知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

指定期間が経過しても請求書の却下決定をせずに請求人に3回確認する運用にならわなかった却下処分の違法性

2012-06-10 22:49:17 | 特許法その他
事件番号 平成24(行ケ)10061
事件名 審判請求書却下決定取消請求事件
裁判年月日 平成24年06月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 特許法133条3項に基づく請求書の却下決定に関する裁量について特許出願について拒絶をすべき旨の査定を受けた者は,その査定に不服があるときは,拒絶査定不服審判を請求することで特許査定又は拒絶査定の取消しを求めることができ(特許法121条1項,159条3項,51条,160条1項),その際,請求の理由等を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならない(同法131条1項3号)ところ,審判長は,請求書がこの規定に違反しているときは,請求人に対し,相当の期間を指定して,請求書について補正をすべきことを命じなければならず(同法133条1項),請求人が当該補正命令により指定した期間内に請求書の補正をしないときは,決定をもってその請求書を却下することができるとされている(同条3項)。
 そして,特許法は,審判長が上記決定をすべき時期については何ら規定していないところ,上記補正命令に基づく補正が上記相当の期間内にされない以上,あえて当該決定を遷延させることについて積極的な意義は見出し難い一方で,当該補正が当該相当の期間経過後にされた場合,当該補正を却下して請求書を却下する決定をしなければならない理由も見当たらない。したがって,審判長は,請求書を却下する決定の要件が充足したとしても,直ちに当該決定をしなければならないものではないというべきである
 以上によれば,審判長は,特許法131条1項に違反する請求書について,同法133条1項に基づく補正命令により指定した相当の期間内に補正がされなかった場合,いかなる時期に同条3項に基づく当該請求書を却下する決定をするかについての裁量権を有しており,当該決定は,具体的事情に照らしてその裁量権の逸脱又は濫用があった場合に限り,違法と評価されるというべきである。
 ・・・
イ 他方,特許庁内部では,前記1(5)に認定のとおり,「審判事務機械処理便覧」という文書により,特許法133条3項に基づく請求書の却下決定に先立って,請求人からの上申書等の有無や却下処分前通知書の発送を確認することとされているほか,請求人から,同条1項に基づく指定期間内に手続補正についての期間の猶予を求める上申書が提出された場合,審判長は,当該指定期間を経過しても直ちに請求書を却下する決定をするとは限らず,あるいはそのような上申書が提出されなくても,特許庁からの郵便はがきによる却下処分前通知又は電話による手続続行の意思の有無の確認を経てから,請求書を却下する決定をする運用が行われている。
 しかしながら,上記「審判事務機械処理便覧」という文書は,あくまでも事務担当者の便益のために特許庁内部における事務処理の運用を書面化したものであるにすぎず,特許法の委任を受けて請求人との関係を規律するものではないし,特許庁内部におけるその余の上記運用も,いずれも特許法に根拠を有する手続ではなく,実務上の運用として行われているにすぎないから,このような運用に従わない取扱いがされたからといって,そのことは,原則として当不当の問題を生ずるにとどまり,直ちに請求書の却下決定に関する時期についての裁量権の逸脱又は濫用となるものではない
 ・・・
ウ 以上によれば,原告は,本件拒絶査定により本件審判における争点を認識しており,当該争点についての立証について,本件審判の請求まで約4か月,本件指令書により指定された補正のための指定期間の満了まで約6か月にわたる準備期間を与えられていながら,その立証準備の状況等について何ら具体的に説明をせずに当該指定期間を徒過していたのであるから,原告が外国法人であって,本件事務所との間の意思疎通について内国人よりも時間と費用を要することや,本件決定に先立って,郵便はがきによる却下処分前通知又は電話による手続続行の意思の有無の確認といった特許庁内部で行われていた運用に従った取扱いがされていなかったこと,そして,そのことから,仮に,本件事務所において自ら補正の理由書を提出するまで本件請求書が却下されることはないと期待していたとすれば,本件審判長がその期待を与えたことを考慮しても,本件審判長は,本件請求書を却下した時点において,当該決定を遷延させ,もって原告のために更に補正のための猶予期間を与える必要はなかったものというほかなく,本件拒絶査定から約7か月後であって当該指定期間の満了から43日後にされた本件決定は,審判長が有する請求書の却下決定をする時期についての裁量権を逸脱又は濫用したものとはいえない。

物の発明において,その発明を実施することができるとは

2012-06-10 22:33:45 | 特許法36条4項
事件番号 平成23(行ケ)10254
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年06月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

3 取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
(1) 実施可能要件
 物の発明において,その発明を実施することができるとは,その物を作ることができ,かつその物を使用できることを意味する。本件明細書(【0022】【0032】)には,本件発明に係る減塩醤油の製造方法の概要が記載されており,当業者が出願時の技術常識に基づき製造することができたものであると認められる。また,本件発明に係る減塩醤油は,所期の効果を有する減塩醤油として使用することができるということができる。

商品・役務リストの分類を機能に照らして認定した事例(商標法50条2項)

2012-06-10 22:23:47 | 商標法
事件番号 平成24(行ケ)10011
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年06月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第4 取消事由に対する被告の反論
1 特許庁の商品・役務リストの分類では,ネオンランプ,ネオン封入放電ランプ,ネオン灯あるいは放電ランプ,放電灯,アーク灯はいずれも電球類や照明器具と同様の類似群11A02に分類されているし,放電管のうち照明用のものもこの類似群11A02に分類されている(照明用以外の放電管は11C01)。
 類似群をまたがって機能を有する商品の場合,主たる用途がいずれであるかでその分類が定まるところ,ネオンランプの主たる用途は照明にあり,電球類等と同じ類似群に分類されるべきであるから,定電圧機能等を併せ持つとしても類似群が異なる「電子応用機械器具及びその部品」には当たらない。原告のカタログ(甲8の3)でも,「ネオン交換電球」の項目に「ネオンランプ」が記載されているから(21頁),原告の「ネオンランプ」も電球の類として用いられていることは明らかである。

2 回路基板のうち汎用のプリント回路基板のみが「電子応用機械器具及びその部品」と同じ類似群11C01に分類されるところ,原告の「センサー用LED基板」は照明用器具としての用途に用いられる回路基板であって,類似群11C01に分類されるべきものではない


第5 当裁判所の判断
 ・・・
 ここで,ネオンブラケットが用いられるパイロットランプは,これが取り付けられた機器の状態(例えばスイッチのオン,オフ)を示す表示灯としての機能を果たすものであるが,甲第25,第44号証によれば,ネオンランプ(ネオンブラケット)をその定電圧特性を活かして回路保護のために用いることがあることが認められるから,上記カタログにおける使用商標1,2の使用をもって,「電子応用機械器具及び部品」についての使用と評価することが可能である。
 ・・・

 上記「センサー用LED基板Assy」は基板上に複数のLED(発光ダイオード)を並べて実装したもの(甲10),・・・であるが,これらは顧客が画像解析装置を製造するために,注文を受けた原告においてその構成部品(装置)を設計,製造したものである(弁論の全趣旨)。
 ここで,上記「センサー用LED基板Assy」等が画像解析を行うために,対象となる物に光を照射する機能を果たすものであるとしても,日常生活において光を照らして空間を明るくする目的とは程遠いことは明らかである。そして,上記「センサー用LED基板Assy」等は,電子部品であるLEDやダイオード等を使用して構成されており,その機能に照らせば,電子の作用を応用し,その電子の作用が当該機械器具にとっての構成要素となっているということができる

 そうすると,原告は,「電子応用機械器具及びその部品」につき,取引書類である納品書や納入仕様書に使用商標1を使用したということができる。

主引用例において機能的に結びついている構成の一方を省略する周知技術の適用

2012-06-10 21:54:35 | 特許法29条2項
事件番号 平成23(行ケ)10284
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年06月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 他方,前記のとおり,引用発明が解決しようとする課題は,発酵槽内を複数の領域に概念的,論理的に区切り,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理する点にあり(甲1の2頁左下欄10~16行),引用発明の撹拌機も,下記第1図のとおり,発酵槽(1)内からいったん移動通路(15)上に移動させた後,移動通路上を発酵槽の長尺方向に沿って他の領域の前(開口部側)まで移動させ,再度発酵槽内に移動させることによって,上記の領域ごとの被処理物の撹拌頻度の管理を可能にするものである。
 したがって,引用発明においては,撹拌機の構成と移動通路とは機能的に結び付いているものである。

 そうすると,引用発明の発酵処理装置の構成から移動通路(15)を省略し,かつ奥行き方向に往復して撹拌する撹拌機の構成を長尺方向にのみ往復移動しながら撹拌動作する甲第2,第3号証から認められる周知技術に係る撹拌機の構成に改め,同時に概念的,論理的に複数に区切られた発酵槽内の領域を,発酵槽開口部の所望の個所から被処理物の投入・堆積・取出しを行うことができるようにするべく,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することができるようにすることは,甲第2,第3号証に表れる構成が当業者に周知のものであるとしても,本件出願当時,当業者において容易ではあったと認めることはできない

「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする」(法3条1項)の趣旨と立証責任

2012-06-10 10:00:35 | 商標法
事件番号 平成24(行ケ)10019
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年05月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 芝田俊文

(1) 商標法3条1項柱書は,商標登録要件として,「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」であることを規定するところ,「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」とは,少なくとも登録査定時において,現に自己の業務に係る商品又は役務に使用をしている商標,あるいは将来自己の業務に係る商品又は役務に使用する意思のある商標と解される

 これを本件についてみるに,上記認定事実によれば,
○1 原告は,・・・原告使用商標を使用して本件店舗の宣伝,広告を行っていたこと,
○2 原告は,・・・,原告使用商標を使用し,飲食物の提供を業とする本件店舗を開店したこと,
○3 被告は,・・・にその登録を受けたが,現在に至るまで本件商標を指定役務である「飲食物の提供」やその他の業務に使用したことはないこと,
○4 本件商標と原告使用商標(1)は,類似すること,
○5 原告使用商標は,・・・造語で,特徴的なものである上,本件店舗の宣伝,広告及び開店と本件商標の登録出願日が近接していることからすれば,被告は,原告使用商標を認識した上で,原告使用商標(1)と類似する本件商標を出願したものと考え得ること,
○6 被告は,・・・短期間に,本件商標以外にも44件もの商標登録出願をし,その登録を受けているところ,現在に至るまでこれらの商標についても指定役務やその他の業務に使用したとはうかがわれない上,その指定役務は広い範囲に及び,一貫性もなく,このうち30件の商標については,被告とは無関係に類似の商標や商号を使用している店舗ないし会社が存在し,確認できているだけでも,そのうち10件については,被告の商標登録出願が類似する他者の商標ないし商号の使用に後れるものであることが認められる。

 上記事情を総合すると,被告は,他者の使用する商標ないし商号について,別紙2のとおり多岐にわたる指定役務について商標登録出願をし,登録された商標を収集しているにすぎないというべきであって,本件商標は,登録査定時において,被告が現に自己の業務に係る商品又は役務に使用をしている商標に当たらない上,被告に将来自己の業務に係る商品又は役務に使用する意思があったとも認め難い
 ・・・
 したがって,本件商標は,その登録査定時において,被告が現に自己の業務に係る商品又は役務に使用をしている商標にも,将来自己の業務に係る商品又は役務に使用する意思のある商標にも当たらず,本件商標登録は,「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」に関して行われたものとは認められず,商標法3条1項柱書に違反するというべきである。

(2) この点について,審決は,上記事情をもってしても,被告の本件商標に係る使用の意思について合理的な疑義があるとはいえないと認定,判断する
 しかし,登録商標が,その登録査定時において「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」に当たることについては,権利者側において立証すべきところ,本件商標についてこれを認めるに足りる証拠はなく,むしろ,上記認定事実によれば,本件商標登録は,被告が現に自己の業務に係る商品又は役務に使用していない商標について,将来自己の業務に係る商品又は役務に使用する意思もなく行われたものというべきであって,上記審決の認定,判断は失当である。
 ・・・
 付言するに,上記認定の事実関係に照らすと,本件商標は,原告使用商標を剽窃するという不正な目的をもって登録出願されたものとして,商標法4条1項7号(公序良俗に反するおそれのある商標)に該当する余地もあるが,本件においては,同法3条1項柱書該当性の判断で足りるものと解する。

解決課題の異なる主引用例

2012-06-10 09:37:11 | 特許法29条2項
事件番号 平成23(行ケ)10208
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年05月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 以上のとおり,引用発明は,粘度の異なるインクの印刷ユニットを複数並べ,それぞれの印刷ユニットの長所を生かして,べた刷りも,細線印刷も美しく仕上げることのできる印刷装置を提供するものであるが,それらのインクを重ね刷りすることを前提としたものではなく,重ね刷りによる課題(・・・)の解決を目的としたものでもない。引用例には,重ね刷りによる印刷工程の促進を目指して開発されたウェットトラップ(甲2の段落【0004】)を採用することに関連した記載,及びウェットトラップを実施した際に生じる課題解決に関連した記載はない

 そうすると,本願発明の相違点に係る構成,すなわち「前記複数のインク層が,重なり合ったものであり,かつ,一番目のインク層から前記希釈剤の一部が蒸発することにより,前記インク付けステーションで前記被印刷体に塗布された一番目の液体インク層の粘度が増加し,前記被印刷体が前記インク付けステーション間を移行する際,前記一番目のインク付けステーションから間隔を置いて位置する次のインク付けステーションにおいて前記一番目のインク層上に塗布される前記二番目の液体インクをウェットトラップするように,一番目のインクの粘度が二番目のインクの粘度よりも高くされる」との構成について,当業者が引用発明に基づいて,容易に発明をすることができたものということはできない。
 ・・・
 また,仮に,ウェットトラップ印刷法が,本願優先日前における技術常識であったとしても,上記アのとおり,引用発明においては,インクを重ね刷りすることを前提としておらず,重ね刷りによる解決課題(色の汚濁の防止,印刷時間の長期化の防止等)を目的としたものではないから,引用発明からウェットトラップ印刷法を採用する動機付けは生じない

印刷物上の商標の表示と指定役務についての本件商標の使用(商標法50条)

2012-06-10 09:15:32 | 商標法
事件番号 平成23(行ケ)10348
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年05月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 審決の理由
 ・・・
(3) サイエントロジー東京における使用について
 ・・・サイエントロジー東京は,ポスター・・・であり,表題を「THE BRIDGE TO TOTAL FREEDOM」とする印刷物(甲17・審決乙17)(判決注 甲17の1ないし3を総称して,「甲17」という。)を,販売するために輸入し,平成21年12月末に所有したが,印刷物(甲17・審決乙17)は,宗教哲学に関する知識の教授に付随してその生徒に譲渡等されるものとはいえず,独立して商取引の対象となるものというのが相当であり,ほかに,印刷物がかかる役務の提供に付随するものとみるべき証拠はない。したがって,上記印刷物は,商標法上の商品に該当するというべきものであり,これに本件商標が表示されているとしても,そのことをもって請求に係る指定役務についての本件商標の使用とはいえない


第4 当裁判所の判断
・・・
(2) 判断
 上記(1)イ(ア) 認定の事実によれば,甲17の印刷物には「THE BRIDGE」,「The Bridge(R) 」,「The Bridge」との記載があり,「The Bridge」については原告の商標であることが明確に注記されているから,甲17における「TheBridge」は,原告の出所を識別するものとして使用されていることが認められる。
 「The Bridge」と本件商標とは,文字の外観(大文字と小文字において若干の相違がある。),称呼及び観念において共通し,両者は,社会通念上同一の商標である。

 また,上記(1)イ(イ) 認定の事実によれば,甲17の印刷物は,サイエントロジー哲学を学習する者,又は,その学習を始めようとする者に対し,・・・,人間の回復と精神的な人の能力とパワーの究極的な拡張への道筋を説明し,その過程で受けることのできるサービスやトレーニングを紹介し,もしくは,自己の学習の進行状況を確認させることを目的として作成されたものと解される。さらに,甲17は,サイエントロジー東京の生徒向けの資料として輸入し,保有され,その部数も限られていることに照らすならば,同印刷物は,サイエントロジー哲学を学習する者,又は,その学習を始めようとする者に対して,供与されるものであって,不特定多数の者に対する販売することを目的としたものではないと解される。

 そうすると,甲17の印刷物は,サイエントロジー哲学の教授という役務の提供を受ける者の利用に供する物であるというべきであるから,これに本件商標と社会通念上同一の商標を付する行為は,本件商標の指定役務である「哲学の教授その他の技芸・スポーツ又は知識の教授」中,「哲学の教授」について本件商標を使用したものと評価すべきである(商標法2条3項3号)。