知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

機能の共通する周知技術の適用と設計事項の認定

2011-10-16 23:12:50 | 特許法29条2項
平成23年9月27日 平成23年(行ケ)第10099号
審決取消請求事件
裁判長 塩月秀平

引用発明及び周知技術の一具体例である甲3に記載された技術は,補正発明と同様,画像の有無によって放射エネルギーのON・OFFの点灯制御を行う点で共通する。
 これらを勘案すれば,引用発明の印刷方法において,レーザ放射装置および光ファイバケーブルよりなる乾燥装置を,周知技術1の「紫外線を放射するLEDを用いてモジュール化したLEDアレイを印刷物の幅方向に複数並べ,モジュール化したLEDアレイ単位で制御を行う印刷物の乾燥装置」に置き換えることに格別の困難性は認められない

 そして,前記のとおり,引用例の図2の構成は,レーザ照射装置をONにすれば,レーザ管で生成されたレーザ光が光ファイバケーブルを構成する全ての光ファイバに等しく導入され,全ての光ファイバの端部から紫外線が照射されるものだが,引用例には,図2の構成にとどまらず,画像が存在する場所にだけ放射エネルギーを当てるという技術的思想が開示されており,そのために,印刷枚葉紙の幅方向の一部分だけに限って放射エネルギーを当てることの示唆も存在する

 したがって,引用例に接した当業者であれば,引用発明に周知技術1を適用する際,印刷製品の幅方向に複数並んだLEDアレイ全体を一律に点灯制御して,幅方向全域にわたる放射エネルギーの照射・非照射を単純に切り換えるといった点灯制御はもとより,引用例の上記示唆が動機づけとなって,モジュール化されたLEDアレイ単位で点灯制御を相互に独立させ,画像が存在する部分だけに限って放射エネルギーを当てるような点灯制御までをも容易に想到し得るというべきである。

 また,モジュール化されたLED単位で点灯制御を独立させる場合,画像の有無の判断を当該LEDアレイ単位,換言すれば,当該LEDアレイの照射領域単位で行うようにすることは,単なる設計的事項にすぎず,画像が存在する場所にだけ放射エネルギーを当てるという観点でいえば,画像の有無の判断単位と,エネルギーの放射単位とを領域的に一致させるのが普通であるといえるし(敢えて一致させないことの必然性に乏しい),また,そのようにすることは,回路設計を行う当業者にとって自然な発想といえる。

よって,相違点2,3に係る構成は,引用発明に周知技術1を適用することによって,容易に想到し得るものというべきである。

従たる引用発明としての周知技術の扱い

2011-10-16 22:45:15 | 特許法29条2項
平成23年9月28日 平成22年(行ケ)第10351号
審決取消請求事件
裁判長 飯村敏明

 他方,審決が判断の基礎とした出願に係る発明の「特徴点」は,審決が選択,採用した特定の発明(主たる引用発明)と対比して,どのような技術的な相違があるかを検討した結果として導かれるものであって,絶対的なものではない。発明の「特徴点」は,そのような相対的な性質を有するものであるが,発明は,課題を解決するためにされるものであるから,当該発明の「特徴点」を把握するに当たっては,当該発明が目的とした解決課題及び解決方法という観点から,当該発明と主たる引用発明との相違に着目して,的確に把握することは,必要不可欠といえる。
 その上で,容易想到であるか否かを判断するに当たり,「『主たる引用発明』に『従たる引用発明』や『文献に記載された周知の技術』等を適用することによって,前記相違点に係る構成に到達することが容易であった」との立証命題が成立するか否かを検証することが必要となるが,その前提として,従たる引用発明等の内容についても,適切に把握することが不可欠となる。

 もっとも,「従たる引用発明等」は,出願前に公知でありさえすれば足りるのであって,周知であることまでが求められるものではない。しかし,実務上,特定の技術が周知であるとすることにより,「主たる引用発明に,特定の技術を適用して,前記相違点に係る構成に到達することが容易である」との立証命題についての検証を省く事例も散見される。特定の技術が「周知である」ということは,上記の立証命題の成否に関する判断過程において,特定の文献に記載,開示された技術内容を上位概念化したり,抽象化したりすることを許容することを意味するものではなく,また,特定の文献に開示された周知技術の示す具体的な解決課題及び解決方法を捨象して結論を導くことを,当然に許容することを意味するものでもない

 本件についてこれをみると,審決は,・・・,「特定の引用発明」のみを基礎として,これに特定の技術事項が周知であることによって,本願発明と引用発明との相違点に係る構成は,容易に想到することができるとの結論を導いたものである。
・・・
 引用発明においては,「吸水性ポリマー層」が吸水材として用いられ,プラスチック袋の内面に「被覆」されたものであること,・・・,被覆された層は,溶剤に溶かしたり熱溶融したりするなどして,流動性を持たせた吸水ポリマーにゼオライトを練り込んだものが被覆されることによって,プラスチック袋の基材と一体化されて,積層されていると理解される。被覆された層の一体化された形状は,「吸水性ポリマー層」が吸水した場合であってもなお,その形状が保持されるものと理解するのが合理的である。
 そうであるすると,引用発明において,「消費者が,液状の廃棄物でほとんど,あるいは完全に飽和された吸収材との偶発的で,望ましくない接触をすること」を回避する目的のために,さらに「液体透過性ライナー」を「吸収剤」に隣接して配置するとの構成を採用する動機はない

動機付けを否定した事例

2011-10-16 21:08:15 | 特許法29条2項
平成23年9月28日 平成22年(行ケ)第10388号
審決取消訴訟
裁判長 飯村敏明
知財高裁の判決紹介あり)


 そうすると,補正後発明は,通常の場合においては少ない待ち時間で高い確率でメッセージ(データ)の伝送が可能であるとともに,最悪の場合においても有限の最大待ち時間を保証することを解決課題とし,その課題を解決するために,
「前記バスシステムの負荷に従って,伝送すべき各メッセージが・・・予め設定される待ち時間が保証できる間は,前記データは事象指向でバスシステムを介して伝送され,他の場合には,前記データは時間制御されるモードでバスシステムを介して伝送される」
との構成を採用したのであるから,上記「時間制御されるモード」は,有限の最大待ち時間を保証するように制御されるアクセス方式ということができる。

 これに対して,引用発明では,受信誤り率が小さい場合においては接続遅延が小さく,かつ,受信誤り率が大きい場合(高トラヒック時)においても高いスループットを実現する多重アクセス方式を提供することを解決課題として,同課題を解決するため,端末と無線基地局間の通信トラヒックに応じて,受信誤り率が小さい場合にはALOHA方式のような衝突の起こり得る多重アクセス方式を用い,受信誤り率が大きい場合にはポーリング方式のような衝突の起こり得ない多重アクセス方式を用いる構成とした発明である。

 ポーリング方式は,各端末に送信権が巡回して付与されるアクセス方式であり・・・,引用発明においても,最大の待ち時間を保証することは可能といえる。

 しかし,引用発明は,高いスループットを実現することを解決課題とする発明であって,最大の待ち時間を保証することを解決課題とする発明ではない。また,引用発明が,時間制御されるアクセス方式を用いており,最大の待ち時間を保証することが可能であるとしても,高いスループットを実現することによって,必然的に最大の待ち時間を保証することができるとはいえない。引用例の段落【0019】には,ポーリングを行った端末からパケット信号が継続して送られてくる場合,ポーリングアドレスを変更せずにポーリングを行う旨記載され,同記載部分からも,引用発明が必ずしも最大の待ち時間を保証するものではないことが理解できる。

 したがって,引用発明と補正後発明において,・・・,引用発明と補正後発明との解決課題が相違する以上,引用発明における「伝送すべきパケット信号の受信誤り率のしきい値を設定すること」から,補正後発明における「伝送すべき各パケット信号の送信から受信までの待ち時間を設定すること」に変更する動機付けはなく,また,その作用効果においても相違すから,上記変更が,「当然に導きうる単なる判断指標の変更に過ぎない」ということはできない。


(所感)請求項の用語の解釈はこれでいいだろうか。請求項には最大の待ち時間を保証し得る事項は特定された。がしかし、その請求項の「データは時間制御されるモード」は、時間制御さえ行えばよく必ずしも最大の待ち時間を保証するものではない。「データは時間制御されるモード」には、確かに完全に待ち時間を保証するものも含まれるが、引用発明の程度に時間制御するものも含まれると解する方が良いと思う。
 ↑
再度読み直すと、審決のように「受信誤り率のしきい値を設定すること」を「受信までの待ち時間を設定すること」とすることを単なる判断指標の変更と言うことには無理がある。判決のとおりでよい。
 

基本的な解決課題と付加的な解決課題

2011-10-16 20:09:27 | 特許法29条2項
平成23年9月28日 平成23年(行ケ)第10002号
審決取消請求事件
裁判長 飯村敏明

 上記のとおり,補正前発明と引用発明とは,基本的な構成及び解決課題を共通にするものであって,同解決課題を実現するために補正前発明の相違点A,Bに係る構成を採用することは,当業者において,何ら困難を伴うものではなく,容易に想到し得るというべきである。

 原告は,補正前発明は,「・・・という問題点を有していた」(上記(1)ア の段落【0035】)との解決課題をも有し,引用例には,上記課題についての開示も示唆もない旨主張する。
 しかし,補正前発明が,引用発明と共通する解決課題のほかに,付加的解決課題をも有していたとしても,本件においては,引用例に接した当業者において,補正前発明の相違点A,Bに係る構成を採用するに当たり,そのことの故に困難であるとする根拠とはならない。原告の上記主張は,採用の限りでない。

発明相互に相違点がある場合の特許法39条2項所定の「同一の発明」

2011-10-16 19:47:04 | Weblog
平成23年9月28日 平成22年(行ケ)第10379号
審決取消請求事件
裁判長 飯村敏明

 特許法39条2項所定の「同一の発明」について,複数の発明相互の構成において相違部分がある場合に,その相違点に係る構成が,解決課題に対して,技術的な観点から何ら寄与しないと評価される場合には,複数の発明は,同一の発明と解すべきであるが,相違点に係る構成が,そのように評価されない場合には,特許法39条2項所定の同一の発明とはいえない。
そこで,上記観点から検討する。
・・・
 甲44の記載があったとしても,ビッグボーナス役が内部当選していることを音で報知するとの技術が,スロットマシンの技術分野において,解決課題に対して,技術的な観点から何らの寄与をしないと評価される構成であると認めることができない。甲9及び甲21の記載があったとしても,同様に,ビッグボーナス役が内部当選していることを音で報知するとの構成が,スロットマシンの技術分野において,解決課題に対して,技術的な観点から何らの寄与をしないと評価される構成であると認めることができない
 本件特許発明と特許第4060340号発明とは,特許法39条2項所定の同一の発明であるとはいえず,審決に同項に違反しない。


同日付判決 平成22年(行ケ)第10380号も同趣旨

指定商品名に含まれる略語の識別力

2011-10-16 11:15:46 | 商標法
平成23年09月20日 平成23年(行ケ)10085号
審決取消請求事件
商標権、行政訴訟
裁判長 塩月秀平
(別観点から再掲)

(2) 被告の主張に対する判断
・・・
イ 被告は,本願商標の観念及び称呼について,本願商標中「TV」部分は,指定商品「電気通信機械器具」に含まれる「テレビジョン受信機」を意味する略語であるから,当該指定商品に使用する場合には出所識別機能を有しないが,「プロテクタ」部分については,商品の品質等を直ちに表示するものではなく,出所識別機能を有するから,本願商標中「プロテクタ」部分が要部として認識され,この部分からも観念及び称呼が生じると主張する。

 確かに,本願商標中「TV」部分は,指定商品「電気通信機械器具」に含まれる「テレビジョン受信機」を意味する略語であるから,これを指定商品「テレビジョン受信機」に使用する場合には出所識別機能を有しないといい得る。しかしながら,テレビジョン受信機は「電気通信機械器具」の一部にすぎないし,他方において,本願商標中「プロテクタ」部分についても,当該部分は「保護する装置」との意味を有する英単語の片仮名表記と解されるところ,指定商品「電気通信機械器具」に含まれる「電気通信機械器具の部品及び附属品」には,その性質上,電気通信機械器具を静電気,電波,磁気,衝撃等から保護するための装置が包含されると解される(特に,「電気通信機械器具の部品及び附属品」に含まれる「保安器」は,雷から電気通信機械器具を「保護する装置」である。)から,「プロテクタ」部分を指定商品「電気通信機械器具」に使用するか,少なくともこれに含まれる「保安器」に使用する場合には,出所識別機能は極めて低いものといえる。

 そもそも「TV」も「プロテクタ」も普通名詞として一般に通用している語であることも踏まえ,上記の検討にかんがみると,本願商標中「TV」部分と「プロテクタ」部分は,それぞれ異なる指定商品との関係において出所識別標識としての機能がないか,極めて低いものであって,出所識別標識としての機能に差異があるとはいえない。したがって,本願商標においては,「TVプロテクタ」全体が一体のものとして把握されると理解するのが自然であり,本願商標中「プロテクタ」部分のみを要部として抽出することは不相当というべきであり,この部分からも称呼及び観念が生じるとする被告の上記主張は採用することができない。

動機付けを否定した事例

2011-10-16 10:49:26 | 特許法29条2項
2011年9月20日 平成22年(行ケ)10369号
知的財産高等裁判所
行政訴訟、審決取消請求事件
裁判長 塩月秀平

ウ 甲第4号証には,無効理由3について審決が認定した技術的事項が記載されている(前記第2の4(1))。しかし,前記イのとおり,甲8発明では高速搬送レーンによって送られるネタ皿を客が取ることは想定されていないから,甲8発明と甲4発明が同一の技術分野に属し,客に飲食物を供給するというごく抽象的なレベルでは使用目的,用途や使用用途に共通するところがあるとしても,客が搬送されてくるネタ皿を自ら取り上げることを前提とする甲4発明を適用する動機付けがない

(2) 前記(1)のとおり,甲8発明では高速搬送レーンによって送られるネタ皿を客が取ることは想定されていないから,注文品を搬送する高速搬送レーンとそれ以外の飲食物を搬送する通常のクレセントチェーンの高さを各別に異ならせ,両搬送装置を移動する飲食物(ネタ皿)相互の区別をより明瞭にする必要に乏しく,かかる高さを異にする構成を採用する動機付けに欠ける。

 原告は,客が高速搬送レーンの上のネタ皿を物理的に取り上げることができないわけではないなどと主張して審決の認定を非難するが,甲第8号証の段落【0011】の記載にかんがみれば,甲8発明の装置において客が高速搬送レーンのネタ皿を自ら取り上げることがないように配慮されていることは明らかである。のみならず,甲8発明に基づく本件発明の容易想到性判断(動機付け)においては,装置の物理的構造上,客が高速搬送レーンからネタ皿を物理的に取り上げることができるか否かに焦点を当てるのではなく,サービスの同質性の有無も念頭に置く必要があるのであって,原告の上記主張は失当といわなければならない。