知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

相違点の解決課題を想定しない副引用例

2011-01-10 21:26:35 | Weblog

事件番号 平成22(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年12月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


・・・本願発明は,上記問題を解決するため,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態となった場合,エレベータを最適な形で長時間運転させるということではなく,必要な期間だけ安全に動作させることを目的として,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成する(段落【0004】【0006】)。かかる材料のペアによれば,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態においても,巻上ロープは,トラクションシーブに食い込むため,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られ,エレベータの機能及び信頼性が保証される上,トラクションシーブに使用する材料を巻上ロープの材料より柔軟にすると,巻上ロープ自体が損傷を受ける可能性が相当小さいため,多くの場合,トラクションシーブを交換すればよく,巻上ロープを交換する必要がないため,相当にコストが削減できるという効果を奏する(段落【0006】【0007】)。
・・・
 他方,前記(2)によれば,引用文献1記載の発明2は,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に,巻上ロープがトラクションシーブに入り込んで把持力を確保し,トラクションシーブと巻上ロープが共同して安全確保手段を形成する点では,本願発明と一致しているものの,その構成は,U字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で,くさび効果により,ロープとの強い摩擦力を得ることにより,エレベータの落下事故などを防止するものであって,「材料のペア」及び「即時のトラクションシーブの変形」に関する技術思想の記載又は開示はない
 また,前記(3)によれば,引用文献2記載の技術においては,トラクションシーブの表面に被覆材がなく,トラクションシーブの溝の側面のみが,常にロープと接触する溝形状としたエレベータにおいて,巻上ロープ外層線がシーブとの繰り返し接触により徐々に塑性変形し,表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至ることを防止し,より耐摩耗性を高めることを解決課題として,シーブ及びロープの硬度を所定以上のものとする等の構成を採用したものである。

 以上のとおり,本願発明は,異常事態が発生した場合に,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませ,シーブとロープとの間に十分な把持力が得られるようにして,エレベータの機能及び信頼性を保証させるものであり,異常事態が発生したときにおける,一時的な把持力の確保を図ることを解決課題とするものである。また,引用文献1記載の発明2も,本願発明と同様に,何らかの原因よって高摩擦材が欠落するような異常事態が生じた場合を想定し,その際,ワイヤロープがU字形またはV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることによって,エレベータ積載荷重を確保させることを解決課題とする発明である
 これに対して,引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生した場合における把持力の確保という解決課題を全く想定していない。そうすると,本願発明における引用文献1記載の発明2との相違点に関する構成に至るために,引用文献2記載の技術を適用することは,困難であると解すべきである。

新規事項の追加であるとされた事例

2011-01-10 21:20:57 | 特許法17条の2
事件番号 平成22(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年12月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟

1 取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)について
 本件補正は,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)について,
「該材料のペアによって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むことを特徴とするエレベータ」を
「該材料のペアは,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合,該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせであることを特徴とするエレベータ。」
とするものである。
 そこで,本件補正における付加変更された部分が,旧特許法17条の2第3項所定の「明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かについて判断する。

(1) 当初明細書等には,以下の記載がある。
・・・
 そして,上記(1)の「トラクションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。」,「巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。」などの詳細な説明部分を前提とするならば,当初明細書等に記載された「前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込む」とは,せいぜい,巻上げロープがトラクションシーブの内部に,入り込むことを意味するものであって,トラクションシーブを欠損させたり,亀裂を入れたり,傷つけたりするなどの態様で変化させることを含む意味として,説明されていると理解することはできない。

 そうすると,本願補正において「該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して」と付加変更された部分は,巻上ロープがトラクションシーブを部分的にこわすことを意味し,トラクションシーブが欠損したり,亀裂が入ったり,こわれたりする状態に至ることを含むものと理解すべきであるから,本件補正は,本件補正前の明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものというべきである。

私的録音録画補償金制度の趣旨に妥当しない「特定機器」

2011-01-10 20:25:37 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)40387
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年12月27日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

(b) また,被告の上記主張が,地上デジタル放送において著作権保護技術(平成20年7月4日以降はダビング10)による複製の制限が行われている現状を前提に,そのような現状の下におけるデジタル放送のみを録画することが可能なアナログチューナー非搭載DVD録画機器には,私的録音録画補償金制度の趣旨は妥当しないから,アナログチューナー非搭載DVD録画機器は法30条2項及び施行令1条2項3号の特定機器には含まれない旨を述べるものであるとすれば,そのような主張は,法令解釈の枠を超えたものというほかない

 すなわち,施行令1条2項3号が規定する特定機器の範囲は,同号を施行令に追加した平成12年改正政令が公布された平成12年7月14日の時点において客観的に定まっていなければならないのであり,同号は,このように特定機器の範囲を客観的に特定するための要件を,当該機器に係る録画の方法,標本化周波数,記録媒体の技術仕様等の技術的事項によって規定していることは明らかである。

 ところが,被告の上記主張は,平成15年12月1日に地上デジタル放送が開始され,その中で,地上デジタル放送について平成16年4月5日からはコピー・ワンス,平成20年7月4日からはダビング10による複製の制限が行われているという事実,すなわち,施行令1条2項3号制定後に生じた事実状態のいかんによって,同号が規定する特定機器の範囲が定まるとするものにほかならないものであり,結局のところ,被告の上記主張の実質は,施行令1条2項3号が規定する特定機器の要件(上記技術的事項)に該当するものであっても,同号制定後の地上デジタル放送における著作権保護技術の運用の実態の下では,私的録画補償金の対象とすべき根拠を失うに至ったから,同号の特定機器からこれを除外するような法又は施行令の改正をすべきである旨の立法論を述べるものにすぎないといわざるを得ない

アナログチューナー非搭載DVD録画機器は,施行令1条2項3号の特定機器に該当するか

2011-01-10 20:12:47 | 著作権法
事件番号 平成21(ワ)40387
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年12月27日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

第4 当裁判所の判断
1 争点1(被告各製品の特定機器該当性)について
(1) 施行令1条2項3号の特定機器
 原告は,被告各製品は,・・・特定機器(・・・)に該当する旨主張する。
 これに対し被告は,・・・,アナログチューナー非搭載DVD録画機器である被告各製品は,施行令1条2項3号の特定機器に該当せず,また,同号柱書きの・・・「アナログデジタル変換が行われた影像」とは,デジタル方式の録画の機能を有する機器の内部でアナログデジタル変換(AD変換)が行われた影像に限定されるから,アナログチューナーを搭載していない・・・被告各製品は,・・・,同号の特定機器に該当しないなどと主張して争っている。
・・・

(2) 施行令1条2項3号柱書きの「アナログデジタル変換が行われた影像」の意義
ア 法30条2項は,・・・と規定し,私的録音録画補償金の対象となる「デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器」は,「政令で定めるもの」として,その具体的な機器の指定を政令への委任事項としている。
 このように法30条2項が私的録音録画補償金の対象となる「デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器」の具体的な機器の指定を政令への委任事項とした趣旨は,私的録音録画補償金を支払うべき機器の範囲を明確にするためには,・・・客観的・一義的な技術的事項により特定することが相当であり,しかも,・・・技術開発により新たな機能,技術仕様等を備えた機器が現れ,普及することが想定され,このような機器を私的録音録画補償金の対象とするかどうかを適時に決める必要があること,逆に,・・・適時に除外する必要があることなどを考慮し,具体的な特定機器の指定については,法律で定める事項とするよりも,政令への委任事項とした方がより迅速な対応が可能となるものと考えられたことによるものと解される。
 このような法30条2項の趣旨に照らすならば,法30条2項の委任に基づいて制定された「政令」で定める特定機器の解釈に当たっては,当該政令の文言に忠実な文理解釈によるのが相当であると解される。
・・・
 施行令1条2項3号は,上記のとおり,同号に係る特定機器において固定される対象について,「アナログデジタル変換が行われた影像」と規定するのみであり,特に「アナログデジタル変換」が行われる場所についての文言上の限定はない。
 ・・・
 このように施行令1条の文言においては,同条2項3号の特定機器において固定される対象について,「アナログデジタル変換」すなわち「アナログ信号をデジタル信号に変換する」処理が行われた「影像」であることが規定されるのみであり,当該変換処理が行われる場所的要素,すなわち,当該変換処理が当該機器内で行われたものか,それ以外の場所で行われたものかについては,何ら規定されていない。
・・・
 してみると,特定機器に関する法30条2項及び施行令1条の各文言によれば,施行令1条2項3号の「アナログデジタル変換が行われた影像」とは,変換処理が行われる場所のいかんに関わらず,「アナログ信号をデジタル信号に変換する処理が行われた影像」を意味するものと解するのが相当である。
・・・
イ 前記第2の3(4)アのとおり,被告各製品は,いずれもデジタルチューナーを搭載しており,地上デジタル放送,BSデジタル放送及び110度CSデジタル放送の各デジタル放送を受信し,その影像をDVDに録画する機能を有する機器である。他方,デジタル放送においてデジタル信号として送信される影像の大部分は,もともとアナログ信号であったものについて,撮影から放送に至るいずれかの過程においてデジタル信号に変換する処理が行われているものと考えられる(デジタルビデオカメラで撮影された影像の場合には,当該デジタルビデオカメラ内において,アナログビデオカメラで撮影された影像の場合には,放送局内の設備において,アナログ信号からデジタル信号に変換する処理が行われているものと考えられる。)。
 したがって,被告各製品は,「光学的方法により,アナログデジタル変換が行われた影像を,連続して固定する機能を有する機器であること」(施行令1条2項3号柱書き)の要件を満たすものといえる。

廃墟写真の先駆者の営業上の利益は法的保護に値する利益か

2011-01-10 13:43:23 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)451
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成22年12月21日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

原告は,廃墟写真において被写体となった「廃墟」が,一般には(少なくとも作品写真の被写体としては)全く知られておらず,それらの存在を認識し,かつ,それらに到達して作品写真に仕上げるまでに,極めて特殊な調査能力と膨大な時間を要していること,このノウハウと作品写真に仕上げるまでに要した多大な労力を根拠に,廃墟写真において被写体となった「廃墟」が,最初に被写体として発見し取り上げた者と認識されることによって生ずる営業上の利益,すなわち,当該廃墟を作品写真として取り扱った先駆者として,世間に認知されることによって派生する営業上の諸利益は,法的保護に値する利益であり,具体的には,・・・こととなるが,そのような原告の地位は,多大な費用と労力をかけて被写体たるに相応しい廃墟を発掘するプロの写真家たる原告にとって,投下資本の回収可能性を支えるものであり,このような意味での営業上の利益である旨主張する。

 しかしながら,「廃墟」とは,一般には,「建物・城郭・市街などのあれはてた跡」をいい(広辞苑(第六版)),このような廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体は,当該廃墟が権限を有する管理者によって管理され,その立入りや写真撮影に当該管理者の許諾を得る必要がある場合などを除き,何人も制約を受けるものではないというべきである

 このように廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体に制約がない以上,ある廃墟を最初に被写体として取り上げて写真を撮影し,作品として発表した者において,その廃墟を発見ないし発掘するのに多大な時間や労力を要したとしても,そのことから直ちに他者が当該廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体を制限したり,その廃墟写真を作品として発表する際に,最初にその廃墟を被写体として取り上げたのが上記の者の写真であることを表示するよう求めることができるとするのは妥当ではない

 また,最初にその廃墟を被写体として撮影し,作品として発表した者が誰であるのかを調査し,正確に把握すること自体が通常は困難であることに照らすならば,ある廃墟を被写体とする写真を撮影するに際し,最初にその廃墟を被写体として写真を撮影し,作品として発表した者の許諾を得なければ,当該廃墟を被写体とする写真を撮影をすることができないとすることや,上記の者の当該写真が存在することを表示しなければ,撮影した写真を発表することができないとすることは不合理である。

 したがって,原告が主張するような,廃墟写真において被写体となった「廃墟」を最初に被写体として発見し取り上げた者と認識されるこによって生ずる営業上の利益が,法的保護に値する利益に当たるものと認めることはできない。