知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法29条2項所定の要件の立証責任

2011-05-07 11:38:42 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10246
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 取消事由1(容易想到性判断の誤り)について
 特許法29条2項所定の「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたとき」との要件は,無効審判を請求する請求人(本件では原告)において,主張,立証すべき責任を負う
 そして,本件各発明について,当業者(その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者)が同条1項各号に該当する発明(以下「主たる引用発明」という場合がある。)に基づいて容易に発明をすることができたかは,通常,引用発明のうち,特許発明に最も近似する引用の発明から出発して,主たる引用発明以外の引用発明(以下「従たる引用発明」という場合がある。)及び技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を考慮することにより,特許発明の主たる引用発明と相違する構成(特許発明の特徴的な構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断されるべきものである。
・・・
 上記の観点から,以下,本件各発明が特許法29条2項に該当する発明であるとの要件に該当する事実を,原告において主張,立証できたか否かについて,検討する。
 この点,原告の審判手続における主張等を総合しても,原告は,単に,甲5ないし7,18ないし21,特開2002-29994号公報等は挙げるものの,
① どのような先行技術を「主たる引用発明」として,同項の要件充足性の主張,立証を試みようとしているのか,
② 特定の先行技術を「主たる引用発明」として選択した場合に,本件各発明と当該先行技術との一致する構成及び相違する構成は何か,
③ 本件各発明における「主たる引用発明」との相違する構成が,解決課題及び解決手段との関係でどのような技術的な意義を有するのか,
④ 「主たる引用発明」と「従たる引用発明」を組み合わせることに支障があるか否か
について,合理的な主張,立証をしていると評価することはできない


 以上の点にかんがみると,「(本件各発明)は,請求人が提示したいずれの刊行物を組み合わせても,当業者が容易に発明できたものではない」とした審決の理由は,本訴における個別的具体的な検討をするまでもなく,正当であるといえる。

請求項の構成を明確であるとした事例

2011-05-07 11:32:50 | 特許法36条6項
事件番号 平成22(行ケ)10246
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 上記のとおり,請求項1の「水分を加え粒子状に加工する」との構成について,本件明細書には,10~数100μの粉末状にある米糠を用い,米糠を蒸す前に,米糠を100とし,湿度状態などによって水分量を調整しながら40~50重量%の水を加え,略2~4mm(直径)の大きさの粒子状に加工することが記載され,また,その技術的意義について,栄養価の高い米糠を単体,基質として麹菌を培養するとき,米糠は,粉状であるため,空気の流通性が悪く,麹菌が増殖できず,腐敗菌が増殖してしまうという問題があったことから,米糠を,粒状にすることにより,保水性を高めるとともに,培養段階においては,空気の流通性を良くし,麹菌を働きやすくするということが記載され,当業者の通常の理解の範囲を超えるものとはいえない。

上記のとおり,請求項1の「水分を加え粒子状に加工する」との構成は,当業者において,用語の通常の理解によりその意味を解釈できるから,特許発明が明確性を欠き,第三者に不測の不利益を及ぼすものとはいえない

サポート要件を満たさないとした事例

2011-05-07 09:54:24 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10252
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁大合議部判決平成17年11月11日平成17年(行ケ)10042号〕参照)。

 本願発明は,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板の成分の含有量の数値範囲を特定している発明であるから,本願発明において,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲に記載された当該成分の含有量の数値範囲が,発明の詳細な説明に記載されており,当該成分の含有量の数値範囲により,発明の詳細な説明の記載に基づいて当業者が音響波減衰等の抑制等の課題を解決できると認識できるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし音響波減衰の抑制等の課題を解決できると認識できるか否かを検討して判断すべきと解される。

・・・
4 BaOの含有量について
(1) 原告は,本願明細書の段落【0030】,【0009】及び【0026】の記載に,従来のバリウム含有ガラス基板においてはBaOが2重量%程度含有されていたことを考え合わせれば,実質的にバリウムを含有しないと評価するためにはBaOの含有量が1.5重量%以下である必要があり,実施例において確認された効果が請求項1に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2) しかし,段落【0030】には
BaOを実質的に含まないとは,不可避的又は意図的であるか否かを問わず,ガラス基板中のBaOの含有量が,例えば,0~1.5重量%程度,・・・であることを意味する。
との記載があるが,BaOの含有量と本願発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰等との具体的な相関関係は開示されておらず,実質的にバリウムを含有しない含有量としての「1.5重量%以下」の数値範囲と得られる効果(音響波減衰の抑制等)との関係の技術的な意味が当業者に理解できる程度に記載されているということはできない
 ・・・

(5) 段落【0026】を含め,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,BaOの含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。
 ・ 比較例1は,  0重量%,0.57dB/cm
 ・ 比較例2は,  0重量%,0.30dB/cm
 ・ 参考例1は,  2重量%,0.24dB/cm
 ・ 参考例2は,  7重量%,0.21dB/cm
 ・ 実施例1は,0.2重量%,0.18dB/cm

 上記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1及び比較例2は,BaOの含有量が1.5重量%以下の0重量%であるが減衰係数は大きい上,BaOの含有量(0重量%)が等しいにもかかわらず,その減衰係数の値はかなり異なっている。
 また,参考例1及び参考例2は,BaOの含有量が1.5重量%以上の2重量%及び7重量%であるが,減衰係数は小さく,本願明細書に記載の「低音響波損ガラス」である「0.25dB/cm以下」(段落【0025】)の条件を満足するものである。そして,比較例1,比較例2,参考例1及び参考例2によれば,BaOの含有量が大きいほど減衰係数が小さくなる傾向が見て取れる一方,実施例1は,BaOの含有量が1.5重量%以下の0.2重量%であるにもかかわらず,減衰係数は最も小さい。
 そうすると,BaOの含有量と減衰係数の関係については不明といわざるを得ない。さらに,この5つの具体例では,BaO以外の成分が異なることから,BaO以外の成分による影響が生じている可能性があり,・・・,BaOの含有量が請求項1で特定される所定の範囲であっても,他の成分等により所定の効果(音響波減衰の低減)を得られない場合があることを示唆する結果であるといえる。

 よって,ガラスの成分と音響波減衰係数との関係について,仮に,従来のバリウム含有ガラス基板において,BaOが2重量%程度含有されていたことが出願時の技術常識であったとしても,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという本願発明の効果が得られる範囲として,BaOの含有量が1.5重量%以下であることが裏付けられているとはいえない

実施可能要件を充たさないとした事例

2011-05-07 09:42:57 | 特許法36条4項
事件番号 平成22(行ケ)10210
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 ところで,本願発明が前提とするパイプライン方式では,クロック・サイクルをずらした複数の命令を同時に実行しており,個々の電子モジュールは,その電子モジュールに割り当てられたステージの処理をするものであって,そのステージがどの命令におけるものなのかは当該電子モジュールでは判別できないから,各電子モジュールは,ステージの流れを特定の命令におけるものとして把握することができないことは自明である。
 そして,請求項1の「前記待ち時間(B)の挿入は,前記マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハードウェア)により非ソフトウェア的な実行により直接行なわれる」との構成は,・・・,上記認定の自明の事項にかんがみると,ここでいう「命令を解読するための電子モジュール」は,前段階のフェッチステージを処理すべき電子モジュールにその命令が流れてくることを事前に把握していないことになり,そのような解読ステージを処理すべき電子モジュールがフェッチステージの前と特定してそのステージに待ち時間を挿入するとの作用はそのままでは実施不能となる。

 この実施不能な事項を実施可能とするような技術的手段については本願発明が構成とするところではないし,解読ステージ以外のステージにおける待ち時間のランダムな挿入を「マイクロコントローラの命令を解読するための電子モジュール(ハードウェア)により」どのように実現するかについての本願明細書の記載もない。したがって,本願発明の電子モジュールがマルチタスク処理可能かどうかにかかわらず,本願発明について実施可能要件を充足しないものとした審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。