知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

法17条の2第4項4号の解釈-「明瞭でない記載」とは、拒絶理由に示す事項に限る意義

2011-05-29 11:03:20 | 特許法17条の2
事件番号 平成22(行ケ)10325
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年05月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(1) 補正事項1は法17条の2第4項各号に該当するか
ア 法17条の2第4項4号につき
(ア) 法17条の2第4項4号は,「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定している。
 ここで「明りょうでない記載」とは,それ自体意味の明らかでない記載など,記載上不備が生じている記載であって,特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは,請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合,請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合,又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい,その「釈明」とは,記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。

 ところで,補正事項1は,前記のとおり,本願に係る発明のうち,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載を削除するものである。したがって,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載が上記明りょうでない記載と認められ,それを削除することによってその記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する

 しかし,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」の記載のうち,「僅かに」の部分を除く・・・記載は,生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度と混練温度との高低の関係をいうものであることが明白であるから,その記載自体の意味は明りょうであって,当該記載を除くことが,特許請求の範囲について明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにするものであるとはいえず,むしろ,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」全体を削除すると,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)との「混練」に関し,補正前発明と本件補正後の発明とではその実質に相違が生ずる可能性があると認められる。
 したがって,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載全体を削除することを内容とする補正事項1は,そもそも「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものと認めることはできない

(イ) 法17条の2第4項4号括弧書き該当性
 法17条の2第4項4号に該当するためには,補正事項が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」(同項4号括弧書き)ところ,同括弧書きの意義は,拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって,既に審査・審理した部分が補正されて,新たな拒絶理由が生じることを防止するために,「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定されるという趣旨と解される。
 前記3の本件出願の手続の経緯のとおり,
 最後の拒絶理由通知(甲2の4)においては,まず,
 [理由1]において,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」混練する旨は当初明細書等(甲1)に明示的に記載されていないし,自明でもないと指摘して,法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとし,さらに,
 [理由3]において,「(2) 請求項1における『僅かに』なる記載は多義的に解され不明瞭である」として,「僅かに」という記載に限って法36条6項2号に規定する要件を満たしてない旨指摘していることが認められる。

 以上によれば,最後の拒絶理由通知において明りょうでないと指摘された記載は,文中の「僅かに」という記載のみであることは明らかであるから,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載全体を削除する本件補正は,審査官が「拒絶の理由に示す事項」の範囲を超え,むしろ[理由1]で指摘された新規事項の追加についての拒絶理由を回避するためになされたものと認めるのが相当である。

 したがって,補正事項1は,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶の理由を示す事項についてするもの」に該当しないというべきである

へんしんふきごま事件-折り図の複製・翻案についての判断事例

2011-05-29 10:07:09 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)18968
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成23年05月20日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 大鷹一郎

(ア) 以上を前提に,本件折り図の著作物性について判断する。
 折り紙作品の折り図は,当該折り紙作品の折り方を示した図面であるが,その作図自体に作成者の思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該折り図は,著作物に該当するものと解される。
 もっとも,折り方そのものは,紙に折り筋を付けるなどして,その折り筋や折り手順に従って折っていく定型的なものであり,紙の形,折り筋を付ける箇所,折り筋に従って折る方向,折り手順は所与のものであること,折り図は,折り方を正確に分かりやすく伝達することを目的とするものであること,折り筋の表現方法としては,点線又は実線を用いて表現するのが一般的であることなどからすれば,その作図における表現の幅は,必ずしも大きいものとはいい難い。また,折り図の著作物性を決するのは,あくまで作図における創作的表現の有無であり,折り図の対象とする折り紙作品自体の著作物性如何によって直接影響を受けるものではない

(イ) そこで検討するに,
 ・・・本件折り図を全体としてみた場合,上記説明図の選択・配置,矢印,点線等と説明文及び写真の組合せ等によって,「へんしんふきごま」の一連の折り工程(折り方)を見やすく,分かりやすく表現したものとして創作性を認めることができるから,本件折り図は,著作物に当たるものと認められる。

(2) 複製ないし翻案の成否
 複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により著作物を有形的に再製することをいい(著作権法2条1項15号参照),著作物の再製は,当該著作物に依拠して,その表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成することを意味するものと解され,また,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決民集55巻4号837頁参照)。
 以上を前提とすると,被告折り図が本件折り図の複製又は翻案に当たるか否かを判断するに当たっては,被告折り図において,本件折り図の表現上の本質的特徴を直接感得することができるかどうかを検討する必要がある。
・・・

イ 被告折り図と本件折り図の対比
(ア) 被告折り図と本件折り図は,別紙3のとおり,
 (1)32の折り工程からなる・・・折り方について,10個の図面(説明図)及び完成形を示した図面(説明図)によって説明している点, (2)各説明図でまとめて選択した折り工程の内容, (3)各説明図は,紙の上下左右の向きを一定方向に固定し,折り筋を付ける箇所を点線で,付けられた折り筋を実線で,折り筋を付ける手順を矢印で示している点等において共通している。

(イ) しかし,他方で,
 本件折り図は,別紙1のとおり,・・・矢印,・・・点線(谷折り線・山折り線),・・・実線,・・・仮想線を示す点線によって折り方を示すことを基本とし,・・・読み手が分かりにくいと考えた箇所について説明文及び写真を用いて折り方を補充して説明する表現方法を採っているのに対し,
 被告折り図は,・・・,折り工程の大部分(・・・)について説明文を付したものであって,説明文の位置付けは補充的な説明にとどまるものではなく,読み手がこれらの説明文と説明図に示された点線,実線及び矢印等から折り方を理解することができるような表現方法を採っている点で相違している。 このような相違点に加えて,・・・点において相違する。

(ウ) 以上のとおり,被告折り図と本件折り図は,前記(イ)の相違点が存在することから,折り図としての見やすさの印象が大きく異なり,分かりやすさの程度においても差異があるものであって,前記(ア)の共通点を最大限勘案してもなお,被告折り図から,「へんしんふきごま」の一連の折り工程(折り方)を見やすく,分かりやすく表現した本件折り図の表現上の本質的特徴を直接感得することができるものとは認められない

 したがって,被告折り図は,本件折り図の複製物又は翻案物のいずれにも当たらないというべきである。