイアウトに過ぎない、とした方がよかったのではないか。
・ 心理学的な法則(認知メカニズム)は人間の脳の化学反応等により引き起こされており、化学反応等の自然法則を利用しているとも言える。判決は法2条1項の「自然法則」をどう解釈し、どこで線引きしたのか。精神活動でも人によってまちまちな好き・嫌いなどと、ほとんどそうなるという認知メカニズムとでは異なり、前者は「専ら心理学的な法則を利用した」と言えるが後者は違うのではないか。
・ 情報の人間への提示、情報の提示手段に技術的特徴がない場合、は自然法則を利用していないとの前提は正しいか。

実施可能要件を充足しないとした事例

2012-12-22 18:28:46 | 特許法36条4項
事件番号 平成23(行ケ)10445
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年12月05日
裁判所名 的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 土肥章大、裁判官 井上泰人,荒井章光
特許法36条4項

(2) 本件審決は,本件明細書の方法2の実施可能性についてのみ検討した上で,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を充足するものとする。
 そこで検討するに,方法2は,前記1(3)ア(イ)のとおり,補助溶剤を含む水中にアトルバスタチンを懸濁するというごく一般的な結晶化方法であるものの,補助溶剤としてメタノール等を例示し,その含有率が特に好ましくは約5ないし15v/v%であることを特定するのみであり,結晶化に対して一般的に影響を及ぼすpH,スラリー濃度,温度,その他の添加物などの諸因子について具体的な特定を欠くものであるから,これらの諸因子の設定状況によっては,本件明細書において概括的に記載されている方法2に含まれる方法であっても,結晶性形態Iが得られない場合があるものと解される。

 そうだとすると,結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpHやスラリー濃度を含め,温度,その他の添加物などの諸因子が一切特定されていない方法2の記載をもってしては,本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても,当業者が過度な負担なしに具体的な条件を決定し,結晶性形態Ⅰを得ることができるものということはできない
・・・
(4) 以上のとおり,本件明細書における方法2に係る記載は,結晶性形態Iを得るための諸因子の設定について当業者に過度の負担を強いるものというべきであって,実施可能要件を満たすものということはできない
 もっとも,本件明細書には,本件審決が判断した方法2のほかにも,方法1及び3として,結晶性形態Iの具体的製造方法が開示されているところ,本件審決は,本件明細書の方法2について検討するのみで,本件明細書のその余の記載により実施可能要件を充足するか否かについて審理を尽くしていないものというほかない。
よって,実施可能要件について更に審理を尽くさせるために,本件審決を取り消すのが相当である。


(筆者メモ) 他の方法で実施できる場合はサポート要件違反か。

動機付けを認めた事例

2012-12-22 18:13:57 | 特許法29条2項
事件番号 平成23(行ケ)10445
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年12月05日
裁判所名 的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 土肥章大、裁判官 井上泰人,荒井章光
特許法29条2項

(オ) 以上によると,本件優先日当時,一般に,医薬化合物については,安定性,純度,扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから,非結晶性の物質を結晶化することについては強い動機付けがあり,結晶化条件を検討したり,結晶多形を調べることは,当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。そして,前記(1)のとおり,引用例には,アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が結晶化条件を検討したり,得られた結晶について分析することには,十分な動機付けを認めることができる

 この点について,被告は,結晶を取得しようとする一般的な意味での動機付けは,具体的な結晶多形に係る発明に想到するための動機付けとは異なるのであって,およそ医薬において結晶の使用が好ましいことに基づいて動機付けを判断すると,結晶多形に係る特許は成立する余地はないと主張する

 しかしながら,結晶を取得しようとする動機付けに基づいて結晶化条件を検討し,結晶多形を調査することにより,具体的な結晶多形に想到し得るものであるから,具体的な結晶多形を想定した動機付けまでもが常に必要となるものではない

相違点と作用効果の違い

2012-12-22 17:41:59 | 特許法29条2項
事件番号 平成24(行ケ)10057
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年12月03日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平、裁判官 真辺朋子,田邉実

(2) 審決は,本件発明につき,請求項の記載に基づいて,「クエン酸,酒石酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種の酸味剤を含有し,経口摂取又は口内利用時に酸味を呈する製品に,スクラロースを,該製品の重量に対して0.012~0.015重量%で用いることを特徴とする酸味のマスキング方法」と認し,かかる本件発明と甲3発明を対比して,一致点・相違点を認定しており,そこに誤りはない。原告の主張は,本件発明と引用発明の相違点を抽出する場合における本件発明の認定について,本件発明の効果も含めて認定することを前提とするものであるが,本件発明の要旨は,その特許請求の範囲の記載に基づいて認定すべきものであるから,原告の上記主張は採用することができない。すなわち,原告の主張は,顕著な効果の看過を相違点の認定誤りというものであり,この主張をもって相違点認定の誤りとすることはできない。作用効果に関しては,後記2(6)で判断するとおりである
・・・
(6) 原告は・・・顕著な作用効果を看過していると主張する。
 しかし,前記のとおり,・・・程度の効果は,これを予測できない顕著な作用効果ということはできない。
 ・・・このように,・・・長期安定性及び熱安定性という効果は,スクラロース自体の公知の特性であり,この特性は,酸味を有する製品の酸味マスキングにスクラロースを用いた場合にのみ生ずる特有の作用効果ではないことからすれば,この効果を酸味のマスキング方法についての発明における顕著な効果とすることはできない